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私、気づいてしまいました(16)

 不思議な感覚だった。

 神と思しき存在の名前を口にした瞬間、私の視界は一瞬で光に包まれていた。

 そして、頭に響いた声がより鮮明となって聞こえてくる。


 “この名前を君から呼ばれたのはいつぶりだろう。そっか千年ぶりだったね”

 それはとても気安い口調で、厳かな雰囲気など微塵もない。

 それこそ、ご近所に住むルークスさんから声をかけられたような気軽さだ。

 でも、私が咄嗟に口にしてしまった名前を否定してこなかったことからも、この声の主の名前は“ルークス”で間違いないのだろう。

 しかし、それを認めたということは、彼こそが正真正銘の神様となるわけで、この世界の悪役令嬢として私を転生させたことで、散々文句をぶつけていた張本人様でもある(実際のところ、わからないけれど)。

 

 それにしても、アカの話は本当だったみたいね………………


 別にアカの話を疑っていたわけではないけれど、神様という存在に対してとても厳格で尊大なイメージを抱いていた部分もあって、まさかここまでの気安さで話しかけてこられるとは夢にも思ってもみなかったのだ。

 というより、思わず呼びかけてしまったからといって、それに返してくるなんて………………

 でも、この状況からして、私が“神の娘”の生まれ変わりであることは間違いないようだ。それこそ神様自身に太鼓判を押してもらったようなものである。

 ここまできて、やっぱり自覚が持てないからそんなはずはないと否定するほど、愚かでもないつもりだ。

 だからここは一先ず、この理解しがたい状況についても、相手が神様なら何でもありよね――――――と、早々に流されることにする。

 ただ、私は“神の娘”のフィリア自身ではなく、あくまでもその魂を持つ生まれ変わりのため、その口調に困ってしまうのだけれど………………

『あの、えっと…………その………ついうっかり“ルークス”とお呼びしてしまって、申し訳ございません。それで………………』

“えぇ~~~~~~~ッ!イグニスやニクスのことは、アカやシロと昔のように呼ぶのに、私のことは呼んでくれないのぉ?娘の反抗期に泣いちゃうよ。いじけちゃうよ。雲隠れしちゃうよ。それも雨雲にしちゃうから、ずっとずっと雨が降っちゃうよ”

『わ、わ、わかりました!ルークス!ルークスと呼びますから、雨雲隠れは迷惑なのでしないでください!そもそも私は反抗期ではありませんし!』

 と、被せ気味に言葉を返して、ふと思う。

 この人…………いや、この神様、絶賛行方不明中だったと。

 しかし、この期におよんで雨雲隠れなど災害級の迷惑でしかないので、ここは是が非でも阻止するしかない。

 だいたい娘の反抗期で(反抗期ではないけれど)、雲隠れする父親など聞いたこともない。それがこの世界を創造した神だというのだから、世も末だと思う。

 うん…………世界崩壊も近いかもしれないわね。

 なんてこと恐々と考えながら、私は改めて自分の置かれて状況を見返した。

 光だけに満たされた世界。

 それだけしか存在しない世界。

 そのため時の概念というものすら感じられず、ここは異空間なのかもしれないと漠然と思う。

 だからこそ、ここで思うままに質問を重ねたとしても、現実世界はそれを待っていてくれているはずだという根拠も何もない確信すらある。

 けれど、肝心の神様の姿もないために、私は若干途方に暮れながら、何もない世界に向って再び声をかけた。

『あ、あの。聞いてもよろしいでしょうか?』

“う〜ん……やっぱり他人が行儀だなぁ。君は私の娘だよ。もっと甘えておいで。何ならパパ大好き!って叫んでくれてもいいよ”

『いや、叫びませんから。それに私はフィリア様の生まれ変わりであって…………その、娘というには………………』

“なんで?娘でしょ?君は私が特別に創った人間なんだから。それとも、一度も顔を見せにこない父親なんて、親とも思わないって?そんな薄情な娘に育てた覚えは…………いや、これを言ったらさすがに怒られるかな。だったら、生んだ覚えは……………それも違うか。とにかくそんな娘を創った覚えはないよ。ほら、昔みたいに存分に文句でも、怒りでも、説教でも、なんでもぶつけておいで。私はこう見えて、打たれ強いから。うっかり泣いちゃうかもしれないけど” 

『……………………………………』 

 それは打たれ強いとは言わない。

 というか、こう見えても何も、姿はまったく見えないし、かつてフィリアからぶつけられていたものが不穏すぎて、聞いてる私の方が泣いちゃいそうだ。

 しかし、これは溺愛しすぎて逆に嫌われるという、典型的な父娘ではないだろうか。

 それも、メリーディエース家現当主であるお父様にも勝るとも劣らない馬鹿親っぷりである。

 お兄様といい、私の周りはこんな感じの人しかいないのかしら…………と、軽い頭痛を覚えながら、私はとっとと話を先に進めることにした。その際、口調を少しばかり砕けたもの変えたのは、これ以上、神様こと自称私の父親であるルークスのご機嫌を損ね、話を脱線させないためだ。

『だったら、説教をしない代わりに教えてほしいのだけれど、私が望めば変えられるってそれはどんなことでもなの?私の能力は一体何?』

 そう、アカも言っていた。

 “神の娘”であるフィリアの能力を知るのはそれを与えた神だけだと。

 ならば、その神様自身に聞くより他はない。

 それに、その能力が何なのかわからなからこそ、私はいつまで経っても疑心暗鬼なままで、事が起こるたびに狼狽えるしかないのだ。

 だからこそ知りたいと思う。

 しかし、ルークスから返された答えは――――――――

“悪いけど、それは教えられない。教えてしまっては意味がないんだよ。君の能力はね” 

『どうして?』

“それは君が私の“鏡”だからさ” 

『鏡…………………』

 もちろん、初めて聞いたわけではなかったけれど、御伽噺の一節や、言い伝えなどではなく、神本人からそう言われてしまえば、その真実味もその重みも自ずと増してくる。

 けれど、“鏡”だから教えられないと言われても、はい、わかりました、とはさすがにならない。

 そんな私の不満とも言える心情を的確に読み取ったらしいルークスは、その声に苦笑の響きを滲ませながら諭すように告げてきた。

“ユーフィリナ、これはフィリアにも話したことだが、君に与えた能力はとても特別なんだ。そして、その能力が何たるかを知れば、君は正しき目を失うかもしれない。私は酷くそれを恐れているんだよ”

『でも、自分に備わっている能力が何かわからなければ、いつまで経っても正しく使えないわ』

“確かにね。普通の能力ならばそう言えなくもない。けれど、君の能力に限って言えば、そうではない。知ってはいけない。理解してはいけない。ありのままを見て、ありのままに感じ、そして望むことが肝要なのだから”

『…………………………』

 はっきり言って、ルークスの言いたいことが何一つとしてわからない。

 質問したにもかかわらず、“さぁ、こちらにどうぞ”と、そのまま袋小路に連れ込まれたかのような気分だ。

 しかし、相手は神だ。神の考えることなど、たとえ私が彼の娘だとしても、想像だにできるはずがない。

 そもそも、神様相手に説明を求める方が間違っているのかもしれない。

 けれど、時に天からの啓示なんてものを実際行っているのだとしたら、今こそここでそれをやってほしい。

 できる限り、私が理解できるように噛み砕いて…………

 しかし、ルークスは世間話でもするように続けた。

“私はね、この世界を創造した。天地を創り、そこに命あるものを配した。それは何故か―――――私が混沌から生まれた時、ユーフィリナが見ているこの空間のように、私以外何もなかったからだよ。だから創造した。ただそれだけのことだ。けれど、地を創ったことで影が落ちた。心を持ったことで愛という感情だけでなく憎しみも生まれた。だからといって、私はそれを否定することはできない。正しさを知るためには、何が悪なのかを知る必要がある。愛を知るからこそ憎しみという感情が何なのかを知る。その逆も然りだ。そして、光があるからこそ闇が存在するのもまた確か。世界も人の心もね、善と悪が同居しているものだ。でもその均等が崩れ、すべてが悪だけで満ちた時、世界は混沌へと消えるだろう” 

『そ……んな…………』

“事実だよ。そしてそうなれば、すべての命は消えて、無へと戻ってしまう。でも私は創造主であって、破壊神ではないからね。何かを創造し、命を与え、そして何かしらの善と悪を生む。実際私は自らの影で、“魔”の存在を生んでしまった。世界の均等を壊すほどの闇の存在をね。だから娘という“鏡”――――私の良心ともいうべき存在を創った。この世界の均等を見ることができる純粋な目を持つ娘をね”

『……………………』

“でもね、フィリアは純粋すぎたんだ。だからこの世界に絶望した。その先にあるかもしれない希望をその目に映すことなく、失った愛のために殉じた。けれど、ユーフィリナは違う。君は人の悪意も知っている。人の心に善と悪があることも理解している。だからこそ強く、そして絶望の中にも希望があるのだと立ち向かえる” 

 この時、不意に私の脳裏を過ったのは、シロが話してくれた“空白の百年”のことだ。

 本来“神の娘”の魂の再生は、三百年周期で行われるらしい。

 なのに今回、何故か百年という空白の時間があり、四百年の時を超えてフィリアの魂はようやく再生を果たした。

 そしてこの“空白の百年”のおかけで、フィリアの魂がこの世界に絶望せず、私――――ユーフィリナとして甦ることができたのだとすれば…………


 もしかして、この私の前世の記憶は―――――――――


 けれどそんな思考も、ルークスの声にあっさりと途切れてしまう。

“だから君は望めばいい。目の前の今を変えたいと思うのなら、そう望めば済むことだ。“魔の者”を救いたいと思うのならそうすればいい。君の出した答えに、この世界が応えるならば、それはこの世界にとって正しきことであり、そのまま希望となる”

 

 希望。


 やはり俄かに信じられない話だった。たとえそれを神の口から直接聞いたとしても。

 それに私の能力が一体何なのかという肝心な答えは闇の…………いや、光の中だ。

 ただただ眩しすぎて、そのぼんやりとした輪郭さえ見えてこない。

 でも、神様直々に、望むまま好きにしてもいいよ――――というお墨付きをもらったと思えば、多少なりとも気は楽になった。

 私の思うことすべてが正しいなんて、そんな烏滸がましいことは考えたりしないけれど、誰かを救いたいいう気持ちは決して間違ってはいないはずだ。

 その相手が“魔の者”であったとしても。

 だから、ここは敢えて言い放つことで責任を転嫁しておく。

『ルークスの言いたいことの半分も、私は理解できていないと思う。でも私はシロも、アリオトも、そしてトゥレイス殿下も救いたいの。これが今の私の望みよ』

 すると、ルークスからはまたどこかお気楽な声が返ってきた。

“いいと思うよ。というか、ユーフィリナらしいよね。だいたいさ、聖獣だから、人間だから、助ける。“魔の者”だから助けないなんて、ほんと何様だって話だよね。ま、そう言う私は、神様なんだけどね。ただ私は、“魔の者”を創造していないから、ちょっと立場的にも複雑ではあるんだけどね。でも異端であれ、この世界は“魔の者”の存在を受け入れている。人の心に善と悪が共にあるようにね。だから、好きなようにやっといで。私の愛し子、ユフィ”

 その声が脳裏に響くと同時に、私の視界がゆっくりと閉ざされていく。

 私が目を閉じているわけではなく、この空間自体がゆっくりと閉じていっているのだ。

『ちょ、ちょっと待って、ルークス!』

“大丈夫。ユーフィリナのことは誰よりも信じているよ。この世界の命運を託せる娘だってね”

 いやいや、それはさすがに重いから!


『ルークス!』

“またね、ユフィ”


 一瞬の暗転。しかし、瞳が新たな光を捉えた瞬間、私は光の世界から、現実の世界へと戻っていた。

 それも絶賛、修羅場な場面に。

 シロはニッコリと笑って、アリオトの影へと一歩、また一歩と近づいていく。

 それを待ち切れないとばかりに、アリオトの影がシロを包み込むように、幾重にも触手を伸ばす。

 誰一人としてシロを止める術も、言葉も見い出せないままに、成り行きを見守るようにしてシロの背中を見つめている

 でもこれで、改めて理解した。

 やはりあの異空間では、時間というものは一切存在していなかったのだと。

 しかし、目の前の状況はすでに待ったなしとなっている。

 熟考の時間はない。だからといって傍観している場合でもない。こうなれば、当たって砕けるのみだ。

 ならば――――と、望む。


『お願い!幻惑よ、消えて‼』

「ユーフィリナッ!」

 

 私の迷いのない声に、お兄様の驚愕の声が後を追うようにして部屋に響いた。けれど、その時にはもう私は幻惑の外にいて、自分の目でもはっきりと目視できるほど、全身から淡い光を放っていた。

 お兄様の声に、アカたちの視線がシロから私へと向く。と同時に、今度は息を呑む音と、掠れた声が漏れ聞こえてきた。

「………こ、これは、セイリオスの幻惑が()()()解けたからか………」

「ユー……フィリナ嬢……君は本当に……」

「おいおい……嘘……だろ…………」

「この……姿こそが……“神の……娘”……」

 淡くとも、全身から光を放っている自覚があるため、皆の驚きようもわかる。

 ただ残念なことに、自分の今の格好がシーツを巻き付けた上から、お兄様の純白のブレザーを羽織るという、学芸会のなんちゃって女神にも程遠い有様だ。

 でも、この姿をもってしても尚、それ以上の驚愕で、私が見つめられている理由は――――――――


 ふわりと舞い上がった長い髪。

 でも視界の隅に映ったその髪色は、いつもの淡紫のライラックではなく、光の粒子をまぶしたような白金で、私は不思議に思ってその髪を指で絡め取り、改めて髪に視線を落とした。

 そして、はて?と首を傾げる。

 しかし、つい先程までルークスと異空間で話していた身だ。さらに言えば、神自身に“神の娘”の生まれ変わりであると太鼓判を押されてしまった身でもある。

 そのため、自分に起こった変化に対しては、能力を使ったから、一時的に“神の娘”と同じ色合いになったのね――――――と、そこまで不思議に思うことなく、あっさりと指の拘束から髪を解き放ち、シロとアリオトの影へと視線の矛先を変えた。

 するとそこにも、驚愕に見開かれた目があり、私は内心で笑ってしまった。

 そして、改めて望む。


「穢れた血による束縛と心を埋める深き闇よ、すべて消え去りなさい!」


 瞬間、シロの身体に巻き付いていた真っ黒な触手が、サラサラとその形を失いながら砂塵のように空気中に漂い、やがて霧散して消えた。

 その光景に、あることに気づく。

 あのアリオトの影からシロへと伸ばされた触手は、戻るべき本体を見失い、淋しいと縋る心そのものだったんだわ…………などと。

 もちろんこれもまた正解なんてわからない。けれど、ゆっくりと透けていくように消えていくアリオトの影を見つめながら、私はそう思えてならなかった。

 そんな私の耳に、困惑と歓喜に震える声が届く。


「ユ……フィ………フィリア…………?」


 今の今まで我が身を犠牲にしようとしていたシロが、今はただただ滂沱の涙を零しながら私を食い入るように見つめている。

 涙の水面で溺れるシロの白銀の瞳。

 その瞳に、困惑以上に歓喜の色が滲むのは、アリオトから自由になったからでも、穢れた血が身体から消え去ったからでもなく、フィリアと同じ色合いとなった私の姿を見たからなのだろう。

 さすがにこの状況で自分の瞳の色まではわからないけれど、この白金の髪色から察するに、今の私の瞳の色は普段のエメラルドから、空色となっているに違いない。

 それはシロが千年もの間、もう一度会いたいと願い焦がれ続けた己の(あるじ)そのもの色で――――――

 そしてそれはアカにも言えることで、アカに至っては私に涙を見せないようにするためか、完全に背を向けてしまった。

 そんなアカにふふっと笑って、私はふと視線を落とす。

 そこには依然として、意識なく横臥したままのトゥレイス殿下の姿。

 しかしこれで、トゥレイス殿下の闇も消えたはずだと、私は確信めいたものを覚えながら顔を引き締め直した。

 そう、ここで終わりではない。

 すっかり色を失ってはしまったけれど、アリオトの影であったモノが心許なげに壁に張り付いているのがわかる。

 それこそ目を眇めて、ようやく何かあるとわかる程度のものだけれど。

 そしてこの存在をこのままにしておくわけにはいかない。

 もちろんこのまま封印することも可能だけれど、封じるのでもなく、消滅させるのでもなく、まずは在るべき場所に戻そうと決める。

 しかしそれは、お兄様たちの計画を踏み躙ってしまうことと同義だ。

 それが心苦しくも思えるけれど、私の望みを貫くためには致し方ないと、心を奮い立たせた。

 そこでまずはサルガス様に声をかける。

「サルガス樣、今から私がすることをどうぞお許しください」

 でもサルガス樣には、何のことかわからなかったらしく、ヘーゼルの瞳を白黒とさせている。

 そんなサルガス様に、説明するでもなく、ただふわりと笑ってから、今度はお兄様へと振り返った。

 そこにあったのは、寂寥とも、懐古とも、後悔とも、思慕とも思える、今にも泣いてしまいそうな瞳。

「お兄様…………」

「ユーフィリナ…………」

 こんな時なのに、お兄様の口から漏れた名前が私であったことに、私の心が喜びに打ち震えた。

 この髪色と瞳の色をもってしても、“フィリア”ではなく、“ユーフィリナ”と呼んでくれたことに。

 ましてや他の誰かを、今の私に重ねるでもなく…………

 ただそれだけで、名前を得たばかりの気持ちが、一気に溢れ出てしまいそうになる。

 でもその気持ちを心の奥底へと沈めて、私は眉を下げた。

「お兄様も申し訳こざいません」

「……………………」

 もちろんこの謝罪は、私が今からすることに対してのものだ。

 自覚してしまった想いについてではない。

 お兄様の揺れるアメジストの瞳への罪悪感は多少含まれるけれど…………

 私はそれらを断ち切るように、アリオトへと視線を戻した。

 そして今度は、私の枯渇した魔力ではまったく感知できないある存在に向かって、精一杯声を張る。

「シャム!アリオトを連れて今すぐ出てきて!」

 アリオトの本体はシャムが見つけ、押さえていると言っていた。

 だからこそのお願いだ。

 でも、別の空間と思しき場所から聞こえてきたシャムの返事は困惑一色だった。

 

“ユフィのお願いは聞きたいけど、セイリオスに怒られるにゃ…………”

 

 本当に、散々文句は垂れるけれど、お兄様にどこまでも忠実なウサギだと思う。

 一人と一匹の間に、過去、どんな出会いがあり、どのようにしてここまでの固い絆が結ばれることになったのか、是非とも教えてもらいたいところである。しかし今は、その時間もなければ、状況もそれを許さない。

 そこで私は奥の手を使うことにする。

 シャムがお兄様の言葉しか聞かないのであるならば、私はそのお兄様を懐柔すればいいだけの話だ。

 何と言っても、お兄様は超絶シスコンなのだから。

「お兄様からシャムにお願いしてもらえませんか?お兄様なら私が何をしようとしているのか、もうわかっているはずです。私は皆様にこれほどまでにご迷惑とご心配をおかけしたにもかかわらず、酷く自分勝手なことにアリオトも救いたいのです。ただ、アリオトにとっての救いがどのようなものであるかまではわかりません。そもそもアリオトは、そんなことなど望んでもいないでしょう。でも、それに対して、今ここで答えを出す必要はないはずです」

「ユーフィリナ、“魔の者”の心には本来闇しかない。確かに今、アリオトの影からは闇が消えている。しかしそれは一時的なものだ。“魔の者”の存在自体が闇であり、影なのだ。それでもユーフィリナは希望という光で、彼らを照らすことができるというのか?」

 正直にいえば、できるかなんてわからない。でも、できるかどうかわからないからといって、はじめから諦めて何もしないのは間違っている。

 そう、ルークスも言っていた。

 確かに“魔の者”はこの世界の異端。乙女ゲームでいえばバグだ。

 それでもこの世界はそれを受け入れている。人の心に善と悪が同居するように、この世界にも光と闇が共にあり続けている。

 だからこそ、私はアリオトという“魔の者”の存在を認めたいと思う。その上で、闇色に染まったアリオトの心を光で照らし、この世界はたくさんの色で溢れていることを教えてあげたい。

「はい、お兄様。何事も当たって砕けろの精神です。ですから、私にお兄様のお力をお貸しください」

 お兄様は、眩しいものを見るように私を見ていた。

 実際、今の私は自ら淡い光を放っているため、眩しいのは当然のことだと思う。でも生憎なことに、この身体に纏う光の理由も、その消し方についても正直さっぱりなため、ここは困り顔でお兄様を見つめ返した。

 そんな私の心情を察したのか、お兄様はふと笑みを零す。

「ここへ来てから、私はずっとユフィに驚かされてばかりだ」

 おそらくその驚きの一つは、キスを強請ったことだと思われる。

 そして今は、フィリアそのものと言える色合いへと髪色が変化したこともだろう。

 でもお兄様は、そのまま笑み深くした。

「アカの時にも話したが、私は可愛い妹からの我儘ならば、たとえどんな我儘だろうが、すべて縦に首を振ってしまうような兄馬鹿ならぬ馬鹿兄だ。ならば、今回も聞き入れよう。その望みを――――――シャム!」


“わかったにゃ!”


 しばらくてシャムが隣の部屋から意識のないアリオトの身体を小脇に抱えるようにして現れた。

 見るからに全身がズタボロとなっているアリオトの姿に、お兄様が最初に与えたダメージの凄まじさを改めて思い知る。

 でもその姿を前にしても、アリオトの影だったモノはぼんやりと壁に張り付いたままだった。

 私はすかさず最後の望みを口にする。


「“忘却”によって奪われた記憶よ、返れ!」


 ルークスも、スハイル殿下の専属護衛騎士であるエルナト樣も言っていた。

 私の望みを世界が受け入れた時に、それは覆ると。

 だからこれは、この世界へよ問いかけでもあった。

 この世界は、“魔の者”であるアリオトを本当に受け入れてくれるのかどうか。

 私は固唾をのむように、アリオトの影だったモノを見つめた。

 薄っすらと輪郭らしきものを保っているだけの存在。

 それはそうだろう。

 どれだけ光があっても身体がなければ影は落ちない。

 身体がなければ、その影は存在しないのだから。

 アリオトの影だったモノと目が合う。合った気がした。

 私が小さく頷けば、それはシャムが抱える自分の身体へと視線を向けた。しかし、依然として壁からは動けないようで…………

「――――シェアト樣」

 私の声に、呆然とその場に立ち尽くていたシェアトが、僅かに身体を跳ねさせて反応した。

 けれどさすがと言うべきか、相変わらずの察しの良さで、私のお願いにすぐさま応えてくれる。


「 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 シェアトの言霊で、アリオトの影だったモノが嬉々としてシャムが抱えるアリオトの身体に戻った。

 しかし、部屋はお兄様たちが作り出した光の玉で煌々と照らされているため、アリオトの影が床に落ちることはない。

 そしてアリオトの意識もまた、戻ることはなかった。

 それでもこの世界はアリオトを、“魔の者”を受け入れている。

 アリオトの影がアリオトに戻ったのがその証拠だ。

 ならば、アリオトの心にもいつか希望という名の光が射す日も来るだろう。


 そうね。

 今はとにかくそう信じることから始めよう。

 

 私は一つ息を吐いて、お兄様たちへと振り返った。いや、振り返ろうとした。

 でも、微かに聞こえた指を鳴らす音とともに、私はまたお兄様の“幻惑”の中にいた。

 ふと髪を掬ってみれば、いつもの淡紫に戻っている。

 

 あぁ、やっと終わったのね。

 これで帰れる………………


 途端、力尽きそうなる身体に、まだ駄目よと、しっ咤するけれど、一度力が抜けた身体はなんの余力も残していなかったようで、私はそのままへたり込んでしまった。

 もちろん“幻惑”の中で―――だけれど。

「その中で少し休んでいなさい」

 甘さを含んだお兄様の声が耳を擽る。

 その声と同時に、“幻惑”の中に柔らかな風が吹き、私の身体を優しく包み込んだ。

 それはまるでお兄様の腕に抱きしめられるような感覚で…………

 温かくて、泣きたくなくなるほど切ないのに、でもとても幸せだった。

 

 そして私はその温もりに身を任せて、ゆっくりと目を閉じた。


 

 だから私は知らない。


 その時、サルガス様が静かに涙を流していたことを。

 彼の失われていた記憶もまた戻っていたことを。



 この時の私は何も知らなかった。


 






☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


 うぅ、すみません

 体調不良により金曜日の投稿はお休みさせて頂きます。

 来週からはまた火曜日と金曜日の投稿となりますのでどうぞよろしくお願い致します。


☆星澄☆


こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


一日遅れの投稿申し訳ございません。

本文最後にも書かせていただきましたが、

体調不良で、うっかり投稿をしそびれてしまいました。

情けない。

でも次回はスハイル王弟殿下サイドのお話です。

来週火曜日、投稿いたしますので

また読んで頂けると嬉しいです☆



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆


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