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私、気づいてしまいました(13)

「ねぇ、これで君たちの出し物は終わりかな?」


 アリオトの影は愉快で仕方ないとばかりに、白抜きできた口で綺麗な三日月を作った。

 お兄様たちは、それについて何も答えない。

 アリオトの無邪気にも見える嘲笑を睨み返すだけだ。

 しかしそれを肯定だと受け取ったアリオトは、さらに上機嫌で言葉を重ねていく。

「いやね。さすがに驚いたよ。心を読まれて、先回りされちゃうし、行動まで“言霊”?ってやつで縛られちゃうし、ボクの記憶まで消されちゃうしさ。たかだか少し魔力量が多くて、光の神から特別扱いされただけの人間のくせに、なかなかやるよね。ついさ、次はどんなことをしてくるんだろうって、ワクワクしちゃったよ。う〜ん…………これはボクの悪い癖?興味を持っちゃうと、他のことはどうでもよくなっちゃう悪癖だよね」

 まるで鼻唄でも歌うようにそう告げて、また思い出し笑いに身体を震わせる。

「クククッ…………ごめん。さっきもさ、実は笑いを堪らえるの大変だったんだよ。ボクが何者であるかという記憶を消したってやつ?……クッ……クククククッ…………ほんとごめん。思い出した途端に、また笑えてきて…………クククッ……アハハハハハハハッ…………駄目だ……やっぱり止まらない…………」

 デジャブだろうか。

 先程もこの大笑いを見たような気がする。いや、確かに見た。その場所で。

 しかし、先程見たものとこの笑いは、明らかに含まれるものが違う。

 先程のものは、興味、驚き、困惑が入り混じっていたけれど、今は嘲りだけだ。

「ほんとさ…………めでたいよね。ボクの記憶から確かに何者であったかという記憶は消えた。それは認めよう。でもさ、それでボク自身が失われたわけじゃない。ただ、何者だったかという記憶がないだけだ。ねぇ、この意味がわかる?記憶がないだけで、本能ともいえる性質は何一つ変わってないんだよ。ちなみにさ、ボクは自分が何者であるかは覚えてないけれど、自分が何者であるかの予想くらいはついている。そりゃ、そうだよね。自分が過去、人間たちに何をしてきたか、その記憶はしっかりとあるんだからさ、当然だよね。まぁ、君たち人間の場合、記憶が失くなれば一大事かもしれないけれど、所詮ボクにとっては取るに足らないことだ。そもそもボクは自分が何者かなんてどうでもいいんだよ。仮に、ボクが君たち人間がいうところの“魔の者”だったとして――――だからこうするべきだとか、世界にとってこうあるべきだとか考えたこともない。だから、“魔の者”である自分がわからない!なんて無様に慌てることもない。ボクにとって重要なことは、何が愉しくて、何が愉しくないか、ただそれだけだ」

 アリオトはニタァと歪な笑みをその影に作って見せると、その視線の矛先を違うことなく“幻惑”の中にいる私へと定めた。

「光があるから闇が生まれる。そこに光の存在があるから、ボクの中の闇が深まる。それは記憶として知っているんじゃない。本能として感じることだ。でもさ…………記憶を消されたからこそ、より自覚できたよ。ボクが如何なる存在かってことをね…………」

 そして、アリオトの影は壁を歩くようにして私へと近づいてくる。

「今は“幻惑”とやらに惑わされて見えないけれど、そこに光の存在がいる。だから興味を持つし、欲しいとも思う。さらに言えば、その光を穢して、闇でめちゃくちゃに染めてやりたいとも思う。それはボクが、“魔の者”と君たち人間から呼ばれる存在だからこそ、そう思うのかもしれないね。でもさ、自分が何者かなんてほんとどうでもいいんだよ。存在意義なんてものは、自分で決める。ボクはただこの世界に―――――――快楽を求めるためだけにいる!」

 

 それは一瞬のことだった。

 アリオトがそう言葉を放ったと同時に、壁に張り付いていたアリオトの影から、鋭く尖った五本の槍のような触手が一斉に伸びた。

 そしてその触手は、お兄様たちの左胸を一直線に貫き、そのまま反対側の壁へとタンッ!と音を立てて突き刺さる。

 それらは一秒にも満たない刹那に起こったこと。

 でも、アリオトの触手がお兄様たちの左胸を貫く音と、噛み殺せずに漏れた絶叫、さらにはゴフッと口から吐き出される鮮血が生々しく私の耳と瞳に焼き付いた。

 なのに、思考が追いつかない。

 目の前の状況がまったく理解できない。

 お兄様も、アカも、シェアトも、サルガス様も、そしてレグルス様も、アリオトの触手に串刺しにされ、左胸と口から大量の血を溢れさせている。

「ユー……フィリ………ナ………………」

「ユ……フィ………………」

「………ユー……フィリナ………嬢………」

 にもかかわらず、皆が苦痛に表情を歪めながら、私に向って申し訳なさそうに名前を呼んでくる意味がわからない。

 何一つわからないからこそ、まるで途方に暮れたように、私はただ彼らを呆然と見つめ続けていた。

 悔恨と心配に揺れるアカの瞳。

 きっと、守護獣として自分がいなくなった先のことが気になっているのだろう。

 シェアトの瞳も、サルガス様の瞳も、レグルス様の瞳でさえも、皆、苦痛と後悔、そしてどこか憐憫にも似た不安で滲んでいる。

 そしてお兄様の瞳は―――――――

 こんな時だというのに、そのアメジストの瞳はどこまでも愛しげに、それでいてどこか申し訳なさそうに細められていて…………

 お兄様の手が“幻惑”の中にいる私へとゆっくりと伸ばされる。

 でも、アリオトの触手に串刺しとなったお兄様がどれほど私に腕を伸ばしたところで、その手は私まで届くことはない。

 私はというと、その手を掴みたいのにどうしても身体が動かず、ただただ一つの景色としてそれをぼんやりと眺めるだけだ。

「心配……ない………大……丈夫だ………」

 なのに、私の心配ばかりをするお兄様がわからない。

 真っ赤な血に染まりながら、泣きそうな微笑みを向けてくる理由がわからない。

 そんなお兄様を抱きしめてあげたいのに、どうして私の身体がピクリとも動かないのかがわからない。

 

 どうして………どうして……………ほんの瞬き間でこんなことに?

 これは現実なの?それともこれはやはりとんでもない悪夢の続きなの?

 だったら、今すぐ覚めて欲しい。

 こんな……こんなにも残酷な夢など見たくもない。

 私はようやく気づいたのに。

 お兄様のことを愛していると。

 もちろん、この想いが報われないことはわかっている。

 それは私が妹であるという事実だけでなく、お兄様が私に誰かを重ね見ていることは知っているからだ。

 だから、あのキスは私の我儘に応えながら、私ではない人へぶつけていたこともわかっている。

 わかっているからこそ、私はこの想いを封じることに決めた。

 気づいた瞬間に、この恋は呆気なく終わりを告げたのだと。

 醜き我儘でもらったキスはとても甘美でいて、無情なほど残酷だった。

 それでも、あのキスがこの先私を苛み、胸を突き刺す痛みしかもたらさなくとも、私がこの世界で誰かを愛した証にはなる。

 だから、この想いがたとえ報われなくとも、お兄様が生きていてくれるだけで、傍にいてくれるだけで私はそれでよかったのに。

 なのに、どうしてこんな結末に?

 

 いえ、こんな結末を迎えるのは、なにも今が初めてではないわ。

 だって、私は確かにこの絶望を知っているもの。

 愛する者が目の前で殺され、絶望した瞬間を、私は昨日のように思い出せる。

 あぁ…………そうね。

 フィリアは彼を愛していた。

 簡単には言葉で言い表せないほどに。

 その瞳も、心も、彼だけに埋め尽くされていた。

 ある意味それは、恋という名の呪いのようなものだったのかもしれない。

 そして、“神の娘”であったからこそ、誰よりも純粋無垢な心を彼への愛だけで満たした結果、フィリアの心は彼の死によって木っ端と砕かれてしまった。

 その時に感じた衝撃と痛み、哀しみと怒り、さらにこの世界への絶望が私の中に甦ってくる。

 

 うん、そうね。

 お兄様が死ねば、私の心も間違いなく死んでしまうわ。

 死人同然に生きるくらいなら、貴方が消えてしまったこの世界から、私もちゃんと消えたいと思う。

 でもね…………私はフィリアとは違う。

 何百年先でも、何千年先でもいい、またこの同じ世界の同じ時間軸で巡り合えるのなら、それが私の絶望を救う希望となる。

 

 だから、今はアリオトの笑い声も気にならない。

 お兄様たちのことを蔑む声さえも、ただの音でしかない。


「アハハハハハ……哀れだね。どうしてこうなったか教えて欲しい?そうだね、最期の望みくらいは叶えてあげようかな。自分たちの最期があまりに呆気なさすぎて、まだ状況に追いつけていないようだしね。まず、“読心”の能力者である君がボクの思考を読めなかったのは、ボクが考えて行動に移したわけじゃないからさ。ただの本能?目の前に獲物がいた。だから何も考えずに仕留めただけの話。そして“言霊”の君の命令だけど、これは説明するまでもないよね。ボクはこの壁から動いてないし、床も天井も這ってない。ほら、君の“言葉”に背いたわけではないよね。だから、そんなに落ち込まなくていいよ。君の命令は今でも有効だ。君が死ぬまではね。最後に、“忘却”の君には感謝しよう。“魔の者”という縛りを取り払ってくれたからこそ、本能のままに動けた。闇の眷属としての使命とか本当はあったのかもしれないけれど、おかけで綺麗さっぱりだ。ふふふふ……(しがらみ)なんて元々持っていないつもりだったけど、どうやら違ったらしい。この開放感は堪らないね。本当に感謝申し上げるよ。“忘却”の能力者殿」

 そして次に、アリオトの声は私へ向かって愉しげに語りかけてくる。

「あぁ、ユフィ。大丈夫だからね。この者たちの息が…………いや、その君の兄を名乗る男の息が絶えれば、君は“幻覚”からも、その“仮紋”ってやつからも自由になれる。ボクは“言霊”の能力者の息が絶えれば、晴れて自由の身だ。ま、今も言うほど不自由ではないんだけどね。でもさ、自由になったら君の光はボクの闇で穢してあげる。あぁ……心配しなくても、そこのベッドで戯れた記憶はあるよ。忘れたのは“魔の者”であったということだけだ。君を穢し、永遠に闇で縛り付けたいという気持ちは少しも消えていない。むしろ、本能が鮮明となって、その想いがさらに濃くなったくらいだ。さぁ、君はこれで完全にボクのものだ。彼らの息が途絶えたその瞬間に――――――――」


 突然、ただの音でしかなかったアリオトの声が止まった。

 ふと感じた違和感。けれど私の視界は、今にも風の前に消えゆく灯火のようなお兄様たちで完全に埋まっていた。

 だからこそ、その異変は漠然とした感覚ではなく、視覚でしっかりと見て取れた。


『こ、これは一体………………』

 

 まるで硬質なガラスに大きなヒビが貫いたかのように、目の前の光景が縦にズレる。

 しかし、そう見えたのも束の間で、今度は細やかなヒビが縦横無尽に駆け抜け、一面に広がっていく。

 そこで気づいた。いや、確信した。この目の前の光景は、お兄様が作り出した幻だったのだと。


『お兄様ッ!』


 今も尚在り続ける私を囲う“幻惑”の中から叫んだ瞬間、悪夢でしかなかった目の前の凄惨な光景はパァンッ!とガラスのように砕け散った。

 その衝撃に、腕で顔を庇うように身構えながら目を瞑る。

 これがお兄様の作り出した“幻惑”だったと理解しているのに、どうやら視覚で捉えた映像は私の防衛本能をしっかりと起動させたらしい。

 無駄な行為だとわかりつつ身構えた自分に、己の防衛本能の優秀さを褒めるべきか、それとも融通が利かないと嘆くべきか、はたまたお兄様の“幻惑”がそれほどまでに現実味があったのだと褒めるべきか、私まで騙してと怒るべきか、複雑すぎる心境だ。

 しかし、多少怖くもあった。

 もしこれが私が思うようにお兄様の“幻惑”ではなかったとしら?

 今見た光景も、アリオトが仕組んだことだったとしたら?

 心に満ちた光を遮るように落ちた一筋の影。その影がなかなか消せなくて、目を開ける勇気が出てこない。

 けれど、そんな私の耳を笑みを含んだ優しい声が擽ってくる。

「ユーフィリナ、心配はいらない。だから目を開けて“今”を見てごらん」

 その声に誘われるままに私はゆっくりと目を開ける。

 最初に感じたものは光。

 その光はお兄様たちが大量に作り出した光の玉の一つだとすぐにわかる。

 そして次に私の瞳に映り込んできたものは――――――――


 ふわりと微笑むお兄様。

 もちろん左胸をアリオトの触手に貫かれた形跡も、吐血の跡もどこにもない。

 ただ、私に向って何も問題はないと、いつものように優しくも悪戯な笑みを湛えるお兄様がそこにいた。

 さらに視線を奥へと向ければ、アカたちも怪我一つなく元気な姿でそこにいる。

 そのことに涙が溢れそうになるけれど、今はまだ何も終わってはいないと、安堵で泣きそうになる心を奮い立たせた。

 しかし、この状況に一番驚愕したのは他でもないアリオトだった。

 それはそうだろう。仕留めたと思った相手が無傷でピンピンしており、しかも仕留めたという手応えさえ、すべては夢幻だったのだから。

 けれど、そうなると一つの疑問が浮上する。

 

 私とアリオトは、いつからお兄様の“幻惑”に囚われていたのだろうか――――と。

 

 いや、正確に言うならば、私の場合はいつから“幻惑”の重ね掛けのような状態にあったのか―――――っていうか、お兄様の能力はちょっと凄すぎませんか!―――――――となるのだけれど、そこら辺の細かいことはもはや些末事だ。

 そもそも気にするだけ無駄というものであり、おそらく説明されたところで私が理解できるとも思えない。

 だから、“幻惑”の重ね掛けについては、取るに足らないこととして流しておくことにする。

 しかし、私が見ていた光景がいつから“現実”から“幻惑”へと切り替わったのか、是非ともそこだけは教えて頂きたい。

 そしてこれに関して言えば、アリオトも私と同意見だったようで、壁に影として張り付いたままで、う〜んと唸りながら腕を組み、首を傾げた。

「ねぇ、これはどういうこと?ちゃんと説明してくれる?さすがにさ、今のは本当に驚いたんだけど………………」

 驚いたことを隠しもしないアリオトに、お兄様は私に向けていた微笑みをそのまま苦笑に変える。

 それからたっぷりと時間をかけてアリオトへ向き直ると、緩慢に口を開いた。

「そうだな。説明はしてやろう。だがその前に、告げておくことがある」

「おやおや、一体何かな?まだ他にも、ボクを驚かせるようなことがあるとでも言うのかな?」

 冗談半分、本気半分といった様子でそう問いかけてきたアリオトに、「まぁ、そんなところだ」とお兄様は肩を竦めて見せた。

 そして何故かサルガス様へ一度視線をやり、彼が小さく頷いたの確認してからアリオトへとその視線を戻す。


「では、告白しよう。サルガス殿が“忘却”で消した記憶は何もお前が“魔の者”であるということだけではない。では、お前は一体何を忘れ、何を失ったのか。さぁ、考えろ。アリオトの()()()殿」

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


ヤラれてはヤリ返す。

なんだか負けず嫌いの応酬合戦のような様相となってきました。

でも、いよいよこの応酬合戦にも終止符が…………


いい加減来てほしいですね〜(遠い目)


恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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