私、気づいてしまいました(11)
お兄様たちから放たれた光魔法。
しかしそれは攻撃魔法ではなく、部屋を照らす握り拳ほどの光の玉だった。
それをいくつも部屋の中に放ち、あらゆる角度から影を照らすことによって、落ちていた影をすべて相殺していく。
ベッドの下の影も、落ちた壁の残骸の影さえも許さない念の入れようだ。
そしてそれらの光の玉は、隣の部屋にも同様に放たれており、暫くしてシャムが慌てたようにこちらの部屋へと戻ってきた。
「アリオトは、こっちの部屋に移動してるみたいにゃ!あっちにはもう影一つないにゃ!」
そのシャムからの報告に、お兄様はある一点を見つめながら、泰然と答える。
「みたいだな。こちら側には一つだけ影が残った。その影こそアリオト自身だ」
確かに、私たちの部屋には影が一つ床に落ちている。
アカたちもただただそれを見つめている。
それも、お兄様の足元に落ちている影を。
光があれば影ができる。
それは自然の摂理だ。
だからこそ、この部屋に光がある以上、たとえそこに影が落ちていたとしても、本来であれば不思議でもなんでもない。
たとえお兄様の足元に、それらしき形をした影が床に張り付いていようとも。
しかし、今はその自然の摂理が、お兄様たちよって強制的に壊されてしまっている。
大量の光の玉を作り出し、あらゆる角度から光を当てることによって、お兄様たちはありとあらゆる影を消したのだ。
そのため、ちらりとアカたちの足元へと視線を向けてみたけれど、やはり落ちているはずの影は、今そこにはない。
もちろん、お兄様の周りにも光の玉はいくつもふわふわと浮いており、この状況を鑑みれば、お兄様の影だけが床に残るはずがないのだ。
なのに、その影だけが残った。
光を拒むように、そこに影としてあり続けた。
光から生み落とされたモノではなく、その影自体が実態を持っていると主張するかのように。
言い換えるならば、お兄様の足元に落ちるこの影こそが、アリオトである何よりの証拠で―――――――――
「光魔法!大地を貫け!雷光!」
お兄様から足元の影に向かって放たれる攻撃魔法。
と同時に、アカたちは身構え、お兄様から飛び退るようにして距離を取った。
しかし、最もお兄様から距離を取ったのはその影で、お兄様の足元から猛スピードで床を這うと、そのまま宙に浮き上がり、壁にベッタリと張り付いた。
まるで壁に向って大量の墨がかけられ、黒く大きな染みができてしまったかようだ。
けれど、その染みは明らかな意思を持っていた。
壁を伝い、重力に従い下へと垂れていくのではなく、むしろ重力に逆らうように染みを上へと広げていき、やがて人型となる。
見覚えのあるシルエット。
それはアカが呪われた時に初めてみたモノとまったく同じモノであり、間違いなくアリオトのシルエットそのものだと言えた。
そして、その影に目と口らしきものが白抜きとなって現れ、ニタリと笑う。
「灯台下暗しってヤツを狙ってみたんだけどさ、まさかこんなに簡単に見つかっちゃうなんて夢にも思わなかったな。残念」
残念と言いながらもその口調はどこまでも軽い。
しかもシルエットなだけに、ダメージを負っているようにも見えず、なんならこの状況を愉しんでいるようでさえある。
そんなアリオトに対し、お兄様はゆるりと目を細めた。
「それは大変申し訳ないことをした。もう少しかくれんぼに付き合ってやればよかったな。いやはや、我ながら随分と大人げないことをしたものだ」
もちろんこちらも口では申し訳ないと告げてはいるものの、お兄様の態度はどこまでも尊大であり、あからさまに口先だけだということがわかる。
しかしアリオトもそれを気にした風でも、気を悪くした風でもなく、むしろ愉快だと謂わんばかりに、シルエットにかかわらず満面の笑みを作ってみせた。それから、興味津々とばかりに聞いてくる。
「ところでさ、色々教えてもらいたいことがあるんだけど、まずはこのボクを心底驚かせたあの件から聞いてもいい?何をどうすれば、あの魔道具から出てくることになるのかな?」
アリオトが言うあの魔道具とは、ベッドの上で展開図となったまま放置されているからくり魔道具のことだ。
これはサルガス様の妹、シャウラの想い人である魔道具師のロー様の店に、依頼品として預けられていたもので、そのからくりの解き方がわからず、長い間ずっと開かずの箱となっていたらしい。
そのからくり魔道具なるものに興味を示したお兄様は、直接見てみたいと言い出し、ロー様にスハイル殿下の専属護衛騎士であるエルナト様を護衛として付け(もちろんスハイル殿下の許可をもらった上でだ。さすがのお兄様もそこまで横暴ではない)、店まで取りに行かせたのだ。
しかしその直後、アリオトとトゥレイス殿下の襲来で、私は“真紋”を付けられ、この屋敷に連れ去られてしまったために、残念ながらその先のことについては何も知らない。
私同様、アリオトの晦冥海に沈んだお兄様たちがどのようにして助かり、よりにもよってからくり魔道具なる箱の中から、お兄様が出てくることになるなんて―――――――正直、今でも信じられないくらいだ。
ここは、アリオトに便乗する形にはなるけれど、是非ともその理由を私にもお教えていただきたいと、私はお兄様が施した“幻惑”の中で、この時ばかりはアリオトに同調した。
そんな私の気配をも感じ取ったのか、お兄様は苦笑気味に肩を竦める。
しかしすぐにその苦笑だけを掻き消すと、「お望みとあらば?」と、アリオトの問いかけに答えるべく、ちょっとした謎解きを始めた。
「私がこの魔道具から出てきたのは、単にこれが“魔の者”にとっての転移装置であることがわかったからだ」
事も無げにそんなことを言って退けたお兄様に対し、アカたちは微妙な表情となる。
察するに、普通はそう簡単にわかるはずもなければ、たとえそれがわかったとしても、『では早速使ってみよう』、などとは誰もならないものだ――――――と、言ったところだろう。
うん、激しく同意だ。
そしてそれはアリオトも同意見だったらしく、シルエットのまま器用に呆れ半分驚き半分といった複雑な表情となっている。
しかしお兄様は、淡々と話を続けた。
「まず最初に、私が疑問に思ったのは、シャウラ嬢のためにロー殿が作った魔力吸収の魔道具が、どのようにして細工されたのかという点だった。まぁ、闇属性への魔力変換がなされていたことで、その犯人については目星がついていたが、その手段がどうしてもわからなかったのだ。だがロー殿によれば、丁度時期を同じくして、とある高貴な方の従者を名乗る男が、シャウラ嬢が望む魔道具についてのヒントをロー殿に与えたばかりか、実用性と遊び心を持ったからくり魔道具なるものを店に持ち込んだということだった。それも、如何なるものでも、保存した時の状態を保つことができる魔道具だとかで、箱の内部に時間凍結の魔法陣と、術式が施されているという胡散臭さしか感じない代物をな。しかも、遊び心と称してからくりが施され、今やそれは開かずの箱と成り果てているという。そこで私は、一先ずそれを直接自分の目で見てみることにした。百聞は一見に如かずと言うしな」
そう言いながら、お兄様はベッドの上の展開図――――――もとい、からくり魔道具を拾い上げた。
それをアリオトに見せつけるように組み立て直しながら、お兄様は再び口を開く。
「これを見た時、直ぐにわかった。この箱は、からくりのせいで開かないわけではなく、そもそも中からでしか開くことができないものなんだとな。なぜなら、ごく僅かだが、闇の残滓を感知することができた。それも最近、中から漏れ出したと思われる、闇の残滓をだ。だが、それはおかしい。何百年と開きもしない魔道具が、闇を漏らしながら独りでに開くはずもない。なのに、箱は確かに開いた形跡があった。そこで、幻獣であるシャムにこの箱の内部を調べるように頼むことにした。私の考え通りだと、そこには間違いなく“魔の者”―――――お前が仕込んだ漆黒の闇で満たされていると思ったからな」
頼まれたらしいシャムにも、どうやら思うところがあったのか、「あれは頼んだとは言わないにゃ。それに、セイリオスはやっぱりウサギを酷使しすぎにゃ。シャムはいつか過労死するかもしれないにゃ」と、ぶつぶつと文句を垂れている。
そんなシャムにお兄様がじとりとした視線を向ければ、シャムはそそくさと毛づくろいを始めた。
うん、誤魔化し方も可愛すぎる。
お兄様はやれやれとため息を吐いてから、壁に張り付いているアリオトの影に視線を戻す。
「我々は“魔の者”の能力に対して、知らないことも多い。それゆえに、お前たちの行動を見て、すべての影や闇に紛れることができると勝手に思い込んでいた。だが、そのからくり魔道具のおかげで、それは単なる錯覚で、実際は非常に限定的なものであることが知れた」
「それはどういうことかな?」
アリオトのシルエットが首を傾げた。
お兄様もまた同じように首を傾げてみせる。
「どういうことも何も、あらゆる影と闇に紛れられるわけではないからこそ、わざわざロー殿の店にこの魔道具を持ち込んだのだろう?」
アリオトの疑問を、わざわざ疑問符をつけた確信の言葉で打って返す。
それを受けたアリオトの白抜きされた口がまた大きな弧を描き、満面の笑みを作った。
その表情から判断するに、お兄様の見解は正解だったらしい。
お兄様もまたアリオトのシルエットに浮かんだ笑みを肯定と捉えて、話を先に進めた。
「もし、ありとあらゆる影や闇に溶け込み移動できるならば、胡散臭い従者のフリをしてまで、この魔道具を店に持ち込む必要はなかったはずだ。だが、持ち込んだ。それはその必要があったからだ。シャウラ嬢のために作られた魔道具に対し、お前にとって都合のいい細工をするためにな」
アリオトの表情が益々愉快だと謂わんばかりに、笑みを深めていく。
「へぇ〜あんた、賢いねぇ。それを見ただけでそこまでわかっちゃうんだ。でもさ、それはボク仕様の転移魔道具だよ。もっと言うなら、“魔の者”専用だ。それなのに、どうして使えちゃったのかな?もしかして君も――――――“魔の者”とか?」
アリオトのからかいと、どこか疑いを含んだ確認に、アカはちらりとお兄様を見た。
その何かしらの意を含んだアカからの微妙な視線をお兄様はさらりと受け流し、まるで笑い話でも聞いたかのように、アリオトの言葉を退ける。
「これはこれは本物の“魔の者”からそんな疑問を持たれてしまうとは、光栄だと言うべきか、失礼だと憤るべきか、実に悩ましいところだな。だが、残念ながら私は間違いなく人間だ。何者にもなり得ない命を宿すただの人間だ」
その奇妙にも感じる言い回しに、アリオトの口がへの字となる。
おそらく影でなければ眉を寄せ、深い皺を刻み込んでいたことだろう。
しかし、お兄様はアリオトの怪訝やら、レグルス様たちの物言いたそうな視線を丸っと無視して、さらに言葉を重ねていく。
「とはいえ、前にも話した…………いや、二度ほどお見せしたと思うが、私は闇属性を持つ人間だ。その上、“幻惑”の能力者でもある。そもそも“幻惑”とはありもしない状況を幻として創り出し、惑わすものだ。言い換えるなら、あたかもそれが現実であるかのように誤認識させるべく、よく似た事象を模倣し、幻として生み出すことができる。つまり、“幻惑”の能力者ならではの特異な能力とでも言うべきか、私は模倣が非常に得意なんだよ。たとえば一度でも喰らった魔法なら、私はそれを模倣し発動することができる。“幻惑”としても、“現実”においてもな」
その言葉に、アリオトはすべてを察したらしい。
お兄様がどのようにしてからくり魔道具なるものを利用して、あのような登場となったのかを。
そのせいで、アリオトの影はあんぐりと口を開けて、固まっていた。いくら察しようとも、おいそれとはお兄様の話も、察した事実も、鵜呑みにすることはできないらしい。
けれど私は、鵜呑みにする以前の問題だった。
途中から完全に話について行けず、一人置いてきぼり喰らった状態だ。
というか、一を知って十を知ることができるほどの理解力などそもそも持ち合わせていない。いや、恥ずかしながら、余すことなく説明を受けたとしても、すべてを理解できるとも限らない。
つまり、しっかりと噛み砕き、さらには年端もいかない子供に説明するくらいの気概でもって、私には説明してほしいと心から切に願う。
しかし、この状況でそれを口に出せるだけの図々しさも勇気もない。それどころか、絶賛“幻惑”の中にいるため、口を挟むこともままならない。
早い話、置いてきぼりを受け入れるより、今の私には他なかった。
けれど、捨てる神あれば拾う神あり―――――――正しくは、私にではなく、唖然としているアリオトに対し、お兄様は尋ねるような口調で告げた。
「おやおや、なかなか話を呑み込めないといった風だな。ならば、噛み砕こうか。私は、幻獣であるシャムにからくり魔道具の中を調べさせ、尚且つ、中からその箱を開けさせた。そして、そこから出てきたお前の晦冥海を消し去った後、今度はその晦冥海を模倣し、私の晦冥海で魔道具の中を満たしてから、この身を沈めた。その理由は、このからくり魔道具なるモノが“魔の者”仕様となっているがために、闇属性しか受け入れようとはしなかったからだ。それにアリオトの晦冥海をそのまま使えば、魔力吸収を免れないばかりか、晦冥海を通じてお前に気取られる恐れがあったからな。それゆえの模倣晦冥海だ。それから再び魔道具を中から閉じ、私が入った状態の魔道具をシャムにここまで運ばせた。ただそれだけのことだ」
ただそれだけこと………………って。
平然とお兄様は口にしたけれど、それはどう聞いても簡単な話ではない。
だいたい、そんな回りくどいやり方をしなくとも、ここへ乗り込んでくる方法はいくらでもあったはずだ――――――とまで考え、私はこの部屋にかけられていたアリオトの結界について思い出した。
そうだったわ。
アリオトの結界で、この部屋の魔力は外に漏れ出さないように封じられていたし、そればかりか、聖獣であるシロの魔力を持ってしてもアリオト自身が扉を開けない限り、入ることすらできなかった。
つまり、この部屋自体が開かずの部屋となっていたんだわ。
だからこそ、お兄様は幻獣であるシャムに突撃させて、お兄様入りのからくり魔道具を運ばせたのね。
もしかしたら、“魔の者”仕様の魔道具ならば、この部屋へと運び込めるはずだとそこまで計算に入れていたのかもしれない。
まったく、なんてことを考えるの…………このお兄様は…………
感心を通り越して、呆れにも似た気持ちとなる。
だいたい無事に魔道具を使いこなせたからいいようなものの、永遠に閉じ込められるようなことになっていたら、一体どうするつもりだったのだろうと、心配よりも先に苛立ちが立つ。
あぁ、駄目ね。
私もお兄様のこととなると狭量だわ。
そんな反省をしながらも、まだ処理しきれない疑問を燻らせている。
シャムを突撃させるにしても、まずはこのシロの屋敷を特定しなければ話にならない。
まさか王都中の屋敷を調べて回るわけにもいかないし、なんなら王都にいるとも限らなかったはずだ。
だったらどうやって……………………と、より深く思考の海に沈みかけたところで、それは起こった。
暫し、壁に影として張り付いたまま、文字通り目を丸くし唖然としていたアリオトだったけれど、突如として何かのスイッチが入ったかのように大笑いを始めたのだ。
シルエットだというのに、壁上でお腹を抱えて笑い転げている。
お兄様たちはそれを表情一つ変えないままに見つめている。それどころか、むしろ完全に臨戦態勢となっていた。
「な、な、なるほどね…………どうせこの場所がわかったのも、以前ボクが……花屋の娘を……ここに連れてきたことがあるからだろ?あとは…………あんたがユフィの右手に付けていたもう一つの“紋”のおかげかな?」
「まぁ、そんなところだ。ユフィの右手のモノは“優先紋”と呼ばれる“仮紋”。ユフィの気持ち次第で、如何なるものにも優先される。たとえ“真紋”が付けられようが、どれほど強固な結界に閉じ込められようがな」
警戒を一切緩めることなく、お兄様はアリオトを見据えながら、感情を削ぎ落とした声で答えた。
しかしアリオトは、ケタケタと笑い続けたままだった。
シルエットでも、その身体が小刻みに震えているのがわかるほどに。
「ほんと………可笑し………状況としては業腹だし、全然面白くないけど……やっぱ可笑しすぎだよ。まさか………ボクの転移魔道具を使われちゃう上に、部屋中の影を消して……こんな風に壁に追い詰められちゃうなんてさ。このボクが…………“魔の者”であるこのボクが………………あぁほんとに可笑し……すぎる…………」
しかしその刹那、アリオトは一瞬でその笑いを消した。そして前屈みとなっていた身体を、酷く緩慢に起こす。
「確かにボクは、ありとあらゆる影と闇に同調できるわけじゃない。それができるのは、ボクの影が触れている影か、ボク自身が作り出した闇だけだ。でもさ………………」
アリオトの影が、ニタリとした笑みを形作った。
瞬間――――――――――
「こんなこともできる」
息を呑む間に、一気に膨張したアリオトの影は、この部屋を黒く塗り潰すように覆い尽くした。
そして酷薄な声だけが部屋に響く。
「それではボクのユフィを返してもらおうかな」
紛れもないアリオトからの宣戦布告。
その声に、お兄様たちの口角がゆるりと上がった。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
今回は謎解き編でした。
次回はバトルですね〜(たぶん)
さてユフィはどう動くか。
その答えは次回です(笑)
ドキドキワクワクして頂けると嬉しです☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




