挿話【Side:サスガス】頭痛しかない妹と、頭痛を呼ぶ少女(6)
「ここは医務室……なのか?」
呟くつもりはなかったが、思わずそう口にしていた。
もちろん誰かに問いかけたわけではない。自分なりの確認のつもりだった。
しかし、私がそう呟いてしまったのには理由がある。
周りが真っ白すぎて人以外の背景がまるで見えなかったからだ。
まるで漂白されたかのような白い世界の中で、私は途方に暮れたように立ち呆けていた。
仰向けに倒れるでもなく、蹲るでもなく、ぽつんと立たされていたのだ。
そんな中、皆の無事を確かめるべく、私は眩しすぎる光の洗礼にあいながらも、どうにかこうにか目をこじ開け、人の気配を辿っていく。
とはいえ、エルナト殿とロー殿の姿はすでに確認が取れている。そして、そのエルナト殿に声をかけていたセイリオス殿と、彼の隣に立つ守護獣殿も光に紛れてはいるが、ぼんやりとその輪郭を捉えることはできた。だが、今の私が探しているのは彼らではない。
「シャウ……ラ…………ユー……フィリナ嬢………………」
私が探すのはこの二人。大変申し訳ないことに、本来真っ先に無事を確認しなければならない我が主君であるスハイル殿下は、その次だ。
いや、実のところ、確認する手間もなくスハイル殿下の声も、レグルス殿と、シェアトの声とともに先程から聞こえていたため、わざわざ目を凝らしてまで、その姿を探す必要がなかったこともあるのだが………………
「闇の次は、完全に光の中か……」
「みたいだね。にしてもさ、ちょっと眩しすぎやしないかな」
「確かにそうですね。医務室にいたはずなのに、景色がありません。まるで光の世界に放り出されたような気分です。エルナト殿の魔力は凄まじいですね。そのせいでまだまともに目が開けられません。ユーフィリナ嬢を探したくとも……これでは………………」
シェアトの意見に一票だ。あの闇を一瞬で祓ってしまえるほどの魔力。そしてその魔力の強さともいえる眩しさで、私たちの視界を閉ざしてしまっている。できれば目に優しい程度にその光力を下げてほしいものだが、この眩しさにも何かしらの意味があるのだろうと、口を閉ざす。
それにしても、さすが王弟の専属護衛騎士だけはあるな………………
普段はお気楽なイメージしかないが………
なんてことを思いながら、眩しさゆえにどうしようもなく細くなる視界に、シャウラとユーフィリナ嬢を再び探し始める。
すると、視界の端にぼんやりとベッドらしきシルエットが見えた。そこにへばりついているシャムらしき大きな影も。
「シャウラ!大丈夫かッ⁉」
私は闇に沈んでいたせいで気怠さが抜けない身体に鞭を打ち、床と思しきものを蹴り上げ、ぼんやりと光の中に佇むベッドへと近づいた。
そこには何事もなかったかのように眠ったままのシャウラ。
闇に沈むという恐怖から、どうにか逃れることはできたようで、この状態でも眠り続ける妹の図太さに少し苦笑する。しかし、我々と同様、闇に沈んだことに変わりはない。
私は少しでも自分の中に巣喰う不安を払拭するために、シャウラの頬に手を当て、その温もりを確かめる。さらには寄せては返す波のように繰り返される穏やかな呼吸をも確認して、私は改めてやっとシャウラに対しての心配を解いた。
が、あともう一人…………
すぐさま首を巡らせる。
そんな私の背後で、ベッドに張り付いていたシャムが弱り切った声を出した。
「この眩しさはシャムには辛いにゃ…………それにユフィが連れていかれちゃったにゃ…………シャム、辛くて悲しいにゃ………………」
シャムの言葉に、私の心は再び凍り付いた。
頭のどこかでは、ここにユーフィリナ嬢はいないとわかっていた。おそらく例の“魔の者”と、トゥレイス殿下に連れ去られたのだと。
そしてその彼女の左手の甲にはトゥレイス殿下が付けた“真紋”がある。
あの光景が、最悪で酷い白昼夢でないならば………………
実際、ここで起こった出来事さえ、今の私には理解に苦しむものばかりだ。だからといって、私にはあのような非現実的としか思えないファンタジーな事柄を思い描けるほど、空想力に満ちた人間ではない。むしろそんな想像力など皆無だ。
そのため、時間の感覚がすっかり削ぎ落された空間で、先程見たあれらの出来事と、味わった絶望は、正しく事実だったのだと思い知らされる。
だが、この私でさえそうなのだ。俄かに彼女への想いを自覚し始めたこの私でさえ。
だとしたら、超絶シスコンで、愛する妹とためならば一国を更地に変えることだって厭わないセイリオス殿の焦燥、憤り、失意、絶望は如何なるものだろうかと、私は怖いもの見たさも手伝って、目を凝らして彼を見やる。
そして、すぐさま見たことを後悔したくなった。
うん、今すぐにでも全世界を亡ぼせそうだ。
そこには光の世界にいるとは思えぬほどのどす黒いオーラを纏った、魔王も斯くやのセイリオス殿がいた。そこから目を逸らすように彼の隣へと視線を動かせば、その彼に勝るとも劣らない真っ赤な炎を全身に滾らせた守護獣殿までいる。
この二人がいればこの世界はいとも簡単に滅せられるはずだ。
それこそ瞬滅する勢いで。
そんな二人の禍々しいオーラのせいかどうかは知らないが、先程見た時よりもロー殿の顔色が益々悪くなっている。しかし、そんなロー殿を支えるようにして立つエルナト殿の神経はとてつもなく図太かった。
「いやはや、すみません。さすがに私の力をもってしても、お二方のその毒々しいオーラは祓えそうにないですねぇ。そこは各々自己処理でお願いしますね」
ニコニコと笑みすら携えてそんなことを言った退けたエルナト殿に、セイリオス殿と守護獣殿はこれまた不敵にしか見えない笑みを返す。
「だろうな。そこは気にしなくていい。で、我々はこの状況をいつまで我慢すればいい?」
セイリオス殿の言う”この状況”とは、眩しすぎる世界に閉じ込められている状況を言うのだろう。
私も遅ればせながら、ここが先程までいた医務室ではなく、別の空間であることになんとなくだが気づき始めていた。
眠っているシャウラにはベッドが用意されていたが、闇に沈む前にすでに人酔いから復活を遂げていたレグルス殿は、医務室ではベッドの上にいたにもかかわらず、今は我々同様、真っ白な空間に立っている。つまり、ここは医務室とは異なる空間だと認識した方がいいのだろう。
そして、この異空間とも呼べるものを作り出したのは、言うまでもなくエルナト殿で、ここにいる皆がその答えを待つ。
「そうですね……あと半刻ほどくらいですかね。皆さん今回は光結晶を使わず、生身のままずっぷり闇に沈んでらっしゃったから魔力回復やら、魔力清浄化やら必要でしょ?今、それを同時にやっちゃっているんで、もうしばらく我慢してくださいね」
いやいや、ちょっと待ってくれ――――と思うのは私だけだろうか?
先程、シャウラの魔力が完全に枯渇した時には、医務室の魔力増強の魔法陣を使い、それを急速に補った。
だが今は、この空間こそがその魔法陣と同じ効力どころか、魔力の清浄化というさらなる効力を付与させた上で、我々に回復と癒しを施している。
実際、指を動かすことさえ億劫に思えるほどの気怠さが、徐々に薄れていくのを実感できるほどに。
しかも、ロー殿とエルナト殿自身は、一ミリたりとも闇に沈んでいないことから、この空間にいる必要はないはずだ。
にもかかわらず、彼らはここにいる。
この空間が魔法陣以上の効力を持つというのであれば、私が医務室でシャウラのベッドに寄ることをシャムが禁じたように、何かしらの弊害がありそうにも思えるのだが、顔色の悪いロー殿はともかくとして、エルナト殿はケロッというか、ヘラッというか、普段と何も変わらず平然としている。
この空間を作り出した術者ゆえ、と言えなくもないのだが。
駄目だ……
この空間は私の理解の範疇を超えている……………
そしてそれは、彼の主であるスハイル殿下も同様だったらしく――――――――
「セイリオスといい、お前といい、一体何なんだ!頼むからあっさり人知を超えたことをしてくれるな!……ったく、お前らといると、頭痛の種ばかりだ!」
そう散々ぼやいた後で、盛大なため息を一つ吐く。
もしここにワインがあれば、一気飲み必至のうんざり感満載で。
だがすぐに、王弟としての矜恃で立て直すと、指でこめかみを解しながらエルナト殿を見据えた。
「いや、今はそんなことを言っている場合ではなかったな。この破天荒極まりない空間について考えるよりも前に、現状の把握だ。エルナト、報告!」
ピシリと下された命令に対し、心持ち姿勢を正したエルナト殿だったが、報告の口調はどこかのんびりとしたものだった。
「はい。私とロー殿とともに、からくり魔道具なるものを手にこの学園に戻った時には、すでにこの学園及び大学は、闇に完全に呑み込まれた後でした。そこで私は光で闇を祓い、殿下たちをこの異空間へ一時的に閉じ込めました。ちなみに、他の生徒様たちですが、皆様も別の異空間で回復させて…………って、他の生徒様たちの意識は強制的に閉じたままにしてありますので、後ほどサルガス様の能力で今回の一件を消すことも可能です。どうぞご安心を」
「「「「…………………………」」」」
どうぞ、ご安心を――――――ではない。
報告の口調と内容が全然噛み合っていない。それどころか、しっかりと報告をされたにもかかわらず(口調はさておき)、何一つ理解できないとは、これまた一体どういうことなのか。
しかし今は精神衛生上、何も考えないことが得策だと、あっさりとその報告自体を脳内で切り捨てる。
そしてどうやらここでも、私とスハイル殿下は同じ結論に至ったらしい。
「あぁ、もうわかった!お前の話は凡庸な魔法使いにはまったくわからないことがよくわかった!それよりも今は、ユーフィリナ嬢のことだ!私の記憶が正しければ、ユーフィリナ嬢は“魔の者”アリオトの僕となったトゥレイス殿下に、“真紋”を付けられた。つまり、彼女の心は永遠にトゥレイス殿下に縛られる。そういうことだな?」
スハイル殿下もまた、ゆらゆらと立ちのぼる怒りのオーラを全身に纏わせながら、険しい表情をセイリオス殿に向けた。
セイリオス殿は、即座に「違う」と首を横に振る。
「アリオトが言っていただろう。『僕のモノはボクのモノ』とな。トゥレイス殿下の“真紋”であろうが、トゥレイス殿下自身がアリオトの僕と成り下がってしまった以上、ユーフィリナは間接的にアリオトのモノだ。但し、あの“真紋”が有効であるならば――――――だが」
意味ありげにそう付け加えると、セイリオス殿は腕を組みながら目を細めた。
その表情は忌々しそうにも見えるが、何故か超絶シスコンである彼が持って然るべき焦燥はあまり感じられなかった。もちろん、そう見えてしまうのは、未だに目が、この白い光の世界に慣れていないせいかもしれないが。
しかし、その表情以上に気になったのものは、セイリオス殿が放った台詞で、それにはレグルス殿が喰いついた。
「ねぇ、それってどういうこと?あの時、ユフィちゃんの手の甲には、薔薇にも見える真っ赤な紋が浮き上がっていたよね。俺も確証があるわけではないけどさ、あれは“仮紋”ではなく“真紋”だったと思う。それが有効でないことなんてあるの?あんなにはっきりとした紋を付けられて…………」
レグルス殿の言う通りだ。
“真紋”は“束縛紋”と呼ばれ、その“紋”を付けられた者はその紋を付けた者を愛すようになる。それは互いに愛し合っている者同士ならいいが、今回のようなやり口は、一方的に相手の心を自分に縛り付ける一種の呪いのようなものだ。
それも一度付けられた紋は永遠に消えることはない。
早い話、ユーフィリナ嬢は“真紋”という呪いで、好きでもない男―――――――それも、その紋を付けた張本人ではなく、その男を僕にした“魔の者”アリオトのモノになってしまったということだ。
あれ程までにはっきりと付けられた“真紋”が有効でないならば、これほど喜ばしいことはないが、あのトゥレイス殿下がしくじるとも思えない。それも、背後に“魔の者”を連れたあの状況でだ。
だが、そんなろくでもない思考は、次に発せられたセイリオス殿の言葉で、ものの見事に吹き飛んでしまう。
「最近、ユーフィリナのおかげで図書館を利用することが増え、“真紋”について改めて調べる機会を得たのだが、やはり一度付けられた“真紋”を消し去る方法はないらしい。だが、ないからと言って、そう簡単に諦めるわけにはいかない。そこで発想の転換だ。付けられた“真紋”は消すことができなくとも、付けようとする時点で無効化できないか―――――とな」
「それで、あったのか?その方法は……」
と、スハイル殿下が喰いつく。もちろん私たちも食い気味にセイリオス殿へ視線を向けた。
セイリオス殿はそれらの視線を一身に受けつつ、臆することなく答える。
「難しいことはない。予め、別の人間が“真紋”をつけておけばいいだけの話だ」
「何を言っているのだ!それでは駄目だろう!相手が変わっただけで、それこそ本末転倒だ!」
ご尤もすぎるスハイル殿下の返しに、セイリオス殿は「そうだ」と、すぐさま同意した。そしてさらに続ける。
「“真紋”から守るために、誰かの“真紋”を付ける。こんな馬鹿げた話はない。だが事実、これしか“真紋”を無効化にする有効な手段はない。“真紋”でもって“真紋”を制するしかな。そこで今回、ユーフィリナの右手には、私の“仮紋”を付けておいた。たとえ“仮紋”でも“真紋”を付けられる前に施せば、“真紋”の効力を完全にではないにしろ、打ち消せる可能性がある。“仮紋”はお気に入りを示すだけでなく、優先権を主張するものでもあるからな。だが、“真紋”ではないため、“真紋”を付けられた瞬間、ユーフィリナの手の甲には“紋”が浮き上がってしまった。そして一時的に、心を縛られた状態に陥ってしまうかもしれない。しかし、希望がないわけではない。ユーフィリナの心が少しでもそれに抗おうとするならば、トゥレイス殿下の“真紋”は効力を為さず、必ず打ち破れるはずだ」
「それって、ユーフィリナ嬢の気持ち次第ということですか」
シェアトがそう問い返せば、セイリオス殿は一呼吸置くように一度目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうなるな。しかし、“仮紋”を付けた者の魔力と想いの強さも、“真紋”を打ち砕く糧となるはずだ。そして何より、私はユーフィリナを信じている。ユーフィリナの心は誰にも縛ることはできない」
などと告げて、セイリオス殿は綺麗に微笑んだ。ユーフィリナ嬢への一途すぎる想いを隠しもせずに。
「ちなみに、セイリオス殿はいつの間に“仮紋”を…………」
シェアトが呟くように問えば、セイリオス殿は「ん?」とこれまた麗し気に首を傾げ、「闇に沈められた時、私はユーフィリナの右手をずっと握っていた。その間にだ」と、これまたいつもの如くしゃあしゃあと宣った。
あの状況下で、よくもまぁ…………と、その神経の図太さを感心するとともに、その判断力にただただ脱帽する。
しかし、セイリオス殿に焦燥が見えなかった理由が、急にストンと降りてきた。
そうか。
ユーフィリナ嬢への絶対的信頼ゆえか……………………
とはいえ、ユーフィリナ嬢がアリオトの手にある以上、安堵感はない。
実際、“仮紋”にどれだけの効力があるのかもわからないため、安心感もない。それどころか、問題はまだまだ山積みだ。
「セイリオスの“仮紋”によって“真紋”の効果が無効化されたとして、それをアリオトたちに気づかれれば、ユーフィリナ嬢の危険が増すのではないのか?」
スハイル殿下からのご尤もな指摘に、皆が申し合わせたかのようにすぐさま頷けば、セイリオス殿は苦々しそうに眉を寄せた。
「その通りだ。だからこそ我々はこんなところでのんびりしている場合ではない」
「だったら、すぐに助けに参りましょう」
すかさずシェアトがそう急かすように言えば、守護獣殿がそれをやんわりと諭す。
「だとしてもだ。逸る気持ちはわかるが、まずは俺たちの魔力回復が先だ。相手が“魔の者”なら、今の魔力量では到底太刀打ちできない」
確かに…………と思いつつ、さり気なく自分の魔力量を感知してみる。
まだ回復は四割程度といったところか…………
ほぼ枯渇していた状態からの四割。この異空間の凄さを改めて実感するが、それでも気は急いてしまう。だが、ここで慌ててもしょうがないとばかりに、エルナト殿が呑気な口調で告げてきた。
「そうですよ。何事も万全の態勢で挑まなければ、勝てるものも勝てなくなりますからね。それに、ここまではすへて、セイリオス殿の読み通りであり、計算通りじゃないんですかぁ?」
クスクスと笑いながらセイリオス殿を見やるエルナト殿の視線を追う形で、我々の視線もまたセイリオス殿へと向けられる。
そして、気づく。
エルナト殿をロー殿の護衛と称し、わざわざ学園の外に出したこと自体、こうなることを見越しての計算だったのではないかと。
そんな私たちのじとりした視線を受け、セイリオス殿は肩を竦めた。
まさか……とでも、謂わんばかりに。
しかし実際、その口から紡がれた言葉は、これまた耳を疑うような内容で…………
「何もすべてが計算通りだったわけではない。むしろ、ユーフィリナを奪われた時点で、そんなものは御破算だ。だが今回、アリオトが絡み、シャウラ嬢の魔力が増強され、闇変換されていたことから、それ相応の闇魔法が発動されることは、ある程度予測していた。まぁ、その確信を得たのは、アリオトの“晦冥海”を喰らってからだったがな」
あぁ……だから、あの時――――――――
『なるほどな……あの……銀…の魔道具は……この闇を生み出すためのものか……』
なんてことを、闇に身体を沈ませながら冷静に漏らしていたのか……と思い至る。
「しかし、我々は闇魔法に対し、有効な対抗手段を持ち合わせているわけではない。強力な光魔法を有するイグニスですら、闇に沈んだ状態で対抗するのは難しかった」
「セイリオス、違うぞ!今回は偶々、その前に闇属性の魔力を大量に吸い込んだせいで、本調子でなかっただけだ!いつものオレなら、あれくらいの闇など簡単に祓える!」
間髪入れず反論した守護獣殿に、セイリオス殿はやれやれとばかりに息を吐いた。
「では、そういうことにしておこうか……」
「そういうことではなく、そうなんだ!」
「まぁまぁイグニス殿、ちゃんとわかっていますから」
「いや、シェアト!あいつは絶対にわかってない!っていうか、見てみろ!あの冷めきった目を!体よく受け流す気だ!」
「まったく……犬も年寄りになると、あー言えばこー言うようになるのだな。これは躾以前の問題だ…………」
「だから、オレは犬じゃないッ!躾など不要だッ!」
相変わらずのじゃれ合いをし、セイリオス殿は守護獣殿の猛攻に心底疲れたとばかりに首を横に振る。
「まぁ、イグニスの躾は今後の当家の課題として、一先ず置いておくとして…………」
「セイリオスッ!」
間髪入れず噛み付いた守護獣殿を視線だけでいなし、セイリオス殿は先を続けた。
「あの時、“暗黒星”に閉じ込められたアリオトが完全復活したとは、到底思えない。だからこそ銀の魔道具などという小道具を使うことにしたのだろう。しかも、ユーフィリナの傍には常に我々がいる。生半可な闇魔法では役に立たないとわかっていたはずだ」
「それゆえの、魔力増強か?それもシャウラ嬢の魔力を使っての」
まるで合いの手のようなスハイル殿下の確認に、セイリオス殿が頷く。
「そうだ。シャウラ嬢の過剰な魔力量はアリオトにとっては、好都合だったに違いない。彼女がロ―殿に依頼した内容もな。とはいえ、アリオトがどんな手で来るのかまでは、正直絞りきれていなかった。だが、今回のシャウラ嬢の魔力暴走を受け、予定より早く仕掛けてくるだろうとは思っていた。だから、いざという時の保険を用意することにしたのだ」
「それが、エルナトってことでいいのかな?」
次の合いの手はレグルス殿だ。
それに対しても、セイリオス殿は小さく首を縦に振った。
「あぁ。ロー殿の護衛と称して、エルナト殿を学園の敷地外へと出した。我々の身に何かあった際には、エルナト殿に学園の外から対処願うためにだ。エルナト殿は基本万能型だが、その中でも光魔法は特出したものがある。それはイグニスを凌ぐほどにな……」
「そりゃ……そうだろう…………」
守護獣殿が拗ねたようにボソリと零し、それを拾い聞いたエルナト殿が困ったように苦笑した。
そんな二人に対し、多少の違和感を覚えたものの、私はセイリオス殿の視線がロー殿へ向かったことを察し、あっさりとその違和感をその場に放置した。そして私もまた視線の矛先をロー殿に向ける。
我々からの視線を一身に受け、ロ―殿の身体がピクリと跳ねた。
可哀想に…………
まるで魔王に睨まれた子ウサギのようだ。なんなら、カタカタと歯の根が合わない音さえ聞こえてくる。
おそらく私の幻聴だろうが…………というか、幻聴であってほしい。
そしてセイリオス殿、背中に背負っている目視できるほどの極悪なオーラを、ロー殿の心臓のためにも最小限に抑えていただきたい。
まぁ、これに関しては私も少なからず同じオーラを背負っているはずなので、ここはロー殿に我慢してもらうしかないのかもしれないのだろうが………
しかし、ロー殿のこの怯えも当然と言えば当然だ。
自分の作った魔道具によって引き起こされた魔力暴走。そしてシャウラの魔力枯渇。
さらに、その原因かもしれないからくり魔道具を店に取りに行っている間に、そこにあったはずの学園は闇に沈んでおり、エルナト殿の魔法で闇は祓われたものの、この異空間に連れて来られ、皆がおどろおどろしいオーラを現在進行形で背負っている。
客観的に見ても、この数時間に起こったことが波乱万丈すぎて、胃に穴が開きそうだ。
だが、震える子ウサギであるロー殿に対して、魔王斯くやのセイリオス殿は、飄々と告げた。
「ロー殿、からくり魔道具とやらを見せてもらえないだろうか」
「は、は、は、ははははい!こ、こちらです!」
ロー殿、怯えすぎである。
それでも、肩から下げていた麻の袋から、慎重に例のからくり魔道具と呼ばれるものを取り出し、ロー殿は貢物を献上するが如くセイリオス殿に差し出した。
セイリオス殿がそれを慎重に受け取り、わらわらわらとその周りを私たちが取り囲む。
それは銀の魔導具の元となっただけあって、綺麗な立方体で、大きさは男の手に収まりよく乗るくらいの一辺十二、三センチほど大きさ。
セイリオス殿は時に目を眇め、箱の天辺から底に至るまで嘗め回すかのように念入りに確認する。
しかしそれが終わると、セイリオス殿はゆっくりと口角を上げ、そして告げた。
「ふむ…………なるほどな。おそらく、どんなに手を尽くしても、このからくりはこちらから側から開けることはできないはずだ」
「それは一体どういう…………」
思わずといった体で問いかけてきたロー殿に、セイリオス殿はからくり魔道具から視線を上げると、ふっと笑ってみせた。
「セイリオス!悪い顔になってるにゃ!その顔は絶対に何かを企んでるにゃ!」
素直すぎるシャムに、私たちは全員でその口を塞ぎたくなるが、口から出た言葉は、いつの世も取り消し不可能だ。
だが、セイリオス殿は気を悪くした風でもなく、さらにシャムが言うところの悪い企み顔となって、ニッコリと笑ってみせた。
正直に言おう。
怖すぎである。
そして、続けざまに放たれる宣戦布告。
「駒はすべて揃った。さぁ、そろそろ反撃開始といこうか」
本当にこの人は――――――
同じように妹を持つ兄として、私の心に押し寄せる敗北感。
しかし男としては負けたくないと、激しく狂おしいほどに思う。
そしてこの激情が、恋に溺れる男の醜き嫉妬だと知るのは――――――この先の話。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
サルガス編のラストでございます。
ようやく本筋と合流ですね。
次回からはまたまたユーフィリナの登場です。
どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




