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挿話【Side:サスガス】頭痛しかない妹と、頭痛を呼ぶ少女(4)

 死んだのは、シャウラを誘拐した犯人たちだけだった。

 突如頭を殴られ倒れたシャウラ付きの侍女を除いては、公爵家の者に怪我はなく、当然その中にシャウラも含まれた。

 だが、シャウラの心は限界に達していた。

 自分が誘拐されようとしていたことに。

 自分が人を殺してしまったという事実に。

 自分を化け物と呼び、愛せるわけがないといった母の叫びに。

 

 そして、シャウラの心は壊れた。



 犯人たちがシャウラを拐った理由は、身代金目的の誘拐ではなく、高貴な子供を狙った人身売買だった。

 高貴な子供を狙う理由は、平民の子供に比べて、魔力量が多く、強いからだ。

 そしてその誘拐した子供を元々魔法発展途上国と呼ばれる、優秀な魔法使いが少ない国へと売る。その国は買った子供を使って、国内の魔力増強を図り、男児なら呪術師やスパイとして教育……いや、洗脳し、女児ならそれ相応の貴族へ嫁がせ、魔力の強い子供を産ませる。

 それをビジネスにしている組織がいくつもあるというのだから、とんでもない話だ。 

 今回シャウラが狙われたのは、言わずもがな、公爵令嬢であり、持て余すほどの魔力量があるせいだった。

 そしてそれを手引したのは、最近雇入れたばかりの別宅のメイド。

 もちろん別宅とはいえ、公爵家のメイドになるためには、厳密な身元確認がある。だが、そのメイドの身元は組織の手によって巧妙に仕立てられていた。

 まぁ、それに気づかず雇入れしまったウチにも落ち度があり、厳密な身元確認が聞いて呆れるといった話なのだが、それほどまでにその人身売買組織は巨大で、力があるとも言えた。

 すぐに、当時の国王陛下へ報告されたが、一瞬でも連れ去られてしまったこと、犯人とはいえ死なせてしまったことから、国家機密並の極秘事案とされた。

 それはシャウラの将来を考えた陛下による配慮でもあった。

 しかし、人の口に戸は立てられないもので、王家の公爵家の関係を揺るがすために、悪用しようする輩がいないわけではなかった。

 そのため、当時の“忘却”の能力者であった父が、その能力を遺憾なく発揮したことは想像に難くない。

 ちなみにその組織は、王家と四大公爵家の怒りを買ったこともあり(特にシャウラと同じ歳の娘を持つ南の公爵家の)、それはもう一瞬で壊滅された。

 そして、過去連れ去られた子供たちも、全員とまではいかなかったが、何人かは助け出されたと聞いている。

 さらに言えば、その組織と繋がりを持ち、国家ぐるみで犯罪に手を染めていた国は、これまた思いつく限りの制裁を受けた。

 賠償金然り、国交断絶然り、まぁ色々だ。

 ある意味、国土が更地にならなかっただけでも感謝してほしいくらいだと、父がそう話していたが、私もそう思う。

 というか、南の公爵は真剣に更地にするつもりだったらしい。

 さすがセイリオス殿の父君だけある。

 だが、いくらその国と組織に制裁を加えたところで、連れ去られた子供たちの傷はそう簡単には癒えない。失った過去を取り戻せるわけでもない。

 たとえ、“忘却”で連れ去れたという事実を消したとしてもだ。

 そしてそれはシャウラにも当然言えることで………………



 シャウラは生まれた時から母に愛されていなかった。いや、それは母の体内にいた頃からだ。

 過剰なる魔力量のせいで、常に母体を苦しめたのがその理由だ。

 そのせいで、母はシャウラを産んでからも忌み嫌い、恐れた。

 シャウラを化け物扱いするように。

 だから、父はシャウラを別宅に住まわせていた。

 しかし、今回の誘拐だ。

 このまま別宅に置いて置くわけにはいかないと思ったのだろう。

 なにより、父は父なりにシャウラを愛していた。

 父は魔力暴走がおさまると、ただただ呆然と荷台に立ち尽くしていたシャウラをそっと抱き締め、そのまま屋敷へと連れ帰った。

 シャウラは完全に放心状態にあった。

 父に抱き上げられながら、泣き叫ぶこともなく、言葉を発することもなく、ただヘーゼルの瞳を零れんばかりに見開いて、小さな身体を戦慄かせていた。

 そんなシャウラを見つめながら、何故私はあの時、シャウラを置いて図鑑を取りに戻ったのだろうと、自分の愚かさを責めた。

 私がシャウラの傍にいれば…………

 せめてシャウラも一緒に連れて戻れば………

 今更どうにもならないことを考えては、後悔だけをずるずると引き摺りながら、私は父とシャウラともに屋敷へと戻った。

 私が玄関ホールに落としていった図鑑二冊は家の者の手で片付けられていた。

 しかし、その代わりにそこにいたのは、外出から戻っていた母で………………

『その子を屋敷にいれないで下さい!その子は人を殺した化け物です!わたくしに近づけないで!』

『ラムダッ!』

 父の制する声にも母は、『嫌よ!近づけないで!その子は化け物なのよ!』と、プルプルと首を横に振る。

 取り付く島もないほどの恐慌状態となっていた。

 この時ほど、公爵家の確立した迅速な報告体制を恨んだことはない。

 誘拐されそうになったシャウラを連れて父が屋敷に戻ると、いち早く母に報告が入り、母はそれを阻止しようと、玄関ホールで待ち構えていたのだ。

 だが、私にはそんな母が許せなかった。

 シャウラの魔力量が過剰すぎるのは、何もシャウラのせいではない。

 そして憎むべきは、そんなシャウラに目をつけて誘拐しようと奴らだ。

 どうして…………

 どうして…………

 シャウラは何も悪くないのに……

 シャウラは化け物なんかではないのに……

 母上の娘なのに…………

 やり切れない気持ちが、鋭き切っ先となって、母へと向かった。

『母上、その言いようはあんまりです!シャウラは母上にとっても愛すべき娘でしょう!』

 これまで私は母に反抗したことがなかった。

 というより、自分の娘を愛すことができない母を哀れとすら思っていた。だからこれ以上の心痛を母に与えるのはよそうと。

 しかし、シャウラのことを思えば思うほど我慢ならなかった。

 放心することで、なんとかギリギリその心の形を保っている娘を前にして、なんて言葉を発するのかと、母の気持ちを思慮する前に怒りが湧いた。

 そんな私が母に向けた刃はさらに鋭く尖り、私ではなくシャウラへと跳ね返った。

『こんな子を愛せるわけがないでしょう!こんな子が私の娘なわけがない!こんな人殺しの化け物など……いっそのこと死んでしまえば…………』

『ラムダ!よせッ!』

 母の叫び。

 父の怒号。

 シャウラの心にさらにかかった負荷。

 表情さえ削ぎ落ちていたシャウラの顔がくしゃりと歪んだ。

 その刹那――――――――――――

 

『あぁあぁぁぁぁ……ああぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼』


 シャウラは父の腕の中でもがきながら、号哭した。それはまるでシャウラの心の断末魔のようにも聞こえた。

 何とか形だけは留めていた心が、今母の言葉に砕け散ったのだと、子供心にもわかった。

 母は血の涙を流すように喚声を上げ続けるシャウラに顔面蒼白となり、父は暴れ狂うシャウラを落とさないようにと必死に抱きすくめながら、屋敷の奥へと連れて行こうとする。

 

 あぁ……シャウラの心が壊れてしまった。

 どうして……

 どうして……こんなことになるんだ。

 母が愛せないのは、過去苦しめられた記憶があるからか。

 シャウラの心が壊れてしまったのは、愛されない記憶の上に、恐怖しかない記憶と残酷な言葉が容赦なく突き立てられたからか。

 なら、そんな記憶はすべて消えてしまえばいい。

 シャウラの中からも、母上の中からもすべて消えてなくなればいい。

 シャウラを身ごもった時からの記憶すべて…………

 そうすれば、シャウラも母上もこれ以上傷つくことはなかったはずだ。

 だったら、消えろ!

 今すぐ消えてしまえ!

 何もかも全部――――――――――

 

『いけない!』


 さすが、現“忘却”の能力者と言うべきか。

 父は私から発せられる不穏の気配にいち早く気づき、屋敷の奥へと向かっていた足を止め、その場で振り返った。

 神より与えられし能力を宿す者は、その顕現時必ず暴走を起こすという。

 言い換えるなら、強い想いこそが、その血に宿った能力を目覚めるための引き金となり、その想いの激しさが、暴走を引き起こしてしまうのだ。

 そして私もまた例外ではなかった。

 荒ぶる感情のままに、心が激しく求めるままに、抱えきれなくなった想いをぶつけるように口にする。

 が、ほぼ同時に父が“忘却”を発動した。


『今すぐすべての記憶が消えてなくなれ‼』

『サルガスの言葉を直ちに忘れろ‼』


 玄関ホールにいたのは何も私たち親子だけではない。

 使用人たちもまたハラハラとしながら私たちを見守っていたのだ。

 そこで突如として放たれた私の言葉。その言葉は力を宿し、ここにいた者全員の記憶を消し去る。が、紙一重の差で、父が勝った。

 これは後から知った話だが、現能力者は次の後継者の顕現の際の暴走を食い止めるための策を、前能力者――――――私にすれば祖父から真っ先に教え込まれるらしい。

 そしてその方法というのが、私の発した言葉を、内容を理解する前に聞いた傍から忘れるという非常に単純なもので、父上から改めてその話を聞かされた時、そんな馬鹿な…………とは思ったが、実際有効だったことを思えば、案外子供だましのような手段が効果的だったりするのだろう。

 但し、母とシャウラを除いては。

 そう、母とシャウラの記憶は私が望んだ通りにすべて消えてしまった。

 その中での唯一の救いは、母もシャウラも失ったものは過去の思い出と呼べる記憶だけで、言葉も文字もしっかりと覚えていたということだ。

 だが母は、シャウラを身ごもってからの記憶が、シャウラは生まれた時からの記憶が、すべてなかった。

 父はすぐに母とシャウラを休ませるように執事に命じ、そのまま私を父の執務室へと連れて行った。

 そして、床に片膝を付いて私に目線を合わせると、知らないうちに泣いていたらしい私を見つめて、殊更ゆっくりと告げた。

『すまない。サルガス……お前にとんでもない重荷を背負わせた』

 ぼやける視界の中で、どうして父がそんなに申し訳なさそうな顔をしているのかがわからない。

 そもそも“忘却”の能力を暴走させ、母とシャウラの記憶を奪ってしまったのは私だ。

 他の者たちの記憶を守れたのは偶々父の“忘却”が間に合っただけで、母とシャウラは不運にも間に合わなかったのだろう。

 どんな能力にも絶対はないはずだから……

 そのため、何の落ち度もない家の者を巻き込まなかったことに対し、私が父に感謝こそすれ、決して謝られるようなことはなにもない。

 私はそう思い、必死に首を横に振ったのだが、父はそうではないと、私をぎゅっと抱きしめ、さらに続けた。

『違うのだ、サルガス。私はお前の母と妹の記憶を守ろうと思えば守れた。だが、敢えて守らなかったのだ。お前の暴走に託け、すべての責任をお前に押し付けるために……』

『押し……付ける?』

『そうだ。押し付けたのだ。顕現時の暴走で、偶々傍にいたラムダとシャウラの記憶が消されてしまったのだと、これは能力顕現時における哀しい事故なのだと、他でもないラムダとシャウラに、そう思い込ませるために、私はお前を利用した。本当にすまない、サルガス』

 まだ九歳であった私にも、この時の父の苦悩と心痛はわかった。

 おそらくだが、父は今回の誘拐事件の記憶をシャウラから消すつもりだったのだろう。いや、シャウラだけではない。可能な限り、誰の記憶にも留めないようにするつもりだったに違いない。

 それは私も含めて。

 だが、迷っていたのも確かだった。

 だからまずはシャウラを屋敷に匿い、落ち着かせ、さらには国王陛下にすべて報告をあげた上で、結論を出そうとしていたのだと思う。

 しかし、予想外のことが起こった。

 私の能力の顕現による暴走だ。

 咄嗟の判断だったのだろう。父は自分を含め、母とシャウラ以外の者にだけ“忘却”の能力を使った。私の暴走の被害者にならないように。

 そして、母とシャウラの記憶だけを消した。

 壊れてしまったその心を救うために。

『もしかしたらお前は、自分の記憶を奪った者として、母とシャウラから恨まれることになるかもしれない。しかし、不幸な事件を忘れるために記憶が消されるのと、顕現による暴走で記憶が消されるとどちらがまだ救われるのだろうかと、私はあの一瞬で考えてしまった。そしてできればこれまでの歪な母娘関係の記憶も、ラムダがシャウラに放った言葉も消してしまいたかった。お前の暴走のせいにしてでも………………』

『父上……いいのです。私がそう願ったことです。それが能力の顕現という形で叶っただけなのです。むしろ、何の関係もない家の者たちを巻き込まずに済んで、感謝しかありません。だから……だから……………………』

 私は父に抱きしめられながら、父の肩口に涙の染みを作った。正直、こんなに泣いたのは僅か九歳とはいえ、物心がついてから初めてだったかもしれない。

 けれど、涙にくれながらも、私が父に告げたことに嘘はなかった。

 これでいいのだと思った。

 父は一切関係ない。私の暴走が二人の記憶を消してしまった。ただそれだけのことだ。

 しかし、このままではいつかシャウラの耳に事の真相が入ってしまいかねない。我が家の者に限って、主に口止めされたことをペラペラ話すとは思えないが、今回の誘拐を手引きしたメイドのように、何事にも例外はある。

 うん、それは駄目だ。

 そんなことになれば、またシャウラを傷つけてしまう。

 それでは意味がない。

 とはいえ、私はまだこの力を顕現させたばかりで制御などできない。

 だったら父に頼むしかないと、私はしゃくり上げていた口を一度閉じ、涙でボロボロの顔を上げた。

 そして、懸命に涙を呑み込み、『父上、お願いがあります』と声を絞り出した。が、父は私がお願いを口にする前に、しっかりと頷く。

『わかっている。陛下に報告し、一先ずは今後のご指示を仰ぐことになる。しかし、陛下も我々と同じ決断を為されるだろう。その時は私とお前、そして信用できる者以外の記憶を消すことになる。誘拐事件とシャウラの魔力暴走についてすべてだ。だが、お前がラムダとシャウラの記憶を、能力顕現時の暴走で消したということだけは残す。シャウラたちを守るためにだ。それでよいか?サルガス』

『構いません』

 私は父からそっと離れると、父を真っすぐ見つめて言い切った。

 父は眩しものを見るように、だけどどこか辛そうに目を細めて、『ありがとう』と告げた。

 そんな父に、私はまた泣きそうになりながら、これだけは譲れないと口を開く。

『でも、シャウラは屋敷に戻してください。今のシャウラには記憶がありません。母上の記憶もですが、父上と私の記憶もです。そんなシャウラともう一度家族として一からやり直したいのです。今度は今まで以上にシャウラを守ります。だから父上、シャウラを屋敷に……』

『もちろんだとも。私も可愛い娘と一緒に暮らしたいと思っていたのだ。これからは家族四人で新たな思い出を作っていこうではないか』

 父の言葉に、私はこれでよかったのだと………あの瞬間、“忘却”の能力が顕現して本当によかったと、心より神に感謝した。

 とは言っても、この世界の神は、絶賛行方不明中ではあるのだが…………

 まぁ、どこかにいるなら、多少なりとも感じ取ってはくれているだろう。多分。


 その後、国王陛下の命を受け、父は執事や医師など絶対的信頼を置く者以外の記憶を消した。

 こうして、我が公爵家は一からやり直せると思っていたのだが、蓋を開けてみれば、残念ながらそうはならなかった。

 能力顕現時の暴走とはいえ、息子に記憶を消されたという事実は、どうやら母には堪えられなかったらしい。

 そのため、今までシャウラに向けられていた恐怖が、今度は私へと向けられるようになり、母は自室へ閉じこもるようになってしまった。

 そのことにショックを覚えなかったと言えば嘘になるが、あの日シャウラが浴びせられた言葉に比べれば全然ましだと思えた。

 ちなみにシャウラはというと、最初の頃は自分の記憶がないことに怯え、私を見ても見知らぬ誰かといった感じで戸惑っているようだったが、三日も経てば完全に見知った人となったらしく、以前のような笑顔を見せてくれるようになった。

 うん、我が妹ながら逞しい。

 それでも、シャウラの中から私の記憶が消えてしまっていることは確かで、自分で消しておきながら、私はどうしようもない寂しさと罪悪感に苛まれるようになった。

 そしてようやく骨身にしみて実感する。

 誰かの記憶を消すということは、こんなにも辛く悲しいことなのかと。

 それが自分に関する記憶ならば、尚更…………

 父はあの後、“忘却”の能力の継承者としての心構えを滔々と説いた。

『いいか、サルガス。これからお前は国のために、その能力を使うことになるだろう。だがこれだけは覚えておきなさい。どんなに恥ずかしい記憶でも、どれだけ辛い記憶でも、人はそれを大切な思い出として昇華できることもあるのだと。そして時に、そこから学び、経験と知識を得て、大きく成長をすることだってできるということを。だから無闇に記憶を消そうとしてはならない。どれ程悲しい記憶であろうと、神が与えた試練だと言って、笑って乗り越えられる人もいるのだからね』

 その通りだと思った。しかし、そう思うと同時に、簡単にすべての記憶が消えてしまえばいいと願った自分の浅慮と罪深さに、日を追うごとに打ちのめされた。

 そして私はある決断をした。


 そうだ。私も大事な記憶を一つ消してしまおう――――――――と。


 母とシャウラの記憶を消した自分に科した罰。

 明らかに愚かに愚かを重ねる行為だが、あの時の私はそうすることで、僅かでも自分の中に巣食う罪悪感から逃れたかった。

 もはや今となってはそれがどんな記憶だったのかも思い出せない。

 シャウラのことなのか、母のことなのか、それとも他の大切な誰か――――のことなのか。

 でもそれは当然のこと。これが私の能力、“忘却”なのだから。

 一度手放した記憶は二度と戻らない。その残滓すらない。心がどれだけ空虚に泣き叫ぼうとも。

 しかし、そんなことで私の罪悪感が泡沫となって消えるわけもなく、どうやらシャウラにはとうに見透かされていたらしい。

 だからこそ、ロー殿とユーフィリナ嬢にあんなお願いをしたのだろう。

 ロー殿には魔力制御のための魔道具を。

 ユーフィリナ嬢には、“忘却”の覆しを。

 少しでも私の心を軽くするために………………

 本当に馬鹿で、浅慮だけれど、情が深く、愛しい妹だと思う。

 それに引きかえこの私ときたら、どれだけ愚かで、弱く、罪深いのか。

 気丈に振る舞っていたつもりが、まさかこんな形で妹に気を遣われてしまうなんて、兄としては不甲斐なさすぎだろう。

 だが、魔力制御はともかくとして、“忘却”の覆しを望んだのは、シャウラがあの忌まわしい過去を知らないからだ。

 その記憶を取り戻した時、シャウラがどうなってしまうのか、想像もつかない。

 いや、そもそも私はシャウラについてわからないことだらけだ。

 そう、あの時だって――――――――


『今、ユーフィリナ嬢がイグニス殿と一緒に、シャウラ嬢を探しています!嫌な予感がしてなりません!とにかく我々も、ユーフィリナ嬢に合流してシャウラ嬢を探しましょう!』


 学園の食堂に飛び込んできたシェアトの言葉に、私の身体と心はその場で凍り付いた。

 

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