挿話【Side:サスガス】頭痛しかない妹と、頭痛を呼ぶ少女(2)
本当に、本当にこのようなご令嬢がいるのだな…………
自分の目に映るユーフィリナ嬢の姿に、私の心臓は一瞬止まり、それから早鐘のように打ち始めた。
そして勢いよく体内を流れ出した血は、分散することなくすべてが顔へと集まってくる。
そのせいで顔はやたら熱いが、身体がまったく動かない。
所謂赤面の石像の完成だ。
だが、心臓が脈打つ度に頭痛がする。
ユーフィリナ嬢の顔を見つめれば、見つめるほどに、私の頭痛は酷くなる一方だった。
しかし、そんな私はさておき、ユーフィリナ嬢の様子がおかしい。
先程までは、可愛い腹の音を聞かれた恥ずかしさから真っ赤な顔で俯いていたが、今はその赤味も消えて、どちらかというと青白くさえもある。
そして、羞恥の涙を抱え込んでいたエメラルドの瞳は、今や不安の影に揺れている。
一体どうしたというのだ?なにかあったのか?
私が石像と化していいる間に、彼女を傷つけるようなことがあったのだろうかと、前後の会話を浚ってみる。
完全に聞き流してはいたが、記憶としては残っていたらしく、それらしい台詞はあっさりと見つかった。
『ユーフィリナ嬢、君にはまだ自覚はないようだが、君は我が国にとってそれほどの価値がある人間なのだよ』
率直すぎるともいえるスハイル殿下の台詞。
もちろん間違いではない。おそらくその通りだと思う。
なんせ彼女は“神の娘”の生まれ変わりなのだから。
しかし、当のユーフィリナ嬢にはまだその自覚はないようで、困惑だけが見てとれる。
先日の報告会でも、ユーフィリナ嬢は自覚なく“神の娘”としての能力を使ったようだった。
自ら渦中へと飛び込んでいく、深窓のご令嬢とは思えぬ行動力はあるようだが…………
それでも、自分が“神の娘”の生まれ変わりという大それた者だという実感など微塵もなく、どちらかというと自分の窺い知らぬところで勝手に国王陛下から認定され、未だ戸惑いが隠せないといったところなのだろう。
どうやらユーフィリナ嬢も、権力と権威に奢るタイプの人間ではないらしい。我が妹シャウラ同様に。
あぁ、だから――――――――――
『確かにユーフィリナは、“神の娘”の生まれ変わりに違いないだろう。しかし“神の娘”自身ではない。ユーフィリナはあくまでもユーフィリナだ。たとえ、“神の娘”と同じ能力を持っていたとしても、ユーフィリナが使えばそれはまた別のモノとなる。何故ならユーフィリナの想いはユーフィリナのモノであって、“神の娘”のモノではないからだ。だからこれだけは心しておいてほしい。この世界にとって、ユーフィリナは重要な存在であることは間違いない。しかし“神の娘”の生まれ変わりとして見るのではなく、ユーフィリナとして見てやってほしい。たとえいつか完全に覚醒したとしても、やはりユーフィリナはユーフィリナなのだ。それだけは忘れないでやってほしい』
――――――などと、セイリオス殿はあの報告会で、私たちに対しそう懇願…………いや、釘を刺したのだ。
ユーフィリナ嬢の気持ちを慮って。
だというのに、スハイル殿下のあの台詞。
もちろん長年恋い焦がれ続けた彼女との再会に(その再会については、どうやら忘れたい過去のようだが)、いつもの冷静沈着さはどこへやらで、すっかり舞い上がってしまっているスハイル殿下の気持ちもわからなくはない。
それゆえに、普段なら慎重に言葉を選ぶスハイル殿下にしては珍しく、愚直に言葉が出てしまったということも。
だが、ユーフィリナ嬢の心情を思えば、その台詞は少し重すぎた。
公爵令嬢を一介の令嬢と称するのはかなりの語弊があるが、それでも突如として国宝級の価値を勝手に付与されてしまえば、どれほど高爵位のご令嬢であったとしても動揺しかないだろう。
それも、セイリオス殿の話によれば、完全にその能力が覚醒したわけではなく、まだ半覚醒状態。
一人前ならまだしも、半人前でしかないのに、いきなり価値があると言われても困るだけの話だ(一般論として)。
まぁ、半人前だろうと、その存在だけですでに価値があるのだが…………
落ちた沈黙。
ユーフィリナ嬢へと集まる視線。
益々居心地悪そうに俯くユーフィリナ嬢。
可哀そうに…………
ここはどうにかしてあげなければ…………
途端に妹を持つ兄目線となり、言葉を探し始めるがこれまたなかなかに難しい。
おそらく相手がユーフィリナ嬢ということもあるのだろう。気の利いた言葉が何一つとして出てこないどころか、ずっと思考が空回りしているような気がする。
それも軽い頭痛を伴って。
念の為に言うが、普段の私は頭痛持ちではない。頭痛しかない妹は持ってはいるが、身体面で言えば至って健康だ。
しかしどういうわけか、ユーフィリナ嬢が視界に入るだけで、頭痛を覚えてしまう。
といっても、顔を顰めるほどのものではないのだが。
だが今は、そんな己の頭痛より、目の前のユーフィリナ嬢に声をかけることが先決だ。
取り敢えず、何か声をかけようと一歩踏み出したところで、空気を吸うだけの男、レグルス殿の声がそこに割り込んだ。
『なるほどね。スハイルが倒れちゃった理由がよ~くわかったよ。でもさスハイル、そんな怖い顔してユフィちゃんを見たら駄目じゃない。しかも何?王弟殿下が特定の人だけを特別視するみたいな発言をしていいの?それを聞いた全国民が、『俺たちには価値はないのか!』って怒り出しちゃうよ』
口調は茶化しているが、その内容はしっかりとスハイル殿下に新たな釘を打ち込んでいる。
さすが御学友だけあって容赦がない。
そのためスハイル殿下も忽ちたじたじとなる。
『いや…………私はそういうつもりで言ったのでは…………』
『ユフィちゃんは、ユフィちゃん。セイリオスの大事な妹。だから俺たちにとっても大事な存在。それでいいんだよ。な、セイリオス?』
どうやら空気を吸うだけのレグルス殿は、その気になればしっかりと空気も読める男だったらしく、さらにもう一本釘を追加してから、いつもの気の置けない応酬へと切り替えた。
そして、それがわかっているからこそ、セイリオス殿もそれにしっかりと乗っかり、ユーフィリナ嬢の負担をさりげなく取り除いていく。
ちなみに、私が彼女にやっとのことで言えた台詞は――――――――――
『それなら私の妹シャウラを紹介しましょう。きっと妹同士で話が合うかもしれません』
という、取るに足らない仲介の提案で、しかし後にして思えば、最善でもあり最悪とも言える提案だった。
執着心―――――――――
それは私にはないものだった。
なんなら、おそらく死ぬまでそんなものを持つことはないだろうと思っていた。
だから正直、トゥレイス殿下と“魔の者”がユーフィリナ嬢に執着心を抱いていると聞いても、言葉の意味は理解していたが、それが実際どれほど狂おしいものなのか具体的には全然理解できていなかった。
それは私が愛する者の記憶でさえも、簡単に消し去ってしまえる“忘却”の能力者だからかもしれない。
そう、私にとって思い出にしろ、誰を愛するという想いにしろ、何かに縋り付くという行為は、非常に虚しいものだった。
何故ならそこには永遠も、絶対もなく、むしろ泡沫の夢のように儚い。
それゆえに、驚きを隠せなかった。
トゥレイス殿下の執拗なまでのユーフィリナ嬢への執着心に。
何故か、医務室で安静にするべきスハイル殿下を引き連れてのランチタイム。
いやいや、百歩譲って昼食をとられるのだとしても、あなた達はとっくに学園を卒業した身ですから、お隣の大学の食堂でどうぞ――――――という、至極尤もな意見を呑み込み、私たちは学園の食堂に向かった。
頭痛は継続中であり、むしろ悪化の一途を辿っている。
時折、酷く痛む瞬間があるが、寝込むほどでも、薬を飲むほどでもない。
ただ不思議なことに、ユーフィリナ嬢を見ると、まるで脈打つように頭に痛みが走る。
それはまるで何かの警告のように。
一体、どういうことだ?
これは単なる偶然か?
それともやはり何かの警告なのか?
色々と考えてみるが、当然心当たりなどなく、単なる寝不足による疲れだとして、自分の中で処理しておく。
しかしそんな私の頭痛に、ユーフィリナ嬢が気づいたようで、途端に心配そうな視線を向けられてしまう。が、そこはすっかり通常モードとなった、決して愛想がいいとは言えないポーカーフェイスがいい仕事をしてくれたようだった。
そして、なんの前触れもなくトゥレイス殿下が現れる。
衆目を避けるために、今の私たちはセイリオス殿が作り出した“幻惑”の中にいるのだが、レグルス殿が気味が悪いと嘆くほどに、トゥレイス殿下はその“幻惑”に張り付くようにして立ち塞がった。
ここにユーフィリナ嬢がいると確信しているらしい。
だが解せない。
その確信と自信はどこからくるのか、誰もが首を捻った。
何故なら、セイリオス殿の“幻惑”はちょっとやそっとじゃ見破られることはないからだ。
ちなみに、デオテラ神聖国第二王子であるトゥレイス殿下は現在、私と同じ学園の三年に籍を置いている。
しかも同じクラス。
もちろん言うまでもなく、このクラス配置は思いっきり意図的なものであり、暗に彼の動向を見張れ、という指示に外ならない。
誰の指示って、そりゃ我が国の王弟、スハイル殿下の指示に決まっている。
今も私の隣で、絶賛ユーフィリナの想いを拗らせているその人だ。
そのため、現在生徒会長でもある私は、トゥレイス殿下との絡みも自然と多くなるわけで、ある程度彼の性格は把握しているつもりだった。
まぁ、色々と出し抜かれたり、色々工作されたりで、例の“紅き獣”事件が起こってしまったのだが、そこは自分の不徳の致すところだと恥じ入るしかない。
だが、これだけははっきりと言える。
トゥレイス殿下は執着心とは一番縁遠い人だったはずだと。
今やすっかり蘇生したシェアトの表情筋同様、トゥレイス殿下のそれもすでにお亡くなりになっている。
瞳孔さえも活動しているか危うい。
さらに言えば、人として持ち得る感情すべてが欠落している。
クラスメイトとして、時に生徒会長として、何度か話をしたことはあるが、業務連絡の域を出たことはなかった。
それも返ってくる言葉は一言、二言。
私も感情を表に出す人間ではなく、どちらかというと淡白なほうなのだが、トゥレイス殿下と話していると、もしかして私は非常に友好的かつおしゃべりな人間なのかもしれないという錯覚に陥りそうなくらいだった。
それがどうだ。人が変わったかように、ユーフィリナ嬢への執着心も露わに、“幻惑”の中を覗き込むべく張り付いている。
レグルス殿ではないが、さすがにこれは気持ち悪い。
そこで、楽しいランチタイムの席に突如現れたトゥレイス殿下を体よく追い払うために、私が対峙することになったのだが、それはもう鳥肌と頭痛と驚愕しかなかった。
『トゥレイス殿下、こんなところでどうされましたか?何かお困りのようでしたら、私でよければお手伝いいたしましょう』
社交向けの笑みを貼り付けながら、声をかける。
なんせ相手は他国の第二王子殿下だ。監視対象であり、今は追い払うべき対象であっても、敬意だけは払わなければならない。
しかしこの時私は思っていた。
おそらく返ってくるのは、いつもの業務連絡程度の返事だろうと。
だがここで、シェアトの表情筋蘇生以上の衝撃が来る。
『これは生徒会長殿。困ったというほどではないのだが、少し人探しをしていてね』
その声に抑揚はない。それでも『問題ない』『結構だ』『わかった』という定型文以外の返事が返ってきたことに、私は内心で目を剥いた。
いや、以前トゥレイス殿下がユーフィリナ嬢に“真紋”を付けようとした時、セイリオス殿とそれなりの応酬があったことは聞いている。
その話を聞いた時も普段が普段だけにまったく想像ができず、まさかという思いがチラついていたのだが、今自分の目と耳で見て聞いて納得した。
なるほど、どうやら私は取るに足らない者から一転、敵認定されたらしいと。
セイリオス殿と同様に。
それは光栄だなとばかりに口を再び開く。
『人探しでございましたか。でしたら、生徒会長である私が適任ですね。この学園の生徒の名前と顔は、すべて把握しておりますから。それで殿下は誰をお探しなのでしょう』
我ながら白々しいにも程がある。当然、その答えがユーフィリナ嬢なら一緒に探してやる気など毛頭ない。
そのままご退散願うか、まったく見当違いなところへ案内するかの二択だ。
後者となった場合、不穏な空気を漂わせながらただただ学園の内をうろつくだけの不毛な時間を過ごすことになるが、ユーフィリナ嬢のためと思えば喜んで引きよう。
もし、その答えが違う誰かならば、生徒会長として、またクラスメイトとして一緒に探すこともやぶさかではないが………………
『南の公爵家のご令嬢、ユーフィリナ嬢だ。今どこにいるのか、教えていただけるだろうか』
………………やはりな、と思う。
だとしたら、答えは二択しかない。
その二択を選らばせるためにも、まずはしらばっくれることから始める。
もちろん最低限の笑みは貼り付けたままでだ。
『ユーフィリナ嬢でしたか。確か……数日学園をお休みされていたようでしたが、そういえば今日からは来られているみたいですね。しかし、昼休みの時間はとうに過ぎております。さすがに、もう食堂にはいないかと…………私も午後からの授業は欠席する予定でしたので、よかったらご一緒にお探しいたしましょう』
さぁ、引き下がるか、それとも、不毛な人探しに私と出かけるか。
しかし、トゥレイス殿下は動く気など微塵もないようで、私とここで不毛なやり取りを続けるつもりらしい。
いくら粘ったところでセイリオス殿の“幻惑”が解けるわけがないのに、まったくもって時間の無駄だな…………と、思いつつも、鈍く光る琥珀色の瞳を見据える。
この瞳は甘い飴のようでもあり、危険な毒のようでもあると思いながら………………
『―――――――実は私の直感、いや感覚もまた、彼女はまだここにいると先程から訴えてくるのだが……これは彼女を想う私の気持ちが強すぎるからだと、そう受け止めるべきなのだろうか』
『そうかもしれませんね。会いたくて会いたくて堪らない気持ちは、時にその人の幻を見せることがあると言います。恐れながら、殿下の感覚もそれに似たものではないかと…………』
『それは、なかなかに興味深い話だな。その口調だと、生徒会長殿は経験がおありなようだ』
『さぁ、どうでしょう。それは殿下のご想像にお任せいたします』
そう答えながら、私はまた頭痛に苛まれていた。
会いたくて会いたくて、その人の幻を見てしまうほどの恋情――――――――――
そんな経験があるかと聞かれれば、“ない”と答えるより他ない。そもそも私に想い人などいたためしがない。
いつかは公爵家存続のために、我が国のツートップとは違い、身を固めるつもりではいるが、それが政略結婚となる可能性だって大いにある。どちらかというとその可能性のほうが高い。
だから、トゥレイス殿下の発言は私にはズレて聞こえた。
その執着心に違和感すら覚えた。
にもかかわらず、ドクンと警鐘を鳴らすように胸と頭で同時に脈打つ。
瞬間、ふと湧いた感傷。
私は大事な誰かを忘れているとでもいうのか…………
現“忘却”の能力者。
記憶を消し去る能力者が、自分にとって大事な誰かの記憶を消す。
しかも消したことすら忘却の彼方。
それこそ、阿呆の極みだ。救いようがない。
あぁ、そうだった。
この頭痛の原因は寝不足による疲労。ついでにこの悪化は、眼前の執着心剝き出しの王子様のせいだ。
私はそう結論付けると、根拠もなく湧き出した思考をあっさりと霧散させ、トゥレイス殿下を追い払うべく脳内で策を巡らせた。
結果として、トゥレイス殿下は立ち去った。
敢えて“幻惑”を解除するように仕向けて、到底破れぬものだとわからせる――――――
多少強引な手段を使うことになったが、なにはともあれ退散させられたのだから(戦略的一時撤退ともいうが)、一先ずヨシとする。
『ユーフィリナ嬢……また君に会いにくる』
という捨て台詞には、正直鳥肌が立ったし、もう二度と来ないでくれと内心で懇願したが、まぁそれは無理な注文だろう。
しかし、目下の危機は去ったと、私は脱量感に見舞われつつも、平然を装い再びセイリオス殿の“幻惑”の中へと戻った。
そんな私に、ユーフィリナ嬢が申し訳なさそうに告げてくる。
『サルガス様、この度は大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。本来であれば私自身、もしくは南の公爵家で対処しなければならないところを、このようにサルガス様を矢面に立たせるようなこととなり、お詫びの言葉もございません。本当に申し訳ございませんでした』
その言葉に、私は違う意味で頭痛を覚えた。
彼女はやはり自分の価値を何一つわかっていない。
今すぐそれを理解しろというつもりは更々ないが、それでももっと頼ってほしいと思うのだ。
強く、激しく、希うほどに。
だから、焦燥感にも似た渇望に引き摺られ、思いの外口調が強くなる。
『あ、あれくらいは問題ない。それにトゥレイス殿下の件は、君個人レベルで済む話ではないからな。これはもうデウザビット王国の王家、東西南北の公爵が一丸となった対処すべき問題だ。だ、だからそのように頭を下げないでほしい。私は生徒会長として、また西の公爵家の者として当然の責務を果たしたまでだ』
あぁぁぁ…………やってしまった。
まさに、後悔先に立たずだ。
決して間違ったことを言ったつもりはないが、もう少し言い方ってものがあるだろうと、内心で頭を抱え込む。
いっそのこと“忘却”の能力を使おうか。しかし使って言い直したところで、巧く言えるとも限らない。そもそも言える気がしない。言う自信もない。情けないほどに…………
そんな私に対し、きっと彼女がシャウラなら、兄を兄とも思わぬ口調で言い返してきたことだろう。
だが、ユーフィリナ嬢はシャウラとは真逆にタイプだ。いや、守護獣殿の件では我先にと王都を駆け出したというから、もしかしたらいざという時の行動力はシャウラを凌ぐものがあるかもしれないが、普段の彼女は慎ましやかなご令嬢である。
兄に反抗するタイプにはとても見えない。
それゆえに、ユーフィリナ嬢は困惑を浮かべたままで、口を噤んでしまった。
完全に自己嫌悪だ。
それにしても何なんだ。この感情は。
どうしようもなく心が疼いて仕方がない。
まるで存在すら忘れていた古傷が、ここにあること思い出せとばかりじくじくと痛み出したかのようだ。
トゥレイス殿下といる時にも過った感傷。
どれだけ記憶を辿っても、スハイル殿下やシェアトのように私の過去に彼女と過ごした時間はない。ないはずだ。
なのに、彼女をその視界へ入れる度に、鼓動と同じ速さで頭が痛みだす。
今はどこにも存在しない、失った記憶に対して泣き叫ぶように―――――――――
彼女の瞳が憂いに滲む。
そんな彼女の瞳すら美しいと思う。
伸ばしたくなる手を、きつく拳に変えることで抑え込む。
生真面目が制服を着て歩いていると揶揄されるくらい、堅物で、融通が利かない男が、自分の心の変動に酷く狼狽しているなんて、なんとも滑稽だ。
あぁ、頼むからそんな風に困った顔をしないでほしい。
このままだと本当に自制が利かなくなりそうだ。
そうなった場合、確実にセイリオス殿に殺される。が、まだここで殺されるわけにはいかない。
西の公爵家の嫡男として、一先ず回避だ。
それにしても、この場をどう取り繕おうか。
どちらかというと私の顔の表情筋も活発な方ではないので、おそらく彼女の瞳にはさぞかし愛想のない仏頂面に見えていることだろう。
それはそれで普段は大いに役立っているのだが、今この時だけはどうして優しく微笑むくらいのことができないのだと、文句を言いたくなる。
だからといって、新生シェアトならぬ、新生サルガスになれるとはとても思えないし、想像しただけでむしろ顔が引き攣ってしまう。その反面、彼女を笑顔にできるのならお安い御用だとも思う。
うん、完全に矛盾しているし、支離滅裂だ。思考が破綻していると言ってもいい。
そんな目まぐるしくも詮なきことを、眉一つ動かさないままに考えていた私に、ユーフィリナ嬢は憂いを振り払うように、ふわりと微笑んだ。
そして、鈴が転がるような声で告げてくる。
『サルガス様、この度はご尽力いただきましてありがとうございました。心より感謝申し上げます』
さらにスカートを持ち、軽く膝を折って示される淑女の礼。
その後上げられた顔には、眩しいほどの笑み。
この瞬間、私の心臓は破れんばかりに拍動を速め、それ以外の身体の機能はすべて麻痺してしまったかのように活動を止める。
あぁ駄目だ………………
彼女の笑みに、存在に、心が疼く。
頭痛を煽りながら、益々渇望が酷くなる。
そうか…………なるほど、人はこれを恋と呼ぶのかもしれない。
そしてこの日、恋という名のもとに、執着心という昏き感情が私の中で芽吹いた。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
サルガスSideの2話目。
すっかりサルガスにも慣れました。
でも一番書きやすいのはスハイル殿下ですが(笑)
さてお話は例の食堂のシーンでした。
そして次回はサルガスとシャウラの過去のお話です。
どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




