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転生した悪役令嬢ですが、どなたがヒロインなのか教えてください!  作者: 星澄


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挿話【Side:サスガス】頭痛しかない妹と、頭痛を呼ぶ少女(1)

 忘却の能力―――――――

 人の記憶を消すことができる能力。

 

 西の公爵家嫡男であり、現“忘却”の能力継承者。

 ついでに付け加えるならば、レグヌムデウザビット・マギア学園の現生徒会長。

 それが私、サルガス・オッキデンスだ。

 そんな私には二歳下の妹がいる。

 言うまでもなく、同じレグヌムデウザビット・マギア学園に通うシャウラ・オッキデンスである。

 兄妹仲はそれなりに良好。いや、妹の尻に敷かれている感は否めないが、まぁ世間的にも、兄というものは妹には弱い生き物らしいので、仕方がないことだと早々に割り切っている。というか、南の公爵家嫡男、セイリオス殿に比べれば、まだまだ私など可愛い部類であり、決してシスコンなどと呼ばれる種族ではないと自信が持てる。

 これこそ上には上がいるという典型的な例だ。

 それにしても、我が妹ながら、どうしてあのように強気な性格になってしまったのか甚だ疑問だ。

 兄の欲目、贔屓目を差し引いたとしても、見目は大変美しいと思う。

 同じ親から生まれただけあって、私と同じローアンバーの髪にヘーゼルの瞳といった決して華やかな色合いを持つわけではないが、それでも纏う雰囲気や表情で、人目を惹く麗しき公爵令嬢である。

 性格は先程も述べたように強気で、間違っても儚げな……やら、繊細な……やらの形容詞が付くような大人しいものではないが、身分を鼻にかけるような人柄でも、傲慢なタイプでもない。むしろ、高爵位を鼻にかけるご令嬢を見れば、有無を言わさずその鼻をへし折る――――――のではなくて、微笑みさえ湛えて諭すのだ。口を挟む隙さえ与えぬほどの勢いで。

 そのせいで、妙な信者ができてしまうのだが、まぁ、それもシャウラの人徳なのだろうと思う。

 ある意味面倒見がいいというべきか…………

 実際、学園に入学してまだ間もない頃に『お兄様、私、未知なる扉を開けてしまいましたわ』と言って、怪しい信奉者を大量に作ってきたことがある。

 いや、そんな未知なる扉は見なかったフリでそっと閉めておけ――――――と、内心で忠告してみるが、どうやらすでにその未知なる扉の奥の奥まで入り込んでしまった後らしく、なにやら奇妙な単語がシャウラを中心として、当屋敷の侍女やメイドたちの間でも、飛び交うようになっていた。

『やはり、セイスハが王道で一番人気みたいなんだけれど、私としてはサルシェアも捨てがたいのよね。というか、むしろそれを推しにして布教していきたいくらいだわ。皆はどう思う?』

『さすがお嬢様です。私もサルシェア様がいいかと。しかしセイサル様と、レグサル様もなかなかよろしかったですよ。普段生真面目な方が抗い切れぬままにドロドロに落ちていく。もうその背徳感が堪りませんでした』

『私もです。そのせいで屋敷内でお姿を見かける度に、色々想像してしまって大変なんです』

『ふふふ。それはいい傾向ね。つまり、それだけ説得力があるということだもの。まだまだ圧倒的にセイスハに比べれば作品数も少ないけれど、サルシェア、セイサル、レグサル、そしてスハサルも西の公爵家の威信をかけて布教対象にしていきましょう。皆様にもそうお伝えしておくわ。忌憚なき意見ありがとう』


 …………………………………………。


 気のせいだろうか。

 妙にやたらと“サル”という、私にとっては非常に馴染み深い単語が乱れ飛んでいるような気がするのだが、一体何を布教する気なのだ!シャウラ!

 しかも、屋敷内で姿を見るって、やはり私なのか?私のことを言っているのか?

 もちろん自分が、生真面目が制服を着て歩いていると揶揄されるほど堅物で、融通の利かない人間だってことは理解している。

 そして彼女たちの言う“普段生真面目な方”がこの私のことであるならば、私はどんな背徳感を背負った上で、どこに落ちていくというのだ。それもドロドロと………………

 そんなものを西の公爵家の威信にかけて布教するのだけは、本当に勘弁してほしい。

 むしろ、ドロドロどころかガラガラと威信が地に落ちる未来しか見えない。

 とまぁ、公爵家の庭園から聞こえてくるシャウラと侍女たちの声に、私はどんよりとしたため息を吐きながら、我が妹ながら逞しいことだな…………と、苦笑と安堵に変えた。

 ちなみにこんなシャウラだが、我がデウザビット王国、国王陛下の妃、すなわち未来の王妃殿下の最有力候補だったりする。

 但し、国王陛下自身がまったく身を固める気がなく、その話も宙に浮いた状態ではあるのだが…………

 そして、さらに付け加えるとすれば、国王陛下が頑として妻子を持たれること拒否された場合、シャウラは王弟殿下であるスハイル殿下の婚約者最有力候補となるのだが、スハイル殿下もまた頑なに婚約者を持とうとされないため、こちらも宙に浮いた状態にある。

 まったく、我が王国のツートップには、王国の未来のため、宙に浮いたままのシャウラの未来のためにも、とにかく身の振り方をしっかり定めていただきたいのだが、きっと私などにはわからない複雑なご事情がおありなのだろうと、今は黙って見守る構えだ。

 西の公爵であり、現“王の左腕”である父は、度あるごとに執拗に進言しているようだが………………

 もちろん、シャウラが最有力候補となる理由は、由緒正しき公爵家令嬢であり、年齢的にも申し分ないからだが、年頃の公爵令嬢はなにもシャウラ一人というわけではない。

 南の公爵令嬢であるユーフィリナ嬢もまた、その最有力候補となり得るに十分な資格がある。

 だが、どういうわけか見事なまでにスルーされている…………いや、華麗にスルーしているようで、正直な話、私はユーフィリナ嬢という名前だけは知りつつも、その存在は記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 

 あの、スハイル殿下の帰国を祝う夜会の日までは――――――――――



 その夜会は、名目上はデオテラ神聖国へ外遊に行かれていたスハイル殿下の帰国を祝うための夜会であったが、実際のところは、スハイル殿下の花嫁候補と目されるご令嬢たちのお披露目会として開かれたものだった。

 そのため最有力候補であるシャウラなどは絶対参加となっており、そういったものにまるで興味がないシャウラは、屋敷でも、行きの馬車の中でも、やれ面倒くさいやら、やれ時間の無駄やらと、明らかに不敬としか思えぬ文句を私に散々ぶつけていた。

 まぁ、結婚する意志がスハイル殿下にない以上、そう言いたくなるシャウラの気持ちもわからなくもないのだが………………

 そのせいもあって、夜会前にもかかわらず、すっかり疲労困憊となっていた私ではあったが(主に精神的に)、ただこの日は夜会の招待とは別に、スハイル殿下より直々に呼び出し受けていたため、さらに気の重い登城となっていた。

 そしてそれは東の公爵家三男であるシェアト・オリエンスも同じで、私たちは狩人と化したご令嬢たちから、散々品定めされるという苦行を乗り越え、ヨロヨロとスハイル殿下の待つ控えの間へと向かった。

 もちろんそこにいたのは、いつもの顔ぶれ。

 私たちを呼び出した張本人であり、デウザビット王国王弟、スハイル殿下と、南の公爵家嫡男、セイリオス・メリーディエース殿、そして北の公爵家嫡男、レグルス・セプテントリオーネース殿だ。

 彼らは同じ歳で、御学友同士という気軽さもあり、私やシェアトとは違う強い繋がりがある。

 そのため、夜会から早々に離脱したスハイル殿下に倣い、彼らもまた早々に離脱してこの控えの間に閉じこもっていたのだろう。

 あぁ、なんとも羨ましい………

 そう思うのは、御学友という立場に対してではなく、あのご令嬢たちの狩場とも言える夜会からいち早く避難できたことに対してだ。

 なんなら、私とシェアトも一緒に避難させてくれればよかったのにと、恨めしくさえ思う。

 もちろん、そんな感情など毛の先ほども出したりはしないが………………

 そんな私とシェアトの恨めしい気持ちを察したかどうかはわからないが、スハイル殿下が秘蔵の高級ワインを我々に振る舞い始めた。

 するとすかさず…………

『夜会へと招待され、さらには控えの間にまで招かれ、秘蔵の高級ワインをご馳走になる。これらの事実だけを見てみれば、私たちはとても歓待されているように見えなくもないが…………果たして真実はどうなのか。あぁ、恐ろしくてワイングラスを持つ手が震えそうだ』

 なんてことを、一幅の絵画のような優雅さでセイリオス殿が宣う。

 当然その手も、ブルッとも震えてはいない。

 むしろ、恐ろしがるどころか、太々しさすら感じる物の言いようである。

 さすが、御学友。

 私には逆立ちしてもできぬ芸当だ。

 しかし、その物言いはともかく、その内容には大いに共感できるものがあった。

 感情の濃淡が非常に薄いシェアトでさえ、死んだ魚のような目で高級ワインをまじまじと見つめているところからして、この高級ワインがその高額な値段以上に高くつきそうだと、勘ぐっているのだろう。

 うん、私もそう思う。

 そんな中で、『それで、一体何に対して乾杯をするのかな?』と、これまたしれっと極上の笑み付きで告げてくるセイリオス殿に、まるで突き出された剣をひらりと躱すように、スハイル殿下はさらりと返す。

『ここはありていに、王家と東西南北の公爵家の揺るがぬ結束に――――でいいだろう』

 すると、“読心”の現能力者でありながら、空気は吸うモノであって読むモノではないと、どうやら心に決めているらしいレグルス殿が口を挟んだ。

『いやいや、ここは王弟殿下の帰国祝いと、さらに今夜の夜会で素敵な婚約者候補が見つかることを祈って――――――じゃないの?』

『レグルス――――――――ッ‼』

 まさにお約束と言ってもいいほどの流れ。

 この三人が集まればいつものことなので、正直相変わらずだな…………という感想しかない。

 しかし残念ながら、スハイル殿下がここまで慌てる意味がわからない。

 そもそも今夜の夜会は、帰国祝いを兼ねたお披露目会なのだから、それこそ周知の事実である。

 だが、そんな夜会の主役が今現在こうして控えの間にいることを思えば、それほどまでにまだ結婚をしたくないということで………………

『なるほど。だから、スハイル殿下は早々に夜会の席を立たれたのですね』

 私は相槌を打つように口にしながら、シャウラの言う通りこの夜会もまた時間の無駄だったな…………と、内心で苦笑した。

 しかし話は、私をなおざりにして思わぬ方向へと流れていく。

 “白金の君”という聞き慣れぬ言葉とともに………………


『―――――一番の理由はあの会場に、お目当ての()()()()がいなかったからだろ?』

『な、な、何を言ってッ…………』

()()()()?』

 

 この言葉を冷やかすように口にしたのはレグルス殿だ。

 そしてその言葉に、スハイル殿下はこれまで以上の動揺を見せ、何故かシェアトがものの見事に喰いついた。

 セイリオス殿は、私のワイングラスを持つ手が震えるほどの不機嫌面となっていたが、賢明な私はそこは気づかぬフリでやり過ごすことにする。

 だが、この中で私だけが意味もわからずその単語を聞いていた。

 そして、内心では酷く驚いていた。

 鉄面皮であると自他共に認めるシェアトが、信じられないとばかりにパールグレーの瞳を見開き、さらにはその“白金の君”なる人物に対して、まるでスハイル殿下に縋りつくように質問を重ねていたからだ。

 しかしその疑問もすぐに解消する。

 どうやらスハイル殿下にとって、今も忘れられぬ初恋の相手であり(“白金の君”と名付けたのはレグルス殿らしいが)、シェアトもまた子供の頃に偶然出会った思い出の少女に、もう一度会いたいと強く願っているようだった。

 ふむ………王弟と、公爵家子息をここまで惑わせるとは、罪深き少女である。

 そこで念の為に、私もそのような少女に会ったことあるだろうかと記憶を遡ってみたが、軽い頭痛を覚えただけで、私の記憶には掠りもしなかった。

 つまり、私は会ったことがないのだろうという結論にあっさりと行き着き、その時点で興味も半減する。

 だが、話はここで終わらず、その“白金の君”と呼ばれる少女が、もしかしたら南の公爵令嬢であるユーフィリナ嬢ではないという淡い期待を持って、スハイル殿下が本日の夜会に挑んでいたことを知り、萎えかけた興味が僅かながらに復活した。

 結局、そのユーフィリナ嬢は怪我でこの夜会には不参加となり、スハイル殿下の淡い期待は泡沫と消えたのだが、私はワイングラス片手に一人首を捻った。

 あれ…………ユーフィリナ嬢とはどのようなご令嬢だっただろうか?――――――――――と。

 私は学園の生徒会長だ。生徒の顔と名前はほとんど把握しているつもりだった。

 しかも、末端貴族のご令嬢ならまだしも、相手は我が妹シャウラと同じ歳の南の公爵令嬢だ。

 知らぬはずがない。そんなことがあろうはずもない。とういうか、生徒会長としてあってはならない由々しき事態だ。

 だというのに、ユーフィリナ嬢の顔は疎か、そのシルエットすらぼんやりとも思い出せないとはこれ如何に?―――――と、内心で頭を抱え込む。

 しかし、そんな私よりも、さらに重篤な記憶障害の者がいた。シェアトだ。

『ユーフィリナ嬢………南の公爵令嬢………………ユーフィリナ・メリーディエース嬢…………』

 先程から私の横で、まるで呪文を唱えるかのように、ブツブツと一点を見つめながら彼女の名前だけを繰り返し続けている。

 正直言って、かなり怖い。

 だが、シェアトがそうなる理由もよくわかる。

 確か、シェアトとユーフィリナ嬢とは同じクラスであり、さらに言えば、シェアトはクラス代表で、それはさすがにあんまりではないかと、自分の記憶力を棚に上げて思う。

 とはいえ、非常に申し訳ないことではあるのだが、この時点の私にとっては今まで存在すら忘れていた顔も思い出せぬご令嬢であり(その理由は超絶シスコンのセイリオスが施していた“幻惑”のせいだったのだが)、もしかしたらスハイル殿下とシェアトの思い出の少女かもしれないというただそれだけの認識だった。


 

 しかしその認識は、例の事件――――“紅き獣”事件をきっかけにしてがらりと変わる。

 

 “先見”を覆せるだけの力を持つご令嬢。

 

 それが意味するところは、ユーフィリナ嬢が“神の娘”の生まれ変わりである、ということに他ならなかった。

 しかも、デオテラ神聖国第二王子であるトゥレイス殿下に求婚され、さらには“魔の者”であるアリオトからも求婚されたのだという。

 そこに絶賛恋煩い中のスハイル殿下とシェアト、ついでに突出したシスコンであるセイリオス殿を加えるならば、稀代の悪女、傾国の美女と言ってももはや過言ではない。

 そんな彼女に興味がないと言えば嘘になるが、この時点でも尚、ユーフィリナ嬢の声を聞くどころか、顔さえも拝することはなかった私にとっては(スハイル殿下とレグルス殿も同様だが)、心の平穏のためにもそれが一番かもしれないとすら思い始めていた。

 

 だが、現在行方不明中だというこの世界の神様は、かなりの悪戯好きだったようで――――――――――


『お兄様、先程スハイル殿下がお倒れになったらしわ!』

 素晴らしき情報収集力を遺憾なく発揮し、生徒会室に飛び込んできたシャウラの言葉に、私は生徒会室を飛び出した。

 そして全力疾走をしたい気持ちは山々であったが、やはり全校生徒の見本となるべき生徒会長が廊下を走るのはよろしくないだろうと、非常に遺憾ながら全速力の早歩きで医務室へと向かうことにする。

 おそらくこういうところが、融通が利かないと言われるのだろうが、これに関しては己の立場と性格が相俟ってのことなので、致し方ないことだと、すでに諦めの境地に達している。

 元より私は不器用な人間なのだ。

 己の生き方についても、こと妹シャウラに対しても。

 しかし、どれだけ不器用だろうと、傍から見ればどんなに無様な早歩きだろうと、足を動かしさえしていれば自ずと目的地に着くもので、私は一つ息を呑むことで乱れた呼吸を整えると、医務室のドアをノックした。

 即座に、医務室の使役獣であるシャムによって開けられたドア。

 次に目に飛び込んできたのは、ベッドに腰かけるスハイル殿下とそれに付き添うセイリオス殿。

 そんな二人に向かって、私はここに参上した理由を率直に述べた。

『スハイル殿下がお倒れになったと聞き、急ぎ手伝えることはないかと駆けつけました。殿下の御容態はいかがでしょうか?』

 そう、私は知らなかった。

 いや、正確に言うならば、そこに“紅き獣”として王都を騒がせた炎狼の聖獣である守護獣イグニス殿と、その彼がお守りする稀代の悪女、傾国の美女も斯くやといった“神の娘”の生まれ変わりであるユーフィリナ嬢がそこにいたことに、愚鈍なる私はまったくと言っていいほど、気づきもしなかった。

 この場合、セイリオス殿の“幻惑”を褒めるべきか、やはり私の鈍感さを恥じるべきか、非常に悩むところではあるのだが。

 しかし、ここは自分の鈍感さを恥じるべきなのだろう。

 私より少し遅れて駆けこんできたレグルス殿とシェアトだったが、今に思えばシェアトはすぐに察していたようだった。

『私も食堂で女子生徒たちが騒いでいるのを偶然聞いてここに来ました。ところで確か一緒に…………』

 などとここへ来た理由を述べながら、医務室内をぐるりと見回し、セイリオス殿を窺ってからその口を噤んだ。

 それから、『スハイル殿下がお気づきになられて本当に良かったです』と、自分の中途半端に言いかけた前言を有耶無耶にするようにしれっと言い繕っていたのだから。

 だが、とことん鈍い私はそれにも気づかず、むしろシェアトの表情筋が立派に活動していることに改めて驚いていた。

 もちろん、シェアトの変化は知っていた。さすがの私もそこまでは愚鈍ではない。

 あれほど感情の揺れ幅がなく、表情すら動くことのなかったシェアトが、時に悔しそうに顔を歪め、時に見ているこちらが引いて…………もとい、心配してしまうほどに恍惚とした表情でユーフィリナ嬢のことを語る姿を、例の事件の報告会で嫌というほど見せつけられれば、馬鹿でも気づく。

 ただあの時はまだ、ユーフィリナ嬢が“神の娘”の生まれかわりであった事実と、そんな彼女の力で覆った“先見”に対してと、突如として出てきた“魔の者”との戦闘に、未だ興奮が冷めやらないのだろうと思っていた。

 だから日が経ち、落ち着けばまた、いつものシェアトに戻るだろうと………………

 しかし、私の予想はいい意味で裏切られることとなり、シェアトは今や己の感情を素直に表すことができる新生シェアトとなったらしい。

 あれほど使うことに躊躇していた“言霊”の能力も、大事な何かを守るためならその使用を厭わなくなったようだった。

 どうやら、どれだけ打診しても渋っていた次期生徒会長も、このままいけば引き受けてくれそうだ。

 うん、これはいい傾向だ。

 そんな、シェアトの変わりようと、御学友たちのいつものじゃれ合いに気を取られ、世間一般ではそれなりに優秀であるはずの私の感知能力は(ここにいる面々は存在自体が破格なため、世間一般には含まない)、すっかり阿呆となっていたらしい。

 スハイル殿下の専属護衛騎士であるエルナト殿に知らせてくると、立ち上がったセイリオス殿を目で追いながら、これから自分はどうしようかと、私は呑気に思考を巡らせていた。

 生徒会室に一旦戻ろうか、それとも食堂へ行こうか……そうだ、だったらスハイル殿下たちの昼食を取って来て差し上げよう………などと。

 しかしそんな私の思考を霧散させるレグルス殿の声。

『あれ?ちょ、ちょっと待って…………』

 人間、待てと言われれば、余程の悪事を働くなり、危機を感じて逃げている場合は例外として、反射的にその動きを止めてしまうものらしい。

 例に漏れず、眉間を皺を寄せながらも、今まさに医務室を出ていこうとしていたセイリオス殿の足が止まる。ついでに言えば、我々の動きも律儀に止まった。

『どうしたのだ?レグルス』

 呼び止めた張本人であるにもかかわらず、その場で顎に手を当て、う~んと唸るように考え込んでしまったレグルス殿に、スハイル殿下は不審そうにそう尋ねる。が、それに答えるでもなく、レグルス殿は奇妙な自問自答を始めた。

『ここにいるのは目視ではシャムを入れて五人。でも俺の能力が感知する数は、あと最低でも一人……いやもう一人は完全に閉ざしているけれど、おそらく二人いる。それにこの心の色は…………あぁ……これは…………やっぱりそうか………………』

 何がやっぱりそうなのか、これさっぱりとわからない。

 しかもぶつぶつと呟かれた内容は、ちょっとしたホラーだ。

 背筋にひんやりとしたものを感じながら、レグルス殿の奇行にも見える行動をただただ眺める。

 キョロキョロと医務室の中を見回し、ほどなくしてそのペリドットの瞳はある一点で固定される。

 私の目に映るモノは、医務室の壁を背景にした何もないただの空間でしかないのだが、“読心”であるレグルス殿にはそうは見えていないらしい。

 お目当てのものを見つけたと謂わんばかりに、緩やかに弧を描いていくレグニス殿の口元。

 

『ユフィちゃん……そこにいるのかな?』


 なっ‼

 内心で上げらえた私の驚愕の声と被るように聞こえてきた、セイリオス殿の舌打ち。さはには、シェアトの『あぁ…………』という嘆きの声。

 そして――――――――――

 


 グゥ………………

 

 それはもう、絶妙なタイミングで可愛く鳴いたお腹の虫。

 普段なら、愛らしいと微笑むところだが、今の私は愛らしいと思う暇もない。

 ただただ何もない、誰もいない空間を呆然と見つめるばかりだ。

 そんな中でもレグルス殿は、かくれんぼの鬼を全うするかのように告げた。

『ユフィちゃんのお腹は素直だねぇ。ちゃんと俺にご返事してくれたよ』

 その鬼の声に観念したかように解除される“幻惑”。

 そしてそこに現れたのは、やれやれと項垂れながら首を振る、人型となった赤髪の美しき守護獣殿と、真っ赤な顔で涙目になりつつ、私たちを恥ずかしそうに見つめる、僅かな空気の揺れにもふわりとそよぐ長い淡紫の髪に、光あふれる新緑のエメラルドの瞳を持つ、天使の如きご令嬢――――――――ユーフィリナ嬢。


 そんな彼女をこの目に捉えた瞬間、軽い頭痛を伴って、私の心は切なく疼いた。

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪

そしていつもより遅刻の投稿すみません。


今回からサルガスSideのお話になりました。

堅物くんなので心配しましたが、シェアトよりも書きやすいです(笑)


どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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