“先見”と“忘却”は私が覆します(12)
アリオトが復活――――――
私が愕然としている間にも、お兄様はアカの一件の後、東の噴水広場で黒い大きな球体を呑み込む男性の影が目撃されたのだと教えてくれた。
そんなお兄様の説明を理解するよりも前に、まさか……という思いが先に立つ。
アリオトがそこまでして何故私を?という思いと、やはり私は“神の娘”の生まれ変わりだから?という思い。
一見相反する思いだったけれど、“魔の者”であるアリオトの目から見ても、私は“神の娘”の生まれ変わりで間違いないのね………………と、妙な納得だけが降りてくる。
けれど、同時に新たな疑問も湧いた。
「だったら……トゥレイス殿下はアリオトの………………」
それ以上は口には出せなかった。
デオテラ神聖国の第二王子であるトゥレイス殿下は、今や“魔の者”アリオトの僕となってしまったのか――――――と。
しかし、当然の察しのいいお兄様は私の噤んだ先の言葉を的確に読んだようで、淀みなく答えてくれる。
「それはわからない。だが、少なくとも食堂で会ったトゥレイス殿下はアリオトの影響を受けて闇が深くなっていたようだが、まだ“魔物落ち”も、“魔の者”の僕にもなっていないようだった。つまり、アリオトに操られていたわけではなく、自分の意志でユーフィリナへ会いに来たことは間違いないだろう」
そう言葉にしながら、お兄様はアカとレグルス様へと視線を向けた。それを受け、まずアカが口を開く。
「あぁ、食堂で会った時は、確かに以前より闇が深くなっているとは感じたが、闇に呑み込まれているわけではなさそうだった」
「うん、そうだね………俺はセイリオスや守護獣殿のように闇の深さまで正確には感知できないけど、“読心”の能力者として言わしてもらうなら、食堂で会った時のトゥレイス殿下の心の色の変化は微かだけれど見えていた。言い換えるなら、トゥレイス殿下の心は乗っ取られているわけでもなく、闇一色だったわけでもない。あの時点でのトゥレイス殿下は自分で考え、自分の意志で行動していたってことだよ」
アカとレグルス様の言葉に一瞬安堵するも、食堂で会った時と、くどいほどに限定されていたことに、安堵は忽ち不安へと変わる。
もちろんそんな不安も、お兄様には筒抜けだったようで――――――――
「アリオトが傍にいる以上、決していい状態にあるとは言えないだろう。そして最も厄介なのは、トゥレイス殿下自身は自分の意志で動いているつもりでも、それがすべてアリオトの掌の上であるということだ。アリオトにしてみれば、トゥレイス殿下の思惑さえも銀の魔道具同様、ユーフィリナを手に入れるために利用すべきものであり、そもそも“魔の者”に一国の第二王子殿下という価値観はない」
「それって………………」
「ユーフィリナを手に入れた時点で用済みとなり、そのまま殺され、“魔物落ち”となるかもしれないな」
抑揚もない声で、淡々と紡がれた最悪の結末。
ある意味想像通りの結末に、医務室が重い空気で満たされる。そのせいで、普通に息をすることさえままならない。
しかしそんな中で、尚もお兄様は淡々と続けた。
「だからこそ、銀の魔道具を早急に奪還する必要がある。今の我々がするべきことはアリオトの思惑を阻止し、トゥレイス殿下からアリオトを引き離すことだ。これ以上国家間の揉め事を増やして、スハイル殿下の頭痛の種を増やさないためにもな」
そう言って、最後に意地悪く笑って見せたお兄様に、スハイル殿下が半眼となりながらすかさず返す。
「常日頃、私に頭痛の種をせっせと植え付けているお前が言うな!――――という話だが、確かに今の我々がすべきことはそれに尽きるだろうな。で、一体これからどう動くつもりだ?ローが取りに行っているからくり魔道具やらを見れば、何かわかるのか?」
しかし、それに答えたのはお兄様ではなくレグルス様だった。
「それは無理なんじゃない。だってあのローですら解けないからくり付きだよ。いくらセイリオスと守護獣殿が魔法陣と術式に詳しくとも、肝心のからくりが解けなければ、どうしようもないはずだよ」
だろ?とばかりに視線を流してくるレグルス様にお兄様は頷いてみせる。
「さすがに見ただけではわからないだろうな。だが、良からぬモノである可能性が高い以上、最終的には破壊という手段も考慮しておくべきだ」
「いやいやいや、破壊とか簡単に言うな!それでまたとんでもないモノが飛び出してきたらどうするつもりだ!」
スハイル殿下の至極真っ当な突っ込みに、「鬼が出るか蛇が出るか、何事もやってみなければわからないだろう?」と、お兄様は首を傾げながら片目を瞑ってみせる。
その仕草がまた憎らしいほどに麗しい。
なのに、口にした内容は、麗しさもなければ緻密さもなく、どうにもこうにも行き当たりばったり感が否めない。
まぁ、現状を思えば致し方ないことかもしれないけれど………………
それでも、少々心臓に悪いビックリ箱程度ならいざ知らず、そこから飛び出してくるモノは未知数。
できることなら、破壊に関しては最後の最後の、また最後の手段として取っておいてほしいものだと、ここにいる全員が切に願う。
それはもう私たちの肉体的、精神的安寧のためにも。
そんな中で、シェアトが思考に耽りながら呟いた。
「…………それにしても、ユーフィリナ嬢から我々を引き離すためとはいえ、彼らは銀の魔道具をどのようにして使うつもりなのだろうか……いや、それ以前に、先程の暴走で魔道具に封印されていたシャウラ嬢の魔力は、全放出されてしまっているとみてもいいものなのか…………」
お兄様が口にした銀の魔道具の奪還について、シェアトはいち早く考えて始めていたようだった。
その中で湧いた素朴な疑問が、ふと口を衝いて出たのだろう。
けれど、その疑問は当然だと思う。
あくまでもお兄様の推測でしかないけれど、偶然にもシャウラがロー様に魔力制御のための魔道具を依頼したことを知ったトゥレイス殿下とアリオトは、わざわざからくり魔道具なんてものを持ち出してまで、ロー様に銀の魔道具を作らせた。
私からお兄様たちを引き離すためとはいえ、少々手が込みすぎているような気がしないでもないけれど、そこを考え出すとキリがないので、それに関しては一先ず棚の上に放り投げておくことにする。
それよりも今、気にすべきことはその使用方法であり、それがわからないことには、こちらとしても警戒のしようがない。
そこで考える。
三人寄れば文殊の知恵ならぬ、七人寄ればなんとやらだ。
「今回の魔力暴走を見る限り、例の銀の魔道具は、吸収した魔力を増強した上で闇属性に変換し、放出させるものであることに疑問の余地はありません。そして、シャウラの魔力が枯渇している点と学園内の被害状況から鑑みるに、銀の魔道具の中には、まだそれなりの魔力が残っていると予想されます」
実際、シャウラの魔力制御を定期的に行ってきただけあって、サルガス様は迷いなくそう告げた。
もちろんそれに対して否の声が上がるはずもなく、問いかけだけが来る。
「それなりの……とは、サルガスは一体どれくらいだと踏んでいるのだ?」
スハイル殿下の具体的数字を求める声に、サルガス様は少し悩んでから、「今回の暴走でいうと……あと二回分といったところでしょうか」と、聞き捨てならない答えを口にして、そのままお兄様に視線を向けた。
どうやら、自分の見立てに対して答え合わせをしたいらしい。
答え合わせにお兄様を選ぶ時点で、サルガス様も一目置いていることがわかる。
そんなサルガス様に応えるべく「ふむ………………」と十分に思考を巡らせた後で、お兄様は徐に口を開いた。
「魔力増強がされているせいで、はっきりとしたことは言えないが、シャウラ嬢の本来の魔力量、さらにそれに加えて余剰の魔力量、それらを全部吸収された場合に起こる魔力暴走の規模は、今回の約二倍といったところだろう。そこに、増強分を上乗せすると…………サルガス殿の読みは妥当な線といったところだな」
お兄様からの太鼓判に、サルガス様はどことなく嬉しそうだ。
しかしそこは、喜んでいる場合じゃないですよ!と、強く物申したい。というか、言った。レグルス様が。
「ちょっと待って!そこ、当たって喜ぶところじゃないから!ってか、それ本当なの?それってやばくない?それも闇属性に変換されちゃってんだよね?そんなもんがまた放出されたら、今度は死人が出るよ」
それに同調したのはアカだ。
「出るだろうなぁ…………ただずっと気になっていたんだが、さっきの暴走はシャウラの魔力を吸い込み過ぎたことによる単なる吐き出しじゃねぇのか。所謂、魔道具の限界量突破ってやつだ。とはいえ、一度吸収された魔力は魔道具内の術式と魔法陣の影響を受けることになるから、放出された魔力は当然闇属性となる」
アカの言葉に、皆一様に顔を引き攣らせた。
あの魔力暴走が単なる限界量突破による吐き出しなら、銀の魔道具の中にはまだ潤沢にシャウラの魔力が詰まっていることになるからだ。
しかも、吐き出しであの威力。ほんと冗談ではない。
けれど、もしそれがアカの言う通りなら話はまた大きく変わってくる。
「ちょっと待って……もし、イグニスの言う通りなら、あの魔力暴走は予期せぬ事故ってことにならない?トゥレイス殿下とアリオトにとっても………………」
改めて考えてみれば、そうだ。
私とアカが魔術準備室に飛び込んだ時、シャウラは意識なくロー様にしだれかかっており、銀の魔道具はシャウラの足元に落ちていた。
つまりそれは、シャウラの魔力が枯渇するまで一気に魔道具に吸い取られてしまった直後だったということだ。
そして私の記憶が正しければ、銀の魔道具から魔力が暴走するまでの僅かな時間、誰も魔道具には触れていない。
だとするならば、魔道具の底に施されている魔力放出の魔法陣は、発動していなかったと考えるべきだろう。
さらに言うなら、あの魔道具の仕組みからして、魔力が勝手に放出されることはまずない。
アリオトたちにしても、シャウラの魔力が満タンに充填された状態で魔道具を手に入れることが目的だったならば、それこそ勝手に魔力放出されては困るはずだ。
それに、そもそもあの魔道具にはロー様によって魔力吸収の制限が為されていた。
言い換えるならば、シャウラの全魔力を吸収できるだけの容量は、端からあの魔道具に必要とはされていなかった。
だからたとえ、アリオトたちがそれに細工をし、魔力をすべて吸収するように魔法陣のリミッターを外したのだとしても、銀の魔道具自体の容量は変わらない。
もちろんアリオトたちも馬鹿じゃないから、銀の魔道具の容量は確かめてはいたとは思う。
しかし、シャウラの魔力量を読み違えていたとしたら………………
予想よりもずっとシャウラの魔力量が多かったのだとしたら………………
「ユーフィリナ、凄いな。その通りだ。今回の魔力暴走は、トゥレイス殿下とアリオトたちにとっても予想外の事故だ。彼らにしてみればうっかり手の内を晒したも同然ということだろう」
さすがシスコンを極めたお兄様というべきか、私の思考を余すことなく読んで、それはもうドンピシャな答えをくれる。
それも、大変よくできましたと謂わんばかりの眩しすぎる微笑みと、頭撫で撫で付きでだ。
と同時に、周囲から寄せられる生暖かい目。
なんだろう、これは。正解を引き当てたというのに、むしろ針の筵感満載の居たたまれないこの感じは………………
うん、そうだわ……そういうことよね。
お兄様にしてみれば、馬鹿な妹ほど可愛いというやつなんだわ、これは。
つまり私は馬鹿な妹と認定されているわけで…………………くぅ!悔しいけれど、反論できないところがまた悔しい。
そんなお馬鹿認定を否定することもできず、というか、認めるしかなく、それでも不満だけは訴えるように唇を尖らせ、お兄様を上目遣いで睨んでおく。
すると、どうやらその効果は多少あったようで、お兄様は一瞬目を瞠ってから、直ぐに目を逸らし咳払いをした。
但し、片方の手でわしゃわしゃと私の髪を搔き乱しつつ、苦言を呈することだけは忘れない。
「ユフィ、その顔は私の前だけにしておきなさいと何度言ったらわかるんだ。とにかく、話を進めるぞ」
思った効果とはかなり違うようだけれど(私の予想ではこの睨みが利いて、お兄様が反省する流れだったのだけれど)、まぁ何かしらは伝わったみたいだと今は一先ずそれで満足することにして、私は話を進めるためにもそのまま素直にコクンと頷いた。
だというのに……………………
「駄目だ……ユフィちゃん。全然わかってない。最強装備のままで頷いても、俺たちに致命傷を与えるだけだから」
「そうだぞ、ユーフィリナ嬢。耐性のあるセイリオスですらそうなってしまうのだから、もう少し自分の容姿について自覚したほうがいい」
「スハイル殿下の仰るとおりだよ。私だって最近共に行動することが増えたとはいえ、一向に慣れないのだから、私の心臓のためにもどうかお手柔らかに願いたい」
「私からもお願いする。ユーフィリナ嬢のその顔は、私の心を強く揺さぶるものであり、頭痛を呼ぶものであり、劇物だ。というか、おいそれとしてはいけないものだと、認識したほうがいい。いつか君のその顔を見た者が自我を失い、君を襲うかもしれない」
「そうだぞ、ユフィ。サルガスの言うことは大袈裟でもなんでもないぞ。もちろんオレは守護獣としてお前を守るが、自己防衛も必須だ。危険なことはやめろ」
「……………………………………………」
…………………………………………はい?
言ってもいいだろうか。さっぱり意味がわからない。それも皆揃って涙目の赤面となっている理由がまったくもってわからない。
どちらかと言えば、泣きたいのは私の方だと訴えたいくらいだ。
だいたい…………………………
レグルス様が言うところの最強装備をしているはずなのに、自己防衛が必須って、私は一体どうすればいいのでしょう?
っていうか、私の地味でしかない顔を見て、自我を失い襲ってくるって、私の顔は呪いでもかかっているのかしら?
それも劇物って…………それって毒薬扱い。
普通、地味な顔ほど毒にも薬にもならないはずなのに、まさかの毒認定。
その毒でしかない私の顔にお兄様は耐性があるらしいけれど、それって有難がるところなのかしら?それとも憐れむべきところなのかしら?
まさか人畜無害だと思っていた顔が有害だったなんて、ちょっと…………いえ、かなりショックだわ。
自覚しろと言われれば、自覚するより他ないのだけれど(王弟殿下命令だし)、そう言われても地味顔をこれ以上心臓に優しくするって、どうすればいいのかしら………
なんてことを思いつつ、眉をへにょりと下げて、どうすればいいのでしょう?と、耐性があるというお兄様だけを一心に見上げる。
これ以上余計な被害は出さないぞ、という私なりの配慮だ。
なのに、お兄様はそんな私の顔を暫し瞳に映してから、それはもう身体からすべての空気を出し切るくらいの深い深いため息を吐いた。
そして、半ば諦め口調で告げてくる。
「………………やはり、お前は私の“幻惑”の中に閉じ込めておくべきだな」
「なっ…………そこまでの劇物?」
と、思わず目を剥いた私に、お兄様は宥めるように髪を撫でて、「まぁ、そういうことだ」と困り顔で笑った。
んんん、解せぬ。
それから私たちは再び、銀の魔道具について話し合った。
とはいっても、それらしき確信はそれぞれが嫌な予感として抱えているものの、何を話しても机上のことでしかなく、具体的な策はからくり魔道具を見てからで――――――ということに一旦落ち着いた。
そんな話の途切れ目を見計らって、アカがサルガス様へと話しかける。
「サルガス、シャウラのことで一つだけ聞きたいことがある。いいか?」
脈絡すらない突然の振りにサルガス様は一瞬驚いたようだけれど、すぐに表情を真摯なものに変え、「もちろんです」と、聞く態勢となった。
にもかかわらず、アカは自ら声をかけておきながら、逡巡する様子を見せる。
そして、何かを確認するように焔色の瞳で私を見据えてから、サルガス様へ視線を戻し、口を開いた。
「シャウラは兄であるお前のことをいつも気にかけている。今回の魔道具のことにしたってそうだ。サルガスにこれ以上迷惑をかけたくはないという気持ちから、ローに相談したものだ」
「はい……兄が妹の面倒をみるのは当然であり、迷惑に思うことなどないというのに、本当に馬鹿なやつです」
しみじみとそう答えたサルガス様に、アカは苦笑してから、さらに続けた。
「確かに、兄の立場から言えばそうなるのだろうが、妹からしてみれば、そうではないのだろう。自分のためにいつも無理しているように見えて仕方がなかったということだ。いや…………償いをしているようにしか見えなったというべきか」
「……ッ!」
「イグニスッ!」
瞬間、アカの意味するところを察し、私はアカの口を封じるためにアカの名を呼んだ。
そして咄嗟にサルガス様を見やれば、蒼白な顔でアカを見つめている。
どうやらサルガス様もアカが何を云わんとしているかわかったらしい。
しかし、いくらサルガス様がその内容についてわかったとしても、これ以上口にしてはシャウラとの約束が反古になってしまうと私は必死に首を横に振った。
なのに、一度口火を切ってしまった話は止まることを許さず、アカに視線だけで制される。
「シャウラは言っていたぞ。サルガスは自分に負い目があるのだと。“忘却”の能力が顕現した時の暴走で、自分と母親の記憶をすべて消してしまったことに対してな。だからシャウラはユフィの頼んでいた。“忘却”の能力で消された記憶を取り戻す方法を一緒に探して欲しいと。もし“神の娘”の生まれ変わりであるならば、その“先見”をも覆す力を使って取り戻させて欲しいと。他でもないサルガスがこれ以上自分たちのことで苦しまなくてもいいようにとな」
「そ、そんなことを…………なんて愚かな……………………」
サルガス様は閉ざされたカーテンに目をやりながら、呆然と呟いた。
「愚かだなんて……シャウラ様はサルガス様のことをッ…………」
そう言い募ろうとした私の口を、私の腕を掴むことで塞いだのはお兄様だった。どうして、とばかりにお兄様を振り返れば、無言のままで小さく首を横に振られる。
つまりここはアカに任せなさい、ということで……………
サルガス様には内緒にするという、シャウラとの約束が守れなかったことに、罪悪感と不甲斐なさが心を占める。
けれど、アカがわざわざこんなことを言い出したからには、何か深い意味があるはずだと、無理矢理思考を切り替える。
そして、私はアカの横顔を見つめて、話を行方を見守ることにした。
「…………そうだな。オレから言わせれば、兄妹揃って愚かとしか言いようがないな。サルガス………お前、暴走を言い訳にして、わざとシャウラと母親の記憶をすべて消しただろう?」
「えっ?」
思わず漏れた声は、私の声。
しかし、私以外は全員が全員、痛そうな顔となった。
問い質すまでもなく、その本人であるサルガス様だけでなく、皆がそれを知っているということだ。
特にサルガス様の顔色は完全に失われ、身体は小刻みに震えている。
そんなサルガス様の様子だけで、アカの言葉が残酷な真実であることがわかったけれど、その理由はまったくもってわからない。
「神より、お前たち王族と公爵家に与えられた能力は、大きく分けて二つの型がある。一方的に与えるだけの能力と、一方的に受け取るだけの能力にだ。そして、もちろん“忘却”は“言霊”や“幻惑”同様、与える側となる。そしてそれは、顕現時の暴走の時ですら変わらない」
アカはそこまで告げると、今度はシェアトに視線を向けた。そして問いかける。
「辛いことを聞くようだが、シェアトも顕現時“言霊”を暴走させたのだろう?」
「…………はい」
罰が悪そうに俯き加減でそう返事をしたシェアトに、アカは苦笑を添えて続けた。
「“言霊”の場合、口にした言葉すべてに力が宿り、周りの人間を“言霊”で縛ってしまったはずだ。シェアトの意に反してな。だが裏を返せば、口にした言葉は、シェアトの意思表示であることに変わりはない。力の制御ができなかっただけでな」
「その通りです…………」
苦しそうに声を振り絞ったシェアトに、アカは「嫌なことを思い出させて悪かったな」と告げ、さらに話を進めていく。
「そしてそれは“忘却”でも言えることだ。但し、“言霊”と違って、“忘却”はかなり限定されてしまうものなんだよ。たとえば何かの失態をしたとして、それを忘れて欲しいと思う。その場合、“忘却”はその失態の記憶についてのみ力を発揮するものなのだ。顕現時の暴走の際も、それは当然適用される。言うなれば“言霊”と一緒だ。必ず何かしらの意思表示は必要なんだよ。ただ人を選ばず、そこにいる全員に対しに、制御できないままに影響を及ぼしてしまうだけでな。だから、すべての記憶を消したということは、サルガス自身が少なからずそう望んでしまったということだ。違うか?」
「……違い……ません」
カタカタと震える身体に倣うように、サルガス様の声もカチカチと歯を鳴らすように震えている。
アカは一つ息を吐いてから、殊更穏やかな口調となった。
「言っておくが、オレはサルガスを責めるためにこんな話をしたわけではない。本来ならば、シャウラの身に何があったのか、知る気もない。だが、シャウラの望みをユフィが叶えてやれた場合、それはサルガスの意に反することとなる。つまりだ。記憶を消すことで守ったシャウラの心を、ユフィは何も知らないままに壊してしまう可能性があるということだ。オレはユフィの守護獣として、シャウラをユフィの友人だと認める者として、それだけはさせたくない」
「アカ………………」
ポロリと零れた名前は、また間違えてしまったけれど、アカは気にすることなく、私へと振り返り目を細めてくれる。
「だが、こうも言える。記憶を消した当時の七歳のシャウラではなく、今のシャウラは小生意気なくらいにしっかりと成長したシャウラだ。多少の辛い記憶なんて乗り越えられるかもしれない。しかし、それは一か八かでするようなことではない。だから、今回の件が片付いたら、まずは兄妹でよく話せ。それで大丈夫だと思ったら、ユフィに頼んでみればいい。ま、覆せるかどうかはわからんがな」
クククッ……と、アカが意地悪く笑う。
確かに、今の私に“神の娘”であるフィリアの能力が備わっているとしても、それこそやってみなきゃわからない、気まぐれ能力だ。
けれど、“神の娘”の能力の発動条件が、この世界の運命を変える程の望みであり、それこそが正しき未来であると、世界が認め、受け入れた時のみだとするならば、サルガス様とシャウラが出した結論に、私は全力で応えようと思う。
“先見”だろうと、“忘却”だろうと、それで皆が笑顔になれるなら、このわたくしめが覆してみせましょう――――――と。
そんな気持ちでサルガス様に向って微笑めば、サルガス様は泣きそう顔で「ありがとう…………」と、風が囁くような声で返してくれた。
しかし、いつだって現実は残酷で―――――――――
シャッという小気味いい音を立て、閉じられていたカーテンが開く。
そしてそこから飛び出してきたのは、シャウラ――――ではなくシャムで…………
「セイリオス、闇が来るにゃッ!」
シャムの言葉をそのまま理解するには若干言葉足らずで、私は脳内でその言葉を反芻する。
けれど、お兄様とアカはそれですべてを察したようで、二人同時に椅子をひっくり返しながら立ち上がった。そしてお兄様が咄嗟に私の右手を掴む。
と、その刹那――――――――――
ズンッ!
床に漆黒の大きな穴が開いたように闇が広がる。
これは…………アリオトの闇魔法晦冥海。
頭がそう理解した瞬間、私の身体は底なしの常闇の海へと一気に引きずり込まれた。
そして、闇に身体の一部が沈んだ瞬間から、私たちの魔力は忽ち奪われてしまう。
結界を張る時間もなかった。
魔法を発動する間も、当然逃げる間もない。
ただただ私たちの身体は為す術もなく、闇へと呑み込まれていく。
それは周りの景色ごと一緒に。
そう、学園ごと一緒に。
唯一の希望は、私の右手がお兄様の左手の中にあるということだけ。
「クソッ……また……か……」
アカの舌打ち。
「これは……凄いな…………闇が……ここまでのもの……とは…………」
「スハ…イル……感心して……いる……場合じゃないからね……にしても、これは……キツイ………………」
「……ユー……フィリナ嬢………」
「せめて…………ユーフィリナ嬢……とシャウラ……だけでも…………」
誰もが闇の中から這い出そうとするけれど、藻掻けば藻掻くほど、身体はさらに沈んでいき、すでに闇は胸の辺りまで這い上がってきていた。
ベッドの上のシャウラもまた、ベッドごと闇に呑まれていっている。
「この闇は、この前のものよりずっと深くて厄介にゃ!セイリオス何とかするにゃ!」
シャウラのベッドにしがみつきながらシャムが必死に叫ぶけれど、もちろんそのお兄様の身体も闇に沈み、魔力も奪われてしまっている状態。
「なるほどな……あの……銀…の魔道具は……この闇を生み出すためのものか……」
何かを察したらしいお兄様の呟き。
けれど、それがわかったところで、時既に遅し――――――――
沈んでいくだけの私たちの身体。
それとは逆に、常闇の海から浮上する二体の身体。
「これはこれは絶景だね。っと、その前にこれを言っておかなきゃね。ただいま、ユフィ。会いたかったよ」
「アリ…オ……ト………トゥ……レイ……ス殿下………………」
暗黒の海原に立つのは、従者らしい小ざっぱりとした衣装を身に纏ったアリオトと、学園の制服を着たトゥレイス殿下。
しかし、そのトゥレイス殿下の瞳は私を見つめているはずなのに、虚だけを映しているようで…………
駄目だわ。元々死亡していた表情筋が、完全に無機物化してしまっているわ。
やはりアリオトの影響が………………
そんなことが脳裏を過った瞬間、アリオトは私の前で屈み込むと、暗黒の海原にずぷりと片腕を突き入れた。
そして沈んでいた私の左腕を掴み、強引に引き上げる。
「さぁ、迎えに来たよ。ボクの可愛い光のお姫様。その君には特別な印をあげよう。本当はボクからあげたかったんだけどね、どうやらこれを残せるのは人間同士だけみたいなんだ。だけど安心して、この者は今やボクの僕。僕のモノはボクのモノ。さぁ、トゥレイス、まずはお前に褒美として望みのモノをやろう」
「ま……さか………………」
「ユー…フィリナ嬢に……“真…紋”を……」
「よ……せ…………やめ……るんだ……」
「ユ……フィ……………………」
首まで浸かってしまったお兄様たちの声も、何故かどこか遠い。
「おやおや、そんなに睨まないでくれるかな。さぁ、君たちには特等席で見せてあげよう。ユフィが闇に落ちる瞬間を」
アリオトの顔いっぱいに広がる嗜虐的な笑み。
トゥレイス殿下に差し出された私の左手。
常闇の海原に片膝を付き、アリオトに促されるままに、トゥレイス殿下が私の左手を掬い上げた。
私を見つめるトゥレイス殿下の琥珀色の瞳が、黄金色から飴色へと変わる。
熱でとろけた甘い甘い飴色に………
毒さえも含んだ蠱惑的な飴色に………
その甘さと毒に私の思考は麻痺し、私の心はその瞳に溺れ沈んでいく。
「愛している。ユーフィリナ嬢」
その言葉とともに手の甲に落とされたトゥレイス殿下の口づけ。
かぁっと身体中を駆け巡る熱と痺れ。
まるで毒を飲まされたかのような感覚。
思考も、感情も、意識さえも麻痺し、黒い煙のような靄に閉ざされていく。
そしてそっと離された唇。
代わりに手の甲に残されたものは、薔薇にも見える真っ赤な紋様。
お…兄様……………………
右手に感じていたお兄様の温もり。
それも冷えて今はなにも感じない。
それでも僅かに残った意識の残滓で、お兄様を求める。
けれど、その顔も、その存在もやがて闇へと沈んで――――――――
私の意識は、完全に闇に呑まれた。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
あぁ……やっぱり出てきましたね。
あの人たち。
なのに、何故か次回は、挿話、サルガスSideです。
サルガスに、思う存分語ってもらいましょう。
どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




