“先見”と“忘却”は私が覆します(11)
シャウラはシャムの癒し魔法を受けながら、眠ってしまったようだった。
よかったわ……
ロー様の疑いが晴れたようで……
私は安堵の息を吐いてから、お兄様たちへと意識を戻した。
お兄様によって潔白であると認められたロー様は、スハイル殿下から椅子に腰かけるように促され、再び医務室内の様相はただの話し合いの場へと様変わっている。
「それらしき存在、もしくは気配……で、ございますか?」
ロー様は奇妙なことを聞かれたとばかりに、首を傾げた。
しかし、ロ―様以外はお兄様が意味するところを正確に理解し、それぞれが眉を寄せる。
そう、お兄様は魔力が闇属性に変換されたこともあり、“魔の者”の関与を考えているのだ。
そしてそれは、的外れでもなんでもなく、かなりの確率で当たっているように思われる。
「ロー殿、なんでもいい。思い出してくれ。普段の君の行動から、習慣から、誰と会い、そして制作された魔道具はどこに置かれることになり、誰の目に触れることになるか。また、君は魔道具師として魔法陣や術式に詳しいのはわかるが、その知識をどこから得ている?すべてが書物と言うわけではないだろう?誰かに教えを乞うことだってあるはずだ。そしてその際に、魔道具の仕組みについて相談したりなどしなかっただろうか。あとはそうだな…………とても風変わりな客が来て、奇妙な依頼をしていったことはないだろうか。たとえば何日間も店に留め置かなければならないほどの、厄介な修理を頼まれたとか………………」
お兄様の言葉を考え込むようにして聞いていたロー様は、ここで何かを思い出したらしくハッとして顔を上げた。
「もしかしたら、セイリオス様が望んでおられるお答えではないかもしれませんが……」
「いいから、話してくれ」
噛みつくようにそう返してきたお兄様と、喰いつくような目で一心に自分を見つめてくるスハイル殿下たちに尻込みしつつも、ロー様は思い出したことを口にする。
「その…………まず今回の魔道具についてなのですが、少しヒントを頂いた方がいらっしゃると申しますか、そういうモノがあると申しますか………非常に複雑な魔道具を預かることになり、シャウラ様の魔道具を思いついたと申しますか…………」
恐る恐るそんなことを言い始めたロー様の言葉を、一言一句聞き洩らさないように耳を傾けながら、ヒントを与えたその者の仕業に違いないと、私たちは確信に近いものを感じていた。
しかし何事も焦りは禁物だと、逸る気持ちを戒め、取り敢えずロー様の話を最後まで聞くことにする。
「それは確か……シャウラ様から御相談を受けた日の晩のことでした。とある高貴な方の従者をされているナシュ様と名乗られる二十代半ば男性が、非常に珍しい魔道具を持って、店を訪ねて来られたのです。お仕えする高貴な方の名前は、訳あって伏せさせて欲しいとのことでしたが、そのナシュ様からは、からくり魔道具なるものをお預かりいたしました」
「からくり魔道具だと?」
そう聞き返したのはアカだ。
私たちも初めて聞く魔道具の名称に、困惑を隠せないままロー様の答えを待つ。
「はい。私も初めてそんなものがあることを知りましたが、その魔道具は実用性だけではなく、ちょっとした遊び心が加えられているとても風変わりなモノでして、魔道具師としてとても興味のそそられるものでした。その魔道具の形は、今回シャウラ様にお作りした魔道具と同じ立方体で、見た目は四角く加工された黒と灰色の特殊な金属片が交互の並んでおり、大きさは私の手に乗るほどでしょうか。しかし、その箱の大きさとは見合わないほどに重く、ずっしりとしておりました」
そう言いながら、掌を受け皿のようにして見せたロ―様に、お兄様がさらに質問を重ねる。
「おそらく実用性の部分が、魔道具本体であるなら、遊び心というのがからくりの部分となるのだろうが、それは一体どのような用途で使用する魔道具なのだろうか」
「セイリオス様の仰る通り、魔道具としての実用性からいえば、それは如何なるものでも、保存した時の状態を保つことができる魔道具だそうで、箱の内部に時間凍結の魔法陣と、術式が施されているそうです。そして遊び心からくるからくり部分についてですが、その箱を開けるためには正しい手順で黒と灰色に並べられた四角い金属片を押すなり動かすなりしなければならないそうで、その開け方がわからなくなってしまったという理由で、私の店に持ち込まれたのです」
……………………………………はい?
それって、つまり……………………
「ようするに何か?魔道具の中に大事な物を仕舞い込んだはいいが、いざ開けようという時に、開け方の手順を忘れてしまい、開けられなくなってしまったと?」
完全な呆れ口調でそう問い返すスハイル殿下に、ロー様は苦笑なりつつ続けた。
「それが、その魔道具の中に何かを保存したのは四百年ほど前のご先祖様だそうで、その魔道具の開け方の手順が一切遺されておらず、様々な魔道具師、呪術師に相談し、または預けてみたそうなのですが、まったくその方法が見つからなかったとのことで………」
なるほどね…………と、皆が一様に納得をしたところで、お兄様が視線だけでロー様に先を促す。
「ただ、従者のナシュ様もそのからくり魔道具を開けるために、色々魔道具について学ばれたそうで、私にとっても有意義なお話をしてくださいました。基本魔道具は、魔道灯であれば暗くなれば点け、不要であれば消す。魔道ポットなら湯を沸かし、保温する――――――といった単純なものが多く、万人が使える物がほとんどです。しかし、万人と一括りしてしまうとそれまですが、人の容姿が一人ずつ異なるように、魔力の属性もまた違います。個人に合わせた魔道具を作る有用性や、多種多様な魔法陣を用いることによって、多彩な効果を生み出す魔道具の存在についても、色々と語って聞かせてくださいました。その話と、お預かりした魔道具の形状をヒントに、シャウラ様の魔道具をお作りしたのです」
「ちなみにだが、そのナシュという従者は魔道具の中には何が入っていると言っていた?」
「なにしろ四百前のことで、記録にも残っていないそうです。だからこそどうにかして開けて中を確認したいのだと…………」
お兄様はそこまで話を聞くと、顎に手をやり考え込んでしまった。
正直、これだけではロー様の作った銀の魔導具が細工されたという決定的な証拠はどこにもない。そして何より、時系列でいえば、からくり魔道具が預けられたのが先で、銀の魔道具の制作の方が後となる。
つまり、その従者のナシュは銀の魔道具に触ることは疎か、見ることもできなかったということだ。
怪しいとは思うものの、この話だけでは店にやって来た従者と、持ち込まれたからくり魔道具なるものが、今回の事件に関係しているとはまだ断定できない。
けれど、お兄様の中ではある程度の答え合わせができたらしい。
「ロー殿、その魔道具はまだ店にあるのだな」
「ございます。お預かりした日から毎日、時間を見つけてはからくりを解こうとしているのですが、まったく巧くいかず…………」
情けなさそうに眉を下げたロー様だったけれど、お兄様はむしろそれで正解だ、とばかりに口端を上げた。
そしてお兄様は、スハイル殿下へと向き直ると、取ってつけたかのように神妙な顔を作り、頭を下げた。
「スハイル殿下、お願いがございます」
「なんだ?セイリオス。お前が改まった言い方をしてくる場合は、嫌な予感しかしないのだが?」
露骨に顔を引き攣らせたスハイル殿下の台詞も、表情も、一切気にすることなく、お兄様は自分の願いを口にした。
「後学のためにも、ロー殿から店にあるという珍しい魔道具を見せていただこうと思うのですが、我々がゾロゾロとロ―殿の店に行くわけには参りません。そこでロ―殿にお持ち頂くようお願いしたいのですが、あのようなことがあった後です。ロー殿の護衛としてエルナト様をお貸し願えないでしょうか」
王弟殿下の専属護衛騎士を貸せという、あまりにも図々しいお兄様のお願いに、スハイル殿下はわかりやすく呆気にとられた顔となった。けれど、お兄様の目が真剣であることに気づき、一瞬で顔を引き締める。
「このエルナトはこう見えても一応、近衛騎士団の中での最強とまで謳われる騎士だ。そして私の専属護衛騎士でもある。そのエルナトでしか対処できないことがローの身に起こるやもしれん、という解釈でいいのだな」
「それで構いません」
そうきっぱりと言い切ったお兄様に、スハイル殿下は小さく頷いた。そしてお兄様の意をすべて汲み取り命じる。
「ロ―、魔道具師として預かった依頼品を、我々に見せることに対し抵抗はあるだろうが、私もまたセイリオスと同様、そのからくり魔道具とやらに酷く興味がそそられるのだ。それを店に持ち込んだという従者、ナシュに対してもな。したがって、王弟として命じる。からくり魔道具なるものを今すぐ取ってくるのだ。その護衛にはエルナトを付ける。急げ!」
「「はっ!」」
エルナト様とロー様は、絶対的命令を前に短い返事だけを口すると、まるで靴底にバネが付いたかのように医務室を飛び出していった。もちろんそれと同時に、お兄様が指を鳴らすのも忘れない。
その理由は言わずもがな、医務室前に施された“幻惑”を一時的に解除するためにだ。
あぁ…………そうか。
そういうことなのね………………
魔道具師にも矜持があり、依頼人への守秘義務もある。
だからお兄様が直接ロー様に頼んだとしても、おいそれとはそのからくり魔道具を取りには行くことはなかっただろう。
しかし王弟の命令であれば、それに従わざるを得ない。
たとえ、どんなに我儘な命令に聞こえたとしても。
お兄様はロー様の将来のためにも、ロー様の魔道具師としての責任感と誇りを守るためにも、王弟からの命令という体裁を整えたのだ。
そしてそれをわかっているからこそ、スハイル殿下は絶対的権限をフルに使って命じた。
本当にお兄様にも、それに応えたみせたスハイル殿下にも敵わないわね………………
私は僅かに口元を綻ばせながら、ロー様がここに戻って来るまでシャウラが安心して眠れるようにと、カーテンを閉めた。
「で、ローを待っている間に、ちょっと答え合わせをしたいんだけど、いいかな?」
そんなことを言い始めたのは、ロー様とエルナト様が医務室から飛び出していってから、すっかりベッドでくつろぎモードになっているレグルス様だ。
それに同調したのが、ここまでずっと聞き役に徹していたシェアトとサルガス様で、お兄様とアカの間にある椅子へと座り直した私もまた、それに便乗する形でうんうんと頷いた。
そんな私にお兄様は目を細めてから、「何が聞きたい?」と尋ねてくる。
視線は間違いなく私へ向けられていたけれど、その言葉は明らかにここにいる全員に向けられていた。
それを受けて、レグルス様が一番に口を開く。
「まずさ、セイリオスの指示でロ―の店を監視していた者………っていうか、カーテンの向こうで癒し魔法発動中のご本人様から、直接聞いてもいいんだけど………まぁ、取り敢えずその者の報告だと、ローの店から微かに闇の気配がしたんだよね。もしかしてそれって、からくり魔道具から漏れ出していた気配ってことでいいのかな?」
「おそらくそうだろうな。もちろん、実物を見て確認する必要があるが、まず間違いないはずだ」
嫌な予感が当たっちゃったなぁ…………と、首を横に振ったレグルス様だったけれど、すぐに気を取り直したようで、さらに質問を重ねていく。
「だったらさ、その魔道具を持ち込んだというとある高貴な方の従者って、まさかとは思うけど、トゥレイス殿下の従者―――――とか思ってる?」
トゥレイス殿下――――――――という名に跳ねる私の心臓と身体。
再び、心臓が不旋律を刻み始め、カタカタと身体が震え始める。
そんな不甲斐ない私に「ユフィ……」と、アカが声をかけてきたけれど、「大丈夫」と言いたくて精一杯作った笑顔は、あまりにも下手すぎるものだった。
その顔を隠すべく咄嗟に俯いた私の頭の上で、お兄様の大きな手が一つ跳ねる。
「ひゃっ」
完全に不意を突かれた形となってしまい、変な声が出てしまった私だけれど、思わず見つめたお兄様の微笑みの前に、身体の震えが止まる。
そして、心を強く持つのよ、ユフィ………と、自分に言い聞かせながら、お兄様の口からその答えが発せられるのを待った。
「まだこの時点では、絶対にそうだとは言い切れないが、その可能性は非常に高いだろうな」
やっぱり…………という想いが込み上げると同時に、腹の底の沈んでいた不安が一気に浮き上がってくる。
それでも呪文のように言い聞かせておいたおかげで、身体が震え始めることはなかった。
「だとしたら、ナシュ……だっけ?その従者はこないだセイリオスと守護獣殿が気配を感じたという、尋常じゃないくらい闇が深い奴ってことでいいのかな?」
そのレグルス様からの問いに、お兄様は一度私の様子を確かめてから、殊更ゆっくりと口を開いた。
「それもまた可能性の一つだ」
しかし、私たちにとっては、「そうだ」と断言されたくらいの重みがあった。
そのため、すかさずスハイル殿下が確認を入れる。
「ならば、お前の言うところの首謀者は彼らとなり、その彼らの手にはローの魔道具があることになるのだが、だとしたら彼らの目的はなんだ?ローの魔道具で一体何をするつもりだ?いや…………その前にだ。お前はローの魔道具は彼らによって細工されたと思っているようだが、ローに気づかれることなく、どうすればそのようなことができるというのだ?ローの話によれば、その従者が預けていったのは、からくり魔道具とやらだけだったはずだ。違うか?」
「そうだ。彼らがしたことはからくり魔道具を店に預け、ロー殿に今回の魔道具作りに際してのヒントを与えたことだけだ」
「それだけで、彼らの望むものをロー殿に作らせることができたと?」
シェアトからの念押しのような確認に、お兄様はしっかりと頷いた後で、刹那、眠っているシャウラを隠すカーテンに視線を向けてから、そのままサルガス様へと矛先を変えた。
そして、「これはあくまでも私の推測にすぎないが…………」と言い置くと、足を鷹揚に組み直し、再び話し始める。
「今回の件では、偶然が二つ重なったのだと思う。一つ目の偶然はシャウラ嬢がユーフィリナの友人となったこと。二つ目の偶然は、シャウラ嬢がロー殿に魔道具の依頼をしたことだ。一つの目の偶然について知ることは簡単だ。毎日のように二人…………いや、イグニスも入れて三人で図書館に出向いていれば、否応なしに目につく。特にトゥレイス殿下は、ユーフィリナへの接近を考えていただろうから尚更のことだ。まぁ、我々の守りが鉄壁過ぎて、近寄ることもできなかったらしいがな」
お兄様の発言に、アカとシェアト、そしてサルガス様までがその通りだと言わんばかりに頷いている。そのことからして、もしかしてお兄様たちは日々、トゥレイス殿下の気配を感じ取っていたのかもしれない。
私には内緒にしていただけで………………
呑気に図書館に通っていた自分を情けなく思うよりも前に、お兄様たちへの申し訳なさが先に立つ。
と同時に、ゾクッと全身に鳥肌が立った。
しかしお兄様の話はまだ続く。
「それで諦めてくれれば話は簡単だが、トゥレイス殿下の執着の強さからも、それで諦めてくれるわけもない。そこで彼らはシャウラ嬢とイグニス、そして我々をユーフィリナから引き離す手を考えた。とはいえ、我々がそう簡単には離れないこともわかっている。そこで偶然手に入れた情報を使うことにしたのだろう」
「シャウラがロ―殿に魔道具を依頼したことですね」
テンポよくそう返してきたサルガス様に、お兄様は目を細めることで肯定する。
「実際どのようにして、その情報を手に入れたかまではわからないが、まぁ、シャウラ嬢とロ―殿の密会の場に偶然居合わせることはないだろうから、大方、従者にでも跡をつけさせたのだろうな」
一国の第二王子たるものが、相変わらず姑息な真似を………と、ぶつぶつとぼやくスハイル殿下に、同感、と肩を竦めてから、お兄様は再び口を開いた。
「以前、ハンカチーフを落とすという姑息な手段を使ってまで、ご令嬢たちの魔力量を測っていたトゥレイス殿下は、シャウラ嬢の魔力量について事前に把握していたに違いない。そして手にした今回の情報だ。利用しない手はないだろう?」
私なら利用する――――――という台詞を暗に含ませて、お兄様は首を蠱惑的に傾げてみせた。
そんなお兄様に眉を寄せながら、スハイル殿下が確認する。
「つまりこういうことか?トゥレイス王子は偶然、ユーフィリナ嬢とシャウラ嬢が友人であることを知り、さらに偶然、シャウラ嬢の悩みを知ったことで、それを利用しユーフィリナ嬢からお前たちを引き離す方法を考えたと」
「そうだ」
あくまでも推測に過ぎないと言っておきながら、お兄様が断言した。
そのことに、スハイル殿下はロイヤルカラーであるブロンドの髪を忌々しそうに搔き上げる。
それから、一度ガックリと項垂れると、声を絞り出すように告げてきた。
「だとしてもだ。私にはわからない。そこからどうしてからくり魔道具へと結びつき、ローの作った魔道具に細工ができたのか。さらに、どのようにして今回の事件を引き起こすことができたのか………まるでわからない」
それに同調したのはレグルス様だ。
「わかるわけないよ。セイリオスの思考回路は、おそらくからくり魔道具のからくり並みに複雑だからね。けれど、可能性の一つでしかない例の闇の深い従者が、かなりの曲者っぽいよね。これは俺の勘だけど、トゥレイス殿下に今回の件で知恵を授けたのはそいつじゃないの?」
そこまで口にしてから、レグルス様は私をチラリと見た。そして、とんでもない言葉を付け加える。
「人間の皮を被った“魔の者”と言ってももはや過言ではないほどの闇を持った従者がね」
ひゅっ…………
私が息を呑む。と同時に――――――
「「「レグルス(殿)ッ!!」」」
と、スハイル殿下とシェアト、そしてサルガス様から上がる声。
お兄様とアカは沈黙したままで、その沈黙がかえってレグルス様の言葉に真実味を持たせるようで怖い。
けれど、レグルス様がいうその者が、以前食堂でお兄様とアカが感じた、“異様に闇が深い人間”のことを指すなら、確かあの時お兄様はこう言っていたはずだ。
『その肉体が人間であることは間違いない。だが、“魔の者”と縁を結んだか、もしくはすでにその魂は生きながらにして“魔物落ち”してしまっている可能性もある。もちろん抱えている闇がただ異常なほど深い人間だという線も捨てきれない』
――――――――――と。
決して、“人間の皮を被った“魔の者”とは言っていなかったと思う。
単なる表現の違い?
いいえ、違うわね。
どれ程闇が深くとも、“魔の者”と縁を結び、生きながらにして“魔物落ち”してしまったとしても、中身はまだ人間であることに変わりはない。
でも、レグルス様の言葉通りなら、その人の中身はもはや人間ではなく、“魔の者”ということになる。
これは一体どういうことなの……………
恐怖が先に立ち、考えることを放棄しようとする頭で、必死に考えようとする。しかし考える前に、レグルス様の声が私の思考を止めた。
「どうして咎められる必要がある?確かにあの時は、ユフィちゃんを思ってセイリオスは明言を避けた。けどさ、その中身が“魔物の落ち”したかもしれない人間と、その皮以外丸っと“魔の者”では天と地ほど差があるんだよ。だからこそ、シェアトとサルガスにも一応情報共有しておいたほうがいいと話したんだよ」
「そ、それはそうです。我々がそのことを知らなれば、いざという時に後れを取る可能性もあります。ユーフィリナ嬢を守る者の一人として、それは知っておくべき情報です」
「そうだ。シェアトの言う通りだ。俺たちにとってそれは知っておくべき情報だ。でもさ、それはユフィちゃんにも言えることなんだよ。確かにあの食堂の時点では、ユフィちゃん自身まだ自分が“神の娘”の生まれ変わりであるとの自覚もなければ、それを認めることにも躊躇いがあった。でも、今は違う。自覚はなくとも、自分の意志でその能力を使おうとし、そして使った。今のユフィちゃんには、“先見”を覆すほどの強い意志と、戦う意志がある。そして何より、エルナトも言っていたように、“神の娘”の能力の発動条件が、この世界の運命を変える程の望みであり、それこそが正しき未来であると、世界が認め、受け入れた時のみ――――だとするならば、ユフィちゃんは知らなければならない。神の鏡として、良心として、真実を知らならなければいけないんだよ。そしてその真実を、ユフィちゃんから遠ざける行為は、大事な武器を手渡さないと同じだ。それはユフィちゃんを守っているとは言えないと思うんだけど…………セイリオスは、どう思う?」
お兄様はこれ以上なく痛い顔をした。
レグルス様の言葉がまるで的確にお兄様の痛点を突いたかのように。
けれど、それも刹那のこと。
お兄様は一切の感情と表情を消し去り、告げる。
「異論はない。だが、相手の意志を無視して伝えるのはまた違う。それは心を侵しているのも同じだ。今のレグルスが“人酔い”で苦しんでいるようにな」
今度はレグルス様が痛い顔をする。
そんなレグルス様を暫し見つめてから、お兄様は私へと視線を向けた。
「私は駄目だな。お前のこととなると、何度も、何度も間違う。今度こそは正しくあろうと思うのに………ユーフィリナ、すまない………」
「お兄様…………」
戸惑いに揺れた私の瞳と声。
お兄様は一度は閉じた感情から心痛の色を持ち出すと、そのアメジストの瞳に滲ませた。
「そうだ。この件にはトゥレイス殿下と“摩の者”が深く関わっている可能性がある。もちろん聞きたくなければ、耳を塞いでもいい。私たちがお前を守ることに変わりはないのだから」
私は首を横に振った。
けれど、自分でもこの首振りが何を意味するのかわからなかった。
聞きたくないということなのか。
耳は塞ぎたくないということなのか。
それとも、これ以上私を守って傷つかないでということなのか。
まるで、頭と心が切り離されてしまったかのように、行動と感情と思考がバラバラだ。
それでも私の口は、お兄様に問いかける。
「その……“魔の者”は……まさか…………」
私の脳裏に浮かぶのは―――――――
少し癖のある黒髪に、黒い瞳。
右目の下の泣き黒子のせいもあって麗しさの中にも甘さと色気があり、表情も豊かで、人懐こい笑みを持つ……………………
「ア……リオト…………」
問いかけたにもかかわらず、結局自問自答のようにその答えを口にした私に、お兄様は一拍置いて頷いた。
「あぁ……アリオトは今度こそお前を手に入れるために復活した。おそらく銀の魔道具は、アリオトの手中にあるはずだ」
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
やっぱり出てきたアリオトとトゥレイス殿下。
厄介です。
私にとっても厄介です。
どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




