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“先見”と“忘却”は私が覆します(10)

 夢幻から現へ――――――――

  

 どんな“幻惑”をお兄様に見せられて見せられていたのかはわからないけれど、魔道具師のロー・セルペンティス様は号泣しながら現実世界へと戻ってきた。

 その様子に思わずお兄様を睨むけれど、お兄様はどこ吹く風だ。

 ただ止め処なく流れ落ちてくる涙に戸惑いつつも、ロー様はあの時のように「こ、これは違うんです……」と告げて、ポロポロと涙を零す。

 相変わらず、何が違うのかさっぱりわからない。

 そんなロー様にエルナト様が、素早くハンカチーフを差し出した。

 はじめは恐縮していたロー様も、「殿下の御前ですよ」という、エルナト様の耳打ちに、まるで我に返ったかのようにそれを受け取り、大急ぎで涙を拭いた。

 そしてロー様が居住まいを正したところで、スハイル殿下が声をかける。

「魔道具師、ロー・セルペンティス、君に聞きたいことがある」

「なんなりと…………」

 青白い顔のまま、椅子から立ち上がり、床に片膝をつくロ―様。

 さすが元貴族だけあってその所作に無駄な動きは一つもない。

 頭を下げて、スハイル殿下の言葉を待つロー様に、スハイル殿下は小さく頷くと、先を続けた。

「シャウラ嬢が持っていたという銀の魔道具は、君が作ったもので間違いないか?」

「相違ありません」

「それが如何なる魔道具か、教えてもらえるだろうか」

「もちろんでございます。ただ…………」

 ロー様は承諾しておきながら言い淀む。その理由を察したスハイル殿下が、言葉を重ねた。

「わかっている。魔道具師にも依頼主に対して守秘義務があることはな。だが、私は本件における原因追及をしなければならない。そして場合によっては、君を処罰することにもなるだろう。しかしそれは、すべてを知ってからだ。ゆえに、命じる。話せ」

 当然のことだけれど、ロー様よりスハイル殿下のほうが年下だ。

 いや、守護獣であるアカを除いて、ここにいる全員がロー様より年下となる。

 しかし、この国の中枢にいる彼らには圧倒的な力と、存在感という名のオーラが出ており、ロー様は完全にそれに呑まれてしまっているかのようだった。

 しかも、王弟殿下に命じられてしまえば、それに従うより他ない。

 そのためロー様は意を決したように口を開く。

「申し上げます。あの魔道具は西の公爵令嬢、シャウラ・オッキデンス様のご依頼…………いえ、ご相談を受けてお作りしたものでございます」

「で、その魔道具で何ができる?」

 スハイル殿下は既知の事実であるにもかかわらず、決して自分からはその内容について口にすることはなかった。

 何故ならロー様の口から直接証言を取ることに、意味があるからだろう。

 私はそのやり取りを、息をすることも忘れて、ただただ見つめる。

「この魔道具は、魔力吸収を行うためのものです。魔力あたりを防ぐために…………」

 そう答えながら、ロー様の視線は一瞬流れた。

 そして流れ着いた先には、険しい表情でロー様を見つめるサルガス様。

 しかし、気まずさゆえか、ロー様の視線はサルガス様に留まることなく再び泳ぎ、そのまま床に落ちてから、伏せられる。

「では、なぜそのようなものを作った?」

 スハイル殿下からすかさずきた質問に、ロー様は目を伏せたままで、言葉を選びに選び口にする。

「シャウラ様から、兄君であるサルガス様のお手を煩わせることなく、魔力調整ができるものがないかと、相談を受けたからです。私は魔道具師として、シャウラ様のお役に少しでも立てればと思い、あの魔道具を作りました」

「なるほどな。それで、その仕組みはどうなっている?魔道具師として秘密にしたいことかもしれないが、今はかけられた嫌疑を少しでも晴らすためにも話せ」

「私のような者に対し、お気遣いありがとうございます。もちろん、この度の件を引き起こした身として、すべてお話いたします。あの魔道具には魔力吸収の魔法陣と、魔力封印の魔法陣、そして魔力放出の魔法陣を施しております。さらに、封印した魔力が圧縮され過ぎないように、魔力縮小の術式を箱の内部に仕込んでおります。ですから…………」

「まかり間違っても、あのように暴走することはないと?」

 スハイル殿下の確認に、「はい、仰る通りでございます」と、ロー様は深々と頭を下げた。

 ここまでの話をそのまま受け取るなら、ロー様に悪意はない。むしろ、シャウラのために最善の魔道具を作ったように思える。

 そう、あくまでもロー様のこの言葉を全面的に信じるならば………………だけれど。

 スハイル殿下もまた、真摯に答えたロー様がとても嘘を吐いているようには見えなかったらしく、あの魔道具が善意によるものなのか、悪意によって作られたものなのか、判断しかねるようで、お兄様に委ねるべく視線を向けた。

 お兄様はその視線を受け、「私からも少しロ―殿に質問していいだろうか?」と確認する。

 スハイル殿下が頷くのを、しっかりとその目におさめてから、お兄様は改めて口を開いた。

「ロ―殿の話がすべてが真実ならば、今回のような魔力暴走は起こらなかったはずだ。だが、実際には起こってしまった。それもだ。シャウラ嬢の魔力は縮小されるどころか、強化されていた。魔力変換までされてだ。これをどう説明する?」

 ロ―様は寝耳に水といった顔で、お兄様を見上げた。

 そしてプルプルと震えるように小さく首を振る。しかしすぐに、自分にかけられた本当の嫌疑について理解したらしく、ロ―様は全力で首を横に振った。

「違います!私はそんな仕掛けを施してなどいません!それに、魔力吸収することでシャウラ様の負担にならないようにと、予め魔力吸収の魔法陣に制限をかけていたんです。だからこんなことが起こるはずがないのです!なのに…………なのに、あのようにシャウラ様の魔力を枯渇させてしまうなんて…………ましてや、魔力強化や魔力変換の魔法陣も、術式も、一切組んではおりません!私が……この私がシャウラ様を苦しめるような魔道具を作るはずがないのです。私が……シャウラ様に…………」

 ロ―の頬を伝う涙。

 たとえどんなに言い淀んだとしても、ここにいる誰もがロ―様の気持ちが手に取るようにわかった。

 ロ―様はシャウラに対して、ただの依頼人と魔道具師以上の気持ちを持って、あの魔道具を作ったのだ。

 ただ一途にシャウラのことだけを想いながら…………


 私たちの間に降りる沈黙。

 サルガス様は、心痛な面持ちのまま、握った拳を震わせている。

 ロ―様の想いを知った今、握った拳をどこに向けたらいいのか、サルガス様自身わからなくなっているのだろう。

 お兄様はそんなサルガスを見やってから、ロ―様に視線を戻した。

「それを証明できるものはあるか?」

 ここは感情だけに流されるわけにはいかないと告げるように、お兄様の声音はとても冷ややかだった。

 しかしそれは、当然のことだと思う。

 ロ―様の証言がどうであろうとも起こった事実がすべてだ。

 シャウラの魔力は枯渇し、さらにその魔力は、魔道具によって強化されただけでなく、闇属性に変換された上で、放出された。

 そして、その魔道具が消えてしまった今、ロ―様の言葉を裏付けるための物的証拠がいる。

 起こった事実を変えることはできなくとも、ロ―様の証言が嘘ではないと証明するために。

 ロ―様の顔に戸惑いが浮かぶ。

 その表情を見る限り、証明できそうなモノがないのでなく、それを見せたくないのだとわかる。

 しかし、その理由が私にはさっぱりわからない。

 それで疑いが晴れるなら、私だったら喜んで差し出すのに………と。

 そんな私の疑問に答えるように、お兄様がもう一度口を開いた。

「あるはずだ。魔道具師の命とも言える魔道具の魔法陣と術式を記したモノが。しかし、見せたくない気持ちもわかる。それを王国特許商号権を取得前に、誰かに見せるということは、魔術師が自ら仕込んだ術を詳らかし、種を盗んでくださいと宣言しているも同じだからな。魔道具師として名声を得たいと望むなら尚更なことだ。身分違いを覆すほどの財を成すことで、一度は家の後継者問題から身を引くために手放した爵位を、再び手にすることも可能だろう。たとえば、愛しく想う公爵令嬢のためにな」

「なっ……」

 どうやら図星だったようで、ロ―様の青白かった顔に紅が差した。

 秘していたはずの気持ちを、正確に読み解かれて、ロ―様は忽ち赤面の呆け顔となる。

 しかし一瞬で我に返ると、赤面のまま全力で否定する。

「ち、違います!そんな恐れ多いことを考えたりなんかしません!あのように美しく聡明なご令嬢であるシャウラ様に、私などたとえ爵位持ちであったとしても分不相応でございます!それどころか、今の私はしがない魔道具師でしかありません!そのような私がシャウラ様に大それたお気持ちを抱くことこそ不敬以外の何物でもございません!」

 どういうことだろうか。

 ロー様が全力で否定すればするほど、シャウラのことが好きで好きで堪らないと聞こえてくるのだけれど、私の中でお花畑モードの自己補正が行われているのだろうか。

 けれど、どうやらそれは私だけではないようで、お兄様たちも一様に生暖かい目でロー様を見ているということは、おそらく私と同じ変換が脳内でなされているのだろう。

 そしてそれに気がついたロー様は益々顔を赤らめ、可哀そうなくらい目を泳がせた後、そのまま観念したかのようにがっくりと項垂れた。

 精神的に力尽きたと言っていいかもしれない。 

「…………わかっています。叶いもしない馬鹿な想いを抱いているということは………だからこそ、私はシャウラ様の望むものを作って差し上げたかった。兄君を思う、そんな優しい心根を救う魔道具を作って差し上げたかっただけなのに……それなのに…………どうしてこんなことに…………」

 それはロー様の心からの声だった。しかしそれに対して、真っ向から反論する声が上がる。

「ロー様のせいではございませんわ!」

 凛と言い放たれた言葉と同時に、閉じられていたはずのもう一つのカーテンが開く。もちろんその中にいたのはベッドの上に腰をかけたシャウラと、その横に立つシャムで、気がつけばベッドの下の魔法陣の発光も消えていた。

「シャ、シャウラ様!」

「シャウラ!もう大丈夫なのか?」

 ロー様の驚きを含む狼狽の声と、サルガス様の安堵を含む心配の声に、シャウラはしっかりとした口調で言い切った。

「当然ですわ。それよりお兄様、これは一体どういう状況なんですの?まるでロー様が罪人であるかのように……」

 私たちの話を一体どこからシャウラが聞いていたのかわからないけれど、シャウラの顔が赤く色づいていることからも、ロー様の告白としか思えないあれらの台詞はその耳に届いていたらしい。

 しかしそれには一切触れず、シャウラはこの状況を咎めるようにサルガス様を見据えた。

 そんなシャウラに「そうではなのです!」と、ロー様が必死に首を横に振るけれど、目覚めたばかりのシャウラにしてみれば、ロー様を取り囲んでの断罪の場にしか見えなかったのかもしれない。

 明らかに険を含んだシャウラの問いかけに、サルガス様ではなくスハイル殿下が穏やかに答えた。

「やぁ、シャウラ嬢。随分と顔色がよくなったようで安心した。そしてすまない。こんなところでこのような尋問まがいのことを行い、安静にすべき君に余計な不安を与えてしまったようだ。だが、これだけはわかってほしい。彼を罪人として扱っているわけではないのだよ。我々は知りたいだけなのだ。彼が作った魔道具が、どのようなもので、どうしてこのような事態を引き起こしてしまったのかをね」

 どうやら、中途半端に開いたカーテンのせいで、シャウラの位置からはスハイル殿下の姿は見えなかったのだろう。一瞬、驚きで目を瞠ったものの、そこは公爵令嬢として矜持で立て直すと、今度は慎重に口を開いた。

「まさかスハイル殿下はまでおいでになっているとは知らず、大変失礼をいたしました。ただ失礼ついで申し上げますが、まだ少々目眩がいたしますので、このままベッドの上からの発言をお許しいただきたいのですが………」

「もちろん、構わないよ。それより、私からもお願いしていいだろうか。このロー・セルペンティスにも尋ねていたことだが、何故今回のような魔力の暴走が起こってしまったのか、本件の当事者としてシャウラ嬢からも話を聞きたいのだ」

「当然でございます。私に話せることはすべてお話しいたします。今回の件は、私が魔道具に使い方を誤ってしまったことよる偶発的な事故でございます。ですから、ロー様には一切罪はございません」

 ベッドの上で顔を伏せながら、そう言葉を返すシャウラに、サルガス様は渋い顔をした。

 けれどそれは、使い方を誤ったというシャウラの言葉を信じたがゆえではなく、どちらかというとロー様を庇いたいというシャウラの気持ちが透けて見えたからだ。

 サルガス様は、申し訳なさそうにスハイル殿下を窺いみる。するとスハイル殿下は、サルガス様の視線に小さく頷いてから、そのままお兄様に目を向けた。

 その視線の意味するところは、お兄様にシャウラへの質問を一任したということなのだろう。

 ある意味、丸投げしてきたとも言えるスハイル殿下を、お兄様が軽く睨む。しかし経験則からすぐに、諦めの境地に達したお兄様は小さく息を吐くと、仕方がないとばかりにシャウラへと声をかけた。

「シャウラ嬢、まだ本調子ではないところを申し訳ないが、私からも教えてもらいたいことがある。シャウラ嬢は、魔道具の使い方を誤ったからだと言ったが、どのように誤ったのだろうか?」

「そ、それは……余分な魔力だけを吸い取られるはずが、うっかりすべての魔力を吸い取らせてしまったということですわ。だからこそ私の魔力は枯渇し、あの時無様にも倒れてしまったのです。今、私がここにこうしていることが、何よりの証拠ですわ」

 シャウラは本当にそう信じ込んでいるのか、それともただただロー様を救いたい一心なのか、お兄様から目を逸らすことなくそうきっぱりはっきり断言した。

 しかしそれを否定したのは他でもないロー様自身だった。

「いえ、それはあり得ません。あの魔道具の魔力吸収の魔法陣には、一定量の魔力しか吸い込まないように、制限をかけています。だから、魔力を枯渇させるまで吸い込むなんてことはあり得ないのです!」

「だとしたら、やはり私が誤ってその魔法陣を発動させてしまったのでしょう」

「お言葉ですが、それだけは絶対にありません!」

「わかっています。貴方が一流の魔道具師であることは。だから私が…………」

 けれどここで、お兄様が強引に二人の間に入る。

「いや、それはない。そしてシャウラ嬢、気づくべきだ。彼を庇おうとすればするほど、彼の魔道具師としての矜持を傷つけているということに」

 お兄様の言葉に、シャウラはハッと目を見開き、唇を噛みしめているロー様を見つめた。

 そして、力なく項垂れる。

「ごめん……なさい。私、そういうつもりでは………………」

 声を震わせるシャウラに、ロー様は何度も何度も首を横に振る。

「ちゃんと理解しております。貴方様が私を庇おうとしてくださったことは。しかし、申し訳ございません。これだけは私の魔道具師としての意地で言わせていただきますが、どれだけあの魔道具の使い方を誤ろうとも、魔力を枯渇させるまでの魔力吸収などできるはずがないのです。そして、今日お持ちした魔道具は、魔力放出の不具合を再調整したもの。つまり、あのような魔力放出の誤作動を引き起こすわけもないのです。それだけはどうかご理解いただきたい」

 完全に項垂れてしまったシャウラは、良かれと思ってした発言が、逆にロー様の魔道具師としてプライドを傷つけることになると気づき、自分の浅慮加減を苛んでいるようだった。

 私は思わず立ち上がると、シャウラへと駆け寄り、その身体をぎゅっと抱きしめた。

 羞恥と自分への怒りで震えるシャウラと身体。

 その身体を腕に収めながら、そっと背中を撫でる。

「シャウラ様、大丈夫ですわ。ここにいる方々はロー様を疑い、罰しようとしているわけではありません。ただ、あの魔道具がどのようなものだったのか聞きたいだけです。ですから、ここはお兄様たちにお任せしましょう」

 私の言葉にコクンと頷いたシャウラ様を、私はもう一度ギュッと抱きしめてから、そっと腕から解放した。そしてそのままシーツを握り込むシャウラの手に自分の手を重ね置いて、お兄様を見やった。

 お話をお続けくださいという意を含ませて。

 もちろん察しのいいお兄様は、それに目を細めて返すと、再び口を開いた。

「ロー殿の話はよくわかった。ちなみに、ここで一つ確認だが、魔力放出の不具合とはシャウラ嬢の魔力の濃度に関してだったのではないか?」

 お兄様の言葉に、心底驚いたという表情を見せたロー様は、「その通りでございます」と頭を下げ、続けた。

「最初、私はごく一般的な魔力放出の魔法陣を使用いたしましたが、シャウラ様の魔力は一般的な魔力と違い濃度が高く、放出がままならなかったようなのです。そこで、少し魔法陣の描き込みを行い、放出の際の威力を高めました。だからといって、魔力が暴走するほどのものではございません」

「だろうな。魔力の濃度は魔法の威力に直結するものだ。濃度が高ければ、魔法の発動時間が延び、質も高くなる。またその逆で、濃度が低ければ、粗悪な魔法となりかかりにくくなる。だが、濃度が高くなればなるほど、扱いにくくもなる。シャウラ嬢の場合、魔力量の多さ及び、魔量の濃度の高さで、余計に魔力あたりを起こしてしまっていたのだろう。よくそこに気づいたな。さすが一流の魔道具師だ。そして、どうやら君は私たちの矜持をも守ってくれようとしているらしいが、その心配はない。だから、見せてくれないだろうか。魔道具師の命とも言える魔道具の魔法陣と術式を記したモノを」

 ロー様は顔を上げ、お兄様を真っすぐ見つめると、意を決したように上着の内ポケットから年季の入ったヨレヨレの黒い手帳を取り差した。

 それをお兄様に差し出しながら告げる。

「大変失礼をいたしました。ここに書かれている内容は、とても専門的なものであり、たとえ四大公爵家の一角である南の公爵家のセイリオス様でも、目にされただけでは魔法陣と術式を読み解けないだろうと勝手に思い込んでおりました。しかし、今のお話を聞き、その知識量に大変感服いたしますともに、私の心配は無用なものだったと思い至りました。これがご所望のものでございます。どうぞご覧くださいませ」

「こちらこそ感謝する。魔道具師にとって、その手帳は命よりも大事なものであることは理解しているつもりだ。絶対に他言しないことを南の公爵家の名に誓うとしよう。それとここにイグニスもまた、あらゆる魔法陣に精通している。彼にも見せていいだろうか?」

「もちろんでございます」

 強引に奪うのではなく、真摯にロー様の許可を得てからお兄様はその手帳を受け取ると、丁重にページをめくった。そして(くだん)の魔道具のページを見つけたらしく、そこに記された魔法陣を読み解いていく。

「なるほどな。確かにロー殿が言う通り、この魔力吸収の魔法陣にはリミッターがかかっている。それも、ある一定の魔力を吸い取った時点で、魔法陣は一時的に効力を失うように、術式が組まれているようだ」

「あぁ……間違いない。この魔法陣では、どんなにシャウラが扱い方を間違えたとしても、ローが言う通り枯渇するまでの魔力を吸い取ることはできない。それに、この魔力封印の魔法陣はなかなか強力なものだぞ。魔法陣のレベルで言えば、最高ランクから一つ落ちるくらいのものだ。さらに、何かの拍子で魔道具が壊れた時のために、魔力凍結魔法陣も重ね描きされている。つまり今回の魔力暴走は魔道具の故障が原因ってこともないだろう」

「イグニスの言う通りだな。それにこの術式は、魔力の縮小化を図るものだ。決して強化するものではない。あと問題の魔力放出の魔法陣だが、一度は一般的な魔力濃度に対応するものだったらしいが、ロー殿の言葉通り一つ威力を上げたものに描きかえられている。さらには属性無効化の魔法陣も重ね描きされていることからして、闇属性を含む魔力があれほど大量に暴走することはあり得ない」

 お兄様の言葉に、ビクンッと身体を跳ねさせるように反応したのはロー様で、スハイル殿下とレグルス様は、目を剥きながら全力で口を差し挟んできた。

「いやいやいや、今さらりと流されていった言葉に、とんでもないものが含まれていたのだが、私の耳がおかしくなったのか?」

「スハイル、それを言うなら俺もだよ。でもさ、さすがに二人一緒に…………いや、サルガスやシェアト、ローの様子を見る限りここにいる全員が全員、同じ言葉を聞いたみたいだから、セリオスは間違いなく『闇属性を含む魔力があれほど大量に暴走……』と言ったはずだ。俺たちの精神衛生上、うっかり言い間違えてしまったと、今すぐ訂正を入れてくれると、心穏やかに済むんだけどね」

「悪いな。それは叶わぬ願いだ。実際イグニスは、その闇属性の魔力を一時的に大量に吸い込んだために、感知能力が巧く機能していない状態だ。まぁ、三割くらいは戻ってきているようだがな」

「五割だ」

 間髪入れず、アカの訂正が入り、お兄様は肩を竦めて見せた。それからロー様へ向き直ると、借りていた手帳を返す。

「そう、ここに書かれている内容のモノが、(くだん)の魔道具に使用されているのなら、何も問題は起こらなかったはずだ。しかし、暴走は起こった。それは事実だ。その事実をしっかり受け止めた上で、答えてほしい」

 しかしここでまた、黙ってはいられないとばかりにシャウラが割り込んだ。

「失礼ながらセイリオス様、それではまるでロー様が魔道具に細工をしたようではありませんか。さすがにそれはお疑いが酷いように思われますわ。それに、その事実を確かめたいのであれば、あの魔道具を直接ご覧になればよろしいのではなくて?ロー様のお疑いを晴らすためなら、喜んでご提供いたしますわ」

 そう意気込むシャウラに、すかさずサルガス様が窘めるように告げる。

「シャウラ、いい加減にするんだ。それに、それができるくらいなら、はじめからしている。現在、あの魔道具は行方不明だ」

「ま、まさか………そんな……………」

 ロー様の無実を証明するモノがないと知り、シャウラの顔が一気に青ざめた。

「シャム、シャウラ嬢に癒し魔法を施せ。ユーフィリナ、シャウラ嬢はまだ眩暈が酷そうだ。横になるのを手伝って差し上げなさい」

 お兄様はシャウラのすぐ横に控えていたシャムと私にそう命じると、今度は口調を穏やかなものへと変える。

「シャウラ嬢は、どうやら勘違いされているようだな。ロー殿の潔白はすでにこの手帳で証明されている。魔道具師にとってこの手帳は命よりも大切なモノだ。それを私に差し出した。それは魔道具師としての矜持もすべて差し出したの同義だ。実際ここに記されている内容に嘘はないだろう」

「……………も、申し訳ございません。勝手な思い込みで、またしても浅慮な発言をいたしました。お恥ずかしい限りでございます。セイリオス様、重ね重ねの非礼をお許しくださいませ」

 お兄様に頭を下げるシャウラに、「シャウラ様、さぁ横になりましょう」と促すと、シャウラは一筋の涙を頬に伝わしながら、ベッドへ横になった。私はそれをハンカチーフでそっと拭う。

 するとシャウラは目を閉じながら「ごめんさない、ユーフィリナ様」と告げてきた。

 正直、この謝罪が、私と約束した放課後にではなくお昼休みにロー様と会っていたことに対する謝罪なのか、それともこうして付き添っていることに対しての謝罪なのかわからなかったけれど、「いいえ、今は気にせず、早く元気になってくださいね」と、微笑みながら返す。

 その言葉が呼び水となってしまったのか、シャウラの閉じられた瞼から、一つ、二つと涙が零れ落ちた。

 

 シャムが放つ癒しの魔法の光に包まれる医務室。

 ロ―様は心配そうにシャウラを見つめていたけれど、お兄様の視線に気づき、即座にシャウラへ向ける心配の情を掻き消した。

 そして、お兄様の言葉を真摯に待つ。

 

「もう一度言うが、暴走は起こった。それは紛うことなき事実だ。おそらくあの魔道具には、闇属性への魔力変換の魔法陣が秘されていたのだろう。そこでだ。事実は事実として受け止め答えてほしい。ロー殿以外にあの魔道具に対し細工ができる人間、もしくはそれらしき存在、気配がなかったか、思い出してくれ」

 

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


サルガス&シャウラ編もいよいよ大変な事になってきましたね〜

次回は、またまたあの人の影がちらりほらり………


どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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