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“先見”と“忘却”は私が覆します(8)

 残酷だと思った。

 こんな未来はあんまりだと思った。

 なのにその未来が現実となり、今目の前にある。

 足が戦慄く。

 こんな光景は見たくないと、震える手が視界を塞ごうとする。

 でも、最後まで諦めないと決めた。

 目に映る現実がどれほど動かし難いものであったとしても、希望は最後まで捨てないと決めた。

 だから……だから………………

 私は残酷な今を見据える。

 たとえどんなに絶望の影しか見えなくとも、必ずどこかに希望の光があると信じて――――――――――


 

「シャウラ様ッ!」

 アカの結界が消えると同時に、私はシャウラに向って駆け出した。

 うつ伏せのためわかりづらいけれど、目立った外傷はないように見える。

 しかし、前世で聞いた倒れている人を無闇に動かしてはいけないという、うろ覚えでしかない知識を引っ張り出し、私はそのまま状態でシャウラの首元に手を伸ばした。

 もちろんシャウラの呼吸を確かめるためにだ。

 そして、震える手でシャウラのひんやりとした肌に触れた。

 今はその冷たさが、忽ち私の心を凍り付かせる。

「……………………」

「…………ユフィ……どうだ?悪いが、さっき闇を吸い込んだせいで、感知能力が著しく低下している。いつもならすぐに感じ取れることも、今は駄目だ…………シャウラは大丈夫なのか?ユフィの口で教えて欲しい……」

 気怠げな口調でそんなことを言いながら、アカもまた身体を引き摺るようにして、シャウラを目指してゆっくりと近づいてくる。

 私は涙でぐちゃぐちゃとなった顔をアカに向けた。

「か、微かだけれど……脈があるわ……シャウラ様は死んでない…………生きてる!アカの結界は間に合ったのよ!」

「そうか………それはよかったな…………」

 やれやれと謂わんばかりにそう呟き、アカは一つ安堵の息を吐いた。

 しかし、それも刹那。

 アカはすぐに険しい表情となると、視線を教室の奥へと向けた。

 私もそのアカの視線を追うようにして、視線の矛先を変える。

 涙でぼやけてしまった視界に広がるものは、教室とは名ばかりの瓦礫と化した空間。もはや窓と呼べるものは一つもなく、隣の教室も丸見えとなっている。そして教室というからにはそこにあったはずの机と椅子も、シャウラの魔力の暴走に巻き込まれ、何処かに吹き飛ばされてしまったらしい。

 そして、床に倒れ込んでいる人と思われるモノ。

 確かめるまでもなく魔道具師のロー・セルペンティス様だ。

 私の記憶が正しければ、銀の魔道具からシャウラの魔力が放出された時、彼はしだれかかるシャウラを支えていた。

 それが今、シャウラから五メートル以上も

離れたところで倒れているということは、少なからずシャウラの魔力に巻き込まれてしまったからなのだろう。けれど、シャウラにアカの結界が間に合ったならば、彼にも………………

 あくまでも希望的観測だった。

 しかし今はそれに賭けたかった。

「ユフィはここにいろ」

 そう言い置いて、彼へと近づいていくアカの背中を見つめる。

 歩き方一つにしても、今のアカにはいつもの軽快さはなく、まるで身体に重りを付けられているかのような動きだ。

 アカがここまで怠そうにしているところをみると、身体に取り込んだ闇はかなりの量だったのだろう。

 忽ち私の眉間に皺が寄る。

 言うまでもなく、アカの身体も心配だ。

 けれど、今は意識のない二人の方が最優先だった。

 彼の前に立ち、見下ろすアカ。

 しかし、感知能力が落ちている状態では、すぐに判断がつかないらしく、片膝をつくことでさらにロー様に近づいた。

 そして深いため息を吐く。

 けれどそのため息が、安堵からくるものなのか、悲嘆からくるものなのか、距離があるせいで判断が付かない。

 そこで――――――――

「アカ……?」

 答えを急くように呼びかける。

 するとアカは、どっかりと床に腰を下ろし、ほとほと疲れ果てたと言わんばかりに、ガックリと項垂れた。そしてようやく待ちに待った答えをくれる。

「…………こちらもなんとか間に合ったようだ。生きてる…………」

 その言葉に、私もぺたりと床に座り込んだ。身体中の力がごっそり抜け落ちてしまったらしく、暫く立てそうにない。

 けれど、これだけは確認しておかなければならないと、アカに再び声をかける。

「アカは………イグニスは大丈夫なの?」

 散々“アカ”と呼び倒した後だけれど、ここはしっかりと言い直す。

 少し自分の中に冷静さが戻ってきた証拠だ。

 アカはそれに笑みらしきものを零して、私の問いかけに対する答えではなく、質問を返してきた。

「…………無意識か?」

 アカの質問の意図するところは、呼び方のことではなく、私が行使したと思われる“神の娘”の生まれ変わりとしての能力のことだとすぐにわかった。

 さすがにそこまで愚鈍ではない。

 だから私は、正直に首を横に振った。

 無意識ではない。

 私はしっかりとその能力の発動を願い、行使したという自覚があったからだ。

 しかし私の口は心許なげに「でも………」と呟いていた。

 無意識でも無自覚でもない。

 私は確かに自分の意志で“神の娘”生まれ変わりとしての能力を発動した…………と思う。

 けれど、実際にしたことと言えば、その能力がどのようなものなのか、具体的には何一つわからないままに、ただ望みを叫んだだけだった。

 だからどうしても、胸を張って、そうだ!と言い切れない自分がいる。

 そんな私の曖昧で微妙な気持ちがアカに伝わったのだろう。

「それでいい。千年前のフィリア自身も、自分の能力がどんなものか知らなかった。守護獣であるオレたちも知らない。それこそ“神のみぞ知る”、だ」

「……………………………はい?」

 まずは我が耳を疑う。

 人間、疲れすぎると幻聴が聞こえるようになるらしい。

 うん、これは末期だわ。

 今日は早く休みましょう。

 なんてことを考えている間も、私は呆け顔のままで固まっていたらしく、アカは少し言い方を変えて、同じ内容を繰り返す。

「フィリアも、オレたち守護獣も、その能力がどんなものか知らない。知っているのは神だけだ」

 そんな馬鹿な…………と思う。

 自分の能力がわからないままに発動させるなんてことが、実際あり得るのだろうか。

 いや、今の私がまさにそれ状態だから、あるといえばあるのだろう。

 とはいえ、あっさり納得できてしまうほど、そこまで単細胞ではない。

 自分の手にしている武器が、銃なのか剣なのか何かもわからないままに、戦ってこい、と言われているのも同然だ。

 こんな正体不明の能力なんて……全然有り難くもなければ、凄いとも思えないわよ………

 もはや驚きを通り越して、やさぐれたくなってくる。

 しかしアカには、そんな私の気持ちもお見通しだったようで、ダルそうな身体をククッと短く笑うことで揺らすと、もう一度口を開いた。

「だが、これだけは間違いない。ユフィは、オレたちを救ってくれた。オレが吸い込んだシャウラの魔力も闇も身体から消えている。それでもまぁ、暫く身体は重いだろうが、そんなものはすぐに治る」

「イグニス………」

「それにだ。正直、オレの結界は最後まで持たなかったに違いない。シャウラやこいつが今生きているのは、ユフィのおかげだよ。そして………」

 そこまで告げてから、アカは視線を私から明後日の方へと向けた。

 アカの視線の先には、廊下と教室を隔てる壁があったところだ。

 今は壁の残骸らしきものがあるだけで、非常に開放感あふれる状態になっているけど。

 そんな空間を見つめたアカは、ゆるりと目を細めた。

「あいつらが、ここまでやって来れたのも、ユフィのおかげだ…………それにしても、あれほどの慌てっぷりもなかなかにないぞ。感知能力などなくともすぐわかる」

「えっ?」

 感知能力がなくても感じ取れるものを、まったく感じ取れない私って、第六感どころか、五感のすべてが死んでいるのではないかしら? 

 という、とんでもない欠陥が新たに判明しそうなところで、私もようやく気づく。

 廊下に響く足音。

 そしてさらにそこで響く声が、誰なのかを教えてくれる。

「ユーフィリナッ!」

「ユーフィリナ嬢!」

「シャウラ!ユーフィリナ嬢!」

 あぁ…………これで本当にもう大丈夫だわ。

 そう感じた瞬間、私は叫び返していた。

「お兄様!シェアト様!サルガス様!ここです!魔法準備室です!」

 今や、魔法準備室だったと思しき場所――――――と、成り果てた教室。

 おそらく、廊下も燦々たることになっているだろうことは想像にかたくない。けれど、お兄様たちには感知魔法がある。

 私の鈍い五感の何百万倍もの鋭さをもって、私が場所を知らせるまでもなく、ここへやって来るだろう。それでも、安堵と歓喜で逸る気持ちを抑えきれなかった。

 瞬間――――――――

 張っていた緊張の糸が切れたように、意識を手放しそうになる。

 しかし、ここで呑気に気を失ってお兄様たちの手間を増やすわけにはいかない。

 私は気合を入れるためにも、再びシャウラに向き直り、床に投げ出されたままの手を握った。

「シャウラ様、もう大丈夫ですよ。サルガス様が駆けつけてくれましたからね」

 当然、シャウラからの返事はない。

 握った手も冷たい。

 でも脈はある。

 息もしてる。

 生きてる。

 今の私にとってはそれがすべてだった。



 お兄様たちは私たちを見つけるなり、絶句した。

 そりゃそうだろう。

 スハイル殿下が語った“先見”と同じ光景がそこにあったのだから。

 けれど、やはりお兄様たちの感知能力は優秀だったようで、シャウラの生存を一瞬で感じ取り、三者三様に安堵の表情を浮かべた。

 そして、シャウラはすぐさま医務室へと運ばれることとなる。

 もちろんその担い手は、サルガス様………ではなく、お兄様の一声で呼び出されたシャムだ。

 普段垂れ耳でありながら、素晴らしい聴覚を持つシャムは、今日も例に漏れず文字通り飛んできて、これまた例に漏れずお決まりの文句をプリプリと口にする。お約束の身繕い付きで。

「毎回毎回、セイリオスはシャムをこき使いすぎにゃ!それに今は医務室が大変なことになって…………って、その娘の魔力は完全に枯渇してるにゃ!医務室に今すぐ運ばなきゃ駄目にゃ!」

 途端に、その場で地団駄を踏みながらワタワタとし始めたシャムに、私はモフモフ依存症を発症し、今すぐにでも撫でたい衝動で勝手に指がわなわなと動く。ちょっとした禁断症状のアレだ。

 それを呆れ顔で見つめていたお兄様は、やおら私からシャムに視線を移すと、業務連絡をするかのように淡々と告げた。

「だからシャムをここに呼んだのだ。とにかく全速でシャウラ嬢を医務室まで運べ。そして、魔力増強の魔法陣を最大出力で発動するんだ。いいな」

「わかったにゃ!」

 さっきまで文句を言っていた同一人物……もとい、同一ウサギとは思えないほどの物わかりの良さで、シャムはシャウラを抱き上げると、数十分前までは窓だった場所から飛び出した。

「シャ、シャム!シャウラ様をもう少し丁重に…………」

 という私の言葉は、シャムに届くことなく、行先を失って宙に消える。

 そのシャムを追って、サルガス様が咄嗟に踵を返そうとしたけれど、すぐに思い留まり、その場で深々と頭を下げる。

「ユーフィリナ嬢、守護獣殿、シャウラを守っていただきありがとうございました。後ほど改めてお礼を言わせていただくが、感謝してもしきれないという気持ちだけは、先に伝えさせていただきたい」

 なるほど………

 シャウラのことが心配で堪らないけれど、シャウラの兄として、また、西の公爵家の者として、まずは礼節を重んじたのね。

 生真面目で堅物なサルガス様らしいわ、と思いながら、依然として震えが止まらない足に気合を入れて立ち上がり、今できる精一杯の微笑みを作り、口を開く。

「サルガス様の気持ちは十分にいただきましたわ。それに友が友を救うのは当然のことです。ですから、シャウラ様の友人としてお願いします。私も後程参りますが、どうかそれまでシャウラ様のことをよろしくお願いいたします」

 それこそ兄だから当然と言われてしまえばそれまでのお願いをして、私はその場で頭を下げる。

 私とアカがシャウラを救おうとしたのは何も特別なことではなく、サルガス様が兄としてシャウラを心配し、助けようとしていたことと、なんら変わりはないのだと伝えるために。

 そんな私をサルガス様はまじまじと見つめてからふと目を細めた。そして苦しそうに声を絞り出す。

「本当に君って人は…………ありがとう。シャウラの友となってくれて。心から感謝する。君にお願いされた通り、シャウラのことは私が任されよう。そして言質を取るつもりはないが、落ち着いたらでいいから、シャウラのところへ来てやって欲しい。私も待ってる」

「えぇ、必ず参りますわ」

 まだまだいつものサルガス様には程遠かったけれど、まったく色のなかった顔に薄っすらと紅が差したことに私はホッとする。

 そんなサルガス様を見て皆一様に安心したのか、急にあからさまな追い出しを始めた。

「サルガス殿、シャウラ嬢のところへ向かわなくてもいいのか?早くシャムを追いかけた方がいいぞ。なんなら、シャムのようにそこから飛び降りれば、かなりの近道となる」

「セイリオス殿の言う通りですよ。今すぐシャウラ嬢のところへ行ってあげてください。ユーフィリナ嬢のことは、我々に任せて」

「オレへの礼も受け取った。だから、気にせずさっさと行け」

 まるでしっしっと手を払わんばかりの追い出しっぷりに、何もそこまで急かさなくとも…………とは思うけれど、シャウラが目覚めた時に、傍にサルガス様がいるのといないとでは、安心感が全然違うはずだ、とすぐさま思い直す。

 そのため私も、お兄様たちに倣うことにした。

「私からもお願いします。今すぐシャウラ様のお傍に……」

 何故かサルガス様は半眼となり、お兄様たちを睨んでいたようだけれど、私の言葉に我に返ると、「ありがとう。では失礼する」と言い残し、この場を後にした。

 もちろん窓ではない方から。

 おそらく、生徒会長してこの場を放置していてシャウラを優先させることに、多少の後ろめたさがあったのだろう。

 それをお兄様たちに後押しされ、さらには私からもお願いされたことにより、ようやく踏ん切りがついたらしい。

 サルガス様は本当に生真面目すぎるきらいがあるわよね。

 こういう時は自分の大事な人を優先してもいいというのに…………

 なんてことを思っていると、お兄様がやれやれとため息を吐いた。

「こんな時だというのにサルガス殿の心を奪い、足を止めさせてしまうとは…………どれだけ魔性なのだ」

「しかも無自覚だから厄介なのです。それにしても……あの堅物なサルガス殿まであのようになってしまうとは……」 

「まったくだ。おかげでオレも苦労が絶えない…………」

 お兄様たちも少なからず、サルガス様の責任感の強さやら、少しお堅い性格やらに憂いているようだけれど(途中、無関係に思える単語もいくつかあったけれど)、どうやら概ね私が考えていたことと相違ないようだわ、と嬉しくなる。

「そうですね。生真面目すぎるサルガス様には、あれくらいの追い出しが必要ですよね。お兄様たちの気持ちが通じてよかったです」

 思ったままにそう告げると、異なことを聞いたとばかりにお兄様たちは仲良く目を瞠った。

 そして、これまた意思の疎通もバッチリに、同じタイミングで深々とため息を吐く。

 あらあら、なんてシンクロ率なのかしら?

 そこに同調できない私はなんだか仲間外れみたいね。

 と、ちょっと口を尖らせる。

 そんな私を見て、「「「そんな可愛い顔はいらない!」」」と、再び見事なシンクロ率を見せたお兄様たちに、私が首を傾げたのは至極当然なことだと思う。



「で、この男はどうするんだ?」

 アカの問いかけに、私たちの視線がすべて魔道具師ロー・セルペンティス様へと向かう。

 彼もまた意識のない状態には違いなかったけれど、お兄様は一瞥しただけで言い切った。

「問題ない。シャウラ嬢の魔力に当てられて、その身体と意識を飛ばされてしまったようだが、イグニスの守護結界のおかげで外傷一つない。すぐに意識を取り戻すだろう。それよりイグニス。お前の感知能力のほうが余程問題ありそうだが?」

 お兄様からの鋭い指摘に、アカは床に座り込んだままで肩を竦めてみせた。そして、事実だけを伝える。

「セイリオスも感知していたと思うが、暴走したシャウラの魔力が闇属性を帯びていた。それを大量に吸い込んだことによる食傷気味の後遺症のようなものだ。直に治る」

 アカの話にお兄様はただただ渋い顔をしただけだったけれど、シェアトは驚きのままに口を開いた。

「イグニス殿には、いくら聖なる光があるといっても、闇を含んだ魔力を大量に身体へ取り込んだ状態で大丈夫なんですか?それでなくともあれだけの魔力を吸い込んだのです。聖獣とはいえ、魔力あたりを起こしてもおかしくない。よかったらイグニス殿も医務室に行かれては………」

「あぁ……それには及ばない。というか……シェアトは勘違いしているようだな。確かにオレはシャウラの暴走した魔力を大量に吸い込みはしたが、最終的にシャウラの魔力を完全なる“無”に戻したのは、ユフィだ。そのおかげでオレの中で暴れまくっていたシャウラの魔力と闇の力も消えた」

 その答えにシェアトは驚愕の表情を添えて私へと振り返った。

「あぁ……本当に君って人は………いつだって私の想像を軽く越えて行くんだね………」

 まるで眩しいものを見つめるかのように、シェアトが目を細める。

 しかし、何かしらの能力を発動させた自覚はあるものの、それが何の能力であるかも依然としてわからない私は、スカートを握り締めながらただただ眉尻を下げただけだった。

 そう、居たたまれなかった。

 “できる”という確信が、間違いなくあの時の私にはあったけれど、今それをやって見せろと言われても、とてもできる気がしない。

 話をぶり返すようだけれども、そもそもフィリア本人ですら自分の能力の正体がわからなかったなんて、そんなことがあるのだろうかとまず問いたくなってくる。

 誰に?って、もちろんアカに“神のみぞ知る”と言わしめた張本人である神にだ。

 そして、あの脳裏に響いた声がやはり神“ルークス”のものであるとしたら、有難くも漠然とした助言だけでなく、そろそろ行方不明状態から華麗なる復活を遂げて欲しいものだと切に思う。

 そんな私の心情を的確に読み取ったわけではないだろうけれど、お兄様がポンと私の頭で手を弾ませた。それからお兄様は、改まった口調で告げてくる。

「サルガス殿ではないが、私たちもユーフィリナにお礼を言いそびれていたな。シャウラ嬢の魔力を消してくれてありがとう。おかげで我々はここまで来られた」

 けれど、私はそのお兄様の一言に、顔を綻ばせるどころか、一気に青ざめた。

 何故ならお兄様たちが簡単にはここへ辿り着けないほどに、シャウラの魔力が学園内に影響を及ぼしていたことは明らかだったからだ。

 そういえばシャムも、医務室が大変なことになっていると言っていた。それ相応の怪我人が出たことは間違いないだろう。

 しかも、この最強の魔法使いであるお兄様をもってしても、シャウラの魔力を退けることはできなかった。

 つまり、それほどまでにあの魔力は厄介だったということで、ようやくそのことに気がついた私はお兄様へ向き直り、遅ればせながら現状把握に乗り出す。

「学園の皆様は大丈夫なのでしょうか?救助の手が足りないようでしたら、すぐに参りますわ。それとも怪我人が多いようでしたら、医務室の応援に回りましょう。アカとロー様のこともやはり心配ですから、このまま医務室に連れて行ったほうがいいかもしれませんね。お兄様、私に指示をください!」

 先程まで、安堵ゆえの脱力感からガクガクと震えていた足も、新たな使命を前に今は駆ける気満々となっている。

 そして、私はいつでもどこでも行きますよ!とばかりに両手を握り締め、お兄様を意気込んで見据えれば、そこには目を丸くしたお兄様がいた。

 あらあらお兄様、呆けている場合ではありません!

 人命救助は時間との戦いです!というか、私が寝込んだ時に見せる、犯罪行為さえも厭わないあの積極性を今こそ見せてください!

 そんな思いから「お兄様!」ともう一度呼びかける。

 するとお兄様は、どういうわけか蕩けるような表情で、愛しそうに私を見つめ返してきた。

「いやはや……お前はなんとも愛らしいな。あぁ、私はどうしたらいい?このままお前を屋敷に連れ帰って、存分に愛でては駄目だろうか?」

「駄目に決まっています!それにどうするもこうするも、私に指示を下さい!それともまずは現場に駆けつけて、そこにいる誰かに指示を仰ぎましょうか?」

 もはや完全に公爵令嬢の台詞ではないけれど、誰かの命がかかっているのなら、身分がどうのこうのと言っている場合ではない。

 けれど、お兄様は今にも駆け出しそうになっている私の腕を掴んだ。

「お兄様!」

「いや、すまない。だが、ユーフィリナは誤解している」

「誤解?」

 今度は私の方がキョトンとお兄様を見つめ直す番だった。そんな私にお兄様の一際優しい声が降っている。

「私たちがここに来るのに手間取ったのは、シャウラ嬢の魔力に邪魔をされていたせいではあるが、ユーフィリナが心配するほどの被害はない。学舎の一部に被害が出たことも確かだが、ここほど酷いものではないし、数人の生徒が怪我をしたが、それは打ち身や小さな切り傷程度で医務室に運ぶまでもないものばかりだ」

「でもシャムが…………」

 私が呟くようにそう問いかければ、お兄様は忽ち苦笑となる。どうやら何を思い出しているらしい。

 そんなお兄様に代わって教えてくれたのはシェアトだった。

「医務室に運び込まれたのは、レグルス殿なんだよ」

「どうしてレグニス様が………………」

 驚く私とは対照的に、シェアトは困ったような顔をした。

 もしかしたら、とんでもない大怪我をされたのでは…………などと不安になりかけた私に、意表を突く答えがお兄様からもたらされる。

「人酔いだ」

「………………はい?」

 こてんと首を傾げた私に、今度こそお兄様が親切丁寧に説明してくれた。

 つまり――――――――――


 レグルス様は“読心”の能力者だ。

 普段はその能力を閉じることで、周りにいる人間の心を無闇に読んでしまわないようにしているらしい。

 けれど今回、シャウラの魔力によって学舎の一部が破壊され、さらにはその凄まじい魔力の前にパニックとなってしまった生徒たちの恐怖による強い感情が、一気に流れ込んできてしまったらしい。

 そのせいで人酔いを起こし、スハイル殿下とエルナト様の手で医務室に運ばれたそうなのだけれど………………

「その運ばれる現場を見た女子生徒たちが、医務室に見舞いと称して押し掛けているのだろう。そのせいで、シャムが大変だと口走っていたのだ」

「そ、そうなんですか。レグルス様も災難でしたね」

「今もその災難は続いているだろうが、シャウラ嬢を運び入れたことで一変するだろう。サルガス殿も向かったことだしな」

「そうですね………」

 そうであってほしい、と思いながら頷いた私に、お兄様もまた小さく頷き返す。

 そして、私だけを映していた瞳を、やおらシャウラが倒れていた場所へと向けた。

 束の間、お兄様は無言ままそこを眺め続ける。

 しかし今は何もないそこから目を離すと、今度はぐるりと教室を見回した。 

 もちろんその瞳に映る光景は、まさにスハイル殿下が告げた国王陛下の“先見”そのものので、私はシャウラが生きていたことに、改めて胸を撫でおろす。

 けれど、お兄様は気に喰わないとばかりに眉を寄せた。

 そして再び、シャウラが倒れていたところを念入り確認し、私とアカに尋ねる。

「二人は、シャウラ嬢とその魔道具師以外に、触れたモノはあるか?魔力消失後にだ」

 私とアカは一度顔を見合わせてから、首を横に振った。

「ありません」

「ないな」

 その答えを受けて、お兄様はさらに思案顔となった。

 それを怪訝そうに見つめる私たちに、今度は突拍子もない台詞を突きつけてくる。

「さて、ここで問題だが…………国王陛下の“先見”と、今回起こったことと大きな違いが二つある。一つは言うまでもなく、シャウラ嬢が生きているということだが、残り一つは何だと思う?これは簡単な間違い探しだ」

 そう言われて、私たちは疑問符を頭にくっ付けながらもう一度教室を見回した。

 ロー様がいること?

 それとも、私とアカが駆けつけたこと?

 いえ、そうじゃないわ。国王陛下の“先見”では見えなっただけで、そこは違いにはならない。

 つまり探すのは、“先見”で示されていながら、ここにはない事実だわ。

 だとしたら、思い出すべきは“先見”の内容で――――――


 場所は学園内。時間的には午後。

 ある特別教室内で話し合う男女。

 男性の方はよく見えなかったけれど、女性の方は学園の制服を着たローアンバーの髪にヘーゼルの瞳の持ち主。

 その後何かが起こって、次に見えた光景は、瓦礫となり果てた教室と、そこに倒れている女子生徒の姿。そして、その女子生徒はすでに灰色に染まっていた…………


 私はスハイル殿下の言葉を一つずつ思い出していきながら、目の前の光景と重ね合わせていく。

 それでも、シャウラが生きていること以外すべてが一致しているように思われる。

 しかし――――――――

「あぁっ……そうか………………」

「クソッ……シャウラたちに気を取られていて失念していた」

 シェアトとアカが同時に気づく。

 そして私も、スハイル殿下の言葉ともに気がついた。


『銀の箱のようなものが、倒れた女子生徒の傍に落ちていたそうだ』

 

 私とアカが駆けつけた時、それは確かにシャウラの足元に落ちていた。

 宝物である魔道具を床に放置したままにするなんて……と思ったため、よく覚えている。

 けれど、今はそれがない。

 “先見”ではあったものが、忽然と消えてしまっている。

 そしてこの変化は、どう贔屓目にみたとしても、いい方向へ変わったとはとても思えない。

「お兄様……これは一体………………」

 誤魔化しきれないほどに震えてしまった私の声。

 背後から忍び寄ってくる影のように、正体不明の不安が私に付き纏う。

 そんな私を強引に引き寄せ、お兄様は自分の胸に私の額を押し当てた。

 まるで私の身体を支えるように――――

 あらゆるものから守るように――――

 私自身を閉じ込めてしまうように――――

 

 そして告げる。

 

「どうやら、今回の首謀者に回収されてしまったらしいな…………すべてはこれからだ」


 

 

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


さてユフィの能力は、やっぱりわからないままとなりそうです。

というか、アカまで知らないとは………

それにしても、神様はどこにいるんでしょうね………

行方不明の神様って、もう放蕩者にも程があります。


どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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