“先見”と“忘却”は私が覆します(6)
「ユーフィリナ、本当に本当に大丈夫か?」
「もちろん大丈夫ですわ、お兄様。イグニスも傍にいてくれますし」
お兄様と幾度となく繰り返されるやり取り。
私はもはや苦笑を通り越してげんなりだ。
もちろん、お兄様がここまで心配する理由もわかっている。
事は非常に厄介で、危険を孕んでいるということも。
とは言ってもねぇ………………と、私は遠い目となった。
今日は用事があるとシャウラに伝えて、歓談室を少し早めに切り上げた後、いつものように図書館で時間潰しをしていたお兄様とシェアトと合流して、そのまま大学の王家専用の執務室へ向かった。
もちろん、銀の魔道具について報告するためにだ。
そこでは、スハイル殿下を筆頭に、レグルス様とサルガス様、そして王弟専属護衛騎士であるエルナト様がすでに待ち構えており、私が部屋に入るや否や皆一斉に立ち上がった(エルナト様はそもそも立っていたけれど)。それもごく自然に。
さすが紳士の鏡でいらっしゃる皆様方だ。
そういう私もまた、淑女として丁重に頭を下げ、やはりお兄様にエスコートされる形で、昨日と同じ場所に腰を掛けた。
その際に、「セイリオス、何度言ったらわかる!ユーフィリナ嬢をエスコートするなら、その役目は私が担うべきだろう!」と、スハイル殿下が言い出し、まるで判を押したかのように昨日とまったく同じやり取りがお兄様とスハイル殿下の間で繰り広げられたけれど、この重苦しい空気を軽くするための気遣いだとすぐに察せられた。
そんなスハイル殿下の細やかな優しさに、さすがこの乙女ゲームのメイン攻略対象者ね、と一人感心しながら、私は銀の魔道具について報告を始める。
まず、シャウラが早速、その魔道具を試しに使ってしまったこと。
しかし魔力放出に不具合があり、午前中の授業を欠席して魔道具師のお店に持って行ったこと。
そのため、現在シャウラの手元にその魔道具はなく、魔道具の底の魔法陣を未だ確認できていないこと――――すべてだ。
心痛な面持ちで私の話を聞いているサルガス様に対して、あまりの不甲斐なさに申し訳ない気持ちで一杯になるけれど、これが事実なのだから仕方がない。
ただ私としては、シャウラの魔道具師ロー様への恋心を伏せて説明したつもりなのだけれど、ここにいるのはこの国の未来を担う優秀な人間ばかり。
どうやら、私の拙い説明からあっさりと読み取ってしまったらしく――――――――
「あの……馬鹿………………」
そうサルガス様が漏らしたのを皮切りに、皆がそれぞれに口を開く。
「そうか。シャウラ嬢はロー殿に…………なるほど、恋しい人からもらったモノならば、すぐにでも使いたくなって当然だな」
「だとしたら、サルガスが昨日説得したところで、その魔道具を離そうとはしなかっただろうね。あぁ、だから友達の想いのユフィちゃんが立候補したってわけか。本当に抱きしめたくなるくらいいい子だね」
「レグルス殿、ユーフィリナ嬢は立派な淑女ですよ。まるで幼子を相手にするかのように、そう簡単に抱きしめたいとか言わないでください。しかし、今現在シャウラ嬢の手元にないことをよかったとするべきか、判断に迷うところですね」
「まさにシェアト殿の言う通りだな。レグルス、ユーフィリナは幼子ではない。それに、この世でユーフィリナを抱きしめていいのは私だけだ」
「いやいやいや、シェアトに同調するとこ、そこ⁉っていうか、さすがにこの世は言い過ぎじゃない?」
「言い過ぎではない。事実だ。そして、もちろんシャウラ嬢の件に関してもシェアト殿と同意見だ。何故なら、その魔道具の中にはどれほどの魔力量かはわからないが、すでにシャウラ嬢の魔力が吸い取られてしまっている。その魔道具がシャウラ嬢の望む形で作られたものなら問題はないが、それ以外の目的で作られている場合、その魔道具がその魔道具師の手に渡ってしまっているこの状況をどう捉えるべきか…………」
そう言って、顎に手を置いて考えて始めてしまったお兄様に、皆もまた一様に思考を巡らせ始める。
私自身、シャウラからその話を聞いた時は、手元にないという事実だけで安心しそうになってしまったけれど、お兄様にそう言われてしまえば、まさにその通りだと我ながら見事な方向転換で、一緒になって考え込む。
その中で一人、顔色がみるみる悪くなっていくサルガス様。
おそらく考えれば考えるほど、思考がより最悪な方、最悪な方へと舵を切っていくのだろう。
しかし、その重苦しい空気をレグルス様の能天気にも聞こえる声が蹴散らした。
「確かに、その魔道具師が何かを企んでるとしたら厄介だけど、その魔道具がシャウラ嬢の手元にないなら、シャウラ嬢自身に直接の被害は及ばないんじゃない?倒れている女子生徒の近くに銀の魔道具が落ちていたっていう国王陛下の“先見”の光景とも異なるしね」
レグルス様の言う通り、このままシャウラの手に二度と魔道具が戻らないのであれば、その時点で“先見”は覆ったのだと言えるかもしれない。けれど、そうはこちらの思惑通りに事が運ぶわけもなく――――――――
「それが、シャウラ様のお話によりますと、明日の放課後に届けていただくことになっているそうです」
「それってもう不良品回収でよくない?」
私の言葉にすかさずレグルス様が返してくる。
まったくもって同感だけれど、そういうわけにもいかない。
それは宝物を預けているシャウラにとっても、依頼を受けた立場である魔道具師のロー様にとってもだ。
特に、ロー様が純粋な善意でその魔道具を届けてくれるなら、あくまでも念のために、底に描かれている魔法陣を確認するだけで事足りる。
もちろん確認する理由は、不適切な魔法陣の描き込みにより、故意ではなく事故で最悪の事態を招いてしまう可能性を阻止するためだ。
しかし悪意ならば、そこに秘された目的を読み解かなければならない。
もし、魔法陣自体が秘されている場合は、その魔法陣についても………………
そしてその場合、私はシャウラの友人として、彼を絶対に許さない。
まだそうと決まったわけではないけれど、込み上げてきた憤りに、私はぎゅっとスカートを握りしめた。その憤りを吐き出すように、私はもう一つ伝えるべきことがあったと口を開く。
「ですから、私とイグニスにはその場に同席させていただけるよう、シャウラ様にお願いいたしました」
「「「「駄目だ(です)!!」」」」
サルガス様以外の全員から発せられた反対の声に、私は思わず目を丸くした。
いや、お兄様はわかる。シェアトとスハイル殿下もなんとなくだけれど理解できる。
しかし、まさかレグルス様とエルナト様まで反対するとは思ってもみなかった。
そんな私とは対象的に、アカにとっては完全に予想通りの展開だったらしく、ほらな…………とでも言わんばかりに、半眼となりながら私を見つめてくる。
いやいや、ほらな…………ではない。
私はどれだけ頼りなく見えているのかと、驚きが忽ち不満に変わる。
それが表情にも出ていたらしく(主に口元に)、お兄様が困ったように告げてくる。
「口を尖らせてみせても、可愛いだけだからやめなさい。それに、誰もお前が頼りないから駄目だと言っているわけではない。銀の魔道具をただ確認するだけならまだしも、そこに件の魔道具師がいるなら、何か魔道具に仕掛けがある場合、イグニスはともかく、ユーフィリナまで巻き込まれてしまう恐れがあるからだ」
「しかし…………」
そう私が言い募る前に、アカが口を挟む。
「オレはともかく………って、まぁそこはいいとして、セイリオスの言う通りだ。ユフィ、今からでも遅くない。同席に関しては考え直せ」
「ユーフィリナ嬢、私も看過できない。君はセイリオスだけでなく、我々にとってもとても大切な存在なのだよ」
「スハイル殿下の仰る通りです。ユーフィリナ嬢、君がじっとしていられない性分なのは知っている。誰よりも優しく、心が強いこともね。しかし君に何かあったら、私は生きていけない」
「シェアト様…………」
そんな大袈裟な…………という言葉を呑み込み、私は困惑でへにょりと眉を下げた。
けれど、ここで大人しく引き下がる気は毛頭ない。ただ、この王国が誇る、高爵位持ちで見目が麗しいだけでなく、非常に能力も高い口達者な面々をどう説得するかが難問なだけだ。
正直、ヒロインでもないのに、この手強い攻略対象者たちを(全員がそうなのかは記憶にないけれど)攻略しなければならないなんて、と内心で恨めしく思う。
しかし、ここを攻略しなければ前に進めないというなら、攻略するしかない。
そこで、自分でもご都合主義だな…………なんてことを思いつつ、不本意ながら切り札を切ることにする。
「“先見”を覆すための必須条件として、そこに“神の娘”の生まれ変わりがいることだと、昨日話していましたよね。でしたら、この私がそこにいるべきではないでしょうか。誰よりも」
その自覚はあるのか?と聞かれれば、ここにきてもまだない、と答えるしかない。
けれど今は、私がシャウラの傍にいてもいい理由が必要だった。
友達だから…………では弱すぎるなら、“先見”を覆せる“神の娘”の生まれ変わりだから、という最強の理由を持ち出すしかない。
私は、一歩も引かないわよ!と、お兄様たちを見据えると、お兄様が真っ先に白旗を揚げた。
「…………我々の負けだ」
「「セイリオス!!」」
「セイリオス、ちょっと待って!」
スハイル殿下とアカは驚きと非難が入り混じった声を上げ、レグルス様は制止の声と同時に制止を促す手まで上げた。
シェアトは一度お兄様と共闘した際に、何だかんだと言いながら、結局は私の想いを尊重していた事を思い出したのか、そのままお兄様の言葉を待つ。
エルナト様に至っては、すでに静観の構えだ。
そんな様々な反応を見せた面々の中で、お兄様はまずスハイル殿下へと視線を向けた。
「いやはやこれは意外な反応だな。そもそも国王陛下の“先見”を覆して欲しいと、この話をユーフィリナに持ってきたのは、他でもない殿下自身だったはずだ。にもかかわらず、ユーフィリナが率先してかかわろうとすれば、危険だから駄目だと言う。これはいささか矛盾していないだろうか」
「それとこれとは…………」
「違わないだろう?今、ユーフィリナ自身が言っていたように、“先見”を覆すためには、そこに“神の娘”の生まれ変わりがいることが必須条件だ。殿下の望みを叶えるためには、ユーフィリナ自身に渦中へ飛び込んで行ってもらうしかない。まぁ、兄である私としては反対でしかないのだが、シャウラ嬢のためなら、ユーフィリナは頼まれなくともそうするだろう。ならば殿下は、ここで反対するのではなく、ユーフィリナに対して感謝して然るべきではないのか?」
スハイル殿下はお兄様に痛いところを突かれたようで、「うぐっ……」と、声にもならない呻きを漏らし、眉間に深い皺を寄せた。
それを見届けてから、お兄様は次にレグルス様へと視線を向ける。
「レグルスも昨日は、『ユフィちゃんもやる気を出してくれているようだしね』と、ユーフィリナの参戦に喜んでいたはずだが?それとも私が散々『ユフィちゃんと呼ぶな』と言い続けているにもかかわらず、それをいとも簡単に忘れてしまうように、その件に関してもただ忘れてしまっただけなのか?ならば、今すぐ思い出せ。両方ともな」
お兄様の言葉に、レグニス様はついとそっぽを向いた。どうやらレグルス様もまた痛いところを突かれてしまったらしい。
そんなレグルス様に、お兄様はやれやれとばかりに小さく息を吐いてから、今度は私にその視線を矛先を変えた。
もちろん隣に座っているため、私の顔を覗き込むような格好となる。
「ユーフィリナ、お前の言う通りだ。“先見”を覆すためなら、お前がその場にいなければ意味がない。どんなに残酷な未来だろうがそれを自分の目で見て、お前が何を感じ、何を望むかが大切なのだ。イグニスの時のようにな。だが…………殿下やレグルスが心配するように、私も心配で堪らない。だから、私たちもすぐ近くで控えておく。そして、何かあったら…………いや、何かが起こりそうだと察したら、私たちを呼びなさい。もしくは、“光結晶”を発動しなさい。いいね」
「はい……お兄様」
「いい子だ」
コクンと大きく頷いた私の髪を、お兄様がするりと撫でた。
それをただただ顔色悪く見つめていただけのサルガス様がその場で立ち上がり、深々と頭を下げてくる。
「ユーフィリナ嬢……危険なことだとわかっていながら、こんなことをお願いする私を許して欲しい。どうか……どうか……シャウラのためによろしくお願いいたします。セイリオス様も……ありがとうございます」
同じ妹を持つ立場として、お互いの気持ちがわかり過ぎるがゆえの感謝の気持ち。
お兄様はそれに軽く手を挙げることで応える。おそらくちょっとした照れ隠しもあるのだろう。
私はそんなお兄様にふふっと目を細めて――――――
「わかりましたわ。この私にお任せください!」
サルガス様とお兄様が少しで安心できるようにと、どこまでも強気な口調でそう答えた。
その後、お兄様から魔道具師ロー様についての報告がなされた。
昨日の私のお願いを受けて、早速色々と調べてくれたらしい。
正直、お願いしてからまだ一日しか経っておらず、お兄様自身ずっと屋敷か大学、もしくは私と一緒にいたはずなのに、一体いつの間に、どうやって?と思わなくもなかったけれど、そこは公爵家の者として、使える手足がたくさんあるのだろうと、勝手に想像しておく。
というか、同じ公爵家の者でありながら、手足の一つも持たない私は、どういうことかしら?と、そんな疑問にかられたけれど、いざという時は、専属侍女のリラとラナにお願いすればいいだけよね…………と、二人が聞いたら目を剥きそうなことを、これまた勝手に思う。
「ロー・セルペンティスは、確かに腕のいい魔道具師として王都でも評判らしく、店を閉めた後も、駆け込みで魔道具の修理を頼みに来る者がいたそうだ。そんな者たちに対して嫌な顔を一つせず、その場で直せる物についてはその場で直し、時間がかかる物については預かり、その魔道具がないと困るという者に対しては、代替となる魔道具を貸したりと、随分お人好しでもあるらしい。そのため、日付が変わってからも持ち込まれた魔道具の修理、また依頼された魔導具制作、さらには新たな魔道具の研究に励み、就寝したのは空が白み始める寸前だったそうだ。それと、夜分遅く店の前をうろつく不審な影があったとかなかったとか…………」
そう言いながら、お兄様の視線はサルガス様へと向かう。
「ゲホッ……ゲホゲホ……」
急に咳き込み始めたサルガス様に、ここにいる全員が苦笑となる。しかし、それに関して誰一人言及することなく、再びお兄様の報告に耳を傾けた。
「そしてその報告者の話によれば…………魔道具師の店兼自宅から、微かにだが闇の気配を感じたそうだ」
「「「「ッ‼」」」」」
今度は誰もが息を呑んだ。
しかし、お兄様は淡々と続ける。
「ただ、その気配があまりに微かすぎて闇の者と繋がっているとは言い切れないらしい。それに、大量の魔道具で溢れかえっている場所で、僅かな闇の気配を感じ取ったからといって、特段驚くべきことでもないからな」
直ぐに納得する者。
遅ればせながら納得する者。
一向に納得できない者。
もちろん、私は一向に納得できない者になるわけで………………
「お兄様、どうして魔道具がたくさんある場所では、闇を感じてもおかしくないのでしょう?」
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥 とばかりに私はお兄様に尋ねてみる。
するとお兄様は、出来損ないの残念な生徒を見るような目ではなく、小さなことでも疑問を持つ覚え盛りの幼き子供を見るような優し気な目を向けてきた。
うん、この場合どちらが私にとってより痛いか難しいところでもあるため、ここは敢えて何も考えずにお兄様の言葉を待つことにしよう、と早々に決める。
「そうだな。簡単に言えば、我々の魔力のように、魔道具に刻まれている魔法陣にも属性があるということだ」
「つまり…………目的や効力に見合った魔法陣を描くことは、その魔道具自体も属性を持つということでしょうか?」
私なりに一生懸命お兄様言葉を咀嚼して確認してみれば、お兄様はこれでもかというくらいに目を見開いた。
「すごいな、ユフィ。見事な理解力だ。あれだけの説明でそこまで読み取るとは、さすが私の妹だな」
兄馬鹿ならぬ、馬鹿兄の大絶賛に私は酷く居たたまれなさを感じながら、赤面を隠すように俯いた。
それを哀れと思ったのか、レグルス様がすかさず声かけてくる。
「もうなんなの?そのセイリオスの馬鹿兄っぷりは…………ユフィちゃんが恥ずかしさのあまり、可愛い顔を隠してしまっているじゃないか。しかしそれより、確かに魔道具師の店の中にある大量の魔道具の中に、闇属性をもった魔道具があったとしてもおかしくはないし、そのせいで微かに闇の気配を感じたとしても、なんら不思議はない。そこは認めよう。でも、セイリオスの話には一点だけ、めちゃくちゃおかしいところがあるよね」
私を庇って、さらには話の矛先をさり気なく変えてくれたレグニス様に感謝しながら、私はレグルス様の言うお兄様の話のおかしいところについて考えてみる。
指摘されたお兄様は「はて?どこかおかしいところがあっただろうか?」と、すっとぼけるつもりらしい。
しかし、レグルス様以外の面々も、白を切る気満々なお兄様を半眼となって見つめている様子からして、明らかにおかしいところがあるのだろう。
あぁ…………私はまた一向にわからな者になるんだわ。
そう打ちひしがれそうになった時、ちょっと待って…………と、私の中である疑問が浮上した。
確か、お兄様は先程の報告の中でこう言っていた。
『――――――日付が変わってからも持ち込まれた魔道具の修理、また依頼された魔導具制作、さらには新たな魔道具の研究に励み、彼が自分のベッドで就寝したのは空が白み始める寸前だったそうだ』
――――――――と。
その件をお兄様に報告した者は、一体どこでそれを見ていたのだろう?
まるで部屋の中に、ずっと一緒にいたような観察ぶりではないだろうか。
けれど、その疑問に答えたのはお兄様ではなく、アカだった。
「オレが知る限り、セイリオスの周りでそれができる奴はたった一人…………いや、たった一匹しか知らないがな」
「あぁ、彼ならそれができますね。ふふふふ、彼はなかなか希少な幻獣みたいですから」
アカの言葉にエルナト様が同調し、それを聞いた私たちの脳裏には忽ちあの癒ししかないモコモコした姿が浮かび上がる。そして――――――
「「「「「シャム‼」」」」」
見事に重なった私たちの声。
今や仲間としての呼吸もバッチリだ。
いや、今はそんなことよりも…………
“セイリオスはウサギ使いが荒すぎるにゃ‼”
うん、シャムの文句が今にも聞こえてきそうだわ。
お兄様にこき使われっぱなしの哀れなウサギ型魔獣であるシャムに、私たちはすべからく同情した。
そんなこんなで、私は魔道具の引き渡しの場に同席する許可をお兄様たちからも得たのだけれど、それからずっとお兄様の心配性が発動されたままになっているようで―――――話は冒頭に戻る。
話し合いの場では、反対をしながらも結局は負けを認めてくれたお兄様ではあるけれど、認めたからといって心配しないわけでなはなく、これまた別の話となるらしい。
そのせいで、顔を合わせる度に、同じ問いかけを、同じ心痛の面持ちで繰り返されるわけなのだけれど、初めの頃は真摯に答えられていた言葉も、何十回と繰り返せば、ただのお決まりの定型文程度となってくる。
しかし、お兄様にしてみれば、私は前科ありのお転婆娘。いくら心配してもし足りないのだろう。
傍にはちゃんとアカもいるというのに、困ったお兄様ね………とは思うけれど、これがシスコンの通常仕様だと言われてしまえば、受け入れるほかない。
とはいえ、時間で言えば今はまだ朝。
学園に着いたばかりだ。
なんならまだ馬車からも降りていない。
「お兄様、本当に本当に大丈夫ですから。それにシャウラ様とのお約束は放課後です。今からそのように心配していては、身も心も持ちませんよ」
「ユーフィリナの言う通りだな。だがこればっかりは仕方がないのだ。だから私の心の安寧のためにおまじないをさせてくれ」
「えぇ、それはもちろんですわ。お兄様」
いつもように額を通して与えられる微熱と魔力。
そして、そこに書き込まれるお兄様の深い想いと、転移魔法陣。
あぁ…………これもまた秘された魔法陣ね。
そんなことを考えている間に、今度は柔らかいものが額に落ちてくる。
「ッ………………」
一瞬で身体を駆け巡る熱。
瞬時に真っ赤に染まる顔。
何故か、おまじないに追加されたキスに、私はどうしても慣れることができない。
しかも、今朝のキスはいつもより長い気がする。
戯れに頬を伝う指に、そのまま背中へと回れる腕に、全身が甘く痺れ始める。
「んっ………………」
思わず漏れた自分の声に、私の体温は忽ち沸点を迎えた。
そんな私にお兄様は、もう一度頬を撫で、耳に吐息を吹きかけるようにクスクスと笑う。
「本当にユーフィリナは初心だな。でもいい加減これくらいは慣れてくれ」
なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~ッ!
お兄様は、百戦錬磨の手練れかもしれませんが、私は元喪女のずぶずぶの初心者です!
お願いですから、手加減してください!
などとは、もちろん言えないままに、私は逃げるようにして馬車から飛び出した。
いつものように一人先に降りていた(最近では自主的に)アカが一瞬驚いたように私を見てきたけれど、今はそれに構わず、前へ前へと足を出すことに専念する。なんなら、手と足が同時に出ていたとしても今は気にしない。
言うなれば、敵前逃亡中に格好などどうでもいいのだ。
「…………ったく、気持ちはわからんでもないが、焦りすぎだ。馬鹿が…………」
アカが私を追いかけてきながらも、馬車の方へと振り返り、何か言ったようだけれど、今の私はそれどころではなかった。
だから、私は知らない。
お兄様がまた泣きそうな顔で、ずっと見つめていたことを――――――――――
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします。
星澄




