挿話【Side:スハイル王弟殿下】反省会
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~」
青息吐息。
このまま本当に部屋の空気が青く染まってしまいそうなほどの深い深いため息を吐き、私はガックリと項垂れた。
というか、我ながらまさに生きる屍のような状態だ。
そんな私を見て、遠慮がちに苦笑するどころか、腹を抱えて大笑いしている男がいる。
言うまでもなく、まったく空気を読まないレグルスだ。
ほんと頼むから、空気を…………いや、この私のため息だけが充満している重い雰囲気を察しろ!と思うが、もういい加減諦めているため、一々口に出して文句を言ったりはしない。ただ、ギロリと睨んでやるだけだ。
しかし、この睨みですらレグルスの笑いの壺へと綺麗におさまったようで――――――――
「だ、駄目だ……笑いが止まらない。だってさ、スハイルにとったら感動的な再会を夢見ていたところをだよ……まさか……まさか………心の準備がないままにユフィちゃんと会っちゃったからってさ、その場で白目を剥いて意識を飛ばすなんて…………これを笑わずにして、いつ笑うって話だよね。エルナトもそう思わない?」
己の主の失態話を振られ、普通の専属護衛騎士ならば「そんな笑うなんて滅相もございません。きっとお疲れが溜まっておいでだったのでしょう」という言葉を返すところだが(模範解答)、私の専属の護衛騎士は一味も二味も違った。
「本当ですね。私も先程セイリオス様からお話を聞いて、うっかり笑ってしまいました。いやはや、我が殿下を卒倒させるほどの麗しくも愛らしいご令嬢ならば、このエルナトも一目拝見しとうございました。なんなら今から学園の方に参って、ユーフィリナ様の護衛と称しとくと眺めてきたいところなのですが………先程からセイリオス様が射殺さんばかりに睨んでこられるので、それはやめておきましょう」
などと宣わった。うっかり笑っただけでなく、自分の護衛すべき主を放り出して、ユーフィリナ嬢の護衛と称して眺めてくると言うのだ。
そりゃ、セイリオスでなくとも睨む。いや、むしろ私が率先して睨んでおく。
あぁ…………だが、時間が巻き戻せるなら、今からあの瞬間へと戻り、もう一度出会いから………再会からやり直すのに――――――と、心底思う。
そしてまた、私は詮無きことだと理解しつつも、ため息を吐いてしまう。
もうこの部屋は間違いなく私の青息吐息一色だと思いながら…………
あの後――――――――
トゥレイス王子の乱入というハプニング付きの昼食の後、セイリオスたちと共に大学へ戻り、今日はもうこの後の講義に出る気も失せたため、仕事だけが山のように溜まっている王城へ戻ることにした。
そこで、大学内にある王族専用の執務室に閉じこもり、私は自分専属の護衛騎士であるエルナトがセイリオスと一緒にこちらに来るのをレグルスと一緒に待った。
ちなみに、他国からの留学生であるトゥレイス殿下は常に護衛騎士を連れているが、私は自国の、王城の次に堅固な守りが敷かれている学園と大学の敷地内で護衛騎士を連れて歩くことはほとんどない。そのため、エルナトは私の講義が終わるまで控えの間か、あとは食堂、図書館と自由奔放に過ごしているようで、セイリオスはそのエルナトに私が帰る旨を伝えに行ってくれたのだ。
そして、セイリオスと共にエルナトがこの王族専用に執務室へ馳せ参じ、今のこの状況がある。
「しかし、どうしてあのタイミングなのだ!よりにもよってあんな…………」
長椅子に座ったままで頭を抱え込んだ私に、笑いの余韻を目一杯引き摺ったレグルスが告げてくる。
「まぁ、感動的には程遠いシチュエーションだったことは確かだよね。まぁ、今回のことはいい教訓になったんじゃないのかな。いくら安全な大学の敷地内とはいえ、護衛騎士も付けずに中庭で寝っ転がるのは無防備すぎるってね。だいたい寝込みを襲うのは敵だけじゃないんだしさ」
「その通りでございます。スハイル殿下は自分もお強いからといって、単独行動が過ぎます。今回の件も私が傍に控えていれば、殿下に恥をかかせることなく巧く取り計らいましたものを。本当に残念無念で仕方ありません。これからは、単独鼓動はくれぐれも慎まれますよう、よろしくお願いいたします」
あぁ、このエルナトの苦言は、自分がユーフィリナ嬢に会えなかったことに対しての意趣返しだな…………と、察しつつも「わかった。今度からは善処する」と流しておく。というより、今の私にはどんな小言も嫌味もチクリとも刺さらない。
何故なら、私の心はユーフィリナ嬢だけで満たされているからだ。
もちろん、あの瞬間のことを思い出せば、忽ち羞恥しか湧いてこないし、時を巻き戻せるならば、今すぐやり直したい気持ちもある。しかし、それらを凌駕するほどの歓喜が私の中に渦巻いてもいる。
ずっとずっと探し求めていた彼女にようやく会えたのだから。
それこそ拾い集めた紙を差し出す彼女と目が合った時の衝撃は、未だにそれを表するだけの言葉が見当たらないほどだ。
だが――――――――
心配そうに私を見つめてくるその表情。
白磁の肌に、淡く奥ゆかし気に色付く花片のような唇。
風に揺れる淡紫のライラックの髪と、不安げに揺れるエメラルドの瞳。
私の記憶に中にある白金の髪でも、空色の瞳でもなかったが、間違いなくユーフィリナ嬢は私の探し求めていたあの“白金の君”であると、その確信は雷に打たれるが如く脳天から突き抜けた。
そこからは正直、自分でも何を口走ってしまったのか記憶にない。
少なからず動揺していた自覚だけは、大いにあるのだが………
しかし私は王弟だ。どんな状況に追い込まれようとも、王弟であることが揺らぐことはない。つまり、どれだけ浮かれようが、私が王弟であるという縛りから解き放たれることはないわけで、どれだけ彼女の前で有頂天となっていようが、王弟にあるまじき言動だけはしていないはずだ。
うん、していないと思いたい。まさか、感極まってうっかり求婚などしていないはずだ。たぶん………………
いや…………今に思えば、私の恋敵は予想以上にいる。おそらくこれからも益々増える予感しかしない。ならば、うっかりでもぽろっとでも、なんならちゃっかりでも求婚しておけばよかったのかもしれない。トゥレイス王子の存在を思うなら尚更だ。
「あぁ…………なんで私はあの時、すぐに意識を飛ばしてしまったのだ!というか、そもそもあの季節外れの突風は何なのだ!あれが神の悪戯なら質が悪すぎるぞ!散々練り上げてきた彼女との再会と求婚プランが台無しではないかッ!」
そんなことをぽろっとうっかり口走り、セイリオスから思いっきり睨まれてしまったことは、王弟としてあるまじきことだったと反省するよりほかない。
しかしそれにしても………………と、執務室の机の上に置かれた今や紙屑同然となった報告書を見やる。
言わずもがな風に飛ばされ、せっせとユーフィリナ嬢と守護獣殿が拾い集めてくれた大量の紙だ。
昨晩遅くに届けられたその報告書へ目を通す時間がなく、大学へと向かう馬車の中で読み始めてみたはいいものの、結局最後まで読み切れず、大学内を持ち歩く羽目になってしまったものだ。
内容としては、守護獣殿の一件で消滅してしまった東の噴水広場の彫刻の再建に関する報告書で、地域住民から同じ彫刻がいいという声も上がっているが、まったく違うものがいいという声もあるといった他愛もないものだ。だが、これほどの枚数となってしまっている理由は、その新しい彫刻についての住人希望が大量に寄せられているせいでもある。
そしてその彫刻についての最終的決断は、国王陛下より王弟である私に一任されているため、いっそのことユーフィリナ嬢の彫刻でも作ってやろうかと内心で考えたりもしている。
まぁ、そんなことをすれば確実にセイリオスに殺されるがな。
しかしその報告書の中に、妙に気になる一文があり、私は昼間の一件も踏まえ確認してみることにした。
「セイリオス、東の噴水広場の彫刻の再建に関する報告書に、ある目撃情報が記されていたのだが…………」
「目撃情報?」
私の対面となる長椅子に腰かけるセイリオスの片眉が器用に上がった。私は小さく頷き、エルナトに机の上から紙屑…………もとい報告書を取ってくるように命じ、ざっと目を通してその一文を探し当てると、そのまま声に出して読み上げる。
「『“紅き獣”が出現した当夜遅く、広場の中央付近に立つ男らしき影と大きな球体と思われる影があり、暫く不審に思って眺めていると、その男の影が球体の影を呑み込んだように見えた――――』と、いうことだ。報告自体は、少々薄気味悪いため、広場内の街灯を増やし、当分の間は巡回も増やして欲しいとの要望なのだが、この報告をセイリオスはどう見る?」
私の言葉に、セイリオスはふと目を伏せ、それから考え込むように顎へ手をやると、そのままやおら口を開いた。
「それだけの情報でははっきりしたことは言えないが、“魔の者”が…………いや、アリオトが復活のために闇の深い人間を呼び寄せたのかもしれないな…………」
「ちょっと待って!そのアリオトって奴は、最終的にセイリオスの“暗黒星”に呑み込まれたんだよね。そんな簡単に復活とかできるものなの?それも当夜のうちにでしょ?どう考えたって無理としか思えない!」
隣からすかさずそう返したレグルスに、セイリオスは一瞬目を向けたが、またすぐに目を伏せた。そして一拍置いてから、こう告げる。
「我々は“魔の者”の存在は知っていても、その者たちについてほとんど知らないと言っていい。基本、闇属性で、闇魔法しか使わないとされており、魔力量は底なしで、寿命はあってないようなもの。さらにアリオト本人の言葉を借りるとするならば、再生能力は人間の約200倍あり、即死レベルの怪我を負わせない限り、すぐに再生できてしまう…………そのような者たちだそうだ」
「嘘だろ?」
「アリオトの話によれば……だが、おそらく事実だろう」
相変わらず目を伏せ、考え込みながらそう淡々と答えてくるセイリオスに、私とレグルスの目は大きく見開いた。
そして、レグルスが信じられないといった口調で呟く。
「…………こないだの報告会の席でも言ったけどさ…………そんな奴相手に、よく生きて帰ってこれたよね。そっちのほうが驚きだよ」
ほんと同感だとばかりに私も頷くが、当のセイリオスは「ユーフィリナを守らなければならない状況下で、簡単に死んではいられないからな」と、さも当然のように口にすると、ようやくここで顔を上げた。
「考えられることは、三つ。一つ目はアリオト自身が復活のために、闇の深い人間を呼び寄せ、その闇を喰らうことで復活したかもしれないということ。二つ目は、その逆で闇属性を有する稀な人間が、私が霧散させた“暗黒星”を召喚し、アリオトごと取り込むために喰らったのかもしれないということ。残り三つ目は、アリオトではない別の“魔の者”が現れ、闇の深い人間を操り、アリオトごと“暗黒星”を喰らわせたかもしれないということ…………まぁ、どれにしても最悪だがな」
「………………言えてる」
異様な寒気を覚えながらそう返すと、セイリオスが意味深な視線を私に向けてきた。
「それで、スハイル殿下は昼間の者が、その者かもしれないとお考えのようだが………」
「あぁ、一瞬考えた。お前と守護獣殿の話を聞いた直後にな。だが、さすがに私の思い過ごし…………」
「いや、間違いなくそうだろう。殿下の直感は見事に的中だ」
「ッ……………………」
おめでとうとばかりにセイリオスが告げてくるが、なんだろう………全然嬉しくない。むしろ、最悪な気分しかない。
これほどまでに喜べない正解もないな…………と、真剣に思う。
というか、ここは不正解が正解だろう。冗談を抜きにして、それこそ考えすぎだと笑い飛ばしてほしいところだった。
しかし、このセイリオスの言うことだ。これが正解であることはほぼ確定に違いない。それでも、簡単には鵜呑みにできず、そう言い切れる理由を一先ず聞こうと口を開きかける。が、レグルスに先を越された。
「ねぇ、そう言い切れる根拠は何?俺たちはセイリオスやイグニス殿と違って、闇の深さまでは感知できない。いや、正確に言えば、俺は“読心”の能力者だからやろうと思えばやれるけど、基本的にはできない。だから敢えて聞くけど、どんな人の心にも闇がある。まぁ、一人例外はいるけれど、今はそれについてはいいとして…………とにかく、人は少なからず闇を隠しているものだ。だから、昼間感知したそいつが、異常に闇の深いただの人間てある線も捨てきれないと話していたよね。それに、すでに魂が“魔物落ち”しているとしても、そいつの肉体はまだ人間ではあるとも………けれど、スハイルの話を聞いて、セイリオスは少なからず“アリオト”が絡んでいることを断言した。何故、そこまでの確信を持って言えるわけ?それほどまでに、“アリオト”のユフィちゃんへの執着は強いってこと?」
レグルスにしては珍しく、妙に苛立った口調となっている。おそらく最悪な気分がそのまま漏れ出しているのだろう。
そんなレグルスの口調を気にするでもなく、セイリオスは平然と答える。
「あぁ、アリオトの執着は強い。喉から手が出るほどに、ユーフィリナを欲しがっている。そこは間違いないだろう。そして、昼間の者についてだが………確かに人はそれぞれに闇を抱え込んでいる。それでも闇一色で染まってしまうことはまずない。だが、昼間感知した者は闇一色といってもおかしくないくらいの闇を抱え込んでいた。あの時はユーフィリナがいた手前、明言を避けたが、あれは人の皮を被った“魔の者”と言ってもいいくらいの者だ。しかし、あの時はまだ殿下の話を聞く前で、その者がただの人間である可能性もゼロではなかったため、一応可能性の一つとして口にしておいた。それだけのことだ」
それだけのことって……………
レグルスと瞬時目を合わせ、二人同時にやれやれと首を横に振る。
セイリオスはしゃあしゃあと言って退けたが、事はあまりに深刻すぎて、どう対処すればいいのか見当もつかない。
しかも――――――――――
「確か、守護獣殿はトゥレイス王子の闇も以前より深くなっていると言っていたな。それも、その人の皮を被った“魔の者”かもしれない者のせいなのか?」
「おそらくな。“闇”は“闇”をさらに深くする。トゥレイス殿下の闇が深まったのも、その者の影響を傍で受け続けているせいだろう。そしてその者の力を借りることで、“幻惑”の中にいるユーフィリナを正確に見抜いたに違いない。“闇”は“光”に強く惹かれる――――――特にそれが“聖なる光”ならば、ある意味見つけやすかったはずだ」
などと、さらに頭が痛いことまで告げてくる始末だ。
あぁ、ここが大学内の執務室でなければエルナトに頼んでワインを持ってこさせるのに…………と、そんな現実逃避まで考えてしまう。
そんな中、レグルスが素朴な疑問を口にした。
「でもさ、ユフィちゃんはまだ完全に覚醒しきれていないんだよね?本人もまだ無自覚って感じだったし。それでもその“聖なる光”は溢れ出ちゃっているものなの?」
そういえばそうだったな…………と、あることを思い出す。
“ユーフィリナ嬢、君にはまだ自覚はないようだが、君は我が国にとってそれほどの価値がある人間なのだよ”
医務室で私が発したこの言葉に、ユーフィリナ嬢は酷く困惑した様子だった。
しかし、シェアトの話からも、また守護獣殿の一件からも、彼女は自分が“神の娘”の生まれ変わりであると、漠然と認識しているように思われる。でなければそもそも、“先見”を覆そうだのと、ごく普通のご令嬢が思うはずもない。
それでも私なりにユーフィリナ嬢の胸中を推し量るならば、まだ覚醒し切れていない自分自身に自信が持てないのかもしれない。そして、その状態であるにもかかわらず、国王陛下から“神の娘”の生まれ変わりとして認定されてしまったことに戸惑いが拭えないのかもしれない。
彼女をあらゆるものから守るために――――――と、国王陛下をせっついてしまったが、少し彼女の気持ちをなおざりに事を進め過ぎたかもしれないな…………と、またもや反省する。
そんな一人反省会中の私の前で、セイリオスがレグルスの問いかけに対し、口を開いた。
「ユーフィリナに自覚があろうと、なかろうと、聖なる光はユーフィリナの中にある。ただ、ユーフィリナ自身が覚醒しきれていないため、その光はまだ非常に弱い。とはいえ、“闇の者”からすれば、眩しいくらいのものであるはずだ。というか、レグルス。お前ならわざわざこんな説明をしなくとも感じ取っているはずだが?違うか?」
そうセイリオスから尋ね返されて、レグルスは肩を竦めて見せた。どうやら、図星らしい。
「まぁ俺は“読心”の能力者だからね。心を読むだけでなく、その人間の心の色が見える。だからユフィちゃんのも、それなりに見えるってだけの話だよ。それでこれからどうするの?その人の皮を被っちゃった“魔の者”かもしれない奴を探せばいいの?」
なんとなく……本当になんとなくそう感じただけなのだが、新たな質問を重ねることでレグルスは返答を濁した。
それに気づかぬはずのないセイリオスなのだが、ここは敢えてさらりと受け流しニッコリと笑う。
「レグルス、その前に“ユフィちゃん”と呼ぶのをやめようか」
うん、ここは何があってもぶれないんだな…………
なんてことを思いつつ、セイリオスに呆れと、ある意味感心の目を向けるのは必至で――――――――――
「ほんとさ、ユフィちゃんに同情するよ。こんな度を越したシスコンの兄を持ってさ。このままじゃユフィちゃん、完全に行き遅れちゃうんじゃないの?」
「心配ない。そもそも行くこともないため、遅れることもない」
「嘘!それって売れ残りってやつ?」
「それに関しても問題ない。売ってもないのだから、残ることもない。これは南の公爵家の総意だ」
「まさか、南の公爵様も、公爵夫人も同意なわけ?」
「無論だ」
「ちょっとスハイル……これは大変だよ。まずはユフィちゃんを南の公爵家から救い出さないと!」
「あぁ、こうなったら王家と東西北の公爵家の全員で挑んでみるか!」
「いや……それでもセイリオスには負ける気しかしないんだけど」
「…………あぁ、私もそんな未来しか想像できない」
冗談でも何でもなく、人の皮を被った“魔の者”に匹敵するくらいに、このセイリオスは質が悪い。
しかしそのセイリオスは、どこ吹く風でしれっと話の矛先を戻す。
「レグルスの話だが、その者を探し出し、見張っておけるならそれに越したことはない。だが、そう簡単には尻尾を掴ませてはくれないだろう。それに、見つけ出したところで、見張る以外に今の我々にはどうすることもできないからな」
なんで?とばかりに訝し気な顔となったレグルスに、今度は私が口を開く。
「セイリオスの話によると、その者は人間であることに変わりないのだろう?その中身はともかくとしてだ。つまり、どれだけ闇が深かろうとも、それだけでは罪に問えない。何かしら仕出かしてくれない限りはな」
「だったら、どうするのさ。ユフィちゃんの守りだけを固めて様子をみるってこと?」
「それしかないだろう。しかし、近いうちに動くことは間違いない。ただその時に遅れを取ることだけは許されない」
そう告げてからセイリオスは、エルナトに視線を向けた。
「事が起これば、エルナト殿の力を借りることにもなるだろう。その時には、ご助力のほど頼む」
すると私の見目麗しい専属護衛騎士は、澄んだ空色の瞳を細めて、胸に手を当てた。
「必ずやご助力するとお約束いたしましょう」
私の背後に立ちながら、セイリオスに対し恭しく頭を下げたエルナトを長椅子から仰ぎ見る。
頭を下げたことによりエルナトの鮮やかな金髪がさらりと揺れるのを目におさめつつ、確かにエルナトは、王家直属の近衛騎士が誰一人として敵わないほど剣と魔法に優れているため、助力を頼むにはこれほどの適任者はいないだろうな、と考える。
それに、エルナトは私の護衛騎士であるため、有事の際には即戦力となり得るのも間違いない。だが、言い換えるならば、このエルナトの力を借りるほどの何かが我々の身近で起こるということで、しかもそれはこのセイリオスが助力を頼むほどの何かだということだ。
私はその際、この国の民を、彼女を、守りきることができるのだろうか…………………
そんな弱気とも言えることを考えている間に、セイリオスがスッと長椅子から立ち上がった。
「ちょっと待て!一体何が起こるというのだ!」
思わず咄嗟にそんな問いを投げかけてみれば、セイリオスは暫し私を見つめてから、ふっと息を吐くように笑みを零した。しかしすぐさまそれを霧散させると、抑揚もなく答える。
「それがわかれば、それこそ苦労はないな」
「………………うぐ」
そりゃそうだろうが、エルナトに頼むくらいだ。何かしらの予感があるのではないのか?と、口を衝いて出そうになる。しかし、ここは賢明にも呑み込んだ。
なんせその予感を感じているのは、他でもない私自身なのだから。
そんな私に向かってセイリオスはまたゆるりと口元に綺麗な弧を描くと、今度はダンスを申し込むような優雅さで頭を下げてきた。
そして告げた言葉は――――――――
「ユーフィリナを迎えにいく時間ですので、私はここで失礼いたします」
うん、やっぱりぶれない。本当にさすがだ。
颯爽と執務室を出ていくセイリオスを呆然と見送り、パタンと扉が閉まる音と共にまた盛大なため息を吐く。
こうしてまた私の青息吐息に部屋が満たされたところで、レグルスがぽつりと呟いた。
「ねぇ……スハイル、ワインある?」
あぁ……これは確かに飲まねばやってられないな…………と、レグルスに同調する。
先程は、ここが大学内の執務室だからと我慢したが、このまま王城へ帰ったところで溜りに溜まった仕事にまたうんざりとするだけだ。
ならば、重い腰を上げるための起爆剤は必要だろう。
「エルナト…………」
「はい。承知いたしました」
内心で尤もらしい言い訳を重ねて、エルナトをワイン調達へと向かわせる。
だが結局のところ、やはりちょっとした現実逃避に走って、それからまたユーフィリナ嬢に会えたという歓喜だけで荒みかけた心を満たすことになるのだろうと、そっと胸に手を当てた。
そう、今まで名前のなかった想いが、今名前を持った。
ずっと虚しさだけが占めていた心が、ユーフィリナ嬢への想いで埋まる。
そしてその想いを、私の心は歓喜のままに叫ぶ。
狂おしいほどに彼女が愛しい――――――と。
ちなみに、あの時セイリオスと一緒に帰ればまたユーフィリナ嬢に会えたかもしれなかったことに気づき、レグルスが引くほどのため息を吐くのは、この僅か数秒後のこと――――――――
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
さて今回もまた不定期にやってくるスハイル殿下Sideのお話でした。
ちなみにこのスハイル殿下は、このお話の中で一番書きやすい人です(笑)
しかも、王弟でありながら、扱われ方が非常に雑!(←私からも)
でもそれも、スハイル殿下のお人柄ゆえということで…………はい。
では、今回も皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
星澄




