ヒロイン探しは続行します(8)
「「「「「はあぁぁぁぁぁ~~~」」」」」
お兄様の“幻惑”の中で起こる盛大なため息の大合唱。
もちろん、至極当然の結果だという面持ちで座っているお兄様を除いてだ。
そんなため息の余韻が消える間もなく、それぞれが口を開き始める。
「あれは完全に気づかれていましたね。ユーフィリナ嬢がここにいると」
「あぁ、気づいていたな。でなければ、最後にあんな台詞は残さないだろう」
「だね。けれど、この“幻惑”は破れないと判断して、今日のところは一先ず退散したってことかな。それを一度魔法を発動させただけで感じ取るなんて、これはなかなか手強そうだよ。っていうか、諦めが悪そうって言うべきかな」
「言えてるな。あの最後の台詞からして、また来るってことだ。ユフィのところに」
「だとしても、今日のようにお帰り願うだけの話だ。それ以外はない」
お兄様がそう締めくくった直後、再び“幻惑”から出た時と同じルートを辿るようにしてサルガス様が戻ってきた。
もちろん、お兄様が絶妙なタイミングで“幻惑”の中へ引き入れてのご帰還だ。
「ただいま戻りました」
「サルガス、ご苦労だったな。見事だったぞ」
スハイル殿下からさらりと労いとお褒めの言葉をかれられたサルガス様は、「大変恐縮でございます」と、謙虚にも頭を下げた。するとレグルス様がその後に続く。
「お疲れ。サルガスのおかげで、ずっと俺の横にあった異様な圧迫感がなくなって、せいせいしたよ」
「それは、お役に立てたようでなによりです」
そう苦笑交じりに答えたサルガス様に対し、今度はお兄様が声をかける。
「サルガス殿、嫌な役どころを押し付けて申し訳なかったな」
「いえ、あれは私が適任でした。セイリオス殿の判断に間違いはありません」
かけられる声に一つ一つ丁寧に答えながら、サルガス様が自分の席に座ろうと椅子を引いた。その瞬間、ずっとタイミングを見計らっていた私はここだとばかりに立ち上がると、その勢いのままぺこりと頭を下げる。
「サルガス様、この度は大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。本来であれば私自身、もしくは南の公爵家で対処しなければならないところを、このようにサルガス様を矢面に立たせるようなこととなり、お詫びの言葉もございません。本当に申し訳ございませんでした」
そんな私にサルガス様は座りかけていた体勢を戻し、慌てたように口を開く。
「あ、あれくらいは問題ない。それにトゥレイス殿下の件は君個人レベルで済む話ではないからな。これはもうデウザビット王国の王家、東西南北の公爵が一丸となった対処すべき問題だ。だ、だからそのように頭を下げないでほしい。私は生徒会長として、また西の公爵家の者として当然の責務を果たしたまでだ」
そう言われてしまうと、確かにその通りだとは思う。相手がデオテラ神聖国の第二王子である以上、私個人でどうこうできる話ではない。それに今の私は国王陛下から“神の娘”の生まれ変わり認定を受けた身。だとしたら、これは国家レベルの問題だと言っても過言ではないだろう。
けれど、サルガス様に一番嫌な役どころをさせてしまったのもまた事実なわけで…………
ううん、違うわね。
申し訳なさでいっぱいだけれど、今ここで伝えるのは謝罪ではないわ。
そう思い直すと、私は口元に柔らかな笑みを湛えた。
私がサルガス様に伝えるべき言葉は―――――――――
「サルガス様、この度はご尽力いただきましてありがとうございました。心より感謝申し上げます」
スカートを持ち、軽く膝を折って淑女として最大限の礼を尽す。そしてゆるりと顔を上げて、さらに笑顔でその気持ちを伝えた。
しかしその直後、サルガス様が赤面の石像と化したのは、私にとって永遠の謎である。
――――――とまぁ、そのことはさておき、こちらの謎だけは放ってはおけないと、サルガス様がぎくしゃくとした動きながらもようやく席についたところで、私はお兄様に問いかけた。
「それでお兄様、早速教えていただきたいのですが、トゥレイス殿下が“風魔法”を放った直後、私には“幻惑”が解除されたように見えました。しかし…………その、大変お恥ずかしいことながら、すぐに目を瞑ってしまったために、それ以上のことはわからないのです。あの時、一体何がどうなっていたのでしょう?」
するとお兄様はニッコリと笑ってこう告げた。
「私の“幻惑”は常に三層構造ってことだ」
…………………………はい?
三層構造?
前世でいうところの、炊飯器の圧力釜的な感じの三層構造?
理解する以前に想像すらできず、頭に立派な疑問符を生やしたまま固まる私。そんな私を見かねて、スハイル殿下がすかさず補足説明をしてくれる。
「つまりだな……セイリオスの“幻惑”は常に重ね掛けされているということだ。それも三つ同時にだ。たとえ一つ目の“幻惑”が破られてたとしても、同じ“幻惑”がそこに展開されている。しかも、一つ破られれば即新しい“幻惑”が自動的に立ち上がるようになっているため、セイリオス自身が解除するか、もしくはその“幻惑”に予めスイッチャーが設けられている場合は、その者が“幻惑”を断ち切らない限り、無限ループとなって“幻惑”は永遠に展開されたままとなるのだ。捉われた方にしてみれば気が狂いそうになるほどにな」
「ということは、トゥレイス殿下が“風魔法”で払った“幻惑”は…………」
「セイリオスが言うところの一層目――――――つまり、一つ目の“幻惑”だったってことだね」
うんうんと頷きながらレグルス様が私の言葉の先を引き継いだ。それでもまだ謎はある。
「で、でもサルガス様は言ってらっしゃいましたよね。『我々の目の前には、殿下が放たれた風魔法によって割れてしまった可哀そうな窓がある』と、つまりトゥレイス殿下は、“幻”でできた窓を割ったということでしょうか?」
もちろん私が尋ねる先はお兄様だ。
そんな私からの質問に、「ユフィ、なかなかいい着眼点だ。さすが私の妹だけのことはある」と、盲目的な上に、蜂蜜に砂糖をてんこ盛りにしたくらいの甘々な評価で私を褒めちぎってから、お兄様は滔々と説明を始めた。
「トゥレイス殿下はあの時、“幻惑”を“幻惑”だと認め、理解し、強く拒絶してやればいいと、殿下自身がそう口にしていたように、“これは幻だ”と自分自身に強く言い聞かせながら“風魔法”を放ったはずだ。そのため、一つ目の“幻惑”は確かに解除された。だが同時に、こうも考えた。“もしこれが幻ではなく現実世界であるならば、“風魔法”の疾風によって、目の前の窓は割れるはずだ”とな」
「まさかそれって………………」
「そうだ。私の“幻惑”は人の思考に強く作用される。人はどこかで“こうなれば、こうあるべき”という考える傾向がある。例えば、紙に火が点けば燃える。風が吹けば、紙は飛ばされる。雨に降られれば、紙は濡れる。事が起これば結果としてこうなると、理解の範疇で我々は考える。私の“幻惑”はその極当たり前の結果を見せることによって、“幻惑”とは気づかせないようになっているのだ。だから、当然の結果論として、“疾風”のような“風魔法が”展開されれば、普通の窓なら割れる。トゥレイス殿下もそう考えた。だから“幻惑”の窓も割れた――――――ただ、それだけのことだ」
なるほど………………と、納得しかけたところで、私は首を傾げた。
言うまでもなく、あの場にはサルガス様もトゥレイス殿下の護衛騎士もいた。だとしたら、この二人の思考にも影響されて然るべき状況だったはずだ。
もちろんトゥレイス殿下と同じ思考だったということもあるけれど、そもそもサルガス様は眼前の光景が“幻惑”があることを知っていたわけで…………あれ?そうなるとどうなるのかしら?と、一人混乱の泥沼へと嵌ってしまう。
しかし、救いの手は殊の外すぐに差し伸べられた。
「ユーフィリナが何を考えているのかだいたい想像はつくが、この場合、サルガス殿の思考が影響することはほとんどない。“幻惑”だとわかっているものに対し、わざわざ思考を巡らせることもないからだ。それに、たとえその場に複数名いる場合でも、最も強い思考が優先されるだけの話だ。だから、そんなに眉間を寄せてまで、難しく考えることはない」
「は、はい、すみません…………」
謝ることでもないけれど、何故か口を衝いて出た謝罪の言葉。そのことに気恥かしさを覚えながら、ぐりぐりと眉間を指で解しておく。
けれど、余程理解力がないのか、私は未だ納得をしきれずにいた。
耳に残ったある音に、引っ掛かりを感じていたからだ。
些細なことだと言えば、確かにそうかもしれない。でも喉に引っ掛かった魚の小骨のようで、どうにも気になってしまう。しかし、この場でこれ以上の質問を重ねるのはなんだか酷く躊躇われた。
なぜなら、私以外は誰も疑問には思っていないからだ。
そうよね。別にこの場で絶対聞いて置かなればならない話でもないし、どうしても気になるようだったら帰りの馬車で聞けば済むことだわ。
ここは、これ以上お兄様たちの貴重なお時間を取らせないためにも、一旦保留にしておきましょう。
私はそう考え、「スハイル殿下、レグルス様、お兄様、色々とお教えくださりありがとうございました」と引くことにした。
しかし相手は、私のことを私以上に把握している超絶シスコンのお兄様。
案の定、私の考えることなど丸ッとお見通しだったようで………………
「ユーフィリナ、疑問があるなら遠慮せずに聞きなさい。ここで忙しいのはおそらくスハイル殿下だけだ。そしてその場合、スハイル殿下一人が戻れば済む話だからな」
「ちょっと待て!私もそこまで忙しくはない!というか、昼食の時間を楽しむだけの時間は十分にある!」
「最近の激務が祟って倒れたのだと言い訳していた人間の台詞とは、とても思えないのだが?」
「セ、セイリオス、何を言う!私はもとより昼食には時間をかける主義なのだ。さぁ、ユーフィリナ嬢、私でも誰でも構わない。聞きたいことがあれば存分に聞きなさい」
そう告げて、ニッコリと笑って見せるスハイル殿下に対し、私は本当に大丈夫なのだろうか?と心配になる。
時間の心配というよりも、お兄様たちからの視線がグサグサとスハイル殿下に刺さっていることに対してだ。しかし、スハイル殿下はそのことにまったく気づいていないのか、それとも気にならないのか動じる気配すらない。
さすがだわ。王弟ともなると、これくらいの視線では痛痒を感じなくなるのね――――――と、驚きもすれど感心もする。
それに、王弟殿下直々にそこまで言われてしまえば、私としても聞かないわけにはいかず、喉元で小骨のように引っ掛かっている疑問をそのまま口にした。
「で、では、お言葉に甘えて質問させていただきますが…………その………先程のお話で、お兄様の“幻惑”の構造については理解いたしました。しかし、どうしても腑に落ちないことがあるのです。実は目を瞑る直前、私は“パリンッ”というガラスが割れるような音を耳にいたしました。まさかあの音も“幻惑”が作りだしたものだったのでしょうか?」
空耳という可能性も十分にある。けれど、違和感として耳に残った音をただの空耳として片付けてしまうのは無理があった。
そこで聞いてみたのだけれど、お兄様はまるで虚を衝かれたかのように、一瞬目を瞠った。けれど、すぐに目を細めて私の疑問に答えてくれる。
「そうか………私にとっては当たり前のことだと思っていたが、ユーフィリナが不思議に思っても仕方がないな。確かに“幻惑”は実際にはないものを“幻”として作り出し、人の目を欺き惑わせる。だが、私の“幻惑”はただの“幻”に非ず、常に実体を伴うように感知魔法も施している」
「………………えっ?」
“幻”だから“幻惑”ではないの?と首を傾げれば、お兄様はクスクスと笑みを零した。
「そうだな。ユーフィリナにわかるように説明するならば…………ある犯罪者を捕まえたはいいが、まったく話が聞き出せないと嘆く不甲斐ないスハイル殿下の命を受けて、その者を少々懲らしめる目的で“幻惑”の中に閉じ込めたとする」
「おい……何故そこで不甲斐ない私が出てくるのだ?どう考えてもその喩え話に不甲斐ない私は必要ないだろう?」
「もちろん話にリアリティを出すためだが?過去、このようなことが何回………………」
「あぁぁぁぁぁ~~~ッ!いいから続けろ!」
「スハイルも、相変わらず大人げないなぁ」
「レグルスッ!」
話の合間にそんな小さなやり取りを得て、お兄様はため息を吐きつつ先を続けた。
「その者に、ただ恐怖を与えるだけならば、恐ろしい幻を見せ続けばいいだけの話だ。しかし、“幻惑”だと気づかせることなく何かをさせたいのであれば、そこに実体が伴っていなければすぐに“幻惑”の中にいると気づかれてしまう。極端な話をすれば、階段を永遠に上らせ続けるという“幻惑”であったとしても、階段という実体がなければ階段を上っているような気がするだけで、実感はない。そうなれば、精神は疲弊しても身体までは完全に疲弊させることはできない。精も根も尽き果てさせるためには、やはり実際に階段を上らせるべきだろう?」
「そ、それはそうですが………つまりお兄様の“幻惑”には…………感知魔法によって実体が伴っている。だから、ガラスが割れるような音もしたということでしょうか?」
「そういうことだ。感知魔法は視覚、触覚、嗅覚、聴覚を網羅するように施してある。手で触れれば質感を感じ、叩けば音もする。そもそも、感覚だけの話であれば、それは“幻覚”や“夢”の領分だ。それこそ一瞬でトゥレイス殿下に解かれてしまっていただろう。だから今回は特に念入りに施しておいた」
なんてことを告げて、片目を瞑って見せたお兄様に、私はただただ呆けるばかりだった。いや、もう知っていたけれど、もう何度も自覚してきたことだけれども、次元が違いすぎる………………
そうして脱力感いっぱいとなった私に皆苦笑しつつも、話は次の話題へと流れた。
「だとしてもさ、ちょっとおかしくない?セイリオスの“幻惑”をあれほどはっきりと見抜くなんてさ。気持ち悪いくらいに、俺の横にずっと張り付いてるし、視線は確実にユフィちゃんを捉えていたしさ」
「それは私もおかしいと思いました。外から見てもまったく違和感のない光景となっていましたから」
「しかし、恋心か、直感か、感覚かは知らんが、トゥレイス王子はそれを感じ、自信満々に覗き込んできた。それは“幻惑”の場所を寸分の狂いもなく言い当てたことになる。それもこのセイリオスが施した“幻惑”をだ。確かに、普通ではない」
「そうですね。トゥレイス殿下がレグルス殿のような“読心”の能力をお持ちでしたら話は別ですが、それはないでしょうし…………」
シェアトがそう言いながらお兄様に視線を向けると、お兄様も「それはないだろうな」と口にしてから、アカへと問いかけた。
「イグニスは何か違和感を覚えなかったか?トゥレイス殿下に対して」
アカは少し考える仕草をしてから、徐に口を開く。
「強いて言えば……以前より闇が深くなった……ってところか」
「闇……ですか?」
そう聞き返したのはスハイル殿下だ。アカはそれに頷いてから、さらに言葉を重ねる。
「元々トゥレイスは心の闇を抱えていた。といってもそれは“魔の者”との縁をがあっての闇ではなく、あいつ自身が抱え込んでいた心の闇だ。だが以前に会った時よりも、その闇が濃くなったような気がする。それに…………」
「それになんだ?」
そう聞いたのはお兄様。アカはそんなお兄様に「セイリオスも気づいていたはずだ。だからこそあのタイミングだったのだろう?」と、逆に質問を返した。
お兄様へと一斉に集まる視線。お兄様はそれに対して肩を竦めてみせる。
「さすが守護獣殿だな。あぁ、その通りだ。だからあのタイミングでサルガス殿を“幻惑”から出した。そしてその気配もトゥレイス殿下と一緒に消えているところからすると…………」
「気のせいではなかったってことだ」
ふむ…………と考え込んでしまったお兄様とアカに、すかさずスハイル殿下が口を挟む。
「頼むから、我々を置いていくな!一体守護獣殿とセイリオスは何を感じたのだ!」
お兄様は思考のために伏せていた視線を上げ、「ある気配だ」と告げた。そしてすぐにこうも付け加えた。
「人間だとは思う。だがこの学園では感じたことのない気配だった。おそらく、トゥレイス殿下の護衛騎士、もしくは従者といったところなのだろう。食堂の出入口付近にその気配を感じたため、あのタイミングでサルガス殿を“幻惑”の外へ出すしかなかった。食堂の出入口手前でだ。本当は出入口を超えてからと思っていたのだが、少々嫌な予感がしたからな」
「その嫌な予感って、具体的には何なのさ」
素朴な疑問とばかりに、レグルス様が口にした問いかけ。それに答えたは、お兄様ではなくアカだった。
「異常なほど闇が深い…………」
その一言に一瞬で凍り付いたテーブル。
一気に血の気を失った私の身体が再び小さく戦慄き始める。
スハイル殿下はそんな私に心痛な目を一度向けてから、念を押すようにお兄様に尋ねた。
「それでも“魔の者”ではなく、人間だとセイリオスは言うのだな?」
「その肉体が人間であることは間違いない。だが、“魔の者”と縁を結んだか、もしくはすでにその魂は生きながらにして“魔物落ち”してしまっている可能性もある。もちろん抱えている闇がただ異常なほど深い人間だという線も捨てきれない。しかしだ………………」
「“しかし”…………なんだ!」
苛立ちを含んだスハイル殿下の返しに、お兄様は酷く冷静に、温度さえ感じさせない声で告げた。
「“闇”は“光”に強く惹かれる―――――――つまり、ユーフィリナの危険は増したということだ」
案の定、この後からアカの距離はぐっと縮まった。
アカ曰く――――――――
『たかが三メートル、されど三メートルだ!その三メートルの距離が命取りになる場合もあるのだぞ!つまり却下だ!』
そんなわけで、私はずっと注目の的となりながら廊下を歩く羽目になっている。
しかも、シェアトまでもがアカに倣い、ずっと私に張り付いているせいで、目立ち方がさらに悪化してしまっている。
こうなれば私の隠密スキルではどうしようもなく、お兄様にどうにかならないかと帰りの馬車で相談したところ……………………
『もちろん私の“幻惑”でアカとシェアトも一緒に隠せないわけではないが、今は人目があった方がより安全だと言える。何故なら、今のトゥレイス殿下は“幻惑”の中のユーフィリナを感知できるらしいからな。隠したところで意味がない。より強力な“幻惑”を施せないこともないが、それだとユーフィリナの学園生活に支障をきたしてしまう恐れがある。一番の解決策は、トゥレイス殿下の留学期間が終わるまで、ユーフィリナが学園を休むことなのだが、それは嫌なのだろう?ならば、人目を我慢するしかない。まぁ……すぐに慣れる。私としては非常に不本意ではあるが仕方がない…………』
などと、言われてしまい、私はこの状況を受け入れるしかなかった。
その理由は一つ―――――――ヒロイン探しが続行中のためだ。
だからこう考えることにした。
乙女ゲームの攻略対象者であるシェアトたちや、トゥレイス殿下が私の近くにいれば、いつか必ずヒロインと遭遇することになる。
そうなれば、シェアトたちやトゥレイス殿下の意識も、そしてそれ以外の周りの目も、忽ちヒロインへと向くはずだ。
何故ならこんな地味な女ではなく、愛らしくも美しいヒロインが常に攻略対象者たちの傍にいることとなるのだから、そりゃ人目も引くだろう。
その時点で私は彼女の引き立て役令嬢として、完全なるモブへと返り咲けばいい。
いや、厳密に言うならば、私はこの世界の悪役令嬢だから、悪役令嬢からモブに華麗に転身すればいい。
ついでに、私が“神の娘”の生まれ変わりではないことも証明できるかもしれないし、それこそ一石二鳥だ。
そのためならば、この針の筵も堪えてみせるわよ!
私はグッと握り拳を作り、決意を固めた。もちろん内心で。
けれど――――――――と、せっかく盛り上げた気持ちが、脳裏に焼き付いて離れないあの瞳に、しゅんと萎れそうになる。
やはり私は、トゥレイス殿下のあの琥珀色の瞳が怖くて堪らないのだ。
何故こんなにも怖いと思うのかはわからない。
“真紋”を付けられそうになったことがそれほどまでに恐怖だったのかと問われれば、そうかもしれないし、それだけではないような気もする。
しかし、あの琥珀色の瞳に捉われてはいけないと、私の心が警告を発しているのは確かだ。
あの瞳は非常に危険だと――――――――
そして、お兄様の話によると、トゥレイス殿下の傍には、“魔の者”と縁を結んだか、生きながらにしてその魂が“魔物落ち”した可能性のある護衛騎士、もしくは従者がいるらしい。もちろん抱えている闇が、異常なほど深いだけとも考えられるそうだけれど…………
でも、もしそうなら………アカの時のように、助けてあげることはできないのかしら――――――と、ふと思う。
といっても、何度も言うように私の中にそんな力があるとはまだ信じられないし、その自覚もない。けれど、もしその闇を聖なる光で照らすことができるのだとしたら、“魔の者”との縁を断ち切り、“魔物落ち”から救えるかもしれない。
私が本物の“神の娘”の生まれ変わりであるならば――――――――――
しかし私は内心で首を横に振った。
自覚もないのにまた勝手に暴走して、これ以上お兄様たちを心配させるわけにはいかない。
そして何より、その人の傍にはトゥレイス殿下がいる。確証も何もないのに、自ら危険に飛び込んでいくわけにもいかない。
アカの時も、最終的にはそんな感じだったけれど、あの時はヒロインの命がかかっていたし(結局ヒロインではなかったけれど)、あとはただただアカを救いたい一心だった。
もちろん、トゥレイス殿下の護衛騎士、もしくは従者の方を助けてあげたい気持ちはある。
しかし、無謀と無鉄砲は違うのだ。
さすがの私もそれくらいは弁えている。
そもそもその彼がすでに“魔物落ち”してしまっているのであれば、お兄様たちが懸念するように、“神の娘”の生まれ変わりが一番に狙われることになる。
現時点では、“神の娘”の生まれ変わり認定を受けたこの私が…………………
………うん、そうね。君子危うきに近づかずっていうものね。
だいたい可能性があるだけで、そうと決まったわけでもないし、いくらヒロイン探しをしているとはいえ、トゥレイス殿下だけが攻略対象者ではないのだから、何も危険を冒してまでトゥレイス殿下に近づく必要はないわよね。
何一つ確信が持てない以上、ここはできる限りトゥレイス殿下とは遭遇しないように行動には気をつけることにいたしましょう。
私はそう結論付けて、また次の日から新たな気持ちで学園生活を送ることにした。
そんな私の前に現れたのは―――――――
「初めまして。ユーフィリナ様、守護獣さ…………失礼いたしましたイグニス様。サルガス・オッキデンスの妹、シャウラ・オッキデンスと申します。こうしてユーフィリナ様とイグニス様にお会いできるなんて、まるで夢のようですわ。この興奮をどうのようにお伝えすればよいのでしょう。その方法が思いつかなくて困ってしまいますわね。やはりここは、今すぐユーフィリナ様に抱きついて頬ずり…………は、さすがにまだ早いですわね……ここは涙を呑んで我慢することにいたします。あぁ…………それにしても、ユーフィリナ様のこの愛らしさは何なのでしょう。これこそが、神の求める美なのですね。無色透明。純粋無垢。それでいて傾国傾城、沈魚落雁。もうこのまま屋敷へと連れ帰ってしまいたいくらいですわ。そうすれば、あの堅物なお兄様もさぞかし…………いえ、一応説教はされるでしょうが、内心では“シャウラよくやった”と感謝感激に泣いて喜んでくれるはずですもの。私ったら、なんて兄想いの妹なのかしら………って、まぁイグニス様にシェアト様、そんなに怖い顔をされなくとも、今すぐに連れ帰ったりなど致しませんわ。まずは、ユーフィリナ様とじっくり仲良くなってから、おいおいと…………うふふ」
おいおいとはいえ、いつかは連れ帰ってしまわれるのですね………………
なんて突っ込みもできないままに、というか、まったく口を挟めないままに、あんぐりと口を開けて立ち尽くす私。
そういえば、『私の妹シャウラを紹介しましょう。きっと妹同士で話が合うかもしれません』とサルガス様が言っていたような気がする。今の今まで綺麗さっぱり忘れていたけれど。
それにしても………………
こ、こ、この方がサルガス様の妹君のシャウラ様ッ⁉
な、なんだか(勝手に)想像していたイメージと全然違うのだけれど……本当に本当に正真正銘のシャウラ様ッ⁉
決意を固めた翌朝。
始業前のざわつく教室に、怒涛のような口撃と圧倒的な存在感を伴って、サルガス様と同じローアンバーの髪にヘーゼルの瞳を持つ麗しき西の公爵令嬢、シャウラ・オッキデンスが突如として現れた。




