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転生した悪役令嬢ですが、どなたがヒロインなのか教えてください!  作者: 星澄


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ヒロイン探しは続行します(4)

 学園と大学が共有する中庭の木陰。

 そこで居眠りをする、純白のブレザー姿のスハイル王弟殿下。

 まさに、乙女ゲーム“魔法学園で恋と魔法とエトセトラ”でのイベントさながらのシーンが今、生け垣に潜む私の目の前にある。

 ちなみにヒロインが選べる選択肢は三つ。

 

 ① 眠っている彼に声をかける

 ② 彼が起きるまでその場で待つ

 ③ 今日のところは出直そうと立ち去る


 前世の私は、どの選択肢もあり得ないと切り捨てて、④ このゲームは、私には不向き。なので、ここでゲーム終了――――――という、今にして思えば、一番あり得ない選択をしたいわくつきイベントでもある。

 しかし、この世界のヒロインならば前世の私とは違って、ちゃんと選択肢の中から正しい選択をするはずだわ―――――と、私は一人緊張と興奮と期待で胸踊らせながら、木陰で休んでるスハイル殿下を生け垣から見つめ続けている。それはもう傍目からは、立派な変質者に見えるほどに。

 けれど、どれだけ変質者に見えようとも、ヒロインが見つかる絶好のチャンス。それを逃す手はない。

 そこで私は先程からその瞬間を今か今かと待っているわけだけれど、一分待っても、二分待っても、三分待ってもその瞬間が――――――というより、ヒロインそのものもが訪れる気配がない。正直、お腹も空いている。というか、ずっと屈んでいるせいでそろそろ足の感覚もなくなってきた。

 そして、ふと思う。

 もしかしたら、イベントは今日ではないのかもしれないわね。だって、スハイル殿下があの場所で休むのは何も今日が初めてってわけではないでしょうし………………

 あっさりと空腹と痺れに負け、そんなことを思い始めたところに、頭上からある声が降ってきた。

「ユフィ、オレのことを置き去りにして消えたと思ったら、こんなところで何をしているんだ?」

 その声に、私はコロッと忘れていたある存在を思い出す。そういえば、女子生徒たちに囲まれたアカを放置してきたんだったわ――――――と。

 怒っているというより怪訝そうな顔と、ちょっと拗ねた口調を向けてくるアカに、私は慌ててその場から立ち上がった。しかし、足の感覚は思った以上になくなってしまっていたらしい。足の踏ん張りが利かず、ぐらりと身体が傾いた。アカはその身体を難なく支え、もう一度同じことを尋ねてくる。

「足を痺れさせてまで、こんなところで何をしているんだ?」

 もちろん答えは「覗きです」となるのだけれど、さすがにそれをそのまま口にすることはできない。

 公爵令嬢としての面目のためにも。

 私のなけなしの矜持のためにも。

 そのため、困った時の裏技でもある、困る質問には取り敢えず質問返し――――で、この場を乗り切ることにする。

「そ、そんなことより、お話をされていた方々はどうしたの?それによく私がここにいるってわかったわね」

 私の必死の問いかけに、アカは怪訝そうな顔をますます怪訝一色にして、それから盛大なため息とともに答えてくれた。

「そもそもオレが囲まれたのも、ユフィが距離を開けろと言ったからだろ?それにオレはユフィが一緒でなければ、誰とも飯は食べない。どんな誘いを受けようともだ。まぁ、聖獣は基本飯は必要ないしな。オレが人間の飯を食べてみたいと思うのは、ユフィと同じものを共有したいという気持ちゆえだ。それと、何故ここがわかったかということだが、それはオレがユフィの守護獣で、ユフィがどれだけオレから離れようとも、ユフィを見つけた今なら、その匂いと気配だけで探すことができる。だからオレ相手に隠れようとしたって無駄なだけだ。ユフィはオレから一生逃げることはできない」

 私の質問に余すことなくそう答えて、アカは「それでどうしてこんなところにいたんだ?」と改めて聞いてきた。

 さすがにもうこの裏技は使えない。それにアカの言葉は、乙女心を悶絶させるくらいの破壊力があった。多少、変態的要素も含んではいたけれど…………(匂いとか)

 あぁ……もう!この麗しすぎる顔で無自覚にも破壊力抜群の言葉を吐いてくる守護獣に、どう説明すれば納得してもらえるのかしら――――と、頭を悩ませる。その刹那、季節外れの突風が中庭を駆け抜けた。

「ひゃっ!な、何この風⁉」

「ユフィ、心配ない。大丈夫だ」

 足の感覚が戻るよりも先に身体が風に煽られ、アカの手に支えられていただけの私の身体は、気がつけばアカの両腕の中にすっぽりと収まっていた。言うなれば、完全に抱きすくめられている状態だ。

 わかってる。これは私の足の感覚がないせいであり、突如吹き抜けた風のせいでもあり、この状態にそれ以上の意味は何一つとしてない。

 しかし、ますます力が込められるアカの両腕に、じわじわと私の身体が熱を帯びる。さらにはドクドクと脈打つ鼓動までもが、耳鳴りのように鳴り響く。

「ア、アカ……もう大丈夫だから…………」

「イグニス」

「イ、イグニス……本当にもう…………」

 守護獣相手に勝手に意識して、これだから元喪女は嫌になる。というか、この世界の男性たちがどうかしているのかもしれない。守護獣でさえも標準装備しているらしい加糖気味な台詞と(一部分変態的要素もあったけれど)、微熱まで移ってしまうほどの近すぎる距離間。

 その甘くて熱すぎる言葉と態度に、俄かに吹いた風以上に翻弄されながら、どうにかこうにか手と足に力を入れ直し、アカから距離を取ろうとする。そこに――――――――

「うわっ………ぷっ!なんだこれ?」

「か、紙?」

 アカの腕の中から見上げれば、風に運ばれた紙が、バタバタと音を立てながら、アカの麗しき顔面に貼り付いていた。

 どこから紙が?

 そんな疑問を新たに抱きつつ、私はアカが自分の顔に貼り付く紙を剥ぎ取る間に、さり気なくアカの腕から抜け出し、辺りを見回した。

 そして、見つける―――――――

 真っ青な空を羽ばたく白い鳥のように、風に舞い上がる白い紙。

 しかも、その紙を必死に拾い集めるスハイル殿下の姿まである。

 どうやら居眠り中に風からの悪戯を受け、重しにしていた本の効果もなく、レポート、もしくは報告書の紙を盛大に飛ばしてしまったらしい。

「まったく……いいところで邪魔してくれる…………」

「アカ……?ううん、イグニス何か言った?」

「何も……それより、この紙はあいつのものらしいな」

「“あいつ”ではないわ。あの方は、スハイル王弟殿下よ」

 私はアカにそう伝えて、アカが手にしているヨレヨレの紙を回収する。そしてさらには生け垣に引っ掛かっている紙を数枚回収して、「イグニス、あの木に引っ掛かっている紙を取れるかしら?」と頼んでから、ヒラヒラと風に戯れる紙と絶賛格闘中である我がデウザビット王国の王弟、スハイル殿下へと近づいた。



 ロイヤルカラーと呼ばれるブロンドの髪と、学園の制服のカラーともなっているロイヤルブル―の瞳を持つ、我が国の数多のご令嬢たちの心を鷲掴みにして離さない麗しき王弟。そしてお兄様の御学友―――――――

 私は、そんなスハイル殿下から若干離れた場所で立ち止まると、紙を手にしたままで軽く制服のスカートを持ち上げ、膝を折り、丁重に頭を下げながら淑女の礼を取った。

「突然お声をかけることをお許しくださいませ。私は南の公爵家子女、ユーフィリナ・メリーディエース――――セイリオス・メリーディエースの妹でございます。この度は当家に数々のお見舞いの品をお送り頂きましたこと、心より感謝申し上げます。このように失礼を承知で、突然お声をおかけいたしましたのは、こちらの紙が殿下の飛ばされたものではないかと思いまして、急ぎお持ちした次第でございます」

 できるだけ失礼にならないようと、細心の注意を払って声をかける。もちろん、まだ顔は上げない。しかし道中拾い集めた紙を両手でしっかりと持ち、しずしずとスハイル殿下の前に差し出した。

 けれど、そんな私にかけられた言葉は――――――――

「へっ?」

 ――――――――だった。いやいや、こちらが「へっ?」である。

 しかしここで私はあることに気がついた。

 ちょっと待って!まさかこれがイベントってことはないわよね。ヒロインらしきご令嬢の姿は何処にもなかったし、もうてっきりイベントの発生はないと思い込んでいたけれど、もしかして歪みのせいで選択肢の内容まで変わってしまった…………もしくは追加されてしまったとか?


 ⑤ 風に飛んだ紙を一緒に拾い集める


 みたいな感じで――――――だとしたら、私はここ出て来てしまってはいけなかったのかもしれないわ。

 そうよ。だからスハイル殿下もこの反応なのよ。

 あぁ…………これって、またしてもやっちゃった系ってこと?

 私は自分の失態に愕然とした。これは良かれと思ってしたことが、完全に裏目に出てしまう典型的なケースだ。

 もちろんスハイル殿下は、これが乙女ゲームのイベントの一つだと知る由もない。けれど、この学園にはそれ相応の爵位を持つ見目麗しいご令嬢たちがそれなりにいる。爵位だけなら、私は文句なしかもしれないけれど、何といっても地味で冴えない公爵令嬢だ。スハイル殿下としてみれば、公爵令嬢でありながら、なんだ?この存在感のなさは…………と、思ったのかもしれない。

 それとも、今の私は“神の娘”の生まれ変わりという認定を受けた身。だとしたら――――“神の娘”の生まれ変わりでありながら、なんだ?この存在感のなさは…………そっちかもしれない。

 ここは、とにかく紙をさっさと渡してとっとと退散だわ。

 うん、お腹も空いていることだし。

 即座にそう決めた私は、もう一度勇気を振り絞って、スハイル殿下に声をかけることにした。

「あの……こちら紙はスハイル殿下のものではございませんか?」

 できれば「そうだ」と言って、何事もなかったかのように受け取ってほしい――――そんな淡い期待を抱きながら。

 しかし、私の期待とは裏腹にこれまた予想外の反応がきた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――う、う、嘘だろッ!」

 ホラー映画さながらの叫び声と、現実逃避でもするような台詞。それらを私の頭上に吐いた張本人であるスハイル殿下は、そのままヨロヨロと後退り、青々と茂る芝生の上でドサッという音を立てた。どうやら尻もちをついてしまったらしい。

 私の方が「嘘でしょう!」と叫び出したくなる。

 しかしすぐに、この驚きは私の隠密スキルのせいよね…………と思い至り、シェアトの時と同様、またやってしまったわ…………と、内心で項垂れる。そして、明らかに私のせいで尻もちをついてしまったスハイル殿下を放置できるはずもなく、私はようやくここで顔を上げ、スハイル殿下へ駆け寄った。

「殿下、大丈夫ですか?打ったのはお尻だけですか?」

 公爵令嬢たるものが、“お尻”などと口にするものではないけれど、この場合は仕方がないと、私は殿下の顔を覗き込む。すると殿下の麗しきロイヤルブルーの瞳からは滂沱の涙が溢れ出した。

「き、き、き、君がユーフィリナ嬢…………こんな……こんなのって………ない。よりにもよって……こんな風に出会うなんて…………神は……なんて意地悪なんだ……こんなにも格好悪い姿を、ようやく会えた君に見られてしまうなんて…………あぁ……それにしても……これは駄目だ。トゥレイス王子の気持ちも……シェアトの気持ちも……なんなら“魔の者”の気持ちさえわかってしまう。これは……隠さなければいけない………できれば、セイリオスでもなく、他の誰かでもなく……この私がそれを担ってしまいたい…………そのためにはここで……求…こ………………あぁッ!落ち着け、私!それはさすがに駄目だ……ここで血迷えば、確実に……セイリオスに殺される……ぅ………………」

 などと、やはり半分以上聞き取れなかった上に、最後の方は意味不明どころか不穏なことをブツブツと呟くと、スハイル殿下はゆっくりと天を仰ぐようにして目を閉じ、コテンと仰向けに倒れてしまった。頬を涙で濡らしたままで…………

「う、う、う、嘘でしょう!スハイル殿下!大丈夫ですか、スハイル殿下!しっかりしてください!」

 お兄様はよくスハイル殿下を語る時に、“面倒な”やら、“厄介な”やらの枕詞を付けるけれど、これは本当に面倒で厄介な人だと思う。ある意味、お兄様はとても面倒見がいい人なのだわ――――――とも。

 とはいえ、どうすればいいのかわからず、スハイル殿下の横に座り込みアタフタしているところへ、無事に紙を回収したアカが戻ってきた。そしてこの状況に焔色の目を丸くする。

「確か、王弟殿下って言っていたよな?どうすれば、こんなことになるんだ?」

「それが私にもわからないのよ!紙を差し出したらキョトンとされた上に、次は『嘘だろ!』って声を上げられて、私の顔を見ながらブツブツと何かを呟いていらっしゃると思ったら、こうなってしまったの!私にも何がなんだかさっぱり…………」

 しかし、アカは私のこの説明だけで大方の予想がついたらしい。

「心の準備もなくユフィを見れば、王弟だろうとこうなるか…………その想い入れが強ければ強いほどな」

 などと、その口調に若干の呆れを含ませながら、意味不明な納得をしている。

 私としては、心の準備がいる顔って、どんな顔よ――――――と、自分の存在感のなさと地味さを棚に上げて少なからずショックを受けていた。けれど、今はそんな自分のことよりもスハイル殿下だと、すぐに思考を切り替える。

「とにかく医務室へ運びましょう。それにしても、スハイル殿下の護衛騎士はどこにいるのかしら」

「さあな、この辺りにはそれらしき気配は感じない。おそらく、この敷地内では連れて歩かない主義なんだろう。ところで、セイリオスはこの殿下の御学友なんだろ?呼んでやった方がいいんじゃないのか?」

「それもそうね。でも私、今お兄様が大学のどの教室にいるのかなんてわからないわ」

 困ったように眉を下げると、アカは妙案を思いついたとばかりに、とんでもないことを言い出した。

「だったら、光結晶を発動して、転移魔法で呼び出したらどうだ?そうすれば、たとえこちらからはセイリオスの場所がわからなくとも、向こうから勝手にやって来るぞ。おそらく血相を変えてな」

 そう言って、悪戯な笑みを湛えたアカに、私は首を横に振った。

「さすがにこんなことに使えないわ。お兄様だって口では使えとは言っていても、余程の緊急事態でもない限り迷惑なはずよ――――――って、いえ…………ちょっと待って。これは一大事よね。だってこの国の王弟殿下が意識を失われてしまったのだから…………」

「ま、捉えようによってはそうなるな。オレの優先順位にはそもそも入ってもこないが…………」

 当然とばかりにそんなことを言うアカを軽く睨んで、私は考えた。

 光結晶でお兄様を呼べば、もしかしらシャムもここに呼べるかもしれない。だとしたら、癒し魔法を施されながら、スハイル殿下を円滑、さらに迅速に医務室まで運べるわよね。後で医務室へ行って、アカの一件でのシャムにお礼を伝えるつもりだったけれど、ここで会えたらお礼だって伝えられるわ…………

 それに、本当はアカに運んでもらうつもりだったけれど、守護獣であるアカにとっての優先順位はあくまでも私。もちろん私が頼めば渋々だろうと運んではくれると思う。ただそうなると、神聖なる聖獣ゆえに、いくらこの国の王弟であろうとも敬意を払わうことはないだろうから、少々乱暴に扱われてしまう恐れがあるものね。

 私はそう結論を出すと、意識のないスハイル殿下を見つめた。そして、私が唯一使える光魔法を発動させる。

「光魔法!光結晶!」

 その刹那――――――――その人は心配そうな表情を携えて、私の前に現れた。

 


「まったく…………何事かと思って文字通り飛んで来てみれば、光結晶の中、開放感溢れる大の字で寝転ぶスハイル殿下と、その横には魔力を枯渇させた可哀そうなユーフィリナに、したり顔で立っているだけの守護獣。目も当てられない光景とはまさにあのようなものを言うのだな」

「うぅ…………面目ない」

 早々に意識を取り戻したスハイル殿下は、お兄様の言葉にガックリと項垂れた。

 光結晶に施された転移魔法陣によって現れたお兄様は、すぐに状況を察するや否や医務室の癒しであるシャムを呼び出し、スハイル殿下を医務室まで運ぶように命じた。

 その際に『セイリオスは、ウサギ使いが荒すぎるにゃ!』と、文句を言いながらシャムが現われたことは、もはやお約束のようなものだ。

 そしてその道すがら、私はようやくシャムに先日のお礼を伝えることができた。

 これはあくまでも余談だけれど、お礼に何かしたいと申し出ると、シャムは『とびきり甘いケーキが食べたいにゃ!』と、スハイル殿下を抱えたまま何度も何度も小さく飛び跳ねた。その愛らしさに悶えつつも、スハイル殿下を落としてしまわないかとハラハラしてしまう。むしろアカに運んでもらった方が安全だったかもしれないと、先程の考えを改めてしまうほどだ。

 そのついでに、“ウサギだからニンジン好き”―――――という前世ならでは先入観についても改めることにし、『明日美味しいケーキを持ってくるわね』と約束することで、私はスハイル殿下の安全を確保した。

 実際は、歓喜の大ジャンプをしようとしたシャムを必死に止めて、事なきを得た――――――というのが正確なところだったりする。

 そんな私とシャムのやり取りを聞いていたお兄様とアカからは、『『甘やかしすぎだ!』』と、二人同時に突っ込まれてしまったけれど、これはあくまでも私とシャムの約束であるため、ここはもちろん笑顔で聞き流しておいた。

 そしてその後、スハイル殿下は無事に医務室へと運ばれ、本日の医務室当番である大学院生によって、癒し魔法が施された。

 その結果、あっさりと目を覚ましたスハイル殿下に対するお兄様の開口一番が、先程のアレである。

 ちなみに私とアカは、さすがにこのままお兄様とシャムにスハイル殿下を預けて食堂へ向かうわけにもいかず、回収した紙を手にしたまま、まだ医務室にいる。

 お兄様はスハイル殿下の付き添いの(てい)でベッドの脇に置かれた丸椅子へ座り、私とアカはそれを少し離れた場所から眺めているといった構図だ。

 実を言うと、先程からお腹の虫が空腹を訴えてきているけれど、私にも食欲より優先しなければならない立場というものがあるのよ!と、なんとか押さえ込んでいる。ついでに、こんなところでグゥ……などと鳴こうものなら絶対許さないんだからと、鳩尾に力を入れておくことも忘れない。

 アカもまたお腹が空いたというより、楽しみにしていた食堂がお預けとなり、少々不貞腐れされた顔で私の隣に立っている。そんなアカの機嫌を少しでも戻そうと、私はこっそりと話しかけた。

「でも、スハイル殿下がすぐにお目覚めになられてよかったわ。これで安心して食堂に行けるわよ。それにしても、医務室へ来てからもずっとハラハラし通しで疲れてしまったわね。だって、今日の医務室の当番でらした大学院生の方の顔が、熱でもあるのかしらと逆に心配してしまうくらい赤かったし、癒し魔法を発動する詠唱の声も手もすごく震えていて、とても冷や冷やしていたの。けれど考えてみれば当然よね。癒し魔法を施す相手がスハイル殿下なんですもの。誰だって緊張するわよね」

 至極尤もなことを言ったつもりなのに、アカは何故か私の顔を見つめてから、やおら深いため息を吐いた。

 なんで?と首を傾げたところで、耳の長い(普段垂れているけれど)ウサギ型魔獣であるシャムにも私の声は筒抜けだったらしく、「ユフィの勘違いもここまでくると芸術的にゃ」と、どう聞いても褒め言葉ではない台詞を口にされた。

 んん?と眉を寄せたところで、その(くだん)の大学院生の姿がどこにもないことに気づく。

 はて?と、医務室を見回していると、「ユフィが探している大学院生にゃら、命が惜しいから雑念を振り払うために研究室へ暫くこもるって出ていったにゃ」などと、シャムが教えてくれた。

「まぁ……そうなのね」と返しながら、私はシャムの言葉にいたく感心する。シャムの意外な察しの良さにではなく、その大学院生の勤勉さにだ。

「やはりその道を極めようとされている方は違うわね。たとえ相手が王家の方であろうとも物怖じしてはいけないと、自分の未熟さに気づき、すぐに向き合おうとするなんて………それもさすが癒し魔法を極めようとしてらっしゃる方だわ。人々の命を惜しむがゆえに雑念を振り払い、研究室にこもって研究するだなんて、命の大切さをちゃんとわかっていらっしゃる証拠だもの。イグニスも立派だと思わない?」

 私が感動のあまりアカにそう尋ねると、アカは「うん、ウサギの言う通り、確かにこれは芸術的な鈍感さだ…………」と呟き、げんなりとした表情で本日何度目かの深いため息を吐いた。

 そんな私たちのやり取りをここまで黙って聞いていたお兄様と、今やすっかり起き上がってベッドに腰かけているスハイル殿下もまた、二人同時に深いため息を吐く。

 なんで?と、再び首を傾げた私に、スハイル殿下が徐に口を開いた。

「ユーフィリナ嬢、そして守護獣殿にも初めてお会いするというのに、多大なる迷惑をかけた。すまない。しかも、いくら心の準備…………いや、酷く疲れていたからといって、あんな失態を晒してしまうとは…………本当に申し訳なかった」

 頭を下げてくるスハイル殿下に、聖獣であるアカは平然としていたけれど、私はただただ恐縮しきりとなる。

 そもそも、私がしたことと言えば…………紙を回収し、差し出したまではよかったものの、免許皆伝の隠密スキルのせいでスハイル殿下を驚かせ、あまつさえ気絶までさせてしまった――――――って、謝罪するのは私の方じゃない!

 あぁ……どうしましょう?これは土下座案件かしら?でも突然私が土下座するのも変な話だし。むしろここは黙って謝罪を受け取っておく方がとても平和的に終わるのではないかしら?

 ――――――――なんてことを考えている間に、私を一心に見つめてくるスハイル殿下の顔がじわじわと赤く染まっていく。

 まさか熱?と、心配になったところで、今度はその赤面を私からお兄様へ向けると、スハイル殿下は恨みがましい口調で文句を垂れ始めた。

「セイリオス、隠すんならもっとしっかり隠しておけ!これは目に毒だ!いや、もう目にしてしまった以上、すでに手遅れなのだが…………って、頼むから、そんな目で私を見るな!」

「いや、まだ手遅れではない。サルガス殿の能力を使えば、すぐにその問題は解消される」

「サルガス……って、お前まさか私の記憶を消すつもりか!」

「その方がスハイル殿下も心休まるだろう?あのように無様…………いや、芝生であのように白目で大の字になろうとも、スハイル殿下の麗しさは一向に色褪せたりはしないが、それでも殿下にとっては忘れてしまいたい記憶であることには違いない。その記憶がサルガス殿の能力を持ってすれば、忘却の彼方へと消えることになる。これほど心穏やかなことはないはずだ」

「いやいやいや、お前が消そうとしているのは主に、ユーフィリナ嬢とのことだろうが!たとえ失態の記憶は残してでもな!」

「なんとも人聞きが悪い。今まで殿下が積み重ねてきた輝かしい記憶に、一片たりとも羞恥を残さないようにと、忠臣である私がこれほど気を遣っているというのに……………」

「誰が忠臣だ!それにちょっと待て!いかにも私のためだと謂わんばかりだが、たとえ私の記憶の中から今回の失態が消えたとしても、お前たちの記憶には残っているだろうが!」

「問題ない。我々の中に記憶として残っていたとしても、殿下の前では誰もそれを口にしたりしない」

「それなら安心…………できるわけないだろう!だいたい私の前ではって、一体どこで話すつもりだ!」

「家族団欒の席だろうか?いやはや、こうして我が身を張ってでも、当家に楽しい話題を提供してくださる殿下には感謝しかないな」

「我が身を張って提供などしてないッ!」

 え~~~っと………………これは仲がいい?それとも悪い?いえ、これは仲がいいで正解よね。

 御学友同士の気の置けない会話を聞きながら、私は無性に嬉しくなっていた。

 お兄様にも、スハイル殿下にも、このように何でも言い合える友の存在があることに。

 しかし、今はそれをさておくとして、先程の件はお兄様の言う通り、スハイル殿下にしてみれば一刻も早く忘れてしまいたい記憶であることは間違いない。だとしたら、ここはさっさと私の中からも消し去って差し上げるべきだと思う。もちろんお兄様がうっかり家族団欒の席で持ち出してこようとも、私が阻止して会話にもしない。

 とはいえ、そう都合よく忘れることができないのが、記憶というもので――――――

 あぁ、だからサルガス様の“忘却”の能力を使うってわけね。けれど、さすがにそれはやり過ぎではないかしら。

 それとも、王弟殿下ともなると一つの汚点、失態さえも許せないものなのかしら。だって、威信が求められる立場だし、たとえどんなに小さな傷でも、何が命取りになるかわからないものね。

 そしてお兄様はそんな傷から殿下を守ろうとしているのだわ。自分が悪者になってまで…………

 憎まれ口を叩いているようにみせかけて、お兄様は真の忠臣なのね。

 ――――――なんてことを考えていると、医務室のドアがコンコンとノックされた。

 妙な生真面目さを感じる規則正しいノック音。

 その音に、医務室の使役獣であるシャムがてくてくとドアへ近づき、ウサギ特有の丸い手で器用にもドアを開ける。

 するとそこには――――――――


「スハイル殿下がお倒れになったと聞き、急ぎ手伝えることはないかと駆けつけました。殿下の御容態はいかがでしょうか?」

 

 急ぎ駆けつけたという言葉を証明するように、額に汗を滲ませた西の公爵家ご令息――――――現“忘却”の能力者であるサルガス・オッキデンスが姿勢正しく立っていた。

 

 

 

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