表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/150

挿話【Side:スハイル王弟殿下】報告会(1)

 “先見”で見た未来が覆る――――――――

 

 私はどこか半信半疑でいた。

 だからこそ、昨日の今日で緊急招集をした。

 理由はもちろん、昨夜の一件の話を聞くためだ。

 何しろ、まやかしだという炎の壁の中で一体何が起こっていたのか、当事者たちから何一つ話を聞けていない。それどころか、私はまたユーフィリナ嬢に会うことすらできなかった。

 何故ってそれは、セイリオスが気を失ったユーフィリナ嬢を皆に見せるわけにはいかないだの、何だのと理由を並び立て、“幻惑”の能力でユーフィリナ嬢を隠してしまったからだ。そして、そのユーフィリナ嬢を連れ帰ると言って、セイリオスはさっさと屋敷へと引き上げ、“紅き獣”である聖獣もまた、その後を追うようにしてあっさりと姿を消してしまった。

 ちなみに瀕死だった…………いや、報告上ではそうなっていたご令嬢はというと、シャムに付き添われながらではあるが、自分の足で元気に歩いて私たちの前に現れた。それはもうどこが瀕死だったのかと問い質したくなるほどの顔色の良さで。しかも――――――

『あ、あの、明日も花の仕入れで早く起きなきゃいけないんです。だ、だから…その……今日のところは帰ってもよろしいでしょうか?』

 などと、恐る恐るではあるが逆に尋ねられた。どうやら彼女はどこぞ爵位持ちのご令嬢ではなく、王都に店を持つ花屋の娘だったらしい。

 しかし、「はい、そうですか。ではお帰りください」と、このまま帰すわけにもいかない。

 そこで取り敢えず、ここまでの経緯を簡単に聞くことにしたのだが、聖獣と会った記憶もなければ、どうして自分がこんなところを歩いていたのかも記憶にないと言う。

 まったくもって話にならない。

 確かにその見た目は淡いブロンドに、碧眼。魔力量も少なく、感知魔法を通して確認したところ、やはりトゥレイス殿下が付けたと思われる“仮紋”もある。

 実際、“神の娘”の生まれ変わりが、必ずしも高爵位持ちで生まれてくるとは限らないため、王都に住む若い女性すべてが、トゥレイス殿下と“紅き獣”の確認対象だったことは理解できる。

 だが、彼女の着ているドレスは花屋の娘には縁遠いもので、それについて尋ねても、まったく身に覚えがないと首を横に振る。

 はっきり言って、謎しかない。

 そこで已む無く、もしかしたら一度家に帰って落ち着けば記憶が戻るかもしれないという、淡い期待をかけて家へ戻すことにした。もちろん送るという(てい)で見張りをつけてだが…………

 こうして何一つ収穫がないままに、私はようやくシェアトへ声をかけた。

 順番が最後になってしまったのは、このシェアトこそが私にとっての最後の砦だったからだ。

 あのセイリオスとは違い、聞けばすべてを誠実に話してくれるだろうとそう踏んでのことだったのだが、どうやら私の読みは甘かったらしい。

『スハイル殿下、大変申し上げにくいのですが、ここでは少々お話できかねる内容となります。できれば日を改めて、我々だけで話ができる場を設けていただきたいのですが…………』

 言われてみれば、確かにその通りだった。今回の件は到底立ち話程度で済む話ではない。それに何かしらの極秘事項も絡んでくることは間違いないだろう。

 少々嫌な予感を覚えつつも、思慮深いシェアトの言葉に従い、私は早速その場を設けることにした。

 それが、“報告会”と銘打ったこの緊急招集である。

 もちろんそのメンバーは、現能力者である東西南北の公爵子息たちと王弟である私、そしてその私の専属護衛騎士であるエルナト・アルスハイルだ。

 現在二十四歳だという私の専属護衛騎士は、鮮やかな金髪に澄んだ空色の瞳を持ち、いざという時には私の替え玉にもなり得る見目麗しい男だ。

 とはいえ、私の身代わり用のお飾り護衛騎士などではなく、剣と魔法にも優れ、王家直属の近衛騎士が誰一人として敵わないほどの腕前だ。そのため、まだ一度も対戦させたことはないが、セイリオスといい勝負なのではないかと密かに思っている。

 しかし、その性格はとにかく陽気。本来後ろに控え、どちらかというと寡黙に徹すべき立場のはずなのだが…………

『私は殿下の専属護衛騎士になるべく、剣と盾を持って生まれてきました。ま、その剣と盾は赤子仕様であまりに小さいため、今は残念ながら使っていませんけどね』

 などと、へらりと宣うような奴だ。それに対し、剣と盾の話はともかく、お前は絶対に口から先に生まれてきたはずだと、私は常々微笑とともに内心で返している。まぁ、どうでもいい話だが……………

 そんなエルナトがこの場に参加しているのは、私の護衛のためではない。

 そもそもこの招集メンバー相手に護衛騎士など不要だ。

 当然ここでいう不要とは、招集メンバーが強すぎるために、護衛騎士如きが一人いたとしても屍を増やすだけで意味がない――――ということではない。ただ単にこのメンバーへの絶対的信頼によるものだ。

 では何故エルナトがいるかというと、昨夜の私にずっと付き従っていたエルナトに、私に関する証言をさせるためである。

 つまり、昨夜の私がどのような行動をし、どのような命令を下したのかを客観的に述べさせ、この報告会を円滑かつ公平に執り行うためだ。

 そして、皆が少しでも話しやすいようにと、堅苦しい会議室ではなく、私専用の応接室でこの報告会は始まったのだが――――――――


「シェアト殿、この席順を見てどう思う。上座にスハイル殿下と、その後ろに王弟専属護衛騎士であるエルナト殿が控えておられることはわかる。だが、普段ならどの場所に座ろうとも自由なはずだ。しかし今回は、私とシェアト殿をこのように横並びにこの長椅子へ座らせた。つまりこれは“報告会”という名の吊し上げではないだろうか」

 セイリオスの言葉に、シェアトはただただ苦笑を返すのみだ。そりゃそうだろう。

 これはれっきとした王家の名の元に開かれた報告会だ。ここで「そうですね。完全に吊し上げですね」などと言える者がいたら、是非ともお目にかかりた…………

「うん、これは完全に吊し上げだね。間違いない」

 いた!それもすぐ目の前にいた!“読心”の能力者でありながら、まったく空気を読まないレグルスだ。

「いや、これは決して吊し上げなどではない。昨夜の件で一番詳しいのはこの二人だ。だからこその横並びであって、別に詰問し、吊し上げようというわけではない。ただあの時何があったのか、その事実を二人の口から聞きたいだけだ。それ以外の他意はない」

 そう断言した私に、セイリオスとレグルスから疑いの目が向けられる。

 いやいや、セイリオスはまだわかるが、何故レグルスがそんな目で私を見てくるのだ!

 ここはむしろセイリオスに、「セイリオスの考えすぎだよ。スハイルはただ話を聞きやすように、こんな並びにしただけだと思うよ」と返すのが、模範解答だろうが!頼むから、もっと空気を読め!

 あぁ…………本当に、私の御学友と称される奴らはどうしてこうも質が悪いのだ――――――と、天を仰ぎたくなる。

 しかし、仰いだところで今日はエルナトの顔がそこに見えるだけだろうからと、私は賢明にも思い直し話を進めることにした。が――――――――

「ところで今日は、高級なワインは出てこないんだ。やっぱりこれは吊し上げ確定かな?」

 などとレグルスが言い出した。

 こんな時ばかり、セイリオスもレグルスの言葉にちゃっかりと乗る。

「そうだな。前回は頼み事をするために、私たちの機嫌を取る必要があったのだろう。それゆえの高級ワインの登場だ。だが、今回は吊し上げ。何も今から吊るし上げる相手の機嫌など心配する必要もない。ま、ある意味裏表がないと言うか、裏が透けてて丸見えとでも言うか、なんともわかりやすいことだな」

「言えてる。それがスハイルなんだけどね。でもちょっとさ、王弟としてここまでわかりやすいのって逆に御学友として心配にならない?」

「確かにな。これからますます国王陛下の名代として諸外国と渡り合っていくことになる王弟殿下が、ここまで腹の底が丸見えだとすると、それはそれで考えものだな。どうやら私たちは殿下の御学友として、裏表なく殿下に尽くし過ぎたようだ。そのせいですっかり殿下は単純でわかりやすい………いや、素直な性格になってしまわれた。ここは我々も責任を取ってスハイル殿下をお守りすべく尽力するつもりではいるが、王弟専属護衛騎士であるエルナト殿にも踏ん張ってもらう必要があるな」

「はい。心してスハイル殿下にお仕えいたします」

 セイリオスの言葉に、天地神明に誓ってとばかりに恭しく返すエルナト。

 いやいやいや、お前ら一体どの口が言うかッ!

 思わず目の前の応接テーブルをひっくり返しそうになる。

 というか、サルガスよ。お前、ここに来てから挨拶以外まったく口を開いていないが、セイリオスたちの言葉をまるでメモでも取り出しかねない真剣な面持ちで聞くことはないのだぞ。なんならその実直すぎる性格を持って、この可哀そうな私を盛大に庇ってくれてもいいのだぞ。

 そしてシェアトよ。あれほど感情の振り幅が少なく、表情も薄かったというのに、苦笑とはいえそんな顔もできるようになったのだな。できれば、その変化をさらに進化させて、この私の御学友たちの口を“言霊”で塞いでほしいのだが…………うん、今後のためにもシェアトと後で合図を決めることにしよう。

 …………というか、何なのだこれはッ!

 私の性格のどこが素直だって?腹の底が丸見えだって?

 こう見えても、先日の外遊ではデオテラ神聖国の狸どもと、笑顔で騙し合いをやってきたのだ。腹の底が浅くては腹黒い狸どのも相手はできん。

 ………………いや、ちょっと待てよ。

 もしかしてこれはあれか!“紅き獣”の情報を仕入れてきたはいいが、その“紅き獣”が召喚獣ではなく、“神の娘”の守護獣である炎狼だったことに対する吊るし上げか?

 情報を仕入れるなら、もっと正確に仕入れてこい!――――――――的な?

 いやいや、だって聖獣と聞けば誰だって召喚獣だと思うだろう。それが今の世界の常識だ。

 まさかここで、千年もの間引き籠っていた“神の娘”の守護獣が出てくるなんて、誰が思うものか。いや、セイリオスなら思うのかもしれないが………………あぁ、そうだな。確かに私は素直かもしれないな。うん、セイリオスに比べれば、腹の底も浅ければ、非常に素直で純粋だ。

 ま、セイリオスと比べれば、どんな人間でも素直で純粋にしか見えんだろうがな!

 そう自分を慰めつつ、私は毎度のことながらガックリと項垂れた。そして後ろに控えるエルナトへ声をかける。

「エルナト……すまないが、私の私室からワインを持ってきてくれ…………あとグラスも、お前の分も一緒にな」

「これはこれは、なんとも寛大なるお言葉。エルナト、早速取って参ります」

 そう答えるや否や、エルナトは嬉々として応接室を出ていった。

 私はその背中を見送ることなく、深々とため息を吐く。

 別に、私がエルナトにワインを頼んだのは、セイリオスとレグルスに言われたからではない。

 ただ私自身が飲まなきゃやっていられない気分になったためだ――――――なんて言い訳を、その深すぎるため息に変換して。



 昨夜の私は、王弟専属護衛騎士であるエルナトと、王弟直属の近衛騎士団とともに王都の中央広場で、空に向かって魔法光が放たれるのを待っていた。

 こんなことを言ってはなんだが、国王陛下――――兄上の“先見”には非常に(むら)がある。といっても、見えた内容はすべて絶対的な未来であることに変わりはない。ただ、見える情報量に斑があるのだ。

 特に今回は、あまりにその情報量が少なかった。

 兄上曰く――――――

『見えたのは、夜の王都。そして“紅き獣”の足元で倒れている淡いブロンドのご令嬢だけだ。日に関しては、いつものように漠然と感じただけだが、次の朔の日で間違いないだろう。ただこれだけははっきりと言える。ご令嬢は“紅き獣”に殺される。何故なら、ご令嬢だけがすぐに灰色へと染まってしまったからだ。つまり私が見た“先見”はご令嬢が死んだ瞬間の光景だ。しかしそれ以上のことはわからない。正確な場所も、“紅き獣”の全体像もすべてだ。だが、このまま“紅き獣”を放置し続けるわけにはいかない。とにかくデオテラ神聖国の召喚獣と思しきこの“紅き獣”を我々の手で確保し、デオテラ神聖国にはこのご令嬢の一件は表沙汰にしないことで恩を売っておく。そして、早々かつ穏便に“紅き獣”を連れ帰るよう交渉するのだ――――――」

 そんな兄上からの情報と命を受けて私たちは動き始めたのだが、今回の“先見”はすべてにおいて曖昧すぎた。

 朔の日とは、新月。つまり月は見えない。そのため、いつもなら“先見”で見えた月や太陽の位置である程度の時間、方角が計れるのだが、今回に限ってはそれもできない。場所についても王都というだけで、それこそ絞りづらい。過去の“紅き獣”の目撃情報に規則性があればまだしも、完全に神出鬼没なためそれもない。

 そして肝心のご令嬢に関しても、淡いブロンドという手がかりしかなく、残る情報は確実に死ぬということだけ。

 元より、“先見”で見えた未来は絶対的未来であり、どんなに足掻こうが祈ろうが覆ることはない。そのため今回の被害者となるご令嬢がどこの誰だとわかったところで、守ってやることも、助けてやることもできないのだが、それでも彼女の後を追い“紅き獣”に辿り着くことはできる。

 だが、もたらされた情報ではそれすらもできなかった。

 そこで私は、王都を東西南北に分け、ここへ集う東西南北の公爵家の人員を使い、各担当エリアを巡回させることにした。そして(くだん)の“紅き獣”を見つけ次第、魔法光を空に放つよう命じていたのだが――――――――

 

「正直、あれには我が目を疑った。魔法光の代わりにあのような火柱が立ちのぼるなど、誰が想像するものか…………」

 ワイングラスをゆらゆらと揺らしながら思わずそう零す。

 今や完全に報告会の様相ではなくなっているが、ワインを出した時点でもう諦めている。そのため、私の口調もどこが愚痴めいていたが、それも致し方がないというものだ。

 私は中央広場で、東西南北のどの方角かはわからないが、それでも必ず上がることになる魔法光だけを、直属の近衛騎士たちに全方向を見張らせながら待っていた。にもかかわらず、東の空に上がったのはあの真っ赤な火柱。

 予想だにしていなかった光景に、私は暫しの間それを呆然と見つめていた。

 そんな私の耳に、エルナトの進言の声が届く。

『恐れながら殿下!あれは聖獣が発した火柱です!それもあの火柱から判断するに、“紅き獣”は炎の聖獣と思われます!急ぎ、我々も東へと向かいましょう!』

 そこで我に返った私はすぐさま近衛騎士たちに命じ、火柱を目指して馬を駆けることにしたのだが、ここでもまた問題が生じる。

「いやさ、確かにあの火柱にも驚いたけど、なんだかんだ言って一番参ったのは馬が怖がって、前に進んでくれないことだったね。結局さ、その場に馬を置いて王都を全力疾走する羽目になるし…………いつぶりだろ、俺が全力疾走したのって…………」

「あぁ……私もレグルスと同じだ。かなりの距離を全力疾走した。王弟になって全力疾走する日がこようとは夢にも思わなかった」

「そうですね。学園の授業でもあれほどの距離を走ることはありませんからね…………」

 そう最後に返したのはサルガスだ。それも生真面目が服を着ているとまで揶揄されるサルガスには珍しく、あんなことは二度と御免だとでも言いたげな切々とした口調になっており、しかも若干遠い目となっている。

 なにか道中で思わぬトラブルでもあったのか?とも思ったが、あっさりとその答えに行き当たった。

 なんてことはない。“紅き獣”の火柱が立ちのぼったのは東の端にある噴水広場。対するサルガスの担当エリアは西のエリア。位置関係で言えば、完全に真逆。馬が早々に無理だと首を振ったなら、相当な距離を走ることになったはずだ。

 そういえば、東の噴水広場へ最後に到着したサルガスは、フロックコートも着ておらず、クラバットも取り外され、シャツの袖もめくり上げられていた。さらには息も絶え絶えで、かなりヘロヘロだったような気がする。

 ただ状況が状況だっただけに、やっと来たか………くらいにしか思わなかったが、今にして思えばもう少し労ってやるべきだったかもしれない。

 そんな謝罪の意も込めて、私はなみなみとサルガスのグラスにワインを注ぎ、さり気なく話題を変えることにする。

 俗に言う、権力者特権だ。

「それにしても、王都の民が皆家にいてくれて助かった。あれはシェアトの“言霊”だな?」

 そう尋ねれば、シェアトは「その通りです」と頷いた。それからその時の状況を、詳細に説明し始めたのだが、私はそこからずっと我が耳を疑いっぱなしとなった。

「………………えっと、それでは何か?セイリオスの妹君であるユーフィリナ嬢が率先して、あの火柱目掛けて駆け始めたと言うのか?」

「はい。ユーフィリナ嬢はいつだって私の想像を軽く超えてゆくのです。ですから、確かに驚きはしましたが、同時に彼女らしいとも思いました」

 そんなことを柔らかな微笑みまで添えて告げてくるシェアトに、「一体お前は誰だ?本当に私の知っているあの感情の薄いシェアトか?」と、今度は我が目を疑い、問い質したくなる。

 しかも、あの火柱を見て怯えるどころか、我先にと駆け出すご令嬢なんて、私は今まで見たことも聞いたこともない。というか、そもそも私はまだ一度もユーフィリナ嬢を見たことがないのだが………………と、シェアトの隣に座るセイリオスへと恨みがましい視線を送りつける。

 するとセイリオスは、「スハイル殿下は、何やら私に物申したいことがありそうだ。いやはや、少々お転婆がすぎる妹を持つ兄というのも、何かと大変なものだな…………」なんてことを抜かしながら、これまた優雅にワインを傾けている。

 どう見ても、あらゆる角度から転がして見たとしても、とても大変そうには見えない。それどころか、むしろ面白がっているように見える。

 いや、それ以前に…………わざわざ身分を持ち出す自分も最低だとは思うが、それでも私は王弟で、対外的にとはいえ、王位継承権第一位の身であるにもかかわらず、なんだこの疎外感は!――――――とすら思ってしまう。

 だいたい今回のことにしたってそうだ。

 私たちはなんとか東の噴水広場まで駆けてきたはいいが、触れた者を確実に焼き殺すというまやかしの炎の壁に阻まれ、完全に締め出しを喰らってしまった。

 所謂、蚊帳の外というやつだ。

 そんな私にできたことと言えば、同じく締め出しを喰らっている東の公爵家の者と、ユーフィリナ嬢の専属侍女と名乗る女性二人から話を聞くことだけだった(ユーフィリナ嬢を心配しておいおい泣くばかりの侍女二人からは、結局何も聞けやしなかったが……)。

 そして、東の公爵家の護衛騎士だというラス・エラセドからの話でようやくわかったことは――――――――

 暴走状態だった“紅き獣”――――炎の聖獣をシェアトが“言霊”で抑えはしたが、聖獣は短剣で目を刺されており、完全に呪われてしまっているらしいこと。

 聖獣を刺したと思われるご令嬢はまだ辛うじて生きてはいるが、もはや時間の問題であること。

 ユーフィリナ嬢が聖獣へ近づくために、自分こそが“神の娘”の生まれ変わりであると名乗りを上げたこと。

 現在、ユーフィリナ嬢とその彼女の護衛として付き添ったシェアトは、この炎の壁の向こう側にいること。

 ―――――――ただ、これだけだった。

 もちろん俄かには信じられない内容も多分に含まれてはいた。しかし、肝心の“今”がどこにも含まれておらず、事態を収拾させようにも、炎の壁の向こうがまったく見えない状況では手の打ちようもない。とはいえ、このまま指をくわえて眺めて過ごすなど以ての外だった。

 そこでまずは、この眼前に立ちはだかるまやかしの炎の壁を打ち破るべく、いくつかの魔法を発動させようとした。だが、すぐさまエルナトに止められる。

『殿下、おやめください!あのまやかしの炎は実体あるモノを焼き尽くし、実体なきモノに対してはただのまやかしの炎なのです!つまり、発動した魔法はすべて通り抜けてしまい、中にいるシェアト様、ユーフィリナ様に害を及ぼす恐れがあります!』

『だったら、どうすればいいのだッ!』

 完全に八つ当たりだった。上に立つ人間として、我ながら本当に最低だ。だが、苦境に立つ二人に対して、何もしてやれない自分が不甲斐なく思えてならなかった。そんな私の気持ちを十分承知しているこの陽気な王弟専属護衛騎士は、ニッコリと笑ってさらにこう告げてきた。

『ここは信じて待ちましょう。必ず無事に出てこられますよ。そしてこれはあくまでも私の勘ですが、この炎の壁が消えると同時に、我々は驚くべき光景を目にするはずです。絶望の光景ではなく、希望に満ちた光景を』

『絶望ではなく……希望の……』

 実を言うと、この男の勘はよく当たる。将来、王弟専属護衛騎士を辞してご令嬢たち相手に占いの館でも開ければ、さぞかし大繫盛するだろうと思えるほどに。

 だから私はそれを鵜呑みにすることにした。いや、そうすることしかできなった。

 それからの時間、私は祈るような気持ちでまやかしの炎の壁をただただ見つめていた。そんな私のもとに、レグルスを先頭として北の公爵家の者たちが到着し、その後サルガスが疲労困憊で現れた。

 それでも事態はまったく動かず、皆が焦れ始めた頃――――――――

『今のって、セイリオスの声だったような…………』

『レグルス、それは“読心”か?』

『いや、違う。何度も試したがあの炎に邪魔をされて何も聞こえてこない。それに今のセイリオスの声はこの耳で拾い取ったものだ』

『まさか………そんなはずは…………』

 確かにまやかしの炎の壁の向こう側からは時折、聖獣の咆哮や、何かの衝撃音などが聞こえてきていた。だが、すべての音をまやかしの炎が吸収してしまうのか、それらしい声や音がするといった程度のことだった。

 そんな状況下でのレグルスの言葉。信じろと言う方が土台無理な話である。

 何故なら、セイリオスの担当エリアは王都の南のエリア。そしてそのセイリオスの姿を私はここに到着してからまだ一度も見ていない。もちろん東の公爵家の者たちの話にも、セイリオスのことはなかった。

 たとえ、百歩…………いや、一万歩譲って私より先に到着していたのだとしても、さらには東の公爵家の者にも気づかれなかったのだとしても、炎の壁の向こう側に行けるはずがない。

 それとも――――――――

 今ここにいないという事実こそが、炎の壁の向こう側にいるという証明なのか………

 ふとそんなことが脳裏を過ぎった瞬間、レグルスの言葉が事実であったことを証明するモノが現れた。シャムだ。

 シャムは学園の使役獣であり、普段は医務室で働いている。

 そのシャムが突然申し訳程度についている羽を一気に巨大化させ、我々の後方から宙へと飛び上がったのだ。

 何故学園を出てこんなところにいるのか。

 いつからそこにいたのか。

 なんなら飛べるということさえ知らなかったのだが………っていうか、それよりもっと意味がわからないのは――――――

『セイリオスはいつもいつも無茶ばかり言ってくるにゃ―――――ッ!』

 ――――――というシャムの台詞だった。

 喋れるのか…………いや、ウサギなのに何故語尾が猫なのだ?というか、やはりセイリオスはあの中にいるのかッ⁉

 疑問だけで脳内が埋め尽くされ、もはやまともな思考さえできなくなっていた。しかし、そんな私に追い打ちをかけるように、目の前では信じられないことばかりが立て続けに起きていく。

 シャムがセイリオスへの文句を口にしながら、まやかしの炎の中に真っすぐ飛び込んでいったのだ。

 魔獣とはいえ、シャムも実体あるものだぞ⁉と、咄嗟にエルナトを見やれば、『実体化を解除できるようですね』などと肩を竦めながら返される。

 そうか、その手があったのか!なら、早速我々も…………と、いきたいところだが、そういうわけにもいかない。なんせ我々は、魔法が使えるだけのごくごく普通の人間だ。神でもない限りそんな芸当ができるはずもない。

 ちなみにセイリオスは“幻惑”の能力者だ。そして“幻惑”とは、周囲の目を欺くための“幻”を創り出すことである。つまり実際そこにあるモノを“幻惑”によって周囲から見えなくすることはできても、完全に幻にできるわけではない。

 したがって、いくらでセイリオスでも自分の実体化を解き、幻に変えることはできない。

 そう、セオリーではできないはずなのだが………いや、できないだろう…………えっ?もしかして、できるのか?

 だが、ここまでの流れからしてセイリオスが中にいるということは―――――と、私はまやかしの炎の壁の前で、戦慄を覚えていたのだが、どうやらその答えは………………


「転移魔法陣だ」


 それはもう別の衝撃しかない答えを、セイリオスからはそっけなく返されてしまった。

 ここまでくると、巧く反応すらできなくなる。

「すごいな……」でもないし、「本当か!」でもない。

 うん、やはりこの報告会にワインは必須だ。

 っていうか、素面ではとても聞いてられん!

 

「エルナト…………」

「はい。ワインをご所望ですね。取って参ります」

「………………頼む」

 

 再びガックリと項垂れた私を尻目に、軽快な足取りでワインを漁りに行く、陽気で勘が鋭い王弟専属護衛騎士。


 あぁ……本当に悪酔いしそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ