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ヒロインは私が絶対に守ります(9)

 あれが“魔の者”――――――

 

 お兄様が放った光の渦に捉われた黒い人型の影にも見える塊。

 神々しい光の粒子が、人の身体で言えば胸から上と左腕を残した状態で綺麗に巻き付いており、その左手と思しき場所には、シャムから奪った“魔剣”を封じるための鞘がしっかりと握られている。

「セ、セリオス殿……あれが、聖獣殿を呪った“魔の者”……ですか?」

 まるで自分の目に映るモノが信じられないとばかりにそう問いかけてくるシェアトに、お兄様は自分が捉えた“魔の者”から一瞬たりとも目を離すことなく「あぁ、その通りだ」と返した。しかしその声は、すべての感情を押し殺してしまっているせいか、一段と低い。

 シェアトは静かに息を呑むと、これからに備えて己に残っている魔力量を確認し始めたようだった。

 正直、あの黒い人型をした影の塊が本当に“魔の者”だとしたら、今の私たちは非常に分が悪い。

 もちろんお兄様は最強の魔法使いであるし、シェアトだってかなり優秀な魔法使いで、“言霊”の能力者だ。そして呪いが解けた聖獣のアカもいれば、その能力のすべてを知るわけではないけれど、シャムもいる。

 明らかに戦力の数としてはこちらに分があるように見える。

 しかし、お兄様もシェアトもアカの件でかなりの魔力を使ってしまっている。アカだって左目の負傷と、呪いが解けたばかりの身体では、決して本調子というわけにはいかないだろう。さらに言えば、こちらには守るべきヒロインと、お荷物でしかない私がいる。何かを守りながらの戦闘は、身体の一部を拘束されながらの戦闘に等しい。

 それに、“魔の者”の存在自体がすでに計り知れないのだ。

 数百年もの間、その姿を現すことがなかった“魔の者”。とはいえ、子供の頃から読み聞かされる御伽噺のおかげで、この国の者でその存在を知らぬ者はいない。だからこそ、私たちにとって彼らはまさに恐怖の対象となっている。

 けれど、実際にその姿を目にした者は誰もいない。つまり、この御伽噺が暗黙の事実と知りながら、どこか架空の存在として受け止めているところもあったのだ。今を生きる我々にとって………………

 そのため、目の前の存在は完全に未知なる存在。しかも、その魔力量を一々量るまでもなく、その身体と思しき影から漏れ出す闇のエネルギーは底なしだ。

 つい先程まで暴走したアカに魔力を使い続け、怪我も疲労もあるお兄様たちにとって、この状況は最低最悪と言っても過言ではなかった。

 本当にどうすればいいのかしら………………

 私に纏わりつく“魔剣”を封じるための鞘は今、“魔の者”の手の中。

「それをお返しいただけますか?」と言って、話の通じる相手とも思えない。そもそも、この“魔剣”はあの“魔の者”の物であり、その鞘も当然“魔の者”の物であるため、「お返しください」というのもなんだか変な話だ。

 そうなると、むしろ「この“魔剣”をお返しします」と言うのが正しいところなのだろうけれど、残念なことにこの“魔剣”が私から放れようとしない。

 喩えるならば、保育園に預けようとしているのに、必死にママの足にしがみついて離れようとしない子供ようだ。いや、その喩えもどうかと思うけれど、なんだかこの“魔剣”からは妙な必死さを感じるのだ。

 感情など持たぬ剣なのに………………

 というか、その前にお兄様の光魔法によって捉われた“魔の者”は先程からピクリとも動かないのだけれど、この状況はどう解釈すればいいのだろう。

 死んでしまった…………?そんなわけはないわよね。だって、お兄様を筆頭に皆、臨戦態勢となっているもの。

 だとしたら、意識を失っているだけ?にしては、この漏れ出てくる魔力量が異常すぎるのだけれど……………

 そんな自問自答が私の中で繰り返された直後、お兄様が口を開いた。

「アカ、今は一時休戦でいいな?」

『已むを得まい。但し問題がある』

「わかっている。呪いから解放されたばかりでヨレヨレの聖獣にさほど期待はしていない」

『そこまで弱ってないわッ!』

「ならいい。だが、こちらも“魔の者”が相手となるとさすがに手一杯だ。我が身くらいは守ってくれ」

『ぬかせ。オレは守護獣ではあるが、守護より攻撃型だ。呪いをかけられた礼くらいはしてやる』

「それは頼もしい」

 やはり“魔の者から目を逸らさぬままに、お兄様は”アカの言葉に満足したように頷き、今度はシェアトに向かって「シェアト殿」とだけ声をかけた。

 その意味を正確に捉えたシェアトからは「いけます!」という返事が即座にくる。その返しに「こちらもまた頼もしい」と告げて、お兄様は僅かに口元だけで笑みを漏らす。そして――――――――――

「来るッ!」

 お兄様がそう声を発した瞬間、私の身体は宙を浮いた。

 実際のところは、お兄様の右腕に抱きかかえられたまま、“魔の者”からの攻撃を躱すお兄様と一緒に左後方へと飛んだだけだ。

 そして、着地と同時に今まで立っていた場所を見れば、直径二メートル程の黒く大きな球体が地面に半分埋もれていた。

 当然、アカもシェアトもこれをしっかり躱しており、二人とも無事でよかったわ…………と、安堵の息を吐きかけたところで、アカが身体に纏う紅蓮の炎を頭上で凝縮させると、“魔の者”に向かってその炎の塊を放った。

「シャム!今のうちに“光結晶”まで戻れ!そしてそのご令嬢を守るのだ!」

 私たちから少し離れた場所で硬直していたシャムに、お兄様からの指示が飛ぶ。

「うぅぅぅぅ~やっぱりセイリオスはウザギ使いが荒いにゃ――――ッ!」

 そんな文句を漏らしながらも、例の羽を瞬間的に大きくすると、シャムは“光結晶”まで飛んだ。その間にもシェアトがシャムの援護と、アカの加勢をするように光魔法を発動させる。

「光魔法!光槍!」

 アカが放った炎の塊の後を追い、さらにはその塊が“魔の者”へ届くと同時に光の槍が炎の塊の中から出現すると、そのまま“魔の者”の胸元辺りを貫いた。

「やった……のか?」

 こんな簡単に?という問いかけにも聞こえるシェアトの独り言に、お兄様が“魔の者”を見据えながら「まだだ」と静かに返した。確かに、“魔の者”は炎の塊に呑み込まれており、その中で光の槍に胸を貫かれている。いや、そう見える。

 けれど、人型の黒い影は霧散して消えるどころか、苦しむ様子も痛がる様子もなく、ただ鞘を手にしたままそこにあった。

 しかも、そのお兄様の返答に同意して返したのは他でもない“魔の者”自身だった。

「せいか~い。まだだよ。ピンピンしてる。っていうか、ねぇ今の何?攻撃してきたとか?だったら、もっと魔法の威力をあげなきゃ。せっかくじっとしていてあげたのに、これじゃ全然意味がないよ。あぁ~それともまだまだボクと遊びたいっていう意思表示なのかな?う~ん……人間と接するのは久しぶりだから、いまいち察しきれないんだよね。でもさ、そうだとしたら、こんなところでじっとしていたら申し訳ないね。早速、ご挨拶も兼ねてここから出ることにしよう」

 そう言うや否や、“魔の者”の足元………………といっても、光の螺旋に身体を絡めとられている状態なので、地に足も着いていないのだけれど、その光の螺旋の足元から真っ黒な影がその螺旋に巻き付くようにざわざわと這い上がっていく。そしてその影は、アカの放った炎の塊ごと“魔の者”まで呑み込んだ。瞬間―――――――――――

「シェアト殿、足元だッ!」

「えっ?」

 シェアトがお兄様の声に咄嗟に飛び退くと、シェアトの影が落ちている場所から“魔の者”が現れた。思わず光の螺旋へと目を向ければ、それはただのとぐろを巻いた黒き残骸として残り、炎の塊の光の槍も消え失せ、“魔の者”の姿もなくっている。

 つまり――――――――

「あらら、残念。見つかっちゃった。こっちのお兄さん、随分と影の気配に敏感みたいだね。このまま影の中に引き摺り込んで“魔物落ち”させてあげようと思ったのに…………いやぁ、残念だったなぁ…………」

 影の中を移動し、光の螺旋からこちらへと移動してきた“魔の者”。

 ギョッとするシェアトとは対照的に、とても残念だとは露程も思っていない口調でそう告げながら、“魔の者”はシェアトの影から上半身を生やしている。そして、地から這い出すように影の外へと出てくると、“魔の者”はそのまま地へ立った。

 やはり人型をした黒い影の塊。

 身長は、175センチ程。おそらく声の感じで男性のように思われる。しかし、目も口もないせいで、後ろを向いているのか、前を向いているのかさえわからない。それでも鞘を持つの手が左手だとするならば、おそらく“魔の者”は私の方を見ていると推察された。それを示すように…………

「これはこれは、ボクの短剣は君が持っていてくれたんだね。それにしても変だな?これだけボクの短剣が反応しまくっているのに、君全然呪われていないよね。それに心が悪に染まっている様子もない…………あぁ、なるほど!君がそうなんだね!やっと見つけたよ!でも、あれ?君の髪は白金じゃないんだね。目の色も違うし……………でも、まぁそんな些細なことはどうでもいいや。君であることは間違いないわけだしね。それにどうやら君のせいで、そこの炎の聖獣を呪うことに失敗しちゃったみたいだけれど、これは結果オーライでしょ!あっと、ごめん。麗しきレディの前でこの姿はないよね。ボクとしたことがこれは失礼」

 そう言いながら、“魔の者”は再び地から影を湧き立たせると、その影にすっぽりと全身を覆わせてしまう。けれどそれも一瞬。すぐにその影が地へと引いていくと、そこには貴族然としたシェアトや私とは然程年頃の変わらない男性が立っていた。

 黒のフロックコートとグレー地のシルクに銀の刺繍で飾ったクラバット。ご丁寧にトップハットまで被っている。

 そして黒髪に、黒い瞳。シェアトの髪も漆黒の黒だけれど、さらにそれよりも黒が深く見える。しかし、癖のないシェアトの髪と違って若干癖があり、決して重くは見えない。

 けれどそれ以上に目を引くのはその顔の造形だ。

 お兄様もシェアトも、すべてのご令嬢が思わずため息を吐いてしまうほどに見目麗しい。しかし、わざとなのか、性格ゆえなのか、常に表情筋が死んでいるトゥレイス殿下よりかは多少人間らしいけれど、それでも近寄りがたい空気を醸し出している。言い換えるならば、完全に観賞用に徹しているといった感じだ。

 でも、目の前の“魔の者”は違った。右目の下の泣き黒子のせいもあって麗しさの中にも甘さと色気があり、表情も豊かで、妙に人懐こく見えるのだ。

 少し微笑みを湛えただけで、思わず絆されてしまいそうな非常に危険な甘さが…………

「ボクの名前はアリオト。もちろん君たち人間のような家名はない。なんせ君たちが言うところの“魔の者”だからね。そしてボクがどうしてこんなところにいるかというと、あのウサギが実体化を解除して炎の壁の向こう側に飛び込んでいくのが見えたからね、ボクも実体化を解いて付いてきちゃったんだよ。だって、気になるじゃない。ボクが書いたシナリオ通りにちゃんと炎の聖獣が呪い殺されているか……ってね。でも、まさかこんなところで大本命に会えるとは…………これこそが君たち人間の言う運命ってやつなのかな?ところで君のお名前は?」

 もちろんアリオトと名乗った“魔の者”が誰に問いかけているのかは尋ね返さなくてもわかる。その瞳が私を捉えて離さないからだ。しかし、今の私は“魔剣”のせいで声を出すこともできない。いや、それ以前に……………

「悪いが、“魔の者”に返す名前など持ちわせてはいない」

 お兄様がさっさとそう返してしまう。それに賛同するようにアカもまた喉元でずっと唸り声を立てながら、『“魔の者”風情が、黙れ!』と容赦なく斬り捨てた。

 しかしさすが“魔の者”、お兄様の邪険な態度も、アカの威嚇もどこ吹く風だ。

「そっか………そのボクの短剣のせいで今はお話できないんだね。それにしても本当に君にべったりだな、ボクの短剣。うん。やはり持ち主の好みは持ち物にも移るみたいだね。ちょっとこの黒い影のせいでわかりにくいけれど、どうやら君はボク好みのようだ。だから、目的は変更するよ。“神の娘”の守護獣を呪い殺した上で、“神の娘”の生まれ変わりって娘にも消えてもらう予定だったんだけれど、その予定はキャンセルね。君はボクのお嫁さんにしてあげる」

「『「「「な(にゃ)ッ‼」」」』」


 はぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼


 トゥレイス殿下に引き続き、今度は“魔の者”アリオトからの求婚。しかも殺される予定からの大どんでん返しによる、一方的な花嫁宣言。

 いや、ちょっと、本当に、意味がわかりませんから!

 っていうか、この“魔剣”が今の私に纏わりついているのは、ヒロインの中にある“フィリア”の魂の影響を受けているからであって、私の力でも何でもないのよ。

 それに実際の私は、元喪女の冴えない公爵令嬢で、本当はこの世界の悪役令嬢なのだけれど、それすらも性格改変に失敗したために、ヒロインの引き立て役令嬢を目指す乙女ゲームで言えばモブの中のモブなんだから。

 まぁ確かに、ヒロインが“神の娘”であるとするならば、悪役令嬢である私がラスボスかもしれないという疑惑も浮上しつつあるのだけれど………………とまで考えて、私は気づいてしまった。

 まさか、“魔の者”の登場により大きくストーリー変更がなされる中で、まさか私も役柄にも大きな変更があるのかもしれないわ。

 それも悪役令嬢から完全なるラスボスへ。

 だって、もしここで本当にこの“魔の者”であるアリオトのお嫁さんになったりしたら、ラスボスの道まっしぐらじゃない!

 駄目よ駄目よ駄目よ!そんなの冗談じゃないわ!これも絶対に阻止よ!

 そんな決意を固めるも、やはりその決意を声に出すことは叶わない。しかし、この私の決意は告げるまでもなく、ここにいる皆の総意らしく、すぐさま問答無用で“魔の者”アリオトへと斬り返す。

 それも言葉ではなく、攻撃魔法で――――

「光牙‼」

「光槌‼」

『聖炎‼』

 間髪入れず放たれた三者三様の攻撃魔法。アリオトはそれをまた影に身を沈めて躱すと、ステッキのように鞘を携えたまま今度は私の目の鼻の先に現れた。そして人懐こい笑みを湛えながら無邪気にも告げてくる。

「うんうん、その怯える顔もまたそそられるね。心配しなくても大丈夫。ボクたちは君たち人間よりほ~んの少し優秀で強くて長生きなだけで、他はだいたい一緒だから。しかし、闇は光に惹かれるって本当だね。君の中の聖なる光に、ボクの中の闇がずっと騒めいている。その光を穢したい。闇で染めてしまいたいってね。あぁ……本当に可愛い。君のことはこれからずっとこのボクが愛でてあげる。君用の可愛い檻も作ってあげよう。今はこのお邪魔な影のせいでちょっとわかりにくいけれど、君の真っ白な肌にたくさんの印を付けてあげるからね。もちろんボクの所有印だよ。嬉しいでしょう?だからこのまま君がボクのものになるというのなら、この者たちのことは助けてあげよう。もちろん炎の聖獣ももう呪わない。あのウサギが守っている“結晶”の中の女の子もどうやら君の力で呪いは解けたようだけれど、ボクとの縁ができてしまった以上、“魔物落ち”は確実だ。けれど、今回に限り“魔物落ち”はしないで済むようにここで縁を断ち切ってあげる。どう?いい条件でしょ?話せないなら頷いて」

「却下だ」

 お兄様は右腕の中の私を庇うようにして、身を翻しながらも無詠唱で攻撃魔法を発動した。

 それがアリオトの頬を掠め、黒き血がツゥーッと頬を伝うようにして滴る。けれど、すぐにその傷も薄まり、跡形もなく消えてしまう。そんな無傷となった頬に、形跡だけを告げるように残った血をアリオトは指で拭い、その指先をぺろりと舐めた。それから世間話でもするかのように話しかけてくる。

「そうそう、これはボクたちにとっては常識なんだけどね、君たちが知っているかどうかわからないから一応教えておいてあげるよ。実は、ボクたちの再生能力は人間の約200倍ある。だから即死レベルの怪我を負わせない限り、すぐに再生しちゃうから意味がないよ」

「なるほど、それはいいことを聞いた」

 なんてことを有難がってもいない口調で告げると、お兄様は素早く詠唱を口にする。もちろん無詠唱でも魔法の発動はできるけれど、詠唱した方がその分魔法の威力が格段にアップするためだ。

「光、闇、風、地、融合魔法!暗黒星‼」

「なにッ!闇だと⁉」

 初めて見るアリオトの驚愕の表情。お兄様は僅かに口角を上げると、突き出した左手から握りこぶし程の黒い球体を出現させた。そして「吸い込め!」というお兄様の声に従い、その球体は目の前にいるアリオトの身体を一気に引き付け始める。

「これは……ブラックホールか…………」

 シェアトの言葉に、アリオトの表情が驚愕から焦燥へと変わる。

 当然だろう。ブラックホールは強い重力を持つために、物質だけでなく光さえも脱出できないとされる天体だ。その中に引き摺り込まれてしまえばいくら“魔の者”であろうとも、そこからの脱出は難しい。

「チッ!影法師ッ‼」

 アリオトはお兄様が作り出したブラックホールへ身体が引き寄せられつつも、再び実体化を解き、鞘ごと影の中に逃げ込んだ。そして今度は、お兄様が最初に放った光の螺旋の残骸――――――今やすっかりとぐろを巻いた黒い蛇のようになってしまった螺旋上に現れる。それから目を眇めるようにして、お兄様を訝し気に見つめた。

「ねぇ、あんた何者?人間で闇魔法の使える奴がいるなんて、ボク聞いたことないんだけど?」

 それに対しお兄様は、わざとらしく肩を竦めて見せる。

「“魔の者”ともあろうものが、いやはやそれは勉強不足だな。だが、いい機会だから一応教えておいてやろう。人間の中にはごくごく稀に闇魔法を使える者がいる。その一人が私だ。そもそもこの世界の魔力は、光、闇、水、風、火、地という6つの属性、所謂自然エネルギーに分類されている。確かに我々人間の魔力の基本は“光”だが、その対となる闇もまた自然エネルギーであるならば、それを属性に持つ人間が稀にいてもおかしくはないということだ。何も闇魔法は“魔の者”だけの専売特許ではない。むしろ、闇魔法しか使えない“魔の者”よりもすべての属性の魔法が使える私の方が断然有利だと思うのだが………さて、どうだろう?」

 お兄様の発言に、味方であるはずのシェアトが顔を引き攣らせた。気持ちとしては、味方にすればこれほど頼もしい存在はいないが、敵に回せば恐ろしすぎるといったところなのだろう。

 私もその意見に激しく同意だ。そしてアカもまた………………

『まったく………可愛げも何もあったものじゃないな。人間として…………」

 などと、ぼやき口調で零している。そんなアカに、このお兄様に可愛げを求める方がどうかしているわ、とだけ私は内心で返しておいた。

 しかし、アリオトにすればお兄様は完全なる敵。可愛げはともかくとして、頼もしいはずもなければ面白いはずもない。

「う~ん…………なんか興ざめしちゃったなぁ」

 なんてことを言い出し、手にしていた鞘に黒い影のような炎を放ち、燃やしてしまう。

 私たちが言葉もなくその光景を見つめていると、アリオトは突然思い出したかのように、さらにこんなことを言い出した。

「そういえばさ、その短剣……千年くらい前かな、ボクのお仲間がある聖剣を呪って、君たちが言うところの“魔剣”?にしちゃったんだよ。それをボクがもらったってわけ。今燃やしちゃった鞘はさ、ただの短剣に見せかけるにはとても都合が良かったんだけど、君を手に入れるためならしょうがないよね。その短剣の力を抑えてあげられるのは、今の所有者であるこのボクだけだから、君はもうボクに頼るしかない。あぁ……なんだ……余計なお遊びなんかやめて、初めからこうしておけばよかったんだね」

 アリオトはにっこりと笑うと、一瞬のうちにすんと感情ごと削ぎ落したかようにその笑みを消した。そして、闇魔法を発動させる。

「闇魔法!晦冥海(かいめいかい)‼」

「「『「ッ!」』」」

 まやかしの炎の鳥籠いっぱいに広がった暗黒の影。それはまるで光一つない常闇の海原のようで、私たちの身体を胸の辺りまで一気に沈めてしまう。アカに至っては顔だけが出ている状況だ。

 シャムもまた“光結晶”ごとヒロインを担ぎ、例の小さな羽を広げたけれど、飛び上がる寸前に足をこの暗黒の海に捉われてしまったらしく、徐々にその身を沈ませていた。しかし――――――――

「セイリオス、沈んじゃうにゃッ!シャム泳げにゃいにゃッ!あ、この“光結晶”を浮き輪代わりにするにゃ!」

 なかなか機転が利くシャムによって、シャムとヒロインはなんとか大丈夫そうだと、私は内心で息を吐く。

 けれど、それ以外の私たちは全然大丈夫ではなかった。

 闇魔法まで使えるお兄様はあくまでも例外として、光の神より創造された私たち人間の魔法の源は基本“光”だ。そのため各属性も光魔法を根本としてそこから派生したものだと謂われており、私たち人間にとって光魔法が癒しや回復となるのもそのゆえだとされている。

 しかし闇は私たちを蝕むものであり、魔力を吸収してしまうものだ。だからアリオトが創り出した闇に身体の一部が沈み始めた瞬間から、お兄様たちの魔力は一気に奪われてしまった。

 お兄様が闇魔法を使えるとはいっても、ただその属性も使えるというだけで、お兄様の持つ魔力の基本性質はやはり“光”なため、闇に沈めば魔力の減退は免れない。

 それはたとえ、如何なる“呪い”や“魔”を、寄せ付けない体質であろうともだ。

 もちろんそれは聖獣であるアカにも言えることで、むしろ光そのものである聖獣ゆえに、私たちよりも闇に捉われやすい。

 そう―――――――この常闇の海原は、私たちにとっての希望の光を封じるものだった。

 そんな海原の上へと沈むことなく降り立ったアリオトは、こちらに向かって海面上を歩いてくると、お兄様と一緒に沈んでいる私の前にしゃがみ込んだ。そして、首を傾げながら聞いてくる。

「さあ、彼らがどうなるかは君の返事次第だよ。ボクは優しいからね。君がボクのものになるとさえ言ってくれれば、彼らの“魔物落ち”はなしだ。ま、死んでもらうことには変わりないけどね。だって、そうでしょう?ボクも大事な鞘を失くしちゃったんだから、君も彼らも何かを失くさなきゃ平等じゃない。あぁ…………その泣きそうな顔堪らないよ。本当にゾクゾクする。これからはこのボクがたくさんたくさん可愛がって、たくさんたくさん泣かせてあげるからね」

 アリオトはそう言って人懐こそうな笑みを見せると、私に向かって手を伸ばした。

「ユ……フィリナ…………」

「ユ……フィリ…ナ……嬢……」

『……ユ………フィ…………』

 私を抱えていたお兄様の右腕の力は闇に呑まれ、ほとんど残っていないようだった。

 そのため、私の身体はいとも簡単に、アリオトの手で暗黒の海から引き摺り出されてしまう。

「あぁ、君の名前は“ユーフィリナ”って言うんだね。ボクの短剣を持っていてくれてありがとう。まだ君からの返事は聞いてないけれど、もういいよね。こうして君はボクの腕の中にいるんだし」

 とても生きているとは思えぬほどの冷たすぎる体温。

 その冷たさに私の身体はさらに震え出す。

「あれ?もしかして震えているの?君って何から何まで可愛いいんだね。あぁ……これで君はボクのものだ」

 新しいおもちゃを手に入れた子供のように笑うアリオト。

 無邪気でもあり、甘くもあり、危険すぎる笑顔に恐怖を覚える私。

 しかしアリオトは、その笑みを一瞬で消し去り、お兄様たちへと冷ややかな視線を向ける。

 私の中で鳴り響く警告音。

「残念だったね……でも君たちの光は、これからボクがたっぷりと穢してあげるから安心して」

 なんとかしたいのに、“魔剣”がどうしても私から放れてくれない。

 身体も動かなければ、声も出ない。

 そんな中で、お兄様と重なり合う視線。

 こんな時なのに、お兄様がふわりと笑う。

 お兄様……どうして…………

 そんなことを考える間にも、アリオトが片腕に私を抱き込んだままで、もう片方の手をお兄様たちへ翳す。

 嫌よ!そんな……やめて!お願いだから、もうやめて!

 しかし、その声はアリオトへと届くことも響くこともなく――――――――――

 

「沈め」


 お兄様たちは闇の海へと消えた。

 

 

 

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