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ヒロインは私が絶対に守ります(6)

「聖獣殿の暴走は止まったのか……?」

 シェアトの声に、時を止めていた鳥籠の中の時間が再び動き出す。

 聖獣イグニスから立ちのぼっていた火柱は消え失せ、そこには短剣に左目を貫かれ、身体のほとんどを黒で染めたイグニスだけがいた。

 そして私はというと、確か聖獣イグニスの前で両手を広げ仁王立ちしていたはずなのに、いつの間にやら腰を抜かしたように座り込んでしまっている。

 けれど、眼前にまで押し迫っていた巨大な炎の塊は、私に届く寸前で雲散霧消し、どうやら私は五体満足で生きているらしい。

 そのことを、小刻みに震える両手を見ながら実感した時、私の背後に禍々しいオーラが立ちのぼっていることに気がついた。

 うん、わざわざ振り返らなくともわかる。お兄様だ。私の背後に、闇の神、魔王も斯くやのお兄様が降臨していらっしゃる。

 できることなら、全力で逃げたい。でも炎の鳥籠の中にいる以上それもできない。

 さて、どうしましょう…………と、思った時、それは来た。

「ユーフィリナ、まったく何度私の心臓を止める気だ!あれほどお前を失えば、私も死ぬと言ってあるのに……」

 背後からお兄様に抱きつかれ、文句とも愚痴ともつかないそんな言葉をぶつけられる。

 あぁ……私はまたお兄様を泣かせてしまったようだわ(実際は泣いていないけれど)……

 そんなことを思いながら、「お兄様、ごめんなさい……」と、私は素直に謝った。

 しかし、いつもならば「ユーフィリナが無事ならもういい」と、言ってくれるところなのに、今日に限っては「いや、もう駄目だ。このまま私の腕の中に閉じ込めておくことにする」なんてことを言い出し始めている。

 考えるまでもなく、相当なショックをお兄様に与えてしまったらしい。

 今度こそ、本当にどうしましょう…………と、思った時、思わぬ助け船が来た。

『おい、さっさとフィリアから離れないと、オレか、お前の背後の立つ“言霊”の能力者に殺されるぞ』

 いや、助け船というより、それはあからさまな殺人予告だった。それも、自我を取り戻したらしい聖獣イグニスから――――――

 まぁ、確かにイグニスは“神の娘”フィリアの守護獣であるため、この私をフィリアと思い込んでいる現状から言えば、その台詞はまだ理解できるような気がする。けれど、シェアトがそんなことするわけないのに…………と、お兄様を背中にくっ付けたまま、僅かに動く顔を動かし、シェアトを見てみれば――――――そこには微笑んでいるにもかかわらず、全然目が笑っていないシェアトがいた。

 ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!

 常に品行方正で、紳士の中の紳士でいらっしゃるシェアトの身に一体何が起こったの!

「お、お、お兄様、お兄様、シェアト様が!」

 と、慌てて声をかけてみるけれど、お兄様はまったく意に介していない様子で「あれは醜い男の嫉妬だ。気にすることはない」と、益々私に抱きつく力を増してくる。

 いやいや、兄妹のスキンシップに醜い嫉妬もないでしょう?と、首を傾げたところで私は察した。

 なるほど…………一緒にイグニスへ立ち向かった仲なのに、お兄様が自分ではなく私に構っていることが面白くないのね。そうよね。ここは共に前線に立った男同志の友情を深める場面であるはずだわ。それなのにこんな時にシスコンを発動してしまうなんて、困ったお兄様よね。

 瞬時にすべてを理解した私は、ここはさっさとお兄様をシェアトに引き渡すべきだわ…………と、もう一度お兄様に声をかけることにする。但し今度はお兄様にもシェアトの気持ちが伝わるように、優しく諭すようにだ。

「お兄様、今は妹を構うよりも、男同志の友情を確かめ合うのが先ですわ。ですから、私のことは構わずに、どうかシェアト様のところへ行ってあげてください」

 すると何故か、お兄様の身体が私に抱きついたままの状態でピシッと硬直した。そして、耳の不調を疑うかのように尋ねてくる。

「………………ユーフィリナ、何を言っている?」

「えっ?ですから、男同志の友情を………」

「今からシェアト殿に抱きついて、確かめて来いと?」

「まぁ、抱きつくか抱きつかないかはお兄様にお任せいたしますが?」

 そんな私からの返答に、お兄様は相変わらず私に抱きついたままで、それはそれはもうどれだけ?というくらいの深いため息を吐いた。そして脱力感たっぷりに告げてくる。

「どうやら私はお前の育て方を間違えたらしい…………」

「はい?」

 聞き捨てならない台詞に、目を剥く私。けれど――――――

「『確かに…………』」

 シェアトとイグニスからこれまたしみじみと返されて、私は解せぬとばかりに眉を寄せた。



「それよりもお兄様、なんとかして彼女とイグニス様の呪いを早急に解かなければなりません!」

 立ち上がってからも、未だ私から離れようとしないお兄様に対し、私は口早にそう告げた。

 シェアトからの視線が妙に痛いけれど、今はお兄様が私にくっ付いていようが、シェアトからの視線がどれだけ刺さってこようが気にしている時間はない。

 にもかかわらず、ここで修正が入る。

『“アカ”だ』

 それは聖獣イグニスからの修正。

 確かに先程私はイグニスのことを“アカ”と呼んだ。それも無我夢中で無意識のうちに。

 その結果としてイグニスは自我を取り戻したのだけれど、その一連の流れから見て、イグニスにとってこの“アカ”という呼び名は非常に意味があり、大事なものであることがわかる。

 しかも、よくよく考えてみれば相手は聖獣。聖なる生き物であり、私たち人間が敬うべき存在だ。

 その存在に対して、“アカ”はない。おそらく見た目の色から付けられたあだ名だとは思うけれど、絶対に“アカ”だけはあり得ない。ネーミングセンスを疑うレベルだ。そして聖獣を呼ぶにしても、シェアトのように“聖獣殿”と呼ぶか、“イグニス様”と呼ぶ方が正しい。

 それに何より、イグニスとってそれほどまでに大事な呼び名を(ネーミングセンスはともかく)、果たしてこの私が呼んでいいものなのか…………と、後ろめたさにも似た気持ちがどうしても付き纏う。

 何故ならあくまでも私は、意識がないヒロインの代わりであって、“フィリア”の生まれ変わりではない。

 先程思わずそう呼んでしまったのも、ただの偶然にすぎず、火事場の馬鹿力ならぬ、土壇場の根拠のない口走りだ。…………たぶん。

 そして、同時に脳内で響いた男性の声。

 得体の知れない声のはずなのに、私は不思議とその声に妙な安心感を覚えた。さらには、この声が言うことだからこの呼び名は合っている…………などと、自分の根拠のない口走りに、根拠のない自信さえも得ていた。

 自分のことながらまったくもって不可解である。

 そもそもの話、私の脳内に響いた声はイグニスにも届いていたのだろうか?

 いや、届いたからこそ、イグニスの暴走は止まったように思える。

 ううん…………正確に言うならば、この謎の声を響かせた男性がイグニスの暴走を止め、炎の塊も消した…………ような気がする。何故ならあの時、お兄様たちですら魔法発動は間に合わない状況だった。そして何よりイグニス自身、いくら自ら放った炎の塊とはいえ、自我が戻ると同時に、たちどころに消せるとも思えない。

 そうなるとやはり謎の声の男性が――――――となるのだけれど、それらしき人物が鳥籠の中に入り込んだ形跡はない。あれ以降、その声も完全に途絶えてしまっている。

 もちろんその人物…………いや、その存在に心当たりがないわけではない。むしろ有り過ぎるくらいに有る。

 しかし、まさかね………という思いも少なからずあったりするわけで――――――

 けれど、まかり間違ってそれが事実なのだとしたら、余計に“アカ”と気軽に呼べる気がしない。というか、呼べない。

 ちなみに、あの口走りは私の中ではすでにノーカウントだ。

 そのため、私は眉尻を下げ困り顔となった。そんな私の顔が見えているはずもないのに、イグニスが『フィリア、“アカ”だ』と、さらに“アカ”呼びを求めてくる。

 それでも呼び渋る私に、お兄様は「望むように呼んであげなさい」と諭すように告げ、イグニス――――もとい、アカに対しては………………

()()、言っておくが、この娘は“フィリア”ではない。“ユーフィリナ”だ」

 などと、逆に堂々と“アカ”呼びで修正を入れた。

 そんなお兄様に、今度はイグニスが勢いよく捲し立てる。

『誰がお前に“アカ”と呼んでいいと言った!呼んでいいのはこの世界に四人だけ…………いや、あとの三人は勝手にオレのことを面白がってそう呼んでいただけで、オレは全然許してない!だからお前のような者が………』

 とまで告げて、何故かアカは黒く染まった口をぽっかりと開けたまま固まってしまった。

 まるで、黒い狼の石像。

 呪いのせいで動けなくなったのかもしれないと、私は不安に駆られながら慌てて声をかける。

「ア、アカ?どうしたの?大丈夫?」

 するとアカは、突然覚醒したかのようにぴょんと後ろに跳ね退った。そしてそのまま前傾姿勢となり、お兄様に向かって威嚇するように吠え立ててくる。

『お、お前……その禍々しい気配に、そのとてつもない魔力量は…………』

「これはこれはご挨拶がまだだったな。私はセイリオスだ」

『はっ?』

「セイリオス・メリーディエース。南の公爵家の者だ。そしてこの腕の中にいるユーフィリナは私の命よりも大事な妹」

『なっ?』

「そしてこちらが現“言霊”の能力者であるシェアト・オリエンス殿。東の公爵家のご子息だ。それにしても、神の特別な獣である聖獣の中でも、最も気高き聖獣と言われる二体の内の一体が“魔の者”にしてやられるとは、なんとも嘆かわしいことだな。おそらく千年もの間ずっと引き籠っていたのであろう?そのように勘が鈍った状態で、果たして“神の娘”の守護獣が務まるのかどうか……………いやはや、私は心配で胸が張り裂けそうだ。なぁ、()() 殿()?」

 とても聖獣相手とは思えないお兄様からの一方的な自己紹介かつ、辛辣すぎる意見に―――――――

『…………なるほど、今やお前が絶対的な守護者というわけか……』

 と、アカは妙な納得をしつつ、ガックリと項垂れた。


 

 しかしこの間にも、時間は指の間から零れ落ちる砂のようにさらさらと流れ、残酷にも過ぎてゆく。

 

 私は素早くお兄様の腕から抜け出ると、アカへと近づいた。

「アカ、お願い。私はアカも彼女も両方助けたいの。そのためにはここを出て、あなた達をまず医者と回復師に診せる必要があるのよ。だから、この炎の壁を消してほしいの」

『フィリ…………いや、今はユーフィリナか…………いくらお前の頼みでもそれはできない』

「どうして!」

『それはオレもその娘も、もう助からないからだ』

 頭のどこかではわかっていたことをそのまま返され、私は言葉を失う。

「ユーフィリナ嬢……大丈夫か?」

 心配そうに声をかけてきたシェアトに、私は大丈夫だと淡く微笑んでから、頭ではなく心が叫ぶままに口を開き直す。

「いいえ、私は最後まで諦めないわ。アカが朽ち果てていく姿を見たくないの。そして、アカに彼女を殺させたくない。たとえ今、アカが彼女にトドメを刺さなくとも、このまま彼女が死んでしまえばアカが殺したことになってしまう。そんなことは絶対に嫌なの。アカも彼女も救いたいのよ。だから、私に協力してちょうだい!」

『無理だ、ユーフィリナ。その願いだけはどう足掻いたとしても、叶わぬものだ。“魔の者”に呪われれば、聖なるものは朽ち果て、聖なるものを呪った人間もまた呪われ“魔”に落ちる。その娘の魂はすでに“魔の者”のものだ。セイリオスならば、知っているだろう?呪われし人間の末路を…………』

「……………あぁ、知っている」

 お兄様は何の感情も乗せず淡々と答えた。しかも、知っていると答えだけで、それ以上は何も語ろうとはしない。

 そんなお兄様に、アカはやれやれとばかりに息を吐いて、自ら先を続けた。

『“魔の者”はこの世界の異端。つまり神の定めし運命に左右されることもない。だからこそ、神が定めた理――――運命をも狂わせることができる。そしてそれは、神の定めた道から外れるということに外ならない。いいか?死んだ人間の魂は、浄化の名のもとに過去の記憶を消され、新たな命として生まれ変わる。それこそが神の定めた正しき道だからだ。しかしそこから外れるということは、その魂は浄化されることなく、“魔”として蘇る。過去の記憶を持ったまま、穢れた魂のままでだ。まぁ……記憶については心が穢れれば穢れるほど失っていくがな』

「そ、それは“魔の者”になってしまうということ?」

『違う。ユーフィリナは聞いたことがないか?魔獣がどのようにして生まれるのか』

 僅かに首を捻った私の横で、シェアトが息を呑んだ。そして私の代わりにシェアトが口を開く。

「聖獣が神の特別な創造物であるならば、魔獣は神の影なる存在から生まれし物とも、人間の魂が穢れた成れの果ての物だとも謂われている。つまりそれは…………“魔物落ち”」

『そうだ』

 今度は私が息を呑む番だった。もちろん、その話を知らなかったわけではない。けれど、どこか御伽噺のような感覚で受け止めていた自分もいて、それが今、聖獣であるアカからこれは紛れもない厳然たる事実なのだと突きつけられたことに、動揺を隠せなかった。

 そして、“魔物落ち”という言葉に、私は言い知れぬショックを受けていた。

 今にも崩れ落ちそうとなる身体を、お兄様に支えてもらわなければならないほどに…………

『そして“魔物落ち”した人間はもう、神の定める道に戻ることはできない。そう、光の神ですらその魂は救えない。知っているとは思うが、魔物は人でも、獣でもない。かつて人の魂だった“物”すぎず、闇で蠢くただの穢れた“物”だ。そしてその魔物同士で喰らい合い、さらに穢れ落ちてく中で身体を得て、魔獣と化す。まぁ、その点オレは朽ちてこの世界から消えるだけだがな…………』

 自嘲にも、絶望にも聞こえるアカの言葉に、私は何度も何度も首を横に振った。その反動で飛び散った涙に、自分が泣いていることを知る。しかし、紡ぐべき肝心な言葉は何一つとして口を衝いて出てこなかった。

 それを、私の諦めだと受け止めたのかはわからない。

 けれど、アカはシェアトに向かってこんなことを言い出した。

『“言霊”の能力者よ………確か、シェアトと言ったか?頼みがある』

「なんでしょう?」

 聖獣であるアカの頼み。アカにとっては最期となるかもしれない頼みを、シェアトは真摯に受け止めるべくアカを見つめた。

『何、簡単な頼みだ。オレもこんな呪いで朽ち果てるなど、正直我慢がならない。聖獣としてのオレの矜持が許さない。だから“言霊”で命じろ。“死ね”とな』

「なッ!」

「………………」

「アカッ!」

 私たちは三者三様の反応を示した。

 シェアトは絶句し、お兄様は黙ってアカを見据え、私は悲鳴に近い声を上げた。

 しかし当のアカは飄々と続ける。

『シェアト、お前は優秀な“言霊”の能力者だ。確かに自我を失った際にお前の“言霊”を解除してしまったようだが、何もお前の“言霊”が劣っていたわけではない。それどころか、オレは一度“言霊”に動きを封じられているしな。だから問題はない。自信を持ってオレに“言霊”をかけろ。そうすれば、必ずかかる』

 そんなことを言われたからといって、シェアトが「わかりました」と、頷くわけがない。

 ギリギリと歯を食いしばり、身体全体を震わせ始めたシェアトに、アカは気配だけで何かを感じ取ったのだろう。さらに言葉を重ねてくる。

『どうした?シェアト。自信がないのか?そうだな。確かにお前の“言霊”には遠慮が見える。そもそも“言霊”の能力に大事なものは、想いの強さだ。相手の想いに負けてしまえば“言霊”はかからん。その逆で、想いが強ければ強いほど、その“言霊”が解除されることはない。それは能力者が解いてやらない限り永遠にだ。その点、今回は問題ない。オレは聖なるものであるが故に、自らの意志で命を絶つことはできないが、このまま呪いなんぞで朽ち果てるくらいなら、その前に誇りある死を選ぶ。だから、お前の“言霊”に歯向かうことはない。だから安心してオレに“言霊”をかければいい。ただ一言“死ね”と命じれば事足りる。後はオレがお前の“言霊”に従い、オレ自身を殺すだけだ』

「………………………………」

『さぁ、怖がる必要はない。言うのだ、シェアト」

「………………………………」

『言えッ!』

「アカッ!」

 もう、我慢ができなかった。できるわけがなかった。

 そんな“言霊”をアカにかけてしまえば、今度はシェアトの心が死んでしまう。

 気がつけば、私はお兄様に支えられながら、アカに向かって叫んでいた。

「馬鹿なこと言わないで!あなたはどれほど酷いことをシェアト様にお願いしているかわかっているの⁉シェアト様の“言霊”は確かに武器にもなる!けれど、決して凶器ではないの!」

「ユーフィリナ嬢…………」

 今にも泣いてしまいそうなシェアトの声に、私は思わずお兄様の腕を抜け出て、シェアトへと駆け寄った。そして、シェアトの両手を取り強く握る。

「シェアト様の言葉は優しくて、真っすぐで、ちゃんと体温があって、想いもたくさん詰まっています。だからこんなにも苦しいんです。シェアト様の“言霊”は凶器ではありません。誰かを守りたいという気持ちの結晶なのです。だから、アカの言葉に耳を貸さなくてもいいのです。こんな心にもない残酷な言葉を口にする必要はないのです」

 私はもう一度、シェアトの手を強く握り直し、「ね、シェアト様」と微笑む。

 すると、シェアトもまた私の手を強く握り返し「本当に………君って人は……………」と一筋の涙を零した。

 そして私は再びアカへと向き直る。

「アカ、シェアト様に謝りなさい!」

 私の一言に、アカは驚いたかように毛を逆立てた。いや、そんな気した。

 しかし完全に説教モードに入ってしまった私は、相手が神聖なる聖獣だということも、今の状況もすべて棚の上に放り投げてガミガミとしかりつける。まるでそれがいつもの日常であるかのように……………

「アカ、いくら聖獣とはいえ、頼んでいいことと駄目なことがあります!自分の矜持のために、人の心を傷つけてもいいという道理はありません!それに、自分自身だろうと敵相手だろうと、簡単に“殺す”なんて言葉を口にしてはいけません!反省しなさい!」

 心なしか私に怒られしゅんと小さくなってしまった(それでも三メートル以上はあるけれど)アカに、私は少し言い過ぎたかしら…………と、ここで口調を和らげる。

「ごめんね、アカ……あなたを救う方法も見出だせないのに、こんな偉そうなことを言って……でもね、やっぱり私は最後まで諦めたくないの。きっとあなたからすれば、これこそ私の我儘だと思うかもしれない。いえ、わかってる。これは立派な我儘よ。けれど、絶対に諦めなければ、救う手立てがあると私の心がそう言っているの。私はね、魔力枯渇寸前の最弱すぎる魔法使いだけれど、諦めの悪さだけは最強を誇るのよ。だからアカ、諦めなさい。そう簡単に朽ち果てられるとは思わないで!」

 最後の捨て台詞は、言った傍から羞恥のために入れそうな穴を探したい気持ちになったけれど、嘘偽りない気持ちでもあるためここは開き直ることにする。なのに………………

「くっ……あははははははははは…………」

 お兄様に盛大に笑われた。もちろんすぐさま入れるような手頃な穴はない。顔に向かって熱が一気に集まってくるけれど、それを回避することもできない。そのため、「お兄様、笑いすぎです!」と、真っ赤な顔をぶら下げたままでお兄様を睨みつける。

「すまない、ユフィ……お前があんまり可愛いらしいことを言うものだから、つい……」

「お、お兄様、今のどの部分に可愛いらしい台詞がありました?」

「いや、もう…………全部が可愛くて、私には堪らなかった」

 そう言いながら、未だに笑いの余韻を引き摺っているお兄様に、今度は呆れしかない視線を送る。

 正直お兄様の可愛いの感覚がわからない。もしかしたらこれは超シスコン仕様の笑いの壺かもしれない。

 そんなことを思いながら、口を尖らせた状態で依然として顔から引いていかない熱を持て余していると、お兄様がふわりと微笑んだ。そして、アカへ告げる。

「アカ、諦めろ。私も諦めることを諦めた。だから、お前もユーフィリナを信じて、そうするのだ」

 お兄様の言葉に、アカは首を傾げた。

 左目には短剣、ほぼ全身を蝕む呪い。それでもその仕草が妙に可愛く見える。けれど、暫しの間の後――――――

『……っ………くくくくっ…あはははははははははははは…………』

 アカもまた大きな口を目一杯開けて、笑い始めた。そして、全身を震わせながら、途切れ途切れに告げてくる。

『あぁ、千年ぶりに……フィリアに怒られた…………本当に、千年経っても……名前が変わっても…………何にも変わってないなんて………………あぁ、あぁ……オレの負けだ。もう、オレの負けでいい。諦めることを……諦めてやる…………まったく、こんなに笑ったのはいつぶりだ?これも千年ぶりか?ならば……千年待った甲斐があるというものだ…………なぁ……セイリオス』

「あぁ……そうだな」

 しみじみと実感すら込めてそう返したお兄様を、少々怪訝に思いながら見つめる。

 けれど、その怪訝もアカの笑い声の前に、あっさりと消えてしまう。

 はっきり言って、思いっきり笑われているだけに、素直には喜べない複雑な心境だ。

 それに私は“フィリア”の生まれ変わりではない。意識のないヒロインの代弁者のようなものだ。

 もちろん今のこの気持ちと言葉に嘘はないけれど、やはりアカを騙しているような罪悪感はある。

 けれど、アカが笑ってくれるなら、諦めないと言ってくれるなら、今はそれでいいかな……とも思う。というか、思うことにする。いや、思い込む。

 そしてそのままシェアトへと視線を向ければ、シェアトもまた微笑んでいた。

 

 しかしこの間にも、時間は指の間から零れ落ちる砂のようにさらさらと流れ、残酷にも過ぎてゆき――――――――――

 

 アカは存分に笑って、その笑いを余韻ごと呑み込むと、殊更ゆっくりとした口調で告げた。


 

『―――――――――だが、時間切れだ』

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