ヒロインは私が絶対に守ります(3)
王都の夜空を貫く紅蓮の炎の柱。
距離があるため、実際の大きさまではわからない。
それでも、巨木と呼ばれる大木よりも遥かに大きいことだけは遠目でも十分にわかる。
そして天を焦がさんばかりにそそり立つ火柱の下に、私達が探す“紅き獣”がいることも――――――――
そんな衝撃的な光景と状況に混乱しつつも、この見失いようもない目印を手に入れた私とシェアトは、今全力で王都を駆けている。
そう、文字通りの全力。
馬車ではなく、自分の二の足でだ。
その理由は言わずもがな、馬たちが近づくのを恐れたためである。
状況が状況なだけに、もちろんシェアトからも、そしてミラとラナからも、このままおとなしく馬車で待つようにと言われた。その口調は、説得というよりも懇願に近かったかもしれない。けれど、「申し訳ございませんが、そういうわけには参りません」と告げて、私は我先にと馬車から飛び出した。
そうなれば、先程私に付き従うと誓いを立てたシェアトとしては、後を追ってくるしかないわけで――――――――
すぐに追いついたシェアトは「知っていたけれど……十分すぎるくらい知っていたけれど、やっぱり君は突拍子もないね」と、いとも簡単に私を抜き去りながら苦笑とともに零していく。
その台詞に、はて……私はいつ突拍子もないことをしたかしら?と首を傾げつつ、シェアトの背中を追った。
ちなみにミラとラナも馬車を降り、私たちの後を付いてきているようだった。しかし、制服姿の私よりもスカート丈が長い分、さすがに全力疾走は無理らしく、今やその姿は遥か後方で豆粒となっている。
私としても、か弱き女性を二人きりにしてしまうことに、多少の抵抗はあるけれど、いざとなればそれなりの魔法が使え、一応護身術も身に着けている優秀な侍女たちである。そして目指す場所も同じで、その目的地から目印となる炎が煌々とそびえ立っている状況であるならば、迷子になりようもない。
そんなわけで、距離がどれだけ開こうとも何も問題はないはずだと判断し、私はシェアトと一緒に先を急いだ。
しかし、それもすぐに頓挫することになる。
現在時刻は、王都の時計塔がつい先程鐘を鳴らしたので、午後八時を少し回ったところだと思う。
王都の人々にしてみれば、ゆっくりと夕食を食べ、膨れたお腹を抱えながら家族団らんで過ごす時間のはずだった。
しかしそこへ、突如として上がった火柱と、地を揺らす地響き。
まさに天災。
ここ数年大きな災害に見舞われたことがない王都に住む人々とって、その異変は恐怖の対象でしかなく、皆一様に着の身着のままといった体で家や店を飛び出した。
そして、その先で目の当たりにした尋常ではない紅き炎に、ただただその場で呆然と見上げる者、少しでも遠ざかろうと子供の手を握り駆け出す者、中にはその炎の正体を突き止めるべく走り出す強者たちで、通りは忽ち埋め尽くされていく。
その犇めき合う人波を掻い潜るようにして前へ進もうとする私とシェアト。けれど、気持ちばかりが先行していくだけで、身体は一向に前へ進まない。しかも、どちらかといえば華奢な身体つきである私では、この恐怖と混乱で荒れ狂う人波に、いとも簡単に呑み込まれてしまう。
「ユーフィリナ嬢、手を!」
「はい!」
目指すべき目的地は見えている。
だから、たとえ今ここではぐれたとしても問題はない。
しかし、今シェアトと離れることは得策ではないと、私は迷わずシェアトの手を掴んだ。
力強く引き寄せられる身体。と同時に、シェアトが風魔法とともに“言霊”を使う。
「風魔法!あまねく響け!風鐘‼家に戻れ!」
風に乗り、一気に拡散したその声に、狂気の波と化していた人々が引き潮の如く通りから徐々に消えていく。
足を止めることはなかったけれど、私はその光景に目を瞬かせた。
「学園の時にも思いましたが、シェアト様の“言霊”の能力は凄いですね。これだけの人々に対し“言霊”を使えるなんて」
そんな私の率直な感想に、シェアトは振り返ることなく「君のおかげだよ」とだけ告げて、私の手を強く握り直す。
正直、どうしてシェアトの“言霊”の能力が私のおかげになるのかわからない。けれど何故か――――――
「そう、それならよかったです…………」
そう答えるべきだと、この時の私は思った。
シェアトの“言霊”の能力のおかげで閑散となった通り。
そうなると、もはや手を繋ぐ必要もないのだけれど、一般のご令嬢並みにしか体力がない私にとって、今やこのシェアトの手はとても有難い牽引力となっていた。というより、慣用句でも教訓でもなく、事実上の転ばぬ先の杖のようなもので…………………
石畳に躓いては支えられ、何もないところでも足を縺れさせては支えられ、シェアトという立派な杖がなければ、今頃私の足は無残なことになっていたに違いない。
しかし、どうにかこうにか無傷のままで走り切り、息も絶え絶えで辿り着いた場所は、王都の人々に憩いの場として親しまれている王都最東端にある噴水広場だった。
ゆらゆらと揺れ動く炎の柱によって紅く照らされた広場。
その広場の中央に設置された噴水は、時間ゆえなのか、それとも聖獣の放つ炎により枯れ果ててしまったのか、今は水を噴き上げることもなく沈黙を保っている。そして、その噴水中央に置かれた“嘆きの神の像”という妙に存在感たっぷりの彫像は、広場入口付近に立つ私とシェアトの視界を塞ぐようにして、この火柱の元凶である“紅き獣”の姿をすっぽりと隠していた。
けれど、そこにはすでに、シェアトが予め配置していた東の公爵家の者たちが到着しており、噴水を中心として左右へと翼を広げる形で展開しながら、風、水、地といった各属性の束縛魔法を発動させている。
シェアトはそれらの状況を瞬時に確認すると、私へと振り返った。
「ユーフィリナ嬢、手を放すけれど、また一人で飛び出して行ってはいけないよ」
まったく息の乱れもないシェアトにそう釘を刺されて、私は全身で息をしながら曖昧な微笑みを返す。
私だって何もなければ飛び出す気なんて毛頭ない。だいたいそこまで命知らずでもない。
しかし状況次第では………………と、まで考えて、常に魔力枯渇状態の役立たずである自分が、一体何を考えているのだろうと早々に思い直す。
そうね。何もできない私が飛び出すことで、とんでもない二次災害、二次被害が起こる可能性だってあるわよね。
ここはちゃんと自重するようにいたしましょう。
そう自分自身を戒め、「一人では絶対に飛び出しません」と、呼吸を整えてから真摯に返そうと口を開きかければ、シェアトに先んじられてしまう。
「ま、君が飛び出せば、私が“言霊”で止めるけどね」
シェアトから告げられたこれ以上もない奥の手。
その絶対的な奥の手を前に、まったく信用がないわね、私……………と、これまでの自分の行動を省みつつ、思わず肩を竦めた。
それから徐にシェアトから手が放され、私は再び牽引力なしでシェアトの後を追う。とはいっても、すでに目的地へ着いているため、東の公爵家の者たちがいる広場の中央付近へと向かうだけだ。
それでも、休日となると屋台や大道芸人で賑わう広場はなかなかに広大で、広場入り口から中央の噴水までだというのに、その距離は四十メートル以上もある。そのため、王都を全力で駆けてきた運動不足の令嬢の足には少々堪える距離だった。
しかし今はその足に最後の鞭を入れながら大急ぎで駆け寄れば、噴水近くで陣頭指揮をとっていた男性が私たちに気づき、「シェアト様!」と叫んだ。
聖獣から立ちのぼる紅き炎を背にしたせいで、身体の大きさだけがシルエットとして浮き上がり、その容貌はよく見えない。けれど、飾り気がない黒のフロックコートの下の帯剣から、彼は東の公爵家が抱える護衛騎士の一人なのだろうと推察する。
そして、シェアトがさらに近づきながら「状況は!」と返すと、その男性はシェアトの前で片膝をつき、すぐさま報告を始めた。
「シェアト様、お待ちしておりました。現在“紅き獣”に対し、ありとあらゆる束縛魔法を試しておりますが、すべて無効化されております。さすが聖獣といったところでしょう。ここはやはりシェアト様の“言霊”でしか止められぬと存じます」
「そうか。わかった」
あっさりとそう返したシェアトに、その護衛騎士と思しき男性は驚いたように顔を上げた。やはり影となっているせいで細かい表情までは見えないけれど、おそらく目を瞠っているのだろうと思う。
その驚きようにむしろ私の方が驚いてしまうけれど、シェアトにはその驚きの意味がわかるようで、立ちのぼる炎だけを見つめながら、「私はもう“言霊”を使うことに躊躇うことはない。だから安心しろ」とだけ淡々と告げた。
そんなシェアトからの言葉に、「よろしくお願いいたします。シェアト様」と、まるでひれ伏すかのように深々と頭を下げた男性の声には、喜色と安堵の響きがあった。
しかし残念なことに、今告げられた報告の中には、私の聞きたい内容が一切含まれてはおらず、さて、どうしましょう……と眉を寄せる。
しかし悩んだのは一瞬。
すぐさま腹を決めると、他家の者だと重々承知の上で声をかけることにする。とはいえ、こんな緊急時でもやはり礼儀として、まず名乗ることから始めなければならない。
本当に何かしらと回りくどいわね――――などと、公爵令嬢らしからぬことを思いつつ、私は口を開いた。
「突然お声をおかけすることをお許しください。私は、南の公爵家子女、ユーフィリナ・メリーディエースと申します」
「こ、こ、これはユーフィリナ様、こちらこそ大変失礼いたしました。私は東の公爵家に護衛騎士として籍を置きますラス・エラセドと申します。以後お見知りおきくださいませ」
やはりその表情は、紅き炎を背にすることで影となり、まったく読み取ることはできない。けれど、僅かに身体を跳ねさせて固まり、それから慌てて頭を下げてくる様子からしても、酷く動揺していることだけはわかる。
あぁ、そうね……私もこの状況下でうっかりしていたけれど、私の免許皆伝の隠密スキルのせいよね………
こんな非常時に、余計なビックリを味わわせてしまったことに、大変申し訳なく思いながら、その動転には見て見ぬふりをしておく。
さらには「まったく……私は散々探してようやく会えたというのに…………」という、シェアトの恨み言のような拗ねた声が聞こえてくるけれど、これまたいつものよくわからない独り言だと判断し、さらりと聞き流してやり過ごす。
そして私はラスと名乗った護衛騎士に、一番聞きたかったことを問いかけた。
「ここからではよく見えないのですが、“紅き獣”に襲われた…………いえ、今“紅き獣”の傍にご令嬢らしき人影はありますか?」
「はい。聖獣が纏う火柱の前に、ご令嬢が一人倒れていらっしゃいます…………」
あぁ………もう………………………
無数の刃が、私の心臓を抉っていくような痛みに襲われたけれど、最後まで望みは捨てないわ!と自分を鼓舞し、言葉を重ねる。
「では、感知魔法でご令嬢の状態を確かめましたか?」
「はい。今も確かめさせております。ご令嬢は酷い怪我を負っていらっしゃるようですが、まだ息はあります」
「生きているのね!」
思わず声を弾ませた私に、ラスは慌てて言葉を付け加えた。
「はい。生きてらっしゃることは間違いありませんが、しかしそれももう長くは………」
「ラス、もういい」
ラスと私の心痛を慮って、シェアトがラスの言葉を遮った。けれど、私にはどうしてもあと一つ確認しておかなければならないことがあった。
「シェアト様、申し訳ございません。ラス様にもう一つだけ質問させてください」
「もちろん、構わないよ」
シェアトからの承諾を得て、私はラスへと向き直った。
「ラス様…………」
「ラ、ラ、ラスとお呼びください!」
恐れ多いばかりに懇願してきたラスに、私は小さく頷いてから、もう一度口を開く。
「ではラス。今まで王都で目撃された“紅き獣”からあのような火柱は立っていたのかしら。もし今回が初めてだというなら、あなたはどうしてあのようになってしまったのか、その状況を見ましたか?」
そう、ゲームの中でも、シェアトから聞いた話でも、“紅き獣”の状態は決してこんな感じではなかった。もし、過去にもこの状態を目撃されているのだとしたら、“紅き獣”が出没している――――――などというあっさりとした目撃証言で終わるはずがない。
いくらこの世界には魔獣がいて、さらに従魔として王都を闊歩し、人々がどれほど獣慣れしているとはいっても、ここまでの炎を噴き上げられれば、王都全体が大騒ぎになるのは必至だ。
実際に、この火柱が立ちのぼった瞬間、通りは恐怖の坩堝と化し、人々は完全に冷静さを失っていた。もしあの時、シェアトが“言霊”の能力を使わなければ、私たちは今もこの広場に辿りついてはいなかっただろう。
それゆえの問いかけだったのだけれど――――――――
「仰る通り、私もこのような姿になったとは今まで聞いたこともございません。しかし、申し訳ございません。私どもがこちらに駆け付けた時にはすでにこの状態で、何故こうなったかについてはわかりません」
「そうですか。教えてくれてありがとう」
「い、いえ、お役に立てず申し訳ございません」
深々と頭を下げたラスに、今度はシェアトがこれからについての指示を与え始める。
それをただ目に映しながら、私は目まぐるしく考えた。
“紅き獣”は“神の娘”の生まれ変わりを探していた。だから普通であれば、襲うはずはない。それを証明するように、これまで“紅き獣”は誰も襲うことはなかった。けれど、この天まで焦がしてしまいそうな炎は、間違いなく“紅き獣”の怒りそのもの。
つまり、“紅き獣”とヒロインであるご令嬢の間に、命をも奪ってしまうほどの決定的な何かがあったということだ。
もし、それがわかれば“紅き獣”の怒りを鎮め、今現在、火柱の前に倒れているというご令嬢を助け出すことだって可能になるかもしれない。
しかし、その怒りの理由を確かめる方法がまるでわからない。
どうすれば……………どうすれば、ヒロインだけではなく、“紅き獣”も救うことができるのかしら………………
もはや私の中では、“紅き獣”もまた救うべき対象となっていた。
そして、それこそが正しいことだと私の心が告げている。
だから、考えなさい。そしてすべてをその目で見届けなさい。あなたにならそれができるわ――――――と、私の心の深淵から誰かが囁きかけてくる。
えぇ、そうね。私はそのためにここにいる。
どんな残酷な現実からも逃げ出すことなく、すべてを最後まで見届けるためにここにいる。
そう覚悟を決めたならば――――――考えなければならない。
いえ、先ずは真実を見定めなくては――――――誰も救えない。
私はぎゅっと手を握り締めた。
シェアトに止められることはわかっている。私がシェアトの立場でも、もちろん止めるだろう。
けれど、他の誰でもなくこの私自身が“紅き獣”の傍へ行かなければいけないと切実に思った。
今、行かなければ一生後悔することになるとも………………
「シェアト様……」
方々から聞こえてくる魔法詠唱の声と、その魔法によって発生した風や水の音に搔き消されることなく、私の声がシェアトへと届く。
シェアトは丁度ラスに指示を与え終わったところだったようで、私の声にすぐさま振り向くと、今後の作戦について告げてきた。
「ユーフィリナ嬢、私はこれから“言霊”使って聖獣を眠らせ、ご令嬢をここまで運ぶ。そしてすぐに医者と回復師にご令嬢を診せよう。それに、もう暫くすれば君の侍女のお二方も、そして魔法光は放ってはいないが、この火柱を見れば、セイリオス殿もスハイル殿下たちもすぐに駆けつけてくるだろう。だから君は安心してここで待っていてほしい」
シェアトの言葉は、今考えられる作戦の中での最善を告げている。それは間違いない。
しかし私は首を横に振った。
「ユーフィリナ嬢…………?」
私の拒絶に、広場同様炎の色に染まるシェアトの顔が忽ち驚きに満ちる。
「シェアト様、申し訳ございません。私が“紅き獣”のところへ参ります。何故かはわかりませんが、そうしなければ、ご令嬢も“紅き獣”………いえ、あの聖獣も救えないような気がするのです。何を馬鹿なことを…………と、思ってらっしゃることは承知しております。けれど、そうするべきだと私の心が告げているのです」
自分でもなんて無茶苦茶なことを言っているのだろうと思う。先程、自分がしゃしゃり出たところで、二次災害や二次被害が起こるだけだと自分自身を戒め、さらにはシェアトからも釘を刺されたばかりだというのに、この“参ります”宣言。無謀を通り越して、命知らずの馬鹿である。
そもそも、のこのこと聖獣に近づいていった先で、その後どうすればいいのかさえ今の私にはわからない。
話をするのか、話を聞くのか、それともただただ聖獣に寄り添い、何かを感じ取ればいいのか、何一つとしてわからない。
しかしその答えもまた、そこにあるような気がしてならないのだ。
聖獣のもとにこそ、すべての答えがあるに違いないと――――――――
私は見据えるように、シェアトの瞳を見つめた。
美しいパールグレーの瞳に、炎の影が揺れ動く。きっとシェアトの心も揺れ動いているのだろう。
そして、シェアトは一度目を閉じ、それから何かを決断したように目を開けると、首を横に振った。
「申し訳ないが、その願いだけは叶えてあげるわけにはいかない。たとえ、君の言葉が正しくとも、私は君をすべての脅威から守りたいんだ。だから、すまない。ユーフィリナ嬢、ここを動いてはいけない。いいね」
心痛の表情で告げられた言葉。けれど、私はその言葉に頷くことはなかった。
「ごめんなさい、シェアト様。私はご令嬢と聖獣も助けたい。だから、シェアト様の言葉に頷くことはできません」
そう告げた瞬間、シェアトは大きく目を見開いた。そしてもう一度同じ言葉を告げてくる。
「ユーフィリナ嬢、ここを動いてはいけない」
「ごめんなさい。シェアト様」
先程と同様、シェアトの言葉に頷くことなく、私もまた謝罪の言葉を繰り返した。
するとシェアトは、信じられないとばかりにわなわなと震える右手を自分の口へとあてがう。
「……あ、あ……あの時と……同じ……き、君は…………あぁ……本当に君は………」
言葉が喉につかえてしまっているのか、細切れの単語だけを口にして、先程以上の驚愕の表情で私を見つめてくるシェアト。けれど、その顔はすぐに泣きそうな顔となり、今度は私の方が慌ててしまう。
「ど、どうしましょう。シェアト様、そんな顔をなさらないで。本当にごめんなさい。私のことを守ってくださろうとしているのに、こんな訳のわからない我儘を申し上げてしまって、本当にごめんなさい」
しかし、シェアトは「違う……そういうことじゃないんだ。君は……本当に……あの時といい、今といい…………私の言葉をあっさりと無効化してしまうんだね」と、首を横に振る。
私にはさっぱり意味がわからなくて、さらにオロオロとし始めた時―――――――――
『ウオォォォォォォォォォォォォ――ッ‼』
聖獣から放たれた咆哮。
と同時に、一気に火力を増した紅き火柱。
その炎の熱をそのまま宿した衝撃波が広場全体を地響きとともに襲う。
「水盾‼」
その衝撃波から私を守るように、シェアトによって半詠唱で咄嗟に発動された守護魔法。
大きな水の膜がその衝撃波をなんとか食い止める。
「くッ‼」
「シェアト様ッ!」
「大丈夫だ!ユーフィリナ嬢、君は?」
「怪我一つありません!ありがとうございます、シェアト様!」
“水盾”に守られてそんな言葉を返す間も、“紅き獣”から放出される熱は一向におさまる様子を見せない。
東の公爵家の精鋭たちも、それぞれがそれぞれの守護魔法でその身を守っている。そして、襲い来る熱風に堪えながら、目を眇めて前を見やれば、聖獣を隠すようにずっと立ち塞がっていた“嘆きの神の像”も、この衝撃波で砂塵と消えていた。
そのおかげで一気に広がった視界。されど、発動されている水盾と断続的に襲ってくる衝撃波のせいで、やはり前がよく見えない。
しかし、直径五メートル以上はゆうにある火柱の前に、一人のご令嬢が倒れていることが辛うじて目視で確認できる。そのご令嬢を守るために、幾重にも守護魔法が展開されているようだけれど、火柱との距離があまりに近い。
このままでは間違いなくヒロインが焼け死んでしまうわ――――――――
そう唇を噛みしめた時、広場の石畳をカタカタと震わせる衝撃波に乗って、悲痛な叫び声が轟いた。
『フィリアいるのか⁉今、フィリアを感じたんだ……もしいるなら、声を聞かせてくれ!ずっとずっと待っていた!千年も待っていたんだ…………フィリア!頼む!この身体が完全に呪われ、朽ち果ててしまう前に…………フィリアッ‼』
それはとても聞いてはいられぬほどの切なすぎる叫び。
そしてそれは間違いなくあの聖獣である“紅き獣”の嘆き。
「シェアト様、聖獣が…………」
「あぁ、これはまるで慟哭だな。やはり、聖獣にはわかるのか。ここに“神の娘”の生まれ変わりがいると……」
「えぇ、そのようですね…………」
「しかし、聖獣が呪われるなど……そんなことが起こり得るのか」
「わかりません…………」
私はシェアトにそう答えながら、この残酷すぎる状況に泣きたくなった。
あなたが千年も待ち焦がれた“フィリア”は、今そこにいるのに…………
今もあなたの目の前にいるのに……………
待ち続けた相手をその人とも気づかず傷つけてしまうなんて、こんな悲劇があっていいはずがない!
えぇ、絶対に助けるわ。
あなたも、ヒロインも絶対に助けてあげる。
私は自分が魔力枯渇寸前の悪役令嬢である事実を、この時ばかりは棚上げにした。




