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挿話【Side:シェアト】夢のような少女(3)

 ユーフィリナ嬢…………

 ユーフィリナ嬢…………

 

 何かの呪文のように悶々と繰り返す名前。

 もはや私の頭の中はユーフィリナ嬢に埋め尽くされ、それ以外のものが入る余地などどこにもない。

 もう何なら、このまま屋敷に帰っても眠れそうにないため、羊の代わりにユーフィリナ嬢の名前を数えるくらいの気でいる。

 だが、それはあくまでも屋敷に戻ってから話だ。

 何しろまだ肝心な話を聞いていない。

 高級ワインが振る舞われるほどの、非常に厄介で面倒でしかない、我々がここに召集された原因である話を――――――

 そこで私は、自分の心の中にある一番大事なモノを仕舞っておく場所へと、一先ずユーフィリナ嬢を置いておくことにした。

 間違っても、全然思い出せないからと棚上にしたわけではない。

 能力者の義務としてスハイル殿下の話を聞く間だけ、已む無く横に置いただけだ。

 そして、私はスハイル殿下の話に耳を傾けた。


 それにしても、そこからの話は驚きしかなかった。

 我が国の御伽噺から始まり、三十七人の神にとっての特別な人間の話から、その内の一人“神の娘”の話に至るまで、既知の事実と未知の真実が入り乱れていた。と同時に、自分の知識の底の浅さを見せつけられた気分にもなった。

 王家であるスハイル殿下が、それらの事実について誰よりも詳しいことはわかる。しかし、同じ公爵家でありながら、もしかするとスハイル殿下以上の知識を持っているかもしれないセイリオス殿に、羨望というより嫉妬、劣等感にも似た感情を抱いた。

 特に彼が、私が探し求めていた少女の兄であるかもしれないと思えばこそだったのかもしれないが………………

 ただそうなってくると、またしても“ルークス”という放蕩者の父親への疑問が再浮上する。

 なぜなら、南の公爵家といえば名門中の名門であり、現当主は馬鹿親ではあるが(我が父の談)、間違っても放蕩者ではない。

 そうなってくると、やはりユーフィリナ嬢は私が出会った少女ではない――――――という結論に至るのだが、“神の娘”の容姿についての史実を聞いた時、ある種の納得のようなものが私の中にふと降りてきた。

 

 あの少女はやはり“神の娘”の生まれ変わりだったのかもしれない――――――――と。


 白金の髪に空色の瞳。まさしくあの時の少女は“神の娘”そのものの色合いをしていた。

 そしてなにより“ルークス”という名前は“光”という意味であり、この世界の創造主である“神”は、そもそも“光の神”だ。その神を“ルークス”と呼び、父親と称することができるのは“神の娘”だけ。

 しかも現在“神”は姿を消しており、それは放蕩者と呼べなくもない(私が勝手にそう言っているだけではあるが)。

 あぁ……そうだ。彼女なら、“神”(ルークス)をいくらでも馬鹿呼ばわりできる存在だ。

 自分が死んでしまったことを嘆き、世界を放り出して姿を消すとは何たることかと――――――

 そうか……私はあの時、“神の娘”と出会ったのか…………

 感動と興奮が私の中で一気に渦巻いた。だが、それが嵐のように過ぎ去った後、虚しさだけが残った。

 私が恋した少女は、私の手が決して届かないそんな存在だったという事実に。

 どうやら敏いスハイル殿下は、先程私が思わず呟いてしまった「…白金の…髪………」という言葉から、私の心情を察してくれたらしい。おそらく過去の殿下も、この史実を知った時、私と同じ感情を味わったのだろう。

 しかし、乙女に限らず、恋する男の心もまた逞しくできているようだ。

 この恋は報われないと心が虚しさに沈んだ瞬間、今度は希望を見出そうと足掻き出す。そして私はその希望の光らしきもの見つけた。

 そう、彼女は“神の娘”ではあるが、“神”そのものではない。

 “神の鏡”であって、特別な()()の一人なのだ。

 つまり、どれほど特別な存在であろうとも、彼女が人間であることに変わりはない。ならば、この想いは捨てなくても、諦めなくてもいいはずだ。

 かつて、この国の王子と“神の娘”が恋に落ちたように、私が“神の娘”の生まれ変わりである彼女に恋をし、愛しても構わないだろう。

 それにもうこの想いは、捨てるにはあまりに大きすぎて、一人で抱え続けるには重すぎる。だからこそ、彼女へ渡す以外に術はないのだ。

 胸の中に大事に仕舞い込んできた言葉とともに―――――――

 ただ問題は、セイリオス殿の妹君であるユーフィリナ嬢が、本当に“神の娘”の生まれ変わりであるのかという点なのだが、果たしてそれをどうすれば確認できるのか…………正直、不安でしかない。

 その後、スハイル殿下から我々の任務を聞かされたが、そんな任務よりもむしろユーフィリナ嬢を思い出せない事実の方が、この時の私にはやはり大問題だった。

 だが、スハイル殿下はどこまでも面倒見がいいらしい。

 この集まりがお開きになった直後、控えの間を出ていこうとする私を呼び止め、セイリオス殿の目を盗むようにして、こっそりと告げてきた。

『セイリオスは誰よりもユーフィリナ嬢を大事に思っている。ならば、ユーフィリナ嬢が困るようなことだけは絶対にしないはずだ。つまり、ユーフィリナ嬢が求めさえすれば、シェアトにもユーフィリナ嬢が見える』

 これは一体何の謎かけだ?

 はっきり言おう。まったく意味がわからなかった。

 なんとなく…………本当になんとなくではあるが、セイリオス殿の“幻惑”の能力が関係しているということだけは、スハイル殿下とレグルス殿の反応から感じ取れてはいた。さすがに私もそこまで愚鈍ではない。

 しかし、ユーフィリナ嬢が求めれば見えるというのが、どうにも私の理解の範疇を超えており、スハイル殿下からの助言を有難く思いながらも、内心ではずっと首を傾げていた。

 とはいえだ。今の私にはユーフィリナ嬢の名前がしっかりと心に刻みつけられている。

 だから絶対にユーフィリナ嬢を見つけ出せるはずだと、何度も自分に言い聞かせ、不安を払拭させた。

 そして決意も新たに、意気揚々と翌日学園へと向かったまではよかったのだが――――世の中というものは、常にままならないようにできているらしい。

 ユーフィリナ嬢が大事をとって、三日ほど欠席する旨の知らせが南の公爵家から来たと担任に聞き、私はガックリと項垂れた。

 セイリオス殿の仕業か!

 そう思わなくもなかったが、ユーフィリナ嬢が怪我をしたことは事実であるため、私の想いよりも、彼女の身体が優先だと自分を納得させた。

 しかしそれからの三日間、ただただ長かった。一日千秋の想いと言うが、私には万年にも億年にも感じられた。

 何度、南の公爵家に見舞いと称して乗り込もう…………いや、前触れを出した上で訪れようと思ったかわからない。だがその度に、闇の神、魔王も斯くやといった超絶不機嫌顔のセイリオス殿を想像し、ユーフィリナ嬢に迷惑をかけてはいけないと自らを制し続けた。

 我ながら、よく辛抱できたと思う。

 そして、恋い焦がれ、想い焦がれてようやく迎えた三日後のその日、私は朝から挙動不審だった。

 自分のクラスで人探し―――――――馬鹿げているにもほどがあるが、その馬鹿げたことをしなければ、想い人を見つけ出せないのだから仕方がない。とはいえ、幻惑に取り込まれたご令嬢の探し方など、私にわかるはずもない。

 望みの綱は、スハイル殿下の“ユーフィリナ嬢が求めさえすれば、シェアトにもユーフィリナ嬢が見える”という言葉なのだが、裏を返せばユーフィリナ嬢が私を求めなければ一生見えないということで、あぁ……それだけは勘弁してくれ!と、私は神に祈るような気持ちで(現在行方不明中だが)教室内を探し続けた。

 だが、時は無情にも流れ、すでに放課後。

 朝から感知魔法まで使い、教室内を隈なく探し続けているにもかかわらず、まったく見つかる気配すらないなんて、実は今日も欠席だったのではないのか?

 そんな疑念が頭を擡げ始めた時、それは突然来た。

『あ、あの……シェアト様?』

『ッ!!』

 私は飛んだ。

 いや、厳密に言えば、その場でピョンと跳ね上がった。

 人間、驚いたら本当に飛び上がるのだな―――――と、その事実を我が身を持って十分確かめられるくらいには。

 しかしそんなことはどうでもいい。それよりもなによりも…………

 

 間違いない!彼女だ――――――――


 私は直感的に確信した。

 確かに髪色と瞳の色は思い出の中の少女とは違う。しかし、何度も何度も私なりに少女が大きくなったらと想像した通り…………いやそれ以上に、あの日の面影を残しつつも美しく成長した彼女が私の眼前に立っていた。

 そしてこのご令嬢こそが、私がこの教室内でずっと探していたユーフィリナ嬢なのだ。

 あぁ、これは隠す。

 私がセイリオス殿でも隠す。

 そんな同調をしてしまうほどに、愛らしくも美しい、無垢という言葉をそのまま体現したかのような天使の如きご令嬢………………まったく“言霊”の能力者でありながら自分の語彙力なさに情けなくなるが、まるで夢のようなご令嬢――――ユーフィリナ嬢が私の目の前にいた。

 だが同時に、これはあの日から幾度も見てきた儚き夢の続きなのかもしれないと、そんなことがふと脳裏を過る。

 なんせ私はセイリオス殿がかけた“幻惑”に囚われていた身だ。この現実が夢幻ではないかと疑うのも無理はない。

 そう思った瞬間、どうやら私は勢いよくパチパチと瞬きをしてたらしい。

 思考がそのまま行動となって出てしまうとは、普段の私なら到底考えられないことだ。

 理性の抑止もきかず、即行動など、本能丸出しの獣同然ではないか。

 しかし、この時の私の理性は間違いなく、彼女を見た衝撃でどこかに吹き飛ばされてしまったらしい。

 そしてそれを彼女に、『シェアト様、突然お声をおかけして大変失礼いたしました。私の用事はまた日を改めてで構いませんので、先ずは目を洗ってきてください』と、そう謝罪ともに指摘されるまで、自分ではまったく気づきもしなかった。

 羞恥のあまり、地魔法でこの教室内に大きな穴をあけてしまいそうになったが、それを辛うじて止めることができたのは、こんなところで大穴をあければ皆の迷惑になるという常識的な思考からではなく、再び彼女を見失ってしまうかもしれないという恐れの方が断然強かった。

 しかし、そうこうしているうちにクラスの女子生徒たちが騒ぎ始めてしまう。そして男子生徒たちが真っ赤な顔で石化している様子からして、彼らにもユーフィリナ嬢が見えているらしい。

 つまり、こういうことだろうと自分の中で仮説を立てる。

 スハイル殿下の言葉通り、セイリオス殿はユーフィリナ嬢が困るようなことはしない。だからこそ、彼女が強い意思を持って声をかけたり、挨拶をすれば、相手にも彼女を認識することができ、同時に周りにいる者たちにも一時的に彼女を認識できるようになるのだ。

 言うなれば、ユーフィリナ嬢自身がこの幻惑のオンとオフを切り分けるスイッチそのもの。

 それゆえに、必要な時に声をかければ反応が返ってくることもあって、ユーフィリナ嬢はこの摩訶不思議な状況を不思議とも何とも思わず、平然と毎日を過ごしていた――――――――と、いうことだろう。

 いやいや、セイリオス殿の気持ちもわかると先程豪語したばかりだが…………やはりこれはない。

 セイリオス殿!自分の妹になんてものをかけているんですかッ‼

 そう内心で叫びながら、私は今日、ユーフィリナ嬢が私を求めてくれて本当に良かったと歓喜に震えた。もし、彼女から声をかけてもらえなれば、私は今夜もまた失意の中で夜を明かすところだった。

 同じ教室にいながら、顔を見ることもままならないなんて、こんな悲劇はない。いや、セイリオス殿にとっては喜劇もしれないが………………

 あぁ、神は本当にいるのだな――――――と、心の底から感謝したのは言うまでもない(現在行方不明中ではあるが)。

 しかし、そんな風に暫く歓喜と羞恥に身を任せていたために、再びユーフィリナ嬢から『それではシェアト様、私はこれで失礼いたします。また明日………』と声をかけられてしまう。

 このまま明日は駄目だ!また君に会えなくなるかもしれない!

 そんな想いから、私は必死になって彼女を繋ぎ止めた。それに素直に頷いてくれた彼女。もう感謝と感激で、このままユーフィリナ嬢を抱きしめてしまいそうだ。

 だが、まだそれは早い。

 そんなことをすれば、確実に逃げられる。

 うん、それだけは回避だ。

 しかし、何をどう伝えればいいのか、自分の気持ちがあまりに重すぎて言葉にならない。それどころか、私を見つめてくる彼女の愛らしさやら、美しさやら、もう何もかもが私の想像を軽く超えていて直視すらできない。

 いつもの鉄面皮はどうした!と、自分で自分に問いかけてみるが、これまた私の理性と一緒に吹き飛んでいってしまったらしく、無防備な赤面を己の手で覆い隠さなければならない始末だ。目も涙目になっている自覚がある。

 あぁ、無表情が聞いて呆れる…………と内心で途方に暮れた。

 やはり地魔法で教室に穴でもあけようか…………

 再び、そんなことを考え始めた私に、突然ユーフィリナ嬢は少し強めの口調で告げてきた。

『シェアト様、私は十分に待ちました。しかしこれ以上は待てません。今すぐ医務室に参りましょう』

『………………………はっ?』

 何故、いきなり医務室?

 新たなる疑問を突きつけられ、私は目を瞠った。が、すぐさま『失礼いたします。シェアト様』と、腕を取られる。

 背後で上がる女子生徒たちの悲鳴。そして肌で感じる男子生徒たちの息を呑む気配。

 そりゃそうだろう。悲鳴も上げれば、息も呑む。私だって声を抑えるために息を呑んだ。

 しかし、ユーフィリナ嬢の勢いは止まらなかった。

『さぁ、参りますわよ。シェアト様』

『えっ、ちょっ……参るってどこに?』

『どこにって、もちろん医務室に決まっていますわ』

 こうして私は強制的に教室から連れ出され、ずんずんと廊下を突き進んで行くユーフィリナ嬢に引っ張られるようにして廊下を進んだ。


 

 それは引っ張られながらわかったことだが、ユーフィリナ嬢はこの私の赤面を体調が悪いゆえだと判断したらしい。

 それも、朝からずっと癒し魔法が得意な生徒を探していたと思われているらしく、ユーフィリナ嬢の言葉を聞きながら本当に堪らなくなる。

 この突拍子もない強引さといい、この私を思い遣る優しさといい、あの日の少女そのままだと………………

 もちろんこのまま医務室で、彼女に看病されるのも悪くはないが(むしろ、最高だ)、ようやくの再会がこれではまるで締まらない。

 そこで、こちらもまた強引に彼女を引き留めた。そのせいで、彼女の手が私から放れたがそれは致し方ない。できればこのまま私の手を物理的にも、将来的にも繋いでいてほしいなどと、今はまだ言える段階でもない。当たり前だ。

 そして、朝から私が探していたのは癒し魔法が得意な生徒ではなく、ユーフィリナ嬢だと告げる。

 その際に赤面の理由に窮してしまい、『ユ、ユーフィリナ嬢があまりに…………』などと口走った挙句、さらには彼女の頬まで羞恥で真っ赤に染めさせてしまった。

 ご令嬢に羞恥心を感じさせるなど、まったく紳士のすることではない。

 しかしだ。そんな彼女も可愛すぎて心臓に悪い。先程からいつ心臓が口から飛び出してくるかと冷や冷やしどうしだ。

 それでも、自分の勘違いに気づき羞恥で悶える彼女を見つめている内に、冷静な自分が戻ってきた。

 そして記憶の中の少女と、今の彼女を改めて見つめ直す。

 正直に言うと、記憶の中の少女との出会いはあまりに鮮烈すぎて、自分は彼女を美化しすぎているのではないかと何度も問いかけてきた。

 なぜなら、人の記憶というものは美しく大事な思い出ほど、自分の都合がいいように美化してしまうことが往々にしてあるからだ。しかもあの時の私は、“言霊”の能力を顕現させたばかりで、その力を暴走させていた。冷静だったとはとても言えない。

 それを突飛な行動と笑顔で救ってくれたのがあの少女。

 さらに今では、少女への想いを恋であると自覚している状況だ。

 記憶の中の少女が色鮮やかに眩しく見えるのは当然のことで、もし、大きくなった少女と再会した時、自分の恋心はどう反応を示すのだろうと、密かに心配もしていた。

 自分の美化しすぎた記憶に自嘲するのか、それとも……………………

 だが、今ユーフィリナ嬢を前にして思うことは、要らぬ心配だったなと過去の自分の取り越し苦労を労う気持ちだけだ。

 やはり少女は私の記憶の通りだった。いや、私の記憶などこのユーフィリナ嬢本人の前では、色褪せてしまうくらいだと真剣に思う。

 ただ、記憶と違うのはその髪色と瞳の色だけで―――――――― 

『ユーフィリナ嬢の髪は……淡紫のライラックなんだね』

 思ったことがポロリと口から零れ落ちた。もちろん問いかけではない。私の中ではもうその答えは出ている。

 それに、今のユーフィリナ嬢にその問いを投げかけたところで、その答えが出ないこともわかっている。

 きっと目の前の彼女の私に対する反応を見る限り、あの日私と出会ったことも覚えていないのだろう。

 そう言えばあの少女も言っていた。


“あの子が起きる前に戻らなきゃ…………”


 ――――――――と。

 これは私の勝手な憶測だが、あの時ユーフィリナ嬢の意識は眠っており、“神の娘”の意識が一時的に表へ出てきていたのではないだろうか。

 しかし、だからといってあの日の少女とユーフィリナ嬢はまったくの別人とか言えば、決してそうではなく、ユーフィリナ嬢にとって“神の娘”は、深層心理の一部ではないだろうかと推察する。

 その証拠に、笑顔といい、突飛な行動パターンといい、私を振り回すところなど何一つ変わっていない。

 そして、この私の瞳に映る髪の色にしろ、瞳にしろ、これもまたセイリオス殿の仕業なのだろう。

 髪色と瞳の色が大人になるつれて変わる場合ももちろんあるが、セイリオス殿の強力な“幻惑”の能力を目の当たりにしてしまえば、“幻惑”による目眩ましと考えるほうがより自然だ。

 もしかすると、彼女の記憶もまたセイリオス殿の“幻惑”で、違う記憶の中に封じ込められているだけかもしれないが、今の私の力ではどうすることもできない。

 だから、こんな風に呟いてしまったのはあくまでも詮なき独り言のようなものだった。


『君の髪が白金だったら……………私が君を…閉じ込めていたかもしれない。()()の面影を残す君を、この腕の中に…………』


 ユーフィリナ嬢に少しでもあの時の記憶があれば――――――この私の記憶があれば―――――――間違いなくそうしていただろうと。

 だが、ユーフィリナ嬢には聞こえなかったようで、自分の心の吐露を聞かれなかったことに安堵もしたが、寂しくも感じた。その身勝手さに一人自嘲する。

 そう、私とユーフィリナ嬢はこれからだ。またここから始めていけばいい。

 ようやくまた出会えたのだからと、前向きに捉えることにする。が、そうは言っても明日もまたこのように会えるかもわからない状況に変わりはない。下手をすれば、もう二度とユーフィリナ嬢の顔を見ることすら叶わないかもしれないのだ。

 この忌々しいセイリオス殿の“幻惑”のせいで。

 さて、どうしてくれようか…………

 しかし迷いは一瞬だった。

 ユーフィリナ嬢にも伝えたが、できるだけこの能力を使いたくないのは本当のことだ。

 あの顕現後の暴走以来、私は言葉を武器にすることを良しとしてこなかった。

 けれど、セイリオス殿の“幻惑”の能力に対抗するには、“言霊”を使うしかない。

 ただ問題は、ユーフィリナ嬢に“言霊”が効くかということだけだったが、私には確信があった。

 確かに、あの時の少女にこの“言霊”の能力は効かなかったが、それは少女の“神の娘”としての能力の方が私の“言霊”よりも勝っていたからに違いない。

 それにこれはあくまでも私の推察の域を出ないが、今のユーフィリナ嬢は、セイリオス殿の“幻惑”、もしくは彼女自身の意思の力によって、無意識にも“神の娘”としての意識と能力を閉じている状態にある。

 しかも、ユーフィリナ嬢のそもそもの魔力量も決して多くはなさそうだ。いや、枯渇していると言ってもいいレベルかもしれない。

 つまり、彼女がたとえどんな能力を持っていたとしても、私の“言霊”を跳ね返すことはできないということだ。

 自分の中でそう結論づけると、私はユーフィリナ嬢を見つめた。

 彼女のエメラルドの瞳が動揺で揺れる。

 そして周りの目が気になるのか、彼女が私から距離を取ろうとした。でも逃さない。

 『()()()()()()()()

 私の言葉に従い、彼女の動きは止まった。

 

 あぁ……可哀そうに。君は私に今から囚われるのだよ。

 そう、君だけは何があっても絶対に逃がさない。

 けれど、安心してくれていい。

 “言霊”では君の心までは奪わない。

 君の心は、君自身の意思で私へと差し出してほしいからね。

 だから今は、私だけを毎日見つけてくれればそれでいい――――――――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それは約束とは名ばかりの絶対的な決め事。

『はい、私とシェアト様の約束です』

 そう告げた彼女に、私は大変よくできましたとばかりに微笑んだ。

 

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