挿話【Side:シェアト】夢のような少女(1)
言霊の能力―――――――
言葉に力を宿し、他者を操る能力。
東の公爵家三男であり、現“言霊”の能力継承者。
それが私、シェアト・オリエンスだ。
私には二人の兄がいる。
十歳上の兄は、国王陛下の御学友だったこともあり、現在宰相補佐――――――つまり、“王の右腕”の専属補佐官として国王陛下を支えている。
そして、八歳上のもう一人の兄は、デウザビット王国王家直属の近衛騎士団の副総長だ。
騎士団なのに、副総長?と思われるかもしれないが、近衛騎士団といえども、国王陛下直属の近衛騎士団、王太后陛下直属の近衛騎士団、そして王弟殿下直属の近衛騎士団と3つの団に分かれており、それぞれの団に団長がいる。それを統括するのが総長であり、それを補佐する副総長が我が兄となる。
早い話、私の兄たちは文武両道に優れ、この国の未来を背負って立つ、押しも押されもせぬ優秀な人材ということだ。
敢えて欠点を上げるとするならば、妻子を持たないと決めている国王陛下に義理立てしているのか、二人揃って未だに妻子を持とうとしないことだろうか。
それが現在、両親の最大ともいえる悩みとなっているのだが、当の兄たちは『仕事が妻で、部下が子供だ!』などと、あっけらかんと宣っている。
これは私の勝手な想像ではあるが、兄たちは仕事が手に付かなくなるほどの恋を未だしたことがないに違いない。
言い換えれば、そんな持て余すほどの想いを抱くご令嬢に、未だ出会っておらず、それを不幸と思うか、これ幸いと思うかは兄たち次第なのだが…………まぁ十中八九、後者なのだろうと思う。
この現状を見る限り。
だからといって、兄たちが女性たちとまったく無縁かといえば、決してそういうわけでもない。いや、縁があるというより、どうにかこうにかお近づきになって、縁を作ろうとする女性たちが後を絶たず、二人揃ってうんざりしている――――というのが正しいところだ。
結婚適齢期(やや越え)もあるかもしれないが、それ以上に兄たちの身分や立場、そして将来性は、女性たちの目には非常に魅力的に映るらしい。
そして弟の私が言うのもなんだが、兄二人はその容姿にも大変恵まれている。
身分も申し分なく、見目も麗しいとなれば、そうなるのも自明の理で、そのため最近では女性に対して食傷気味というか、苦手意識を持っているようだ。
今のところ両親の目が、全力で兄たちに向いているため、私への弊害はないが、あとニ、三年もすれば両親の関心が私に向きそうな気がしてならない。というか、間違いなく向くだろう。
私が“言霊の能力者”である以上…………
遅かれ早かれそんな日が来るのは仕方がないことだとしても、今はなるべく先送りにしたいというのが私の正直な気持ちだ。
そのため、兄たちには早急に女性への苦手意識を克服し、“仕事”などというこちらが一方的に奉仕するだけの妻ではなく、兄たち支えてくれる人間の女性を妻として迎えてもらいたい。
さらには、決して“部下”などという可愛い盛りをとうに超えた(下手をすれば兄たちより歳上の可能性もある)成人たちではなく、兄たちの血を受け継いだ愛らしい子供を作って欲しいと切に願っている。
そして今度は両親の目を全力で孫へと向けてほしい。
この私のためにも…………
とまぁ、そんな兄たちの恋愛事情やら、結婚事情やらはさておき、私が一体何を言いたいのかというと、とにかく私にとって兄たちは憧れの存在だったということだ。
いや、過去形でない。今も憧れているし、尊敬もしている。
ただ、どうしようもない気まずさがそこにあるだけで……………
私と兄たちとは母親が違う。
兄たちは先妻の子供で、私だけが今の母――――後妻の子供だ。
元々身体が弱かった先の公爵夫人は次兄を産んで間もなく亡くなり、先妻をとても愛していた父は後妻を娶るつもりなどさらさらなかったらしい。
しかし、父は東の公爵家当主だ。そして、否応なしに順番に回ってくる“王の片腕”宰相という立場もある。
それゆえに、公の場に立つことも多く、公爵夫人がいないのはなにかと不都合が生じる場合があるのは事実だった。
強いて例を挙げるならば、若く美しい女性を使って、計略にかけようとする輩も出てこないとも限らないということだ。
そこで、東西南北の一角を担う公爵家としてそれは由々しき問題だと周りに散々説得されたこともあり、父は已む無く後妻を娶ることにした。
それが私の母である。
とはいっても、母は先の公爵夫人の五歳年下の従妹であり、父が十代の頃、その頃はまだ婚約者だった先の公爵夫人に頼まれ、魔法を教えたこともある妹のような存在だった。
そのため、ドロドロとした確執など一切なく、侯爵令嬢だった母はすんなりと後の公爵夫人としておさまった。
そんな母に兄たちも大変懐き、父と母もお互い見知らぬ者同士でもなかったこともあり、それどころか母にとって父は初恋の相手だったらしく、二人は歩幅を合わせるようにゆっくりと愛を育んだ。その中で私は生まれ、今では押しも押されもせぬおしどり夫婦となっている。
それはもう、周りの者たちが目のやり場に困るほどに………………
だから、母が違うことに対して、私と兄たちの間に軋轢など一切ない。むしろ、年の離れた弟である私を、兄たち二人は非常に可愛がってくれた。
文字や魔法も、馬の乗り方も、家の者たちに仕掛けるちょっとした悪戯にしても、私にすべて教えてくれたのは兄たちだ。
私はそんな兄たちが大好きで、いつも兄たちの後を追ってばかりいた。そして、兄のどちらかが、父の“言霊”の能力を継承するものだと、私は心から信じて疑わなかった。
そう、六歳のあの日までは―――――――
公爵家に伝わる能力の顕現に、年齢は関係ないと謂われている。
幼少の頃に顕現する場合もあれば、現継承者が亡くなった数年後に、顕現する場合もある。
つまり顕現の時期に関して言えば、それこそ“神のみぞ知る”と言ったことろなのだろう。
だから両親たちも、息子たちの誰も能力を顕現させていないことに何の焦りも持っていないようだった。
父にしてみれば、自分が死ぬまでの間に、三人の息子のうち誰かが顕現してくれればいい…………というくらいにしか思っていなかったのだと思う。
むしろ、この能力の顕現は成人してからの方がいいかもしれないと、常々言っていたほどだ。
だからこそ、上の兄が十六歳となり、下の兄が十四歳となっても、東の公爵家では穏やかな日常だけが流れていた。
そんな日々が、延々と続くような錯覚まで覚えるほどに……………
しかし、その頃の兄たちはとても多忙だった。
上の兄は、当時はまだ第一王子殿下であった現国王陛下の御学友としてマギア学園へ通うようになり、下の兄はエリート騎士を育成するべく、王家が高位貴族の子息たちのために用意した騎士訓練施設へと通うようになっていた。
そのため、いつも私だけが屋敷の中に取り残された。
もちろん家の者たちはいる。私が頼めば、相手だってしてくれる。
けれど、そういうことではないのだ………と、いつも子供心に思っていた。
傍にいてほしいのは、他の誰でもなく兄たちなのだと。
ようやく、その当時の兄たちと同じ年頃になった今の私ならば、その時の兄たちの気持ちは痛いほどわかる。
弟の寂しい気持ちに応えてやりたい、構ってやりたいという気持ちがどれだけあっても、時間と状況がそれを許さない日々。
しょんぼりと自分たちを見送る私の頭を、それはそれは首がもげそうなくらいに毎回撫でてから屋敷を出ていく兄たちの行動に、その気持ちは十分すぎるほど透けて見えていた。
だが、この時の私はまだ六歳の子供。置いて行かれるという事実だけがそこにあった。
実際、どんなに必死に兄たちの後を追ったとしても、年齢の差が埋まるわけではない。だからこれは仕方がないことなのだと、子供なりに自分に言い聞かせもした。
けれど、兄たちを乗せた馬車の音が遠く消え去っていく中で、私の寂しさは膨らむ一方だった。
だから、今から思えばそれは甘えたな子供のただの癇癪だったのだろう。
積もり積もった寂しさが一気に爆発したとでも言うべき、本来であれば詮なきもののはずだった。
私が東の公爵家の血さえ引いていなければ…………………………
その日―――――――
私は朝からワクワクしていた。
それは数日前に兄たちと約束をしていたからだ。
『今度の休日は三人で遠乗りに行こう』
六歳ではあったが、早々にポニーを卒業し、私は一人で馬に乗れるようになっていた。兄たちのように颯爽と駆けるとまではいかないが、パカラッパカラッとリズムよく駈歩で駆けることもでき、遠乗りへ行くことに何の支障もなかった。
そもそも私には兄たちとは違い、時間がたっぷりとあった。もちろん家庭教師がつけられ、公爵家令息としての教育は受けているが、多忙というほどでもない。なんせ六歳だ。自由時間の方が多いのは当然だろう。
そんな一人での時間を紛らわせるために、乗馬にも励み、魔法もいっぱい習得した。それでも余った時間で、退屈しのぎに兄たちの絵も描いた。
それをようやく兄上たちお見せできる!
正直、私は浮かれていた。遠乗りの相手はどこかの麗しきご令嬢でもなく、毎日顔を合わせている兄たちであるというのに、私は当日に着る乗馬服を何度も執事に見せてはおかしいところはないかと尋ね、遠乗りに持っていく食事を料理長と相談し、馬たちの手入れも念入りに行った。
しかし、その約束は突如反古となる。
その頃、父は“王の左腕”となったばかりで王都にいた。そしてその遠乗り当日、父が兄たちを呼び、命じたのだ。
『現在、デウザビット王国に訪問されている、アンナスル公国のアルワーキ大公のご公女様方のお相手をするように』
これは立派な公務だ。そしてこのご公女様方は三人おられるそうで、第一公女様におかれては我が王国の第一王子殿下(現国王陛下)の婚約者候補の一人として、アルワーキ大公に随行されてきたらしい。
しかし、この頃から既に第一王子殿下の結婚に対する意欲は皆無だった。それはもう周りの者たちが嘆くほどに。
そんな第一王子殿下が、公務以外の理由で第一公女様に近づくことなどあるはずがない。変に期待を持たれでもしたら後々困るのはデウザビット王国の方だ。
そのような事情もあり、第二、第三公女様は疎か、第一公女様も常に王城内で暇を持て余していたらしい。
そのことに申し訳なさを感じた王妃殿下(現王太后陛下)が、急遽お茶会を開くと申され、兄たちはそのご公女様方のお相手をすることになってしまったのだ。
ちなみに、ご公女様方の年齢はそれぞれ、十六歳、十五歳、十三歳と、確かに兄たちと釣り合いもとれている。
しかも兄たちは“王の左腕”の子息で、その見目も麗しい。
王国内を探しても、ご公女様方のお相手として兄たち以上の存在はいなかったのだろう。
だが当時六歳の私に、それをわかれというのはとても酷な話だった。いや、頭では理解していた。しかし心がどうしても納得しようとはしなかった。
『すまない、シェアト。今度の休日には必ず遠乗りへ行こう』
『必ずだ。約束する。だからそんな顔をしてくれるな』
そんな顔――――――――まさに私の顔は大量の涙と鼻水で酷いことになっていた。
もちろんこれもまた、今ならわざわざ我が身に置き換えなくともわかる話だ。
兄たちにしても、他国のご公女様方のお相手を、率先してしたいなどと思うわけがない。
おそらくだが…………いや、今の兄たちの状況に鑑みても、うんざりとしていたのは間違いないだろう。
いくら父からの命令とはいえ、そんなことをするくらいなら、弟と遠乗りに出かけた方がよっぽど気が楽だと………………
しかし、“王の左腕”であった父の立場を思えば、それもできなかった。
だから兄たちは、いつものように私の頭がもげる勢いで撫でてから、二人揃って私に背を向けた。
私が泣いていること以外、それはいつもの光景だった。
けれど、私の寂しさはもうパンパンに膨れ上がっていた。いつ破裂してもおかしくないほどに。
そして――――――――――――
『兄上、私を置いてもうどこにも行かないで!ずっとずっと私の傍にいて!もう一人は嫌なんだ!』
それは私の心からの叫びだった。
幼心にそう叫んでも兄たちは行ってしまうのだろうなと、多少の諦めもあった。
だが、違った。
兄たちの足は止まり、私へとゆっくり振り返った。そして私のもとまで戻ってくると、二人して私を抱きしめ告げたのだ。
『あぁ、もうどこにも行かない。私たちはずっとシェアトの傍にいる。これからはずっとずっと一緒だ』
――――――そう、これが私の“言霊”の能力が顕現した瞬間だった。
そこからは一言で言うなら、凄惨たるものだった。
私は能力の制御がまったくできず、発する言葉すべてに力が宿っていた。
私が『何か話して』と言えば、兄たちはもちろんのこと、その言葉を聞いた家の者たちが総出で話し出す。
その異様な光景に『黙って!』と言えば、皆一斉に黙る。
『傍にいて』と言えば、全員で私を取り囲み、『離れて!』と言えば、皆一斉に距離を取る。
そしてそれは、母と先に登城していた父が、待てど暮らせど来ない兄たちのことを心配して、王妃殿下とご公女様方のお相手にと母だけを王城に残し、一人屋敷へ戻って来るまで続いた。
いくら私が“言霊”の能力を顕現させたからといって、父の“言霊”の能力が突然無くなってしまうものでもない。
そのため、父は一瞬で状況を察し『今はシェアトの言葉を聞くな!』という言葉一つで、一先ずその場をおさめた。
だが、私の能力の暴走は尚も続いた。
兄たちを含めた屋敷の者たちは、父の“言霊”の能力によって、私の言葉を聞くことはないが、それでも常に力が宿る私の言葉への抵抗を余儀なくされた。
つまり、私の言葉に従わなければという気持ちと、父からの“聞くな”という強制力に苦しむこととなったのだ。
まさに屋敷は狂気の中にあった。
“言霊”の能力者である父に言わせれば、能力顕現時は誰もが能力を暴走させるものであり、その制御を覚えるためにも逆に言葉を発していかなければいけないらしい。
この能力は魔力から生じるものではなく、我が公爵家の血に宿るもののため、自らの身体に馴染ませながら、意志の力だけでコントロールできるようにしなければならないからだ。
しかし、私が言葉を発すれば皆が苦しむ。中には半狂乱になる者までいた。
それを目の当たりにして、私はとても言葉を発する気にはなれなかった。
とはいえ、日常生活でずっと無言を貫くのはなかなか難しい。
またその逆も然りで、家の者たちにしても公爵子息である私を無視し続けることできない。
用があれば尋ねなければならなくなる。その返答如何によっては、また苦しめてしまう。
しかし父は制御のためにもむしろ話せと言う。
だからといって迂闊に話せば皆を狂わせる。
話したくない……
でも話さなければ………
まさに八方塞がりな状況。
自分の“言霊”の能力に、屋敷の中で一番狂いそうになっていたのは、外でもないこの私だった。
混乱、焦燥、悔恨、恐怖、絶望………掻き集められるだけ集めた負の感情の中で、私は息さえもできなくなっていた。
もう何もかもが限界だ…………
このままだと本当に壊れてしまう…………
そんな己の心の訴えに応えるかのように、私は屋敷を飛び出した。
そうしなければ、『お願い!誰でもいいから今すぐ私を殺して!』と、叫んでしまいそうだったからだ。
両親を、兄たちを、家の者たちを悲しませるだけだと知りながらも……………
目的地もなく馬に乗り、取り敢えず兄たちと遠乗りで行くはずだった王都の東のはずれにある山を駆け上った。
休むこともなく山を駆け、王都が見渡せる開けた場所まで来ると、ようやく馬の足を止めた。
そこでまたもや自分勝手に馬を疲れさせたことに気づき、『ごめん……ごめんなさい』と、泣きながら目と鼻の先にある湧水が溢れている小さな池まで馬を連れていく。そして、そこでたっぷりと水を飲ませ、それから草を好きに食べさせから、ようやく一息ついた馬を木に繋いだ。
その頃には一旦泣き止んでいた私だったが、見晴らしのいい場所で王都を眺めているうちに、また自然と涙が溢れてきた。
『なんで…………私が………………こんな能力なんてほしくなかった。私ではなくて…………兄上が……能力者になるべきだったのに……………どうして……私が…………』
それは私の純粋な気持ちだった。
だが、それに異を唱える者が現れる。
『あら?自分がほしくないからって、お兄様に押し付けるのはよくないことだと思うわ』
『違う!そういうことではなくて………』
咄嗟にそう反論しかけて、私の口は止まった。
ここは山の中。しかも聞こえてきたのは女の子の声。そんな馬鹿な………と、自分の耳を疑いつつ、腕で強引に涙を拭い去り、勢いよく振り返った。
『ふふふ、こんにちは。ここは見晴らしがとても素敵ね』
私のすぐ後ろに、少女がいた。
幻聴でも、気のせいでもなく、私と同じ年頃の少女が微笑みながら立っていた。
光を纏い、風に揺れる白金の柔らそうな長い髪に、澄み切った青空のような空色の瞳。
これ以上はないというほどの精密さと絶妙なバランスで配置された容貌は、幼げな可憐さと、純粋な美を同居させており、薄っすらと色付いた頬と、ぷるりと柔らかそうな唇は、瑞々しくも甘い禁断の果実のようだった。
そして、レースとフリルで可愛らしく飾られた膝丈の真っ白なワンピースと、リボンがあしらわれた白のバレエシューズを履いた姿はただただ愛らしい。
もし、この世界に天使がいるならば、彼女こそ本物の天使かもしれない―――――――
そう簡単に信じ込んでしまえるほどに、愛らしくも美しい少女がそこにはいた。
呆然と見つめるだけの私に、彼女はさらに楽しそうに笑って、『あなたのおとなりいいかしら?』と聞いてきた。
無意識に頷きそうになって、私は咄嗟に我に返る。
『だ、駄目だ。私の傍には寄らないで』
言うまでもなく、今の私の言葉にはすべて力が宿っている。天使のようなこの可憐な少女を、兄たちや家の者たちのようにはしたくない。だから私は、少女を遠ざけることにした。
もちろんそう告げただけで、私の言葉は絶対となり、少女は私から遠ざかっていく。
それはとても残念なことに思えたが、今の自分の状況を思えば仕方がないことだと諦めた。なのに――――――――
『嫌よ。わたしはあなたとお友達になりたいんだもの。だからおとなりに行くわ』
そう言って、ずんずん私に近づいてくる少女に、私は動揺と混乱で完全に尻込みしてしまった。
『ちょ、ちょっと待って!き、君には私の言葉が効かないの⁉それとも聞こえてない⁉』
『まぁ、失礼しちゃう。あなたの声ならちゃんと聞こえているわ。でもね、嫌だから、“嫌”って言ったの。お友達ならちゃんと嫌な時は嫌だって言わないとね』
少女はにっこりと笑って歩み寄ると、私の隣にしっかりと立った。
意味がわからない。私の能力の暴走はおさまったのか。
それともこの少女には、それを跳ね返すだけの力があるのか。
しかし、私は嬉しくなった。
彼女になら、何も気にせず普通に話すことができる。
彼女ならば、強制されたものではなく、ちゃんと自分の気持ちで答えてくれる。
そのことが何よりも嬉しくて、私の頬にまた溢れた涙が伝い落ちた。
そんな私に、少女は眩しい笑顔を引っ込めて、眉尻を下げながら心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
『つらいの?』
『うん。とても……つらいんだ…………でもね、これは嬉し涙だよ』
そう答えた私に、少女はふわりと笑った。
この世界の醜いものも、汚れたものも、すべてその眩しい光で浄化してしまいそうな慈愛に満ちた笑顔で、私を見つめていた。
あぁ……彼女になら私はこの心の裡をすべて吐き出せるかもしれない。
今や凶器となる私の言葉でもって――――
涙に濡れた頬を、王都から吹き抜けて来る風が撫ぜていく。
風はとても冷たく感じられた。
けれど、私の心は凪いだ湖面のように穏やかで…………
私の心の水面に映るは、少女の瞳と同じ空の色。
そして、その水面でキラキラと弾ける光は、少女の眩しき笑顔そのもの。
王都からの風はどれだけ厳しく冷たくとも、この時の私の心は優しい温もりと光に満ちていた。
きっと六歳の身で、運命の出会いをしたのだと言えば、人は早計だと笑うかもしれない。それでも……………
現実から逃げ出したこの日―――――
私はまるで夢のような少女と出会った。




