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誰がヒロインなのかさっぱりです(9)

 聖獣―――――――

 それは神が神自身のために、創造したと謂われる神聖なる獣。

 愛玩のためとも謂われるが、獣たちに神自身の身を守らせていたとも謂う。

 そのため、聖獣が持ち得る魔力は膨大であり強力。

 そしてその姿は、この世のものとは思えぬほどに美しい――――――――


 

「聖獣を……デオテラ神聖国が召喚……って、そんなこと……」

 私はこれ以上言葉にできなかった。

 聖獣を召喚するには、それ相応の代償がいるからだ。

 それもその人間にとって、一番大事なモノを差し出さなければならない。

 そのため、聖獣を召喚するには3つの奇跡が必要とされる。

 1つは、聖獣を召喚できるかということ。

 もう1つは、聖獣自身がその願いを叶えるに足る願いであると認めるかということ。

 そして残りの1つが、聖獣が求めるだけの代償を差し出せるかということだ。

 つまり、デオテラ神聖国が聖獣を召喚できたということは、その3つの奇跡を起こせたということに外ならない。

 私が驚きの表情のままシェアトを見つめると、シェアトは小さく頷いた。

「ユーフィリナ嬢が驚くのは、無理もないと思うよ。私も、スハイル殿下の話を聞いた時には驚いた。神がこの世界から姿を消した時に、聖獣たちは主を失った。そしてそれ以降、戯れに召喚獣として人の願いを叶えるようになったというが、聖獣は魔獣とは違い、神自身が創造した神聖なる獣だからね。彼らからみれば、人間は神が残していった玩具同然。魔獣は契約によって従魔となれば、使役される側となるが、聖獣はあくまでも人に対して戯れに施しを与える側だ。それも、3つの奇跡を所望した上でようやくね」

 そう、聖獣と魔獣は似て非なるものだ。

 聖獣が神の特別な創造物なら、魔獣は神の影なる存在から生まれし物とも、人間の魂が汚れた成れの果ての物だとも謂われている。

 早い話、聖獣が光の化身ならば、魔獣は闇の化身。

 人はその闇に対し、神より与えられし魔力(光)の一部を与えることで魔獣と契約し、従魔として魔獣を使役することができるようになる。

 けれど、聖獣はそもそもが光。

 我々人間は与える側ではなく、常に与えられる側となる。

 それも、戯れにだというのだから、この聖獣を創った者の性格がうかがえるというものだ。

 はっきり言って、質が悪い。

 まぁ、元喪女の私を悪役令嬢として転生させてしまうくらいなのだから、その質の悪さは折り紙付きといったところだろう。

 そうして何故か当然のように脳内で再生された、しれっと舌を出す無駄にイエメン顔の神様を、目一杯睨みつけておく。

 いつか必ず膝詰めで説教しますからね!などと思いながら…………

 しかし今は、現在この世界から逃亡中…………もとい、行方不明中である神様のことではなく、聖獣のことだ。

 そして、デオテラ神聖国のこと―――――

「デオテラ神聖国は……そんな奇跡を起こしてまで……いえ、そんな代償を払ってまで、聖獣に目的の人物を探させようとしていることになりますが……でも、何故そこまでして…………」

 言うまでもなく、目的の人物とはヒロインのことだ。

 しかし、聖獣が――――デオテラ神聖国が、そのヒロインを探している理由がさっぱりわからない。

 癒やし魔法に特化していると言っても、昨日お兄様が言っていたように、彼女にしか癒し魔法を使えないというわけではない。

 確かにヒロインは、後に強力な癒し魔法を発動できるようにはなるけれど、それは“紅き獣”から襲われた際に、スハイル殿下を救うため無我夢中で発動させたことが誘因となる。

 つまり、現時点での話をするならば、ヒロインはまだ癒やし魔法を一度も使ったことがないのだ。というより、自分の魔力が、癒やし魔法に特化していることにも気づいてはいない。

 少なくとも、私がした乙女ゲームの冒頭部分ではそうなっていた。

 なのにこの展開は何?

 まさかデオテラ神聖国は、ヒロインの潜在能力に目をつけているとでも言うの?

 そのために、第二王子殿下を学園に留学させ、王都へ“紅き獣”を送り込んだってこと?

 ここまでくると、ヒロインの只者ではない感が半端ないのだけれど………………

 このゲームって、単純に攻略対象者との恋愛を楽しむ感じでしては駄目なゲームだったとか?

 もしかして、ヒロインが世界を救っちゃう系? 

 ちょっと待って!

 そんなヒロインと敵対関係にある悪役令嬢って、まさかのラスボスとか言わないわよね…………

 いやいや、悪役令嬢ですら荷が重くて、引き立て役令嬢へと転身を図ろうとしているのに、ラスボスとか本当に無理ですから!

 性格改変も見事に失敗してしまっているし、なにより魔力がほぼ皆無のラスボスなんて瞬殺もいいところ…………いや、お兄様が私の味方でいてくれるならば、瞬殺は辛うじてないわね。というより、かなりいい線までヒロインを追い詰められるのではないかしら…………って、そういうことじゃないから!ヒロインを追い詰めちゃ駄目だから!

 でももし、この今の状態で私にラスボスが本当に割り振られるのだとしたら(その予定だとしたら)、素面で宴会芸っていうレベルではなく、素面で裸踊りのレベルよね………間違いなく。

 

 ……………素面で……裸踊り……

 ……………………………(回想中)

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!

 

 私は内心で絶叫してから、駄目よ!こんなところで取り乱しては!と自分自身に言い聞かせる。

 しかし、一度ぐるぐると回り始めた思考はそう簡単には止まってはくれず、急遽前世へと矛先を向けた。

 最初の選択肢で躓いた私のゲーム戦歴は、もはや紙屑同然としてすっぱりと捨て去ることにし、唯一頼りになりそうな“江野実加子”の話だけを必死に思い出す。

 しかし、どんなに思い出してみても、普通に攻略対象者との恋をキャッキャッと楽しんでいただけで(途中、悪役令嬢(私)への恨み言も混ざってはいたけれど………)、一般的な乙女ゲーム以上の印象はまったくと言っていいほど受けなかった。

 まぁ、あの時の私はお昼御飯に夢中で、耳は完全に馬の耳となっていたけれど。

 馬耳東風、馬の耳に念仏――――――――といった具合に。

 その馬の耳で、右から左へと聞き流した部分のどこかに、悪役令嬢が実はラスボスで、世界征服を目論んでいた的な話が含まれていた可能性もないわけではない。

 ただそうなってくると、またもや前世の私はやらかしてくれたということで…………神様だけでなく、前世の私にも膝詰めで説教だわ!と、力強く宣言し、それからガックリと項垂れた。

 もちろんここでも内心で…………

 そんな私を、どうやらずっと眺めていたらしいシェアトは、噴き出すように笑い出す。

「ユーフィリナ嬢は、本当に素直な性格なんだね。考えていることが全部顔に出ていたよ。真剣に考え込んでいると思ったら、突然悲壮な顔になったり、ちょっと拗ねたように怒ってみたり、その百面相があんまり可愛らしいものだから、ついつい見入ってしまった」

「す、す、すみません!大事なお話をしてくださっている時に、考え事をしてしまいまして…………」

 さすが、公爵令息。

 ただの百面相を可愛らしいと言い切ってしまうあたり、何事にも動じないというか、乙女心を傷つけない術を会得しているというか、本当に侮れない。

 まぁ、笑われたことに変わりはないのだけど。

 それにしても、私の公爵令嬢としてのポーカーフェイスは一体どうなっているのかしら………と、心底情けなくなる。

 昨日もこの百面相で、お兄様の機嫌を直すことができたのは結果としては良かったのだけれど、それは身内だから許されることであって、公の場での公爵令嬢の振る舞いとしては再教育ものだ。

 可愛いなんていうシェアトの紳士としての優しさと、社交辞令を鵜呑みにせず、ここはしっかりと反省しなくてはいけないわね。

 そう己を戒めて、私は改めてシェアトに頭を下げた。

「本当に失礼なことをいたしました。もしシェアト様さえよろしければ、お話の続きをお聞かせいただけないでしょうか?」

 シェアトはクスクスと笑いながら、「そんなに謝らないで。というか、昨日から謝ってばかりだよ。私としては、ユーフィリナ嬢が自然体でいてくれるほうが嬉しいのだから」と告げて、私の願い通りに話を戻してくれた。

「デオテラ神聖国が、そこまでして探す目的の人物。その人物に関しては、君も心当たりがあるみたいだけれど、君の反応を見る限り、“紅き獣”が聖獣であることは知らなかったようだし、どうやらデオテラ神聖国の意図までは掴み切れていないみたいだね」

「はい。仰るとおりです…………」

 目的の人物がヒロインであることはわかっている。

 けれど、ヒロインの勇者説を俄かに信じられるかと言われれば、やはりそれはない。

 この私が、ラスボスとして世界征服を企むだなんて以ての外だ。

 しかし、デオテラ神聖国にはヒロインを探すだけの正当な理由がある。

 その理由が必ずしも我が国にとって、正当になり得るかはまた別として―――――

 私はその先にある答えを待つように、シェアトのパールグレーの瞳を見つめた。

 シェアトもまた私を見つめ返す。

 刹那の沈黙の中で、重なり合った視線。

 シェアトの瞳に宿る熱がその視線から伝わり、私は僅かに目を瞠った。と同時に、シェアトが口を開く。

「デオテラ神聖国が聖獣を召喚した目的は、“神の娘”を探すこと。その理由は、“神の娘”を使って、この世界にもう一度“神”を復活させるためだよ」

「“神の娘”で……“神”を……復活…………」

「この世界から姿を消してしまった“神”を、生まれ変わった“神の娘”を使って呼び戻す――――と言った方が正しいかな」

 そう告げて、私を一心に見つめてくるシェアトの瞳は、一層熱を帯びていた。

 まるで私のどんな表情の変化も見逃さないと謂わんばかりに。

 しかし、言葉を失ったままでいる私を見かねたのか、シェアトはこんなことを言い出した。

「大丈夫。君のことはちゃんと私たちが守るからね。それに、デオテラ神聖国はまだ誰が“神の娘”なのかまでは把握できていない。だからこそ、“紅き獣”は王都で目ぼしい少女の前に現れ、その少女が“神の娘”であるかどうかを確かめているんだ」

 おそらく呆然としたまま、二の句を継げないでいる私の気持ちを推し量り、シェアトは私を守るなどと言ってくれたのだろう。

 本当にシェアトは、生まれながらの紳士なのね………と、感心すら覚えてしまう。

 けれど、私が黙ってしまったのは、“神”の復活に驚いたからではない。

 ましてや、それに恐怖を感じたからでもない。 

 ずっとずっと探していたヒロインを形作るピースが、今そこにあると知ったからだ。

「で、では、その“紅き獣”が探している“神の娘”と思われる少女に、何か共通する特徴はあるのでしょうか?」

「あることはある。史実によれば“神の娘”は、神と同じ白金の髪を持ち、空色の瞳を持っていたそうだ。だから、生まれ変わった“神の娘”もまた同じ色合いを持っている可能性が高いと、そう考えられている」

 相変わらず熱を秘めたシェアトの視線が、私の髪を撫でるようにして落ち、それから再び私の瞳を見つめて、ふわりと目を細めた。

 どうやら淡紫のライラックの髪色と、エメラルドの瞳を持つ私は“神の娘”とは対極にいることが確認できて満足したようだ。

 そりゃ、私は悪役令嬢ですからね…………いえ、何なら今、自分がラスボスかもしれないと戦々恐々としている最中ですけれど――――――と、微笑みとも苦笑ともつかない笑みを返しておく。

 シェアトはそんな私に、わかっているとばかりに頷いてからさらに続けた。

「そして、“神の娘”はある能力を持っていたそうだ」

「能力…………?」

「これは史実というより、言い伝えに近いものなのだが、彼女はあらゆる病気、怪我を一瞬で治せたらしい。そのため癒し魔法、もしくは光魔法が得意な淡いブロンドの碧眼の少女を“紅き獣”は探しているようだ。そういえば、君の探し人と同じだね。これは偶然の一致なのかな?」

「え、えぇ、そのようですわね……」

 意味ありげな微笑みを見せてくるシェアトに対して、慌てて同意しながらも、私は探していたピースをようやく手に入れることがてきたという達成感の中にいた。

 あぁ………これで確実にヒロインを探し出せるし、合点もいったわ。

 “神の娘”とは、この国の者なら誰もが知る御伽噺に出てくる少女だ。

 王子と恋に落ち、その後殺されてしまった王子の後を追うようにして死んだ悲劇の少女―――――――

 ヒロインこそがその“神の娘”の生まれ変わりであり、デオテラ神聖国は“紅き獣”を召喚し、“神の娘”と共通する特徴を持つ少女を探す中で、運良くヒロインを見つけ出すことになるのだろう。

 つまりヒロインは、“神の娘”と同じ白金の髪に空色の瞳であるということ――――間違っても、全方向トマトではないということだ。


 あぁぁぁぁぁぁぁ………………

 よかったぁぁぁぁぁぁぁ……………


 全身から溢れ出す安堵感。 

 全方向トマトじゃなくて、本当によかったぁぁぁ―――――――と、胸を撫でおろす。

 しかし同時に、ヒロインの持つ色合いに妙な既視感を覚えて、私は首を捻った。さらに、自分が先程想像していたイケメン神様も同じ色合いだったことに気づき、その奇妙な偶然に胸が小さなざわめきを立てる。

 そう、この感覚は――――――前世の記憶を取り戻した後に、姿見で自分を見た時と同じ感覚―――――――漠然とした違和感。

 けれど、どんなに既視感を感じようが、違和感を覚えようが、偶然はただの偶然であってそこに答えなどあるはずもない。

 思わず二度見してしまうような奇抜な色合いならともかく、白金の髪に空色の瞳なんて、王道中の王道ともいえる色合いだ。

 私の想像力の貧困さが露呈しただけの話―――――とも言える。

 うん、私の想像力なんて所詮こんなものよね…………

 そう一人で自嘲しつつ、私は唯一残る疑問へと思考を切り替えた。

 どうして“紅き獣”は、せっかく見つけた“神の娘”の生まれ変わりであるヒロインを襲うことになるかしら?――――――と。

 ヒロインに酷く恨みがあるのならともかく、ヒロインは“神の娘”の生まれ変わりであり、“神”を復活させるための大切な存在だ。

 それを聖獣が襲うというのは、どう考えても筋が通らない。

 そうよね。ここはむしろしっぽでも振って喜ぶところのはずなのよね。まぁ“紅き獣”にしっぽがあればの話だけれど………………とまで考えて、私は気がついた。というか、わかってしまった。

 そうだわ、“紅き獣”は襲ったのではなく、じゃれついたつもりだったのよ!けれど、何も知らないヒロインからすれば、大きな獣に突然飛びつかれたのだもの。じゃれつかれたなんて思わないわよね。

 “紅き獣”も、もう少し控えめに嬉しさを表現すれば何も問題はなかったはずなのに、よほど“神の娘”の生まれ変わりが見つかって嬉しかったのだろう。

 襲われると勘違いするほどの勢いを持って、全力で喜びを表現してしまった。

 う~〜〜ん…………これはヒロインを災難と見るべきか、“紅き獣”を災難と見るべきか、ちょっと複雑ね。

 でも、一番災難なのは、襲われていると思ってヒロインを庇い、怪我を負うことになるスハイル殿下なのでしょうけれど……………

 私は今度こそ息を吐くように苦笑を零し、それからシェアトへと向き直った。

「シェアト様、大事な任務のお話をして下さり、本当にありがとうざいました」

「私は君の役に立てただろうか?」

「えぇ、それはもちろんです!」

 満面の笑みでそう返すと、シェアトも僅かに頬を染めながらまた嬉しそうに笑った。

 しかしそれもほんの数秒のこと。

 シェアトはその表情をすぐさま改めると、真剣な眼差しで問いかけてくる。

「ところで、この件に対して…………いや、昨日の一件に対してでもいいが、セイリオス殿は君に何か言わなかっただろうか」

 私はそこに答えがあるわけでもないのにふと天井を見上げて、そう言えば…………と、お兄様の言葉を口にする。

「そうですね……シェアト様のことはもういいとか、今の状況を思えば、むしろこれでよかったのかもしれないとか、話しておりましたわ。それと、現在学園に留学中であるデオテラ神聖国第二王子、トゥレイス殿下には、何があっても私から話しかけてはいけないと、これは絶対だ――――とも言って、約束をさせられました」

 そう告げるや否や、シェアトは「あぁ、セイリオス殿の言う通りだ」と、前のめり気味返してきた。

 昨日の二人の剣呑な雰囲気から、あまり気が合わないのかしら…………と、少し心配していたのだけれど、どうやら私の杞憂だったらしい。

 むしろ、ここまで意見が合うところをみると、実はとても仲がいいのではないかしら…………と、嬉しくなる。

 そうね。お兄様とシェアトが仲が悪いなんてやっぱり嫌だもの。

 私の取り越し苦労でよかったわ、などと呑気に思っていると、シェアトはさらに身を前に乗り出してきた。

「ユーフィリナ嬢、お願いだ。私とも約束をして欲しい。トゥレイス殿下には、何があっても君からは話しかけたりしないと。たとえ何があってもだ」

 そこまで必死に乞われて、断れるはずもない。

 というより、乞われるまでもなく、私からトゥレイス殿下に話しかけるつもりもなければ、話しかける状況すら思い浮かばない。

 それに、シェアトの話を聞いた今なら、デオテラ神聖国の第二王子であるトゥレイス殿下は、“紅き獣”を王都に放った張本人であり、最も避けるべき相手だということも理解している。

 もちろん彼を避けるべきなのは私が………ではなく、ヒロインが………となるのだけれど。

 ただヒロインが、乙女ゲームの攻略対象者でもあるトゥレイス殿下を恋の相手として選ぶのであれば、二人は必ず出会い、恋に落ちることになる。

 しかしそれを、シェアトにわざわざ告げる必要もない。

 そのため、「もちろん、お約束いたしますわ」と躊躇いなく、笑顔で承諾した。

 その返事に満足したらしいシェアトは、すごすごと元の位置へと身体を戻すと、今度は「約束ついでに、もう一つ約束して欲しいことがあるのだが…………」と、何故か顔を真っ赤に染め、視線の着地点を探すかのように目を泳がせながら呟くように告げてきた。

 その強弱加減に庇護欲を掻き立てられつつも、取り敢えずシェアトの言葉を待つことにする。

 するとシェアトは、意を決したように真っ赤な顔を上げると、「君さえよければ、これからも度々ここで昼食を一緒にさせてほしい!駄目だろうか!」と、必死の上目使いで懇願してきた。


 きゅん!

 

 はい。今、私の乙女心が鳴きましたよ。

 もう完敗です。そんな顔で、そんな風に懇願されたら、もうどんな約束事だってしちゃいますよ。っていうか、なんですか!その可愛らしいお願い事は!それも最強の上目遣いって…………

 ヒロインやお兄様だけでなく、シェアトまでこの庇護欲を擽るスキルを常備しているなんて、元喪女の私が敵うはずもありません!

 もう負けでいいです!というか、そんなお願いなら、いくらでも叶えて差し上げます!

 むしろシェアトにとっては、私なんかと昼食を食べて、罰ゲームっぽくならないかと逆に心配してしまうくらいです!

 けれど、なんだかクラスメイトから友人へと、一気に格上げされたような気持ちになり、相手がこの乙女ゲームの攻略対象者の一人であることも忘れて、心が喜びに舞い上がってしまう。

 もちろんこの友人関係は、ヒロインがシェアトの前に現れるまでという期間限定もの。

 それでも、ヒロインの引き立て役としてならば、このまま二人の友人として仲を取り持つこともできるかもしれない。

 ふふふ、そうなったらとても素敵だわ――――――なんてことを考えつつ「えぇ、これからもご一緒させてくださいね」と、私は笑みの花を満面に咲かせた。

 

 


 ――――――――とまぁ、そんな風に浮かれていたのがよくなかったのかもしれない。

 何故か私の前には、決して話かけてはいけないトゥレイス殿下がいる。

 ついでに言うと、トゥレイス殿下の護衛騎士と思われる人も。

 えっと………この状況は、私が話しかけたことになるんでしょうねぇ――――――と、右手に持つ白のハンカチーフへと視線を落としつつ、こっそりとため息を吐く。

 昨日の今日で、またお兄様をお待たせしてはいけないと、授業が終わり急ぎ廊下を歩いていると、白のハンカチーフがヒラリと落ちるのを視界の隅に捉えてしまった。

 振り返れば、ハンカチーフを落としたことにも気付かず廊下を突き進む二人組の男子生徒。

 そこでハンカチーフを拾い「落としましたよ」と、誰とも知らずその背中に声をかけたのだけれど――――――――

 やっぱり私が話しかけたことになるんでしょうねぇ…………この状況は。


 あぁ、お兄様、シェアト様

 約束を破って本当にごめんなさい!


 私は内心で土下座をしながら、一人遠い目となった。

 

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