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誰がヒロインなのかさっぱりです(6)

 カタカタカタカタ…………


 住処に戻るらしいシャムと別れ(結局、シャムは話してくれなかった……お兄様だけズルい!)、お兄様と二人で乗り込んだ馬車の中。

 しかし、医務室を出てからお兄様はまったく口を開こうとしない。

 もちろんこんなことは過去にもあったけれど、ここまでの重い沈黙はなかったような気がする。

 そのせいで、いつもは気にも留めない馬車の車輪の音が、やけに耳についてしまう。

 さて、これは一体どうしたものかしら……………

 お兄様が不機嫌な理由はもちろんわかっている。そしてこの件に関して言えば、私が全面的に悪いことも。

 シェアトと話をする前に、予めちゃんとお兄様に知らせておけばよかったのだ。

 クラスメイトからお話を聞くので少し遅れそうです――――――――と。

 なのにそれを怠り、お兄様を酷く心配させただけでなく、不愉快な思いまでさせてしまった。

 あぁ…………自己嫌悪。しかも、どう謝罪の言葉を切り出せばいいのかもわからないなんて、私ったらなんて意気地なしで、駄目駄目な人間なのかしら。こういうところが元喪女の対人スキルの貧弱さゆえなのよね。

 もしこれがヒロインなら、無意識に庇護欲を擽りながら「ごめんなさい、お兄様。これからは気をつけますね」などと言えるのかもしれない。

 それはもう、「お前に謝られると逆に私のほうが困ってしまうな。というか、その可愛らしさは罪だ!」と、思わずお兄様が抱きしめたくなるほどの愛らしさで…………

 無事にヒロインを探し出せた折には、皆から愛される彼女の対人スキルを少しでも見習いたいものだわ。たぶん私には一生かかっても、身に着けられるものではないだろうけれど――――――と、暫し遠い目となってから、ガクンと項垂れた。

 そんな私をどうやら見ていたらしいお兄様が、我慢しきれないとばかりに突然クスクスと笑い始める。

「ユフィは本当に見ていて飽きないな。お前の百面相を見ているだけで、先程からの忌々しさが、いつの間にかどこかへ飛んでいってしまったようだ」

「まぁ……それは良かったですねと申し上げるべきか、それはさすがにあんまりですわと怒るべきか、迷ってしまいますわね」

 どうせ私は可愛さよりも、お笑い担当ですよ!と、ちょっと拗ねた気分も手伝って、わざとらしく口を尖らせる。するとお兄様は、さらに笑って続けた。

「こんな風に私を笑わせることができるのは、この世界広しといえどもユーフィリナお前だけだ。だからここは、良かったですねと言って、一緒に笑っておきなさい。なによりユフィには笑顔が一番よく似合う」

 本当にこの人は………………と思う。

 いつだってそうだった。謝りたくても謝れなくて、素直になりたいのに素直になれなくて、変に意固地になってしまった私に、お兄様はいつだってそっと手を差し伸べてくれた。

 自分だってもっと怒りたいだろうに、口だって利きたくないくらい腹が立っているだろうに、それでも私の事をまず考え、自ら折れてくれるのだ。

 一緒に笑ってしまえば、もう仲直りだよ――――――と。

 うん、そうね。どんなにシスコンで、とんでもなく心配性で、私のことになると犯罪も厭わない困ったお兄様だけれど、私はやっぱりこのお兄様が世界で一番大好きだわ―――――――――

 心の底からそう思いながら「えぇ、それはとても良かったですね、お兄様」と答えて、私も一緒になって笑った。


 それからの帰路は、決して和気あいあいとまではいかないけれど、それなりに会話は続いた。

 もちろんその内容は医務室での一件に終始していたけれども――――――――

「――――――なるほどな。それでクラス代表でもあるシェアト殿に、癒し魔法に特化した女子生徒がいないかと尋ねていたわけか」

「はい。お兄様もご存知の通り、私の魔力量はとても微少で、自分の魔力の属性を未だに掴み切れずにいます。ですから、まずは癒し魔法に特化した方とお会いして、色々お話をお聞かせ願おうかと思いまして…………そうすれば、自分の魔力の属性を知るためのヒントを得られるかと…………」

 私は、教室からの医務室までの流れをお兄様に話して聞かせた。

 シェアトが朝から誰かを探しているように見えたこと。そして声をかけたシェアトの様子から体調が悪いのだと判断し、医務室まで連れて行こうとしたこと。でもそれは私の勘違いで、とても恥ずかしい思いをしたこと。

 それから、もし癒し魔法の特化した女子生徒を知っているならば、教えてほしいとお願いしたこと――――――

 当然、ヒロインを探しているなんてことは言わない。ケチャップ家のトマト様の(くだり)ももちろんカットだ。

 そして、スハイル殿下のご推薦のご令嬢についても、“赤き獣”がヒロインをまだ襲っていないため伏せておく。

 そうして、どうにかこうにか事実とそれらしき理由を組み合わせながら話を進めたところ、このような内容となってしまった。

 実際、引き立て役としてヒロインの傍にいるためには、ヒロインと仲良くなる必要がある。

 そのきっかけの一つとして、癒し魔法について色々教えてもらおうと考えていたのは本当のことだ。なので、お兄様に話ししたこともあながち嘘ではない。

 そう、嘘ではないのだけれど、当然すべてでもない。そのことがなんとも心苦しい。

 けれど、ここでもしすべてを赤裸々に話したとして…………私は転生者であり、この世界の悪役令嬢で、このまま何もしなければ最終的に断罪されるかもしれないのです――――――なんてことを言えば、その後お兄様の取る行動として考えらえるのは二つ。

 妹の頭の具合がかなり悪そうだと、即、お抱えの呪術師を呼び出すか(下手すれば黒い袋が再登場する可能性あり)、妹可愛さに私の話を盲目的に信じた場合には、ヒロインと攻略対象者の抹殺を謀る恐れがある。

 私が断罪される前に、手を打つとかなんとか言い出して…………(その場合にも黒い袋が再登場する可能性あり)

 いや、やる。このお兄様なら確実にやる。たとえその相手がスハイル殿下であったとしても、『ユーフィリナの命を守るためならば、やむを得ないな。スハイル殿下には、ヒロインとやらと一緒に、この世から消えていただくことにしよう』などと、あっさりとやってしまいかねない。

 あぁ、駄目だわ。お兄様にそんなことは絶対にさせられないわ。ここはなんとしてでも、本来の目的を隠し通さねば…………と、改めて決意を固めた私は、ただただしおらしく微笑んでみせた。

 そんな私にお兄様は訝しげに片眉を上げる。

「ユーフィリナの話はわかった。だが、何故癒し魔法に拘る必要がある?そもそも癒し魔法は光魔法に属する魔法の一つであって、光魔法の属性を持つ者ならある程度は使えるものだ。もちろん同じ属性内の魔法であっても得意不得意はどうしても出てくる。たとえば私がどんな属性の魔法でも、守護魔法より攻撃魔法の方が得意といったようにな。そのため、光魔法の中でも癒し魔法だけに特化した者が、稀に出てくることも確かだ。しかし、それはその者の魔力の個性ともいえるものであって、話を聞いたからといって簡単に真似できるものではない。ましてや、それで自分の魔力の属性を掴めるものでもない。ユーフィリナも、それくらいは十分にわかっているのだろう?」

 えぇ、わかっております。嫌というほどわかっておりますとも、お兄様。

 ぐうの音も出ないほどの正論を、どうもありがとうございます。

 でもですね………………と、私は項垂れる。

 ここまでの話はもちろん言い訳も兼ねているため、まるで私が癒し魔法に興味があるようになってしまっているけれど、本当のところは使えたらいいなと憧れる程度だ。

 けれど、ヒロインの話や癒し魔法を抜きにしても、私はずっと自分の魔力の属性を知りたいと思っていた。

 あまりに魔力量が微少すぎて属性不明なんて、この世界できっと私ぐらいなものだと思う。

 せめて自分の魔力の属性がわかれば、その属性の魔法の練習だってできるのに、それすらも叶わない。

 自分なりに本を読み、いくつかの属性の魔法を試してみたことはあるけれど、基礎中の基礎と言われる魔法も、幼い子供たちが使うようなおまじない程度の魔法も、何一つとして発動さえしなかった。

 魔法学園に通っている以上、実技の授業もあるけれど、きっと先生方もわかっているのだろう。

 シミュレーションデュエル(模擬対戦)に指名されたこともなく、もっぱら見学ばかりしている。

 まぁ、指名されたところで困るのは私なので、助かるといえば、助かるのだけれど………………

 こんな有様だというのに、公爵令嬢というだけで魔法学園に通えている自分が、本当に情けなくて嫌になる時がある。

 私なんかよりも、もっと通うべき人たちがいるはずなのに―――――と。

 そんな私の気持ちを知らぬはずもないお兄様は、完全にしょげてしまった私を見てこう続けた。

「ユーフィリナ、確かにお前の魔力量は少なく、今はまだその属性もわからない。だがそれは、何も能力を持たないということではないのだよ」

「えっ?」

 思わず顔を上げた私に、お兄様は愛おしそうに目を細めた。

「そもそもユーフィリナにだってちゃんと使える魔法はあるだろう?」

「ありますけど、あれは…………」

 そう、私にも使える魔法はある。

 お兄様が教えてくれた魔法だ。

 だけどあれは…………

「あれも光魔法の一つだよ。それに上級ではないが、十分に中級魔法と言えるものだ」

「わかって……います……」

「だが、ユーフィリナは不服なのだな」

「………………」

 不服というわけでない。

 ただあれは、()()()()()()()()()()()()()()()だから…………いや、違う。私の魔力量では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから――――そのことが口惜しいのだ。

 再び俯き、唇を噛み締めた私に、お兄様は困り顔を苦笑に変えて、殊更優しい声音となった。

「では、これはどうかな。今日、ユーフィリナはシェアト殿のことを心配して、彼を医務室へ連れ行こうとしたのだろう?たとえそれが勘違いだったとはいえ、周りの目も、自分が公爵令嬢であることも気にすることなく、ユーフィリナはシェアト殿の腕を掴み、強引に連れて行こうとした」

「そ、それは人として当然のことです。具合の悪そうな人を見れば、誰だって手を差し伸べます」

 突然お兄様は何を言い出したのかしら?と、訝しく思いながらも率直に返す。

 しかし、お兄様は鷹揚に首を横に振った。

「必ずしもそうとは限らないのが人というものなんだよ。まず人は対面を考える。自分の立場や周囲の目。それをすることによって、その後もたらされる自分への評価だとか、色々とだ。そしてもし、自分に用事があれば、自分の代わりに誰かが助けるだろうと、その用事を優先する場合だってある。だが、ユーフィリナは違う。自分のことではなく、まず人のことを考える。見栄や体裁や外聞など何も気にせず、用事すらそっちのけで人に手を差し伸べる。私はね、それもまたユーフィリナの個性であって、立派な能力だと思うのだが、どうだろう」

「どうだろう……と言われましても………」

 それは性格だから――――――としか言いようがない。

 私としては、それを能力だとはとても思えないし、私が望む能力ともまた違う。

 そしてそれをすべて理解した上で、お兄様はさらに言葉を重ねた。

「もちろんわかっているよ。それがユーフィリナの望む能力ではないことくらいはね。しかし、私の魔力は偶々与えられた器が周りより少し大きかっただけにすぎない。そして幻惑の能力も、南の公爵家の血に宿った能力だ。私が努力して手にしたものではない。だが、ユーフィリナのそれは違う。持って生まれた性格もあるのだろうが、ユーフィリナ自身が大切に育てあげてきたものだ。私はね、癒し魔法を持つことよりも、そんな優しい心根を持つユーフィリナの方がよっぽど誇らしいし、愛しいよ」

 たぶん……………いえ、絶対に……私の顔は真っ赤に茹で上がっていること間違いなしだと思います。

 だって……だって……………顔から火を噴いてしまいそうなほど、熱いんですもの。

 それに……どうしてこの人は、毎回毎回こんな台詞を、涼しげな顔でさらりと言ってしまえるのでしょう?

 あぁ、駄目だわ。ユーフィリナである私には、このお兄様の耐性が十分あったはずなのに、前世の記憶が戻ってから以降、その耐性が弱体化傾向にあるようだわ。

 でも、ここで踏ん張らなければ、お兄様の妹のユーフィリナではないわね――――と、すっかり涙目となってしまった瞳で睨み返す。

「そ、そうやってお兄様は、どれほどのご令嬢を口説かれたのでしょう?そのように眩しげに笑われて、そんなにお口が上手だと、自分こそは本命だと誤解をされるご令嬢もいらっしゃるかもしれませんよ」

 いや、もうすでに被害続出かもしれない。

 お兄様、くれぐれも背後にはお気を付けになられた方が…………と、真剣に忠告をしたほうがいいレベルだ。

 しかし、このお兄様は私の心配を他所に、またもやこんなことをいけしゃあしゃあと言って退けた。

「はて?私が口説くのは、後にも先にもユーフィリナだけだからな。私の口が上手いか下手かは、ユーフィリナしか知りようのないことだが?」

「~~~~~~~~〜〜〜〜~~ッ‼」

 駄目だわ。本当に駄目だわ。この耐性レベルでは、とてもお兄様に太刀打ちなんかできやしないわ。

 お兄様、ユーフィリナは決めました。

 当面は自分の魔力の属性よりも、もう一度初心に立ち返り、お兄様耐性能力の向上に努めます。

 なんてことをこっそりと内心で告げ、私は赤面をぶら下げたままそっと白旗を揚げた。

 

 これ以上は私の心臓が持たないので、たとえ兄妹同士の気安さからくる冗談だとしても勘弁してください―――――――と。


 こうしてまたもやお兄様に全面敗北を喫した私。

 だからこの場合、拗ねるのは私であって決してお兄様ではないはずだ。

 なのにどういうわけか、目の前のお兄様は絶賛拗ね顔となっている。

 ムスッとそっぽを向き、僅かに唇を尖らせて、馬車の窓で頬杖をついているのだけれど、その横顔ですら麗しい上に庇護欲を擽るって、これは一体どういう仕組みになっているのかしら?

 ヒロインだけのスキルかと思っていたけれど、まさかお兄様まで使えるとはもはや驚きしかない。というか、私の隠密スキルと今すぐ交換してほしいくらいだ。

 けれども、この拗ね顔の意味がまるでわからない。もしかして情緒不安定?なんてことが頭を掠めるけれど、このお兄様に限ってそんなことはあり得ない。そうなってくると――――――――

「お兄様、もしかして私がシェアト様に、癒し魔法を使えるご令嬢についてお伺いしたことを怒ってらっしゃいます?」

 お兄様はちらりと私を見やって、またすぐにそっぽを向いた。

 どうやら図星らしい。

「でも、大学に通われているお兄様では、学園の女子生徒のことまではおわかりにはならないでしょう?ですから、シェアト様に………」

「私が何をわからないって?」

「………………えっ?」

 きょとんとお兄様を見つめる私に、お兄様はやはり拗ね顔のままで答える。

「1クラス平均20名。それが各学年に4クラス。たかが240名ほどの学園の生徒をこの私が把握できないとでも?そこに大学の数を加えても精々500名ほど。名前は疎か、家族構成、魔力量及び魔力属性すべて把握済みだが?もちろん教職員も含めてな」

「な…………なな……な…………」

「特にユーフィリナのクラスと学年については、念入りに調査してある」

「ちょ、調査!」

「当然のことだ。私の大事なユーフィリナを預けることになるのだぞ。性格、趣味嗜好、ペットの種類と名前に至るまですべて調べるのは当たり前のことだ」

「ぺ、ペットまでですか?」

「そうだ。だというのに、ユーフィリナがこの私ではなく、シェアト殿を頼るとは、私が拗ねたくなる気持ちもわかるだろう?」

 わかるも何も、もうここまでくると、これは心配性などというレベルではないような気がする。なんかもう別次元のものだ。というか、これは絶対に触らぬ神になんとかだ。

「そ、それは……大変申し訳……ございませんでした」

「しかしだ。シェアト殿はユーフィリナを認識してしまった。しかも彼なりに対抗手段を講じたらしいしな。不本意ではあるが、私としても暫くは様子見をするしかあるまい」

「不本意って………………」

 けれど、ここでお兄様は拗ね顔を一転させ、真剣な表情となった。

 私はその変化についていけず、思わず口を噤んでしまう。

「シェアト殿のことはもういい。というより、今の状況を思えば、むしろこれでよかったのかもしれない。だが、ユーフィリナ。今から言うことだけは、絶対にしないと約束してほしい」

「なんでしょうか?お兄様」

「お前にしてみれば、まったく意味がわからないことを言うかもしれないが、現在学園に留学中であるデオテラ神聖国第二王子、トゥレイス殿下には、何があってもお前から話しかけてはいけない。これは絶対だ」

 確かにさっぱり意味がわからない。

 そもそも私は一年生で、トゥレイス殿下は三年生。まず教室の階が違うため、余程の偶然が重ならない限り出会うことはない。

 それに相手は、他国の第二王子殿下だ。私から気軽に声をかけられる相手でもない。

 けれど、それを承知の上で、わざわざお兄様がそんなことを告げてくるということは、何か由々しき事情があるのだろう。

 だからここは、お兄様の心の安寧のためにも、アメジストの瞳を真っすぐ見つめながら真摯に答えた。

「えぇ、お約束しますわ。お兄様」

 その言葉に、お兄様は安堵とも脱力とも取れる息を一つ吐いて、話はこれで終わりだとでもいうように窓の外へと視線を向けた。

 私もその視線を追うようにして、窓の向こうを眺める。

 外は夕暮れ。赤き太陽の残滓が西の空を焦がし、東の空には昇り始めた星々が淡く瞬く。

 ちらほらと魔法で灯されたランプの灯が王都に光と影を生み落とし、馬車がその中を軽快に駆けていく。

 そういえば、“紅き獣”はどこにいるのかしら?

 今も王都のどこかで息を潜めているのかしら?

 シェアトは、“紅き獣”のことを知っているようだった。もしかしたらお兄様も知っているのかもしれない。

 でも、これ以上はお兄様に心配をかけたくないわね……………

 だから……そうね、“紅き獣”のことは明日、シェアトに聞いてみましょう。

 窓から目を離し、外灯と西の空を焼く残陽から交互に照らされるお兄様の横顔をぼんやりと見つめながら、私はそう決めた。

 

 カタカタカタカタ…………

 あれほど耳についた車輪の音も、今は眠気を誘う子守歌。

 石畳踏む馬車の揺れは、程よい揺りかご。

 軽やかに進む馬車に揺られて、私の瞼がゆっくりと閉じていく。

 そして、浅き眠りへと落ちていきながら―――――――

 

 一番笑顔が似合うのは、私ではなくお兄様だわ…………

 

 ――――――ふと、そんなことを思った。

 

 

 

 


 だから、私は知らない。

 眠る私をお兄様が切なげに見つめていたことも――――――

 

「今度こそ()を守るから……私も()の傍で生きるから……だから…()も私を置いて消えてしまうのだけはやめてくれ………()のいない時間はたとえ刹那だろうが……もう堪えられそうにない………」


 そう声を震わせていたことも――――――

 

 この時の私は何も知らなかった。

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