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解毒薬奪取ミッション開始です!但し、私は場当たり的参加になるようです(4)

「うにゃあぁぁぁぁぁ〜〜〜にゃんにゃのにゃ!いきなりめちゃくちゃ寒いにゃぁぁぁぁ〜〜〜ッ!!」


 ――――――なんて、シャムの盛大な文句が響く中、異空間広がるからくり箱からドリル回転で飛び出すと、そこは雪国であった―――――…………


 うん、そりゃ寒いはずである(うん、納得)。

 

 いやいや、何を気取って、某有名文学小説風に語っているんだと、突っ込む人も中にはいるかもしれない。

 しかし、敢えて言わせてもらおう。

 これっぽっちも気取ってなんかない(断言)!

 それどころか、なんの誇張もなく、比喩もなく、なんならひねりの一つも嘘もなく、紛うことなき現実であり、事実である。

 それも、積雪50センチはある雪かき必須の豪雪地帯である。

 もちろん、私だって常識と非常識くらいは弁えている。

 現在私たちはデオテラ神聖国の城内にいるはずで、まかり間違っても雪国にいるはずなどないのだから。

 なので、まず最初に一応我が耳と我が目を疑ってみた。

 なんせ、ドリル回転でからくり箱へ入り、今度はそのからくり箱からドリル回転で吐き出された身である(ちなみに二度目)。

 妙な浮遊感やら、頭痛やら、吐き気やらのせいで、たとえ幻聴、幻覚があったとしても何らおかしくはない。むしろ当然の結果とも言える。体感温度もまた然り。車酔いならぬ、からくり箱酔いによる酷い体調不良、もしくは単なる風邪の引き始めによる悪寒という可能性も大いにある。

 そもそも非常識は、“魔の者”フィラウティアの存在だけで既にお腹いっぱいなのだ。そんなおかわりなどまったくもっていらない。頼まれたとしてもいらない。断れるものなら、とっくに断っている。それも断固拒否する勢いで、だ。

 しかし、断る間もなく放り込まれた身としては、たとえどんなに不本意であろうとも現状をそのまんま受け入れるしかないわけで…………

 あぁ、これが幻覚だった方がどれだけ精神的にも優しいことか――――――――と、遠い目(若干白目)になりながら、もう一度諦めの境地で周りを見渡した。

 絶賛、一面の銀世界である。

 なんなら普通に吹雪いている。

 うん、もう一度言おう。

 これは紛うことなき事実であり、疑いようのない正真正銘の銀世界である。

 しかしながら、ここで但書がつく。

 まさに雪国にような有り様にはなってはいるけれど、ここは決して城外などではなく、ましてやからくり箱というトンネルを抜けて国境を越えたわけでもなく、れっきとした城内のとある一室である。ということだ。

 それも、どれだけ積雪で埋もれていようとも、雪だるま擬きがちらほら見えていようとも、歴史ある由緒正しきどこぞの大博物館さながらの展示室、もしくは保管室が、である。

 つまりだ。そこから察するに、いや、わざわざ察するまでもなく、この場所こそが解毒薬が保管されているという例の宝物庫なのだろう。

 そして、この寒風吹きすさぶ豪雪地帯を作り出した犯人も確かめるべくもない。

 事情もだいたいわかっている。

 それでも、ほんと他所様のお城の宝物庫に、なんてことしてくれてんだ、という話で………………

 あぁ、夢なら今すぐ覚めて欲しいと、未だ脳内では無駄な抵抗をしつつ、雪と冷気を含んだ風にぶるりと身体を震わせた。

 そんな私に、魔法大学仕様の純白のブレザーをさりげなく羽織らせながら、レグルス様が呆れたような声を張る。

「これはこれは守護獣殿。少々やりすぎではないか?というか、どこにいるんです?」

「レ、レレレグルス様、今はそんなことよりレグルス様が風邪を引いてしまいますッ!」

 いや、これも十分過ぎるほどわかっている。

 レグルス様の呼びかけに対し、私が思わず口走ってしまった“そんなことより”は、単なる言葉の綾だ。

 そこに本意はない。

 そして公爵令嬢たるもの、ここは紳士であるレグルス様の顔を立てて、「ありがとうございます」と、微笑み一つでさらりと受け流す場面であることも十分に理解している。

 そう、十分に理解しているのだ。頭では。

 だいたい教育だって、幼い頃からそのように受けてきている。いや、きているはずだ。えっ?きてるよね?いやいや、きてたと思うよ。ねぇ、ユーフィリナさん?(←かなり不安げ)

 されど如何せん、前世の記憶が突如として蘇り、その記憶が我が物顔で居座るようになってからこちら、前世の謙虚さが美徳とDNAレベルで刻み込まれた元日本人の性分と、さらには男性に免疫のない元喪女としての経験値の低さが、どうにも本来有るべき淑女としての対応(反応)に悉く水を差してしまう。

 心身に叩き込まれた今世の教育よりも、磨き抜かれた前世の本能的原始反射。

 悲しき習性である。

 しかし、そんな私の淑女力ゼロをカバーするかのように、今度はサルガス様とシェアトから魔法学園仕様のロイヤルブルーのブレザーを重ね掛けされた。

 当然、学習能力のない根っからの庶民である私の反応は――――――

「サ、サルガス様、シェアト様まで、風邪を引いてしまいますから………」

 ――――と、なるわけなのだけれど、レグルス様を筆頭に、サルガス様、シェアトの無言の笑み(圧)に私の無粋な口はあっさりと封じられた(うん、怖い)。


 はい、重ね重ねすみません。

 ここは黙って着てろってことですね。

 はい、ありがたくお借りいたします。


 というわけで、私は元々着ている自分のブレザーも含めて、ブレザーの4着羽織となり、さらにはその上から――――――

「ユフィだけずるいにゃ!シャムだって寒いにゃ!凍え死ぬにゃ!冬眠レベルにゃ!」

 ――――――と、抱きついてきたモフモフの毛皮…………もとい、シャムにより、私は図らずも雪国最強装備を手に入れた。

 えっ?重い上に動きにくいだろうって?

 そんなこと、モフモフ至上主義にとっては取るに足らないことである。うん、モフモフ最高!

 しかし今は最強装備云々よりも、何故宝物庫が豪雪地帯となっているのか?ということである。

 さっきも言ったけれど、犯人ももう既に知れている。けれど、その犯人だっておいそれと所構わずここまでの豪雪地帯は作りはしないだろう(たぶん)。

 それに、レグルス様の呼びかけにも反応はなく、そもそもその姿が見えない。まぁ、室内でありながら吹雪ているのと、奥が見えないほどにこの宝物庫がやたら広いせいもあるのだけれど。

 それでも、ここまで反応がまったくないのはさすがにおかしい。

 だって、あのアカとシロが魔力感知をしていないはずがないのだ。

 それも敵城のど真ん中、守るべき対象である私から離れ、あまつさえ人任せにしたままで………


 これは一体……どういうこと?


 首を傾げるよりも先に、焦燥感がせり上がってくる。

 おかげで酩酊感やら浮遊感やらは、この異常事態(異常気象)を前に、見事に吹き飛んでしまった。

「とにかく、先ずは守護獣殿たちと合流しましょう」

「あぁ、シェアトの言う通りだな。魔法で暖を取ることも、なんならこの雪ごと消すことも可能だが、守護獣が意味なくここまでの雪を降らせるとは思えない。そして何らかの意図があるのだとしたら、我々は迂闊に手を出すべきではないだろう。状況を確認するためにも、今はさっさと守護獣殿たちのもとへ向かうべきだ」

 確かに。

 この雪は、間違いなく雪豹であるシロ(←犯人)が降らせているもの。そしてそれは、フィラウティアが解毒薬の周囲に張っているという闇の結界に干渉するためにだろう。

 けれど………それにしたって、いくらなんでもこの状況は異常がすぎる。

 それほどまでにフィラウティアの結界が強すぎるのだろうか。

 それとも、聖獣であり、“神の娘”の守護獣であるシロに限ってないとは思うけれど、魔力が暴走してしまっている……とか?

 だとしたら、一緒にいるはずのアカやトゥレイス殿下は無事なのか。

 結界は、解毒薬は、今どうなっているのか。

 

 というか―――――


 ここまで棚上げし続けてはいるけれど、レグルス様たちはどうやってフィラウティアの“魅了”から逃れられたのだろうか。

 それに、闇属性の魔力を持つはずのないシェアトが、どうしてあの“暗黒星”を放つことができたのか。


 何故――――――――

 どうして―――――――― 


 立ち込めた不安という暗雲から、まるでしんしんと雪が降るように疑問が私の脳内を埋め尽くしていく。

 そう、ずっと感じていた違和感。

 守護獣であるアカたちが私を人任せにしたままで、結界の破壊に集中できているこの状況。

 もちろん仲間として、レグルス様たちは信用できる。それだけの能力だって、魔力だってある。

 けれど――――――――

 対峙する相手が“魔の者”フィラウティアなら?

 “魅了”にかかり、私に敵対する可能性だって大いにあったはずだ。

 でも、信じた。

 信じられるだけの何かがあった。

 レグルス様はそう簡単にトリックは明かせないと言ってフィラウティアを煙に巻いていたけれど、大丈夫だと確信が持てるだけの策が確かにあったに違いない。

 

 私が知らない何か。

 私だけが知らない何か。

 そしてそれはもしかしたら―――――……

 

 私には知らせたくない何か。

 

 そんなことが脳裏を過ぎると同時に、何故かふと浮かんだのは今ここにはいないアリオトの顔で―――――――

 まさか………………と、突如湧いた悪しき予感に私の思考が凍りついた瞬間、レグルス様の声が氷を打ち砕くように、私の思考を叩き割った。

「ユフィちゃん、大丈夫?なんだか固まっちゃってるけど……寒い?平気?動ける?」

「いえ、あの……すみません。私は大丈夫です。それより……」

 その台詞、まるっとそのまんまお返しいたします!と、上半身真っ白なシャツとネクタイだけとなっているレグルス様に物申したいところだけど、ここはグッと喉奥へと押しやっておく。

 しかし、“読心”の能力を持つレグルス様には筒抜けだったらしい。

 一つ苦笑をこぼしてそれを悪戯な笑みに変えると、内緒話でもするかのように声を潜めた。

「実はね俺たち、見た目は寒そうだけど、魔力を体内で勢いよく循環させて、体内温度を上げているからそれほどでもないんだよ。だからきっと、シャムまでくっつけたユフィちゃんよりも、寒くはないはずだよ」

「へっ…………じゃ、じゃあ、サルガス様もシェアト様も……あまり……寒くはない?」

 これまたご令嬢として、その呆けた間抜け面は如何なものかと突っ込まれそうな顔をぶら下げたまま、サルガス様たちの方を見やると、うんうんと頷かれる。

 わざわざ声を潜めた意味とは?とか、この際どうでもいいことだけれど、それならそうと始めから言っておいて欲しい。

 そしてそんな裏技があるなら、私にも是非とも教えて欲しかったと強く強く言いたい(特にお兄様!)。

 思わず恨めしい気持ちになった私に、すかさずレグルス様の申し訳なさそうな声が届く。

「いや、ユフィちゃん、本当に心配させてごめんね。でもさ、これは魔力が特別に多い人間が魔力制御を覚える際に習得するもので……その……なんだ…………な、サルガス」

 レグルス様からの無茶振りならぬ丸投げに、お見本のような二度見をしたサルガス様。しかし、さすが魔法学園の生徒会長様というべきか、事もなくその先を引き継いだ。

「そうなのだ、ユーフィリナ嬢。これはあくまで我々が東西南北の公爵家の継承者であるがゆえに、習得を義務付けられているようなもので、いくら公爵家の魔力持ちのご令嬢とはいえども…………いや、その、ウチの妹はアレだから特別に習得させてはいるが、世間一般の公爵令嬢にその訓練をさせられることはまずない……はずだ。我が学園でもそんな授業は設けられていないし…………確か、そうだったな、シェアト」

 まるで念押しするかのようにシェアトに尋ねたサルガス様。それを受けたシェアトの目が、一瞬サルガス様に向けてクワッと剥いたような気がするけれど、すぐさま私へと向き直り、首振り人形の如くコクコクと何度も首を縦に振りつつ器用に口を開いた。 

「そうそう、最高学年の現生徒会長殿が仰る通り、一般的な魔力を持っている者でもかなり難しいことだから、学園でもそんな授業はわざわざしないんだよ。だから、魔力が少な……ゴホン、深窓のご令嬢であるユーフィリナ嬢ができな……いや、知らないのも当然のことなんだ」

 などと、シェアトもまた言葉を選び選び教えてくれたけれど、いい加減私にもわかってきた。

 そして、ここで悪気もなく、なんなら親切心で無邪気にトドメを刺しに来るウサギが一匹――――――……

 

「つまり、魔力ゼロのユフィにはできにゃいことにゃのにゃ!」

「「「シャムぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!(正直が過ぎる!もっとオブラートに包めッ!!)」」」


 うん、なるほど。

 だからお兄様も教えてくれなかったのね。

 大変よくわかりました(ぐすん)。


「……え、え〜っと、というわけだから、ユフィちゃん。俺たちのことは心配いらない。あと、フィラウティアの“魅了”の件とか、シェアトの“暗黒星”とか色々気になっているとは思うけど、そこらへんのこともユフィちゃんには後でちゃんと説明するから、今は解毒薬を手に入れることだけを考えようか。そのためも守護獣殿たちと早く合流しよう」

 どこか申し訳なさそうに苦笑を滲ませるレグルス様に、私の方が申し訳なさで狼狽えてしまう。

「いえそんなッ……私の方こそ色々とごめんなさい!」

「謝らないで。それと一応言っとくけど、決して“読心”でユフィの考えてることを読んだわけじゃないからね。その……一々読むまでもなく、ユフィちゃんが非常にわかりやすいというか、なんというか…………」

「うっ……」

 本当に情けない。

 私の働き過ぎる表情筋のことはともかくとしても、令嬢としての立ち振舞がど―のこ―のとか、ぐだぐだと不安と疑問で思考を脱線させたり、凍結させたりして、こんなところで立ち止まって何をやっているんだろうか。

 でも、それでもやっぱり、心配なものは心配なわけで…………

 だって皆、私にとってはとてもとても大事な人たちだから。

 

 だから――――――

 これだけは伝えておこうと思う。


「けれど、心配してしまうのは許してください。レグルス様たちは私にとっても、お兄様にとっても、そしてスハイル殿下にとっても、とても大切な人たちなのですから。でも、ちゃんと信じています。たとえこの先どんなことがあったとしても、最後まで」


 ――――――絶対に信じきる

 

 私は今できる精一杯で笑んだ。

 多少ぎこちないのはここが、働き過ぎな表情筋でさえも凍らせる豪雪地帯だからということにしておいてほしい。

 しかし、目の前のレグルス様たちは「うっ……」やら「ッ……」などと胸を押さえながら声を漏らし、何故か全員真っ赤になってバタバタと崩折れた。

 そして、四つん這いになりながら、積雪に向かって何かブツブツと言っている。

「こ、ここで……それは反則だ」

「クッ……まさかこのタイミングで我々の心臓を止めにくるとは…………」

「無自覚なだけに、ある意味フィラウティアより質が悪い…………」

 以前も見たことがある光景。

 デジャブ?と首を傾げたところで、私はハッと気がついた。

 もしかしたらこれはフィラウティアの“魅了”の副作用かもしれない。うん、絶対にそうだ。

「あ、ああああの皆様!?だだ大丈夫ですかッ!やはりフィラウティアの“魅了”の副作用がッ!」

「ち……ちが…………」

「えっ?ち……ちが…………って、まさか“血”!?あの血がどうなさいました?もしかして過剰な魔力循環のせいで、身体に負担が!?シャ、シャム、学園保健室のマスコット……じゃなくて、使役獣としてレグルス様たちを診て差しあげてッ!」



「「「ちっがぁ――――――――うッ!!」」」


 

 寒さにも負けず、降り積もった豪雪に吸い込まれることも、時折唸り声を立てる風雪の音に消されることもなく、レグルス様たちの声が宝物庫いっぱいに響いた……とかなんとか。



 そんな至極どうでもいい報告を受けるのはこのあとすぐ。




 

 

 

 

 

 

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