解毒薬奪取ミッション開始です!但し、私は場当たり的参加になるようです(3)
絶望は隣人。
だったら希望は…………?
耳元を擽るのは、悪魔の囁きよりも酷いフィラウティアの毒でしかない呪詛。
せめてもの救いは、酸素不足ですでに思考が回りきらず、それが現実的恐怖へと結びつかないことだ。
なんだか、またろくでもないことを言ってる…………曖昧となった思考で思うのはその程度のこと。
それよりも今は、目の前の危機からの脱出が先だ。
首に巻き付く影のロープから逃れて、やたら人口密度が高くなったこの天蓋付きベッドから抜け出さなければと、水中で藻掻くように身体を捻る。
しかし生憎、私の両手はベッドのシーツに縫い付けるようにして第一王子に押さえ込まれ、なんならその第一王子が私の太腿の辺りに跨るようにして漬物石の如くどっかりと腰掛けているため、思うように身体を捻ることもできない。
本当に重し以外の何物でもない邪魔な王子だ。
そして、本来私の味方であるはずのレグルス様たちはというと――――――
直接見ることは叶わず、あくまで気配で察するだけとなるのだけれど、どうやら私と第一王子を取り囲むようにしてベッドの上で跪き、ただただ私たちの様子を何をするでもなく眺めている……らしい。
これはこれで一体何がしたいんだか……という話で、その光景を想像しただけでちょっと…………いや、かなり怖い。
でもそれは、あたかもフィラウティアの命令を待つようでもあり、越えてはいけない一線の前で必死に抗っているようにも感じられる。
私としては是非とも後者であって欲しいところではあるけれど、これまた確認しようがないのが現状だ。
そもそも実際問題として、今のレグルス様たちが本当にフィラウティアの“魅了”にかかってしまっているのかもわからない。
けれど、これだけは言える。
私がここで巧く逃れなければ、後で傷つくのはレグルス様たちだ。
だから絶対に、何が何でもフィラウティアの思惑通りに、第一王子の、そして何よりレグルス様たちの手にかかるわけにはいかない。
「あらあら、そんなに暴れて、なんとも諦めが悪いこと。そのまま殿方に身を任せれば気持ちよくなれるというのに」
遠くに聴こえてくる雑音も、ただの虫の羽音。もちろん耳を貸すつもりはさらさらない。
けれど、このままでは酸欠で意識のほうが先に落ちてしまいそうだ。
にもかかわらず、辛うじて首の皮一枚で落ちずに保てているということは、影のロープを操るフィラウティアの匙加減が絶妙だからなのだろう。
まったく褒めてはいないけれど。
「ほら、貴方がたも眺めているだけではなくて、その無粋な偽物さんをしっかりと押さえてくださらないかしら。まったく……女を抱いたことがない殿方はこれだから困ったものね。せっかく親友の大切な妹であり、貴方がたにとっては自分の命よりも大切な女性である彼女を、一番に犯させてあげようというのに。ほんと残念なくらい不甲斐のないことだわ。そうね……なんならまずは私が、女の抱き方を懇切丁寧に教えて差し上げましょうか?それはもう存分に彼女に見せつけながら……」
確かに親友の妹ではあるけれど、自分の命よりも云々のところは、レグルス様たちの名誉のためにもとんでもない思い違いであると、しっかりと訂正してあげたい。ついでに、フィラウティアのゆるゆるな貞操観念についても。
けれど状況が…………(以下略)
そんな不快な雑音の後で、ベッドが新たに軋みの声を上げた。
確認するまでもなく、有言実行とばかりにフィラウティアがベッドに腰をかけたか、乗り上げでもしたのだろう。
しかし、いくらバカでかいベッドだとはいえ、明らかに定員オーバー、過積載だと思われる。
あぁ、可能ならば順番にベッドから蹴落としてやりたい。いや、自ら降りるでも可だ。
でも、そのためにはまず…………
この影のロープが邪魔ッ!!
消えてッ!!
淡くなりつつある意識の中で、形を成した確固たる意思。
そしてそれは起死回生に向けての絶対的望み。
と同時に、この状況に対する、この世界に突きつけた強い要求――――――というより、有無を云わせぬ激しい拒絶。
そう、拒絶だ。
影のロープに対する拒絶。
フィラウティアへの拒絶。
何より、今という現状への拒絶だった。
まぁ実際は、溺れる者は藁をも掴むってやつであり、やったことといえば(できたことといえば)、この忌まわしき状況への盛大なる内心での悪態なのだけれど。
しかし、何かがカチリとハマった。
そんな気がした。
まるで欠けていた場所に、有るべきモノが、正しきモノが綺麗に収まったかのような。
ただ漠然と存在していただけの世界に、自分の居場所をようやく見つけたような。
一瞬、この世界の輪郭が見えたような………
そう、世界が私を認識し、私が世界を認識した――――――そんな感覚。
そして、この世界は律儀に応えてくれた。
“神の娘”の望みとして、それは正当であると――――――――
忽ち、さらさらと砂塵のように形を失い、霞となって消え失せた影のロープ。
途端、喉への圧迫がなくなり、今度は流れ込んできた空気の塊に息が詰まる。
「…………はうッ!!ゲホッ……ゲホゲホゲホッ…………」
しかし、ずっと求めていた空気だ。咳き込みながらも、身体が、脳が、欲するがままに空気を求めてひたすら喘ぐ。
そのせいで何度もベッドで身体が跳ね上がるけれど、重しの王子とフィラウティアがそれを許さない。
「ほんと憎らしいこと。偽物のくせに、やはりあの女と同じ能力が使えるのね。ねぇ貴方たち、王子を手伝ってさっさとその女を押さえなさい!」
忌々しげに吐き捨てられたセリフと、レグルス様たちへと放たれた命令。
どうやらフィラウティアの意表を突けたらしい。まぁそのせいで、さらなる怒りも買ったようだけれど。
それも油を注いだ火の上から、ガソリンを投下する勢いで。
しかし、せっかく得たチャンスだ。いや、息ができるようになっただけで、危機的状況であることに変わりはないけれど、空気と明瞭なる思考を取り戻した今の私はどんな隙も見逃さない研ぎ澄まされた状態…………のはずだ。うん(希望的観測)。
だから、レグルス様たちに押さえ込まれてしまう前に、もう一度あの会心の蹴りを重し王子の急所(股間)にお見舞いして、王子の指から指輪を抜き取ってやる――――――と、自分の成すべきことを走馬灯のように駆け巡らせる。
その間にも……………………
「どうして、どうしてよッ!何故私の影が消えてしまうのよッ!?ほんと千年前から忌々しい女ねッ!!ほらっ、貴方たちもいい加減王子を手伝いなさいッ!!」
ベッドサイドから聞こえてくるフィラウティアの金切り声。
聞こえてくる位置からして、どうやらベッドから一人早々に離脱してしまったらしい。まぁ、驚きと怒りで立ち上がってしまっただけだろうけれど。
しかし、だからこそフィラウティアの動揺が否応なしに伝わってくる。
察するに――――――“魅了”にかかっているはずのレグルス様たちの動きが悪い上に(なんせ私と王子を眺めてるだけ)、私を再びベッドへと縛り付けるべく影のロープやらその他闇属性の魔法を駆使しているみたいだけれど、そのすべてが尽く私に触れるや否や、まるで蒸発でもするかのように霞となって消えている――――――気配がしないでもない。
なるほど…………
この世界もなかなか粋なことをしてくれる。
影のロープどころか、私から自由を奪おうとする闇属性の魔法すべてを排除の対象として認めてくれたらしい。
おかげで私はちょっとした無敵状態である。
だったら…………と、フィラウティアはなおざりのまま、今は物理的重し状態の王子の急所(股間)に集中することにする。
今度こそ、一撃で再起不能に追い込んでみせる(内心、拳突き上げ!)と。
もちろんこの決意に対して、淑女以前に乙女としてどうかとも思うけれど、この状況においては乙女もへったくれもない。むしろその乙女の危機なのだから、褒められこそすれ叱られることはないはずだ(たぶん)。
しかし敵も然るもの。
同じ手は二度と食らわないとばかりに、器用にも私の足を絡めるように自分の両足で挟み込み、私の両手をベッドに縫い付けたままで顔を寄せてくる。
顔と身体を必死に捻り、なんとか肌に触れる王子の吐息から逃れるけれど、当然それにも限界がある。そして、何とか足の自由を確保しようと試みるけれど、ひょろっと線の細い見た目とは違って王子の力はなかなか強い。さらには遠慮もなく私の上に乗っかってくれているせいで、一向に肝心の攻撃(会心の一蹴り)が繰り出せない。
「王子ッ!そのままその女を犯してしまいなさいッ!!」
フィラウティアの命令に、王子の身体がピクリと小さく跳ねた。そして躊躇なく私の首元に顔を埋めながら完全に覆い被さってくる。
「や……めッ………ッ!!」
私が唯一使える魔法――――――
お兄様直伝の“光結晶”を使うしか…………
そんなことが脳裏を過った瞬間、それは起こった。
瞬きの間さえもないほどの刹那、私の身体から圧が消えた。
そして、突如として私の横にゴロンと転がった氷の彫像――――――――ではなく、氷漬けとなった第一王子。
「ひっ………………」
虚ろな表情のまま、でもしっかりと目を開けた王子とうっかり目を合わせてしまった私は、喉奥に悲鳴を貼り付けたまま、這々の体で氷漬けの王子から距離をとる。
それを見計らってか、今度は春の陽気のように暖かい小さな竜巻が王子を襲い、その竜巻から解放された時には、王子は見事に解凍され、目を瞑った状態で完全に沈黙していた。
私はというと、ただただ枕元の天蓋のカーテンに縋り付くようにしてそれを呆然と見やりながら、思考へと流れる前の言葉をポロリと口から零す。
「…………し、死ん……で…………」
「ないよ」
「ッ!!」
その返答に、ホッと息を吐く暇もなく、今度はその声に驚愕で息を呑んだ。
信じていた。
でも不安だった。
疑心暗鬼にもなった。
万が一の場合は必ず救うと決めていた。
けれど、何度もちらつく絶望の影に、彼の――――彼らの態度は私に一縷の希望を与え続けていた。
フィラウティアの“魅了”にかかってしまったようでいて、決して従順とは言えないその曖昧な態度に――――――……
「レグルス様!サルガス様!……シェアト様も……」
意識のない王子と、ベッドの傍で私以上に呆然としながら立ち尽くしているフィラウティアを警戒するように、またさらには私を守るように、広いベッドの上で片膝を立てた状態で構える三人。
レグルス様は、してやったり感満載の悪戯な笑みを湛えて。サルガス様は、生真面目な性格そのままに、フィラウティアから視線だけを私に向けると、小さく頷き、ヘーゼルの瞳を僅かに細める。もう大丈夫ですよ、とでも言うように。
そしてシェアトもやはり、私に対してどこか申し訳なさそうに形のいい眉をへにょりと下げ、再びフィラウティアへと鋭い視線を向けた。
あぁ……私が知るいつもの三人だ。
驚愕を一気に塗り替えるように安堵が全身を駆け巡る。
しかし、フィラウティアの場合は、驚愕が大激怒へと塗り替わったらしい。
まぁ、さもありなん…………
「どういうこと!どういうこと!どういうことよッ!なんで“魅了”が解けているのよッ!!ちゃんとかかったはずなのにッ!!影も繋がっていたは…ず……」
そこで言葉を切ったフィラウティアは、零れ落ちんばかりに目を大きく見開いた。どうやら何かに気がついたらしい。
そして、憎悪に歪んだ顔を私へと向けた。
うん、フィリアそっくりだという愛らしい顔が台無しだわ……などという内心の私の声が聞こえたかどうか定かではないけれど、フィラウティアの足元からドス黒い炎のようなゆらゆらとした影が湧き上がった。そしてそれは忽ちフィラウティアを覆い尽くすと、今度は霧が晴れていくようにゆっくりとフィラウティアの輪郭を露わにしながら霧散した。
そこから現れた者は―――――黒目に黒髪。
もちろん、純白のエンパイアドレスに変化はない。
しかしそれを身に纏いし者は、闇を幾重にも塗り重ねた漆黒の瞳を持ち、くせ一つない黒い絹糸のような長い黒髪を揺らすフィラウティアだった。
おそらくこれが彼女の“魔の者”――――“闇の眷属”としての本来の姿なのだろう。
どんなに純白のドレスを纏っていようとも、そこに穢れなき愛らしさはもうない。
あるのは、妖艶さが際立っ類を見ない美貌と、隠しもしない私への理不尽さしかない禍々しいまでの憎悪。
もはやフィリアとは色も、醸し出す雰囲気も、すべてが対極にあると言っていい。
なのに、どこか顔の造形はフィリアに似ている気がする。
しかしそれを、不思議だと思う間もなく、フィラウティアが問いかけの体で激しく責め立ててくる。
「お前ね?お前がそのよくわからない“神の娘”の能力を使って、私と彼らの影の繋がりを切ったのね。でもどういうこと?何故せっかくかけた“魅了”まで解けているのよ!私が解かない限り、永遠に解けることのない“魅了”が!ねぇ、偽物の分際で一体何をしたの?どうやって解いたの?いいから答えなさいッ!!」
私の正体不明な能力に警戒してか、一歩もこちらに近づいてくる気配はないけれど、闇のオーラを全開にして怒涛の如く捲し立ててくるフィラウティアに、果たしてどう返すのが正解なのかわからず閉口してしまう。
正しく物申すなら、“魅了”は解けないわけではない、ということだ。
フィラウティアはまだ気づいていないようだけど、現に、デウザビット王国の国王陛下にかけられた“魅了”は、レグルス様の協力で解くことができている。
そして、千年前にかけられた王子の“魅了”も、王子が最期に自らにかけた光魔法の魔力結界で完全にかかり切ることはなかったはずだ。
それは今、王子の魂を宿すお兄様自身が証明している。
だから、“魅了”は解けるのだと言っても決して間違いではない。
ただ非常に難しく、解ける可能性も極めて低いというだけで。
それに今回、レグルス様たちの“魅了”を解いたのは、どう考えてみても私ではない………気がする(たぶん)。
そもそも私の勘というか、一連の流れというか、レグルス様たちのフィラウティアに従順そうにみえて矛盾しかない態度とか、さらにはあの過保護な守護獣たちが、自分たちだけフィラウティアの手から逃れてここにいないこととか、その他諸々を勘案するに、やっぱりレグルス様たちは端から“魅了”にかかっていなかったのではなかろうか――――――という考えに行き着くわけで…………
しかしだ。これを馬鹿正直に答えると、逆に馬鹿を見るような気がしてならない。
火に油を注ぎ、さらにはガソリンを投下している現状に、今度は爆弾を投げ入れるのと同義だ。
さすがにそこまで命知らずにはなれない。
さて、どう答えるべきかと内心頭を抱えたところで、天の助け代弁者が現れた。
レグルス様である。
「おいおい、本気で聞いてる?そんなの教えるわけないだろう。一流のマジシャンが、相手が神であろうと悪魔だろうとトリックを明かさないように、ましてや“魔の者”相手にとんでもない」
「な、なんですって!!」
いや、一流のマジシャンであっても、命がかかった場面ならば、神はともかく悪魔と“魔の者”には教えてしまうのではないだろうか…………などと思うものの、もちろん賢明な私は異議を申し立てたりなどしない。賛同もしないけれど。
むしろこの場面で、堂々とそんなことを宣うレグルス様の心臓の強さに称賛を送りたくなる。と同時に、疑問も。
フィラウティアではないけれど、何故レグルス様たちは“魅了”から“解けた”のではなく、“逃れられた”のかしら――――――と。
そう。レグルス様たちはずっと自ら魔力結界を張って“魅了”がかかるのを防いでいた。でも、謁見の間でもキツかったと本人たちが告げていたように、常にギリギリだったはず。
だから、“晦冥海”に沈み、フィラウティアの手に落ちた時、“魅了”にかかってもおかしくない状況だった。
いや、確実にかかったはずだ。本来ならば。
何故なら“晦冥海”は私たちの魔力を根こそぎ吸い取ってしまうのだから。
…………って、ちょっと待って。
今頃気がついたけれど、私も“晦冥海”に沈んだのだから、私の魔力も綺麗さっぱりなくなっていてもおかしくないはず。なのに今もしっかり、なんなら自分史上MAX状態(世間では底辺)であると感じられるのだけれど?
もしかして、スハイル殿下の専属護衛騎士エルナト様に特別にもらった魔力だからかしら?
となると、エルナト様の魔力は、フィラウティアの“晦冥海”に太刀打ちできるほどの強い光の魔力だということに…………?
確か、純度100%の闇の魔力にとって相性が悪いのは――――――――
ううん、今考えるべきことはそこじゃない。
もちろんレグルス様たちの“魅了”のことでもない。
いや、疑問を呈するくらいに、気になることは気になる。
だいたいかけた本人であるフィラウティアもかかったと信じて疑いもしていなかった。ってことは、その時レグルス様たちの光の魔力は、魔力結界を張れないほどに尽きていたということ。
なのに、逃れた。
先程のレグルス様の言葉にあったように、おそらく何らかのトリックを使って。
でも生憎、それを解明する時間的余裕も、精神的余裕もない。
だから考えることは一つ。
ここから如何にして、解毒薬奪取ミッション遂行中で宝物庫にいると思われるアカとシロのところへ行くかということ。
魔法陣解除の魔道具である指輪を嵌めた第一王子は現在、レグルス様たちに囲まれるようにして絶賛ベッドの上で気絶中であるから、あとは指から引き抜くだけなので問題はない。
問題があるとすれば、完全に“魔の者”モードとなったフィラウティアが、そんじょそこらの地獄の門番よりも余程凶悪な闇のオーラを立ち上らせながら、私たちの前に立ちはだかっているということだ。
そして、この完全体で怒り心頭中のフィラウティアに対して、私の無敵状態がどこまで通用するのか、そもそも宝物庫はどこにあるのか、改めてよくよく考えてみると、指輪以外問題しかない、
まぁ、何にせよ、私は場当たり的に行くしかないのだけれど…………
などと、ほんの少し途方に暮れている間にも、レグルス様たちとフィラウティアの問答…………というより、レグルス様たちの種明かしならぬ、毒吐きは続いていたらしい。
「要するにさ、あんたの“魅了”も所詮その程度でしかないってことだよ。あんたの言うところのちっぽけな人間でしかない俺たちが、どうこうできるくらいにはね」
「レグルス殿、いくら真実だとしても言い過ぎだ。とまぁ、そういうことだから、我々に“魅了”をかけようなどという愚かな真似はやめた方がいい。馬鹿の一つ覚えでこれしか芸がないとしても、無駄なことに労を費やすなど馬鹿を通り越して哀れだぞ」
「いやいや、言い過ぎなのは、むしろレグルス殿ではなくて、サルガス殿の方だから!しかも生徒会長ガッチガチの正論説教攻めで、今思いっきり傷口を抉って致命傷にしたのはサルガス殿だから!」
うん、これまでの鬱憤を晴らさんばかりの毒吐きだ。
しかも、清々しいまでの冴えっぷり。
それに、自覚ありか無自覚か、最後のシェアトの発言も、正論と言っている時点で他二人と大差なし。
どうやら三人揃って、油とガソリンを注いだ火の上に、私が避けたはずの爆弾までご丁寧に投げ込んでくれたらしい。
おかげでフィラウティアの放つ闇の魔力と殺気で、部屋の壁がピシピシと亀裂を入れながら震え出している。
こうなると、ポルターガイスト現象の方がまだ可愛く思えてくるから不思議だ。
ついでに、この城の耐震度合いも気になるところだけれど、今気にするところはやはりそこじゃない。
「そう……もういいわ。お遊びはここまでよ。貴方たちがそんなに直ぐ死にたいのなら、今すぐ殺してあげるッ!!」
そう言い捨てるや否や、フィラウティアの闇の魔力が爆発的に膨れ上がった。
耐震度合いの心配どころか、この城ごと木っ端と吹き飛ばす勢いの魔力の塊。その魔力の塊をどのような闇魔法へと変換する気かは知らないけれど、絶体絶命待った無しであることは間違いない。
そう、いつだって絶望は隣人。
だったら希望はどこに…………?
「“闇流……”」
「“暗黒星ッ!!”」
フィラウティアの略式詠唱を打ち消すかのように発せられた、シェアトのこれまた略式詠唱。
もちろん正しく詠唱する間がなかったのはわかる。だから、そこに驚くことはない。
しかし、わが耳を疑う程に驚いたのは、この魔法が“闇”を含む融合魔法だからだ。
そう、かつてお兄様がアリオトに放った――――――――
“光、闇、風、地、融合魔法!暗黒星‼”
―――――――小さなブラックホールを生み出す魔法。
どうしてそれをシェアトが、闇属性など持っているはずのないシェアトが放つことができたのか。
驚愕と疑問が尽きぬままに、私はシェアトの右手から現れた握り拳ほどの真っ黒な球体を呆然と見つめた。
そして間髪入れず紡がれる命令。
「吸い込め!」
「な、何をッ………いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
まるで“言霊”のように発せられた言葉に、フィラウティアの魔力が身体ごと、そして焦燥と驚愕に歪めた表情ごとその球体に引きずり込まれていく。
しかし、やはりお兄様の“暗黒星”よりも威力が弱いせいか、はたまたフィラウティアの力が膨大すぎるせいなのか、フィラウティアは床に踏ん張るようにして魔力を内に反転させながら必死に耐えている。
「チッ……やはり私の魔力ではこの程度か……」
シェアトが悔しそうにそう吐き捨てていることからして、どうやら前者の理由が主な原因らしい。
「いや、シェアト上出来だ!今の内にさっさと逃げるぞ!」
「ユーフィリナ嬢はこちらへ」
「え、えぇ……」
レグルス様の声に我に返った瞬間、サルガス様から引き寄せられる。
そして――――――――………
「シャ――――――――厶ッ!!」
「―――――うにゃぁぁぁぁ〜!だから、みんなみんなシャムをこき使いすぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ッ!!」
レグルス様の呼び声に、打てば響くように返された盛大な文句。そして、窓を破るでもなく、壁を壊すでもなく、幻獣化しながら突き抜けてきたウサギ型魔獣のシャム。
「シャムッ!」
突然のモフモフ癒し要員登場に、途端に私の顔も緩みそうになる。けれど、状況がまだそれを許さないためひたすら我慢だ。
「うにゃッ!フィラウティアが大変なことににゃってるにゃ!いい気味だにゃ!」
フィラウティアとは反対側のベッドサイドと降り立ち、幻から実体化したシャムがこれまた素直すぎる感想を述べて場を和ませてくれるけれど、もちろんここは相槌ではなく急かす一択となる。といっても、実際急かすのはレグルス様だけれど。
「そんなことはいいからシャム、例のモノは?」
「持ってきたにゃ!さぁ、みんなで仲良くまたここに入るにゃ!」
小脇に抱えられ、モフモフの毛に埋もれていた一辺十二センチほどの立方体の箱。その見覚えがありすぎる立方体の箱に、私は軽い目眩を覚えた。
あれは、魔道具師ロー様が作ったからくり魔道具じゃない……
「シャムは生きた人間を幻化できにゃいけど、この箱なら幻化できるにゃ!それに、雪豹が箱に触れれば自動的に“光雪華”が出るように魔法陣を箱に描いてくれたにゃ。だから、雪豹がいなくても出入りには問題にゃいにゃ!」
いやいや問題ありすぎでしょう。 またあの電気ドリル方式で入ることに変わりはないのだから。
しかし、この部屋からアカとシロの元に最短で駆けつけるには、この方法が最も確実なわけで…………
「シェアト。その“暗黒星”を、踏ん張ってるフィラウティアごとできるだけ遠く放り投げろ。サルガスは王子を頼む」
「「了解」」
サルガス様とシェアトに指示を出し、レグルス様が私に告げてくる。それはもういい笑顔で。
「さぁ、ユフィちゃん行こうか。先ずはユフィちゃんからだよ」
レグルス様たちはすでに諦めの境地……もとい、納得の上だったらしいけれど、私は違う。
いくら場当たり的であったとしても、この箱との再会はかなりの想定外だったため、動揺が半端ない。
けれど――――――――
いつだって絶望は隣人。
だったら希望は…………?
そう、希望は遠くにありて焦がれるもの。
それはまるで頭上で輝く星ように…………
だから時に、流れてしまうこともあるだろう。
また時に、暗雲に隠されてしまうこともあるに違いない。
だけどその星は、決して届くことのない星なんかではないはずだ。
時に、チラチラと舞い散る雪のように降ってくることもあるだろう。
また時に、気がつけば足元に転がっていることもあるかもしれない。
ただどんな時も、瞬きほどの一瞬の輝きですら見逃ず、諦めることなく追い続ければ、もしかしたらいつか掴み取ることができるかもしれないそんな星―――――――
それが希望だ。
ならば、その輝きを見失わないよう、まずはがむしゃらに手を伸ばしてみればいい。
ま、差し当たり、私が手を伸ばすべき希望はこのからくり箱となるわけだけど。
「行きます!」
この箱に関して言えば二度目となる覚悟。
一度経験したがゆえに、さらに悲壮感が増したともいえる覚悟を決めて、私はシャムの持つからくり箱へと手を伸ばした。




