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解毒薬奪取ミッション開始です!但し、私は場当たり的参加になるようです(2)

 うん、わかっている。 

 いつ何時でも現状把握は大事だってことは。

 そう、それは、この世界で覚醒する(我に返るともいう)度に努めてきたことだ。

 しかし、本能的にというか、取り戻した記憶のおかげでというか、直面したくない現実も中にはあるわけで……

 そして間違いなく、今のこの状況もその一つなわけで………

 というか、今し方覚醒したばかりだけれど、思いもよらない重し(第一王子殿下だと判明)との格闘(私的には)で身体を動かしたこともあり、おかげさまで目どころか頭もすっかり覚めてしまっている。明らかに爽快感とは真逆の方向に振り切れた状態で。

 しかし、だからこそ否応なしにわかる。

 今のこの状況が、とてつもなく絶体絶命大ピンチだってことくらいは。 

 そして、できることならこれもまた、先程の悪夢の続きに違いないと、あっさり夢の世界に戻るなり、さっさと夢のような幸せな空想の世界に逃げ込むなりしたいところだけれど、もちろんそれが立派な現実逃避(敵前逃亡)でしかないこともまた、誰に確認するまでもなくわかっている。

 それに、そもそも逃げ出したとて―――――なのである。

 たとえ気絶でも何でもして、うまい具合に夢の世界に逃げ込めたとしても、俗にいう“夢オチ”よろしく幸せな現実世界で目覚めてハッピーエンド――――――なんていうご都合主義的なことが起こるわけもなく、それどころか一生目覚めることなく、自分の力ではどうこうできない悪夢に閉じ込められる――――――なんていうバッドエンドのエンドレスバージョン突入という目も当てられない事態に陥ることだって大いにあり得る。

 えっ?それはいくらなんぼでも悲観的すぎやしないかって?

 いやいや、悲観上等、その上で足掻くべく前向きになる。これ一番大事。

 なんせ物事は、最悪を想定して最善を尽くすことが定石なのだから。

 そもそもの話というか、一応原点回帰しておくと、この世界は(前世の知人から一方的に聞かされた記憶との擦り合せによると)乙女ゲームの世界であり、私は悪役令嬢なる者で、しかも絶賛バグりまくり(←ここ重要)という随分と質の悪いことになっている世界なのだ。

 そのため、どんなバッドエンドがあるかわかったもんじゃない。

 まぁ、因果応報ざまぁがお約束の基本セットで用意されている悪役令嬢に、ハッピーセットならぬハッピーエンドなんてものが元より存在しているわけがないのだけれど…………(ほんと、一体私が何をした(遠い目))

 しかし、ヒロイン不在(というか、私的にはそれらしきヒロイン見つけられず)の今――――――いや、もしかしたらバグっているせいで“魔の者”であるフィラウティアが、そのヒロインの座にちゃっかり収まっている可能性も無きにしもあらずなんだけれど――――――悪役令嬢が皆の幸せを願い、行動を起こしたところで、もはやゲームの内容に何の支障もないはずだ。

 というか、疾うの昔に乙女ゲームありきでの行動はやめている。

 だいたい前世でハマってもいない、人聞きのうろ覚えでしかないゲームに沿った行動をしようなんて、端から無理があるというもの。

 何度も言うけれど、前世喪女である私に、悪役令嬢なんてものを無茶振りする自体が無謀すぎるのだ。

 ほんと、責任者(神)がいるなら今すぐ出てこい!と何度叫びたくなったかわからない。

 それに…………だ。

 私にとっても、皆にとっても、今のこの状況はリセットのきくゲームでも、朝がくれば目が覚める悪い夢でもなく、れっきとした現実。

 自分の命どころか、大切な人たち――――――――大事なお兄様と、未来の国王陛下であるスハイル王弟殿下の命がかかる重い現実なのだ。

 言うまでもなく、現実逃避(敵前逃亡)なんぞしている場合ではない。

 そう――――――――

 自分の力(もしくは他力やら、奇跡やら)で現状を打破できる可能性が少しでもあるのなら、このろくでもない現実に向き合ったほうが余程健全であり、前向きだ。 

 となれば、私が選ぶコマンドは“逃げる”でなく、“戦う”一択。

 うん、まぁ…………その、なんだ…………首には影のロープ、身体の上には生まれたての子鹿ちゃん状態(私の蹴りのせい)の重り(第一王子殿下)が乗っかったまま身動き一つ取れないでいる今の私に、一体何ができるんだ?って話だけれど、それはそれ。気持ちはもちよう。病は気から、だ(たぶん)。

 そんなわけで、まずは気持ちだけでも負けるもんか!とばかりに、横目でフィラウティアを睨みつける。

 我ながら天蓋付きベッドの上で、悶絶中の重しに押し潰されているという、踏み潰されたカエルの如き何とも格好のつかない体勢なのは重々承知だけれど、ここで怯えた顔一つでも見せれば戦う前に負けだ(たぶん)。

 まぁちょっと、フィラウティアの傍に控え立つ、レグルス様たちの様子に一瞬動揺を見せてしまったのは否めないけれど、それは覚醒直後だったのだから仕方がないということで(目はがっつり覚めてはいたけれど)、さっさと自分の中で折り合いをつける。

 ついでに言えば、若干…………いやかなり顔が引き攣っている自覚はあるけれど、それはあくまで仰向け顔固定での横目ガン飛ばし――――という無理な体勢が祟っているだけで、決して恐怖ゆえではない。

 さらに付け加えれば、私の身体が小さく震えているのも、重しのバイブが直接伝わってくるからであって、フィラウティアから溢れ出る禍々しいほどの闇の気配に戦慄しているゆえでもない。

 なんならこう言い換えてもいいだろう。

 重しのバイブ(悶絶)に同調した単なる武者震いだと。

 そんな私の睨みやら、決意やらを一蹴するように、フィラウティアは愉しげに笑う。

「ふふふふ……なんとも無粋なお顔ね。せっかく殿方とベッドの上にいるのだから、もう少し艶っぽいお顔をしたほうがいいわ。その方が、お互い盛り上がるわよ。――――――いえ、中には泣き叫ぶ女性や、反抗的な目を向けてくる女性を屈して、組み敷くのがいいという殿方もいるようだから、一概には言えないわね。王子の趣味はどうだったかしら?」

 本当に悪趣味極まりない人だ。

 いやいやそれ以前に、“魔の者”である彼女を“人”と言ってしまっていいものかどうかという問題もあるのだけど、この状況で考えても無駄なことはさっさとそこら辺に放り投げておく。

 無事にこの難局を乗り切って、お兄様たちを救えた際には、一度アリオトを交えて確認してもいいかもしれない。うん、そうしよう。

 ――――――などと、これまたどうでもいいことが頭を過っていったのは、現実逃避ではなくて、おそらく…………自分の心理状態を察するに…………冷静になれ!そして考えろ!と、自己暗示のように唱えた結果の、自我保全の一環なのだろう。

 ちょっとした冷却機能というか、鎮静作用というか、落ち着くための敢えての脱線というか…………

 人間の思考とはなんとも奥深い。

 しかし、いくら冷静になったところで、状況は最悪だ。控え目に見ても、客観的に見ても、どれほど楽観的に見ても、だ。

 むしろ冷静に状況を判断したからこそ、今の最悪さが余計に際立ってくる。

 まったくもって有り難くないことに。

 繰り返すようだけれど、場所は寝室と思われるベッドの上。そこで重しと首に巻き付く影のロープのせいで身動き一つ取れず、正にまな板の上の鯉ならぬベッドの上のカエル状態。武器の持ち合わせもなく、目の前の味方はどうやらフィラウティアの手中。そして私の魔力は私史上最大でありながら、世間一般的には底辺。こうなると、唯一使えるのは己の口だけだけれども、前世から弁が立つわけでなし、なんなら元孤児で引きこもり気味の人見知り喪女。

 ないない尽くしで、うっかり気が遠くなりそうだ。

 もちろん死活問題となるので(比喩的ではなくリアルに)、こんなところで呑気に気を失ったりはしないけれど…………

 つまり早い話、非常に残念で不甲斐ないことに、今の私が使える武器は、口撃力の欠片もない己の口ともう一つ――――――いまいち使い勝手のわからない、なんならその能力が何なのかすらわからない“神の娘”としての能力となるわけで………


 でも、だからといって、絶対に絶対にフィラウティアなんかに負けるもんかッ!

 ここは私がしっかりしなきゃッ!


 そう改めて決意を固めて、ジワジワと首を絞めてくる影のロープに息苦しさを覚えながら、どうにかこうにか口をこじ開ける。

 多少のかすれ具合と声の低さは、天然の凄み(ドス)…………ということにしておく。 

「フィラウ……ティア…………あな…たの下品で……どうしようもない趣味の悪さは……どうでも……いいわ。今さら救いようも………ないし……救う気も……ないしね。それよりも、アカとシロ……それに、トゥレイス殿下は……どこ?」

 うん、我ながらなんとも口撃が下手すぎる。

 精一杯の嫌味(?)らしきものをなんとか口にはしてみたけれど、結局のところはただの質問だ。

 しかし今の私にとって最優先事項は、フィラウティアの心を抉ること…………ではなくて(いずれは徹底的にしてやりたいけれども)、ここにはいない(ように思われる)アカたちの所在と安否確認だ。

 もちろん、アカたちのことだから大丈夫だとは信じている。

 そう信じてはいても、やはり心配なものは心配なのだ。

 それに、万が一にでもフィラウティアに囚われているのだとしたら、アカたちの救出もこれからの作戦に組み込まなければいけない。

 残念ながら現状、その議題をあげるのは脳内一人作戦会議となってしまうのだけれど。 

 そのため、すべて正直に吐け!と言わんばかりに、威圧感を目一杯に押し出しながら(←当社比)睨みつける。

 まぁ、今の格好は…………(以下略)。

「まぁ、せっかく親切心でアドバイスしてあげたというのに、意地悪なこと…………あぁ、だから雪豹や炎狼に捨てられちゃったのね。第二王子だけはちゃっかり連れて行ったみたいなのに…………あらあら、主を見捨てるなんて薄情な獣たちでしょう。やはりちっぽけな人間の器なんかで生まれ変わった主は、所詮偽物ってことかしらね。お可哀想に」

 フィリアそっくりだというその愛らしくも美しい顔で、お可哀想にと言いながらまったく同情も憐憫の音も含まず、なんなら嘲笑を滲ませながら告げてくる。

 本当に趣味だけでなく、性格も悪ければ、その顔も醜い。

 だけど、おかげでわかったことがある。

 どうやらフィラウティアは、アカたちに逃げられてしまったらしい。

 そしておそらくトゥレイス殿下もアカたちと一緒にいるのだろう。

 きっとシャムも――――――――

 それが意味するところは、私がアカたちに見捨てられた…………ということではなく、わざわざ己の主だと、守るべき存在だと認めている私から離れてまで、することがあるということだ。

 つまり、()()()()()を決行するつもりだということ。

 もう一度言うけれど、決して私は見捨てられたわけでない(←ここ重要)。

 そう――――――――


 解毒薬奪取作戦の決行だ!(たぶん!)


 そしてこれも、あくまでも私の推測でしかないけれど、フィラウティアの“晦冥海”に沈むその瀬戸際に、アカたちは咄嗟に自分たちを二つのグループに分けることにしたのだろう。

 宝物庫に仕掛けられたフィラウティアの闇の結界に干渉する(もしくは吹き飛ばす)ため、実際に宝物庫へ赴くグループ。

 もう一つは、光の神ルークスが施した魔法陣を解除する魔道具――――――指輪を第一王子から奪取するグループに。

 相変わらずフィラウティアを睨みつけつつも、しつこく私の身体に乗っかている重し(第一王子殿下)へと意識だけを向ける。

 なるほど…………知らぬ間に私はその指輪奪取グループに割り振られていたらしい(たぶん)。

 適材適所。

 これ以上ない配置だ。

 なんせ、今回のメンバーでの紅一点がこの私。

 元喪女だろうが、地味だろうが、隠密スキル持ちだろうが、紅一点には違いない。

 しかも、このデオテラ神聖国の第一王子は、前世の乙女ゲームでも無類の女好きと称されるほどの鬼畜(当然人聞き情報)。

 女性ならばきっと誰彼問わず――――――に違いない(作戦上そうあって欲しい。今は切に)

 いや現に、今もこうして私の上にでんっと乗っているわけだし(軽く悶絶中で)、なんなら私が急所に蹴り込む前は、王子の手は間違いなく私に対して淫らな動きをしていた。

 とどのつまり、普段ならまったくもって有り難くもないし、むしろ嫌悪感しかないけれど、こんな私でも彼の守備範囲にいるということだ(やっぱり有り難くはないけれど)!

 だったら――――――と、ふと思う。

 いくら作戦のためとはいえ、守護獣であるアカとシロが、こんな鬼畜王子に己の守るべき主をあっさり差し出すとは到底思えない。

 他の誰かが許しても、あの二人だけは頑として頷きはしないだろう。

 いや、それはレグルス様たちも同じなはず。

 そして何より、お兄様が許さない。

 たとえそのおかげで入手した解毒薬で無事救われようとも、世界中の誰もが作戦上やむなきことだったと評したとしても、今回の同行メンバーに感謝するどころか逆に制裁を加え、デオテラ神聖国を崩壊させた後で、こんな事態を引き起こす切っ掛けをつくった自らを罰するに違いない。

 その魂がこの世界の理から外れた存在で、輪廻も消滅も叶わぬモノであるとしても、お兄様のことだからきっと、永遠に終わることのない罰を自らに課す。絶対にだ。

 そしてそれは当然アカたちもわかっている。

 救ったはずの人間に、容赦なく殺される愚行を犯すはずがない。

 だとしたら――――もしもこの状況が作戦の一部なのだとしたら、本当に皆が指輪奪取を私に託してくれたのだとしたら――――私を守るための何かしらの手を打っているはず。


 その手となるものは――――――――


 無理な体勢でフィラウティアを睨めつけながら、レグルス様たちへと目だけを動かす。

 夕闇に染まる部屋は決して明るくはない。それでも夕陽の残滓に照らされて、なんとなくではあるだけれど皆の表情がわかる。

 いや、表情と呼べるものが、そこには一切見当たらないということがわかるだけだ。

 そのため、レグルス様たちが、フィラウティアの“魅了”に侵されてしまったかのように見えてしまう。

 けれど、私の考えが間違いではなかったら、レグルス様たちは…………

「まぁ、だんまり?もしかして、飼い犬たちに捨てられたことがあまりにショックで、口が利けなくなってしまったのかしら?そうよねぇ……ショックよねぇ。本当に同情するわ。だからそんな薄情者たちのことは忘れて、私たちと一緒に愉しみましょう」

「……………………」

 一歩、また一歩とレグルス様たちを引き連れながら私へと近づいてくるフィラウティア。

 私はフィラウティアを睨みながらも、レグルス様たちの様子を窺う。

 やはりどんなに近づいても、レグルス様たちに表情はない。

 虚ろに揺れる瞳からも、感情一つ読み取れない。

 

 本当に“魅了”に?

 いや、でも…………

 だってあの時……………


 第一王子から指輪を奪うべく、こうなったらスリの要領よ!と、前向きなんだか、後ろ向きなんだかよくわからない覚悟を隠し部屋で決めたあの時、 私はそれを口にする前に、レグルス様に先を越された。

 

『やぁ〜〜〜っぱここは、俺たちが出張るしかないかなぁ』

 

 妙に間延びした声。

 それは何かを吹っ切ったような、それでいてどこか重い覚悟を決めたような、にもかかわらず敢えて気負いを感じさせまいとするそんなレグルス様らしい声にも聞こえた。

 私はその真意を確かめられないままに、フィラウティアの“晦冥海”に沈み、この状況に陥っている。

 だから、確信も確証もない。

 信じたい気持ちが前のめりになっている自覚があるだけだ。

 それでも、アカたちの行動から言って、レグルス様たちは指輪奪取グループに割り振られたのは間違いないと思う。

 思うけれど……………

 

 うん、わかっているわ。

 物事は最悪を想定して最善を尽くすのが定石。

 たとえ今が最悪な状況であったとしても、自分の力(もしくは他力やら、奇跡やら)で現状を打破すればいいだけのこと。

 まずは指輪を王子から奪う。

 そしてもし、レグルス様たちが本当にフィラウティアの“魅了”にかかってしまっているのなら、それを解いてあげればいい。

 国王陛下の“魅了”は解くことはできた。

 王太后陛下の“魅了”は…………

 いや、今は失敗例ではなく、成功例だけを考えよう。

 一度できたのなら、解ける可能性は必ずあるはずだ。

 “神の娘”の能力とやらは、なんとも曖昧で不透明な能力だけど、どうにかこうにか使えているのだから。

 

 そうよ。

 影に、闇に、対抗できるのは光。

 そして私の魂には、フィリアの“聖なる光”が宿っている…………はず。


 だったら――――――――

 

 そんなことを目まぐるしく考えている間に、フィラウティアとレグルス様たちが私を見下ろすようにベッドサイドへと立った。

「……………………」

 無理な体勢は返上し、私は仰ぐようにフィラウティアを、レグルス様、サルガス様、シェアトを見据える。

 目は逸らさない。

 むしろここで逸らしたら負けだとすら思う。

 しかし残念ながら、窓から差し込んでいた斜陽がより一層傾き、微かに届く光も今や彼らの背を照らすだけで、フィラウティアやレグルス様たちの顔はすっぽりと薄闇に覆い隠されてしまった。

 光はない。

 表情も感情も見えない。

 なのに、フィラウティアの顔には嫣然とした笑みが湛えられていることはわかる。これいかに。

 そんな中で、闇を払うように一振りされたフィラウティアの手。

 途端、ベッドの周りに設えられたランプに仄かな光が灯った。

 視界が確保されて有難いことは有難いけれど、これはどう見ても所謂ムード照明と呼ばれるもので………

 余計な気は回さなくていいと、同じ点けるなら邪なものか一切混じる余地のない子供部屋仕様の昼光色にして欲しかったと、強く強く物申したい。

 そんな私の気も知らず…………

「近くで見ても、淑女とはとても思えないほどの怖い顔だわ。ふふふ、ねぇ……そんなに睨まないで。大丈夫。すぐに殺したりなんかしないわ。まずは、快楽の底に落とし込んであげる。あぁ、そうだわ!少し時間はかかるけれど、私のセイリオスもちゃんと呼んであげるわね。そしてたっぷり他の男たちに犯される貴女の淫乱な姿を見てもらいましょう。その代わり貴女には、獣のように激しく抱き合う私とセイリオスの姿を眺めさせてあげるわ」

「や、やめてッ!お兄様は……あなたのモノなんかじゃッ……んぐっ…………」

 フィラウティアの最後の言葉に思わず噛み付く。しかし、首に巻き付いた影のロープがそれ以上は言わさないとばかりにキュッと締まり、息が詰まった。

 思わず藻掻くように、震える手が影のロープへと伸びるけれど、悶絶するだけの重しだった第一王子に掴まれ、あっという間にベッドに縫い付けられて阻止される。

 辛うじて足は閉じているので(淑女の嗜みというか、乙女の貞操の危機回避)、大の字ならぬ、十の字だ。

「あらあら、反抗的なことを言うからよ。いい?()()は千年前から私のモノなの。だって、この私が直々にこの手で殺して闇に落としてあげたのだから。いい加減、認めなさい。そして諦めなさい…………って、“偽物”の貴女に言っても無駄だったわね。所詮“神の娘の魂”だったモノを宿した、ただの人間だもの」

 そう言いながら、フィラウティアが私の淡紫の髪を、白く細い指で掬い上げる。

 その間にも、影のロープは私の首を緩やかに締め上げており、声が出せないばかりか、不覚にも視界が霞み、意識が朦朧としてきた。が、フィラウティアの声がそれを許さない。

「“神の娘”…………いいえ、“光の神”の“鏡”でありながら、“光の神”とはまったく違う髪色と瞳。その身体も脆い人間のモノなのに……どうしてその貴女が、千年前のあの女と同じ能力を使えているのかしらね。そのちっぽけな身体に宿るくらいに、あの女の“魂”はすっかり変質してしまっているというのに…………」

 まるで自問自答するかのように紡がれるフィラウティアの言葉。

 しかし、先程の夢――――――

 フィリアの言葉が真実ならば、フィラウティアのその見解はおそらく間違っている。


 ――――私とフィリアは違う人間。

 ――――けれど、私とフィリアは同じ存在。

 

 まぁ、それに対して論じ合うつもりなど毛頭ないし、それどころか今の私は声を発するどころか、呼吸すらままならない。

 それに、その案件は自分でもまだ整理できておらず、一先ず丁重に隣に置いてある。

 手も伸ばせない状況のため(物理的にも)、やっぱり引き続き放置決定だ。

 というか、酸欠状態でもはや思考すら上手く回らなくなってきている。

 これは冗談抜きでやばい。

「…………………ッ……」

「うふふ。苦しそう。でも大丈夫よ。ちゃんと死なない程度に調整してあげているから」

 これのどこがッ!

 と、すかさずフィラウティアの愉悦を含んだ声にツッコミたくなるけれど、如何せん声を発するどころか(以下略)。


 でも……諦めない。

 指輪は必ず手に入れる。

 そしてお兄様のもとへ皆で一緒に帰るのだ。


 だから、耳元で囁かれるどんな呪詛のような言葉も、孤軍奮闘にしか見えないこの危機的状況も、何がなんでも跳ね除けてみせる。


 だって…………

 だって……………………

 絶対に…………………………


 気配だけで、誰かがベッドの上に乗り上げたのがわかる。

 それも複数名。

 わざわざ確認するまでもなく、レグルス様たちだ。 

「さぁ、おとなしく自分の運命を受け入れなさい。貴女はこれから、そこの王子と、信用していた仲間たちに犯し尽くされ、穢れに穢れて、深い絶望の闇に叩き落とされるのよ」



 ――――――もう二度と愛する人を愛せなくなるくらいに。

 

 ――――――もう二度と愛する人に愛されなくなるくらいに。

 

 そして最後は――――――――



―――これ以上ないほどに残虐に殺してあげる


 

 


 

 

 


 

 

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