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挿話【Side:国王アルムリフ】その頃、デウザビット王国では(2)

 由緒正しき厳粛なる国王の執務室。

 そこに集うは、デウザビット王国の国王である私と、我が国の四大公爵家の三柱である西南北の公爵たち、そして前触れも手土産もなく、友人宅訪問の気軽さでふらりとやって来た“魔の者”が一人。

 公爵たちは執務やら今後の対応の打合せやらでここにいるのは当然として、最後の一名はもちろん招いてはいない。

 文字通り本棚の影からふと湧いて出てきた招かざる客だ。しかもここにいるはずがない、ここにいては絶対的におかしい闖入者である。

 にもかかわらず、呑気に茶を所望し、この部屋の重い空気にケチを付けながら(一体誰のせいだ!誰の!)、困惑しながらも警戒心露わな公爵たちとともに我関せずで茶を啜っている。

 そのため、おいおいなんだ、この状況は?なんでお前がここにいるんだ?と、諸悪の根源である“魔の者”アリオトに直接問うてみれば、それはそれは予想だにしなかった斜め上な回答が返ってきた。

 特大の疑問符を付けて盛大に叫びたくなるくらいの。

 いや、実際に叫んだ。

 それはもうかつてないほどに公爵たちとぴったりと呼吸をあわせ、当惑と動揺とを綯い交ぜにしたため息のせいですっかり重くなったこの部屋の空気を蹴散らす勢いで。

 もちろんそこには驚愕もあった。が、大部分を占めたのはふざけるなッ!という気持ちの方で…………

 しかしだ。

 重ねて言う事でもないが、私はこの国の王だ。

 いつだって物事を正確に受け止め、冷静に対処しなければならない。

 一言一句間違えずに聞いた内容が、どれだけふざけて聞こえようとも、こちらの受け止め方次第で時に印象が大きく歪んでしまうこともままある。

 なんせ相手は“魔の者”。

 先祖代々にわたって培われてきた嫌悪やら、恐怖やらは、そう簡単には拭い去れるものではなく、こちらの負の感情を伴った先入観はどうにも否めない。

 そこで、この“魔の者”――――――アリオトの言葉をより正しく理解するためにも、私はもう一度問いかけることにした。

 この際、時間の無駄となることは覚悟の上だ。

 とまぁ……さも尤もらしい言い訳をつらつらと言い重ねてきたが、早い話、耳を疑う内容に聞き返しただけである。

 内心どころか、思いっきり頭を抱えながら。

「……アリオト、すまないが……もう一度説明してもらえるか?お前がここにいる理由について…………」

「だ・か・ら・さぁ〜〜〜あっちの城は完全にフィラウティアに落とされていたから、仕方なくボクだけここに避難しに来たんだよ!」

 あんたら全員耳大丈夫?という副音声をボリューム最大に、先程は『実はさぁ……』から切り出された台詞を、『だ・か・ら・さぁ……』という面倒くささを全面にアピールした接続語へと変え、その後は私の記憶が正しければ一言一句違わずまったく同じ台詞が律儀に繰り返えされた。

 うん、完全に耳の遠い老人扱いである。

 不敬の塊。さすが神をも恐れぬ“魔の者”である。

 でもまぁ、それもやむを得ぬこと。なんせ二度同じことを言わせたのはこちらなのだから。もう一度告げ直してくれただけで、“魔の者”にしてはなかなか話の通じる奴ではないか、と評価してもいいくらいだ。

 だが、その内容は頂けない。たとえ二度聞こうともだ。

「それっ…………」


 ドゴッ!!

 パリンッ…………サラサラサラサラ…………


 ヒィィィィィィィィィィ〜〜〜ッ!!


 私の言葉を遮るように部屋に響いた破壊音と粉砕音。

 言うまでもなく、これらの音の発信源は公爵たちである。

 ちなみに最初の破壊音は応接のローテーブルが破壊、粉砕された音で、その後のか細い音はカップとソーサーが割れた音。そして最後のサラサラサラ……と砂が流れるような音は、文字通り机とカップとソーサーが木屑と土に還った音だ。

 ん?では最後の引き攣り音は何かって?

 もちろん私が国王の矜持で内心に押し留めた引き攣り声だ。

 念のために言っておくが、決して恐怖心からではない。

 度が過ぎた子煩悩というか、親馬鹿ならぬ馬鹿親である公爵たちの地雷を、木っ端と踏み抜くなッ!というアリオトへの憤りからくる心の叫びだ。

 ほれ見たことか、案の定――――――

  

 なんとか生き残った応接のソファから、ゆらりと立ち上がった西南北の公爵たち。顔の上半分に影が落ち、それでもそ煌々と目だけが光っている。まるで獲物を見つけたアンデッドのよう。

 気持ちはわかる。わかりすぎるほどにわかるが、頼むから人間に戻ってくれ。

 ―――――という私の叫びも虚しく……

 

「ほぅ…………我が身可愛さに、私の可愛い可愛いユーフィリナを置いて、自分だけノコノコと避難してきたと言うのか」

「へぇ…………うちの見目よし、人柄よし、頭脳よし、と何拍子も揃った私の大切な大切な愛息であるレグルスを、よりにもよってフィラウティアのいる城に残しておめおめと一人逃げ帰ってきたと言うのか」

「なるほど…………我が西の公爵家の次期当主であり、そして“忘却”の現能力者であり、何より私にとってかけがえのない息子であるサルガスを、ここぞとばかりに贄として差し出し、自分だけすごすごと戻ってきたと言うのか」


「「「アリオト、お前――――ここで一度死んどくか?」」」


 ヒィィィィィィィィィィ〜〜〜〜ッ!!


 こ、こここ公爵、不穏な台詞を三人で綺麗にハモらせるのはやめようか!

 というか、アリオト!この期に及んで呑気に茶を飲んでる場合か!っていうか、お前!ローテーブルや公爵たちのカップは粉砕されたというのに、自分のカップとソーサーはしっかり守ったのか!ちゃっかりしてるというか、神経が図太過ぎるというか…………いやこの場合、我が城の備品を守ってくれてありがとうと言うべきか…………ではなくて、今はそんなことより即土下座だ、アリオト!全身全霊床に頭を擦り付けて公爵たちに謝れ!

 じゃないと、今度は執務室自体が吹っ飛ぶ。それどころか城ごと…………いや、王都が更地になってしまう!

 比喩でも妄想でもなく、物理的、現実的に、だ!

 しかし、当のアリオトはこちらの感情をさらに逆撫でするかのように、悪びれる様子もなく、それはそれは優雅にカップに口を付け、アンデッド化した公爵三人に三方囲まれようとも、まったく動じる気配もない。

 なんならローテーブル(防波堤)がなくなった(消滅した)せいで、公爵たちとアリオトとの距離がやたら近い気がする。いや、気のせいなどではなく、アリオトを直下に見下ろすくらいに近い。 

 まぁ、公爵たちがゆらりゆらりとアリオトを取り囲むように詰め寄った結果なのだが。

 しかも顔の影(本当にただの影なのか?)の奥でペカーッと不気味に光っている目からは、今にも何かの光線(?)を放ちそうだ。

 先程は恐怖心などないと言ったが、その舌の根が乾かぬうちにはっきり言おう。めちゃくちゃ怖い。

 その圧というか、練り上げられた魔力も相まって、決してアリオトの味方でもないし、どちらかというと思いっきり敵側なのだが、うっかり『アリオト、今すぐ逃げて!』と叫んでしまいたくなるくらいに恐ろしい。

 もちろん一国の王としてこの場から逃げ出したりはしない。うん、しないったらしないし、いざとなれば、アリオトではなく、王都を、城を、この執務室を守るために、身を挺して公爵たちを止める所存ではある。

 なので私もまた、違う意味でこっそりと魔力を練り上げていたりするのだが…………

「公爵、落ち着け。そしてアリオト、お前はもう少し詳しく話せ。その説明ではあまりに省略がすぎて、理解する前に怒りしか湧かん」

 こめかみをグリグリ指で押し込むようにもみ解しながら申し付ける。

 するとアリオトは不服とばかりに肩を竦めてみせた。

「ボクは闇の眷属であって、君の臣下ではないし、確か報告義務も負ってなかったはずだけどねぇ〜」

 そう告げて、悪戯に口端を上げたアリオトに是非とも教えてやりたい。

 “魔の者”の世界ではどうだか知らんが、人間の世界では“口は災の元”であるということを。

 何ならこのまま公爵たちによるスパルタな実地訓練へと突入し、その減らず口をしっかり矯正してやりたいところだ。

 だがそうなると、やっぱり私の執務室が城ごと消えて無くなる未来しか見えないため、ここは早々に諦めることにする。というか、今にもその実地訓練に突入せんばかりの公爵たちを止めるため、表面上は国王らしく威厳たっぷりのどこか鷹揚なる口調で、しかし内心では焦燥感に襲われながらかなり必死に告げた。

「公爵、いいから座れ。一々アリオトに構うな。このままでは話が前に進まん。お前たちもアリオトの話は聞きたいのであろう?ならば、相手は“魔の者”だと割り切り、寛容になれ。まぁ、憤る気持ちもわからなくもないが…………」

 むしろ痛いほどわかる。

 なにしろ今回の案件には、我が実弟の命がかかっているのだ。それも、近々命が尽きることが確定している私の大事な後継者であり、我が国にとっては次期国王。

 他人事ではない身内事だ。

 だからこそ今は、少しでもアリオトから情報を得るために、冷静になれと呪文のように何度も何度も自分に言い聞かせている。

 それでもアリオトに向ける視線と口調に隠し切れない棘が入り混じってしまうのは許して欲しい。ま、改める気も反省する気もないのだが…………

「アリオトもいい加減にしろ。確かに、お前に報告義務はない。我々とは違う理で生きているお前に、人の世界の義務やら権利やらを説いたところで無意味なこともわかっている。だが、今のお前は我々と協力関係にあるはずだ。ならば、己の利を得るためにも、ここで素直に情報提供したほうが賢明だと思うが?それとも、ただ単にフィラウティアからむざむざと尻尾を巻いて逃げ出した挙げ句、一人になるのが怖くてノコノコと私と茶飲み友達になりに来たのであるならば、後日今流行りの菓子を取り寄せ、改めて招待しよう。生憎今日は色々と立て込んでおるのだ。あぁもちろん、一人でいるのが怖くて堪らないというなら、お前には護衛の者を付けてやろう」

 うん、視線や口調だけでなく、ついつい言葉にまで毒付きの棘まで混入してしまったが、おそらくアリオトにチクリとも刺さることはないだろう。

 そんなこちらの予想通り、むしろ好戦的な笑みを浮かべ、アリオトは愉快げに返してきた。

「デウザビット王国の王と茶飲み友達ね。それはそれで、毎回上等なお茶と茶菓子が頂けそうな美味しい提案だ。ついでに王城にボクの部屋なんかも一つや二つ用意してくれると嬉しいんだけどさぁ〜ほらボク、こう見えてとても繊細で怖がりだから?あっ、でも護衛とかは要らないよ。そういう堅苦しいの嫌いだし、ボクにはこいつがいるしねぇ〜」

 などと言いながらくつくつと笑い、アリオトは洗練された動作で再びカップに口をつける。そして、小さな音すら立てずカップをソーサーに戻すと、そのままもう不要だと言わんばかりにカップをソーサーごとスッと左隣へ差し出した。

 すると、アリオトの足元から起き上がるようにして突然人型の影が現れ、これまた丁寧な手つき?でカップが乗ったソーサーを受け取る。さらにはそのままアリオトの横に、さも執事か、侍従の如くそっと控え立った。

 なるほど。

 私は初めて見たが、どうやらこれが話に聞くアリオトの影法師らしい。

 確かに公爵たちに机を破壊され、ソーサーを戻す場所がない今、この従者代わりの影法師は非常に役に立ちそうだ。

 それに、それなりの魔力も感じるし、アリオトが言うように護衛にも事欠かないらしい。

 うん、実に便利だ。

 何なら私にも一人欲しいくらいだ。

 話し相手…………には、無理かもしれないが、そして影武者…………にもさすがに見た目真っ黒では無理だろうが(たとえ正真正銘私自身の影であっても)、護衛兼専属執事くらいには十分なれそうだ。いやなんなら、目らしきモノは確認できずとも一応ちゃんと見えているようだし、物もしっかり持てている。ならば――――これはあくまでも例えばの話だが――――

 もし私と意思の疎通ができ、字まで私そっくりに書けるというならば、是非とも私に代わって執務なんかも色々…………

 ――――――とまで考えて、公爵たちからの冷たい視線に気づく。

『陛下、今、自分の影法師がいればサボれるッ!……とか考えましたね』と言わんばかりの目だ。

 いやいやちょっと待て。心の底からそれは心外だと物申したい!

 別に私はサボろうとか考えたわけではなく、もしも私の代わりに影法師が執務をしてくれるならば、私もまたスハイルやセイリオス、そして母上のために動くことができると思っただけで…………本当にそう思っただけで…………

 だから、そんな常習犯を見るような目で私を見るんじゃない!

 いつもの()()はちょっとした仕事の効率化を図るための散歩だ!度々公爵たちの目を盗んで、こっそりお忍びで城下に降りるのも、民の生活を我が目で確かめるためのものであって、決して息抜きのサボりなんかじゃない!

 などと、内心で精一杯言い返すが、早々に分が悪いことを悟り、咳払いで公爵たちの視線を散らす。そして、やたらニヤニヤと愉しげにこちらを眺めてくるアリオトへと鋭い視線を返した。

 念のために言うが、これは八つ当たりなんかではない。あー言えばこー言うアリオトの可愛げのない減らず口に、辟易しただけだ。

 そのため、半ば呆れながら切り返す。

「お前が我々の協力者として立派にその役目を果たした折には、部屋の件については考えよう。といっても、与える部屋は一つだがな。だが、今のお前の言動は、その協力者と名乗るには甚だ疑わしい。ならば、誠心誠意証明してもらうしかあるまい?さぁ、アリオト答えよ。何故お前一人ここにいる?ユーフィリナ嬢たちは無事なのか?」

 アリオトは愉悦に細めていた目で私を暫し見つめてから、一つ息を吐くように視線を逸らした。が、すぐに気分を持ち直したかのように、口角を上げる。

「やれやれ……これはまた随分と警戒されちゃったものだねぇ。ま、それは仕方がないことだけどね。言うまでもなく、そもそもボクと君たちは相容れない関係だからさ。でも、今のボクは、純粋な味方とは言えなくとも、紛れもない君たちの協力者だよ。だからこそここにいる」

 そう堂々と告げて、足を組み直したアリオトは、応接のソファにふんぞり返るようにして身を背もたれに預けた。

 さぁ褒めよ、讃えよ、とばかりに勝ち誇った笑みを湛え、その態度も、お前は何様だ!ってな具合に偉そうだ。

 むしろこちらとしては、いやいやお前、何でそこまで自信満々で大威張りになれるんだと、全力で問い質してやりたいくらいに、褒め讃えるポイントなど何一つ有りはしない。同意できるのは、相容れない関係であるという、今更確認するまでもない事実のみ。

 ただただムカつきと怪訝を覚えただけだ。

 そのため、さらに一段声のトーンが下がる。いや、こっそり練り上げていた魔力の影響で、部屋の温度が物理的に一気に下がった。

「だから、説明せよと言っている。自称協力者だと宣うそのお前が、何故、今、この執務室に、一人で、いるのか、その理由を、正しく、詳細に、だ!」

 まるで幼子に言い聞かせるように、一言一句切って問いかける。

 これは先程、耳の遠い老人扱いされた意趣返しではない。

 非常識なる者(理の外の者)への当然の対応だ。

 というか、この質問の答えを得るためにどれだけの時間を費やし、馬鹿みたいに繰り返したか、もう考えたくもない。

 本気で我が身可愛さにただフィラウティアから逃げてきただけだというなら、この執務室ごとこいつを滅そう。

 公爵たちに任せれば城ごとやりかねないので、ここは私が責任持って手を下すこととし、執務室は尊い犠牲だと思って諦めよう。

 ま、それで“魔の者”であるアリオトを本当に滅せるとは露ほども思ってはいないが、一矢報いるくらいはできるだろう。

 なんてことを思いつつ、再び魔力を練り上げていく。もちろんアリオトの返答、もしくは動向次第で、いつでも攻撃魔法を放てるようにするためだ。

 否応なしに張り詰めていく部屋の空気。

 先程の難(公爵たちの破壊行動)を免れた私用のカップの茶が、電気を流されたようなビリビリと波立って見えるのは、おそらく私の目の錯覚ではないだろう。そして、やたらガタガタと小刻みに振動する本棚も、決して建付けが悪いわけでも、幻聴、幻覚の類でもないはずだ。

 もしそうなら、我々に今必要なものは、大工と医者だ。

 ――――――が、そんな緊張感の中、この男はどこまでもマイペースだった。いや、我々の怒りさえも意に介さない――――取るに足りないものとでもいうように。

 愉快で堪らないとばかりに片手で腹を押さえ、ケタケタと笑い始めたアリオト。

「何がおかしい?」

 地獄の使者も真っ青の、おどろおどろしい南の公爵の声が地を這った。

 その矛先である当のアリオトは恐怖による震えでもなく、笑いの余韻を盛大に引き摺りながら口を開く。

「ごめんごめん。いやさ、本当にボクって信用ないんだなぁ〜って、思ってさ。きっとこの世界で、多少なりともボクのことを信用してくれているのは、おそらくユフィだけなんだろうなぁ〜」

 先程までの我々に対する小馬鹿にしたような笑みではなく、どこが遠くを見つめてふわりと細められる黒き瞳に、僅かな人間らしさを感じて、私は小さく息を呑んだ。


 これがおそらくユーフィリナ嬢がアリオトに与えたという光。

 そして――――――アリオトの完璧な闇に生じた不完全なるもの――――――か。


 ま、本人の自己申告によれば三割程だと言うが…………


 それでも――――――――


 おいそれと信用できるわけもなく、抱えていた苛立ちが跡形もなくなくなるわけでもない。

 ましてや張り詰めた空気が一気に弛緩し、練り上げていた魔力をあっさり霧散させてしまうこともない。

 ただ、本当に少しばかり、私としては非常に不本意ながら、やはりアリオトがユーフィリナ嬢たちを置いてまでここにいるのは、単に我が身可愛さに逃げ帰ったのでなく、何かしらのれっきとした正当な理由があるからではないか――――そう、これまでの人を食ったようなふざけた態度はともかくとして…………などと思い直す余地が残ってしまった。

 本当に、本当に、ほ・ん・と・う・に、不本意ながら…………(大事なことだから念押しで二度言う)

 で、残ったのなら、執務室を犠牲にする前に、しっかりとそれを聞き出さねばならない。

 “魔の者”に対する、泉の如く湧き上がる嫌悪感は本能的にも如何ともし難いところではあるが、ここは我々の貴重なる協力者として真摯に、冷静に、自制心と聞く耳を持ち、たとえ相手の態度がこちらの気分をいくら逆撫でしてこようとも、だ。

 そして、それは公爵たちも同じだったようで…………

「確かに我々はユーフィリナとは違い、“魔の者”であるお前を信用することはない。いや……できない。お前の抱える闇がどれだけ薄くなろうとも、お前が“魔の者”である限り……だ。だが、ユーフィリナのことを気に入り、そのユーフィリナを守るために、今回手を貸してくれていることに対しては感謝している。複雑な心境ではあるがな…………」

 それはもう苦いお茶を飲み干したかのような渋い顔で、南の公爵が告げた。どうやら北の公爵と西の公爵も、その茶を同様にご相伴に預かったらしく、これまた苦渋に満ちた顔で、小さく頷いた。

 かく言う私もその茶を漏れなくご相伴に預かった口なのだが…………

 しかしそんな中にあっても、アリオトだけは妙に清々しそうな顔で我々を見ている。

 まぁ、我々に渋い茶を提供した張本人であり、己はさぞ甘露で美味なお茶を喉越しよく飲んだのだろう。

 ほんと腹立たしいことに。

 だがアリオトはそんな我々の様子を面白がるでも、からかうでもなく、何故かそのまま執事擬きとなっている影法師へと視線をずらした。

 そして――――――――


 パチンッ!


 一つ指を鳴らす。

 途端、ずっと沈黙を守っていた影法師が流暢に話し出した。

 といっても、口らしきモノはどこにもない。

 以前、ユーフィリナ嬢救出の際に戦った影法師には、目と口が三日月型の穴として空いていたと聞いたが、今のコレは言うなれば、ただののっぺらぼうだ。

 そんなただの真っ黒な人型であるにもかかわらず、それはもうペラペラと一人勝手に話している。

 いや、これは…………この声は……まさか……………………


「こ、こ、ここここの声は私の愛息、レグルスぅぅぅぅ〜ッ!!」


 まるで生き別れた息子と、ようやく巡り会えたかのような歓喜と驚愕の雄叫びを上げた北の公爵が、アリオトの影法師に飛びつかんとばかりにソファから立ち上がった。が、南と西の公爵がそれを制する。物理的な羽交い締めで。

 それを横目にため息を吐きながら、アリオトへと物申す。

「これはデオテラ神聖国にいるレグルスたちの声か?そんなことができるなら何故さっさとしなかったんだッ!?」

 そうであれば、あんな不毛なやり取りなどしなくて済んだのに!と、ばかりに睨みつける。

 しかし、やはりというかアリオトはどこ吹く風で…………

「まぁまぁ、こうして今の彼らの様子を聞かせて上げたんだからいいじゃない。う〜ん………どうやらフィラウティアと一戦交えて、どこかの個室に逃げ込んだところみたいだね。あぁちなみに、雪豹の影に隠してるボクの影法師の存在は、フィラウティアには気づかれたくないからさ、こちらの声は向こうには届けられないよ。あしからず。でも、今のところ全員揃ってるみたいだし、怪我もないようだし、別に話せなくったっていいよねぇ〜」

 いやいやいや決して良くはない。良くはないぞ、アリオト。

 もちろん様子を覗えるだけでも有難いとは思っている。それこそ気前良く王城に部屋の一つや二つ用意したっていいくらいに感謝だってしているが、可能ならば、向こう側と意思伝達をし、助言なり、確認なり、応援なり色々したいというのが本音だ。こんな盗聴のような体ではなく。

 ……が、フィラウティアに気づかれるわけにはいかないというアリオトの言うこともわかる。そう、わかるがゆえに無理強いはできず、ここはぐっと聞き耳を立てながら押し黙る。

 そんな我々の気持ちを知ってか知らずか、アリオトは甘い微笑を湛えたまま、従者兼お喋り中(デオテラ神聖国組の会話を垂れ流し中)である影法師に向かって手を伸ばす。

 どうやらお茶をご所望らしい。

 そして舌を湿らすように茶を一口含んでから再び影法師が持つソーサーへとカップを戻した。

 それから我々に向かってゆっくりと口を開く。

「それでは、デオテラ神聖国遠征組である彼らの声を聞きながら、ボクと君たちとの間で認識の擦り合わせといこうか。千年ぶりに復活した――――――ではないな。より正確に言えば、初代“神の娘”がその魂を宿す人間の器を自ら葬って千年、紆余曲折の末ようやく新たな器を光の神によって創造され誕生した“神の娘”―――


 ユフィの――――――……


 ―――――この世界における存在理由について」

 

 

 

 

   

  

 


 

 

 



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