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まさかこんなところで乙女ゲーム開始?しかもやっぱり私が悪役令嬢のようです⁉(2)

 デオテラ神聖国――――――――


 かつて神が住まいし国。

 その神の復活を願う国。

 そして神の復活のために“神の娘”を欲する国。

   

 だから、頭を垂れる私たちの前に、この国の重鎮と思われる者たちがぞろぞろと謁見の間に現れたことに特段驚きもなかった。

 そして、その内の誰か――――――もちろん国王陛下だろうけれど――――――が、長いローブを緩慢な動きで捌きながら玉座へと徐ろに座り、挨拶もなおざりに『ユーフィリナ・メリーディエース公爵令嬢、そなたが“神の娘”であるとは誠か?』などと、やけに刺々しく問いかけてきても、やっぱりこうきたか……と、動揺もなく受け止めた。

 おそらく私のことはデウザビット王国との国境を守る神殿の神官――――――アルビレオ・ケプラー様から予め知らせが入っていたのだろう。


 トゥレイス殿下が、“神の娘”と思しきご令嬢をデウザビット王国から連れ帰った――――――と。

 

 入国許可を求めた時のあの前屈み気味の許可からも、この問いかけは何を置いても真っ先に来るだろうとは思っていた。

 だから、先にも言ったように動揺はない。ついでに困惑もない。

 ただ、一時的にとはいえ久しぶりに留学先のデウザビット王国から帰国した実の息子に対して労いの言葉一つなかったことに、どうしようもない嫌悪感と居心地の悪さを覚えただけだ。

 しかしそれは、ある意味わかっていたこと――――――


 “ユフィちゃん、この謁見の間にいる連中は、国王陛下も含めほぼ全員“魅了”にかけられてる!気をつけて!”


 突然謁見の場に割り込むように頭の中で響いた声。

 レグルス様からの“伝心”だ。

 周りで小さく息を呑む音がする。きっとトゥレイス殿下たちにも伝えられたのだろう。 

 私的には、頭を垂れてまま身体を跳ねさせなかった自分を大いに褒めてやりたい。


 でも――――――

 改めて眼前に突きつけられた事実に、自分の足元に落ちる自分自身の影でさえ、一段と闇が深くなった気がした。

 なんならこのままズブズブと影の中に引きずり込まれそうな感覚が身体を襲う。

 わかっていた。

 覚悟もしていた。

 恐れもあったけれど、その横には怒りもあり、解毒薬を手に入れるまでは、お兄様とスハイル殿下を助けるまでは、常に冷静であれと自己暗示をかけ続けていた。

 もちろん今もかけている。

 だからこんなところで取り乱したりなんてしない。

 しないけれども――――――――

 やるせなさが募る。

 トゥレイス殿下にとって今回“魅了”にかけられたのは自分の身内たちだ。

 たとえ折り合いが悪く、他人より遠い存在だったとしても、あっさりと切り捨ててしまえるものではない。

 ましてや、この国の民を守る王族である彼らをこのまま放置していていいはずがない。

 正直、トゥレイス殿下の話と前世で聞き齧ったゲームの設定上からも、この城の人たちに対して、これっぽっちもいい印象は持ってはいない。けれど――――――――

 それでも、と思う。

 トゥレイス殿下の心中はいかばかりかと。

 頭を垂れ膝を付く私からはその表情は何一つ見えないけれど、この城内では標準装備となっているらしい氷のデスマスクの下で、今も苦々しく唇を噛み締めているのかもしれない。

 そう考えるだけで、新たな憤りが必死に冷静さを装う心に、容赦なく起爆剤を投入してくる。


 フィラウティアだけは絶対に許さない――――――――と。


 闇の眷属の長子。

 “神の娘”の命を狙う“魔の者”。

 この世界の欲全てを具現化したような存在であり、“魅了”の能力の使い手。

 千年前の王子の魂に執着し、現在その魂を宿すお兄様に毒を盛った憎き相手であり、さらにはその解毒薬まで盗み、今も“先見”の能力者として儀式に挑んだスハイル殿下の命をも危険に晒している存在でもある。

 

 許せるわけがない。

 許していいはずがない。


 おそらく前世も含めて、私はここまでの憎悪を抱いた相手はいないと思う。

 

 それも、可能ならば今すぐこの手で殺してしまいたいほどの激情を――――――

 

 もしかしたら、いやもしかしなくてもそんな感情を胸に抱いた時点で、私は“神の娘”の生まれ変わりとして――――その魂を持つ者として――――“神の鏡”として――――そう名乗る資格はもうないのかもしれない。

 でも、大事なものを奪おうとする存在に寛大になれるほど、私は寛容で、できた人間でもなければ、生まれたての赤ん坊のように純粋無垢でもない。

 なんなら孤児で生まれた前世で、たっぷりと酸いも甘いも噛み分けてきた。

 まぁ、ほとんど酸いしかなかった気もしないでもないけれど。

 だから、“神の娘”の生まれ変わりだとしても、苦手なものはどう頑張っても苦手だし、嫌いなものは好きなどという気持ちが入り込む余地がないほどに嫌いだし、憎いものは本気でこの世界から消え去ってほしいほどに憎い。


 ――――――――だって、人間だもの。


 と、声を大にして言いたい。

 しかし残念ながら、それをこの場で声を大にして言うわけにはいかない。それくらいは弁えている。

 一応この世界では、生まれも育ちも公爵令嬢となっているもので。

 そのため、依然膝を付き頭を垂れたままで、しれっとこう答えてみせた。

「恐れながら、私自身がそうであると名乗ったことは一度としてありません。しかし、デウザビット王国では“神の娘”の生まれ変わりだと、そのように国王陛下より認定されております」

 嘘ではない。

 アカの一件で、国王陛下の“先見”を覆してしまったことにより、本人不在の間に(気を失っている間に)、そんな認定がうっかり為されていた。

 私にしても寝耳に水のビックリ認定で、たとえ私が本物の()()だったとしても、できることなら今だって丁重に御辞退申し上げたいくらいだ。

 なんなら免許皆伝の隠密スキルを認定されたほうがまだ納得できたかもしれない。 

 ――――などと、ここまで詮無きことを考えてふと気づく。

 そういえばここでは、私の隠密スキルはまったく役に立たなかったみたいだと。

 過去、アリオトの闇に蹂躙されていたトゥレイス殿下が、お兄様の“幻惑”の中に隠されていた私の存在を感じ取ったように、やはり“魔の者”の闇に侵された人間には私の隠密スキルは無効なのだと改めて理解する。というか、思い知る。


 闇はいつだって光に強く惹かれるものなのだと――――――

 

 そして入国した際、神官アルビレオ・ケプラー様にはこの隠密スキルが有効だったことからも、“魅了”はこの城だけだということがわかる。

 言い換えるならば、この免許皆伝の隠密スキルをもってしても、こっそり解毒薬を探すのは無理らしい――――――ということ。


 うん、やっぱりここはある意味正攻法でいくしかないみたいね。

 とはいっても、その正攻法がこれまたあってないようなものなんだけど…………さてどうしようかしら……

 取り敢えずどこかでシャムと会えたらいいんだけど……


 なんて行き当たりばったり感満載なことが、脳裏を走馬灯のように駆け抜けていった一瞬の間を置いて、再び胡乱げな声が降ってきた。

「…………ほう、なるほど。国からの認定と申すか。ユーフィリナ嬢、顔を上げよ」

「…………」

 無言のまま、命じられた通りに顔を上げる。

 方方で息を呑む音が聞こえた気がしたけれど、もちろん気にしない。

 そしてようやく玉座に座る人物――――――国王陛下を目に収めた。

 純白のビロードに金の細やかな刺繍が美しいローブに、左手には天辺に今にも羽ばたかんとする鳥の装飾を配した金の杖。

 肩のラインで整えられた、トゥレイス殿下と同じく銀と言っても差し支えのない灰色の髪に、真っ赤な石を中央に埋め込んだ金の王冠が権力の在り処を示すように重そうに載せられている。

 歳は四十代前半くらいだと思われるけれど、トゥレイス殿下の琥珀色の瞳とは違い、胡乱げに細められた灰青色の瞳に覇気は感じられず、顔色も悪いせいか、実際の年齢よりも妙に老け込んで見える。

 そしてその玉座の隣に立つ、濃紺に銀糸の刺繍が鮮やかな衣装と同系色のマントを纏い、淡いブロンドに国王陛下と同じ色の瞳を持つ若い男性は、おそらく第一王子殿下なのだろう。

 しかしその目は国王陛下とは違い、まるで値踏みでもするかのように、粘りけのある視線で、執拗に私の全身を舐めしゃぶるように這わせていく。

 控えめに言っても気持ちが悪い。

 あぁ……これが…………

 と、前世で一方的に与えられた情報の正確さというか、女好きというゲームのキャラ設定に、不快さと嫌悪を再認識しつつもあっさりと納得してしまった。

 しかし、喜ぶべきか悲しむべきか……いや、ここは諸手を挙げて大感謝すべきことに、私はそもそも地味で非常に存在感の薄い人間だ。

 第一王子殿下がどれだけ無類の女好きであろうと、好みというものは少なからずあるはずで…………

 きっと第一王子殿下のお眼鏡にかなうことはないだろうと、私はその視線を無理やり意識から外した。

 とはいえ、無遠慮な視線は第一王子殿下以外の者たちからも寄せられるわけで、私の顔は自然と強張ってしまう。

 玉座を中心にして左右両側に控えるこの国の重鎮と思しき貴族たちと、神官とも文官ともとれるお揃いの白装束を着た者たちに、ビカビカに磨き上げられた白銀の鎧を纏う衛兵たち。

 もちろん彼らからの視線は性的な色を含んだものではなく、“神の娘”の生まれ変わりだと認定されたという私を訝しんでのものではあるのだけれど、容赦なく突き刺さってくる視線は心を摩耗させるには十分すぎるものだった。

 けれど、命じられた以上顔を伏せることはできない。

 否、伏せる気もない。

 こんなところで、怖気づいて逃げる気なんてさらさらないのだから。

 そのため、疑うなら存分に疑えばいい!とばかりに顔を上げ、気を抜けばすぐに俯きそうになる自分を叱咤する。

 そもそも解毒薬を手に入れるまでは、ここから追い出されてやる気など毛頭ない。

 コアラよろしく柱にへばりついてでも、スッポンよろしく岩に齧りついてでも、だ。

 そんな負けん気で玉座を真っすぐに見据えていれば、国王陛下の瞳が微かに揺らいだ。

 そして、独り言のように恍惚と呟く。

「あぁ……これは確かに美しいな…………」

「………………」


 えぇ〜っと………………うん、なるほど。

 そうきたか。

 でもこれは、まさしく“魅了”の弊害だわ。

 うん、間違いない。


 予想外というか、ある意味予想通りというか、国王陛下の呟きをうっかり聞き拾って、内心で遠い目となる。

 何度も言うようだけれど、国王陛下は今、絶賛現在進行形で“魅了”にかかっている状態だ。

 そんな状態でこんな見え透いたお世辞を言うはずもないから、“神の娘”と思しき者イコール美しいという、国王陛下の視覚やら、感性やら、美意識やらを丸っと無視した盲目的な洗脳が為されているのかもしれない。多分。

 いや、それとも……私たちと玉座の距離は声が届く程度の距離ではあるけれど、だからといって手が届くほど近いわけでもない。ならば、ただ単に国王陛下は目がお悪いだけ、もしくは単なる思い込み――――という線も捨てきれはしないのだけれど………

 しかしかくいう私は、自分がうっかり隠密スキルを極めてしまうほどの地味顔であることをちゃんと自覚している。一々そんな戯言に頬を染めることはない。

 それこそ前世から培ってきた喪女の経験値は伊達じゃないのだ。


 ふふふ。平常心でバッチこい!よ。


 そのため、今はただただ聞き流し、次の言葉を待つことにする。というより、出方を待つ。

 すると、国王陛下の視線はゆらゆらと彷徨うに泳ぎ、そのまま私たちの横に平然と立つアカへと向かった。

 そして抑揚のない口調で問いかける。

「聖獣様、貴方様がそうであるで信じたくなるほどに、確かにこのユーフィリナ嬢は美しい。髪色と瞳の色が伝承とは違うが、生まれ変わりというならば、そういったこともあるのかもしれぬ。それこそ神のみぞ知る――――――といったところであろう。だが、我々は神の復活を望み、千年もの間待ち続けてきた。たとえ、他の国で認定されていようとも、おいそれとは鵜呑みにできぬのだ。ましてや謀りを申す者を“神の娘”として認めること自体が大罪だ。なればこそ聖獣様、貴方様の口から是非ともお答えいただきたい。ユーフィリナ嬢は誠に“神の娘”の生まれ変わりなのであろうか?」

 どうやら、聖獣であり、かつて千年前も“神の娘”の守護獣であったアカに事の真偽を確かめる気らしい。

 まぁ確かに、ここで――――今現在この謁見の間にいる者たちの中で――――“神の娘”フィリアのことをリアルに知ってるのはアカと、今はしれっと正体を隠し、ただの引率者のフリをしているシロだけなのだから、そりゃご尤もな矛先だろう。

 でも、どうも今の感じだと…………

 

 “お前聖獣のくせに何うっかり騙されてんだ!髪色も瞳の色も違うし、似ても似つかねぇ別人じゃねぇか!目ん玉おっ広げてよく見てみやがれ!”

 

 …………という副音声しか聞こえてこないのだけれど。

 しかし、これもまた当然といえば当然とも言える。

 なんせ国王陛下は“魅了”の支配下にある。つまりは私を疑ってなんぼ。なんなら、今この場で私を偽物だと断罪し、殺してしまっても何ら不思議でもなんでもない。

 けれどアカは、あからさまな副音声など物ともせず、平然と言って退けた。なんならちゃっかり侮蔑の笑みまで添えて。

「愚問だな。守護獣であるこのオレが己の守るべき主をわからないとでも?これは随分と馬鹿にされたものだな。一度、オレの炎で焼かれとくか?」


 ア、ア、アアアアカさん、お気持ちはわかりますが、国王陛下を焼いてはいけませんッ!


 だらだらと冷や汗を垂らしながら、一先ずアカの暴挙を止めておく。もちろん声には出せないので内心で……といいより念力で(んなもん、もってないけれど)。

 というか、いくらアカでも本気で国王陛下を焼くことはないだろう。いやまじで…………って、いや……ほんとに…………えっ?本気で焼いたりなんてしませんよね?ねぇ?ねぇってば、アカさん!?

 チラリとアカを見上げれば、その目は横顔でもわかるほど完全に据わっていた。

 うん、これは非常にまずい状況です。

 守護獣様ご立腹です。

 相手が“魅了”にかかっていることがわかってはいても、聖獣であり、その中でも選ばし守護獣であるアカにとっては、その相手が国王陛下といえどもたかが人間に疑われたことが、守護獣としての矜持を傷つけられたようで気に食わないらしい。

 いや、うん、わかるけれども、気分はちょっとした凱旋帰国だった……ってことも知っているけれども、今は取り敢えず抑えようか。いや、まじで頼むから、抑えてくれるかな。

 アカ!ステイよ!ステイ!

 ――――――なんて、こんなにも小心者よろしく焦っているのは私だけなんだろうかと、さりげなく周りを見渡せば、シロも含めデウザビット王国側の人間の身体が小刻みに震えていた。

 どうやらアカの大胆不敵過ぎる発言に、焦燥と恐怖を覚えている――――わけではなく、皆して笑いを堪えている――――というのが正直なところなのだろう。


 アカだけでなくこの人たちも不敵……いや不敬が過ぎる…………

 いやはや私とは違い、皆さん大物ですとも!

 

 などとやさぐれていると、ここですかさずレグルス様からの“伝心”が飛んでくる。


 “どうやら陛下は守護獣殿の言葉を信じる気はないみたいだね。状況はまさしくあの舞踏会と同じだ。これは冗談抜きで守護獣殿に一度燃やしてもらうしかないかもしれないな。なんなら消し炭クラスで”


 レグルス様、一国の王を消し炭にするのはやめましょうか。

 っていうか、一度って、二度目もあるってことですか⁉

 コラッ!アカもそこでニヤッてしない! 


 けれど、悲しいかな。

 レグルス様の言うことも一理ある。

 どれだけ懇切丁寧に事実を話したところで、相手は既にフィラウティアの“魅了”によって蝕まれているため、もはや正常な判断はできないことは明白。

 あの日の、すべての元凶となった舞踏会の再現となるのは、もはや火を見るよりも明らかだ。

 正直なところ、馬車の中でトゥレイス殿下は“神の娘”であると匂わせただけで、デオテラ神聖国は喉から手が出るほど私を欲しがるだろうと言っていたけれど、今の状況では五分五分だと思っていた。

 もしここがフィラウティアに“魅了”されているのだとしたら、彼らにとって私は、飛んで火に入る夏の虫。

 “神の娘”かもしれない私をそのまま監禁するか、それとも偽物として断罪するか、そのどちらかだろうと。

 そしてこの感じだと、どうやら後者の方だったみたいね――――などと、冷静に受け止められるのは、例の舞踏会でのあの経験があったからに他ならない。

 あの時の経験が、よもやこんなところで生きてこようとは、なんとも皮肉な話だけれど、あくまでも想定内。果てしなく最悪寄りとはいえ、予想の範疇だ。

 だからといって、ここでおとなしく断罪される気は毛頭ない。

  

 大丈夫。

 私たちはやれる。

 ちゃんと解毒薬を持ってお兄様たちの元へ皆で帰れる。

 

 こんな時に…………いやこんな時だからこそ、そんな感情が勇気とともに湧き上がってくる。

 もちろんアカの態度やら台詞はそれを見越したものではないだろうけれど、いざとなればこんなにも心強い味方がいる。そうと思えるだけで、こんな針の筵な状況も、なんてことはない。

 ならばと冷静に国王陛下の様子を窺えば、アカの言葉に対して怒りもなく、怯えもなく、ただそこに在って、殺伐とした剣呑な色を湛えていた。

「そうか…………聖獣様は、あくまでもユーフィリナ嬢が“神の娘”の生まれ変わりだと信じておられるのだな」

「信じるも何もユフィこそが“神の娘”の魂を宿す者だ。守護獣であるオレが間違えるわけがない。やっぱ念入りに焼かれとくか!」


 だから、国王陛下を念入りに焼いてはいけません!


 まったく…………と、内心で頭を抱え込みながら、この今の状況を鑑みる。

 当初の予定では、難なく王城に入り込むためにそう匂わせるだけ(トゥレイス殿下談)――――という話だったにもかかわらず、やはり予定は所詮予定にすぎず、もはや匂わすどころか断言だ。

 まぁ、事情が大きく変わったため致し方ないことはわかっているのだけど、もはやトゥレイス殿下の御学友として一時滞在を許されるなど、夢のまた夢。

 どうやらこのまま断罪一直線という匂いがぷんぷんしてくる。

 ましてや解毒剤があるという宝物庫の鍵を持つ第一王子殿下もまた絶賛“魅了”に侵されているため、そう簡単には鍵を渡して(奪わせて)はくれないだろう。

 ならば、今はさっさとこの謁見を終わらせ、一足早くこの城に潜入しているであろうシャムと合流し、解毒薬を手に入れるために動き出したいところなのだけれど、如何せんここは謁見の間。

 自分たちの意思一つで簡単には出られない空間だ。

 もはやちょっとした鳥籠状態。

 だったら………………


 あれ?もしかして……いや、もしかしなくても、一度焼いとくのも有りなのかもしれない。

 国王陛下だけでなく全体的に、まんべんなく。 

 その焼き具合はともかくとして?


 そんな()()ぶっ飛んだ思考に至った瞬間、それは突如としてきた。


「これはこれは南の公爵令嬢、ユーフィリナ・メリーディエース様ではございませんか」


 気配もなく背後から突然投げかけられた声。

 その鈴を転がすような軽やかな声に、私たちはここが謁見の間で、国王陛下の御前にして膝を付いていた事も忘れ、一気に総毛立つとともに立ち上がった。

 そして反射的に身構える。

 

 いつの間にここへ?

 いや、それよりも――――――

 

 純白のエンパイアドレス。

 その無垢なドレスの胸元から足元にかけて、白銀の細密な刺繍が品よく飾り、純度の高い宝石が夜空を瞬かせる星々のように散りばめられている。

 さらには警戒心を露わにする私たちを目の前して、楽しげに細められる澄んだ空色の瞳。

 そして陽だまりのような微笑みを浮かべながら、コツコツと歩くたびにクセ一つない白金の長い髪が、キラキラと淡い光を纏いながら舞うように揺れ動く。

 それはまるで光でできたベールのようで………………

 愛らしくも美しい天使。

 にもかかわらず酷く禍々しい。

 そんな矛盾した存在を前に、私たちは食い入るように見つめながら息を呑む。

 いや違う。

 どうしても目が離せない。

 そして、脳裏を過るのはあの舞踏会でアカが思わずといった体で漏らした言葉。


『ユフィに………いや、フィリアに瓜二つだ…………』


 その彼女が今、まさしく臨戦態勢さながらの私たちの横を悠然と通り過ぎ、玉座へと向かう。

 すると国王陛下は玉座から立ち上がり、彼女に恭しく手を差し伸べ、彼女は当然のように手を置いた。そして彼女は促されるままに玉座へと座り、国王陛下自らは玉座の前に膝を折り、金の杖を床へ置いた。

 それに倣うようにして控えていたこの国の重鎮たちも衛兵たちも皆その場で膝を折った。

 しかし、第一王子だけは玉座の肘置きに馴れ馴れしく腰掛け、彼女の手を取り頬ずりしては口付ける。 

 それはまるで私たちに……いや、私に見せつけるように、私から片時も目を逸らすことなく、彼女の手に何度も唇を押し付けている。

 そして彼女の足元近くに侍っていた国王陛下までもが、一心不乱に彼女の足に舌を這わせていた。

「まさか…………兄上だけでなく父上まで…………」

 驚愕と嫌悪だけに染まったトゥレイス殿下の呆然とした呟き。

 それを耳に捉えつつ、その悍ましさと異様でしかない光景に、私の足は我知らず後退る。しかしそのことに気づいたアカとシロが、素早く私の視界を遮るように前に並び立ち、トゥレイス殿下とレグルス様がそれぞれ私の両サイドを陣取ると、サルガス様とシェアトが私の背後を守るようにして取り囲んだ。

 囚人連行…………もとい要人警護再びである。 

 そんな私たちに、彼女――――――グラティア・プリオル侯爵令嬢に扮した“魔の者”フィラウティアは嫣然と微笑む。

「ふふふ。ご機嫌よう、ユーフィリナ様。あの舞踏会以来ですわね。兄君でいらっしゃるセイリオス様はお元気かしら?」

 元気も何も、あなたが!と、瞬間湯沸かし器的に怒りが沸点をあっさり超えるけれど、ここは奥歯を噛み締めて、ただただ彼女の一挙手一投足を注視することだけに専念する。

「できれば、セイリオス様に来て頂きたかったのだけど、いずれ近いうちに会えるでしょうし、今は貴方がたでいいわ。だって皆様とても麗しく、学園でお見かけした時からずっとお近づきになりたいと思っておりましたのよ。肌と肌がぴったりと重なり合うほどに」

 天使の如き愛らしい顔から到底紡ぎ出されたとは思えない、醜悪な我欲塗れの台詞。

 それを受け、レグルス様たちの魔力が一気に引き上げられる。

 しかしそれすらも涼し気に眺めて、彼女は片方の手を第一王子に好き勝手にさせたまま、小さく首を傾げて続けた。

「それにしても、一体どのような手を使ったのかは存じませんが、ユーフィリナ様はデウザビット王国で“()()()”の()()()()()()だと認定されたそうですわね。しかも、私の()()()()()をも見事に誑かして」

「おい、ふざけるなッ!誰が誰の守護獣だ!」

「まったく片腹痛いとはこのことですね」

 間髪入れずアカとシロが言い返すけれど、今はそこが問題ではない。

 彼女は“()()()()()”と言った。

 つまりはシロの正体もバレているということで…………(まぁ、しっかり言い返している時点で今更なんだけど)

 もしかしたらシロの影に潜むアリオトのことも――――――

 と、冷たい汗が背を伝っていく。

 けれど私の不安をよそに、彼女はアカたちを弄ぶように宣った。

「あらあら、千年もの間に、私のの守護獣たちはすっかり性格がひん曲がってしまったようですわね。それに自分の主ですらわからないようだし。これは一から調教が必要かしら」

 

 調教……って


 思わずその言葉にカッとなり、「私がそんなことさせるわけないでしょう!」と叫べば、彼女は片眉を上げ、一瞬笑みを消した。

 が、それも刹那のこと。

 何事もなかったかのようにすぐさま柔らかな笑みを湛えると、彼女は殊更ゆっくりと玉座から立ち上がった。

 と同時に、今まで好きなように彼女の手と足に唇と舌を這わせていた国王陛下と第一王子が彼女の足元に片膝をつく。

「ねぇ、ユーフィリナ様、私はこのデオテラ神聖国で“神の娘”の生まれ変わりとしてではなく、“()()()”として正式に認定されましたの」

「……………………」

「その意味がおわかりになって?」


 ふふふ…………と鈴が転がるように愛くるしく響く笑い声。

 しかしその声は、どこまでも悍ましく醜悪で――――――――


  

「さぁ、それでは始めましょうか。今からここは断罪の場。“神の娘”を語る不届き者にそれ相応の制裁を」

 

 


 

こんにちは

星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪



毎度のことながら、大変長らくお待たせしましたぁ

あの夏風邪から一向に咳が止まらず

今もゲボゲボです。

うん、喘息持ちは辛い………



さてお話ですが、

出てきましたね、とうとう彼女が。

果たしてユフィたちはこの難局をどう乗り切るのか。

それともさらなる危機に陥るのか。

ユフィたちと一緒にハラハラドキドキしていただけると嬉しいです。



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。



ではでは

どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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