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解毒薬、そう簡単には問屋は卸さないようです(9)

 湖面に浮かぶ古城。

 そして磨かれた鏡面の如き湖面に映り込むもう一対の古城と、蒼穹を貫く天宮。

 それはまるで夢と魔法の世界。

 ファンタジー――――――――


 などと、まんま前世のテーマパークの謳い文句な感想しか出てこない自分の語彙力のなさに呆れてしまうけれど、一言でいうならまさしくそんな光景が馬車の窓の向こうに広がっていた。

 といっても、ここは聖都。

 城はともかく、都のど真ん中に湖があるはずもない。

 つまり、湖に見えているものはやたらと幅広い外堀なのだとか。

 まぁ、私は歴女と呼ばれる種族ではなかったため詳しくはないけれど、確かに日本の城にも外堀やら、内堀なるものがあって、敵の侵入を防いでいたはずだ。

 おそらくこのやたらと大きい湖にしか見えない外堀もまた、外部からの侵入者を防ぐためのものなのだろう。

 まぁ、ちょっと外堀の粋を超えている気もしないでもないけれど。

 ちなみに、どのようにしてこの外堀を超えて、件の王城に入るかというと――――――


「方法は二つある。小舟で渡る方法と、跳ね橋を使う方法だ。もちろん前者はお忍び、後者は公の方法となるのだが…………」

 この城の住人であるトゥレイス殿下の説明に、なるほど……と、皆が一様に納得する。

 つまり、急な帰国とはいえ神殿からしっかりと先触れを出した私たちは、もちろん後者の方法での入城となるわけで、馬車は跳ね橋がある場所へと向かって現在、湖…………もとい外堀の周りを進行中というわけらしい。

 それでも外堀が大きすぎて、跳ね橋まで馬車で20分程かかるらしいけれど。

 そして天宮はずっと姿が見えていたために、城から程近い場所にあると思い込んでいたけれど(現に水面に映り込んでいるし)、実際はここからそこそこ距離があるそうで…………

「聖都内にはあることはあるが、その場所は聖都の最北端だ。それに、神が消える前に張り巡らせたと云われる強固な結界に守られているため、我々人間ではおいそれと近寄ることもできない。“魔の者”であれば尚更のことだ」

 補足するように殊更重い口調で告げられたけれど、この件については聖獣であり守護獣であるアカとシロ、さらには“魔の者”であるアリオトにとっては周知の事実だったようで、この馬車では私だけが静かに目を瞠った。

 しかし同時に納得もする。

 かつて天宮は神の住まいし場所だった。

 この地上で最も神聖な場所であり、ある意味聖域。

 確かに今はそこにあるだけの無用の長物かもしれないけれど、神の復活を望むデオテラ神聖国にとっては、この国の存在意義を示す紛うことなき象徴だ。

 そんなモノがどこぞの観光地よろしく眺めのいい展望台として一般開放されているわけもなく、ましてや“魔の者”の侵入を許すはずもない。

 神自身が結界を施さなくとも、この国自身がソレを施すことは想像に難くないどころか、むしろ当然の行為だともいえる。

 しかし、納得はすれど、疑問も生じる。

 神は――――――ルークスは、何故、強固な結界を張ってまでこの天宮を地上に残したのだろうか…………と。

 そもそもルークスにとっての天宮は、所詮地上を眺める展望台であり、寝食をする場という感覚にすぎなかったはずだ(本当にご飯を食べて寝ていたかは知らないけれど)。

 ならば、この地上から姿を消す以上、ご丁寧にソレを残しておく理由もない。

 かといって、物理的にもそう簡単に壊せるものでもないし(いや、天地創造の光の神であるルークスなら造作もないことかもしれないけれど)、それ以前にそもそもソレを壊すという発想自体なかったのかもしれない。

 とはいえ、神のプライベート空間ともいえる場所に、神以外の者に入られたくなくて、戸締まり感覚で結界を張っただけ――――という至極単純な理由でしかない可能性も大いにある……気がしないでもない。

 

 でも―――――――――


 娘の死に嘆き悲しんでこの世界から消えてしまったわりには、やけに冷静な行動のように思えてしまうのは、さすがに穿ちすぎだろうか。

 そう、王家と四大公爵家に特別な能力を与えたこと然り―――――


 アリオトは言っていた。

 いつかまたこの世界にもう一度生まれてくるだろう愛しき“娘”を守らせるために、王家と公爵たちに特別な能力を与えたのだと。

 だとしたら、この天宮を残したことにも何か別の意味があるのではないだろうか。

 強固な結界を張ってまでも、この天宮を守らなければならないほどの理由が………………


 何か掴めそうで掴めないもどかしい感覚を抱きながら、まるで深みに嵌まるようにして、思考に沈み込む私の意識。

 しかしそれを浮上させたのは、アリオトの声だった。


「もうすぐ着きそうだから、ボクもそろそろ消えておこうかな」


 ハッと息継ぎをするかのように顔を上げれば、人懐こい笑みを湛えるアリオトと目が合った。

 瞬間、アリオトの笑みが苦笑に変わる。

「ユフィ、そんな心配そうな顔をしないでよ。消えるって言ってもさ、雪豹の影の中にいるだけだから。それとも、やっぱりこのまま二人で何処かに逃げちゃおうか?そしてボクと永遠に結ばれちゃう?ボクとしてはその案に大賛成だけどねぇ〜」

「さっきといい、今といい、ドサクサに紛れて何ふざけたことを言ってるんですか?アリオト。ふざけているのはその存在だけで十分です」

 と、シロがゆるりと目を細めれば、「いやいやふざけているどころか、本気も本気なんだけどねぇ〜さっきも、今も」とアリオトもまた首を傾げながら目を細める。

 一見笑みを浮かべているように見える二人だけど、その目が全然笑っていないのは、見間違いではないはずだ。

 それ以前に纏う空気がドス黒い。なんならゴゴゴゴ……と決して聞こえるはすもない音まで聞こえてきそうなレベルだ。

 “魔の者”であるアリオトはともかくとして、聖獣であり“神の娘”の守護獣である雪豹のシロがソレを纏うのは如何なものかと思う。

 いや、それよりもこの二人…………

『チッ……似た者同士め』

 まるで私の心を読んだかのように、舌打ちとともに零されたアカの呟き。

 まぁ、やっぱりアカもそう思う?と同調しようとしたところに、すかさず返される二つの声。

「「全然似てない(ません)から!!」」


 うん、さすが似た者同士。

 息も台詞もピッタリだ。


 

 かれこれ話は20分程前に遡る――――


『これからボクたちが乗り込むのは、ここにいる王子様がよく知る王城じゃない――――――フィラウティアの罠の中さ』


 アリオトから投げ込まれた重い事実。

 その事実が私たちの心に波紋を広げる石となり、さらには重しとなって深く沈ていく。

 しかし、アリオトはそんなことなどお構いなしに続けた。

『そういや、確か千年前も似たようなことがあったよねぇ。“神の娘”を絶望に突き落とした上で殺すためにさ、呪術師として王城に入り込んで、“魅了”で王城を掌握したんだっけ。それも、“神の娘”からだ〜いじな王子様の身も心もすべて奪うために』

 私の様子を窺うようにして吐き出されるアリオトの言葉は、私にとっては完全に毒に等しいものだった。

 現に千年前の王子の魂()()()()を持つお兄様は、フィラウティアの毒牙にかかり、“光結晶”の中にいる。そして、デオテラ神聖国の王城が今完全にフィラウティアの掌中にあるのなら、それはまさしく千年前の焼き直しのような状況だ。

 けれどここで、トゥレイス殿下が重い口をこじ開けるようにして疑問を投げかける。

「今回の一件が起こってまだ数日。いくらフィラウティアが強力な“魅了”を有していようも、そう容易く王城を掌握できるとは思えない。何故なら我が国はそれでなくとも閉鎖的で、欲深くもあるがそれ以上に疑り深い。そのため特に王城には強固な結界が張ってある。そう安々と外部の者を…………いや、“魔の者”を無警戒に受け入れるとは到底思えない」

 まぁ……かつてアリオトに囚われた私が言っても、説得力の欠片もないだろうが…………と、微妙な表情でそう付け加えたトゥレイス殿下に、ここにいる誰もが心の中で同情とともに同意した。

 もちろんその元凶であるアリオトだけは、『だよねぇ〜』と愉快げに声に出して同意していたけれども。

 しかし同時に、トゥレイス殿下の言葉にも一理あると思えた。

 繰り返すようだが、デオテラ神聖国は、神の復活を強く望む国だ。

 その神が行方不明となった元凶でもある“魔の者”――――それも当の御本人にでもあるフィラウティアに対して無警戒なわけがない。それこそ排除して然るべき存在だ。

 けれど――――――――

『そうだね。王子様の言う通り、あの城は酷く閉鎖的で用心深い。それはもう蟻の子一匹通さないくらいの厳重な結界が張ってあるし、城自体の構造だってやたら複雑で、散歩するのも億劫になるくらい面倒だ。そうあることが、清く美しく神聖であるとでもいうようにね。でもねぇ~王子様の前で口にするのはほ〜んの少し憚られるんだけど…………って、さっきも遠慮がちに言ったとは思うけど、あの城は腹黒で欲深い人間たちの巣窟だ。“神”を崇拝するフリをして、絶対的権力を手にしようと画策するような姑息で卑怯者たちが、大手を振って闊歩するような場所だ。“魔の者”であるボクの目から見ても、呆れちゃうほどにねぇ〜』

 憚られると言いながら、なんならさっきも実は遠慮がちだったとなどと明白な嘘をぶち込みながら、歯に衣着せぬ口調でそう言い切り、まるでトゥレイス殿下を上から見下ろすようにアリオトは目を眇めた。そして、完全に沈黙してしまった私たちに一拍置いてから微かに口端を上げ、声を低くする。

 

『だからこそ、あの城はボク達にとって心地良いほどに闇深い』


 ゾワリと全身が粟立つとともに、心臓がドクンと音を立てた。

 それはレグルス様たちが乗るもう一台の馬車でも同じだろう。

 それでもどこか冷静に思考を巡らせる自分がいて…………

『ねぇ、アリオト。あなたの言う通りそこにいる人々は深い闇を抱えているのかもしれない。でも王城の守りは鉄壁に思えるわ。そうであるなら、やはりトゥレイス殿下の仰る通り、フィラウティアがいくら“魅了”持ちとはいえ、短期間で入り込むのはさすがに難しいんじゃないかしら?』

 この国にフィラウティアがいることは間違いないけれど、それは王城でないのかもしれない…………というか、そうであって欲しいという願望のままに口にすると、アリオトは『まぁね……』と、肩を竦めて見せた。

 しかしその曖昧な肯定は、すぐに明確な否定へと塗り替えられる。

 

『それが、短期間ならね』


 えっ…………と声なき驚きに私とトゥレイス殿下の目が大きく見開かれた。

 その驚きを呑み込む前に、アリオトの視線が私の膝の上を陣取るアカへと向く。

『そういえば炎狼、君って確かデオテラ神聖国の召喚獣だったよねぇ?召喚された時、何か感じなかったの?』

 どこが呆れのような声音でアリオトがそう問えば、仔炎狼姿のアカはいつもより少し甲高い声で噛みついた。

『オレは召喚獣じゃない!アイツ等が“神の娘”を探すために聖獣を召喚しようとしてたから、オレが協力してやると親切心で立候補してやっただけだ!あくまでも協力!召喚されたんじゃないッ!』

 可愛い牙を剥き出しにそう叫んだアカは、最後にはゼイハァと全身で息をしていた。

 私はそんなアカの身体を宥めるように撫でながら、聖獣の召喚について思い出す。

 

 そう――――――聖獣を召喚するには3つの奇跡が必要とされる。

 1つは、聖獣を召喚できるかということ。

 もう1つは、聖獣自身がその願いを叶えるに足る願いであると認めるかということ。

 そして残りの1つが、聖獣が求めるだけの代償を差し出せるかということだ。

 まぁ確かに、デオテラ神聖国はアカを呼び出せた時点で2つの奇跡を起こしたことは間違いないだろうけれど、アカがあくまでも協力だと言い張るように、代償は一切求められていないのだろう。

 その点を考慮するならば、正当な召喚である――――――とは言えないのかもしれない。

 けれど………………

『そんなことはどうでもいいんだよ。それが正当な召喚であろうがなかろうが、千年も引き籠もりだったくせに、“神の娘”という餌に飛びついて、ノコノコと出てきたっていう事実は変わらないんだからね。ま、それでボクは十分愉しい思いをさせてもらえたしさぁ』

 アリオトの言う愉しい思いとは、アカを呪ったあの一件のことだろう。

 再びアリオトに噛みつかんばかりに『アリオト、お前ッ……!』と、声を荒げたアカ。

 なんなら、低い唸り声を上げて、今まさに私の膝から飛びかからんとするアカを、私は咄嗟に両手で抑え込んだ。そして、腕の中で暴れるアカを必死に宥め賺しながら『アリオト、アカをからかわないで!』と、睨めつけた。

 もちろんアリオトに反省の色は微塵もない。

 むしろ、来るなら来い!と言わんばかりに悪戯な笑みを湛えている。

 それを、眉を寄せつつ横目で見ていたシロも『アリオト、イグニスの反応が面白いからと言って、からかって遊ぶのはやめなさい』と、糠相手に釘を刺す体で告げてから、今度はアカに『イグニス、貴方も一々大人げないですよ。というか、ユフィが貴方のせいで怪我をしたら、この私が許しませんからね!』と、小さなブリザードをアカの顔面にお見舞いした。

 当然のことながらアカを抱きしめていた私には一切被害はない。

 さすが雪豹。

 絶妙なコントロールである。

 そして、頭に冷水ならぬ顔面に一点集中ブリザードをぶつけられたアカの顔は見事に氷結した。けれど、こちらも誇り高き炎狼。顔面を凍らされたところで痛くも痒くもない。

 忽ちジュッという音を立てて元通りとなる。

 それはもう頭を冷やす間もないほどの一瞬で。

 そのためアリオトへの怒りはたち消えることなく、むしろシロへと飛び火していく。

『ニクス、お前……オレを窒息死させる気か!』

『ユフィを怪我させたら、そんな安らかな死は望めませんよ』

『窒息死のどこが安らかなんだ!』

『十分安らかでしょう?一応は五体満足繋がっているんですから。感謝してください』

『んなことで、感謝できるかッ!』

 相変わらず牙を剥き出しにいきり立っているアカだけど、今は私に怪我をさせないようにするためか、私の膝の上で鎮座し、私の腕の中に大人しく収まりながら、声だけを荒げている。 

 但し、感情豊かな尻尾を私のお腹にベシベシと打ち付けながら。

 ある意味、とても器用で、わかりやすく素直だ。

 そしてやはり、シロからのお仕置きは恐ろしいらしい。

 そんなアカとシロのやり取りのせいでいつの間にかどこかに流されてしまったアリオトの話だけれど、シロとアカの攻防に飽きたのか、アリオト自ら引き戻す。

 アカとシロの攻防を一刀両断する形で。

『――――で、どうでもいいけど、炎狼は何も気づかなかったのかな?』

 どうやらその様子だとまぁ〜ったく気づかなかったみたいだねぇ〜、守護獣のくせに………などと既に炎上している油に、さらに爆弾を投下する所業で宣ったアリオトに、アカは『あ゛ぁ゛?』と、濁点付きのドスのきいた低い声でもう一度言ってみろとばかりに聞き返す。

 仔炎狼姿でそんな声を出してはいけません、と思うけれど、今は取り敢えず呑み込んでおく。

 もちろん理由は、私の勝手なイメージの押し付けより、アリオトの話を聞くのが先だからだ。

『えぇ〜っと、アリオトのその質問から察するに、アカが現れた時、フィラウティアは既に王城内にいたのね?』

 話の流れからそう尋ねると、『ご明察』と、アリオトがニッコリと笑った。

 しかし、そうなると新たな疑問が生じる。

 特別な聖獣てあり、闇の気配に敏感でもあるアカに、その気配をまったく気づかせないなど、一体王城の何処に?という疑問が。

 けれどその答えに、私とトゥレイス殿下はほぼ同時に行き当たった。

 といっても、お互い別方向からだったけれど、行き当たったモノは見事に同じで――――――――


『兄上の部屋か!』

『第一王子殿下といたのね!』


 トゥレイス殿下は兄の性格と、その部屋に張られている結界を知るが故に、私は前世の知人で、この乙女ゲームをやり込んでいた“江野実加子”から一方的に与えられた予備知識のおかげで、その解にたどり着けた。いや、着いてしまった。


 そう、“江野実加子”曰く――――――――


“――――これまた第一王子が最低な男でね、強欲だわ女好きだわで、王子らしさなんて皆無。しかも、悪役令嬢のユーフィリナと手を組んで、ヒロイン……私を差し出せとか言ってくるのよ!あの最低第一王子めッ!”

 

 ――――――――ということらしい。

 つまりちょっと考えれば…………いや、もう考えるまでもなく、その最低で強欲で女好きな王子の部屋にフィラウティアはいたのだ。

 そこで王子と何をしていたのかとか、王子から連れ込まれたのかとか、自ら押しかけたのかとか、さて置くとして………

 にもかかわらず、ここでせっかく私がさて置いたものを、アリオトがご丁寧にも綺麗に拾い上げてくる。

 まったくもって余計なことに。

『いつの世にも一人や二人、必ずいるんだよ。権力に溺れた女好きがね。フィラウティアはそういう奴らを毎回闇に落として、自分の性欲を満たす玩具し、最終的には“魔物落ち”させちゃうんだよ。今回はたまたまその第一王子とやらだっただけの話さ。王城に手っ取り早く入るためにも、自分の底のない性欲を発散させるためにもね。きっとさ、炎狼がノコノコ出てきた時も、その第一王子の部屋に魔力封じの結界でも張って、その王子とお楽しみ中だったんだろうねぇ〜』

 ニタニタと粘り気のある笑みを広げたアリオトに、不快さと羞恥で身体中の血が顔に集まるのがわかった。おそらく茹で蛸もびっくりの赤面となっているに違いない。しかしそれは私だけではなかったようで、アリオトの影から、三者三様の咳払いが聞こえてくる。

 どうやらレグルス様たちも反応に困っているらしい。

 ちなみにアカとシロは不快さを全面に打ち出し、穢れたものを見るような視線をアリオトに向けている。

 そしてトゥレイス殿下はというと………

『そうか…………兄上はかねてから身分に関係なく、気に入った女性を見つけると、“仮紋”を与えていた。それもその“紋”はわざわざ目に見えるカタチで付けられ、王城への入城許可証代わりとなっていた。なるほど…………兄上はどこかでフィラウティアと出会い、一目で気に入って“仮紋”を与えたに違いない。まぁ……それがいつなのかはわからないが…………』

 不快さはもちろんのこと、さらに併せて諦念とうんざり感に見舞われていた。

 ろくでもない兄を持ってご愁傷さまとしか言いようがない。

 けれどこれで、フィラウティア短時間で王城を掌握できた理由もわかった。 

 フィラウティアは今回の一件が起こしてから、私たちの動きを見て行動に移したわけではない。

 それ以前に、王城へ入り込んでいたのだ。

 じわりじわりと侵食していくかのように。

 それが今回のことを見越してなのか、ただただ我欲を満たすためなのかはわからないけれど…………

 しかしここで、ふとあることを思い出す。

 

 “仮紋”――――――


 自分の右手の甲に視線を落とす。

 以前、ここには私をアリオトやトゥレイス殿下の“真紋”から守るために、お兄様が付けてくれた“仮紋”があった。

 それは目には見えないものだったけれど、間違いなく刻まれていたソレ。

 でも今は…………?

 もうあっさりと、私が知らぬ間にお兄様に消されてしまったのだろうか。

 それとも万が一のために、まだここに刻まれてたままなのだろうか?

 ずっと聞きたくて、でもなんだか怖くて、お兄様に聞けなかったこと。

 お兄様への気持ちを自覚する前なら、たとえあっさり消されてしまっていたとしても、まぁ……妹にずっと付けとくモノでもないし、仕方ないわね…………と、割り切れた。

 けれど、自覚してしまった今はもうそれもできない。


 お兄様…………

 まだこの右手にお兄様の想いは残されていますか?


 そのお兄様の想いとは、私の欲しいモノと違うことはわかっている。

 お兄様のソレは妹至上主義からくるものだ。

 それでもあの時、刻んでくれたという事実が嬉しい。

 でも今はお兄様の気持ち同様、決して目には見えないソレを、視線で辿り、左の指でそっと撫でてみる。


 もし、ここにまだあるのなら――――――


 私には見えないソレを、あの時シロは、お兄様の魔力の痕跡を拾い取ることで確認していた。

 つまり、もしこの右手にまだソレが残されているのなら、シロは…………いえ、きっとアカにだってわかるはずだ。

 だとしたら…………と、期待と不安を心の天秤の両端に載せながら、シロへと視線を上げる。

 シロは突然私と目が合って不思議そう首を傾げたけれど、私は未だアリオトの余計な暴露のせいで、顔に若干熱を抱え込んだままだ。

 それどころか、聞こうか聞くまいかともじもじとしている間に、散り始めていたはずの熱までが、再び全力で駆け戻って来る。

 さらなる燃料投下の再加熱に、目もすっかり涙目だ。

 そんな私の赤面を、どこか驚きと戸惑いの表情で見つめ返していたシロだけど、何故かシロの顔もボボボッと音を立てるようにして朱に染まり始める。そして、『む、無防備にそんな顔を男性に向けてはいけません……』と、説教じみたことをボソボソと呟いてきた。

 そんな顔とはこの赤面のことだろうと思うけれど、言われたところでこれは失礼と、熱が急激に引いてくれるわけもない。

 とはいえ、確かに茹で蛸のような顔は、公爵令嬢としてみっともないわよね…………と、問いかけの言葉を口に含んだまま、咄嗟に顔を伏せ、右手を左手で握り込んだ。

 瞬間――――――アリオトのいつになく淡白な声が降ってきた。

 

『――――――――と、いうわけだからさ、ボクは一旦消えることにするね』


『…………………………………えっ?』


 あれほど引かなかった熱が、一気に引いた。

 そして、シロに問いかけるつもりで口に含んでいた言葉も、息を呑んだ拍子にそのまま胃の腑へと落ちてしまう。


 頭では理解していた。

 アリオトは私達の真なる味方ではないし、そもそも影転移による時短のための協力だった。

 そして今や王城は目の鼻の先。

 ここは感謝の言葉を述べて、ここまで協力してくれてありがとうと、笑顔を返すべきところだ。

 そう、ちゃんとわかっている。 

 でもどういうわけか、引き止めたい気持ちがその理解を上回る。


 何かを言わなければ…………


 その思いとは裏腹に、喉がカラカラに乾いていく。

 なのに、体中の水分が涙腺へと流れ込んでしまったかのように、涙目どころか瞳が涙に溺れてしまう。

 

 おかしい…………

 どうしてこんなに不安になるの?

 こんな風に泣いてしまったらアリオトが困るだけなのに…………


 咄嗟に横を向くけれど、動揺までは隠しきれなかったらしく、アリオトは私の顔を覗き込むようにして続けた。


『といっても、白豹の影の中に、だけどね』


 ………………………………はい?

 シロの………………影の中?


 本当に?とばかりに顔を上げた私の眼前には、アリオトのしてやったり感満載のこれ以上ない満面の笑み。 

 顔を逸らした意味もなく、呆け顔を晒すことになってしまった私に、アリオトは益々笑みを深めながら、『ボクが消えちゃうの、泣いちゃうくらい嫌だったぁ〜?なんならこのままボクと一緒にフィラウティアから逃げちゃうのも有りだよ。その場合、ユフィを何処かに閉じ込めて、永遠に離してあげないけど、それでもいい?』と、完全にからかい口調で告げてくる。

 当然「ち、違っ……そうじゃなくて………」と、全力で否定してみるけれど、一旦引いたはずの熱が、今度はマッハで顔に舞い戻ってくるせいで、もはや否定が肯定に塗り替わってしまっている。

 シロとアカからは、『アリオト、質が悪いですよ!』とか、『ユフィをからかって遊ぶな!』とか言われているけれど、アリオトはむしろ上機嫌でさらに口を開いてくる。

『ふふふ、まさかユフィにそんな反応してもらえるとは予想外すぎて、なんとも光栄だね。でもさ正直な話、これでもボクはフィラウティアの同胞。同じ存在より生まれし者だからね。直接顔を合わせるのは、さすがに具合が悪いんだよ。君たちも知ってると思うけど、フィラウティアはさ、同じ闇の眷属で第二子であるボクのことも手に入れたがっているからねぇ〜ほんと厄介なことに。そのボクがさ、君たちの……いや、ユフィの味方面して隣にいれば、フィラウティアのことだ。余計な癇癪を起こす。ましてや、今のボクは不完全体。それをしたのが外でもないユフィだと知れば、それこそ激昂のあまり自分の用意したシナリオも忘れて、その場でユフィを殺しかねないからねぇ〜』

 だからここで一旦姿を消しておくよ〜と、どこまでも軽い口調でそう宣ったアリオトに、私は思わず右手を伸ばしていた。

 そしてアリオトの左手を掴み、理解も納得も、なんなら感情すらもそっちのけで、思いつくまま問いかける。

『それでいいの?』

『へっ?』

『アリオトは、フィラウティアの同胞でしょ?本当にこのまま私達と一緒にいてもいいの?』

 今更な質問だと言うことはわかっている。というか、デウザビット王国の王城でもアリオトは、今は私に興味があるからと、私たちの協力要請を受け入れてくれた。

 それでも…………と、改めて問えば、浮かんでいた笑みを困惑と疑問へと変えて、私を一心に見つめてきた。

『アリオト……私は以前あなたにたくさんの感情を知ってほしいと言ったわ。不安や苛立ちもその一つだと。もしも……もしもよ。あなたが少しでも同胞であるフィラウティアと敵対することに不安や苛立ち、心苦しさを感じるなら、シロの影にではなくて、本当に姿を消してしまっても構わないわ。そしてそのままフィラウティアの味方についてもいいのよ。私達としてはとても悲しいことだけれど…………でも、あなたの中でせっかく目生え始めた感情を摘んでしまうよりかはずっといい』

 アリオトには知ってもらいたい感情がいくつもある。

 その中の一つが仲間を思いやる気持ちだ。

 そしてその気持ちが同胞であるフィラウティアへと向くのであれば、それは仕方がないことだとも思う。

 今までは、“魔の者”としての本能ともいえる興味や好奇心が強かったために、私の傍にいてくれたけれど、もしも今自分の中に芽生えているその感情の名前もわからず、持て余しているのだとしたら………………


 アリオトを不完全体にした私こそが、その感情の名前を伝えて、背中を押してあげなければいけない。

 たとえそれがアリオトにサヨナラを告げることになったとしても。


 ぎゅっとアリオトの手を握り、漆黒の瞳を見据える。

 大きく見開かれたその瞳は、私を映しながら微かに揺れて、それから瞼で閉ざされた。

 そしてアリオトは、いつかのように気だるげに首を横に振って項垂れると、殊更深いため息を吐いた。

『ほんとこの鈍感娘は、嫌になる…………』

 という悪態付きで。

『あの……えっと…………アリオト…………さん?』

 どこか剣呑な空気を纏い始めたアリオトに、何故か“さん”呼びになる私。そしてそのままオロオロとアカやシロ、トゥレイス殿下に視線を泳がせたところで、くわっとアリオトが勢いよく顔を上げた。と同時に、捲し立ててくる。

『言ったよね、ユフィ。ユフィは責任を取ってボクの感情を一身に受け止めてくれるって。だったら、受け止めくれないかな。本当は、一瞬でもユフィから離れるって思っただけで苦しくて堪らないこの感情も、フィラウティアにユフィが殺されるって思っただけで、全身が凍りつくような痛みも、ユフィに消えてもいいと言われただけで、死になくなるこの気持ちも、全部丸ごと受け止めてよ』

 その声はいつものからかいや冗談めいたものではなく、酷く真剣味を帯びており、何かとんでもない地雷を踏み抜いてしまったかのような気になる。

 アカたちも絶句したまま、見事に固まっているし、アリオトのコレは、やはりなかなかの衝撃発言だったらしい。

 それはそうだろう。

 “魔の者”であるアリオトが、今まで存在しなかったはずの感情を思いっきりぶつけてきたのだから。

 正直、私も驚いた。

 けれどアリオトが、同胞のフィラウティアではなく、この私を仲間に選んでくれことが素直に嬉しい。

 ならば私もこの気持ちをありのまま返さなければと、綻ぶ唇に喜びを乗せた。

『ありがとう、アリオト。そう言ってもらえてとても嬉しいわ。私もあなたのことは最高の仲間だと思ってる。だから、これからもよろしくね』

 うふふ……と笑み零して、握った手を二度、三度と振って握手代わりにする。

 そして何故か、魂を抜かれたように呆然とされるがままとなっているアリオトに、『けれど、いくらシロの影の中に潜んでいようとも、何か危険を察知したら、躊躇わずすぐに逃げてね』と、念押ししておくことも忘れない。

 それから満足げにアリオトの手を放せば、『ほんとこの鈍感娘は、嫌になる…………』と、先程とまったく同じ台詞を吐いて、アリオトはこれまたガックリと項垂れた。

 

 あ、あれ?

 どうしたのかしら?

 私、変なことでも言ったかしら?


 と、周りを見渡すけれど、皆あれからずっと石化したままだ。

 これでは一人、まるで空気が読めない子みたいだわ……と、ちょっと不安になりながら、『あの〜……皆さん、どうされましたか?』と、おずおずと呼びかけてみる。

 すると、レグルス様たちも含めた全員から、『『『『『そう来たかぁッ!!』』』』』と、脱力感いっぱいに返された。



 う〜ん…………解せぬ。

 

 


 

こんにちは

星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪



あぁ〜大変長らくお待たせしましたぁ(土下座)

次回からはもう少し短く区切って投稿していく予定です。

やはりお待たせしてはダメですからね。

本当に申し訳ございません!



ということでお話ですが、お城は目前。

でもその前にやっぱりアリオトとのあれやこれやです。

とはいえ今回、ちょっとアリオト可哀想だったかなぁ〜



次回はいざ入城です!




恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。



ではでは

どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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