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解毒薬、そう簡単には問屋は卸さないようです(8)

 デオテラ神聖国。

 “神がいない国”として人間主体の国へと生まれ変わったデウザビット王国と違い、今も尚、“神の国”であるとその名に刻み、神の復活を信じて疑わない国。

 それ故に、かつては一つの国だったデウザビット王国と袂を分かつことになった国だ。


 悪寒がする。

 この悪寒の元凶は、アリオトの言う通りデオテラ神聖国内にいるらしい“魔の者”―――“闇の眷属”の長子であるフィラウティアで間違いない。

 そしてこの悪寒の正体は恐怖。

 カタカタと歯が鳴り、ガクガクと足が震え上がるほどの恐怖だ。

 だからといって、ここで逃げ帰る気は毛頭ない。

 ならば突き進むより他ないだろう。

 お兄様をフィラウティアの魔の手から救うためにも。

 そんな恐怖をも凌駕する使命感に(いざな)われ、震える足をなんとか前に踏み出した。

 


 結界が融和された半円状の穴を超え、さらに断崖絶壁のように左右に展開する岩壁の間を抜けた私たちは、これまた結界を守る砦――――ではなく、前世の古代◯ーマ時代に建造されたかのような神々しさ満載の神殿へと入った。

 どうやらデオテラ神聖国入りを無事に果たしたらしい。

 そしてそこで、例の石板に名前を記してきた神官、アルビレオ・ケプラー様と対面し、簡単な自己紹介程度の挨拶を済ませると(ここでも私の隠密スキルは発動したわけだけれども)、入国に際しての注意事項や書類の作成一つなく、そのまま馬車に乗せられ、一路王城へと急ぐこととなった。

 それはもう拍子抜けするほどの呆気なさで。

 まぁ、時短を目指す私たちにとっては非常に有り難いことなのだけれど、千年もの間断裂状態だった国交を思えば、些か問題が有るのではないかと、逆にこちらが心配になってしまうほどの呆気なさだった。

 しかし、自国の第二王子殿下の帰国に、“神の娘”の生まれ変わりという積年の願望がお土産となってくっついて来たとなれば、大歓迎されこそすれ、疎んじられることはないはずだと、即座に思考を切り替えることにする。

 ちなみに今回、神殿から私たちに用意された馬車は二台。

 さすが自国の第二王子殿下とその御学友を乗せるためだけあって、外装、内装ともに豪奢な造りで、設えられた椅子もクッション性に優れており、スペース的にもとてもゆったりとしたものだった。

 とはいえ、どんな乗り物にも適正乗車人数というものがある。

 さらに言えば、暗黙のうちに身分による優先順位と乗り位置というものも存在する。

 ここでいう馬車一台あたりの適正乗車人数は4名。優先順位第一位は、言わずもがなトゥレイス殿下だ。いや、そのはずだ。にもかかわらず、トゥレイス殿下を含め、根っからの紳士である皆様方は、“神の娘”の生まれ変わりを抜きにしてもレディファーストで私が優先順位の第一位だと譲らなかった。

 もちろん控えめで、遠慮が先に立つ元日本人の私としては、『全然空いてるところでいいです!』と、声を大にして言いたいところだけど、郷に入っては郷に従えという前世の有り難い教えと、今世の公爵令嬢の嗜みとして、諦観の念ですんなりと受け入れることにする。

 慎ましやかな微笑み付きでだ。

 そしてトゥレイス殿下のエスコートで馬車に乗り込み、ドレスのスカート――――ではなく、制服のスカートを然りげ無く整えつつ、ゆっくりと腰を下ろす。すると、後に続いてトゥレイス殿下もさも当然のように乗り込み、私の隣に悠然と足を組んで座った。

 まさしく王子様な振る舞い。

 なんなら、馬車に何気なく座る(さま)すら、一幅の絵画のよう。

 うん、やっぱりリアル王子様はグリフォンではなく馬車が似合うわね……などと、本来ではあり得ない感心をしていると、先程までの立派な紳士たちはどこへやら、何故か馬車の外で椅子取りゲームならぬ馬車取り口論が始まった。


「やっぱりここは、御学友である俺たちがトゥレイス殿下とユフィちゃんと同乗するところだろう」

「レグルス、いい事言うな。だとしたら、オレは確実に一席確保だな」

「待ってください、イグニス。何故そこで貴方の席が確保されることになるのでしょう?」

「決まってるだろ?この制服姿からしてもオレは学園の生徒でトゥレイスの御学友だ。そして何を隠そう、そもそもオレは“神の娘”の生まれ変わりを探すためにデオテラ神聖国と協力関係にあった。言うなればユフィを見つけた功労者としての立場もある。それに何よりユフィの守護獣でもあるからな、ユフィと同乗するのは当然だろう」

 そういえばそうだっと、アカの台詞に今更ながらにして思い出す。今やすっかりウチの子認定してしまっていたけれど、(もと)を正せば、アカはトゥレイス殿下とともにデウザビット王国で“神の娘”の生まれ変わりを探すために、デオテラ神聖国からやって来たんだった。

 あぁ……道理で神官、アルビレオ・ケプラー様もあっさり通したはずだわ――――と、さらに納得を重ねる。

 人型とはいえ、守護獣である炎狼が、それはもうこれ以上ないドヤ顔で傍に付いていれば疑う余地などなかっただろう。


 でもアカの場合、功労者というより…………

 

「いやいやアリオトの仕掛けた罠あっさり嵌って、思っきり呪われたお間抜け狼でしょう?そんな駄犬並みの狼にユフィのことは任されませんね。それに、それを言うなら私もユフィの守護獣です。ユフィと同乗するのは当たり前のこと。いえ、それ以前に、ユフィの隣を譲る気など毛頭ありませんが」

「ニクス、ふざけるなッ!お前だってオレのことは言えないはずだ!ずっとアリオトにしてやられたくせに!」

「私の場合は貴方と違いうっかりではありません。已むなくです。むしろ、ちょっとした契約のようなものです。まったく違います」

「どこがだッ!」 

「まぁまぁ、雪豹も炎狼も言い争わない。ボクの方が上手(うわて)で、君たちがちょっ〜と……いや、かなり?不甲斐なかっただけの話なんだから」

「「誰がかなり不甲斐ないだ(ですか)!諸悪の根源のアリオトだけには言われたくない(ありません)!」」

「あらま」

 アカとシロから同時に噛みつかれて、肩を竦めたアリオトだったけれど、もちろんそこに反省の色は微塵もない。それどころか、嬉々として続ける。

「そんな過去のことはさておきさ、雪豹がユフィと一緒に乗るなら、ボクも漏れなくユフィと同乗組だよね。なんせ雪豹はボクのお目付役らしいから。だったら離れちゃいけないよねぇ〜。ユフィと一緒になるのは仕方がないことだよねぇ〜」

 さぁ、これで丸っと収まったとばかりにニッコリと満面の笑みを広げたアリオトに、いやいやいやちょっと待て!となるのは御学友枠の公爵令息たちである。

「ちょっ、ちょっと勝手に決めないでください!守護獣殿にアリオトまで同じ馬車に乗ったら既に定員オーバーの5名ですよ!それにレグルス殿の話を聞いてましたか?『御学友が同乗するべき』ってところをです!」

「シェアトの言う通りだ。つまりここは、学園の生徒会長であり、トゥレイス殿下の同級生として一番身近な存在であるこの私が同乗するべきだと思う。それにユーフィリナ孃の親友であるシャウラの兄として、彼女を守らなければならないしな」

「サルガス、お前もらしくなく何前のめりになってんだ!ここは年功序列で俺が乗って、あと一席は無難に守護獣殿だろ」

「レグルス殿、こんな時だけ年功序列を持ち込むなんて卑怯ですよ!それに、トゥレイス殿下の同級生がサルガス殿なら、ユーフィリナ孃の同級生で、尚且つ同じクラスなのはこの私です!セイリオス殿が不在の今、ユーフィリナ孃にとって最も身近な男性はこの私です!」

「あ、あ、あああの皆様、落ち着いてください!皆様が御学友としてトゥレイス殿下にご同乗されたい気持ちはよくわかりましたから!ですから、ここは平等にくじ引きでも…………」

 私をもダシにした皆のプレゼンを聞きながら、この世界にあみだくじはあったかしら?なんてことを思いつつ、おずおずと提案してみれば、何故か全員が可哀想な子を見るような目で私を見つめてから、ここまでの舌戦が嘘だったかのように、息もぴったりのどんよりしたため息を吐いた。

 どういうわけかトゥレイス殿下までも。

 まったくもって解せない。というか、そんなにもくじ引きが嫌だったのだろうか。皆して、ため息を吐きたくなるほどに、くじ運が悪いとか。

 しかしそれを訝しる間もなく、皆の視線の矛先が一斉に私に向けられた。

 そして、ここでも見事なまでに声を揃えてくる。


「「「「「「ユーフィリナ(ユフィ(ちゃん))孃は誰と乗りたい(ですか)ッ⁉」」」」」」


 ……………………はい?

 いやいやいや、それを聞くならトゥレイス殿下にでしょう?

 てか、皆様息が合いすぎでは?

 

 なんてことを言えるはずもなく、曖昧に微笑んでみせる。

 もちろん思慮深いわけではない。ただただ笑って誤魔化しただけだ。元日本人のスキルをフル活用して。

 結局、守護獣として御学友として絶対譲れないというアカが、ここぞとばかりに仔炎狼となることでゴリ押しし(仔炎狼のアカは私の膝の上)、残り二席は御学友同士が喧嘩にならないようにという配慮から(適当な理由をつけただけ)、シロとアリオトが確保してしまった。

 というわけで、5(仔炎狼含む)対3というなんともアンバランスな配分で二台の馬車に乗り込んだ私たち。

 そんな私たちの護衛にと、馬でピッタリと馬車に並走してくるのは、神官様の手厚いご配慮でつけられた3ダースもの聖騎士たちと、絶賛シェアトの“言霊”の支配下にあるトゥレイス殿下の護衛騎士様だ。

 う〜ん……グリフォンと馬の違いはあれど、これはこれで立派に物々しいわね……と、またしても大所帯となってしまった状況に、内心で再び諦念のため息を吐いた。



 それにしても―――――――と、思う。

 この国の王族は昔も今も大胆不敵というか、義理堅いというか、ある意味非常識過ぎやしないかと。

 何故なら、国境を超えるとそこは辺境の地などではなく、国の中枢部である聖都だったからだ。

 普通ならば、こんな辺鄙な所に大事な都を置いたりなどしない。他国――――――といってもこの場合、我が国デウザビット王国になるのだけど――――――が攻めてきた場合、あっさり落とされ、占拠されかねないからだ。 

 まぁ、それを防ぐための堅固で絶対不可侵な岩壁と結界なのだろうけれど…………にしてもである。

 さすがに国の端っこに聖都があるのは、さすがにどうかと思う。

 まぁ、その理由も想像の余地がないほどあっさり察っせられるのだけれど…………

 そして、これ以上ない時短となるだから、今の私たちにとっては感謝こそすれなのだけれど…………

 ちなみに、神聖国と称してはいるけれど、王子殿下がいることからわかるように、デウザビット王国同様しっかり王制である。

 神が創りし国を、国王陛下が絶賛行方不明中の神に代わり統治している―――――という建前の下に成り立つ国らしい。

 そのためか、神殿を出てから雑木林を一つ抜けて、開けた視界に見えてきた街並みは、デウザビット王国の王都に非常に酷似していた。

 でもそれは当然だと言える。

 もとは同じ国で、同じ言語を使い、同じ民族だった者たち。

 庶民の生活様式も、食文化も、然程大きな差は生まれることはなかったに違いない。

 約千年近くの隔たりがあろうとも。

 それでも明らかに違う点もある。

 “神がいない”とするデウザビット王国では、あくまでも冠婚葬祭という催事に利用するために形式上の教会が設けられてはいるけれど、神殿と呼ばれるものは一つもない。

 しかしデオテラ神聖国にあるのは、教会ではなく神殿。

 国境にあったパルテ◯ン神殿を彷彿とさせる神殿だけでなく、庶民の暮らしに溶け込むように塔を伴ったこぢんまりとした神殿があり、塔に囚われたお姫様よろしく神の具像の思しき彫像が、塔の天辺から街並みを見下ろしている。

 まるで今も尚、神が人々を見つめ、光と守護をあまねく与えているかのように。

 そもそも教会と神殿とは違う。

 教会は主に宗教的意味合いが濃く、同じ宗教を信仰する人々が時に救いを求め、さらには教えを乞い、それに応じて教義を広めたり、儀式や礼拝を行う場として用いられる場所だ。

 それにひきかえ神殿とは、崇拝すべき神を祀るための神聖な場であり、足繁く信徒が通うような開かれた場所ではない。

 だからかもしれないけれど、街に漂う空気がデウザビット王国の王都よりもピンと張り詰めているような気がする。

 言うなれば、そこに息づく人々の活気や賑やかしさは感じられず、神聖なる静寂ともいうべき堅苦しい沈黙が街全体を覆っていた。

 まぁ、ついでに悪寒も感じているわけだけど。

 そんな厳かとも、重苦しいともいうべき空気の中、カタカタと石畳の道を突き進む二台の馬車と、それに並走する3ダースもの聖騎士たち。

 早馬で出した先触れとの頃合いも鑑みて、王城へは小一時間ほどかかるという。

 その時間潰しとばかりにデオテラ神聖国における予備知識をつらつらと話してくれるのは、この国の第二王子殿下であるトゥレイス殿下ではなく、千年以上に亘って、デオテラ神聖国とデウザビット王国の栄枯盛衰を含めた諸々を眺めてきた―――――いや、好奇心の赴くままに時にちょっかいを出して楽しんでいたと豪語する“魔の者”アリオトだった。


「ユフィ、さっきも話したけどさ、今から約千年前、この王都――――――いや、今は聖都か……ここは戦場たったんだよ。王家の内輪揉めでさ。そして一つだった国は二つに分かれ、デウザビット王国は王都を今の場所に遷都させたんだけど、デオテラ神聖国はそうはしなかった。ねぇユフィ、何故だと思う?」

 アリオトの問いかけに、一度窓の向こう側をゆっくりと流れていく景色を見やって、それからアリオトに視線を戻し、小さく首を傾げながら、想像の余地すらない、先程からずっと瞳に映り込んでいるものをそのまま口にする。

「天宮があるからかしら」

 どうやらその答えはアリオトが求めていた答えそのものだったようで、「ご明察」とニッコリと笑った。そして続ける。

「デオテラ神聖国側としては、是が非でも、天宮を手に入れたかったんだよ。理由はわかるよね。天宮は人の手では決して造れないものだ。それこそがこの世界に神がいたという証明であり、“神の国”である象徴そのものだからね。ま、もう神はいないのだと人間主体の国へと舵を切ったデウザビット王国側は、天宮に執着していなかったから、あっさりと天宮自体はデオテラ神聖国側に落ちたみたいだけどね」

「なのに、ここで戦火を交えて、兵士も、街の人も……たくさんの人々が亡くなったのね」

 かつて戦場であった頃の面影一つない街並みを眺めながら呟けば、アリオトもまた窓の外へ視線をやりながら肩を竦めた。

()()()()()()()()はさ、“正しさ”を決める戦いらしいよ。どちらの主義主張が正しいのか。神はいるのか、もういないのか。人間はどう生きるのが正しいのか。神が消えて不安に苛まれた人間たちが、これからの生き方を正当化するための戦い?ほんと人間って愚かで馬鹿だよねぇ。その答えなんて、戦って出るものでもないし?何百年後、何千年後にしかわからないっていうのにさ」

 アリオトの言う通りだ。

 正しさはいつだって勝った方だとは限らない。

 それは歴史で証明していくものだから。

 

 でも――――――

 ()()()()()()()()は――――って。


「ボクは“魔の者”だから、神の意向やら、神の思惑やらなんか知らないし、知りたいとも思わないけどさ、明らかに神はデウザビット王国に贔屓してるよね。“先見”とか“言霊”とかの特殊能力をデウザビット王国の者にしか与えなかったのだから。いや違うか…………神は“神の娘”を失った時、世界から姿を消す前に、逆餞として人間たちに特殊能力を与えた。それはまだ国が一つだった時にだ。いつかまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()に、もう一度生まれてくるだろう愛しき“娘”を守らせるために」

 細く眇められたアリオトの視線が私へと向く。その視線に居たたまれなさを感じながらも、私はその視線を受け止め、話の先を促すように見つめ返した。

 アリオトは敗北宣言をするかのように軽く両手を挙げると、思わずといった体で苦笑にも見える笑みを一つ零して続ける。

「君たち人間の世界で紡がれる古のお伽噺の通り、神は王家と当時デオテラ王国に六つあった公爵家の中でも、とりわけ王家の忠臣だった四公爵家に能力を与えた。そしてその後、神がこの世界から消えて八十年くらいはさ、人間たちは神から預かった自分たちの世界―――――国を守るべく懸命に生きていたんだよ。いつか神が戻ると夢見ながらね。ほんとボクから見たら滑稽なくらい涙ぐましくあったよ。自分たちを置き去りに消えた神に無様に縋ってさ。けれど、やっぱり人間はそれ以上に浅ましい生き物だった………」


 神を失って八十年――――――

 その月日は人の生に置き換えるなら、決して短くはない。ほぼ一生分だ。

 その間に能力者の血は子に引き継がれ、新たな継承者が生まれた。しかし、その能力を巡って新たな争いや謀略が起こる。


「神より与えられた能力は血によって引き継がれる。だからこそ、能力者の血を欲し、血縁関係を躍起となって結ぼうとする者や、能力者の血を引く兄弟同士、もしくは親戚同士で骨肉の争い?いや、殺し合いが起こったんだよ」

 そりゃそうだよね。一人でも血縁者が減れば、それだけ自分が継承者となる可能性がぐっと高くなるんだからねぇ――――――と、アリオトがさもありなんとばかりに言えば、馬車に落ちるアリオトの影から『馬鹿げてる………』と、呻きにも似た声が漏れ聞こえてきた。

 ギョッと目を剥いて視線をアリオトの影に落とせば、私の膝の上に座る仔炎狼姿のアカが『影法師か……』と、呆れと納得を滲ませて呟き、シロもまた同意するようにため息とともに頷いた。

 どうやらアリオトは、現能力者であるレグルス様たちが乗るもう一台の馬車に、自分の影法師を同乗させ、こちらの話を共有できるようにしていたらしい。

 ここはアリオトの用意周到さを褒めるべきところなのだろうけれど、それよりもなんと画期的な仕掛けというか、アイテムなんだろうかと感心する。

 以前、領地にいるお父様たちの転移魔法陣での王都襲来を阻止するため、真剣に電話を発明するべきかしら?と考えたことがあったけれど、アリオトの影法師があれば万事解決だわ…………と、密かに思う。

 ま、駄々漏れ感は頂けないけれど、そこはデウザビット王国に戻ってから要相談ね、と今は横に置きつつ、思考を元に戻した。

「ふふふ……現能力者の言葉は、たった一言とはいえさすがに重いねぇ。あぁ、ほんと馬鹿げてる。たかが能力だ。それも、与えられた者にとっては、下手すれば苦痛でしかない能力だ。それでも、神が突如として消えた世界の人々にとっては、依存の対象であり、羨望であり、欲望となり得るモノだったんだよ」

 アリオトは自分の足元に落ちる影に向かって、コンッと靴の踵を打ち鳴らすと、嘲笑にも似た薄っぺらい笑みを浮かべた。

「興が乗ってきたついでに、とっておきの昔話をしようか。昔々、まだ国が一つだった頃、“神の娘”が死に、神が姿を消して約八十年の月日が経った頃のお話だ。王家には双子の王子がいた。見た目も、能力的にも、ほとんど変らない王子が二人。どちらが次期王になってもおかしくない王子たち。残す判断基準はどちらの王子に神より与えられた能力が顕現するか――――ということくらいだった。そこから何が起こったのか、説明するまでもないよねぇ…………」

 アリオトの歪んだ笑みにその答えを知る。

 王子たちはそれこそ骨肉の争いをしたのだろう。

 片方がこの世から消えれば、それだけ自分に顕現する可能性が高まるのだから。

 それはさぞかし疑心暗鬼に満ちた醜悪な争いだったに違いない。

 お互いがお互いに、命を狙い、また同じく命を狙われたのだろう。時には毒を盛られ、暗殺者に狙われるなどして…………

 いや、もしかしたらそれは王子の知らぬ存ぜぬ所で行われた――――――二人の王子の周りにいた欲深き人間たちが勝手に引き起こしたものだったかもしれないし、もしくは、顕示欲の強い片方の王子が一方的に行ったことかもしれない。けれど――――――

 

「ある日無情にも、片方の王子が能力を顕現させた。それを妬んだもう片方の王子が、内乱を引き起こす。おそらく継承者である王子を消せば、今度は自分が継承者になれるとでも思ったんだろうねぇ。そう、そこに神に対する純粋な想いなどなかったと思うよ。ただただ我欲と顕示欲のためだけだ。その結果、一つだった国は二つに分かれ、能力を与えられた者たちはすべてデウザビット王国の者として新しい国の礎を築いた。そして君等が知る通り神の恩恵を与えられし国として、その能力を今も尚顕現させ引き継いでいる。それとは反対に、デオテラ神聖国に残されたのは、神が捨てた今や()()()()()()()の天宮のみだ」

 始まりの国であり、神の国でありながら、なんとも皮肉な話だねぇ〜と、流れる景色の中で、僅かに見える位置を変えながら窓の外に佇んでいる天宮を見やりながら、アリオトが皮肉たっぷりにぼやく。

 それを耳に収めながら、確かに…………と、誰もが思った。

 これはアリオトが先程語った表向きな歴史の舞台裏であり、真実だ。

 でもそのおかげで、王城に着く前に私たちを纏う空気はどんよりとしたものになってしまった。

 正直、敵地ともいえる王城に乗り込むに当たってこの空気は頂けない。ここは、前向きな話でもして皆の気持ちを無理にでも高揚させるべきだわ…………と、ない知恵を絞るべく頭をフル回転させる。

 しかし、端からないものはどうにもならないらしく、適当な話一つ出てきやしない。

 やはりこれは、空気を読まないと定評があるレグルス様の仕事よね…………と、他力本願へと走りかけたところで、アリオトが再び口を開いた。それも、「――――とまぁ、前置きはこのくらいにして…………」と、宣った上で。


 いやいや、前置きにしてはちょっと長くなかったかしら?

 それに、前に置く話としては結構重い話だったと思うのだけど?


 ――――――と、この先に続く本題に、もはや嫌な予感しかしない。

 そしてそういった予感は、得てして外れないようにできているようで………………


「神を信じ、神の復活を信じて待つ崇高なる国という建前のもと、このデオテラ神聖国が、デウザビット王国に対する僻みと嫉妬、ついでに憎悪で出来上がっている国だってことはわかったよね」

 辛辣が過ぎる……………………

 この国の第二王子殿下を前にして、しれっと告げてくるアリオトに頭痛しかしない。

 “魔の者”であるアリオトに、王族に敬意を払えだの、人の心の機微を察しろだの土台無理な注文だとはわかっているけれど、言い方ってものがあると膝詰めで説教したくなる。

 しかしそれこそ徒労に終わるだけだと内心で首を横に振り、トゥレイス殿下にどうフォローを入れようかと思い悩んだところで、再びアリオトが、まるで昨日の晩御飯の話をするかのような口調で続けてくる。

「ねぇ、知ってる?“魔の者”――――“闇の眷属”の大好物が、人間たちの負の感情だってこと。つまりさ、デオテラ神聖国はとっても居心地がいいんだよ。ま、今のボクにとってはそうでもないんだけどねぇ……」

 そう言って肩を竦めたアリオトが、物言い気な視線を私に向けてきたことからして、以前アリオトに対し“神の娘”の能力を使った私のせいだと言外に言いたいんだなと察する。というか、察しないほうがおかしい。

 ちなみに、今のアリオトが抱える闇の魔力は本来の七割ほど。

 それだけあれば十分過ぎると思わなくもないけれど、それでも人間が持つ負の感情への興味をアリオトから薄れさせたのだろう。

「ま、そんなボクのことはさておくとして、そんな負の感情を持った人間たちは、ボクたち闇の眷属にとっては非常に闇に落としやすい格好の獲物だ。人間の言葉に置き換えるなら、赤子の手をひねるようなもの……ってやつ?つまりさ――――――ねぇ、ユフィも、雪豹と炎狼も気づいているんだろう?っていうか、ボクもさっきうっかり口を滑らしちゃったし?今更だよね?」


 それって………………


 ドクドクと早鐘のように脈を打ち出す心臓。

 抑え込んだはずの吐き気が、再び喉元へとせり上がってくる。


「そう……この国には、“闇の眷属”の長子、フィラウティアがいる。そしてこの感じだとフィラウティアはお得意の“魅了”で完全に王城を掌握しているようだ」


 アリオトの言葉に、小さく息を呑んだのは誰だったのか。

 この馬車の誰かかもしれないし、アリオトの影法師から漏れ聞こえてきたものかもしれない。

 そんな音が耳につくほど、馬車の中は重い沈黙に支配された。

 けれど、それも一瞬のこと。

 アリオトによって無情な宣告がされる。 


「これからボクたちが乗り込むのは、ここにいる王子様がよく知る王城じゃない。



 ―――――――フィラウティアの罠の中さ」

 

 

 

  

 

こんにちは

星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪



毎度毎度遅くなりすみません。

しかし年度末、死にそうに忙しいですね(泣)

そして階段から落ちて負傷中。

まさに満身創痍。

よく生きてる、私!


さてお話はデオテラ神聖国に突入。

即時王城に突撃予定が、アリオトのお話を聞くことに……何故だ?


次回はもちろんお城ですよ〜(多分)




恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。



ではでは

どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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