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挿話【Side:レグルス】旅立ち前の朝餐

 雲一つない晴れやかな日。

 王都はいつものように活気づき、行き交う人々は忙しなく、当然のように今日という日を闊歩している。

 そういう王城もまた同じで、城内に勤める者達は、昨夜の一件など知る由もなく、いつもの日常を過ごし始めていた。

 とはいえ、判で押したかのように、同じ日があるわけもなく、何かしらの変化に少なからず気づくわけで……………………


「スハイル殿下は現在“先見”の儀式中、王太后陛下は昨夜の舞踏会の疲れと、スハイル殿下の儀式の心配から倒れられ、現在療養中。しかも感染症に罹患した可能性があるため、念のために離宮にて療養していただくことになった――――――と、どうやら現旧“王の両腕”殿たちは表向きそうするみたいだよ。下世話な噂が流れ始める前にね」

 セイリオスがこれでもか!とばかりに“光結晶”で巣作った例の大ホールで、これまたあの奇妙なの茶会の名残でもあるテーブルの上に、護衛の引継ぎと称し用意された朝食用のパンを掴みつつ俺がそう言うと、サルガスは香高い紅茶を片手に生真面目な顔で頷いた。

「最良な判断ですね。それに、“魅了”を質の悪い感染症とするならば、あながち嘘ではありませんし」

 それに対して、シェアトがプレーンオムレツにフォークとナイフを優雅に差し入れながら同調をみせる。

「えぇ、私もそう思います。そもそも“魅了”のことを伏せている以上、そうするしかないでしょう。特に王太后陛下の側仕えの者達に、妙な誤解と疑問を持たせないためにも」

「だな。感染症の疑いがあるから今は近づけないとしておけば、誰も下手に離宮には近づかないはずだ。強力な魔力結界についても、感染症予防という名目でいくらでも言い訳が立つ。ははっ……父上たちもなかなか考えたな」

 そう言って木苺のムースの甘酸っぱさに相好を崩したのは、東の公爵令息でシェアトの二番目の兄であるアルケス・オリエンスである。

 現在二十四歳にして、近衛騎士団の副総長という重責に就いている彼は、シェアト同様漆黒の髪に、母親譲りの淡い緑玉の瞳を持ち、騎士として鍛えられた芸術ばりの肉体と、非常に整った精悍な顔立ちをしている。それゆえに、ご令嬢たちには引く手数多の極上優良物件なのだが、その引きの強さが徒となって、すっかり女性恐怖症となってしまったらしい。

 近衛騎士団の副総長たる者が、何ひ弱なことを言ってんだという話だが、同じ公爵令息としてその気持ちはわからくもないので、同調と同情を内心で寄せておく。

 ちなみに、現在二十六歳で“王の右腕”の専属補佐官であるシェアトの一番上の兄もまた、絶賛同じ病を発症しており、さらに言うと、現“言霊”の能力者であるシェアトにおいても、ユーフィリナ嬢以外眼中にないため、もしかしなくても東の公爵家の未来は見事暗礁に乗り上げている。

 ま、ウチも他人事ではないけれど。

 なんてことはさておき、俺はパンを咀嚼し呑み込んでから頷いた。

「俺も同意見です。ただ正直なところ、“神の娘”の能力を持ってしても、王太后陛下の“魅了”とスハイル……殿下の“毒”が解けなかったことに対して甚だ謎でしかないですけどね」

 そう、結局ユフィちゃんは国王陛下の“魅了”は解けたけれど、王太后陛下の“魅了”と、スハイルの“毒”については解くことができなかった。

 そのことに皆の前では謎という言葉を使ってはみたけど、この中で唯一ユフィちゃんに同行した者として実は納得もあった。

 そもそもユフィちゃんの持つ“神の娘”の能力は、具体的にどんな能力なのか、彼女の守護獣殿たちどころか、それを持つ本人自身もわからないときている。

 俺自身、話にも聞き、実際に二度ほど自分の目でも見たが、ユフィちゃんはただ漠然とその時の状況に応じて使っている…………いや、祈っているだけのように見えた。

 そしてその祈りをこの世界が認めた時、たとえそれが予め決められた未来であろうとも、神の理であろうとも覆すことができる――――――らしい。

 なんともまぁ、大層な事ができるわりには、大雑把でもあり不確定要素満載な能力だと思う。

 だからなのかもしれない。

 ユフィちゃんには、未だ確固たる自信がないようだ。

 自分が“神の娘”であるということに関しても。

 確かに以前と違ってそれなりに自覚は芽生えたみたいだが、いくら自覚ができたところでいきなり自信が伴うわけでもない。俺たちのように、能力の継承を直に行えるならまだしも、前“神の娘”であるフィリア様は千年も前にお亡くなりなっているためそれも叶わないのだから、そりゃ自信のつけようもないだろう。

 まさに手探り。なんなら、この世界に常に正否を問いかけながら、その能力を行使している――――――そんな感じだ。

 そして今回、国王陛下の解呪を為すことは認められたが、王太后陛下の解呪とスハイルの解毒は許されなかった。

 その事に多少の疑問は感じつつも、俺が納得できた理由は、俺が“読心”の能力者であるからに外ならない。

 あの時――――――――俺はユフィちゃんに頼まれ、国王陛下の心の欠片、もしくは残滓のようなものを探し、陛下の心の深層部まで潜り込んだ。

 はっきり言おう。

 最悪だった。

 ユフィちゃんの前では必死に格好をつけてみたけれど、すっかり汚染された深くて真っ黒な川底透き通ったガラスの欠片を探すくらいの不快さと困難さがそこにはあった。それも、わんわんと憎悪と悪意がひっきりなし頭で鳴り響く中で。

 よくぞやり切った俺!と、内心で自分自身を拍手喝采、大絶賛したほどだ。

 しかし王太后陛下に対しては、ただの徒労に終わった。

 欠片どころか僅かな残滓すらもなく、王太后陛下の心はすっかり“魅了”に染まり切ってしまっていたのだ。

 とはいえ、獣の如き咆哮を上げ続けていた国王陛下とは違い、王太后陛下は鉄格子の向こう側で、静かに毒を吐き続けていた。

 ユフィちゃんだけを見据え、まるで諭し、言い包めるように………………

 

『貴女は今すぐ死ぬべきです。この世界から消えるべきです。さぁ“神の娘”よ、消えなさい。死になさい。わたくしがその最期を見届けましょう』 

 

 さすが国母の貫禄と言うべきか。

 抑揚なく淡々と紡がれる悪意。

 それがかえって不気味でもあり、恐怖すら覚えた。その悍ましさに全身鳥肌が立つほどに。

 もちろん俺たちは最善を尽くした。

 俺は汚染された川底を必死に浚ったし、守護獣殿も魔力干渉をして、真っ暗な川底に少しでも光を届けようと尽力してくれた。

 言わずもがなユフィちゃんだって、懸命に祈り、願い、望んだ。

 頬を涙で濡らし、握り込む手に深い爪痕を残しながら。

 それでもこの世界は応えてはくれなかった。

 つまり俺が“どれだけ読心”を駆使しても王太后陛下の心が見つけられなったように、この世界もまたユフィちゃんの祈りに応えるだけの理由を見出せなかったのだろう。

 そしてスハイルに関して言えば、現在儀式後に服用されるべき解毒薬は行方不明だが、“先見”の継承者としての儀式は正当に行われてはいる。そのため、『解毒薬がないですし、取り敢えず一旦中止で』と、一時中断を申し立て解毒を祈ったところで、『いやいやこれは由緒正しき儀式だから、おいそれとは中断できないんだよね。それに解毒薬なら、儀式が終わるまでに探してきたらいいじゃない』と、世界に言われてしまえばそれまでなのである。

 もはやどれだけ不服はあろうとも、納得するしかない。

「王太后陛下の解呪の失敗に続き、せっかく“王の両腕”から儀式の間への立ち入りと、スハイル殿下の解毒の許可も下りたというのに、結果が出せなったとなれば、ユーフィリナ嬢は大層落ち込んだでしょうね」

 などと告げながらシェアトは音もなくフォークとナイフを皿に置き、あれほど感情の希薄だった男が、それはもうしょげた犬のようにへにょりと眉尻を下げる。

 その変わり様に内心で苦笑しながら、俺は首を横に振った。

「いや、まったく落ち込んではない…………とまでは言わないが、諦めた様子もなかったよ。実際に『絶対にお兄様も含め、お二人とも助けてみせますから』と、意気揚々と決意発表なんかしてくれちゃったしね。さすがセイリオスの妹君といったところかな」

「そういえば、ユーフィリナ嬢は決して諦めない人でしたね。炎狼イグニス殿の時に、それはもう嫌っていうほど思い知らされましたし……」

 シェアトは、呪いにかけられた守護獣殿を躍起となって救おうとしたユフィちゃんのことを思い出したのか、微かに笑って肩を竦めて見せた。

 そんな実弟を興味深げに眺めて、アルケス殿が口を開く。

「最近仕事に忙殺されて会えなかった間に、うちの弟は随分と表情豊かとなったらしい。人間らしくしてくれたユーフィリナ嬢と、ご挨拶とお礼も兼ねて是非ともご一緒に朝食を摂りたかったところだが、シャウラ嬢と南の公爵夫人とご一緒されているんじゃ、さすがに今回は諦めるしかないかな。いやはやなんとも残念だ」

 口先だけでなく、本当に残念そうな顔となったアルケス殿に、シェアトが目を眇めながらすかさず返した。

「重度の女性恐怖症の兄上が何を言っているんですか」

 言外に、ユーフィリナ嬢とは絶対に会わせませんよという意をたっぷりと含んで睨みつけてくる愛弟に、アルケス殿は白々しさたっぷりに宣う。

「ん?確かに俺は女性が苦手だが、もしかしたらユーフィリナ嬢限定で治るかもしれないだろ?」

「な、な、な、な、何を言って…………」

 驚愕と動揺で口を戦慄かせるシェアトに、どうやら可愛いものをいじめたくなるタイプらしい実兄は、さらに追い打ちをかけていく。

「確かシェアトも、父上と母上同様、俺と兄上の結婚を望んでいたのではなかったのかな?自分への風除けのために。ならば、それに応えてやるのも吝かではない。うむ……レグルスとサルガスにこうして護衛も引き継げたことだし、なんなら今からでもお邪魔してこようかな。恋が始まりそうな予感がしているのに、やはり遠慮はよくな……」

「「そこはしっかり遠慮してくださいッ‼」」

 何故か最後はサルガスまでもが参戦し、シェアトと声を見事にハモらせると、アルケス殿は愉快そうに腹を抱えて笑った。

 うん、我が国の近衛騎士団副総長はSに違いない。



「それにしても、まさか一国の王が“魅了”にかけられてしまうとはね…………」

 すっかり空となった皿の上に落ちたアルケス殿の呟きに、俺たちの表情は忽ち強張った。

 そんな俺たちを尻目に、アルケス殿は穏やかに続ける。

「だけど、陛下の“魅了”だけでも解いてくれて本当によかったよ。休む間もなく働からされることになって、ちょっと可哀そうだとは思うけど……ま、国王なんだし仕方がないか」

 近衛騎士団の副総長という肩書の重さなど一切感じさせず、むしろ軽い口調で気安げに国王陛下のことを口にできるのは、シェアトの長兄とアルケス殿が国王陛下の御学友だったことに起因するのだが、おそらく俺とセイリオスのスハイルに対する態度も、傍から見ればこんな感じなのだろう。

 ほんと、人の振り見て我が振り直せとはよく言ったもので。

 とはいえ、公の場はともかく、内々での態度を改める気は毛頭ないのだが。

 それでも、同じく御学友という立場ゆえか、軽い口調の裏に秘められるアルケス殿の抱える複雑な胸中を感じ取ってしまう。

 だからかもしれない。俺の口を衝いて出た言葉は、さらりと流すには少々重すぎるものだった。

「えぇ………『君たちさえ黙っていてくれれば、暫くの間ここで休んでいてもバレないんじゃないのかな?』なんてことを冗談めかして仰られていましたが、王太后陛下の解呪が失敗したのを見届けるや否や、即執務へと戻るべく離宮のあのやたら長い螺旋階段を自らの足で降りられました。それもかなりの早足で。しかし、上手に誤魔化していらっしゃいましたが、“魅了”にかかっていたことを差し引いたとしても、陛下の疲労の色は濃く、魔力量も随分と減っているようにお見受けしました。今回、陛下が“魅了”にかかってしまったのは、元々の体調不良が背景にあったのかもしれません」

 それは、問いかけというよりもはや断定に近かった。

 

 何故、“先見”の能力者でもあり、最高位者としてそれ相応の魔力量を持つ国王陛下があっさりと“魅了”にかかってしまったのか―――――


 正直、色々なことがありすぎて、その疑問を持つに至るまで相当時間を費やしてしまったが、あの離宮で陛下と対峙した時、その答えは意外なほどあっさりと出た。

 いや、気づかない方がどうかしている。

 大ホールで放った火魔法の“火炎地獄”で魔力を消耗したとしても、その回復があまりに遅すぎるのだ。

 しかも、あの程度の火魔法でここまで魔力をごっそりと減らしてしまうなんて普通ではあり得ない。

 それをそのまま口にすると、アルケス殿の表情にわかりやすく影が落ちた。

「…………レグルスの言う通りだよ。魔力の回復は魂の力――――すなわち生命力に左右されると言われている。元々体力のない者や、病床にある者の魔力の回復が遅いのはそのせいだ。まぁ普通、魔力の回復なんて誰も意識せずやってしまっているんだけどね。そして、レグルスたちも、父上たちから話を聞いてもう知っているとは思うけど、“先見”の能力者が顕現した場合、前“先見”の能力者はほぼほぼ一年以内に死を迎えることになる。その死は事故死だったり、病死だったりと様々だが、おそらく国王陛下は……………アルムリフの場合は……後者だ」

 絞り出された声に、俺たちはギョッと目を見開き、呼吸さえ忘れた。が、それも刹那、シェアトがすかさず口を開く。

「兄上!まさか陛下の死に関する“先見”を、事前にお聞きになられていたのですか?」

「いや、聞いてはない。“先見”の継承は他の能力と違って非常に厳格だからな。知るのは国王陛下自身と、東西南北の現当主である公爵だけだ。だが、俺と兄上はアルムリフの御学友で、今でも宰相補佐官や近衛騎士団の副総長として傍にいることが多いからな。察することは容易い」

 そりゃそうだろうな…………と、相手は違えども同じ御学友の立場として思う。

 たとえ“読心”を使わなくとも、スハイルの考えいることは大体わかる。それに、顔色を見れば体調の善し悪しだってわかるってものだ。

 だからこそアルケス殿も気づいたのだろう。


 国王陛下が死の病に侵されていると。


「王家お抱えの医者や回復師にはご相談されているのですか?」

 神妙な顔つきでそう尋ねたサルガスに、アルケス殿は目を伏せたままゆっくりと首を横に振った。

「“先見”で見たモノは、どう足掻いても覆ることはない。それが自分の死であろうともだ。だから治療するだけ無駄と放置しているのだろう。死に様も、死ぬ日も、死ぬ時間も、何一つ変わることはないのだからと」 

「だったら、“神の娘”であるユーフィリナ嬢に…………」

 シェアトが思わずといった体で、唯一の希望を口にしたが、アルケス殿は困ったように首を傾げた。

「さぁ、どうだろう。あぁ見えてアルムリフはなかなかの頑固者だからな。“先見”の顕現で己の死を受け止め、前国王である父君の死を受け止め、スハイル殿下の“先見”の顕現を受け止めた。すべてに覚悟を決めたんだ。アルムリフが今回“魅了”をかけられながらも僅かながらに自我が残せたのは、“先見”の能力者としての意地――――国王としての責任ってところだろう。そして頑ななまでに妻子を持とうとしないのは、アルムリフの優しさだ」

「それは残された者を悲しませないためですか?」

 そう俺が尋ねれば、アルケス殿から質問を質問で返された。

「レグルスはさ、自分の代わりとなる者がいると思う?」

「………………えっ?」

 質問の真意がわからず、眉を寄せる。もちろんここで“読心”を使ってもいいが、なんだかそれも違う気がして止めた。

 つまるところ、俺は質問に対する答えを自ら用意することなく、アルケス殿からの答えをただ待つことにする。

 そんな俺の目を見据えてから、アルケス殿は泣き顔にも見える笑みでくしゃりと顔を崩した。

「これはさ、アルムリフの持論なんだけど、優秀な国王の代わりは、探せばどこかにいるだろうけれど、愛する夫の代わりはどこを探したところでいない。だからいつ、どのように死ぬとわかっている人間が、無責任に愛する人を持つべきではない。愛する人にとって、自分の代わりになる人間なんていないんだから――――ってね」

 かく言う俺もそう思うから、国王の義務として妻子を持てとは言えなくてさ…………

 臣下としては失格なんだけね。

 と、自嘲するアルケス殿に、俺たちもまた何も言えなかった。

 おそらく俺も………いや、シェアトとサルガスも、アルケス殿同様言えそうにないからだ。

 

 もしもスハイルがこの先そんなことを言い出したとしても――――――――

 



「さて、居残り組の俺はともかく、デオテラ神聖国に向かうことになるシェアトは少し休ませてもらえ」

 アルケス殿がそう言って立ち上がると、慣れた手つきでテーブルの上の皿やカトラリーを片付け始めた。

 近衛騎士団の副総長と雖も、どうやら騎士団では当たり前のことらしい。

 それにメイドや侍従たちをここへ呼べない現状を思えば、俺たちが率先して片づけるしかないわけで、アルケス殿に倣い俺たちもせっせと皿やティーカップを重ね、トローリーへと載せていく。

 そしてふと思い出した。

「ところでシャムは?」

 あれほどセイリオスから離れたがらなかったシャムの姿が見えないことに、遅ればせながら気付いた俺は、隣で水差しを回収するシェアトに質してみる。するとシェアトは、困り顔に苦笑を重ねた。

「それが……アリオトたちの準備がいつできるのか見てくると、飛び出していってしまって」

「なるほど。待ち切れずロー殿の店まで急かしに行ったってわけか」

「おそらく…………」

 そう答えて一層苦笑を深めるシェアトに、『まだにゃ?早くするにゃ!』と、アリオトたちの傍で地団太を踏むシャムを思い浮かべて、俺もまた苦笑となる。

 しかし、真っ白なテーブルクロスの上に落ちた、淡い光を纏う影を目にした瞬間、その苦笑も苦いだけの乾いたものとなる。

 そして、その影を追うように顔を上げ、見やった。

 健気な従魔の主であるセイリオスを。

 今、“光結晶”の中で蹲る男の耳には、俺たちの声が聞こえているのかいないのか――――――それすらもわからない。

 “読心”で心を読んでみるも、沈黙を保ったままだ。といっても、普段からセイリオスの心が聞こえてきたことはないのだが。

 そう、聞こえてきたのは後にも先にも一度だけ。

 それは毒蜘蛛に噛まれた一瞬の間。


 《フィリア……すまない…………》


 アリオトの話を聞いた今ならわかる。

 これはセイリオスではなく、千年前の王子の魂が漏らした言葉なのだと。

 つい、ユフィちゃんを励ますためにあんなことを言ってしまったけれど――――――

 

『だからセイリオスのことで、ユフィちゃんは何一つ諦めなくてもいいんだよ。君は君のままで、セイリオスを想えばいい。千年前のフィリア様ではなく、今のユフィちゃんをセイリオスは望んでいるはずだからね』


 気休めのために嘘を吐いたわけではない。

 そう思っているからこそ、口にしたまでだ。

 でももし、俺の考えが間違っているのだとしたら――――セイリオスが求めているモノがユフィちゃんではなく、フィリア様だというのなら――――この俺がユフィちゃんを守ってあげたい。

 

 それこそ代替のきかない唯一無二の存在として………………

 

 そんな慕情と我欲に満ちた思考に耽っていると、不意にサルガスの声が聞こえてきた。

 意識を戻し、声の出所へと視線を向ければ、思案げにセイリオスを見つめるサルガスの横顔があった。

「先程、シャウラのところに来てくださったユーフィリナ嬢を見て気づいたのですが、セイリオス殿の“幻惑”の効力はまだ解けていないようですね」

「えっ…………あ、そういえば………………」

 ユフィちゃんの淡いラベンダーの髪とエメラルドの瞳を思い出し、再びセイリオスへと視線をやった。

 “幻惑”をかけられているユフィちゃん本人は、これっぽっちも気づいていないのだが、ユフィちゃんの髪と瞳の色は、セイリオスの“幻惑”によって視覚認識を変えられてしまっている。

 本来は白金の髪と空色の瞳であるにもかかわらず、淡いラベンダーの髪とエメラルドの瞳に視えるようにと。

 もちろんその理由は、“神の娘”だと気づかれないようにするためなのだが…………

「確かに俺たちの能力は、血によって引き継がれるものであって、魔力とは完全に切り離されたものだが、まったく意識のない状態でそれを持続し続けるのはさすがに無理があるよな」

 そう確認するように問えば、現能力者であるサルガスとシェアトが同時に頷いた。

 といっても、俺たちが持つ能力はそれぞれ違うため、一概にそうだと断言することもできなければ、セイリオスなら意識がなくても平気でやってしまいそうな気がしないでもないのだが…………

 しかし一度持った違和感は、そう簡単に拭い去れるものでもなく―――――


 俺とサルガスは大ホールの壁や天井に向って縦横無尽に枝を張るセイリオスの“光結晶”を目で追い、一つ一つ辿っていく。

 シェアトとアルケス殿も同様だ。

 ある種の違和感と期待を持って。


 いつだってセイリオスは無意味なことはしない。

 だとしたらこの異様な形で発動された“光結晶”にも必ず意味があるはずだ。

 セイリオス自身の身を守る以外の目的が。

 

 けれど、簡単にわかれば苦労はないわけで。 

 しかも、その答えを知る男は絶賛巣籠もり中なわけで。


 深読みのしすぎってこともあるしな。

 ここは一旦棚上げにしておくか。


 と、早い話、匙を投げることにしたのだが――――――


 そんな俺たちがその答えを知るのは、デオテラ神聖国で繰り広げられることになる戦いの最中(さなか)となるのだが、それはまだ先の話。

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


今回も大変遅くなりました。

未だ絶賛年末繁忙期継続中でございます。

しかも頚椎を痛めてブロック注射。

痛め止めも服用し、身体が副作用でふらふらしております。

ほんと頭が動かなくて最悪です。


とまぁ、言い訳はここまでにして…………



今回のお話は、レグルスsideでした。

そして次回からはいよいよ新章、デオテラ神聖国編です。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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