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解毒薬を求めてデオテラ神聖国へ行ってきます(12)

「“神の娘”を殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇッ!!」


 呪詛のように浴びせかけられる剥き出しの悪意。

 しかしそれは、たとえ国王陛下の口から吐き出されたものであったとしても、国王陛下の本心ではないと、ただの詮無き言葉の羅列だと、心に鎧を纏う。

 どんなに残酷な言葉で切り刻まれようと、言葉の毒に侵されようと、心がその苦痛に死んでしまわないように。

 そしてレグルス様を待つ。

 禍々しい悪意で染められた心から、国王陛下自身の心の欠片を探すレグルス様を。


 そう――――――国王陛下の心はまだ完全に“魅了”に染まり切っていない。


 私がそんな確信を持ったのは、鉄格子の向こう側で、豪奢な長椅子に座り、項垂れる国王陛下の姿を見たからだ。

 沈痛な沈黙。

 それはフィラウティアの“魅了”に抗っていたのではないかと。

 もちろんそれが私の希望的観測でしかないのはわかっているけれど、今はそんな僅かな可能性にも縋りたかった。


 “魅了”は私がただ望んだだけでは解けない――――――――――


 漠然とした勘。

 いや、魂に刻み込まれた経験則。

 かつて、フィリアは愛した王子の魂をフィラウティアから自由にした。

 でもそれができたのは、王子へのフィリア自身の深い愛があったことも間違いはないだろうけど、王子自身にもフィラウティアの“魅了”に、悪意に、抗う気持ちがあったからではないだろうか。

 

 そしてその根底にあるものは、もちろんフィリアへの愛で………………


 その愛は、千年経った今でもお兄様の中にあって………………


 お兄様の幸せを思うなら、私はいつの日かフィリアに…………


 そこまで考えて、先程のレグルス様の言葉を思い出す。


『――――――セイリオスのことで、ユフィちゃんは何一つ諦めなくてもいいんだよ。君は君のままで、セイリオスを想えばいい。千年前のフィリア様ではなく、今のユフィちゃんをセイリオスは望んでいるはずだからね』


 本当にそうだといいな…………と、淡い希望と色濃い不安の狭間で、大海を漕ぐ小舟のようにゆらゆらと揺れながら、内心で独り言ちた。

 そしてそれはため息と変わり、やがて自嘲となる。

 こんな時に何を考えているのだという自分への苛立ちさえ含んだものへと。

 前世の世界でも持ったことがない恋心。

 でも、今抱えているものは決してそんな甘酸っぱいものではなくて、泣き叫んでしまいそうになるほどの恋情という名の激情。

 それはお兄様への執着となって、まるで業火に焼かれるように我が身を焦がす。

 自分の中に、フィリアとフィラウティアと同じモノを垣間見た気がして、その悍ましさに身震いした瞬間、レグルス様の身体が傾ぐ気配がした。

「レグルス様ッ!」

 咄嗟に手を伸ばし、レグルス様の身体を支える。といっても、私は後ろからその背に手を添えただけで、アカが左手でレグルス様の右腕をしっかり掴み支えていた。

「……守護獣殿すみません。ユフィちゃんも大丈夫だよ。ちょっと深く潜りすぎて、そのまま奈落に落ちていきそうに感覚に陥っただけだから」

「なッ!」

 レグルス様の言葉に一瞬で血の気が引く。

 当のレグルス様も、顔色が悪い。なのに、どこか悪戯が成功したような笑みを向けてくる。

「でもそのおかげで、国王陛下の心を見つけたよ。“魅了”に抗おうとする心をね。大丈夫、陛下の心はまだある。完全に染まりきったわけじゃない」

「……よかっ……た…………」

 思わずため息を漏らすように、安堵が口から零れた。

 けれどすぐに眉尻がへにょりと下がる。

 レグルス様への申し訳なさで。

 自分で頼んでおきながら何を言っているのだという話だけど、今更ながらに思い出したのだ。

 先程、“魅了”は伝播するという話を。

 にもかかわらず、私はレグルス様に“魅了”に侵された心の深淵を探ってほしいとお願いしてしまった。

 いくら今のレグルス様が強固な魔力結界を張っているとはいえ、それがどれだけ危険なことか、少し考えればわかることだったのに。

 しかしやはり“読心”の能力者というべきか、そんな私の気持ちなどレグルス様にはお見通しのようで…………

「ごめんごめん、心配させて。でも本当に大丈夫だから。ほら、俺すぐに人酔いしちゃう質だし、体力面にしても守護獣殿が認めるほどの繊細さだからね」

「誰も繊細とは言っていない。貧弱だと言ったんだ」

 すぐさま呆れたようにアカは訂正を入れたけれど、レグルス様を支える手は離さなかった。

 そんなアカに苦笑を返して、レグルス様は肩越しに私を見つめてくる。

「ユフィちゃん、こう見えても俺は現“読心”の能力者だからさ、引き際もちゃんとわかってるし、無理な時は無理だと言うよ。だから、俺のことは気にせず、今は陛下を助けることだけを考えて。むしろ俺としては、ユフィちゃんにこんなふうに心配されて役得でしかないんだから」

「…………レグルス様」

 本当にレグルス様は優しい。

 確かにレグルス様の心はお兄様やスハイル殿下に守られていたかもしれないけれど、お兄様たちもまたレグルス様の存在に心を守られていたはずだと、改めて思う。

 そしてレグルス様は、空気を読まない人ではなくて、空気を変えることができる人なんだと――――――――

 

「ではユフィちゃん、次なるお望みがあれば、このわたくしめになんなりと」

 優しく微笑みながら冗談めかして告げてくるレグルス様に、私は覚悟を決めた。

 いや、元より覚悟は決めていた。覚悟してここへ来たつもりだった。

 それでも、その覚悟が甘すぎたことをここにきて痛感させられた。

 何か事を起こそうと思えば、時に無傷ではいられない。

 もちろんそんなことはわかっている。

 だから自分が傷つくのは構わない。

 それこそ覚悟の範疇内である。

 でも、いくら覚悟をしたからって、仲間が傷つくことに寛容になれるはずがない。

 そんなものはただの綺麗事だと言われようとも、世の中そんなに甘くはないと詰められようとも、嫌なものは嫌なのだ。

 その気持ちだけはおそらく一生かかったとしても、捨て去ることはできないに違いない。

 だとしても、仲間を傷つけたくないからと言って自分一人だけで戦うのも、傷ついた仲間を見て、勝手に自己嫌悪となり、独りよがりに自分を責めるのもまた違う。

 それこそ、共に戦う仲間に対して失礼だ。

 ならば私がするべき覚悟は――――仲間を最後の瞬間まで信じ抜く覚悟であるべきだと、腹を括る。

 私はレグルス様を支えようとしていた手をそっと離し、口を開いた。

「レグルス様、“読心”の能力の一つである“伝心”を使って、陛下自身の心に直接語りかけてもらえませんか。必ずお助けするから、どうかこのまま“魅了”に負けずに、陛下自身の心を繋ぎ止めておいてほしいと。陛下の心はちゃんと存在するのだと」

「りょ~かい」

 レグルス様は何でもないように気軽に返事をすると、アカに視線だけでもう大丈夫だと告げた。

 そのペリドットの瞳を確認するように暫し見つめてから、アカはレグルス様から手を離す。

 無言で交わされる信頼。

 けれど、鉄格子の向こう側は依然として獣の如き咆哮が続いていた。

 自我を失ったように叫び、鉄格子を外さんばかりに両手で揺さぶっている痛ましき姿。

 それを耳と視界の隅に留めながら、今度はアカに対して頼む。

「アカは陛下に対して魔力干渉をしてほしいの。この結界の中でもできる?」

 もちろん口では『できる?』などと、しおらしくお伺いの体を取りながらも、アカに向ける視線は『やって頂戴!』という気持ちが前面に押し出ているものだった。

 その有無を言わさぬ視線に対し、アカは不敵な笑みで返してくる。

「オレを誰だと思ってんだ。“神の娘”の守護のために特別に創られた聖獣だぞ。魔力干渉ならどってことない。といっても、国王の魔力を増幅させてやるくらいしかできないがな」

「十分よ、アカ。ありがとう」

「おう、任せとけ」

 我が守護獣の頼もしい返事に、私はふわりと笑った。


 そう―――――

 ずっと考えていた。

 何故、国王陛下と王太后陛下は“魅了”にかかってしまったのか。

 この世界の常識として、高爵位の者ほど魔力が多い。まぁ、私のような例外は稀にあるとしてもだ。

 しかも、王太后陛下はともかくとして、国王陛下はつい先日までこの世界で唯一の“先見”の能力者でもあった。そしてスハイル殿下が“先見”を顕現させた今でも、その能力はまだ完全に消えてはいない。いや、そのはずだ。

 その国王陛下の魔力量が少ないとは、とてもではないけれど思えない。私のような例外は……(以下省略)。

 さらに言えば、この国の王たる存在が無防備な状態で人前に出るなどという愚行を冒すはずもない。

 そんな国王陛下に“魅了”をかけられるほどフィラウティアの能力が高かったともいえなくはないけれど、ここまでの強い“魅了”がたった一度きりの、それも舞踏会での挨拶という短い邂逅で刻み込まれたとは考えにくい。

 つまり、国王陛下は長期に亘ってじっくりと“魅了”にかけられたか、酷く“魅了”にかかりやすい状態にあったということだ。

 本人自身がそれを自覚しているかどうかは別にして。

 

 そしてもし後者だとすれば、その理由はおそらく………………


 ある答えが脳裏にチラつくけれど、今は首を横に振ることで早々に散らす。

 答えがわかったところで、やるべきことに変わりはない。私たちは陛下の気持ちに、全力で応えるだけだ。

 今もフィラウティアの“魅了”に抗おうとする陛下の強い気持ちに。

「二人ともお願いします‼」

 私はレグルス様とアカに向って限界まで声を張った。

 淑女たる公爵令嬢としてはあるまじき行為かもしれないけれど、この場では相応しい行動だと思うことにする。

 実際、二人は一瞬目を瞠ったもののすぐに目を細め、口許に笑みを浮かべた。

 そして陛下に向き直ると、集中力を高めるようにゆっくりと目を閉じる。


「“神の娘”を殺せぇぇぇぇぇッ‼そいつはこの世の悪だ‼世界を滅ぼす存在だ‼生かしておいてはならぬ!今すぐ殺せぇぇぇぇぇッ‼」


 吐き続けられる悪意の塊。それはまさしく聞いた者の心を侵す毒そのもの。

 しかし今の私たちの心はそんなもので傷つきもしなければ、痛みもない。

 ただ、国王陛下の苦しみを想像して、怒りと悲しみを覚えるだけ。


「殺せ殺せ殺せ‼その者こそが“魔の者”!この世界から排除する者なのだ!そう、今すぐ排除を…………」


 必死にフィラウティアの“魅了”という毒に抗おうとする国王陛下自身の心を思って、涙が勝手に零れてしまうだけだ。

 けれどその涙も、視界を曇らせるだけのものでしかないと、さっさと腕で拭い取る。

 私は唇を噛みしめながら、真っすぐに国王陛下を見据えた。

 すると、徐々にではあるけれど、国王陛下に変化の兆しが見えてくる。


「早く殺せ!今すぐ殺せ…………殺して…………しま………………」


 今まではなんの障害もなく怒涛の如く吐き出されていた毒が、突然出来た堰に阻まれるように僅かな躊躇が生まれたのだ。

 それは明らかに国王陛下自身の心が見せている抵抗。

 おそらくレグルス様の“伝播”とアカの魔力干渉が効いてきた証拠だった。


「“神の娘”を殺さなければ……いや、そうじゃない…………私は……私は…………何故……こんな………こと……………駄目だ!止めてくれ!“神の娘”は……殺しては………殺しては…………いけな………」


 国王陛下自身の心の吐露と葛藤。

 フィラウティアの“魅了”による惑わす声と、レグルス様の“伝心”による導きの声がせめぎ合うように国王陛下の中で響き合うのか、国王陛下は鉄格子を掴んでいた手で己の耳を塞ぐと、激しく首を横に振りながら蹲った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!私は……私は………殺したくない!嫌だぁぁぁぁぁぁぁッ‼」」


 そしてそのまま発狂するように声を上げて、床を転がるようにのたうち回る。

 

 ここが限界だわ。

 これ以上すると陛下の精神が壊れてしまう。

 

 レグルス様とアカによって引き出され、一気に膨張させられた国王陛下自身の心。

 今がまさに限界値だと定め、私は一歩前に出た。

 “神の娘”の能力を使うために。

「ユフィ、“魅了”が消えたら魔力干渉で国王の中に魔力結界を張る!だから心配せずにやれ!」

「ユフィちゃん、俺の声が届いている内に早く!」

 アカとレグルス様に促され、私は鉄格子の中の国王陛下に向って両手を差し出す。

 この能力が一体何なのか、宿している自分さえわからないという不甲斐なさだけれど、今は四の五の言っている場合ではない。

 できると信じて、国王陛下の心の声を、自分の望みとしてこの世界に向って言い放つ。

 

 

「国王陛下の心を蝕む“魅了”よ、今すぐ消え去れ!」


 

 “神の娘”が望み、この世界がそれを認めた時、神の理をも覆すことができる――――――――


 しかし“魅了”は神の理の外にある能力だ。

 だから、ただ私が望むだけでは足りないのだと直感的に思った。

 国王陛下の抗おうとする気持ちが必要だと。

 それも、“魅了”に負けないほどの強い意志が。

 

 いいえ…………今回だけじゃないわね。


 ――――――と、内心で笑み零す。 

 何度かこの能力を使った今だからこそわかる。

 アカの時も、アリオトの時も、私の望みと言いながら、本当は彼ら自身の望みでもあったのだと。

 確かにあの時は、一方的な私の望みの押し売り…………いや、押し付けた感がどうしても否めなかった。

 なぜならアカの時は、ひたすら『諦めるな!』と馬鹿の一つ覚えのように繰り返し、アリオトの時は希望という光でアリオトの闇を照らしたいと我を押し通したのだから、我ながらなんとも押しが強い。

 でも今に思えば、アカはただ聖獣炎狼の矜持として、無様に足掻きたくないという気持ちがあっただけで、決して呪いに侵されたまま消えてしまいたいと本当に思っているわけではなかった。

 そしてアリオトが持つ私への執着も、さらには七割程度の闇しか戻ってきていないという現状もまた、光に対する憧れのような気持ちがあるからに違いない。

 

 だとしたら――――――――

 私の望みを世界が認めるということは、私の望みと彼らの望みが等しく重なっていると、この世界が認めるということ

 ―――――――なのかもしれない。

 

 ほんと、こんな手探り状態でよくもまぁここまでやって来れたものだと自嘲する。

 それでもあながち間違いではないのだろうと、鉄格子の向こう側を見つめた。

 

 凪の時間。

 獣の如き咆哮もない。

 発狂の声すら響かない。

 沈黙を守るように、我が身を守るように、耳を塞いだまま蹲る国王陛下。

「…………陛下?」

 風が凪いだ湖面を優しく撫でるように声をかければ、国王陛下の身体はピクリと動いた。

 僅かな躊躇と逡巡。その静寂(しじま)をやり過ごして、国王陛下はやがて緩慢なほどゆっくりと顔を上げた。

 そしてロイヤルブルーの瞳に私たちを映し、問いかけるように呟いてくる。


「闇が……光の中に消えていったのだ」


 まるで悪夢からようやく覚めたかのような面持ちの国王陛下に、私たちの顔も自然と笑み綻んだ。

 そんな私たちの中で一番国王陛下と面識があるレグルス様が、さも当然とばかりに爽やかに告げる。

「えぇ、そりゃ朝ですから」

 一瞬、虚を突かれたように目を丸くした国王陛下。

 でも、そのご尤もな台詞に、すぐさま罰が悪そうに眉を下げると――――――


「なるほど。ならば目覚めなければな」


 ――――――と、苦笑した。

 

 

 


 

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


今回も大変遅くなりました。

絶賛年末繁忙期継続中でございます。

早く終われ〜(念)


さてお話は

国王陛下の“魅了”を解くためにユフィ頑張りました。

いや、頑張ったのは主にレグルスとアカかも………ですが。


次回は、スハイルの毒と王太后陛下の“魅了”は解けるのか?

そしていよいよデオテラ神聖国へ殴り込み………もとい、出発です。



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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