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ヒロインの登場です!どうやらヒロインはお兄様を攻略対象にしたようです!(12)

「フィラウティア……って…………」


 聞き覚えのある名前に、私はまるでおもちゃ箱をひっくり返すかのように、記憶の中に埋もれているその名前を探す。

 そしてシロの忌々しそうな顔を視界に収めた瞬間、その名前はここにあるぞと謂わんばかりに、ざわりとした悪寒とともに記憶の底から浮上した。

 けれど、まさか…………という思いが先に立ち、ようやく出せた声はとても頼りなげなものとなる。

「フィラウティアって…………以前、この屋敷に来ていたもう一人の“魔の者”の?」

「そうだよ。そのフィラウティアだ。ボクの同胞。色欲に濡れた面倒極まりない存在。そして過去、君が…………いや、()()()()()“神の娘”が死を望む原因となったフィラウティアさ」

「アリオトッ!」

 咄嗟にシロの怒声が飛ぶけれど、アリオトは肩を竦めてみせただけだった。

 そんなアリオトを瞳に映しながら、私は浮上した名前を傍からぼんやりと眺めるように、あの時の話を思い出す。


『フィラウティアはね、ボクの同胞。“神の娘”の生まれ変わりを殺す者さ』


 確かにアリオトはあの時もそう言っていた。

 ただあの時の私は、付けられた“真紋”のせいで、心はアリオト一色に染まり、お兄様たちの存在さえも忘れてしまっていた。

 しかし、お兄様が予め付けていてくれた“仮紋”のおかげで、どうにか取り戻すことができた自我。

 しかも、その自我の中には、決して気づいてはいけない想いまでも含まれていた。

 そしてあの日から、お兄様への想いに私の心は翻弄され続け、幸か不幸か、あの時の記憶を思い出すことはほとんどなかった。

 

 そういえば、今もこの手に、お兄様のくれた“仮紋”はあるのかしら―――――


 突如として湧いた疑問。

 しかし、そう考えると同時にあの時の記憶が赤裸々となって再生されてしまう。

 アリオトの甘すぎる声と肌を撫でるように辿る指。

 そして、肌を擽る吐息と、落とされたキスの雨。

 熱に浮かされながら、問われるままに愛してると囁やけば、アリオトよって肌に刻まれた所有の証。

 フィラウティアについて思い出そうと記憶をひっくり返してしまったことで、アリオトの熱に甘く酔わせれ、溺れた記憶が羞恥となって私に襲い掛かってくる。

 そのせいで、さっきまでは平然とアリオトの顔を見ることができていたのに、今はそれすらも難しい。

 

 うぅぅぅぅぅ~~~~~~

 なんでこんな余計なことまで一緒に思い出してしまうかな……

 

 きっと話の途中で、茹で蛸のように顔を真っ赤に染め上げた私を見て、皆怪訝に思っているだろうけれど、一度思い出してしまった記憶は都合よく必要な部分だけを残して削除とはならず、私としても非常に不本意な上に、不可抗力でもあるため、どうか見逃してほしいと切に思う。

 確かに、王城の大ホールからアリオトの影を使って、転移でここに連れて来られた時、シロはアリオトとの一件を思い出し、私が不快にならないか、酷く気にしていた。

 そしてそのシロに対し、『大丈夫よ。怖くないわ、シロ。助けてくれてありがとう』と返したのは、決して嘘でも強がりでもない。

 けれどもし、言い訳が許されるのなら、あの時の私の思考は、別れ際にお兄様からされたあの強引なキスに奪われてしまっていた。

 だから、ここがあの時の場所であり、ましてや目の前に、あの日アリオトから散々弄ばれ続けたベッドがあったというのに、私の思考はその詳細なる記憶まで思い出すまでに至らなかった。

 なのに思い出してしまった。

 それもご本人様がいる前で。

 これはなんたる拷問か。精神的ダメージが半端ない。

 

 あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………

 このまま消えてしまいたい。


 すべてが“真紋”のせいとはいえ、自分が晒した醜態に、今すぐ穴を掘って埋まりたくなってくる。

 というか、穴を掘って埋まりたいと思う度に、お兄様に穴を空ける地魔法を教わっておけばよかったと後悔するのだけれど、喉元過ぎれば熱さを忘れるようで、今まで実行に移せた試しがない。

 こうなったら今度こそ、この一件が片付き次第、お兄様に教えてもらうことにするわ。

 などという決意も新たに、穴に入るような事態を回避すればいいという基本的なことにも気づかず、私は火照ってしまった顔を隠すように俯いた。

 しかしシロやアリオトにとって、この部屋での一件は、最初の私の対応ですべて完結していたようで、今更事細かに思い出して身悶えているとはこれっぽっちも思わなかったらしい。

 そのため二人して、私の動揺を素晴らしい自己解釈で、フィラウティアへと上手に結びつけてしまう。

「あれ?もしかしてユフィ……色欲って言葉に恥ずかしくなっちゃった?まぁ、そうだよね。普通の女性ならこの反応だよね」

「当たり前ですよ。ユフィは深窓の公爵令嬢なんですからね。だいたい貴方の物言いはなんでもかんでも明け透けすぎるんですよ。それでなくてもユフィは繊細なんですから、気をつけてくださいね」

「はいはい。ったく、口うるさい雪豹だな」

「『はい』は、一回でよろしい」

「あぁ~~~もう!ほんとうるさい!」

 二人の会話のおかげで私の中で暴れ回っていた羞恥心が、どうにかこうにか鼻息の荒く地面を足蹴りする猛牛くらいまでには収まってきた。

 まぁ裏を返せば、この羞恥心は何かの拍子にまた暴走を始める可能性が十分にあるということだけど。

 しかし、ここまで来ればどうどうと宥めすかして牛舎に連れ戻すこともできなくはない。

 そこで、今だけはなるべく暴走の起爆剤でしかないアリオトを視界に収めないようにして、話を押し進めることにした。

「つまり、今回の件が“魅了”のせいだというなら、国王陛下に“魅了”をかけたのはフィラウティアってことよね?」

 本当のことを言えば、フィラウティアがフィリアに対して何をして、何故フィリアが死を望むことになったのか、アリオトに詳しく聞きたいと考えていた。

 でも今は、アリオトの顔を平常心で見れないこともあるけれど、その話を聞けばフィリアの魂が壊れると直感的に感じた。

 いや、フィラウティアの存在を考えただけで、絶望を覗き見たような感覚が私を支配する。

 だから過去ではなく、今の話をしようと、私はシロへ視線を向け、問いかけた。

 フィリアの敵としてではなく、あくまでも私の敵として。

 しかし、シロの顔にはどこか困惑が漂っていた。

 それは話したくないというより、シロ自身がまだ腑に落ちていないといった感じで…………

 そして、シロの視線は一度アリオトへと流れ、それを受け止めたアリオトもまたゆるりと目を細めて首を傾げた。

 二人の確認はそれだけで十分だったようで、シロは伝えるべき言葉を探すように目を伏せて、テーブルの上に視線を落とす。

 それから随分遠回りをして、私へと視線を戻したけれど、やはりその顔には当惑が滲んでいた。

「私の認識でも、“魅了”を使えるのは“魔の者”であるフィラウティアだけです。しかし、今回それを使ったと思われる者は間違いなく人間でした。それもフィリアと瓜二つのご令嬢…………」

「プリオル侯爵令嬢の……グラティア樣?」

 震える声でそう問い返せば、シロは小さく頷いた。

「えぇ、そうです。国王に最後に会ったのは彼女とその義父でした。私とアリオトは、舞踏会で彼女の動向を探るようにセイリオスに言われていましたからね。彼女が到着してから、あの騒ぎが起こるまで一度も目を離していないので間違いないですよ」

 シロの断言。

 しかし、それはまた新たな疑問の呼び水となる。

「ちょ……ちょっと待って、シロ。今、お兄様にグラティア様の動向を探るよう言われていたと言ったわね。お兄様は以前からグラティア樣に何かを感じていたってこと?」

「おそらくそのようです。彼女が学園に編入してきたことを聞き、セイリオスはシャムに彼女を見張らせていました」

「シャムに…………」

 と、漏らしながら、毎度おなじみとなっているシャムの文句が、容易に想像できてしまったのは致し方ないことだと思う。

 けれど、どうしてという疑問はまだ解消とはならず、ただただ深まるばかりだった。

 そこに、今までずっと空気に…………いや、聞き手に徹していたロー様が、「あの……発言をよろしいでしょうか」と断りを入れてくる。

 当然否はないため、「もちろんですわ」と返せば、ロー様は神妙な面持ちで口を開いた。

「将来の話はさておき、今の私はまだ魔道具師として、週に一度は学園の魔道具を順々に点検するために伺っております。予めシャウラ様から今の学園の様子を聞いておりましたが、実際にこの目で拝見して、その異様なる光景に、驚き以上に悍ましさを感じました」

「それは一体どのような…………」

 私が少し前のめりになれば、ロー様はやや苦笑気味に口を開く。

「一人の女子生徒の気を引こうと、多くの男子生徒たちが必死に群がっている…………私にはそのように見えました」

 さすが乙女ゲームのヒロインと言うべきなのか。

 はたまた、それはさすがに異様だと思うべきなのか。

 でも…………もし彼女が“魅了”の能力者であれば、いとも簡単に男子生徒たちの心を手中に収めることができただろう。

 けれどやはり新たな疑問はさらなる疑問を呼ぶものらしい。

 というより、その疑問はすでにアリオトとシロから提示されていた。

 あとはそれが事実なのかを再確認すればいいだけなのだけれど…………

「先程アリオトも、シロも言っていたわね。“魅了”の能力者は後にも先にも、闇の眷属の長子、フィラウティアだけだと…………そう認識していると……………だとしたら、グラティア様がフィラウティアと何かしらの関係があるか、フィラウティアそのものだと考えるのが妥当だと思うのだけれど、シロはグラティア様は人間であると断言していたわね。人間であるグラティア様に、“魅了”の能力が目覚めてしまうなんてことがある得るのかしら?」

 自分の頭の中でも整理しきれないことを、取り敢えず口に出してみたからと言って、突然理路整然するわけもなく、自分が思いの外混乱しているのがわかっただけだった。

 しかしそれはシロたちも同じだったようで…………

「聖獣である私としては、“ない”という答えしかありません。何故なら神は、“魅了”などという能力を人間にあてがうことはしません。どこかの誰かさんみたいに好奇心旺盛ではありますが、与えていいものと与えるべきではないものの判断くらいはできます。いえ、できるはずです…………たぶん」

 そう言いながら、こめかみを押さえるシロに、「好奇心旺盛の誰かさんって誰のことかなぁ〜」と、アリオトが噛みついているけれど、それよりもこの世界の神の信用のなさにちょっと呆れてしまう。

 しかしそれに納得する自分もいて、苦笑を漏らしそうになりつつ、私はさらに疑問を重ねた。

「だったら、グラティア様の“魅了”の能力はフィラウティアによって与えられたとみるべきよね。でも、そもそも自分の能力を、誰かに付与するなんてことができるのかしら?それが“魔の者”であったとしても」

 そう言って、アリオトへと視線を向けたのだけれど、先程までの羞恥心が襲いかかってくることはもうなかった。

 どうやら私の中の羞恥心という暴れ牛は、状況と空気を読めるいい子だったらしく、すごすごと牛舎に戻ったらしい。

 そのため茹で上がった赤面ではなく、どこかの学者のような難しい顔でアリオトを見やれば、アリオトはわざとらしく眉を下げ肩を竦めてみせた。

「さぁ、ボクにはわからないな。でも“魔の者”であるボクが常識を説くのも変な話だけれど、一般常識から言ってできないだろうね。それこそ神、もしくはそれに対となる魔王の領分だよ。いくら闇の眷属の長子とはいえ、さすがにそこまでの力はないからね。第二子のボクだってできないし」

「だったら…………」

「だからこそ、裏がある」

 アリオトは口端を持ち上げ、“魔の者”であることを彷彿とさせるニタリとした笑みになった。

 再び私の背中にぞわりと走った悪寒。

 しかしこれは、アリオトの表情に対してではない。

 アリオトが愉しげに告げた言葉の方に、私は総毛立つほどに嫌な予感を増幅させたのだ。

 この嫌な予感は、あの大ホールからずっと続いている。

 泣き出したいような、このままお兄様のもとまで駆け出してしまいたいような、胸騒ぎとはもう呼べない強烈な衝動を、必死に抑え込まなければならないほどの恐怖だ。

 それでも、今は知る方が先だとアリオトの言葉をそのまま鸚鵡返しする。

「裏が……あるって…………」

 不様にも声が震えた。

 けれどアリオトは気にした様子もなく、満面に広げた笑みのまま答える。

「そう、表ではなく、裏だよ。言い換えるなら、表の顔や気配は人間そのものだけれど、その裏の正体は…………」

「フィラウティアだって……いうの?」

 恐る恐るの体でそう聞き返せば、アリオトはすっと笑みを引いて私を真っすぐに見つめてから、「さぁ、ボクにもわからない」と、お手上げとばかりに両手を軽く挙げた。

 いやいや、ここまで思わせぶりに告げておいて、わからないはない。

 でも、適当なことを言われるよりかは数倍ましだと思い直して、今度はシロを見やる。するとシロは、まるで膝に肘を立てるようにして頬杖をつき、唸るようにして考え込んでいた。

 これは前世の世界で有名な、そのまんまな名前の像のようだ。

 しかもシロ自身が、この世におけるありとあらゆる美を結集して作り上げられた彫像の如き存在のために、ちょっとした美術鑑賞の気分となる。

 しかし、生きる彫像であるシロはすぐに私の視線に気づいたようで、頬杖をやめ、苦笑にも見える困惑した顔で口を開いた。

「確かにアリオトの言う通り、裏があることは間違いないでしょう。からくりとでも言うべきものですね。第一に、グラティアの容姿がフィリアと瓜二つなんてことが起こり得るはずないのです。そもそもあの姿は、神が自分の娘のために、特別に創ったものであって、人間同士が交わることで生まれる造形では決してありません。さらに言えば、この私の目を持ってしても彼女の持つ魔力属性がわかりませんでした。ただわかったのは闇を一切感じ取れなかったということと、その肉体が間違いなく人間であるということだけです。つまり、アリオトの言うところの表の顔と気配は、まさしく人間そのものでした」

 要約すれば、アリオト同様、シロもまたお手上げ――――ということらしい。

 ロー様が話してくれた学園の様子、また大ホールでの国王陛下の様子からしても、グラティア様が“魅了”を持っているのは間違いないだろう。

 でもそのからくりが一切わからない。

 そしてそのことが不気味で仕方がない。


『あれば美しいとは言わない。醜悪と言うんだ』


 ふとお兄様が忌々し気に吐いた言葉が脳裏を過る。

 お兄様はあの時、彼女自身が醸し出す雰囲気から何かを感じ取って、そんなことを言ったのかもしれない。

 でも、その声音は彼女を憎んでいるようでもあった。

 だとしたら、お兄様の彼女への気持ちは………二人の関係はもう…………

 

 いや、こうも考えられる。

 ある日突然、お兄様の想い人であるグラティア様が“魔の者”であるフィラウティアの策謀により、人であって人で非ざるモノに変容させられてしまったことに対し、酷く憂いたゆえの言葉かもしれない。

 ただどちらにしろ、お兄様は何かを察し、もしかしたらそのからくりにまで気づいているかもしれないということで…………

 そして今にして思えば、強引な手を使ってまで、私にあれほど学園へ行くのを禁じたのは、グラティア様のことがあったからかもしれない。

 お兄様はどうしても私とグラティア樣を会わせたくなかった。

 ただ単に、二人の過去を知られたくなかったということもあるかもしれないけれど………

 それよりも――――――


 グラティア様が“魅了”持ちならば、その敵意は明らかに私に向いているのだから。

 

 でもそうだとしたら、私の傍にいる人達も危険だわ――――――とまで考えて、不意にある事に気づく。

 学園の男子生徒たちがグラティア様の“魅了”にかかっているのであれば、シェアトやサルガス様、そしてレグルス様もまた“魅了”にかかっていてもおかしくない。にもかかわらず、大ホールでの彼らを見る限り、そんな様子は微塵も感じらなかったばかりか、私のことを守ってくれていた。

 それは“魅了”にかからなかったのか、それとも端から“魅了”をかけられなかったのか――――――

 しかし、彼女がこの世界のヒロインならば後者は考え難い。

 それとも、攻略対象者である彼らに対しては、自分自身の魅力だけで勝負しようと考えたのか。いや、だったら他の男子生徒たちにだけ“魅了”を使う意味がわからない。

 言い方は悪いけれど、モブでしかない人たちを排他的に扱ったとしても、乙女ゲームにはなんの支障もないからだ。

 たとえこの世界が乙女ゲームの二次小説の世界であったとしても…………


「…………ねぇシロ、どうしてシェアト様たちは“魅了”にかかっていないのかしら?」

 思考を巡らせながら口にした言葉は、酷く中途半端だったけれど、優秀な守護獣であるシロは私の言いたいことを完璧に読み取ったようで、難なく答えてくれる。

「これは“忘却”の能力者から聞いた話ですが、彼女と目を合わせた瞬間、身体が一瞬金縛りにあったかのように硬直したそうです。しかし、すぐに身体から淡い光が漏れ出してきて、硬直がとれ自由になったそうです」

「それって…………」

「えぇ、おそらく淡い光の正体は“聖なる光”だと思われます。私自身が過去、フィラウティアの“魅了”にかからなかったのは、一つにアリオトに隷属していたからと、その隷属のおかげでフィラウティアに気づかれることはありませんでしたが、聖獣として当然のように持つ“聖なる光”のおかげだと考えられます」

「で、でも待って。シェアト様たちは確かに能力者だけれど、“聖なる光”を持っていないはずよ。なのにどうして…………」

「ユフィがこの部屋でやった闇払いの効力が残っていたんだろうね」

 そう答えたのはアリオトで、「ほら、いただろ?ボクの動きを“読心”で読んで邪魔するわ、“言霊”で封じるわ、しまいには“忘却”で影法師にボクのことを忘れさせるわ、好き放題やってくれた連中がさ」と、今思い出してもやっぱりムカつくと、わかりやすくむくれながら補足してくれる。

 もちろん覚えてはいるけれど、闇を祓ったのはアリオトやシロ、そしてトゥレイス殿下に対してであって、シェアトたちは関係ないはずだわ――――――などと思っていると、アリオトが首を振った。

「私、そんな大それたことなんてしてない!みたいな顔できょとんとしているけど、ユフィ違うからね。あの時払われた闇は、この部屋にあるすべての闇だった。そしてそれは闇の塊でしかないボクだけでなく、誰も気がつかないほどの小さな闇を飼っている人間たちにも影響を及ぼし、強力すぎる闇払いは、彼らの中にその効力を残していたんだよ。まったく彼らはユフィに感謝すべきだよね」

 本当にそうなのかしら?

 だとしたら嬉しいけれど、その効力は一体どれくらい持つのかしら…………と、私の思考が切り替わっていく。

 そんな私の思考を先読みして、シロが珍しくアリオトに同調しながら続いた。

「私もそう思いますよ。でもおそらく効力はその一回きりだったはずです。しかし、彼らも馬鹿ではないですからね。何かを感じて、すぐに用心したみたいですよ。セイリオスから適切な対応策を聞いてね」

「お兄様に?だったら今も…………」

 縋るようにそう聞き返した私に、シロは一際美しく、柔らかい微笑みを湛えて頷いた。

「えぇ、大丈夫です。あの馬鹿狼もいますからね。きっと“魅了”のからくりまでしっかりと解き明かして、元気に戻ってきますよ」

 私はそのシロの言葉に微かな希望を感じて、ふわりと笑みを返す。


 それでも―――――

 嫌な予感がつき纏う。

 叫び散らかしたくなるほどの恐怖が胸を焼く。

 でもこの時の私は、見て見ぬふりをした。


 後に、後悔することになるとも知らずに――――――――――



 ここにある転移魔法陣を使えば、南の公爵家まで帰れるとシロが説明してくれたけれど、私はどうしても戻る気にはなれなかった。

 その理由は、戻ったところで落ち着かないというのもあるけれど、シロから、この転移魔法陣はスハイル殿下の私室にある隠し部屋とも繋がっており、お兄様たちがそれを使って戻ってくる可能性が非常に高いと聞いたからだ。


 ここにいれば、少しでも早くお兄様たちの無事が確かめられる――――――


 その思いが、私をここに縛り付けた。

 もちろんこの屋敷には、あのフィラウティアがアリオトを求めてやって来る可能性もあるのだけれど、シロ曰く…………

「たとえ来たとしても、あの時と同様、ここにはアリオトの結界が張られていますからね、外部に魔力が漏れることはありませんよ」

 と、いうことなので、フィラウティアが来れば転移して南の公爵家に戻るという約束をした上で、私はここに居続けた。

 もちろん、お兄様たちと一緒に戻ると思われている私が、逆に一人で戻れば、かえって屋敷の者たちを心配させてしまうという判断も多少あってのことだ。

 しかし、日付が変わる頃、シロが一度屋敷に戻るべきだと言った。

 頑として首を縦に振らない私に、シロは、屋敷の方にお兄様たちから何か連絡が入っているかもしれないと、諭すように告げてきた。

 そう言われてしまえば、確かにそうかもしれないという気になる。

 ただ、魔力が枯渇している私ではこの転移魔法陣を動かせないため、シロたちも同行してくれるということだった。

 だったら――――――と、重い腰を上げて立ち上がる。

 シロに勧められるままに、眠気覚ましとして飲んだ数杯分の紅茶がちゃぷんとお腹の中で波打った気がした。

 さすがに飲みすぎたわ…………と反省しつつ、ゆっくりと転移魔法陣に向かって歩を進めていく。

 すると、突如として転移魔法陣から眩い光が放たれた。

「ユフィ、下がって!」

 シロに腕を引かれるままに、一歩、ニ歩と後退る。

 でも私の視線と心は転移魔法陣に釘付けとなっていた。


 お兄様…………


 とにかく顔が見たかった。

 声が聞きたかった。

 私の名前を呼んでほしくて、その腕でかき抱くように抱きしめてほしかった。


 なのに――――――――――


 転移魔法陣から現れたのはレグルス樣ただ一人。

 しかも、悲壮な顔をした彼は私の姿を見つけるなり、手を差し出しながら叫ぶように告げてきた。


「スハイルとセイリオスが毒で死にそうなんだ!ユフィちゃん、一緒に来て!」


 瞬間、耳に聞こえたはずの言葉を私の脳が理解したくないと拒絶する。


 そして私は思考を手放した。


 

 

 

  

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


こんな時間に本当にすみません(泣)

でもどうにかこうにか投稿です。

次回は、再び王城へ。

さて、お兄様たちは無事なのか。

頑張って書きます〜



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

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