ヒロインの登場です!どうやらヒロインはお兄様を攻略対象にしたようです!(8)
「………………」
声は出なかった。
手も足も動かない。
ましてや、対抗魔法を展開させるなんて芸当もできない。
というか、魔力が枯渇寸前の私にとっては、どんなに時間的余裕があろうとそもそも土台無理な話だ。
だから、ただただ頭の中で疑問が渦巻いている。
何故?と。
間違いなく私を獲物と定めたその雷を瞳に映しながら。
けれど不思議と恐怖はなかった。
なぜなら―――――――――
「水龍!」
「水盾!」
「凍土壁!」
「氷蛇!」
お兄様、お父様、そしてお母様にサルガス樣から次々に魔法が発動される。
雷が水龍に呑まれると同時に、私の周りには水盾と凍土壁が展開され、細い身体をくねらせた氷蛇が、雷を纏い放電し始めた水龍の身体に巻き付き動きを止める。
そして、無詠唱で放たれたアカの炎柱が水龍を閉じ込め、ジュッという音とともに霧散させた。
ここまでほんの瞬きの間のこと。
そのため、驚きと疑問はあったけれど、恐怖を感じる暇はまるでなかった。
しかし、周りの招待客たちは違う。
国王陛下から、スハイル王弟殿下の婚約者決定の発表があると信じて疑っていなかったところでのコレだ。
私を中心にしてさぁーっと波が引くように、人波が遠ざかっていくのは当然のことで、その際阿鼻叫喚となったのも已むを得ない事態だと思う。
そして、悍ましきモノを見るような目を、一斉に向けられることも…………
けれど、そんな私を隠すようにお兄様たちが周りを取り囲む。
そこにシャウラやサルガス樣の姿も当たり前のようにあって、私は思わず叫んでいた。
「シャウラ様も、サルガス様も逃げて!」
明らかに狙われているのはこの私だ。
それは先刻の国王陛下の言葉と、落とされた雷で否応なしにわかる。
そんな私をお兄様やお父様たち、そして守護獣であるアカが守ってくれるのは、家族として、共にあると誓った者として、ある意味自然なことだと理解もできる。
本当は皆にも逃げてほしいけれど。
でも、シャウラたちは違う。
大切な友人として守ってくれる気持ちは、もちろん涙が出るほどに嬉しい。けれど、私のせいで傷ついてほしくないという気持ちのほうがどうしても先に立ってしまうのだ。
それに、これはれっきとした反逆行為。
私を庇うことで、どんなお咎めがあるかわからない。
西の公爵家をそんな苦境に立たせるわけにはいかない。だからこそ逃げてほしいと、必死に懇願する。
もし自分がシャウラやサルガス樣の立場なら、友人を見捨てられるのか?………という問いに、今は敢えて見て見ぬふりをしてでも。
しかし、シャウラもサルガス樣も好戦的な笑みを私に見せただけで、私の前から動こうとはしなかった。
「ダメよ!お願いだから逃げて!」
と、再び声をかけるも、この声を打ち消すように国王陛下が冷酷な命を下す。
「南の公爵家子女、ユーフィリナ・メリーディエースを捕らえろ!彼の者を庇い立てする者たちもだ!」
「兄上!気は確かですか!」
すかさず飛んだスハイル殿下の驚愕と非難に満ちた怒声も、大ホール内を埋め尽くす喧騒に呑み込まれていく。
そして、その喧騒を蹴散らすように、衛兵たちが列をなして一気に雪崩込んできた。
それを横目で捉えながら、お兄様がやれやれと息を吐く。
「弱い者虐めはしたくないのだが……」
「よく言う。お前の得意分野だろうが」
アカが呆れたように告げれば、お兄様はじとりとした目を一瞬向けてから、そのままお父様に視線を流した。
「父上、おそらく国王陛下は…………」
「わかってる!そしてあの様子だと王太后陛下もな」
お父様の言葉に、王太后陛下を見やれば、つい数十分前に挨拶した時とは打って変わって、憎々しげにこちらを睨んでいるように見える。けれど何故か、巧く感情が表情に乗り入れず、戸惑っているようにも見えた。
これは一体………………
疑問は尽きない。
しかし今はその疑問を問い質す猶予はないらしい。
「まずは両陛下ともに、さっさとご退場していだたいて、こうなった経緯やら、今しがた見たという“先見”やらについて、とくとお話し願いたいところだが、その前に群がる蟻どもをどうにかせねばならんな」
「まったく面倒なことですが、そうするしかないでしょうね。ともあれ、父上も母上も、力の加減を間違えて、うっかり踏み殺さないでくださいよ。色々と後が面倒なので」
「「お前と一緒にするな(しないで)ッ!」」
お兄様の台詞に、お父様とお母様が瞬時に噛みついた。
さすが夫婦。息もぴったりである。
しかし、このお兄様の懸念もわかる。いや、自分のことは棚上げにして、この兄は一体何を言っているんだ、という気も多少あるけれど、理解はできる。
お兄様には劣るとはいえども、お父様とお母様は膨大な魔力を誇る、この国でも有数の優秀な魔法使いだ。
特にお母様は、その美しくも儚げに見える見た目に反して、癒しや防御よりも攻撃に特化した魔法使いらしい。
お兄様に言わせれば…………
『水魔法に関して言えば、母上の魔法は父上よりも上だ。夫婦喧嘩に水魔法を使われれば、おそらく父上の命は藻屑と消えるだろう』
…………だそうだ。
ちなみにお父様は、お兄様同様万能型の魔法使いである。
そんな父と母の間に生まれておきながら、枯渇寸前の魔力しか持たない私って…………うん、悲しくなるので皆まで言うまい。
しかし眼前の状況は、決して生温いものではなかった。
ざっと三十人以上はいると思われる衛兵たちが、先が三叉に別れた三叉槍を手にぐるりと私たちを囲み、その矛先を向けている。
しかもこの三叉槍はただの槍などではなく、立派な魔道具でもある。
持ち手の魔力を増幅させ、三叉の先端から攻撃魔法を繰り出すことも、受けた攻撃魔法を跳ね返すこともできる優れものなのだ。
簡単に言えば、直接腹や胸を突かれなくとも、十分に殺傷能力があるということだ。
向けられる側としては、非常に厄介なことに。
さらに言えば、今も尚衛兵の数は湧いて出るように増え続けており、こちらは私を含めて両手で足りるほど。
完全に多勢に無勢である。
それでも、負ける気がしないどころか、むしろ相手の心配までしたくなってしまうのは、お兄様たちがあらゆる意味で一般常識の枠から綺麗に逸脱してしまっているからだろう。
そもそもの話、南の公爵家御一行は、端から喧嘩腰でこの舞踏会に参加していた。
もちろん当初の理由とは大きくかけ離れ、今や王弟殿下の婚約者どころか、国家を転覆させる反逆者扱いとなってしまっているけれど、起こすべき行動に然程変わりはない。
売られた喧嘩上等、そのまま丸っと言い値でお買い上げさせていただきます!と、景気よく臨戦態勢だ。
なので――――――――
悪いことは言いません。
衛兵の皆様、今すぐ逃げてください。
貴方たちの命があるうちに。
なんて憐れむように思ってしまう。
しかしそんな私の切なる思いも、国王陛下の無情なる命令に、またもやあっさりかき消えた。
「捕らえろ!」
その声に、衛兵たちの持つ三叉槍の先端が光った。どうなら槍としてのゼロ距離攻撃ではなく、魔道具として攻撃魔法を放つつもりらしい。
されど、お兄様たちは慌てるどころか、不敵な笑みをさらに濃くした。
そして魔力を一気に高める。
けれど、その刹那――――――
「皆、動くな!」
絶対的命令を含むその声に、私の身体はピクリと跳ねた。
それでも視線は素早く彼を捉え、唇は彼の名前を形作る。
「シェアト樣!」
玉座の傍でスハイル殿下に付き従い、レグルス様と一緒に控えていたシェアト。
現“言霊”の能力者であるシェアトの今や聞き馴染んでしまった声に、私は大きく目を瞠った。
本来なら――――この国の最高権力者である国王陛下の意を汲み、むしろ私やお兄様たちに対し“言霊”を使うべきところなのに、シェアトは衛兵たちと、招待客たちにそれを使った。
おかげさまで、私を含め、お兄様たちは自由そのものだ。
私は一段高いところから、こちらを心配そうに見つめているシェアトと、先程おそらく“読心”の能力の一つでもある“伝心”を使って危険を知らせてくれたレグルス様に、これ以上手は出さないでと視線で訴え、首を横に振る。
もはや、明らかな臨戦態勢にある南の公爵家については、もうどうしようもないことだけれど、他の公爵家にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
大切な友人であるからこそ、そう思う。
しかし、私の心情を敏感に察したお兄様が振り向かないままに告げてくる。
「ユーフィリナ、心配ない。陛下たちは今、何者かに操られている可能性がある。ならばここは我々で阻止し、陛下たちを正気に戻す必要娥ある。その証拠に王の両腕が“好きなようにやれ”と視線でこちらに訴えかけてきているぞ」
言われて見てみれば確かに、これまた国王陛下の後ろに控えている王の両腕――――――――東の公爵と西の公爵が、静観の構えを取りながら軽く顎でしゃくってくる。
それを確認したお父様も「まったく高みの見物とはいいご身分だな。都合よく陛下の後ろに立ってんだから、頭を殴るなりしてお前らが直接止めろよ」と、不敬でしかない言葉を吐き、お母様もまた王の両腕を横目で見やりながら、抑揚なく答えた。
「本当に。貴方も早くそのようなご身分になれるといいですわね」
「いや…………三年前まではあの身分だったんだけどね。ただの持ち回り制だから」
なんて危機感のない夫婦の会話を耳に収めつつ、私もお父様のぼやきに内心で一票投じていた。
とはいえ、公の場で現宰相が陛下の頭を直接殴り、昏倒させるのは非常に問題がある。いや、問題しかない。
できれば最終手段、もしくは奥の手として取っておきたいところだ。
しかし、この現状に打開策があるわけでもない。
シェアトのおかげで衛兵たちや、私たち以外の招待客の動きが止まったとはいえ、私の謂れなき罪が緒消しになったわけでもない。
それに、一番の当事者である私が、このように守られているだけの現状だって、正直不本意でしかない。
しかしながら、私が唯一使える魔法は“光結晶”のみ。
これを発動すれば、忽ち“光結晶”に我が身を守られ、お兄様が転移してくることになるのだけど、お兄様は転移するまでもなく目の前にいるし、我が身だけを守るってそれってどうなの?という気がしてならない。
だったら全員守ればいいと、単純明快な思考で思わなくもないけれど、皆を守れるだけの“光結晶”は私の枯渇寸前の魔力量では、夢のまた夢でしかない。
どんなに頑張ったところで、無い袖は振れないのだ。誠に遺憾なことに。
ただ、こうも考えられる。
私自身が我が身をしっかりと守れば、皆安心して攻撃に専念できるはずだ――――とも。しかし、その攻撃対象が国王陛下と王太后陛下なだけに、おいそれと攻撃に専念させるわけにもいかない。
それはそれで大いに問題がありすぎる。
誠に遺憾なことに。
そんなこんなで今はちょっとした膠着状態。
ほんとこれからどうすればいいのかしら…………と、一瞬遠い目になりかけて、ふと思い出した。
自分がこの世界における悪役令嬢であったことを。
そしてそれを思い出した瞬間、急転直下でこの状況がストンと腑に落ちてきた。
そうか。そういうことなのね。
“魔の者”というバグの影響で、本来のシナリオから大きくズレてしまったけれど、グラティア樣というヒロインの登場で、この乙女ゲームが一気に動き出したに違いない。
そのために、ゲームの強制力が働いて、私は悪役令嬢として今断罪されようとしているのだろう。
ただ思いの外、バグのせいでヒロインの登場が遅れたのと、私に悪役令嬢だけでなく、“神の娘”の生まれ変わりなどというとんでもない役どころが追加されてしまったために、かなり無茶苦茶な軌道修正がされようとしているのかもしれない。
そしておそらく、国王陛下がこのタイミングで“先見”を見たのもそのせいであり、あんなことを言い出したのも…………
『神の娘”を名乗っているが、もうその正体は“先見”で見て知れている。そう、我ら人間の敵“魔の者”だ――――――――』
そういうことなのね…………
ようやくこの状況を自分の中で受け入れることはできたものの、では実際“魔の者”かと問われれば、さすがにそれはないと思う。
だいたい“神の娘”の生まれ変わりにしても、私が自ら名乗ったわけでもなく(いや、アカを助けるために名乗ったことはあったかもしれないけれど)、ある日勝手に認定されてしまっただけで、最近ようやくそうなのかもしれないと思い始めたところだ。
そこに今度は“魔の者”だと言われても、はいそうですか…………となるはずもない。
なるほど。これが世に言う悪役令嬢転生もののファンタジー小説の定石。
何をしても、もしくは何をしなくとも、息をしているだけで悪役令嬢と見做され、断罪回避に躍起となる王道のパターンってわけね。
そして今は私を守ろうとしている人たちも、いつかゲームの強制力に侵されて、私を疎み、ヒロインだけを愛するようになっていく。
メイン攻略者であるスハイル殿下は当然のこととして、シェアトも、サルガス様も、レグルス様も、お兄様でさえも―――――――
ズクリ。
心臓が軋むような音を立て、そのまま凍り付く。
お兄様がヒロインを愛するが故に、私を厭うようになる。
私を守るその背中も、悪戯な笑みも、毎日のおまじないも、私の我儘に応えて落としてくれたキスも、すべてヒロインのものになってしまう。
それがゲームの強制力だとしても、お兄様だけは奪われたくない。
たとえこの世界中の人が私の敵に回ってしまったとしても――――――
自分が悪役令嬢だと気がついて、でも見知らぬヒロインを虐めるのは嫌だからと、自分はヒロインの引き立て役令嬢になろうと思った。
そうすることで、無理矢理押し付けられた悪役令嬢という役どころを回避し、私も含め皆幸せになると思っていた。
でも今は、とてもそうは思えない。
あまりに理不尽で、荒唐無稽とも思えるこの断罪劇に、断固して抗ってみせるという気概が湧いてくる。
そう私は、“神の娘”の生まれ変わりだ。
国王陛下の“先見”の内容も、大いに気になるところだけど、そのはずだ。
だとしたら、私が望み、この世界がそれを認めた時、運命を覆すことができる。
ならば、この状況も―――――――――
どう抗うべきが見定めるために、私は改めて周りを見回した。
視界を埋めるのは、動けぬままに私たちを取り囲む衛兵たち。
どうやら表情筋の自由さえないらしく、まるで時を奪われたかように動きを止めている。
その合間から覗く、驚きと恐怖に歪んだ招待客たちの顔。
そしてその中に見つけたヒロイン―――――グラティア樣の姿。
シェアトの“言霊”を受け、プリオル侯爵の横で不安と驚愕の表情を湛えながらこちらを見つめている彼女は、身体一つ、表情一つ動かせぬままでも美しい。
けれど、その不安げな空色の瞳に映るものが、お兄様だと思えば、もう駄目だった。
目を伏せ、彼女から目を逸らす。しかし、逸らしたはずの視線の端に、嫣然とした笑みを湛える彼女が見えた気がして、私は咄嗟に視線を戻した。
華やかに色付いた唇が、緩やかに弧を描いている。
私を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
シェアトの“言霊”を受けてもなお、彼女は目を瞠るような艶やかな微笑みへと表情を変えてみせた。
これはどういうこと?
“言霊”の効力が及ばないなんて、そんなことが………………
しかしその疑問は、次に放たれた魔法で灰と消える。
「火魔法!火炎地獄!悪しき存在を焼き払え!」
それは国王陛下が放った魔法。
どうやら国王陛下もヒロイン同様動けるらしいと頭の隅で理解した時には、私たちと衛兵たちの間に地獄の業火が猛々しく荒れ狂っていた。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
駄目だ。
最近はどうしても睡魔に負けて日付変更線を超えてしまいます。
でもお話は寝ている場合ではない状況。
さらに混乱していきますよ〜(主に私が)
次回は、土曜日投稿予定です。
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




