表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/150

ヒロインの登場です!どうやらヒロインはお兄様を攻略対象にしたようです!(7)

 醜悪…………?


 お兄様が言い放った言葉の真意を掴みきれずに、私はお兄様をただ見つめた。

 その表情はやはり嫌悪に満ちていたけれど、どこか苦痛が滲んでいるような気がする。

 やはりお兄様と彼女との間には、過去に何かあったのだろう。 

 憎み、嫌うことでしか、彼女の存在を受け入れられなくなるほどのことが…………

 そしてそれは、彼女がプリオル侯爵家の養女になる前の話だったに違いない。

 現にお兄様は、プリオル侯爵家のグラティア様とは面識はないと言っていた。

 そのことからも、面識があるのはそれ以前のことだと簡単に推測できるわけで。

 つまり、お兄様とグラティア様との間には、愛情が憎しみに変わるくらいの―――――それなりの月日が重ねられた過去が横たわっているということだ。

 私の知らない過去が………………

 それも決して軽くはない重い過去が………………

 わかっていたとはいえ、そのことに打ちのめされてしまう。


 私…………こんなにもお兄様の傍にいるのに、本当に何にも知らないんだわ。


 たった三歳。

 されど三歳。

 三年という人生経験差は、そこそこ自由が許された公爵令息と、鉄壁な守りが敷かれた箱に入れられた公爵令嬢とでは、周回遅れなんていう可愛いレベルではない。

 何なら私はまだスタートすら巧く切れていないのかもしれない。

 うっかり名前が付いてしまった想いを抱え込んだまま、どちらに進めばいいのかもわからないのだから。

 いや、むしろスタートを切っている場合ではない。

 ただの妹が兄に対して持つにはあまりに不道理で、背徳の塊でしかないこの想いは、早々にどこかへ捨て去るべきだ。

 追いかけたところで、たとえその背中に手を伸ばしたところで、この想いを差し出すことは永遠に許されないのだから。

 けれど、今は捨て去ることもままならなくて、完全に持て余してしまっている。

 そのどうすることもできない想いは日々募るばかりで、その重たさに私は押し潰されそうになっていた。


「ユーフィリナ…………?」

 見つめるだけで微動だにしない私に、お兄様が声をかけてきた。

 もちろん私がお兄様を見つめていたのは、お兄様の言葉の真意を汲み取るためだったのだけれど、すっかり思考は別の方向に流れ、最終的にはただただぼんやりしていただけのようだった。

 早い話、ぼけ~っとお兄様の麗しい顔を眺めながら突っ立っているアホな子のような状態である。

 そのことにようやく気がついた私は、全身の血が一気に顔に集まってくるのを感じながら、「な、なんでもごございません。大丈夫です!」と、その熱を振り払うように首を横に振った。

 どこがだ?と聞かれればそれまでだけれど、お兄様は怪訝が顔をしながらも「そうか……ならいい」と答えた。

 どうやらお兄様も、私の挙動不審に乗じて、自分の発言を流してしまう気らしい。

 もちろん気にはなる。というか、気にならない方が嘘だ。

 今夜そのせいで、寝れない自信があるくらいには気になる。

 そしてそれはサルガス様やシャウラも同じだったようで、どこか探るような視線をお兄様に纏わせていたけれど、お兄様がこれ以上発言する気はないことを、短くはない付き合いで察したのだろう。兄妹仲良く口を噤み、曖昧な表情を私に向けた。

 なんとなくそれが同類相憐れむように感じられたのは、たぶん私の気のせいではないはずだ………と思う。



 そろそろ頃合いだということで移動した大ホール。

 歓談の場となっていたダンスホールもまた、時が満ちたことを察したらしく、談笑に賑わう波は徐々に凪いでいくようだった。

 そしてその小さくなりつつある波間で、楽師たちが奏でるメロディーが軽やかに踊った。

「ここにいたか」

 一通りの挨拶を受け終わったらしいお父様とお母様が、私たちに合流する。

 しかしすぐに、私の隣に立つシャウラと、その後ろで妹を守るようにして控えるサルガス様を見つけて、お父様は親し気に目を細めた。

「サルガス、それにシャウラ嬢久しぶりだな。先程、王の左腕殿のご機嫌伺いをしてきたところだ」

 現王の左腕は、サルガス様とシャウラのお父上である西の公爵様が担っている。

 つまり、「君のところのお父さんにも挨拶してきたよ」と、いうことで、サルガス様とシャウラは貴族然とした美しい礼を取ってから、どこか苦笑交じりの顔を上げた。

 そして、サルガス様が生真面目に口を開く。

「南の公爵並びに、南の公爵夫人におかれましては、ご壮健そうで何よりでございます。父も気心の知れたお二人に久々にお会いして、さぞ喜んでいたことでしょう」

「いやいや、早速チクリとやられたよ。この間、王城の転移魔法陣を使ってしまったことに対してね。相変わらず頭の堅い奴だ」

 いやいや、それは前科二犯であるお父様の自業自得だと思います。

 むしろ、チクリで済んだだけ感謝して然るべきかと………………

 と、表面上は微笑みを湛えながら、内心で思う。そこは枯れても公爵令嬢。面には出さない。

「それにしても、シャウラはとても美しくなったわね。もうどこに出しても恥ずかしくない立派な淑女だわ」

「南のおじ様、おば様、お久しぶりでございます。ふふふ、身に余るお言葉を頂き、ありがとうございます。でもそれを仰るなら、ユーフィリナ様も同じですわ。わたしく、ユーフィリナ様と、今とても親しくしさせていただいておりますのよ」

「まぁ、嬉しいわ。ありがとう、シャウラ。セイリオスの度の過ぎた心配性のせいで、実はとても心配していたのよ。学園の教室でユーフィリナが孤立無援となっていたらどうしましょう…………って。でもシャウラが傍にいるなら、こんなに心強いことはないわ。ユーフィリナのこと、これからもよろしく頼むわね」

「えぇ、もちろんですわ。わたくしがセイリオス様の突き抜けた溺愛からも、邪な想いを抱く命知らずな殿方からも、ユーフィリナ様を守ってきってみせますわ」

 さすがだわ、お母様。

 中らずと雖も遠からずといった感じて、私の存在感さえ乏しい学園生活を憂慮し、しっかりとシャウラを味方につけている。

 ただ、シャウラのやる気がとんだ斜め方向に向かっているような気がしないでもないけれど、ここは微笑み一つで聞き流しておく。

 前世の元日本人特有ともいえる事なかれ主義と、貴族社会における場の空気を読んで、時に長い物に巻かれながら流されるべし、という自己保全が巧く混ざり合った結果だ。

 そんな風に、シャウラとお母様の淑女らしい会話を聞いていた私だったのだけれど、ふと隣に立つお兄様が無言であることに気づき、私はすぐ隣を見上げた。

 お兄様の手は相変わらず私の背に添えられている。

 けれどどこか心ここにあらずで、その視線は何かを必死に探しているようだった。

 

 あぁ‥‥‥きっと、グラティア様を探しているのね…………


 女の勘というべきものが働き、私は思わず目を背けた。

 こんなお兄様を見たくはなかったと、心が嘆き、できればその瞳を今すぐ私に向けて欲しいと、心が懇願する。

 背に回った手がとても虚しく思えて、私はその手から逃げるように、不自然にならないように気をつけながら身じろいだ。しかし、その手から完全に逃げ切る前に、リーン……と涼やかな音がホール内に響く。

 その瞬間、それ以外の音がすべて消え、ホールにはその涼やかな音の余韻だけが残った。

 談笑も、行き交う人々の足音も、楽師たちが奏でる音も、沈黙の檻の中。

 息を呑むことさえも憚れるほどの重い空気に、私の身体は小さく戦慄いた。

 それを察したお兄様の手が、私の背をゆっくりと撫でる。

 いつもなら安心できるその手の温もりに、今はただ息苦しさと痛みだけが、私の胸を抉った。

 そして、沈黙の檻を解き放つように、高らかに声が響き渡る。


「スハイル・アル・デウザビット王弟殿下の御入場です!」

 

 その声に、重々しくも煌びやかな扉が開いた。

 そこから現れたのは、もちろん国王陛下と同じブロンドの髪とロイヤルブルーの瞳を持つ、すらりとした男性――――――スハイル王弟殿下その人だ。

 金糸で細かく刺繍が施された夜会服は見事という言葉しかでない一品で、それを難なく着こなスハイル殿下に、大ホール内にいるありとあらゆる女性から甘い吐息が漏れた。

 そしてその後ろに控えるのは、専属護衛騎士であるエルナト様と、何故か北の公爵令息であり、現“読心”の能力者であるレグニス様と、東の公爵令息で、現“言霊”の能力者であるシェアトだった。

 もちろんエルナト様は儀式用の白の隊服で、レグニス様とシェアトは夜会服である。

 なるほど、ずっとスハイル殿下に付き従っていたから、ホール内で会わなかったのね…………

 などと、今更ながらに納得しつつ、そういえばお兄様からシロもアンゲリー伯爵として舞踏会に参加するとは聞いていたけれど、まだその姿を見ていないことに気づいて、私はそれとなく周りを見渡した。

 しかし如何せん身長が低いために、ほとんど見渡すこともできずにあっさりと諦める。

 さすがに、背伸びをしながらきょろきょろと探すわけにもいかない。

 何度も言うようだけれど、枯れても公爵令嬢なのだ。そこらへんの行儀は弁えている。

 きっと、舞踏会が終わるまでには会えるはずわ………………

 そう自分に言い聞かせて、改めて視線を前に向けると、丁度スハイル殿下が玉座に座る国王陛下へ臣下の礼を取るところだった。

 生憎、私の背がどれだけ低かろうとも、しっかりとその場面が見えてしまうのは、公爵家という身分のせいで、最前列とまではいかないまでも、それなりに前の方にいるためである。

 ちなみに最前列を埋めるのは現公爵家当主とその夫人、または官僚の中でも特に高職に就いている錚々たる面々となっており、お父様とお母様も例外なく含まれる。

 そして、二列目以降はその子息や子女たちとなり、私はこの中にいるわけなのだけれど、正直居心地はかなり悪い。

 誰も私の後頭部など見ていないとわかっているのに、変に意識がそこに向いてしまう。

 たぶんこれを自意識過剰というのかもしれないけれど、後方からの視線が妙にグサグサと突き刺さってくるような気がしてならない。

 できれば最後列の扉付近、もしくはバルコニーとホールを遮るカーテンの裏がよかったと、軽く現実逃避したところで、国王陛下と王太后陛下が玉座からゆっくりと立ち上がり、大ホールを埋め尽くした貴族たちが一斉に臣下の礼を取った。

 もちろん私もそれに倣う。

 そして私たちが恭しく頭を上げるのを待って、国王陛下の朗々とした声がホール内の空気を震わせた。

「今宵は我が弟、スハイルに“先見”の能力が顕現したことを祝い、こうして参じてくれたことに感謝する――――――――」

 そんな言葉から始まった国王陛下のお言葉に耳を傾けながら、その国王陛下の右斜め後ろに控えるようにして立つスハイル殿下を盗み見て、その顔色が酷く悪いことに気がついた。なんなら目の下に濃いクマができているようにも見える。

 病床にあった人間を無理矢理叩き起こしてきたかのようなそのやつれ具合といい、全身に纏う影といい、とても祝いの席に現れた主役とは思えない。

 当然、スハイル殿下は王族の矜持として澄まし顔で立ってはいるけれど、普段のスハイル殿下を知っている者なら、一目瞭然だろう。

 あとは、このやたらと前過ぎる場所のせいで、わかってしまうというのもあるのだけど………………

 しかし、こんな舞踏会を開いてる場合ではなく、むしろ今すぐ横になった方がいい。

 なんなら今すぐ中止にしてもらっても構わないくらいだ。

 けれど、弟の不調を知ってか知らずか、国王陛下の話は延々と続き、私は内心でオロオロとしながら、スハイル殿下を見つめていた。

 そして、突如してある異変を感じる。

 耳に届いていた国王陛下の声のトーンが、妙に低くなったことに。

 二十六歳という若々しい国王陛下らしく、溌溂と爽やかで清々しくもあった声が、今は何故か地を這うように低い。

 しかも、口にする内容も祝いの席から、どんどん遠く離れてしまっている。

 この国の未来を憂う内容へと――――――


「――――――この世界にはもう神はいない。神はこの世界を見捨てた。我々人間を虫けら同然に捨てたのだ。だからこそ人間である私たちがこの世界を、この国を守っていかなければならない」


 どこか虚空を見上げ、鬱々と語る国王陛下に対し、大ホールに集った者たちは明らかに違和感を覚えていた。でももちろん、誰もそれを表情や態度に出したりはしない。

 しかし内心では、怪訝が小さな渦を巻き始めているようだった。

 その渦を加速させるように、尚も国王陛下の話は続く。

「そして今、我が弟であるスハイルが“先見”を顕現した。この能力を継承する者こそこの国の次期国王だ。もちろんその前に行うべき儀式はあるが、スハイルなら必ず乗り越えてくれるだろう。だが私は、その儀式の前にスハイルを幸せにしたい。それはこの私がスハイルの兄としてできる()()()()()だからだ。なればこそ、今宵の舞踏会を開いた。皆も知っての通り、この場でスハイルの婚約者を決するつもりでだ。しかし――――――私は今しがた“先見”を見た。非常におぞましく、忌々しい“先見”を………………」

 言うまでもなく、スハイル殿下が“先見”の能力を顕現させたからといって、直ぐに国王陛下の“先見”の能力が消えることはない。

 ゆっくりと潮が引くように儚くなっていくものであるため、国王陛下のこの発言に、誰も訝しがることはない。

 問題は、“先見”を見たという事実ではなく、何故この場でそのことを口にしたのかということで―――――――

 そのため、スハイル殿下の鋭い声が国王陛下の言葉を断ち切る。

「兄上、このような場で何を仰るつもりですッ!」

 スハイル殿下の面やつれた様相がさらに悲壮感と危機感に歪み、それを見た人々にも一様に動揺が広がった。それはざわめく風が湖面を撫で、不穏の波紋を広げていくように。

 しかし、それすらも国王陛下は感じていないようで、スハイル殿下へと振り返ると、「お前を幸せにするためだ………」と、微笑みらしきものを刹那浮かべ、スンと表情を消した。

 そして、焦点の合わない視線を私たちに向ける。

「これは……………か?」

「えっ?」

 巧く聞き取れなかったお兄様の独り言に、反射的に顔を上げた。しかしお兄様の横顔を視界に捉える前に、国王陛下の言葉に我が耳を疑う。


「この国を……この世界を、滅ぼさんとする者がここにいる」

 な……に……………

「その者はスハイルを惑わし、この世界を闇へと落とす」

 何を……言っているの?

「“神の娘”を名乗っているが、もうその正体は“先見”で見て知れている。そう、我ら人間の敵“魔の者”だ――――――――」

 まさか………………

「彼の者には、この場で天の鉄槌を!」

 

 “ユフィちゃん、危ないッ‼”


 脳内にレグルス様の声が響いた瞬間、私の頭上に一閃の雷が落ちてきた。

 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


土曜日に投稿するつもりが

日付変更線を超えちゃいました。

すみません(泣)


さてお話はいよいよ発表ですが大波乱の様相。

そして、次回はまたまた大波乱必至。

どうか、楽しんで頂けますように。


次回は水曜日の投稿予定です☆


恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ