第1話
僕は世界を恨んだ。神を憎んだ。
幼い頃に両親とは死別し、親戚に引き取られた。しかし疎まれ、差別され、奪われた。人としての尊厳すらも踏みにじられた。小学校に入る頃には、親を亡くし、家庭内でのまともな教育を受けなかったことでクラスのサンドバッグとなった。罵声、暴力、見て見ぬふりをする教師の視線、事なかれ主義を貫く親戚。すべてが僕という存在を疎み、差別をし、踏みにじる。
僕は何もしていない。ただ生きているだけ。それだけだというのにこの世のすべてが僕を疎んだ。生を受けたことが罪。生きていることが罰。神という存在があるのであれば、その存在を恨むほかない。どうして僕は生まれたのか。どうして世界は僕という存在を拒むのか。
もし一つだけ願いが叶うというのならば、世界を殺したい。神を壊したい。ただ僕という存在を終わらせるだけではこの憎悪の炎は消すことができない。世界のすべてを終わらせたい。この星に生きるすべての生命、建造物、大地すらも消し去りたい。
しかし、その願いは決してかなうことはない。なぜなら、今僕の目の前には黒いスーツを貫き、胸に突き刺さったナイフが見えるからだ。瞬く間にベージュのステンカラーコートは朱く染め上げられ、激痛が襲う。額からは冷や汗をかき、手足の感覚がなくなってくる。気分が悪くなる。頭がくらくらする。体は冷たい雨の降る地面へ叩き付けられ、誰かが発した悲鳴が耳を劈く。視界はだんだんと黒く覆われ、やがて何も見えなくった。
僕は20年という短い生涯を閉じた。
光の導くままに僕は歩を進める。真っ暗な空間はその光によって道を指し示す。数分も歩かぬうちに光の指し示す目的地へと迫った。僕の目の前には女神を模した石像が見える。
「菴墓腐縺薙l縺瑚ェュ繧√k?」
女神像が僕に語り掛ける。しかし、ノイズがひどい。言葉を聞き取れない。
「縺ゅ↑縺溘r逡ー荳也阜縺ク縺ィ霆「逕溘>縺溘@縺セ縺�」
何も聞き取れない。やがて、女神像にもノイズがかかる。一言でいえばバグっている。
「縺ゅ↑縺溘�蜍��→縺励※鬲皮視繧貞偵☆縺溘a縲√◎縺ョ荳也阜縺ァ蟆ス蜉帙↑縺輔>」
そして目の前が色褪せ、女神像も語り掛けなくなった。
「あなたは狭間に落ちた」
後ろを振り向くと青いキャスケットを被り、青いカーディガンに白いブラウスを着た少女が見える。
「あなたは現世と異世界の狭間に落ちた。それは理の抜け目。法の穴。転生を司る神のバグ。あなたは今、どこにも存在しない。転生もされない。そしてこの狭間に囚われている」
少女が近づいてくる。
「あなたはそこに落ちた。輪廻転生すら適用されないこの場所で、悠久ともいえる時間をここで過ごすことになる。だけれども、私と契約すればこの場所を抜け出すことができる。この場所以外で生きることができる」
再び少女が離れる。気づかなかったが周りを見ると膝を抱え込み、俯いたまま動こうとしない人々が無数にいる。
少女が背を向け語り掛ける。
「あなたには今二つの道がある。私と契約し、生を再び受けるか。または、このまま悠久の時を虚無のまま過ごすか。どちらを選ぶ?」
唐突に突き付けられた二択。
「ここにいる人々は私と契約を結ばなかった者たち。それと、私との契約を破棄または、不履行によって再び狭間に落ちてきた者たち」
どちらを選ぶかと聞かれたが、これは脅しだ。選ぶ余地のない選択肢。
「悩む時間はたくさんある。それこそあなたが自我を忘れ、何も考えられなくなるほどに」
恨むべき世界へ再び生を受けるか、このまま虚無を受け入れるか。
「・・・ッ!け、契約内容は・・・?」
久しく声を出していなかったからか、うまくしゃべることができなかった。
「契約内容は・・・」
背を向けた少女が僕の方を振り返る。
「世界を殺すこと」
鳥肌が立った。額に脂汗がにじむほどの緊張感に包まれる。緋色の瞳が僕を射抜く。整った顔立ちが歪んで見えるほどの憎悪を感じた。
「神の創った世界を一つ残らず、消し去ること。それが契約」
ここにいる人は契約を断った者のほかに、不履行及び破棄をしたものもいるといった。それはつまり、世界を壊すことを忘れ、転生した世界で生を全うしようとしたものたち。殺すことに躊躇した者たち。
「あなたの18年間の記憶を閲覧した。あなたには世界を殺す理由がある。今までここに落ちてきた人々の中で私の契約を果たしてくれる確率が一番高い人」
その通りだ。僕は世界を恨み、神を憎んだ。
「あなたのいた世界ではないけれど、あなたのいた世界を創った神へ復讐をする機会でもある。あなたにとってはメリットでもあるはず」
利害が一致するというわけか。
「そして私の契約を果たしてくれたのなら、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる。もう一度、人生をやり直すこともできるし、なんならあなたのいた世界を破滅させることもできる」
僕の世界を破滅させることができる?それならなぜ、自分で神の創った世界を破滅させないのだろうか?
「言いたいことはわかる。なぜ自分で破滅させないのかと。残念ながらそれは出来ない」
少女はいつの間にか現れた椅子に腰かけた。
「私は契約者の願いを叶えることは出来る。しかし、私自身の願いはかなえることは出来ない。それに私は・・・」
何か言いかけたが、ふと悩み、やめた。
「いや忘れてくれ。ともかく今は私には世界を破滅へと導く力はない」
少女は足を組みなおし、再び僕に問う。
「さあどうする?私と契約するか、否か。悩むほどのことでもないと思うけど」
僕は拳を握りしめ、その少女を見据える。
「いいでしょう・・・!その契約を結ぼう」
「分かった。期待しているよ。世界の破滅者となるものよ」
少女は僕に近づき、右手を出した。
「ええ、契約は必ず果たします。そして・・・」
「あなたの世界を破滅させる。分かっている」
僕は出された右手を握り返した。
すると目の前が光に包まれ、体が宙に浮いたような感覚になる。
「ああ、安心したまえ。何も無力のまま、破滅させろというわけではない。餞別に、ある力をくれてやる」
「その力って・・・」
「向こうについてからのお楽しみだ。私を失望させるなよ」
目を覚ますと、何もない草原に立っていた。服装もあの時殺された時と同じだ。真っ黒のスーツに、ベージュのステンカラーコート。
「ここは・・・?」
僕がいた世界ではない。のどかな風景、風が吹く草原、心なしか空気がうまく感じる。
「ここは剣と魔法の世界。あなたのいた世界ではファンタジーといわれるような世界」
後ろを振り向くとさっきの少女が立っていた。
「自己紹介をしてなかったな。私はアテ。私の本体は狭間に囚われているから動けないのだけれど、魂だけは自由に動ける。」
よく見ると若干透けているのがわかる。
「私はこの世界に干渉出来ない。この姿が見えて、言葉が聞こえるのはあなただけ。だからあなたに行えるサポートは少ない」
「そうですか。分かりました。僕は・・・」
「破滅者に名は必要はない。どうせすべて壊してしまうのだから」
そうか。確かに不必要だ。僕の名前は歴史に残らない。なぜならその歴史自体もなくなってしまうのだから。
「それでアテさんがくれた僕の力とは?」
「あなたに授けた力は、この世界に存在する魔王と同等の力。それと条件を達成することで発動する世界消滅の力。この二つ」
「魔王?」
「この世界は勇者と魔王が存在する。シンプルな世界。人間と魔族が争い、どちらが世界を手中に収めるか。そういう世界」
なるほど。だいたい分かった。つまり、よくあるファンタジー世界というわけだ。中世ヨーロッパを模した世界観に、魔法というものが存在する。そして人々の中から勇者が生まれ、魔王と戦う。魔王に打ち勝ち、世界から祝福される。というわけか。
「魔王の力は暗黒そのものを操る力。影から影への瞬間移動、相手を闇で覆い戦闘不能へと追い込む力。その他もろもろの召喚ができる」
その他もろもろの召喚とは?
「まずは何か召喚してみるといい。幸いここには誰もいない」
手をかざし、目を閉じる。すると少しの反動があり、手から黒いスライムのようなものが現れた。
「これは?」
「あなたは未だこの世界の生物に出会ってないから、おそらくこのような中途半端なものが生まれたんだと思う」
そのスライムのようなものは解けるように消えていった。
「まずはこの世界を破滅させるための条件を知る必要がある。それについては私も知らないから」
「なるほど。魔王と勇者を倒して条件達成ってわけではないんですね」
「その可能性はある。おそらくこの世界は勇者と魔王の世界だから、両者を倒す必要はあると思う。しかし、破滅の条件がそれだけとは限らない」
つまり、ただこの世界の主要な登場人物を退場させるだけではならないということか。
「ただ、この世界はシンプルにできている。その条件すらもシンプルかもしれない」
「一つ聞いてもいいですか?」
「私に答えられることなら」
「以前、転生といってましたが、この世界も・・・?」
「ああ、勇者御一行様は転生者だ。君のいた世界で何らかの要因で死に、神によってこの世界に転生させられている」
この世界の勇者は、僕の忌むべき世界から来たということか。
「どうした?殺すのは気が引けるか?」
「いえ、とんでもない。とてもワクワクしますよ」
僕は興奮していた。今までにないほど血が騒ぎ、胸が高鳴る。世界を破滅させるために、神によって転生したものを破滅させる。神への復讐と僕が憎んだ世界の人間を破滅させることができる。これほどまでに血沸き肉躍ることはないだろう。その点では僕はもうすでに人としてのタガが外れているのかもしれない。
「まずはどうする?」
「魔王を殺しますか」
僕は即答した。
「ほう、勇者たちは先ではないのか?」
「ええ、僕は好きなものを最後に食べる派なんですよ」
おそらく僕の顔は今、人間とは思えないような笑顔をしていただろう。
「では行きましょうか。まずは魔王の居場所を探しましょう」
「ああ、そうだな。私もこの世界のことは概要しか知らんからな」
といってもいったい何からするか。魔王なんてどうせでかい魔王城を構えていることは間違いない。探すのはそれほど時間もかからないだろう。
「では、ここでいったん別行動としよう。私は私で情報を集めてみよう」
「ええ、分かりました。それでは集合場所を決めておかないとなりませんね」
「その必要はない。あなたが呼べば私はどこでも現れる。必要な時は呼び出して」
そう言ってアテさんはスッと消えた。さあ、僕は何から始めようか。
この世界に来てから約3日ほどが経った。やはりファンタジー世界らしく現れるモンスターを狩ると、金貨やアイテムを落とすことが分かった。そうして様々なモンスターを狩り、召喚できるモンスターの種類も増えた。スライムなどの弱小魔族から、サイクロプスなどの強力な魔族までそろえることができた。
それにこの世界の魔王の力についても分かってきた。まず、魔族の召喚については限度があること。力の弱い魔族は大量に召喚することができるが、強大な魔族は単体もしくは2~3体ほどであった。魔力も無限ではないということか。
影から影への瞬間移動は、目に見える範囲でしか行えないこと。奇襲などにはもってこいだが、長距離の移動は出来ないことが分かった。そして、闇で相手を覆うことで戦闘不能に追い込む力も、至近距離でないと使うことは出来ない。距離にして約3mほどだ。それにこれは防御にも使えることが分かった。飛んでくる矢や魔法などを包み、消滅させることができる。
そして、何よりの収穫はこの能力は1つずつしか使えないということだ。瞬間移動をしている間は召喚の能力と、闇の力は一緒に使うことができない。これは相手にバレるわけにはいかない。召喚している間は僕にはどうすることもできない。それを敵に狙われればひとたまりもないだろう。
「アテさん。情報交換をしましょう」
誰もいないが、呼びかけるとスッとアテさんが現れた。
「そうだな。私もかなり有益な情報を集めてきた」
「僕はこの能力についてかなりわかってきました」
「そうか。なかなかに優秀だな」
僕はこの能力について説明した。
「そうか。自身の弱点についても分かっているのであれば問題あるまい。私の知りえた情報を伝えよう。まず、この世界の勇者は光の勇者と呼ばれ、雷の魔法を扱うようだ。それに剣の実力も折り紙付きだ」
雷の魔法か。どこまでもテンプレな世界だな。
「そして勇者には3人の仲間がいる。1人は魔法使い。数々の魔術を収めた優秀な魔術師らしい。炎、氷、風を操るようだ。2人目は戦士。大陸一の戦士で様々な技を習得し、過去にはドラゴンを倒したこともあるとか。そして最後の一人が聖職者だ。回復の奇跡を扱うらしい」
ふむ。編成としては勇者と戦士が前衛を努め、魔法使いと聖職者が後衛として控えているわけか。
「そして魔王の居所も掴んだ。この大陸の最北の地にイジュヴァルトという魔族の地がある。そこの最奥に魔王城を構えているとのことだ」
「さすがですね。もうそこまで掴んでいるとは」
「戦闘に関してはサポートができない。サポートするといった以上、これくらいは」
そこまで分かれば十分だ。
「では明日、魔王のもとへと向かいましょう」
「いいのか?明日とは急だな」