結界の地下室
それからしばらく火送りの儀を続けたあと。
そろそろ街へ帰ろうかという話になる。
陽が暮れる前に戻らないと狂暴なモンスターに遭遇する危険もあるし、それにまたいつ別の魔王が襲ってくるとも限らない。
今はなるべく仲間たちとバラバラにならない方がよかった。
「ん?」
そのとき。
背中に背負った紋章剣が突如発光しはじめる。
「ふぇっ!? なんかお兄さまの剣が光ってるよぉ!?」
「なんですかこりゃ……」
ウェルミィとおっさんが慌てる中。
ブライのじいさんはなにか思うところがあるって顔をしてた。
「ティムさま。少し剣を引き抜いていただいてもよろしいかな?」
「いいけど」
紋章剣をホルダーから抜くと。
シュルルルルルーーーン!!
突然、剣先から光の道筋が一直線に放たれる。
それは草地のある一点を示した。
「ブライさま。これはいったい……」
「うむ。ひょっとするとティムさまになにか伝えたいことがあって紋章剣が反応したのかもしれんのじゃ」
ひとまず俺が先頭に立つ形で光が指し示した地点へと向かう。
そこではただ雑草が生い茂ってるだけだ。
「ここになにかあるのか?」
「分からんのじゃ。しかしなにか意味があるのはたしかじゃ。ヤッザン殿、地面を調べてもらってもよろしいかのう?」
「ワッハハ! こういう力仕事は自分にお任せください!」
ヤッザンがしゃがんで草地を探しはじめる。
その後、しばらくすると。
「ブ……ブライ殿! 少しこちらへ来ていただけますか……!」
なにやら慌てた様子でヤッザンのおっさんがじいさんを呼ぶ。
俺たちもそのあとに続いた。
(!)
すると、予想外の光景が目に飛び込んでくる。
雑草をかき分けるとそこには紫色の結界が張られていたんだ。
ある地点を覆うようにして守られていた。
「えっ……なんでこんなところに結界があるの!?」
「この紋章は……」
マキマが結界の上に浮かび上がった紋章の存在に気づく。
俺もそれには見覚えがあった。
「エアリアル帝国の紋章じゃな。おそらく……これはモーゼフさまが張った結界じゃろう」
「モーゼフ? 父さんが?」
たしか父さんは〈賢者〉の準位職にも就いてたんだったよな。
〈賢者〉なら結界を張ることができるんだろうけど。
(本当にこれを父さんが張ったのか? いったいなんのために……)
そんなことを考えているとウェルミィが声を上げる。
「それはおかしいよー。お父さまがこの結界を張ったっていうならさ。なんで自分たちを守るためにその力を使わなかったのー?」
「言われてみればそうですな。結界は同時に張ることはできないはずです。こんな場所に結界を残すよりも、魔族による攻撃から身を守ることを優先したはずですぞ」
「ふたりともちょっと待ってください。あのとき、陛下はご自身のために結界を使用しなかったはずです」
マキマがそう言うと、ウェルミィとおっさんは顔を見合わせる。
てことはなんだ?
父さんは自分たちの命を守ることよりも、この場所を守ることを優先したっていうのか?
「でもでもっ! こんなところにお父さまが結界を残した意味が分からないよっ~。なんもないじゃん」
「姫さま。違うのじゃ」
「ぶぅ~~! なにどーゆうこと?」
じいさんは神妙な顔つきになると静かに口にする。
「思い出したのじゃ……。たぶんこの下には……地下室があるはずじゃ」
「地下室? そんなものがロザリオテン城にあったんですか?」
マキマが驚いた表情を浮かべる。
どうやらほかのみんなも知らなかったみたいだな。
「位置から考えてもまず間違いないはずじゃ。いや、実はワシも地下室になにがあるか詳しくは知らんのじゃよ。家庭教師を務めておるとき、モーゼフさまがその部屋の存在を話してくれたことがあってのう。じゃが、ワシを中へ案内するようなことはなかったのじゃ」
じいさんですら入ることが許されなかったのか。
いったい地下室になにが。
「紫色のこの結界はあらゆる者の侵入を防ぐという非常に高度な結界じゃ。しかし、特定の条件をクリアすれば解くことができるものでもある」
「条件? なんだそれは」
「これも憶測じゃが……紋章剣が反応してこの場所が分かったわけじゃろう? ということは勇者さま――つまりティムさまがこの結界を解く鍵となってるのではないかと思うのじゃ」
「なるほどぉ~。お兄さまなら解けるんだねー!」
「でも解くっていっても、具体的になにすればいいんだ?」
「もしかすると……その剣を使ってなにかするのかもしれません」
マキマが紋章剣に目を向ける。
とりあえずものは試しだ。
やるだけやってみよう。
紋章剣を手にしたまま結界に近づくと、俺は試しに剣を振り抜いてみた。
すると。
(……え?)
バヂィィーーン!
あっけなくその結界は破れてしまう。
「やった! さすがお兄さまっ♪」
「いやいやっ……。こんな簡単に解けていいのか!?」
「簡単にではないのじゃ。勇者の資格を持ったティムさまだからこそ結界を解くことができたのじゃ~!」
いろいろ納得できなかったがどうやらそういうことらしい。
「おぉっ! なにかありますぞ!」
ヤッザンが地面に鋼鉄の板が埋め込まれていることを発見する。
それを力いっぱい持ち上げると。
(マジかよ……。本当に地下室じゃん)
見事入口の階段が姿を見せた。
「ティムさま。中を確認しましょう。わたしが先に降りますのでついて来てください」
「そうだな。分かった」
こんな細工をしてまでここをずっと守ってたんだ。
地下室になにか大きな秘密が隠されてることは間違いない。
俺たちはマキマのあとに続いて階段を降りていく。
◇◇◇
地下室はとてもひんやりとしてて薄暗かった。
階段を降りて分かったけどそこまで大きな部屋じゃない。
でも、五人くらいだった余裕で入れる広さだ。
ふたたびたいまつを取り出したマキマがそこに魔法で火を灯すと部屋の様子が判然とする。
「あれってオーブじゃない!?」
ウェルミィが指さす先には小さな祭壇があった。
そこに光り輝く宝珠が奉られていた。
「まさか人族のオーブが無事だったとは……! てっきり魔族に奪われたものと思っておりましたぞ!」
「いや、それはなかったはずじゃ」
「そうですね。もしオーブが奪われていたら、わたしたち人族はふつうではいられないはずです」
「あ……たしかにそうでしたなぁ……」
じいさんとマキマの言うとおりだ。
オーブは種族の根源だもんな。
「このオーブが魔族の手に渡っていたとすれば、人族の力はたちまち魔族に継承されてしまってたことじゃろう」
「てことは……スキルも使いたい放題ってことじゃん!?」
「フォッフォッ。そのとおりじゃ、姫さま」
「なんという……。奪われていなくてよかったですぞ……」
唇に指を当てながらマキマがどこか不思議そうに口にする。
「ですが……。こんな地下室にオーブが隠されてたんですね」
「うむ。ワシらの身に変化がない以上、人族のオーブはどこか大切に保管されてるものと思っておったが……」
じいさんいわく、人族のオーブは代々エアリアル帝国が保管してきたらしい。
人族の中でいちばん大きな国だったわけだしそれも当然か。
オーブのほかにも部屋には珍しいものが存在した。
書棚に並べられた大量の古い書物だ。
「すげぇ……。いったいいつの時代のものなんだ?」
「紙のすり減り具合からいって相当昔なのは間違いないじゃろう」
中には今では読めないような古い文字で書かれた書物もあったりして。
俺たちは新鮮な気持ちでしばらく地下室の中を見渡していた。
「ひとまずオーブをこんなところに置いておくのはマズいのではないですかな?」
「うん。お兄さまが持ってた方がいいと思うよ!」
「ティムさま。それを取り出していただいてもよろしいでしょうか?」
「分かった」
結界を解いてしまった以上、ここにオーブを放置しておくのはたしかによくない。
マキマに言われたとおり、オーブを祭壇から取り出そうとする。
が。
オーブに触れようとするもバヂッ!と弾かれてしまう。
その瞬間。
(なっ……)
目の前に巨大な光のウィンドウが出現した。
暫しの間、俺たちは唖然としたままそれに目を向けていた。
やがてなにかに気づいたようにウェルミィが声を上げる。
「え……お父さま、お母さまっ!?」
すぐにみんなも気づいたようだ。
「陛下!」「皇后さま!」とそれぞれ口にする声が聞えてきた。
光のウィンドウに壮年の男女がゆっくりと浮かび上がる。
黄金のローブを身にまとった屈強な男の隣りには、まるで聖母のような優しい微笑みをたずさえた美人の姿があった。
(この人たちが……俺の父さんと母さんなのか?)
しばらく間を置いたあとで。
ウィンドウに映し出されたふたりは口を開く。
『久しぶりだなルーデウス。元気にやっているか?』
『ルーデウス。あなたの顔が直接見られないのが残念だわ』
画面越しにもかかわらず、なんだか目の前にいるみたいだった。
『そばにはきっとウェルミィもいるのだろう。よくぞルーデウスを見つけ出しここまで導いてくれた。ずいぶんと立派になったに違いない』
『あなたのおかげよ、ウェルミィ。これまで本当によく頑張ったわね』
「ぅぅっ……お父さまぁ、お母さまっ……!」
これまで堪えてたものが一気に溢れ出てきたんだろう。
画面の中のふたりの姿を見て、ウェルミィは瞳に涙をためて泣きはじめてしまう。
『それに神聖騎士隊の者たちにも感謝せねばなるまい。その道のり、過酷で困難を極めたに違いない。よくぞウェルミィのことを守り抜いてくれた。心から感謝したいと思う』
「陛下! 皇后さま! ありがたき幸せにございます! あのとき自分があの場に残れなかったこと……どうかお許しください……!」
ヤッザンのおっさんはその場で拳をつけて跪いた。
同じようにマキマも忠義を示す。
『そして、なによりルーデウス。よくぞ舞い戻ってくれた。お前は死んでなどいないと余は分かっておった。信念強く生き残ってくれたこと、本当に誇らしく思うぞ』
『ええ。本当にそのとおりです。母からも感謝の言葉を伝えさせてください』
どうしてだろう。
ふたりの姿ははじめて見るはずなのにずっと昔から知っているような。
そんな感覚が湧き起こってくる。
(父さん……母さん……)
不思議なことにふたりの姿が幻の村の両親の姿と重なる。
そっか。
俺はずっと以前からふたりのことを知ってたんだ。
『いきなりこんなウィンドウが出現して皆も驚いたことだろう。実はこれは妻のスキルなのだよ』
『そうなのです。わたくしは精霊粒子に情報を与え、未来に記録を残すことができるのです』
「やはり……皇后さまのスキルじゃったか」
じいさんのことだ。
きっと〈皇后〉の固有スキルについても知ってたんだろうな。
『ルーデウス。これはお前が大魔帝ニズゼルファに敗れた直後に記録している。おそらくこの城にはもうじきモンスターの大群を押し寄せてくるはずだ』
『わたくしたちはここで命尽きることを覚悟しております』
どこか決意したように口にするふたりの姿を見て、ウェルミィの泣き声がひと際大きくなる。
『お前がこの記録を見ているということは……余らの身になにが起きたのか理解していることだろう』
『わたくしたちの命はもういいのです。すべて覚悟の上のこと。だからもしそのことで嘆いているのでしたら……それはもうやめてくださいね』
「ひくっ……そんなことぉ……ぅぅっ、できるはずがないよぉ……!」
ウェルミィが悔しそうに言うも。
ウィンドウ上の父さんと母さんは待ってくれない。
『それよりも今は……ルーデウス。お前に真実を伝えなければならない』
『話さなければならないことがあるのです』
ふたりの言葉に地下室の空気は一変する。
なんだ……真実って?
『この地下室に結界を張り、オーブを守ってこんな記録を残したのにはある理由があるのだ』
父さんはこっちの反応を待つように少しの間を置いたあとでこう切り出した。




