果たすべき約束
(……っ……)
俺は相手に首を掴まれたまま朦朧とする意識の中でなんとか正気を保っていた。
けど、もうほとんど余力は残っていない。
(……ダメだ……。ぜんぜん、力が……入らねぇ……)
俺の存在が消されるのも時間の問題だ。
こんなとき。
脳裏によぎるのは妹の顔だった。
(……ウェルミィ。かならず魔王を倒すって約束したのに……。守れなくてごめんな……)
命懸けで力を与えてくれたってのに俺はこのザマだ。
そして。
薄れゆく意識の中で同じ約束を交わした女の子の顔が浮かんでくる。
(マキマ……)
本当はもっといろいろ話してみたかった。
それは元許嫁だからっていう理由だけじゃなくて。
あの橋の上で話したことは俺にとってかけがえのない瞬間だったから。
死ぬ間際になってそれがよく分かった。
俺はマキマのことが気になってるんだ。
「ヒャッハハ! 地獄へ落ちるんだな勇者!」
ジャイオーンがその手に力を込めはじめる。
くそ……。
これで終わりなのか……。
そう諦めそうになった――そのとき。
「おったぞ! あそこじゃ!」
そんな叫び声が聞えてきたかと思うと続けざまに詠唱文が響く。
「原始に宿る灼熱の咆えたるは万物の業、真紅を灰燼に帰し炎となれ――《天衝・不知火》!」
ドゥルルゴオオオーーン!!
次の刹那、魔王の背中に巨大な業火がぶち当たる。
ジャイオーンはまだ状況が飲み込めていない様子だ。
けど俺には分かった。
(仲間が助けに来てくれたんだ)
ブライのじいさんを筆頭にガンフー、霧丸、ドワタンたち三人が駆けつけてやって来る。
「魔王! オーガ族の首領このガンフーが相手だ!」
「蒼狼王族は辺境調査団だけではないというところをお見せしましょう」
「ワイらのことも忘れてもらったら困るで~!」
「進化を果たした刀鎧始祖族の力を舐めないことです!」
「オイラたちも全力でやらせてもらうッスよー!」
こんなタイミングで駆けつけてくるとか、かっこいいかよ……。
みんなほんとすごいって。
「皆の者、ワシに続いて攻撃を仕掛けるのじゃ!」
「「「おおぉっ~~~!」」」
仲間の攻撃がジャイオーン目がけて次々と繰り出されていく。
怒涛の連携攻撃だ。
「チッ!」
さすがに魔王もこれは無視できなかったようだ。
首だけ振り返ると、集団で連携しながら攻撃を仕掛けてくるじいさんたちの姿をはっきりと捉える。
「雑魚が! 調子に乗りやがって!」
相手が威嚇するもじいさんたちは果敢に攻撃を仕掛け続けた。
それでジャイオーンもしびれを切らす。
「ハッ、いいだろう! まずは貴様たちから血祭りにしてやる!」
魔王は俺を宙に放り投げるとものすごい勢いで仲間のもとへと飛んでいく。
(!)
俺はというと地面に向けて落下していた。
が、思うように力が入らない。
マズい……。
このままだと地面に激突する!
シュルリーーン!
(……え?)
なぜか俺の体は激突することなく、ふわりと浮いたまま静かに地面に着地する。
これは《浮遊術》の魔法だ。
誰かが唱えてくれたのか?
そう思ってまわりを見渡すと近くに人影があることに気づく。
その姿を見てハッとした。
だって、いちばん会いたいって思ってた相手がそこにいたから。
(マキマ!)
「ティムさま! ご無事ですか!?」
「……ぅ、ッ……」
そう問いかけられるも思うように声が出せない。
「すごい傷っ!」
彼女は俺をその場に寝かせるとすぐさま〈回復魔法〉を唱える。
「水天の境を揺らぎし浄化の雨、かの者に安らかな蒼き海の抱擁を――《人体再生Ⅰ》!」
その瞬間。
ズタボロだった体の傷は半分ほど回復する。
それだけ十分だった。
俺は体を起き上がらせると《人体復活Ⅰ》を唱えた。
すると傷は完全に回復した。
どうやらじいさんの話は本当だったみたいだな。
勇者だけは魔王の攻撃を受けても傷を回復することができるみたいだ。
「……ふぅ、ありがとう。助かったよ」
「あぁっ……ティムさま。生きていらして本当によかったですっ……」
マキマの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
ほんと女泣かせだな、俺は。
でも感動の再会に浸ってるような余裕はもちろんない。
状況はかなりサイアクだ。
すぐにでもじいさんたちに加勢しないと。
その場に落ちていた紋章剣を拾うと激しい戦火の中へ飛び込もうとする。
「待ってください!」
だが、それをマキマによって制されてしまう。
「なんで止めるんだ。このままだとみんなが……」
「いえ、違うんです! ブライさまたちはあえて囮となってくださっているんです」
「囮?」
「時間がありません。手短にお伝えさせていただきます。できれば口を挟まず最後までお聞きください」
マキマにしては珍しく強い口調だ。
その有無を言わさぬ物言いを聞いて、これから彼女が話そうとしてることがとても大事な話だって分かった。
こんな環境の中、集中して話すのは相当難しいに違いない。
だから。
俺は言われたとおり真摯に耳を傾けることにした。
「ブライさまたちがあのように魔王の気を引いてるのには理由があります。それは、わたしのスキルを使う時間を稼ぐためなんです。驚かないでください。実はわたしもティムさまと同じようにEXスキルを所有しているんです」
マキマによればそのEXスキルは【波紋の呼吸】といって、相手のスキルをコピーできるらしい。
その反則的な性能に思わず口を挟みたくなったけどガマンした。
「わたしはこれまでこの禁忌的な力を使用してきませんでした。ですが、今この瞬間。この力をティムさまのためにお使いしたいと思います。ティムさまは【智慧の頂】というスキルをお持ちですね?」
俺は静かに頷く。
どうしてそれを知ってるのか気になったが、たぶんじいさんが調べたんだろう。
「では、そのスキルを今から【波紋の呼吸】を使ってコピーしたいと思います」
なんとなく話の流れが分かったような気がした。
(【智慧の頂】をコピーするってことは、俺に【波紋の呼吸】を渡そうとしてるのか? でもいったいなんのために……)
その予想どおり。
マキマが【波紋の呼吸】を俺に渡そうとしてるってことが分かった。
んで、その理由がけっこう衝撃的だった。
「……魔族は極意に弱い、か。だからそのコピースキルでジャイオーンの極意をコピーしろって……そういうことなんだな?」
「はい。呑み込みが早くて助かります」
「けど【波紋の呼吸】はスキルしかコピーできないんだろ?」
「そうなんですけど。ブライさまの話では【煌世主の意志】が働いて極意もコピーできるようになるかもしれないと言うんです」
そんなことが本当に可能なんだろうか。
でも魔王と必死になって戦ってるじいさんたちの姿を見ると、迷ってるような時間はないってことに気づく。
敵との圧倒的な力の差はイヤというほど体感した。
弱点があるならそれに賭けるしか勝つ道は残されていない。
それになによりも。
これは『かならず魔王を倒す』ってマキマとウェルミィと交わした約束を果たすチャンスだとも言えた。
みんな命を張ってこの状況を作ってくれたんだ。
ぐだぐだ言えるような立場にない。
「……分かった。その可能性に賭けてみよう。さっそくお願いできるか?」
「もちろんです。すぐにティムさまのスキルをコピーさせていただきます」




