水路の橋でマキマと出会う
その夜。
自室のベッドで横になりながら俺はいろいろと考えを巡らせていた。
(う~ん……ぜんぜん眠れん……)
就寝したはいいもののまるで寝つくことができない。
領主館に移り住んでからこんなこといちどもなかったのにな。
今日聞いた話がどうしても気になってしまう。
あのあと。
俺はすぐに集会の間へと戻った。
すでにあたりは暮れかかってたからずいぶんと長い間みんなを待たせてしまっていた。
当然のように心配の声が上がる。
「ティムさま! 吾輩は心配しておりましたよ~!」
「ほっ……。無事に戻って来られたようでひと安心やで……」
「これ以上遅ければ我々が駆けつけるところでした」
幹部の三人が胸を撫で下ろしていると霧丸が訊ねてくる。
「それでどんな話をされたのでしょうか?」
「……特に大した話じゃなかったかな。ここで話すことでもないよ」
人族の生き残りがわざわざ訪ねて来たんだ。
それなりの話があったはずと、みんな気づいてるみたいだったけど。
誰もその件についてそれ以上訊ねてくるようなことはなかった。
(変に気を使わせちまったな)
もちろん言うのを控えたのには理由がある。
俺はもともとエアリアル帝国の第一皇子で勇者さまでもあったなんて。
そんな事実を伝えてみんなを混乱させたくなかったんだ。
今は皆が士気を高めて街の発展に尽力してるところだし。
その空気を余計な話でジャマしたくないっていう思いがあった。
「ウェルミィ、マキマ、ヤッザン、ブライ……」
ベッドの中で寝返りを打ちながら今日会った四人の名前を口にしてみる。
特になにか思い出すことはない。
(どうして覚えてないんだろう)
記憶を消されたから?
たしかにそれもあると思う。
でも。
よくよく考えれば当然のことかもしれない。
ルーデウスは大魔帝ニズゼルファとの戦いに負けたんだ。
それでこの器に魂が転生した。
つまりルーデウスと今の俺はまったくの別人なわけで。
「そうだよな。他人事に思えて当たり前だよな」
それが分かると気持ちもいくぶんすっきりしてくる。
(夜風でも浴びて少し頭を冷やすか)
俺はいちどベッドから起き上がった。
◇◇◇
真夜中の街は思いのほかしんと静まり返っていた。
昼間が活気づいてるからそんな風に感じるのかもしれない。
こうして夜に街を歩くのははじめてだったりする。
「~~♪ ~~♪」
目的地も決めず鼻歌まじりに歩いていく。
夜風もひんやりとしてて思いのほか気持ちいい。
(静かな夜だなぁ)
イヌイヌタウンへ来た当初はデボンの森からモンスターの雄叫びのような声が断続的に聞えていた。
けど最近じゃめっきり聞かない。
これもルーク軍曹たち辺境調査団のおかげだ。
(着々と安全に暮らせる国に近づいてるぞ)
そんなことを考えながらあてどもなく歩いていく。
しばらくして広場の前に出た。
その先にはウェルミィたちが泊ってる宿屋がある。
(今ごろぐっすり寝てるかな)
一ヶ月も長い旅をしてやって来たわけだから当然か。
ふとそんなことを考えるとちくりと胸が痛んだ。
四人には本当に悪いことしちまったな。
だけど。
同情心から彼女たちの話を受け入れるってのはまた違う。
明日にも帰ってしまうんだ。
そうすればこれまでどおりの日常が戻ってくる。
今日聞いた話もすぐ忘れるに違いない。
(だって今の俺はこの国の盟主――ティム・ベルリなんだから)
ここには俺を必要としてくれる仲間が大勢いる。
みんなを置いたままどこかへ行くなんてやっぱりできなかった。
◇◇◇
「……あれ? ずいぶんと遠くまで来ちゃったな」
領主館からだいぶ離れた場所まで来てしまったことに気づく。
ほとんど街の端っこだ。
そのまま水路に沿って歩いていくと。
「?」
水路にかかる小さな橋に誰かが腰をかけているのが見えてくる。
(こんな時間にこんな場所で……いったい誰だろう?)
少しだけ警戒しながら人影へ向けてゆっくりと歩いていく。
すると。
月明りに照らされてその姿がはっきりとする。
それを見て俺は驚いた。
「きみは……マキマ……?」
「……え……」
彼女も口元に手を当てて同じように驚いた。
けどすぐに姿勢を正すと、折り目正しくお辞儀する。
「こんばんは。まさかこんな時間にお逢いするとは思っておりませんでした」
「そうだな」
このまま通り過ぎるわけにもいかず、なんとなく立ち止まってしまう。
少しだけ気まずい沈黙が流れる。
水路を流れる水の音とふわりとなびく夜風が小さく木霊していた。
(なにを話せばいいんだ?)
こうして改めてふたりきりになると会話はとたんに思い浮かばない。
当たり前だ。
以前は親交があったのかもしれないけど今の俺にはその当時の記憶がない。
村人に転生して見た目も変わってるわけだし。
それになにより。
あんな言い方をして宿屋をあとにしたっていう手前もある。
「……」
マキマもそれが分かっているからか。
橋の下を流れる水路に目を落としながら静かに黙っていた。
「……んじゃ。おやすみ……」
これ以上ここにいると罪悪感に押し潰されそうだった。
くるりと踵を返してこの場をあとにしようとする。
けど。
「あの……少しお話しませんか?」
俺はマキマに呼び止められてしまう。
その言葉にはどこか決意のようなものが含まれていた。
「よろしければこちらに御座りください」
ちょこんとマキマが隣りに移動する。
「昔もこうしてルーデウスさまと並んでよくお話していたんです」
「?」
「あ、ごめんなさい。ルーデウスさまと呼ばれるのは……」
「いや、いいんだ。さっきはきつく当たってすまなかったな」
頭をかきながら俺がそう言うとマキマはふっと笑みをこぼした。
「うふふ。そういうお優しいところは昔のままですね」
「え、そうなのか?」
「はい。ルーデウスさまは普段はとてもクールでしたがいつも芯にはそのようなお優しさがありました」
どうしてだろう。
マキマにそんな風に言われるとこの場から立ち去ることができなくなっていた。
目の前の彼女が宿屋で話したときよりもとても近くに感じられたからかもしれない。
「本当のことを言うと……ここでティムさまとお逢いできたらいいなーって思って夜風に当たってたんです」
「でもここは市街地からけっこう離れてるけど」
「そうなんです。だから奇跡だって思って驚いたんです!」
まるで子供のように屈託のない笑顔をぱっと輝かせる。
その表情を見て俺はハッとした。
(今までぜんぜん気に留めなかったけど……マキマってかなり美人だ)
このときになって俺は彼女の魅力にようやく気づいた。
「先ほどは表面的なお話しかできませんでしたから」
「まあそうだな」
「それで少し寝つけなかったので街を歩いて見てみようと思って。そんな風に歩いてるうちにいつの間にかこんな遠くまで来てしまってたんです。それでこの橋に座ってティムさまが来ないかなーって考えてたんです。そしたら本当にいらっしゃって!」
「まったくすごい偶然もあったものだ」
「うふふ♪」
そのたおやかな笑顔に引き寄せられるみたいに。
俺はマキマの隣りに腰をかける。
それは昔からの定位置であるみたいに不思議と馴染んだ。




