オーガ族首領の覚悟
「あれはだいぶ意思が固いと思う」
俺たちは岩場の前で輪になって話し合いの場を設けていた。
「どうすればいいんでしょうか……」
「うーん。強引に門を開けるわけにもいかないしなぁ」
首領とコンタクトを取るなにかいい方法はないだろうか。
外に出てきてくれたら話は簡単なんだけど。
(待てよ)
そこで俺はふと閃く。
そうか。
こっちから中へ入ろうとするんじゃなくて相手の方から外に出てきてもらえばいいんだ。
「ティムさま? どうかされましたか?」
「ふっふっふ。ちょっといい考えを思いついたぞ」
「いい考え……ですか?」
おほんと咳払いをするとルーク軍曹に訊ねる。
「ひとつ確認なんだけど、魔法袋の中に食材と調理道具を入れてきたんだったよな?」
「え? あ、はい。野宿する可能性も考えて持ってきました」
「よし。それならどうにかなりそうだ」
「この平地で野宿してまた明日訪ねるということでしょうか?」
「いーや。そんなことしなくても今日のうちに決着がつくはずだ」
「?」
俺の言葉にルーク軍曹だけじゃなく辺境調査団のみんなはハテナマークを浮かべている。
(我慢比べといこうじゃないか)
◇◇◇
夕方。
ガンフーは首領の間でズーポの報告に耳を傾けていた。
「本当にイヌイヌ族のルーク軍曹が訪ねてきたんだな?」
「はい。なんでもガンフーさまになにかお話があるとのことでした。それと今は種族進化を果たして蒼狼王族となったようです」
「種族進化だと?」
とそこで腕を組んで眉をひそめる。
ガンフーは他のオーガ族よりもがっしりとした体格をしているため、彼女がそれをするととても威圧感があった。
オーガ族特有のブラウンの肌に筋骨隆々の肉体と豊満なバスト。
まさに首領になるべくしてなったのがガンフーだった。
「それはまことなのか?」
「ルーク軍曹がそうおっしゃっておりました。なんでも人族の男を支配者として迎え入れたのだとか」
「なに……人族?」
オーガ族もまた人族と同様に進化を果たしている種族である。
もともとは小鬼族という邪知深い種族だったが、全員が一定の知恵を獲得したことでオーガ族へと種族進化を果たした。
戦闘面での能力も大きく向上し、それ以降モンスターの襲撃で困ったことはほとんどない。
逆にイヌイヌ族はモンスターに苦労してきたという歴史がある。
それを知っていたからこそ、その報告はガンフーにとって意外であると同時にうれしいものでもあった。
(そうか。イヌイヌ族は種族進化を成し遂げたのか)
が、人族の男を支配者として迎え入れたという箇所は引っかかった。
イヌイヌ族が誇り高い種族であることをガンフーは知っている。
異種族の者を上に立たせるというのはどうにも理解できない話だった。
(それにエアリアル帝国が滅んだことでここランドマン大陸にはすでに人族は残っていないはずだ。その男はいったいどこからやって来たというのだ?)
北西のアドステラー大陸では人族の一部が生き残ってひっそりと暮らしているという話をガンフーは知っていた。
もしかするとそこからやって来たのかもしれないと彼女は考える。
(なんにしてもだ。今はほかの種族の状況について考えている余裕は我たちにはない)
話をすべて聞き終えるとガンフーはズーポにこう告げる。
「報告は理解した。だがルーク軍曹の頼みとあっても今は話をするつもりはない。引き続き門はぜったいに開けるな」
「かしこまりました。ガンフーさま」
ズーポが広間から下がるのを確認するとガンフーは小さくため息をつく。
(持ってあと一週間だな)
実は霧丸の予想どおり現在オーガ族は食糧難の危機に陥っていた。
ランドマン大陸へ移り住んだことでこれまでのように食糧の確保が難しくなり今はこれまで蓄えておいた食物を食いつぶしているような状況だった。
「ふぅ」
ふと息が漏れる。
ここ数日ガンフーはろくに食事を口にしていなかった。
それもすべて仲間たちへ優先的に食糧を回すためだ。
けれど、食いつなぐことができてあと一週間というのがガンフーの読みだった。
(それが尽きたとき我が一族のともしびも潰える)
こうして洞窟の中に閉じこもっているのにはふたつの理由があった。
まずひとつは、外に出て無駄な体力を減らさないためだ。
この周辺に食物がないことはすでに調査済みで家畜となるような動物もおらず、食糧を確保するのは難しいというのが実際のところ。
ならばむやみやたらと外へは出ず、体力を温存した方がよいというのがガンフーの考えだった。
もうひとつは、やがて食糧が尽きたときにモンスターに襲われて食い殺されないためだ。
モンスターに全滅させられるくらいならこうして洞窟の中に閉じこもって餓死した方が清いとガンフーは考えていた。
このことはまだ仲間たちに話していなかったが、オーガ族には『強き者こそ正義』という鉄の掟が存在する。
当然自分の思いは仲間たちに受け入れられるものとガンフーは考えている。
(ルーク軍曹のことだ。たぶん我々になにか食糧を渡しにきたのだろう)
しかし、ガンフーはほかの種族から施しを受けるつもりはなかった。
それはオーガ族としてのプライドでもあった。
(魔族に敗れて故郷を追われた時点で一族の命運は決していたのだ)
ガンフーはこの現状をすべて自分の責任によるものだと考えていた。
(ならば……オーガ族の長である我が決断するだけのこと)
長椅子に腰をかけながらガンフーは一族の歴史に幕を下ろす覚悟を決めていた。
そんなときだった。
洞内の広場がなにやら騒がしくしていることに気づいたのは。
しばらくすると慌てた様子で女戦士長のクリエが広間に飛び込んでくる。
「首領さま! 失礼いたします!」
「いったいなんの騒ぎだ」
「それが……大勢の者たちが門のところまで一斉に押し寄せておりまして……。なんでも外から美味しい匂いが漂ってきてるとかで」
「匂いだと?」
「はい、どうやらほしにくの実の匂いがするようなんです!」
食糧難ということもあって現在のオーガ族は食事の制限がされている。
これまでは一日に5食は食べていたわけだが、今では二日に1食といったところだ。
いくら強靭な精神力を持つオーガ族とはいえこの空腹状態では匂いに釣られてしまっても仕方ない状況だった。
しかも一族の大好物であるほしにくの実の匂いがするというのだ。
(まさか……)
ガンフーがなにかを直感したその瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
鈍い音を立てながら頑丈な門が開く音が聞えてくる。
直後、悲鳴を上げたズーポが広間に飛び込んできた。
「も、申し訳ございません……ガンフーさま! 大衆によって門が開けられてしまいましたっ!」
この後、ガンフーの直感は見事的中することになる。




