この世界には秘密がある
「悪いわね、ティムくん」
「いえ。うちの畑でたくさん採れるんで。またなにかあれば言ってください」
「ありがとう。ご両親によろしくね」
おばさんにお辞儀してから民家を後にする。
「ふぅ」
すっかり暗くなっちまったなぁ。
「ったく、母さんも帰って早々に届けものを頼むとか。息子使いが荒いぜぇ」
そうなのだ。
あの後、ヨルと一緒に家に帰るとすぐに俺は頼みものをされてしまった。
母さんはうちの畑で採れた農作物を村の人たちによく配っている。
その気前のよさは認めるよ。
(けど、そのたびに息子を荒使いするのはやめてほしいんだよなぁ)
今回なんかはじめて訪ねる家だったから少し道に迷ってしまった。
そこまで広くない村とはいえ、俺はすべての民家を把握してるわけじゃない。
そのため帰りがけっこう遅くなってしまっていた。
「くそぉー。今日はすぐに寝てしまいたい気分だったのに~」
そんなことをボヤいていると、村を取り囲むようにしてそびえ立つ外壁の前に差しかかった。
この高くそびえ立つ壁は外の魔獣の侵入を防ぐという役割を担っている。
成人男性の背丈の5倍近くあるかもしれない。
まあ壁沿いには同時に結界も張ってあるからこの外壁は形式的なものらしい。
(しかし、それにしても立派な壁だよな)
いったい誰がこんな壁を作ったんだろう。
そんな風に壁に目を奪われながら道を歩いていると。
ん?
なんだろう。
なにか聴こえてくるような。
そんなことを思ったそのときだった。
(!!)
こめかみのあたりにこれまで感じたことのない鈍い衝撃が走る。
立っていることができず、思わずその場に跪いてしまった。
(おいおい。どうしちまったんだ、俺は)
いつもはこのままなにごともなく外壁の前を通り過ぎていたじゃないか。
そんなことを思ってハッとする。
(……待て。〝いつも〟ってなんだよ)
今日訪ねた民家ははじめて訪れた場所だ。
この道も久しぶりに通る道のはず。
それなのにどういうわけか。
もう数えきれないくらいこの道を通っているような気がしてしまう。
それも毎日だ。
(今日は本当におかしいぞ。なにやってるんだ)
その場から立ち上がると、俺は一度冷静になるためにゆっくりと夜風を吸い込んだ。
いったん落ち着こう。
深呼吸を何回か繰り返せば、きっとこの混乱もおさまるはずだ。
「すぅー、はぁー。すぅー…………ん?」
その刹那。
またもなにか聴こえてくることに気づく。
(歌声? 誰か歌っているのか?)
それは壁の外側から聴こえてくるような気がした。
女の子の声だ。
けどすぐに思い直す。
そもそも滅多なことがない限り、うちの村人は村から外に出ることがない。
(それもこんな遅い時間に。外に人がいるわけないか)
きっと勘違いだろう。
そう頭では思ってみるけど。
なぜか体は鉛のように重く、この場から動こうとしない。
(うーん、やっぱり気になるぞ)
歌声の正体を確認するまではどうしても帰ることができない。
そんな使命感のようなものを抱きつつ、俺は外壁に向かって歩きはじめた。
◇◇◇
一歩、また一歩と。
壁に向けて近づいていく。
夜風が外の木々を鳴らしているのか、ゴゥゴゥという不気味な音があたりには響いていた。
そしてついに外壁の真正面までやって来る。
そっと壁越しに耳を当てて歌声に耳を澄ませてみた。
すると。
『――この世界には――秘密があります――』
「!」
思わず俺は耳を疑った。
(やっぱり女の子の声だ)
壁に強く耳を当てつけると、それははっきりと聴こえた。
『――思い出してください――。この世界には――秘密があります――。勇者さまは――』
(勇者さま? いったいなにを歌ってるんだ?)
それからもその歌声は断続的に聴こえてきたが、同じ言葉を繰り返しているだけだった。
もう壁の外に誰かいるのは間違いない。
決心すると、俺は外の女の子に向けて声をかけることにした。
「ねぇ、君! そんなところでなにを……」
「わっ!」
「どわぁ!?」
突然後ろから声をかけられて、思わずその場で尻もちをついてしまう。
壁の外側に全神経を集中していたからそれは壮大にすっころんだ。
「えぇっ!? ちょっとお兄ちゃん!?」
暗くてよく見えなかったが、後ろから声をかけてきたのはヨルだったようだ。
慌てて差し出す妹の手を掴むと、俺はその場から立ち上がる。
「ごめんっ~! まさかそんな驚くって、うち思ってなくて!」
「いや、だいじょうぶだよ」
「ほんと怪我してないっ!?」
「へーきへーき」
「はぁ~。よかったよぉー」
ヨルは俺がなんともないって分かるとホッと胸を撫で下ろした。
「だけどお兄ちゃん、こんなところでなにしてたの? なんかひとりごと言ってた?」
一瞬ヨルに本当のことを話そうか迷ったけど結局言わないことにした。
なんとなく言ってはいけないような気がしたんだ。
それに少女の歌声がぴたりと聴こえなくなってしまったっていうのもある。
今日一日俺がずっと変な調子だったのはヨルも気づいてるだろうし、これ以上不審に思われたくなかった。
だから無難な言葉でごまかすことに。
「ちょっと迷っちゃってさ。助けて~って叫ぼうとしてたんだ」
「あ! やっぱ迷ってたんだー!」
「てか、ヨルはなんでこんなところにいるんだよ?」
「うんとね。ママに頼まれたんだよ。お兄ちゃんが迷子になって帰れないかもしれないから見て来てって」
迷子って……俺はガキか。
「あのさ。一応、お兄ちゃん成人迎えたんだけど?」
「うん、知ってるよ。でもお兄ちゃん、なんか危なっかしいところあるじゃん? 守ってあげなくちゃって」
そんな認識なのか。
13歳の妹に保護対象として見られてどうする。
まあけど、なんともそれが俺たち兄妹らしいんだけど。
「それに今日の夕食は月一のビーフシチューの日だし! パパも仕事終えて待ってるから。ほら、早く帰って食べよ?」
「そうだな。分かった」
ヨルに手を引かれながら俺はもう一度外壁に目を向ける。
だけど、やっぱり歌声はもう聴こえてこなかった。
◇◇◇
夕食後。
俺は自室のベッドに寝っ転がりながらあの歌声について考えていた。
(さっきは壁の外側で誰かが歌っているんだって思ったけど)
でも今では違うって分かる。
(あの歌声はなんていうか、俺に直接呼びかけてるみたいだった)
いったいなんのために?
うーん……分からん。
そもそも誰の歌声だったんだ?
なんとなくヨルの声に似ているような気もしたが。
(この世界には秘密がある、か)
どういう意味なんだろうか。
無意味にあんな歌を歌っていたとも思えないし。
それに勇者さまがどうとかって言ってたな。
その先は途切れ途切れでよく聞き取れなかった。
(思い出してって、いったいなにを?)
けど……勇者さまか。
本当に勇者さま一行はこの村へ向かって来てるのかな。
(魔王がこの世界に現れてもうずいぶん長いこと経つはずなのに。そんな悠長に旅を続けていてだいじょうぶなのか?)
そういえば、俺たち村人はいつから勇者さまたちがやって来るのを待ってるんだっけ?
たしか俺が小さいころからだから……。
(?)
どうしたんだろう。
昔について思い出そうとすると、記憶にモヤがかかったように上手く思い出せなくなる。
なんでだよ。
俺はこの村で生まれ育ってきたじゃんか。
(おかしい。どうして思い出せない?)
それからいくら過去について思い出そうとしても結果は同じだった。
こうなったら父さんと母さんにいちど訊いてみるか。
なんだか胸騒ぎもするし。
なぜかは分からなかったけどこの件はさっきの歌声と無関係じゃないような気がした。
◇◇◇
居間に顔を出すとそこには家族全員が揃ってた。
「おうティム。どうした? 残念だがもうビーフシチューは残ってないぞー? また来月父さんがご馳走してやるから。楽しみに待っておけ」
「もぅ~。お兄ちゃんってばほんと食いしん坊だー」
「いや、べつにビーフシチューの残り香に釣られて来たわけじゃないんだけど」
「いいじゃないの、隠さなくても。成人も迎えて今がいちばん食べ盛りだものね、ふふふ」
「まあ、なんでもいいけどさ」
ひとまず俺はテーブルに腰をかけた。
みんな揃ってるなら話は早い。
さっそく訊いてみよう。
「あのさ。ちょっと気になってることがあって」
「んー? なんだ、改まって」
「お兄ちゃん、ビーフシチューが残ってないか訊きたいんじゃない~?」
「何回やんだよ、そのネタ!」
「ぶーぶー。お兄ちゃん、ノリわるい~」
俺はヨルを手でしっしってすると、改めて父さんと母さんに向き直る。
なぜか少し緊張する。
「いや、たいした話じゃないんだけど」
「なによ? いいから言ってみなさい」
「うん……。うちの村って勇者さまたちがやって来るのを待ってるじゃん?」
「当然じゃないか。それが村の使命だからな」
「それなんだけどさ。いつから来るのを待ってるんだっけ?」
「え……お兄ちゃん?」
その瞬間。
居間の空気がぴりっとしたような気がした。
「たぶん俺の小さいころからだと思うんだけど。上手く思い出せなくてさ」
「ティム。どうしてそんなことを訊くんだ?」
つい今しがたまで笑顔を覗かせていた父さんと母さんの表情がこわばる。
ヨルの顔も心なしか暗い。
「特に意味はないんだよ。ただちょっと気になっただけで。いつになったら勇者さまたちは村にやって来るのかな~って」
「あんた……。本気でそんなこと言ってるの?」
「いやだって気になるじゃん? もうこうして長い間ずっと待ってるけど、ぜんぜん勇者さま一行は現れないし。本当にこの村にやって来るのかなって」
どうやらそれが決め手のひと言だったようだ。
「お兄ちゃん……どうしてそんなひどいこと言えるの?」
「は? ひどいってなにがだよ? 俺はただ……」
そう。
俺としてはただの世間話のつもりだった。
けど、家族の反応は俺が予想してたものとまるで違って。
「ちょっと来なさい」
「えっ? 父さんどうしたんだよ?」
父さんの太い腕にがっちり掴まれると、俺はそのまま家から連れ出されてしまった。




