大魔帝ニズゼルファ
「たしかにかつてこのあたりでは多くの人族が暮らしていたんだワン。でも5年前に起きた魔族の侵攻によってこの地にあった人族の国は滅んだんだワン」
「なんだその魔族の侵攻って?」
突然まったく知らない話が耳に飛び込んできて反射的にそう訊ねてしまう。
ぶっちゃけ少し混乱もしていた。
魔族って……いったいなんだっけ?
「これだけ世界を混乱に陥れた魔族の侵攻について知らないとは正直驚きだワン」
「悪いが詳しく教えてくれ」
「分かったワン。ティムさんにはなにか事情がありそうだワン」
どうやらこれから話す内容は長くなるみたいだ。
ルーク軍曹は仲間たちを先に帰らせると神妙に口を開いた。
◇◇◇
太古の昔、この世界にさまざまな種族が誕生した。
それから種族は数えきれないほどの争いを繰り返し、多くの種族が繁栄しては滅んでいった。
そして今から数百年前。
魔獣と呼ばれる存在が突如として世界各地に現れはじめる。
のちに『死の大暴乱』と呼ばれるそんな出来事をきっかけに種族は一時的に共闘するようになった。
モンスターを倒し魔窟へ封印するという目的を通じて、種族間の争いは徐々に減っていったようだ。
ルーク軍曹の話を聞きつつ俺は少し焦りを感じていた。
(おかしいぞ。なんでこんな重要な歴史を俺は知らないんだ?)
村の誰も教えてくれなかったから?
いや……そうじゃない。
俺はそもそもモンスターについて深く考えたことがなかったんだ。
モンスターっていうのは村の外にいる危険な存在。
ただそれだけの認識しかなかった。
ルーク軍曹はさらに話を続ける。
その後、長きにおよび世界には平和が訪れる。
この時代のことは『悠久の凪』と呼ばれたようだ。
だがそれも永遠には続かない。
今から10年前。
突然変異的に出現した魔族の登場によって世界は大きく混乱に包まれることになる。
魔族は極意という特殊な異能が使え、その圧倒的な力によって瞬く間に世界中を掌握していくことになる。
またも聞き慣れない言葉に俺は思わず反応した。
「極意? なんだそれ?」
「例えるなら人族のスキルみたいなものなんだワン。極意は魔族だけが扱えるんだワン」
極意はスキルと違って所有できる数に制限がないようだ。
これが厄介らしい。
それにスキルとは異なる点がもうひとつあるようで。
「基本的に極意は攻撃に特化した異能なんだワン。この点は人族のスキルと大きく異なるんだワン」
「そうなのか?」
でも言われてみればそうかもしれない。
たしかにスキルで攻撃に特化したものっていうのは思い浮かばない。
またこの極意にはスキル同様にEX極意というのもあるようだ。
こっちはサポート系の能力が多いみたいだな。
「なるほど。たしかに厄介そうだ」
「そうなんだワン。極意の力によって各大陸を制圧していったと言っても過言じゃないんだワン」
それから魔族はダンジョンに封印されていたモンスターを自らの手駒に変え世界各地に放っていく。
これがそこら中にモンスターが溢れている原因らしい。
(『叢雲の修練場』は結界が張ってあったから免れたのかもな)
そんなことを考えながらルーク軍曹の話に耳を傾けていると。
さらに衝撃的な事実を俺は聞くことになった。
なんと魔族を統べる魔王はひとりじゃなくて九人もいるというのだ。
「マジで言ってるのか、その話」
「そうだワン。魔王はそれぞれが〝九極〟と呼ばれていて冥界旅団なる組織を結成してるんだワン。全員とんでもない力を持ってるんだワン。それでその魔王たちを統べているのが大魔帝ニズゼルファなんだワン」
「は? 大魔……なんだって?」
「大魔帝ニズゼルファだワン。口にするのも恐ろしい名なんだワン……」
ルーク軍曹は尻尾をしゅんとさせるとどこか不安げに顔を曇らせる。
大魔帝ニズゼルファ?
当然、そんな名前を俺は知らない。
勇者さま一行は魔王を倒すために世界中を旅している。
それが村で俺が教えられてきた話だ。
実は魔王は九人もいて、なおかつさらにそれを統べる大魔帝とかいうヤツが存在するなんて……。
はっきり言ってえぐすぎる。
(魔王よりも強い存在がこの世界にいるのかよ)
なんで俺の記憶と現実の歴史はこうも違うんだ?
「大魔帝ニズゼルファは数百に及ぶ極意を所有してるんじゃないかって言われてるんだワン。間違いなく世界で最強の存在なんだワン」
「そんな持ってるのかよ」
人族の場合、EXスキルを含めて所有できたとしてもせいぜいふたつとかそこらだ。
攻撃に特化した異能をそんなに持ってるなら、たしかに世界最強の存在に違いない。
俺の動揺をよそにルーク軍曹はさらに話を続ける。
次は俺たちがいるこの土地についての話だ。
◇◇◇
この世界には大きな大陸がぜんぶで六つある。
北西のアドステラー大陸、西のザンクト大陸。
中央のミカエリス大陸、東のグシオン大陸、北東のジャムルフィン大陸。
そして俺たちが今いる南のランドマン大陸だ。
さっきルーク軍曹が言ってたようにランドマン大陸にはもともと人族が暮らす国があったらしい。
けど、それも5年前の魔族の侵攻によって滅んでしまう。
「その国の名はエアリアル帝国って言うんだワン」
「エアリアル帝国?」
「そうだワン。この森も含めてここらあたりはすべてエアリアル帝国の支配下だったんだワン」
ルーク軍曹によればエアリアル帝国は人族最大の国としてここランドマン大陸で栄華を誇っていたようだ。
(エアリアル帝国……。どこかで聞いたことがある名前だ)
いったいどこでそれを聞いた?
村の誰かから話を聞いたんだっけ。
――――!
その刹那。
こめかみに鈍い疼きが走る。
その後、すぐに見たことのない光景が脳裏にフラッシュバックした。
それは玉座の間のような場所で自分が君主らしき男の前で跪いている光景だった。
フラッシュバックは一瞬で終わる。
(なんだよ……これ)
俺にはまったく覚えのない光景だ。
でもひとつだけ見覚えのあるものがあった。
(玉座の間に飾られていた国旗の紋章。あの隠しダンジョンがあった結界の上に浮かび上がっていた紋章と似てたような気がする……)
これはどういうことなんだ?
そんなことを考えていると、ルーク軍曹が心配そうに声をかけてくる。
「どうしたんだワン? どこか具合が悪いのかワン?」
「いや……だいじょうぶ。続けてくれ」
「? ティムさんがそう言うなら話を続けるんだワン」
ルーク軍曹はそのままこの森について話をはじめる。
ここはデボンの森というようでロザリオテンっていう都の所有地だったらしい。
(……ロザリオテン……)
その名前にも俺はどこか覚えがあった。
が。
昔の記憶を引っ張り出そうとするとモヤがかかって上手く思い出せなくなる。
「ロザリオテンはエアリアル帝国の皇都だったんだワン」
「皇都……だったのか?」
「そうだワン。この世界でいちばん美しい人族の都と謳われていたんだワン」
そんな大きな街がルーデウス村のこんな近くにあったっていうのか?
どうして俺はそれを知らなかった?
村周辺の地理についての記憶も当然のことのように手繰り寄せることができなかった。
「けどそっか。さっき見た廃墟はロザリオテンのものだったのかな」
「ティムさんがそれを見てたのなら話は早いんだワン」
「じゃあ、本当にこのあたりじゃ……人族は誰も暮らしていないんだ」
「そうなんだワン。デボンの森近くで暮らしているのは我らイヌイヌ族だけのはずなんだワン」
今はいったんルーデウス村のことは忘れよう。
ルーク軍曹がなにか勘違いしてる可能性だってある。
そう思って俺は話に耳を傾けた。
ランドマン大陸ではイヌイヌ族のほかにもいくつかの種族が暮らしているようだ。
このデボンの森から少し離れた岩場の洞窟にはオーガ族、北の小山ではドワーフ族が生活を送っているらしい。
ほかにも大昔からこの大陸に住み続けているコロポックル族という種族がいるようだけど種族間の交流がないからどこで暮らしてるのか分からないという話だった。
そのほかの場所はほとんどがモンスターによって支配されている。
だからどの種族もひっそりと暮らすことを余儀なくされているようだった。
「我がイヌイヌ族はもともと中央のミカエリス大陸で暮らしてたんだワン。でもあの大陸は世界でいちばん大きい大陸だから冥界旅団直属の支配地になったんだワン」
侵攻が激化したことが原因でイヌイヌ族はランドマン大陸へ逃げてきたみたいだな。
オーガ族とドワーフ族もどうやらそういう理由で移り住んできたみたいだ。
「この大陸にいた人族もどこかへ逃げたってことか?」
「詳しくは分からないんだワン。人族はこのランドマン大陸以外の土地でも暮らしていたからひょっとするとそこへ移り住んだのかもしれないワン」
「そうか」
ここまで聞いた話を改めて頭の中で整理する。
まず5年前に魔族による侵攻があって、ランドマン大陸にあった人族最大の国エアリアル帝国は滅んだ。
んで、その帝国はこのあたり一帯を支配してたって話だったな。
この話が事実ならルーデウス村はこの帝国の中にすっぽりと収まることになる。
けど俺は魔族の侵攻なんて話を知らない。
(5年前っていったら俺は10歳だ。まず間違いなく村の中にいたはずだ)
どうして確信を持った言い方ができないのかって言えば、昔の記憶がまるで思い出せないから。
本当に俺はルーデウス村にいたのか?
なんで村は魔族による侵攻から免れることができた?
(そもそもルーデウス村は今どこにあるっていうんだよ)
疑問は溢れて止まらない。
ひとつだけ確かなことは俺はなにも知らなかったってことだ。
俺がそんな風に考えを巡らせているうちにルーク軍曹の話は終わったようだ。
「これで詳しい話は終わりだワン。もしティムさんさえよければこのあと助けてもらったお礼がしたいんだワン」
「いやお礼なんていいよ。こんな話を教えてくれてむしろこっちが感謝してるよ」
「ティムさんは命の恩人で吾輩はただ事実を伝えただけなんだワン。感謝の度合が違うんだワン」
どうやら引く気はないみたいだ。
意外と強情な部分があるのかもしれない。
「いちどイヌイヌタウンに来てほしいんだワン。それに族長ならティムさんが言う村のことについてもなにか知ってるかもしれないワン」
そうルーク軍曹に勧められて冷静になる。
ルーデウス村がこのあたりにないって分かった以上、今の俺に行く当てはない。
当てずっぽうに村を探すくらいならイヌイヌ族の族長に話を聞いてみるのはありかもな。
「分かった。それじゃ言葉に甘えることにするよ」
「ティムさんならそう言ってくれると思ってたワン! こっちだワン! ついて来てくるんだワン!」
うれしそうに尻尾を振るルーク軍曹のあとに続いて俺は森の中を歩きはじめた。




