女神の像
松尾は誰にも愛されていなかった。愛されていなかったというか信頼されていないのだ。元来、気が小さくて嘘つきな性格だった。有る事無い事言いふらすことから、誰も彼を信用しないし話すこともしないのだ。親にも嘘をつきすぎて近頃全く疎遠になっている。
「松尾くん、こないだテストの山を教えてくれたけど全部嘘じゃないか、信じた僕が馬鹿だった」
「松尾くん、誰にも言わないって言ったから松尾くんにだけ香織ちゃんが好きなこと話したのに、どうして言いふらすのさ。香織ちゃんにきもいって言われたよ」
学生時代はこんなの度々の事であった。
社会に出てからは
「松尾さんが、あそこの株を買うと儲かる、なんて言うから買ってみたのに紙くず同然じゃないか」
「君のことを信用した僕が馬鹿だったよ、納期を守るという概念が君にはないようだね」
松尾はそんなのへっちゃらだった。嘘をついている時は、自分だけど、自分じゃない気がして返って楽だった。だって、信頼なんかされなくても生きていけるし、ひとりで過ごすのは松尾には苦じゃなかった。嘘をつけば、人気者になることも多かった、一時的にチヤホヤされた。そんな時間が嫌いじゃなかったから。
ただし、さすがに職場では嘘が通用せずに先週仕事をクビになったのだ。松尾がほらをふいたことがきっかけで取引先が激怒した。さすがに今度ばかりは守りきれない、そう上司が言って、一応松尾を立てる形で、解雇、ではなく、依願退職にしてくれた。けれど、松尾にはそんな思いやりすら伝わらないのだった。
クビになった帰り道、松尾はいつもの帰り道を歩いていた。トボトボなんて言葉は松尾には存在しない。ただ歩いていた、大きな橋を渡ろうとしていた。橋の欄干の両端に立派な女神が付いているその橋は戦後に造られたらしくとても大きな女神が通行人を見下ろす。勝利の女神らしいのだが。松尾はただ、女神を見上げ
「チッ」
と言った。寂しくはないと言わんばかりに。
そして、女神の下に座ってみた。しばらくすると、20代くらいだろうか、トコトコと松尾に女の子が、近づいてきた。
「今朝Twitterに載っていたよく当たる占い師の方ですよね?」
一瞬、松尾は「?」というふうになったが、ここは天性の嘘つきの血が騒いだ。
「そうだけど、なにか?」
「実は私、明日面接なんです。なにかアドバイスはありませんか?」
松尾はここぞとばかりにほらを吹いた。
「あなたが来ることは分かっていた。あなたのその前髪、前髪が目にかかっていると、正しいことが見極められなくなる。まず前髪をしっかり整え面接に行きなさい。そして、おでこは出しなさい、そうする事で願いは叶うでしょう」
前髪が長いから言ってみただけだった。だが、女の子は目を潤ませ
「ありがとう!さすがですね」
笑顔で3千円を置いて、その場を後にした。
数日後、Twitterを開いた松尾は驚いた。自分の顔が大きく載っていたのだ。
「女神の下の占い師!彼にアドバイスをもらえばなんでもうまくいく」
松尾はまだ信じらないといった顔つきだったが、ほらふきの血が騒いだ。そしてもう足は橋の欄干の女神の下に向かっていた。
その日から、松尾は橋の下に座り、毎日何十人も占った。松尾の占いは全てほらだったが、ことごとくうまく行った。当たるのだ。松尾はTwitterでも有名になり、多くの人に感謝されて涙を流されなんだか不思議な気持ちを味わう毎日だった。
「松尾さんありがとう!あなたの言う通りにしたら、母の病気が良くなったわ」
「松尾さん、君の言う通りにしたら彼女が出来たよ」
松尾は今まで生きてきた中で一番幸せだった。そう思い、今日の占いはこれでおしまい、と思って帰ろうとすると背後から足音が聞こえた。
「このやろぉぉお!お前がな、言う通りにしたら妻が出ていったじゃないか、責任を取れ!」
言うか言わないかのところで、松尾はサバイバルナイフのような刃物で刺された。たくさん血が出てきた。今までこんな痛い思いはしたことがない。心も体もな、松尾はそう思い。気を失い倒れた。そして、薄れゆく意識の中で、今まで嘘をたくさんついてきた事を後悔した。もしかしてたくさんの人を傷つけてきたのではないか。急に自責の念に駆られたのだ。これも生涯初めての感情だった。なんだか知らないけど、松尾はありがとうを言いたくなり
「ありがとう」
と言って女神の下で息耐えた。松尾の中に初めて真実の感情が芽生えたのだった。