桜町 劇団桜町のその後
それからの話だ。瞬君と再会してから数週間後、桜町へ行く用事があった。私は電車でそこへ向かう。桜町は長閑な町で、青波台とはまた異なる表情を感じる。
まず私は桜町にある図書館に向かった。そこで、図書館主催のイベントがあった。私はそこでちょっとした講演会を依頼されていた。私はそこで作家の話をした後、その足で桜小学校に向かった。
桜小学校では、飛鳥君達劇団桜町の様子を見に来たのだ。ところが、何処を探しても劇団桜町の姿はない。すると、私が生徒を探しているのに気付いた教師に声を掛けられた。
「先生、今日は休日で児童達は居ませんよ。」
「そうなのですか?」
「ええ、今は我々教師しかおりません。」
どうやら私は曜日感覚が狂っていたようだ。それもそのはずだ、作家には明確な休日がない。今日が土曜日である事もイベントの広告でぼんやりと把握してはいたが、休日である事をすっかり忘れていた。
結局、私は魚棚駅のコーヒースタンドに寄った。そこでアイスカフェラテとクロワッサンを頼んで執筆を始めた。すると、誰かから声を掛けられる。
「隣座っていいですか?」
私が声の方を向くとそこには、飛鳥君と優斗君が居た。どうやら駅で遊んでいたらしい。
「久しいね、二人とも。」
「こんにちは!」
二人の横にはご両親が居た。私は二人のご両親に挨拶すると一緒に座った。
飛鳥君と優斗君は今も劇団桜町で活動しているそうだ。公演の日数も増やしているそうで、少しずつ知名度は上がっているようだ。また、団員も増えて飛鳥君達は忙しくなっているらしい。
「二人は将来演劇の世界に入っていくのかい?」
「それはまだ決めてませんね…。」
二人は劇団桜町を楽しんでいるようだが、それを将来の夢に繋げようとはしていない。私も、小学生の頃はぼんやりとした夢を言う機会はあっても、それが現実になるとは思っていなかった。今まで積み上げたものが将来の自分を造るが、その過程の最中ではそれに気付かないのだろう。
飛鳥君は机に広げてあった原稿用紙と万年筆に興味を持っていた。それに気付いた私はこう言った。
「万年筆使ってみるかい?」
「ありがとうございます!」
飛鳥君は書き損じの原稿用紙に線を引いて楽しんでいた。
「へぇ、良いですね!私も買ってもらおうかな。」
「そうは言っても高いんじゃないか?」
「最近は子供用の万年筆もあるんだって!」
飛鳥君は行きつけの文房具屋に万年筆が置いてあったと言っていた。どうやら、後で両親におねだりするつもりらしい。
一方、優斗君はというと、私が何を書いていたのか気になっているようだ。
「そういえば、以前言っていた本って完成したのですか?」
「そんなにすぐ出来る訳ないだろう…。もし出来たら送るよ。」
「ありがとうございます!」
優斗君は書き損じの原稿用紙を見せて欲しいとせがんだ。飛鳥君に次いで優斗君も書き損じなのだろうか。かと言って清書が駄目になるよりかは良いだろう。私は書き損じの原稿用紙を一枚貸す事にした。
「ありがとうございます!」
「すみませんね、子供達が…。」
「いえいえ、お気になさらず。」
飛鳥君と優斗君は原稿用紙と万年筆を返してくれた。そして、コーヒーを飲み切ったのか席を立つ。
「今日はありがとうございました。茂さん、また公演見に来てくださいね!」
「ああ、こちらこそありがとう。また来るよ。」
飛鳥君達は両親と一緒に店から出てしまった。クロワッサンは食べ切っていたが、アイスカフェラテは氷が溶け切った状態で半分残っている。私はそれを飲みながら持って来ていた原稿用紙を文字で埋め尽くした。そして、それを鞄に詰めてからその場を立ち去った。