風崎町 呪いの人形と付喪神
冬の大気が町を覆っている。外出する際はマフラーが手放せなくなった。今年の冬は一段と厳しいものになるそうだ。
そんな私は取材先の古民家で人形に呪われてしまった。蔵に押し込まれている日本人形に触れてしまったのが運の尽きだった。その力は凄まじいもので、神社や寺院に奉納したものの自宅にいつの間にか戻っているのだ。
志保は捨て猫を連れて帰ったような態度でその人形を元あった場所に戻すようにと言っているが、それが出来るなら苦労はしない。どのような手段を取ったとしても私の元へ帰ってしまう。
人形だから子供に遊ばせようと優太にも渡してみたが、残念ながら優太は人形遊びをしなかった。
そのような訳で、私はこの人形をどうしようかと悩んでいた。家族も、古民家の主人も人形を気味悪がっている。
怪奇小説家の中には研究目的でそのような『いわく付き』の物品を収集する者も居る。だが、私は圭ノ助の呪いにかかり狂気に陥った経験から、人や人ならざる者達の力の怖さを知っていたが為にそれはしなかった。だがこの人形は私の意志に反して家に居座っている。恐らく、前の持ち主も同じような事に悩まされていたのだろう。
今の所、私の元へ戻って来るだけて実害はほとんどない。だが、前の持ち主である主人はかなりその人形に悩まされたそうで、神社の祈祷も効かなかったと嘆いていた。主人によると、この人形は先祖から受け継いだそうだが、呪いに関する具体的な話までは分からないそうだ。
私はこの人形を前に悩んでいたが、ある考えが閃いた。物に関する話は物に聞くのが早い。それならば、人間が使い込んだ物から生まれる付喪神という存在が居る。私は、取材先で偶然そのようなものと知り合う。神の力を持つ彼女達なら、ひょっとしてこの人形の呪いを対処出来るかもしれない。私はその人形を連れて風崎町へ向かった。
…S県S市風崎町、そこは妖が棲む山の麓にある小さな町だ。その町は神が生まれる場所とされ、神社が幾つも建っている。
電車から風崎駅に降りた私に話し掛けてくれたのは、真っ白な小狐だった。私と顔馴染みのその狐は、まるで子犬のように私の胸に飛び込んだ。
「お久し振りですね。」
「晦君じゃないか!こんな所でどうしたんだ?」
「九尾のお狐こと、吹雪氷月に届け物をしに来ました。」
「そうか…、君は氷月とも知り合いなんだな。」
吹雪氷月というのは、山で暮らす九尾の狐だ。滅びた神の力の得た結果暴走していたが、神々によって鎮められた。そこに私は偶然立ち会ったのだ。
「そういえば、あなたはどのようなご用事でこちらに?」
私は、例の人形が入った紙袋を見た。
「鈴宮神社に用があるんだ。ちょっと厄介事を抱えてしまっててね。鈴音君達に話そうと思ってたんだ。」
「そうなんですね、私これかは山へ向かいます。茂さん、くれぐれもお気をつけて。」
晦君は荷物の結び目を気にしながら山に向かった。私も紙袋を持って鈴宮神社へ向かう。
鈴宮神社には鏡の付喪神の白銀鏡子君と山の妖のいろは君が居た。どうやら、二人で話していたらしい。だが、この神社に祭られている鈴宮大御神こと、榊鈴音君は留守だった。
「あれ、鈴音君はどうしたんだ?」
「八重とお使いに行ってるの。すぐに帰ると思うんだけど…。」
八重というのは三人の知人の桜の神で、人の名では桜木玲花と呼ばれている。鈴音君、鏡子君、それから玲花君の三人は神という立場でありながら、それを隠して人間として暮らしている。三人は中学校に通っており、人間の友達のように仲が良いそうだ。
鏡子君は私の姿よりも先に紙袋の方を見ていた。
「その紙袋、何が入ってるの?」
「ああ、無闇矢鱈に触ったら…!」
鏡子君は、人形を平然と持っていた。
「それくらいの呪い、私には効かないわ。」
無表情であるはずの人形は鏡子君を見て怒っているように見えた。
「最初は霊か何か憑いてるのかと思ったけどそうでないみたいね。どうやら、私達のように付喪神に成りかけてたみたい。」
鏡子君は人形の背中に貼られていた御札を剥がした。この御札の件は私も前の主人も知らなかった。
「付喪神に完全に成る前に人に捨てられると、魂が捨てられた怨念で暴走する事があるの。」
人形は機械仕掛けもないのにひとりでに動き出した。鏡子君が言った通り、魂が暴走を始めているのだろう。鏡子君は二つの鏡を取り出した。
「この子は一回お灸を据てやらないといけないわね。鈴、八重、自分の神器を持って!」
「鏡子、急にどうしたの?」
「いいから早く!」
鈴音君と八重君はそれぞれの神器を持って人形に向かった。人形は鏡子君を狙っていたが、それに気付いた三人に完膚なきまでに叩きのめされた。
そして、人形はすっかり動かなくなってしまった。
「結構、力技だったな…。」
「まぁ、これでしばらくは大丈夫でしょ。」
鈴音君はその人形を抱えた。
「この人形は私達が預かりますよ。暴走していたとはいえ、仲間が苦しんでいるのは放っておけないですし。」
「いいのかい?」
「いろはちゃんだったら、ずっとこの人形で遊べるよね?」
「うん!」
鈴音君はいろは君に人形を渡した。いろは君はその人形を笑顔で抱き締めている。人形も心なしか笑っているように見えた。
「ああ、ありがとう…。これで人形もようやく楽しく過ごせるな。」
「ええ、付喪神として実体化すれば、心強い仲間になりますね。」
「それまでは、いろはの遊び相手になってもらいましょ。」
そうして人形は新たな主人を見つけたのだった。私は鈴音君と別れて風崎駅に向かう。
駅にはなんと、人に化けた晦君と吹雪氷月が居た。洋服を着て、帽子で耳と尻尾を隠していたが、気配で分かる。
「二人揃って何処へ行くのかい?」
「氷月が人間の世を知りたいようなので、宮原に向かうのですよ。それから、紅葉さんの所にも行こうと思います。」
「そうか…、気をつけてな。」
二匹の狐が車内に紛れているのは私しか知らない。これから、彼らはどのような旅をするのだろう。私は追いたかったが、やるべき仕事を置き去りにしているのを思い出したので、二人の前から消える事にした。




