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Bellatrix  作者: AKIHC
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「おはようございます。アヤナお嬢様。昨夜メフィス様がお帰りになられました。」

「……そう。」

「今日は、どちらに行かれますか?」

「……あの子に会ってくる。」

「!南部屋へ行かれるのですか?」

「えぇ。準備して。マカラ」

「はい。」

どうせ私なんかが兄に会いに行ったところで邪魔でしかないし、今日は何だか食欲がなかった。

「お嬢様。」

私の真っ黒な忌々しい髪を梳かしながら、マカラが甲高い可愛らしい声で言った。

「何だ。」

「お嬢様の髪はどうしてこんなにも美しい艶のある髪をお持ちなのですか?綺麗すぎてずっと触れていたいです。」

「しれっと真顔で気持ちの悪いことを言うな。私の蹴りがお前の頭にはいるぞ。」

「光栄です。」

「褒めていない。顔を潰すぞ。」

「え!それはちょっと……。お嬢様を支える目を失うとちょっと不便なので…勘弁して下さい。」

こいつとはいつもこうだ。いつも気味の悪い発言を投げかけてくるがメイドとしては優秀だ。

「ここまで、纏めなくてもいいんだ。どうせあの子は見ないんだから。」

「……。」

“ あの子 ”とは私の義理の妹に当たるリカという少女のことだ。公爵家の汚点として存在はしているものの隠蔽されているため、管理のなっていない南部屋という場所で生活している。

「……終わりました。」

「……。」

そこには、鏡に映る醜い醜い私がいた。穢れた真っ黒な髪に、色を認識できない真っ白な不便な瞳。血の気のない肌。全てか気持ち悪い。

「……じゃあ行ってくる。」

「はい。お嬢様。」

私は、部屋の扉を開けた。


ガチャ。


「おはようございます。お嬢様。」

?誰だお前は?

「お、お嬢様の部屋の見張りです。」

誰がそんなものを頼んだ。

「えっ?」

お前なんかに私は仕事を頼んだ覚えはない。


「消えろ。部屋の前でうろうろするな。鬱陶しい。」

「はっ!はい!も、申し訳ありませんでした。」


そして私はあの子の部屋へと向かった。

あの子には、気が向いた時に会いに行っている。存在しているということを忘れないように。自分の存在意義を確かめる為に。あの子に対しての感情を忘れないようにする為に。

南の部屋と言っても鉄格子で仕切られた場所にいつも座っている。絶対に鉄格子から外に出ようとしない。何故かは私は知らない。そして、いつも、いつも、恨みの籠った目で私を見てくる。

感情のない、曇りきった綺麗な目。でも、絶対に話しかけてはこないし、私も話しかけない。

口を開いた瞬間に、首を絞めてしまいそうだから。


そうこう考えているうちに南部屋に着いた。

「……。」


ガチャ。


扉の開く音がした。いつもより低く聞こえる。

いつもと違う。


何かが始まる音がした。


「あ、姉さん!こんにちは。」

お前は誰だ?

「今日は会いに来てくれたんですね、朝ごはんって出ないんですか?一緒に食べないんですか?」

鉄格子の外に出ているこの子を久しぶりに見た。こんなに明るく話す子だったのか。……でも何故突然?

お風呂にも入ったようで近づいてきたこの子はとてもいい匂いがしていた。あの、薄汚れた白髪は、透き通るように真っ白になり、瞳が別人のように変わっている。

その瞬間、この子の首を引っ掻きそうになった。

今まであんな冷たい目で見てきたくせに。こんな辛い思いをしてまで確立したこの場所が、この子に取られてしまうんじゃないかと思った。

でも、冷静に考えて、今私が手をあげるのは良くない。ただでさえ皇帝の婚約者という重いものを背負っているのに自分の感情だけで簡単に動いてはいけない。

「じゃあ、ついてこい。朝食がまだなのだろう?」

「!はいっ!ありがとうございます!」

あぁ。何故私はこの子を助けているのだろう。哀れみ?同情?違う。

そうだ。私はまだ期待してるんだ。

あの頃のリカに戻って欲しいと思ってるんだ。


ーーー

「遅かったな。アヤナ。……」

「……アヤナ。お前……それ……」

「遅れて申し訳ありません。お父様お兄様。」

私はいつもと同じように、家族に会うと頭を下げる。腰を曲げる。

もう既に兄達は朝食を半分食べ終わっていた。

「お姉様!一緒に食べましょう!」

「……。」

この子が私の手を引いてテーブルに座る。この子は目の前に出された料理を見て目をキラキラさせて一目散に食べていた。が、決して行儀が悪い訳ではなく、マナーもしっかり守って食事をしていた。いつ覚えたのか完璧にこなしていた。父はそれにとても驚いていた様子だったが、兄はこの子を見ようともしなかった。

父は自分が食べ終わるとすぐに部屋を出ていった。

「ご馳走様でした。美味しかったです!」

そう言うと当たり前のように扉を開けてあの子は出ていった。

私と兄は料理を半分以上残している。

「アヤナ。」

「……はい。」

すると兄は突然私の結われた髪を鷲ずかんだ。全く痛くも驚きもしなかったけれど。

「何考えてるんだアヤナ。なんであんなやつ連れてきたんだ。等々役立たずになったのか?」

「……ごめんなさい。」

私には理解出来なかった。何故あの子の為に怒るのか。あの子に興味すらなかった兄がただ部屋に入って食事をしただけで、私に怒りをぶつけてくる。何故?

いつもとは違う違和感に、私は怖気づいていた。

「……なんと醜い目だ。」

兄は私をゴミをみるような目で見てくる。じゃあ今日あの子に向けていた視線は?こんな軽蔑しきった瞳じゃなかった。

「……」

兄の青く光るらしい瞳をまじまじと睨みつける。

「さっさと食事を済ませろ。俺は、ミロクに会ってくる。」

「分かりました。」

離された髪はぐちゃぐちゃになっていて、見るに堪えないようだった。

「失礼します。」

おかしい。何かがいつもと違う。

そう思い、部屋を出た途端……


「キャーーー!」


何処かのメイドの叫び声がして、その方向に足を進めてみると、何かが発光していた。近くによって見ていると、それは……


リカだった。

これは、紛れもない覚醒だ。家特有の白い光を放ち魔術に目覚めるという。けれどあの子には魔法の適性はなかったはずなのに。ここの家の子でもないのに、何故使えるようになったんだ?

私は使えないのに。


「何事だ!」

「こ、公爵様。リ、リカ様が……」

「……覚醒、したのか。」

私は父の目がここまでキラキラと光り輝くところを初めて見た。私がいくら頑張ったところで褒めてさえくれなかったあの公爵様が。無いモノ扱いになっていた妹の覚醒を見て、一瞬で序列交代だ。

けれど薄々気づいていたのかもしれない。

私はこの家の子ではない事。そして、彼女、リカこそがこの家の最高傑作だった事。

でも、気づきたくなかったんだ。

「や、やった!お姉……」

リカは、私を見て微笑んだ。見て、私はあんたの積み上げてきたものなんて一瞬で壊せるんだ。って、言われているようで、笑われているようで、あの瞳にその事を知られたくなくて、目を逸らした。父やメイドたちがあせあせと動いている間を通り抜け、力のない足色で自分の部屋に辿り着いた。


「おかえりなさいませ。お嬢様。お茶をお入れ致しましょうか?」

扉を開くと、マカラが、高い声で優しく微笑みかけてきた。

「……。」

「お疲れですか?では、カモミールティーでも入れますよ?」

「……。」

マカラは私の無言を肯定と受け取ったようで、淡々と紅茶を淹れ始めた。実際、マカラはあの子が覚醒したことも知っているだろうし、私が精神的に疲れていることも分かっているだろう。

「なぁ。マカラ。」

「?はい?」

「……私が魔法を使えたら、もう少し楽に生きることができたのか?」

あぁ。なんて事をメイドに相談しているんだ私は。こんなのただの八つ当たりじゃないか。みっともない。もしも、なんて起こるはずないのに。

「……いえ。使えたとて、さほど変わりは無いかと。結局同じ運命を辿っていたと私は思います。」

「……そうか。」

マカラは全てを知っているようだし、包み隠さず己の意見をはっきり述べる術を持っている。

けれど、私は……

「皇帝との結婚以外にはなんの役にも立たないんだな……私は……。」

辛いことも苦しいことも、目を背けたくなるようなことも、逃げ出したくなるようなことも、全て耐えてきた。

辛かった。苦しかった。痛かった。悲しかった。寂しかった。それを慰めてくれるのは、マカラしかいなかった。

兄も、父も、死んだ母も、


私を認めてくれはしなかった。

それなのに、あの子は、たった一日にして、


兄の心さえも奪った。


あぁ。落ち着かない。どうして……ここまで考えることができてしまうのか。それすら分からない。

私は部屋を出ていった。じっとはしていられなかった。そうやって廊下を細々と歩いていると、曲がり角の先で話し声が聞こえた。


「……様。お兄様。……ですか?」

「あぁ。……。リカ?」

「…………です!」

「そ。そうか。…………さっさと行け。」

「分かりましたー。」


私はその場を息を飲んで耳を澄ませて聞いた。

この声は紛れもない、お兄様とリカの声だ。


この瞬間、私は絶望した。


あぁ。私、いらなくなるんだ。



すると、後ろから誰かが私の耳を静かに塞いだ。

私は知っている。この暖かい手を。私の唯一の味方であるこの小さく暖かい、優しい手を。

「……マカラ。」

「お嬢様。いいんです。あんなもの聞かないで下さい。大丈夫です。貴方はここにいます。私もここにいます。貴方様の地位はあんな小娘如きに動かされたりしない。……お嬢様も知っているでしょう?私の予言は当たるんですよ?」

「……。」

私の瞳から一雫の涙が零れた。

こんな簡単に揺るがされるなんて思いもよらなかった。

そんな私を救ってくれるのはいつも決まってお前だった。マカラ。

その丸く大きな瞳で、長い髪を風になびかせ笑う姿に幼い頃の私がどれだけ心を救われたか。


「……マカラ。」

「はい?」

「……いつもすまない。」

「いえ。いえ。めっそうもない。」

このやり取りは何度目だろう?

私はマカラを信頼している。けれど…………


お前は何者なんだ?



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