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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
202/208

202_思わぬ来客

 ヘンセンからの進発の日。

 俺はリーゼたちの見送りに来ていた。

 将を務めるリーゼの前には、大軍が整列している。

 軍はこれからバラステア砦を南に越えて旧ストレーム領へ、そして南東へ旧タリアン領、旧イスフェルト領を経て、旧アルテアン領に至る予定だ。

 その地で反乱軍と合流し、さらに南下してレゥ族軍と合流。そののちダオハン族の援護に向かうのだ。


 長征である。

 そしてその先に待ち受ける戦い。

 困難な任務だ。

 そんな困難へ赴くリーゼ。

 彼女は俺へ近づき、真面目な声音で言った。


「ロルフ。ヘンセンは任せたわよ」


「ああ、分かった」


 講和会談の場で、俺やリーゼが敵の陰謀に直面していた時、このヘンセンでも破壊工作が企図されていた。

 しかしフリーダやデニスの、さらにどういうわけかミアの活躍があり、それは未然に防がれたのだ。

 ミアを荒事に巻き込みたくはないが、彼女が居なければ人々に被害が出ていたとのこと。

 どうにも複雑な思いである。


 とにかく、敵はまた何事かを企むかもしれない。

 リーゼたちが後顧の憂いなく戦えるよう、残る者がこの地を守らなければならないのだ。


「リーゼ将軍。それにロルフ将軍も」


 俺たちへ声をかける者が居た。駐在武官事務所の職員だ。

 額にひとすじの汗を浮かべている。


「フリーダさんから急ぎの伝言が。このタイミングで嫌な情報が入りまして……」


「何かしら?」


「第一騎士団が動き出したようです」


 今回の戦には関係しないはずの第一騎士団。

 別の任地にある彼らだが、このタイミングで移動を始めたらしい。


「第三騎士団はどう?」


「予定通り進発の動きは見せているようですが……」


 職員の声に不安が滲む。

 連合軍は第三騎士団との戦いを想定していた。

 しかし、出し抜かれたかもしれないのだ。

 俺は思考を巡らせる。


「第三……第三騎士団か」


 ここ数週間の彼らの動きは、見るからにダオハン族への攻撃を企図したものだった。

 だが、あそこの騎士団長は、エーリク・リンデルだ。

 奴なら、連合を(たばか)るぐらいの芝居を打てるのではないか。


「報告によると、第一は東部から王都方面へ移動しているそうです。王都を通過してダオハン族を突きに向かう可能性も……」


「代わって第三が東をカバーする、と?」


 東部の戦線は重要かつ難しい。

 そこを第三が受け持つのだろうか。


「分かったわ。第一騎士団との戦闘も想定する」


 すかさず、そしてはっきりと応えるリーゼ。

 兵たちの前で動揺する姿を見せはしない彼女である。

 だが、俺としては心中穏やかでいられない。

 第一騎士団という相手は、本当に強力極まるのだから。


「リーゼ、気をつけろよ」


「大丈夫。第一騎士団とは戦ったことがあるし、ティセリウスの技もこの目で見てる」


 彼女の言うとおり、リーゼは第一騎士団と交戦済みである。

 あそこは熾烈な戦場だった。


「エルベルデ河か」


「あれって、もう五年も前だよね」


「ああ……」


 そう。あれからもう五年だ。

 第一騎士団と共闘したエルベルデ河が、俺の初陣だった。

 そしてリーゼと初めて会った場でもある。

 彼女との戦いで受けた真一文字の傷は、今も俺の胸に残っている。


「あの戦いから今日まで、本当に色々あったよね」


「激動の時代だからな」


 リーゼの問いかけは、俺にとってやや唐突に思えた。

 それ故か、特に気の利いた言葉も口に出来ず、俺はただ当たり障りの無い返答を返す。

 そんな俺を、リーゼは覗き込むように見上げた。

 形の整った唇に浮かんだ笑みは、どこか不敵である。


「戦いへ赴く前に思い出話だなんて、嫌な予感がする?」


「…………」


 悪戯っぽい表情に意図を掴みかね、二の句を継げない俺。

 リーゼは、その表情のまま言った。


「でも死なないから、私」


「分かってるよ」


 安っぽいジンクスに絡め取られる彼女ではない。

 そんなことは分かっている。


 ただ、戦いが水物であることもまた事実。

 戦場がなお流転しようとしていることを、この時の俺たちは知らなかった。


 ◆


 ロルフがリーゼらを見送って一週間。

 ヘンセンから進発した軍がアルテアン領に至り、デニスたち反乱軍と合流している頃。


 街に残った将兵たちの顔には、幾ばくかの緊張が見られた。

 自ら武器を手に戦場へ立つわけではないが、しかし同僚たちを案じるのは当然である。

 まして戦場から遠くにあって待つ家族たちの思いは、如何ほどであろう。

 待つ者の苦しさについて、改めて思索するロルフであった。


 そのような状況にあっても、彼は日々、神経を尖らせている。

 兵が少なくなっているヘンセンにあって、またぞろ敵の(はかりごと)に見舞われぬよう、警戒せねばならない。


 幸い、この日に至るまで、何事も起こってはいなかった。

 だが、(はかりごと)というものは普通、手の届くところで起きてくれるものではない。

 それをロルフは知ることになる。


 曇天のヘンセンを馬が歩く。

 人を乗せてゆっくりと、いわゆる常歩(なみあし)で進んでいた。

 馬上に居るのは五十代の後半と思しき、人間の男である。


「…………」


 男は周囲を見渡すと手綱を引き、馬を止めた。

 そして下馬して自ら歩き出す。


「……っ」


 歩き出した途端、男は眉間にしわを刻み、顔を歪ませた。

 その顔を伝う汗は、彼が苦痛に耐えていることを表していた。

 どうやら負傷しているらしい。

 長い外套の隙間には、血の滲む包帯も見える。


 それが戦闘による傷であることを知れば、いよいよ人は訝しむだろう。

 だが、通りかかった幼い魔族の少年は、そんなことに気づかない。

 だから彼は、純粋な気遣いから、男に近づいて訊くのだった。


「おじさん……大丈夫?」


 居合わせる大人があれば、少年を止めたかもしれない。

 どうも只事ではない雰囲気、しかも人間である。

 街に人間の姿が増えたとはいえ、あまり話しかけるべきとも思えぬ相手だ。


 しかし幸いと言うべきなのか、男は少年に害を為そうとしない。

 ただ顔を向け、小さな声で問うのだった。


「大丈夫だよ。ところで、このあたりに軍本部があると聞いたのだが」


 それを訊くということは、彼はこの街で軍務に就く者ではない。

 戦傷を負っているにもかかわらず、である。

 いよいよ怪しいが、しかしそれが分からない少年は、求められるままに道の先を指さしてしまう。


「あそこを右だよ。大きな建物だからすぐ分かるよ」


「ありがとう」


 微笑を浮かべ、男は礼を言った。

 そして歩き出す。

 やや呼吸を乱しながらも、少年に言われたとおり角を曲がった。


 すぐに、大きな木造の建物が視界に入った。

 近づくと、門の前に立っていた軍人が、男の姿を見咎める。


「止まれ! 何者だ!」


 敵が何事かを仕掛けてくるかもしれないと、ロルフの(めい)で警戒態勢にある最中(さなか)

 そこへ見慣れぬ男が現れたのだ。

 男の靴や手袋が軍装であることは門番の目に明らかであり、かつ何故か負傷している。

 門番が制止を求めるのも当然であった。

 しかし男は立ち止まることなく、少しずつ近づいていく。


「止まれと言っている!」


「……ロルフ将軍にお目通り願いたい」


 男は将軍の名を口にした。

 ロルフに対する上申の類は無下にせぬよう、本人から指示が出ている。

 とは言え、およそ取り次ぐべきとも思えぬ相手だ。

 いったん身柄を抑えるべきかと考える門番だったが、しかしその瞬間、彼は驚く。

 まずいタイミングで、男の後ろに人影が現れたのだ。


「何かあったのか?」


 現れたのは、まさに話の当人、ロルフであった。

 多くの兵がヘンセンから出払っている今、ロルフは自身でも警邏(けいら)にあたっているのだ。

 そして本部へ戻って来たところで、この現場に鉢合わせたのである。


「…………」


 男は振り向き、ロルフに気づく。

 そして、ほうと息を吐いた。

 その吐息には、安堵と共に感嘆が込められている。


 五年前、エルベルデ河で会った時、この若者は既に見事な体躯を持ち、そして瞳に強い意志を宿していた。

 だが、その時はまだ十七歳。男から見て、粗い部分もあったのだ。


 しかし今、目の前に居るロルフは凄味を増している。

 肉体は見るからに強靭で、顔は精悍であった。

 瞳には強さだけではなく、どこか深みも見える。

 そして剣士として大きく前進したことが、その佇まいから窺い知れた。

 五年の歳月、戦いと、そして出会いと別れとを繰り返し、若者は成長を続けていたのだ。


 危険を冒してでもこの地まで来た判断は正しかった。

 自分は頼るべき者を誤りはしなかった。

 男は、それを理解するのだった。


 一方で、ロルフは表情に驚きを浮かべた。

 目の前に、居るはずの無い男が居るのだから。


「ベルマン副団長……?」


「……お久しぶりですな、ロルフ殿。ご機嫌は如何か」


 ロンドシウス王国、第一騎士団副団長、フランシス・ベルマン。

 苦しい道の果て、漸く辿り着いた彼だが、しかし安堵で倒れこんだりはしない。

 紳士は軽く腰を折り、その腰の前に流麗な所作で右手を置く。

 完璧なボウ・アンド・スクレープであった。


ロルフの述懐にある、講和会談と並行して企図されていたヘンセンでの破壊工作と、それを防いだ者たちの活躍。

そのあたりは、書籍第7巻で描かれています。

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書籍版『煤まみれの騎士』 最新第7巻 発売中!!
今回も大幅加筆修正でお届けしています!
どうぞよろしく!

7巻カバー


― 新着の感想 ―
まだわからないけど、少なくとも問答無用でティセリウス団長と戦うことは無さそう。
ティセリウスがエーリクにハメられた?
ティセリウスが味方に付く展開になりそう。 そして冒頭、知らないエピソード…と思ったら7巻の書下ろし…買うか
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