第2話 そして2週目へ・・・
「攻城兵器、前へ!」
僕の指示通り、攻城兵器は少しづつ動き出した。魔王城前方を多い尽くすように配置された投石機は100を超える数になった。そして攻城兵器は一斉に魔力の弾を打ち出し始めた。弾は魔王城を直撃していき、魔王城は見る見るうちに崩壊していく。
「いいぞ、もっとだ」
カリーが攻城兵器の弾を召喚し、再度砲撃が始まった。
すると、魔王城の天辺から黒い翼を身にまとった奇怪な生物が飛び出してきた。あれが魔王か?
生物は平原に降り立ち、僕達を一瞥した。恐ろしい威厳と畏怖の感情を突きつけてくる。その迫力から、奴が魔王で間違いないだろう。
と僕と仲間達は感じ取った。
「よくも我が城を破壊してくれたな、愚かな者どもよ」
「お前が魔王かっ」
「いかにも、余は理。世界を調律するもの」
理。世界を調律。何を言っているのかは分からないが、今眼前で立ち尽くす存在がこの世界に数多くの害をもたらしてきた存在であることは間違いない。僕達は身構えた。その様子を見た理と名乗る者は両腕を前に突き出し、戦闘の構えをとってきた。
いよいよ始まる。これが最後の戦いだ。
先制を仕掛けたのはウチの幼女戦士、スイータだった。スイータは魔王に向かっていき、自慢の斧を振り下ろした。しかしその斧は理の掌で防御されてしまう。
「スイータを援護するぞ! カリー、ハッサム」
「おうよ」
「了解」
スイータは斧ごと理に投げ飛ばされてしまった。彼女がダメージを受けないように、ウパが回復魔法の詠唱を始める。僕とハッサムも理に接近し、打撃を加えた。魔王特攻の武器の効果は強烈で、一気に理に大ダメージを与えた。
「ウパさん、ありがとうなのだ」
遠くに飛ばされたスイータはウパに礼を言って、再び最前線に戻っていく。カリーが巨大な火の玉を打ち出す魔法を放った。僕とハッサムは魔法の通る道を作るように左右に避けた。魔法は理に叩きつけられた。理は絶叫する。
「よし、いいぞ、その調子だ」
「カリー、魔法をどんどん打て」
ハッサムの叫びに呼応するように、カリーは炎の魔法を連打した。その破壊力は凄まじく、理の体を炎で包み込んだ。カリーの杖には詠唱時間短縮の魔綬を付けている。おかげで魔法を連続で打てるのだ。
「よし、一気に止めを刺すぞ」
理を包み込んでいた炎がやむと、僕は剣を抜き、理へと向かっていった。現世では全く物にならなかった剣術と魔法を異世界に転移して僕はようやく習得することが出来たのだ。その力を今こそ使うときが来た。
僕はダメージを受け弱っている理目掛けて剣を縦に振り下ろした。続けてスイータも横に斧を一閃させた。十字となった剣戟は理の腹部のコアのような部分を破壊した。
まるで世界が崩壊するかのような叫び声を上げ、理は苦しがった。だが直ぐに腹部は再生し、理は僕達から距離を取った。
「来るぞっ」
理は両手を前に突き出して魔法を打ち出してきた。僕達はそれを懸命に避ける。さらに頭上から一メートルはあろうかという隕石が振り落とされてきた。その隕石はハッサムが機転を利かせて蹴りを入れて粉砕した。
「危なかった。ナイス、ハッサム」
「ふっその言葉は勝ってからにしてくれよ」
ハッサムは戦局が変わり始めたことを懸念しているようだった。
その後も理の魔法攻撃は続き、僕達は防戦一方になった。
一体どうすればいいんだ。僕は戦局を好転させるための策を練った。
こうなったらあの魔綬しかない。
僕は自分自身に全ての魔法を遮断する魔綬をかけた。これを使うと回復魔法も通じなくなるが、仕方ない。
「ルクレ、なんてことを」
「もうこうするしか方法が無いんだ」
「ルクレ、それ、あたしにもかけて」
スイータは自ら志願してきた。
「本当にいいのか」
「うん」
スイータは笑顔でうなづいた。
「俺にもかけろ」
ハッサムも魔綬を要求してきた。
「私にも、お願い。」
一番の火力担当であるカリーも魔綬を要求してきた。
僕達は攻城兵器の後ろに隠れながら、メンバーに魔綬をかけていった。理の魔法で攻城兵器が次々と破壊されていく。いよいよ最後の一つとなったところで全員分の魔綬が終わった。
「ようし、全軍、突撃っ」
僕達は奇声を上げながら魔王に立ち向かっていった。
理は魔法を連打してきたが、今の僕達には通用しない。その事実に理は驚いたような表情を見せた。犬のような顔をしている理は古代エジプトの神を想起させる容姿をしている。両手には鉈を持っている。だが今は奴の容姿や装備を分析している状況じゃない。僕達は最後の力を振り絞って、理に総攻撃をしかけた。
スイータは理の足を自慢の斧で切断し、ハッサムは理の顎を足で打ちぬいた。そして僕はカリーの魔法を剣で受けて、魔法剣を理の心臓部分に突き刺した。
再び地鳴りのような声を上げ、理は苦しがった。奴の心臓部に直接剣を差し込んだんだ。ダメージがないことはあり得ない。
「ぐぬぬ、おのれ、人間め・・・」
理は僕が刺した剣を引き抜くと、両膝を地面に落とした。
「今だ、ルクレ! 止めの大魔法だ」
魔王が弱りきったら使うよう、この世界に僕を召喚した存在に言われて教わった魔法が僕にはある。僕は早速詠唱を始めた。
「万物に宿る暗き者、森羅に眠る明るき者、今こそ我の命によりてその力を我にもたらしたまえ」
詠唱が終わると、僕の右手が急激に熱を帯びていき、青白い巨大な剣が現れた。僕はそれを両手で握り、ハッサムと交戦中の理目掛けて振り下ろした。
「くらえ、必殺、ドラガリオーーーーンッ」
理の咆哮はすさまじい。世界中に死を願うような叫び声だ。理の体は縦に真っ二つに切り裂かれ、体は徐々に砂へと変わっていった。
丁度そのとき突風が吹き、砂と化した理の体を持っていってしまった。
「やったああああ、勝ったーっ」
スイータはいの一番に勝ち名乗りを上げた。ハッサムも後に続けて「俺達の勝ちだ」と力強く叫んだ。カリーは戦闘が終わっても緊張感を絶やさず、まだ何か起こるのではないかと周囲をけん制している様子だった。後方支援に徹してくれたウパは僕の元に駆け寄り、抱きついて来た。
「ルクレティオ様、やりましたね」
「ああ、ありがとう。これはみんなのおかげ、みんなで掴んだ勝利だよ」
僕は嘘偽りない正直な気持ちをメンバー達に伝えた。
魔王討伐の報は瞬く間に全世界に広まり、僕達は英雄扱いされてこの世界一の超大国ゲオボルドの城に招かれた。そこでは晩餐会が行われ、僕達は戦いの疲れを癒すことが出来た。
「いやあ、美味い、美味い」
縦長のテーブルの中央付近に座っていたハッサムは我先に料理を腹に詰め込んでいる。スイータも負けじと小さい体で出されていく料理を食べ続けていた。その様子を見ていた向かいの席のカリーとウパは笑い、僕達は和やかな雰囲気の中で久々の食事を楽しんでいた。
「本当に美味い。異世界にも美味い料理があるんだな」
僕が食べたのはベッコウ鮭のムニエルという物らしい。ウパが教えてくれた。
食事も終わり始めた頃、王様が徐に僕に尋ねてきた。
「ところでルクレティオ殿。貴殿の今後の予定はあるのか? もし無いのなら、我が王国の近衛兵兼魔綬指南役になっていただけないか」
とありがたい提案をしてきた王様だったが、僕の心は揺れていた。
「そいつはすげえ、やりなよ、ルクレ」
スイータがはしゃいだ調子で僕を鼓舞する。しかし僕の微妙に曇った表情に気が付いたのか、口を閉じてしまった。
「ルクレ・・・・」
「そのお話しは少し考えさせてください」
「そうか、よい返事を待っているぞ」
「ちょっとベランダに出てきます。風に当たりたいので」
そう言うと、僕は立ち上がり、ベランダへと向かった。
夜風は悲しみに満ちている。戦いが終わって僕が思い出していたのは、ルードゴレツのことだった。いかつい名前だが魔女が被るとんがり帽子がトレードマークの可愛らしく性格も誠実な女の子だった。彼女を助けられなかったことがこの旅での僕の唯一の失敗である。
「ルクレ」
ルードゴレツの妹、カリーが僕の後ろから声をかけてきた。一体何の用だろう。
「どうかしたか」
「それはこっちの台詞だよ」
「ん?」
「あなたどうするの、これから」
「まだ決めかねている」
「元の世界に帰りたくない?」
元の世界。剣術も魔術も晶術も落ちこぼれの僕がいた世界だ。僕の元いた世界では、魔法が当たり前に使える。しかし魔法は人によっては危険な使い方をするため、16才からの免許制になっている。免許を持っていない人間は魔法を使うことを許されない。だが僕のいた世界ではすでに魔法よりも科学技術の方が勝っており、純粋な魔法使いとして生計をたてられるのはほんの一握りのエリート達だけだ。多くの魔法使いは普通に就職し、普通の生活をして死んでいく。そんな僕の世界の魔法使い達の目標は魔道具開発会社に就職するか、魔力省という魔法使いを管理する省庁に入省することである。いずれも選りすぐりの魔力を持ったエリートしか入れない。当然の如く落ちこぼれだった僕は免許すら取れず、学校も落第した。そんな落ち込んでいるときに車にはねられ、この世界にやってきたのだ。百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、元いた世界の教科書スタイルの授業では身につかなかった魔法は、実戦形式のスパルタで自然に身についた。その手助けをしてくれたのがルードゴレツだった。彼女は僕の魔法の師匠だった。
「元の世界か。もうこの世界では僕の役目は終わったし、帰ってみるのもいいかな。ってどうやって帰るんだよ」
「博愛の姫君スーデル様に頼むのよ」
「スーデルに?」
「そう。彼女はあらゆる世界と繋がっている場所にいる。彼女ならあなたを元の世界に戻せると思う」
「思うって確信じゃないのかよ」
「でも自信はあるよ」
「元の世界に戻って、どうするんだ。僕は落ちこぼれだったんだぞ。」
「今のあなたなら落ちこぼれにはならないでしょう。魔術の基礎を収めているんだし。それにあなただけの特殊能力、魔綬がある。向こうの世界へ行って無双して人生を楽しんできなよ」
カリーははにかんだ笑みを僕に見せた。その笑顔に裏があるような気がして、僕は尋ねた。
「カリーは僕にこの世界に残って欲しくないのか?」
「何言ってるの。残って欲しいよ。ずっと一緒に苦楽を共にした仲間だもん。でもあなたの幸せを考えたら、元の世界に戻るのが一番なんじゃないかって思ったの」
「何でさ」
「魔王を倒すほどの人間を、王国が放置しておくと思う?」
「どういう意味だ」
「あなた一人の力は国家の武力に相当するの。もしあなたがこの世界に残ってどこかの土地に王国でも立てたら、あなたは世界中から畏怖される王国を築けるでしょう。それはこの国にとっては脅威になる」
「人間同士が争うってことか?」
「そうなる可能性があるってこと。だから王様はああいう提案をしてきたのよ。あなたを少しでも傍において監視しておきたいのよ。不穏な動きをしないようにね」
あの好々爺の国王にそんな裏の思惑があるようには思えないが、頭の回転の速いカリーに言われると、そんな気がしてくるから怖い。
「私個人としては、ルクレにはこの世界に残って欲しい。でも本当にあなたの幸せを考えたら、元の世界に戻るべきだと思う」
気のせいか、カリーの瞳が潤んでいるように見えた。彼女の本心は残って欲しいんだろう。でも僕のことを思って。
「カリー」
僕はカリーを抱き寄せた。するとカリーは堰を切ったように号泣し始めた。カリーにとっては僕の存在は複雑なはずだ。自分の姉を間接的に殺した相手でもあり、とてつもなく長い時間、共に旅をした仲間でもある。その両方の想いが溢れて彼女は泣き出してしまったのだろう。
「ごめんな、カリー」
「あやまらないで、もう少し、このままで。泣き顔見られたくない」
僕達のやり取りを遠目から見ていたウパは冷やかしの表情を見せる。彼女は何か重大な勘違いをしているらしいが、それを修正する時間は今はない。
「ルクレ、この世界は俺達で守るから大丈夫だ。元の世界に戻れよ、な?」
食事を取り終えたハッサムが臨月の妊婦のような腹を見せつけてくる。
「そうだぞ、ルクレ、あたしたちを舐めたらいかんぜよ」
スイータも腹を膨らませていた。二人とも本心で言っているのではないことはわかっていた。僕達はすでに仲間を超えた家族だ。その家族が引き裂かれるなんて耐えられない。でも彼らは本当に僕の幸せを考えて元の世界に戻ることを提案してくれているのだ。その思いに僕は答えなくちゃいけない。
カリーは僕の体から離れ、瞳を軽くこすると、
「今日はお祭りよ。ルクレの新しい冒険を願ってね」
そう言って食堂に戻り、彼女は食事を取り始めた。
「ルクレ、寂しくなるな」
「いや、まだ決めたわけじゃないから」
「ルクレ、もうおねしょすんなよ」
「それはお前だろ」
まったくハッサムとスイータの馬鹿二人には苦労させられる。でもこの他愛のないやり取りを繰り返して、僕達は冒険をしてきたんだ。
冒険が始まって最初に出会ったのはスイータだった。今でこそ大戦士だが、出会った当時はリスから逃げるほどの臆病者だった。僕がリスを捕まえて、それがきっかけで何故か尊敬され、スイータは僕についてくることになった。彼女の目標は世界一の戦士になること。
幼女の癖に大人びていて可愛げはないけど、その潜在能力は凄まじく、旅を続けていく中でメキメキと成長していった。
スイータの次に出会ったのはウパ。彼女は疫病が蔓延する村で一人医療行為をしていた。その流行病を治すには特別な魔物の牙が必要らしく、僕とスイータは二人でその魔物を狩った。今なら瞬殺だが、当時の僕達は非常に苦戦したのを覚えている。そして疫病が収束して、ウパが僕達の仲間になってくれた。
その後に出会ったのがハッサムだった。彼とは酒場で知り合い、傭兵として雇ったのがきっかけだった。しかしあまりにもハッサムは使えないため傭兵契約を切ろうとしたところ、必死に仲間に入れてくれるよう懇願してきたので受け入れることにした。仲間にしてからのハッサムは必死で努力してどんどん強くなっていった。
そして最後に仲間になったのがカリーゴレツとルードゴレツだ。二人とは迷いの森の中でお互い迷っていたところを協力して抜け出したことから、途中まで一緒に行こうという話になり、そのままなし崩し的に最後まで着いてくることになった。
それぞれの仲間に、沢山の想い出がある。僕はこの世界を離れたくない。でも離れなくちゃいけない。僕は本来この世界の住人ではないのだから。僕はもう一度元の世界で頑張ってみようと心に誓った。
そして呪文を唱えてスーデルを呼び出す儀式を始めた。
スーデルは丁度お風呂に入っていたらしく、大事な部分が泡で隠されていたがほぼ全裸だった。一瞬の硬直の後、僕と目が合い、そして平手打ちをしてきた。
「ありがとうございますっ」
「もう、この時間はお風呂タイムだから呼ぶなって言ったじゃないですか」
「え? そんな話、初耳ですよ」
「もう、一体なんなん・・・ん」
スーデルは世界の空気の変化を敏感に察知したらしく、自らの魔力で装束を復元させてベランダを歩き回った。その様子はまるで親とはぐれた小動物に見えなくもないが、スーデルは真剣な表情をしているので茶化すのは止めようと思った。
「これは・・・」
「聞いてくれ、スーデル。僕達、ついに大魔王をやっつけたんだよ」
「なるほど、そうだったのですか。やりましたね、ルクレティオ様」
そう言葉を返すスーデルの表情は聊か曇っているように見えた。何か問題でもあるのだろうか。
「どうした、スーデル。嬉しくないのか?」
「いえ、ルクレティオさんには感謝しています。懐かしいですね。初対面のときはあんなに非力だったのに、逞しくなられて。私も魂を引き取ったかいがありましたわ。」
スーデルは思い出に浸るように、瞳を少し潤ませていた。確かに彼女との出会いは壮絶だった。魂だけの存在で空中を浮遊していた僕を虫取りあみで彼女は救い上げ、肉体を再生し、僕に一方的に魔王討伐の使命を与えてきたのだ。始めはあまりに過酷な旅のため、彼女を恨んだが、こうして全てが終わった今では感謝している。
「ありがとう、スーデル」
「それで、本日はどんな御用ですか」
「実は、僕、元の世界に戻って人生をやり直したいんだ」
僕の言葉に反応し、スーデルは笑みを見せた。
「そんな。よくぞご立派なご決断をなさるなんて。流石魔王を倒しただけのことはあります。ですが世界にはまだ闇が残っています。それら全てを排除するまではこの世界にいてもらわないと私としては困ります」
「まだ闇が残っている? どういうことだ」
「魔王軍の残党です。彼らを何とかしないと」
「それなら俺達にまかせろ」
話を聞いていた仲間達が力強く言い放った。みんなそれぞれガッツポーズをしている。
「貴方達が?」
「そうだ。この世界の脅威はこの世界の者が払うべきだ。いい加減ルクレを解放してやりたいしな」
「ハッサム・・・」
「そうなのだ。ルクレにはルクレの人生という物があるのだ。それを邪魔する権利はあたし達にはないのだ」
「スイータ・・・」
「会えなくなるのは寂しいですが、これも定めと受け入れます」
「ウパ・・・」
「ルクレ。お姉ちゃんのことは気にしないで。貴方は何も悪くないの。十字架を背負わないで。」
「カリー・・・」
みんなの言葉に胸を打たれたのか、スーデルは感極まった調子でうなづいた。
「かしこまりました。では明日のパレードが終わったら、ルクレティオ様を元の世界に戻しましょう。」
翌朝、僕達は豪華な装飾が施された馬車に王様と乗り込み、王国の中心街を進んだ。街道には多くの町人が詰め掛けており、僕達にあらゆる言葉をかけてくる。女性の黄色い歓声から、男の野太い声、子供と思われる幼い声、それら三つが交じり合い、独特のハーモニーを奏でていた。
「ほらほら、英雄殿、おぬしも手を振らんか」
国王に促され、僕は手を振ることにした。けっこう恥ずかしいのだが、これも世界を救った者の特権という奴で受け入れて、割り切ることにした。
「みんなーありがとーーっ」
「ありがとうなのだーーー」
僕の叫び声にかぶせるようにスイータが街道の人々に小さな体に生えた手を振って大声で叫んでいた。ハッサムも負けじと声を上げて応じる。カリーとウパは控えめに上品に右手を小さく左右に振っていた。
パレードの馬車が目的地の城に着くと、今度は街が一望できる城のバルコニーに誘導された。そこで国王は大演説をした。その後、僕達に盛大な拍手を要求し、僕達は町人達の拍手に応じた。その後、王宮の謁見の間で国王と今後の身の振り方を話すことになった。
宝石が埋め込まれた綺麗さと威厳を感じさせる椅子に座り、国王は僕に今後の目標を尋ねてきた。僕の後ろには仲間達がそろって国王に頭を垂れている。
「して、ルクレティオよ。そなたはこれからどうするつもりだ」
「はい。色々考えたのですが、元の世界に戻ろうと思います」
「なんともったいない。お主の魔綬は非常に貴重な能力。ぜひ王宮に残って宮廷魔術師達に指南してほしいのだがな」
「お言葉はありがたいのですが、私はこの世界を旅立つのが一番よいと考えております」
「そうか、ルクレティオよ。そなたの願い、聞き入れた。この世界で裕福に生きるより元の世界で再び一から試練の日々を選ぶとは、真に勇気ある選択であるぞ。」
国王は長くたくわえられた顎ひげを触りつつ、僕の望みを受け入れてくれた。そこで僕から仲間達の今後を考えて提案をすることにした。
「陛下、一つお願いがあるのです」
「なんだ、申してみよ」
「私と共に戦った仲間達を王宮で雇い入れてくださいませんか」
「え、ルクレ」
「どういうことです?」
「色々考えて、それが一番いいんじゃないかと思ったんだ」
「おいルクレ、勝手に決めるな」
ハッサムがいきりたって僕に迫ってくる。
「でも王宮で働けば美味いもの食い放題だぞ」
「それもそうだな。今後の予定もないし、それがいいだろう」
「ふむ、そなたの仲間達は充分に強い。よろしい、それぞれ城の指南役、近衛兵に取り立てようではないか」
こうしてスイータとハッサムは王宮の近衛兵に、ウパとカリーは王宮の魔術師指南役に任命された。
スーデルは言っていた。まだこの世界には魔王の残党がいると。その残党が現れたときにメンバーがばらばらだとやられてしまう可能性があるが、これなら安心だ。
一通り事が終わると、僕はベランダに向かい、再びスーデルを召喚した。
スーデルはまたお風呂に入っていたらしく、大事なところは泡で隠れていたが、基本全裸であった。
「きゃああああ、ルクレティオ様のエッチ!」
スーデルは僕に平手打ちしてきた。
「ありがとうございますっ」
昨日と全く同じやり取りを二日連続でやることになるとは、中々にしんどい状況だ。
「一体今度は何の用ですか?」
「こっちの世界の懸案事項は全解決した。僕を元の世界へ召喚してくれ」
自らの魔力で発言させたドレスを着込んだスーデルは困り顔で僕を見つめてきた。一体どういうことだろう。
「実は、そのことなんですが」
「どうしたの」
「貴方の体はもう元の世界には存在しないのです。元々死亡してこの世界に転生してきたわけですから。」
「そういえばそうだった」
「なので、元の世界に戻ると、もう一度赤ちゃんから人生をやり直すことになりますよ」
「なっなんだってーーーー」
「もうしわけありませんが、事実です」
「赤ちゃんからって、僕の魔綬とか身に付けた能力は一体どうなるんだ」
「それは全て引継ぎ可能です。貴方の全ての記憶も残します。なので可愛げのない赤ちゃんから人生二週目を楽しんで頂くことになりますよ」
「人生二週目ーーーーー!?」
なんだか大変な事になってきたな。僕としてはささっと体を復元してもらって、僕が死んだ十六歳の頃から人生をやり直せると思ったのに、まさか赤ちゃんから再スタートなんて。しかも赤ちゃんのときから喋ることができるらしい。そんなんじゃ可愛くないと親に捨てられてしまうかもしれないじゃないか。
「流石にそれは困る、なんとかならないのか、スーデル」
「申し訳ありませんが、こればっかりはどうすることもできませんわ」
「そこを何とか、キミの力で」
「無理です」
「そんなこといわないで、赤ちゃんからなんて嫌だ」
「無理です」
「そんなこといわないで、赤ちゃんからなんて退屈すぎる」
「無理です」
「もう一度幼稚園に行ってお遊戯しないと行けないのか? 嫌すぎるぞ」
「元の世界には飛び級制度がありますから、今のあなたなら十歳ほどで大学まで卒業できるんじゃないですか?」
「そんなの嫌だ。直ぐに青春を満喫したい」
「なら赤ちゃんから始めるのが一番好都合ですよ。幼馴染を作ってくんずほぐれつです」
「くんずほぐれつ?」
「そうです。そして魔綬の力を見せ付けて、彼女のハートをゲット。あとはお楽しみ、うふふ」
スーデルはいたずらっぽい瞳をして笑った。
「何がお楽しみだ。もういい。赤ちゃんからやり直す。今すぐ僕を転生させてくれ」
「それは私の領分じゃないので出来ません」
「なんだって?!」
僕はスーデルに顔を近づけ、凄んでみせた。スーデルは怯えたような目をして事情を話し始める。
「死者の蘇生と世界への再編入は暗黒魔術の領域で、私の力では行えないのです」
「じゃあ何で人生二週目なんて言うんだっ」
「私のお姉さまならあなたを赤ちゃんからやり直しさせることができます」
「お姉さま? キミお姉さんがいるのか」
「はい。妹のコーデル、そして姉のスーデルでデル三姉妹と神界では呼ばれています」
一体誰に呼ばれているのかわからないが、僕が転生するためにはヨーデルという人に会う必要があるらしい。
「よしわかった。僕をいますぐヨーデルのところへ連れて行ってくれ」
「わかりました。気をつけてください、ルクレティオさん。私の姉はとても気難しい人なので」
「気難しい? まあいいや、気をつけるよ」
僕は相槌を打ち、旅立つ決意を固めた。
「いよいよ行くんだな、ルクレ」
ハッサムが後ろから声をかけてくる。
「ああ、達者でな。」
「もう会えないのか? ルクレ」
スイータは悲しげな表情で僕を見ている。
「うん、これでお別れになるのが一番の理想だ」
「悲しいのだ」
「僕もだよ、スイータ」
僕はスイータに軽くハグをした。
「やっぱり残ってみようかなって思ってませんか?」
ウパが僕を試すように言ってくる。
「いや、僕は行くよ。決心がついた」
「もう会わないほうが私たちとしては幸せよね。また会うときは、新たなる危機が起きているときなんだから」
カリーは冷静な表情で言い放つ。彼女はいつもクールだ。明るく朗らかだった双子の姉ルードとは百八十度違う性格をしている。
「ではルクレティオ様、参りましょう。私の体を掴んでください」
そう言われたので、僕はスーデルの乳房を鷲づかみにした。スーデルの顔は見る見るうちに赤くなっていき、「そこじゃなーい」と平手打ちをしてきた。
「ありがとうございます」
「普通肩でしょ、肩」
「それもそうだな。」
あたらめて、僕はスーデルの肩に手をおき、皆に別れの挨拶をすると、ヨーデルのいる場所に転送された。
断罪の庭。そう呼ばれている異空間に僕とスーデルはやってきた。フロアの中央には噴水があり、壁からの綺麗な水が染み出している。部屋の奥の方に螺旋階段が見える。どうやらこの階段の上にスーデルはいるらしい。
「いいですか、くれぐれも姉の機嫌を損ねないようにお願いしますね」
そう言って、スーデルは螺旋階段を登り始めた。螺旋階段を登りながら僕はスーデルに返事を返した。
「そんなに気難しいのか、キミの姉は」
「不機嫌になると下界を滅ぼそうとするぐらいの人ですから」
「それはもはやただの危険人物ではないか」
「姉はあなたのいる世界の大天使ラファエルのモデルになった人物です。とても偉い方なのです」
「ラファエルだって?! そいつは凄い」
「凄くありません。お姉さまのいる世界は罰を受ける者を召喚する世界なんです。そこでお姉さまはやってきた異世界転生希望者に理不尽な要求をしているのですよ。あなたは私の世界に来て幸運ですよ」
「どうしてキミの世界に僕は召喚されたんだ」
「私が魂を魂取りあみで掬い取ったからです。そうしなくともあなたは私の博愛の庭に来る条件を満たしていましたけどね」
「条件って?」
「私のいる博愛の庭に来る条件は不慮の死を遂げること。現世に何らかの未練を残してる人たちの魂が集まってくるのです。一方でお姉さまの断罪の庭には自殺したり犯罪を犯したりした者を厳しい条件の異世界へと転生させるのです」
「そうだったのか。僕は幸運だよ、キミに会えて」
「まあそれほどでもあります」
スーデルは照れくさそうに笑って見せた。しかしその表情はすぐに緊張感に覆い尽くされた。スーデルと僕は断罪の庭の主、ヨーデルと遭遇したのである。ヨーデルはひよこの雌雄鑑定をして暇を潰しているようだった。
「お姉さま」
スーデルの言葉に、ヨーデルは反応しない。
「ヨーデル様」
僕の声に彼女は反応し、こっちを見つめてきた。そして「どうやら異世界を攻略したようですね」と僕達にギリギリ聴こえる程度の小声で呟いた。
「お姉さま、本日はお願いがあってやってまいりました」
緊張した面持ちでスーデルは言葉をヨーデルに投げかけた。ショートカットで美しい装飾の施された白いドレスを身に付けたヨーデルはまさにこの世の物とは思えない美しさだった。
ヨーデルは悠然とした歩幅で近づいてくるなり、いきなり右ストレートを僕の頬目掛けて打ってきた。僕は壁に叩きつけられ、酷くダメージを受けた。しかしヨーデルの機嫌を損ねるわけには行かない。僕は彼女の右ストレートを褒めることにした。
「うがああ、いったーーい。凄いパンチですね。世界を狙えますよ」
「くだらないお世辞は嫌いです。」
「お姉さま、異世界を救った英雄になんて事をするのですか」
「私には関係ありませんから。それに彼を試さないといけませんからね」
「試すって、何を」
「この私の右ストレートを食らっても立てる男かどうかです」
ヨーデルの右ストレートは強烈だ。僕は足がガタガタになって中々立てない。
「お願い、ルクレティオ様、お立ちになって」
スーデルの言葉に励まされ、僕は何とか立ち上がることができた。
「よし、合格としましょう」
そう言って、ヨーデルは僕目掛けて掌をかざした。頬の痛みが取れてゆく。どうやら回復魔法をかけられたらしい。
「合格って」
「あなたを英雄と認め、どんな願いも一つだけかなえてあげましょう」
ヨーデルは両手を腰に起き、力強くそう言い放った。殴ったのは彼女なりの試練のつもりらしい。
「いいえ、ただの気まぐれです」
「心を読まれたっ」
「私は女神ですよ、それぐらいは朝飯前です。で、願いはなんですか」
「お姉さま、彼に人生をやり直す機会を与えて頂けませんか?」
「なるほど、人生2週目ですか。貴方が身に付けた能力は引継ぎでよろしいですね」
「はっはい」
「もう一度産み落とされることになります。赤ちゃんからのスタートになりますが、よろしいですか」
「結構です」
「引き継いだ能力は赤ちゃんの内から使えるはずですが、普通の赤ん坊として過ごしたいなら使わないのが懸命ですよ」
「わかりました」
「良い返事です。では、出身地は日本という国でよろしいですね」
「かまいません」
「別の国を選ぶことも出来ますよ?」
「僕は日本人でいいんです」
「そうですか、よほど日本は良い国なんでしょうね」
ヨーデルは慈愛に満ちた眼差しで僕を見つめると、頭に手を置き、詠唱を始めた。
「さよなら、ルクレティオ様。どうかお元気で」
「ああ、スーデルありがとう。これもキミに救われたおかげだよ」
「まあ、ルクレティオ様ったら」
スーデルは両手を頬に置き、恥じらいの表情を見せた。そういえば僕は彼女に面と向かって感謝を述べたことがほとんどない。冒険中は会わなかったし、召喚したときは常に裸だったし。そう考えると、良いものを見せてくれるスーデルには感謝の念しかない。
「念のため、私を呼び出せる召喚術も授けましょう」
ヨーデルは僕の胸に触れ、何やら魔術を唱え始めた。
「これでいつでも私を呼ぶことができます。もし第二の人生で困ったことがあったら私を呼びなさい」
「そんな、ルクレティオ様、私を呼んでください」
「スーデルでは巨大な力を身に付けた彼の世話は力不足です。ここは私に任せなさい」
「そんな・・・・」
スーデルは悲しみに満ちた表情で僕を見つめてきた。僕はとっさに「なら二人呼びますよ」と言った。
「別にそれでも構いません。では、転生してください。良い人生を」