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1 いざ決戦のとき

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 荒涼とした夜空の下で、僕達勇者一行は暖を取っていた。眼下にはバロック建築式の魔王城が威厳と邪悪な魔力を放ってきている。

「ついに、ここまで来ましたね、ルクレティオ様」

仲間の一人、黒く長い髪を靡かせる清楚系の美少女の僧侶ウパが僕に声をかけてくる。ルクレというのはこの世界での僕の名前だ。僕の本名は流呉テオ。それがなまってこの世界ではルクレティオと名乗ることになった。僕は今のこの名前を気に入っているし、共に旅をしてきたメンバー達には満足している。

「ああ、そうだな。あともう一息だ」

 焚き火を囲むように、仲間達は各々体を温めている。まだ幼いが戦士、ショートカットの髪型を隠すように頭を覆うバイザー付きの兜と胸あてという軽装のスイータはスープを飲みながら隣のちょっとドジなミディアムボブカットヘアーの魔術師、カリーとなにやらガールズトークをしている。共に旅をしてきた筋骨隆々で切れ長の眼光鋭い、おさげ髪がトレードマークの武道家のハッサムは、これから行われる戦闘に備えて瞑想していた。

 魔王を倒せば、それぞれの長かった旅が終わる。

 思えば本当に長い道のりだった。

 ある日突然異世界に転移してしまった僕は、博愛の姫君スーデルの手によってこの異世界へとやってきた。目的は魔王を倒すこと。そうは言われても現世で剣も魔法も落ちこぼれだった僕には厳しいミッションだった。裸一貫から旅が始まり、沢山の恥をかきつつ、手探りで様々な困難を解決し、一人、また一人と仲間を増やしていった。そして旅を続けていく過程で、僕はとある特殊能力を身に付けた。

 それは魔綬という能力である。

 これは分かりやすく言えばエンチャントのようなもので、剣や鎧、盾などの無機物に限らず、人間などの有機物、存在する物全てにあらゆる付加価値を付けられる夢のような能力である。例えば剣に炎属性を魔綬したり、鎧に敵の魔法を跳ね返す魔綬をつけたりする事ができる。ただし効果時間は恒久的ではなく、一日と短く、しかも魔綬を施すには1分ほどの時間がかかる。戦闘中にはとても使えない能力だ。そのため戦う相手を見極め、ピンポイントで戦闘前に魔綬を付ける必要がある。便利な能力だが、この世界を構築しているマナを多く消費するため、魔綬は国によっては禁忌の術とされている。マナはこの世界に必須なエネルギー源で、蒸気機関車を動かすなど、民の生活の利便性を向上させるために使われたり、僕のように魔綬や、カリーのような魔術師が魔法を使用する源となっている。

 マナは世界の中心に存在する巨大な樹木から生成されているといわれている。有体に言えば世界樹だ。その世界樹を枯らして、世界からマナを消失させようとしてるのが、これから戦う魔王の目的である。奴は自らを理と呼び、配下の者達に傍若無人な振る舞いをさせてきた許されざる存在だ。

 この能力を身に付けてから、僕は一気にパーティーのリーダー的な存在になり、皆に頼りにされるようになった。最終的には某国から勇者様と崇められるまでになった。

 しかし良い事ばかりではなかった。冒険は時間が経つ毎に激しさを増していき、とうとうとある一人のメンバーが帰らぬ人になった。  彼女の名前はルードゴレツ。カリーの姉で上級魔術師だった。彼女は魔王直属の配下四魔将軍の一人、ザルエラの剣による攻撃から僕をかばって死んだ。

 カリーは僕を責めなかった。僕のせいで彼女が死んだのに、カリーは僕のことを気遣ってくれた。その彼女の好意が余計に自分を責めるきっかけになってしまった。ハッサムは

「忘れろとはいわんが、受け入れて彼女の分まで生きろ。」

 と僕を励ましてくれた。

 同じ男同士、ハッサムとは仲間である以前に友達になれた気がした。

 「もうそろそろ眠りましょう。明日は決戦ですからね」

 ウパが話に盛り上がるメンバー達を嗜め、寝るように催促してきた。僕も彼女の言うとおり眠ることにした。と、そんなとき、ハッサムが僕に皆に一言かけてくれと言ってきたので、僕はおもむろに立ち上がり、皆の士気が上がるようなことを喋ることにした。

 「みんな、ここまで着いてきてくれてありがとう。僕達は沢山の時間を共有し、沢山の喜びと涙を分かち合った大切な同士だ。魔王はきっととてつもなく強い。でもそれは僕達も同じだ。魔王は僕達を恐れてる。今が奴を倒す絶好の機会だ。今日はぐっすり休んで、明日の死闘に備えて欲しい。きっと忘れられない戦いになる。だけど僕が望んでいることは唯一つ。全員生きて帰ることだ。みんな、頼むから死なないでくれよ」

 僕の言葉に一同は大きな拍手で答えてくれた。言葉を言い終えた後、急にこれまでの旅の疲れが出て、僕は片方の膝を地面についてしまった。

 「ルクレ、大丈夫」

 「ルクレティオ様」

 皆が心配そうに僕に声をかけてくる。

 「大丈夫、大丈夫だよ。ちょっと貧血気味になっただけさ」

 僕がそういうと、パーティ一の美女である僧侶のウパが僕に癒しの魔法を掛けてくれた。それはとても心地の良い刺激だった。そのまま僕は地面に倒れこむように眠ってしまった。


 翌朝。ついに決戦の日がやってきた。僕はメンバー全員に装備品を脱ぐようにした。魔綬をかけるためだ。

「ウパ、脱いでくれ」

「もう! なんて破廉恥な事を言うんですか」 

 ウパは僕を軽く小突いてきた。

「ありがとうございます」

 少しマゾッ気のある僕は思わずお礼を言ってしまった。そんな僕の隣では、ハッサムが全裸になっていた。

「うむ、これでよし」

「全然良くない。服を着ろっ下は隠せ」

「私の装備品はこの筋肉だ。この筋肉に魔綬してくれ」

「馬鹿なことを言うな。単に体を見せびらかしたいだけだろう」

 女性陣が奇声を上げ、ハッサムに攻撃を仕掛けていた。僕は必死に間に入り、事なきをえた。ハッサムは不服そうに服を着て、装備品である武器のカギ爪と胸あてを僕に預けてきた。他のメンバーも各々装備品を脱ぎ、俺に手渡してくる。しかしウパだけは恥ずかしがって中々装備品を脱ごうとしない。

「ここで脱げないなら、あっちの森で脱いでこっちに放り投げてくれればいいよ」

 僕の提案に賛同したのか、ウパは森の中に入っていった。

「一体どんな魔綬をかけるのだ」

 興味深深そうにスイータは僕に尋ねてくる。

「武器には魔王特効の魔綬をかける。防具には魔王の攻撃を軽減する魔綬をかけるんだ」

「おお、それは素晴らしい。これで勝利は約束されたようなものだな。ただルクレの装備はどうするんだ」

 僕には装備品はない。外套とマントを身に付けているだけだ。

「実際に戦うのはキミ達だぞ。僕の仕事はあくまでも後方支援だ。」

 とは言うものの、この世界に来てから、現世では身に付けられなかった剣術と簡単な魔法を使えるようになった。ハッサム仕込の体術もある。僕も確実にパーティーの戦力になっているのだ。

「でもルクレは強いだろう。やはり魔王に止めを刺すのが勇者の仕事ではないのか」

「それもそうだな。僕も戦うよ。」

 僕はスイータと会話しながら、仲間の装備品に魔綬を掛け続けた。これだけでもかなりの時間がかかる。待ちくたびれたのか、スイータは花の香りに誘われて近くの花畑に向かってしまった。他の仲間も各々本を読んだり、体を鍛えたりして時間を潰していた。

 そしてようやくパーティーメンバー全ての装備に魔綬を掛け終えると、イナゴの群れのように、皆素早く自らの装備品を持っていき身に付けた。

「ふう、これで一安心」

 カリーは大きく息を吐いた。装備品のない状態がよっぽど落ち着かなかったらしい。

「これでオッケーだ」

「ようし、魔王城へレッツゴー」

 僕はさっそく進もうとするスイータの首根っこを掴んで静止した。

「何をするのだ、離すのだっ魔王城へ行くのだっ」

「その前に作戦会議だ」

「作戦会議、突撃して魔王をぶっ飛ばす以外に何があるというのだ」

 ハッサムは疑心に捕らわれた瞳で僕を見つめてくる。僕は一旦咳払いをしてから作戦の説明を始めた。

「確かに後は魔王を倒すだけだ。だが魔王城には膨大な数の罠が仕掛けられていると聞く。罠の詳細も知らずに突っ込んでは相手の思う壺だ。そこで魔王を城外へ誘導して、外で決着をつける作戦を提案したい」

「魔王を外におびき出す? どうやって」

 カリーは不服そうな表情で俺に質問をぶつけて来る。

「大量の攻城兵器を召喚して、魔王の城の破壊活動を行う。魔王にとって城は権威の象徴だからな。城が破壊されれば嫌でも妨害しようと外に出てくるだろう」

「なるほど、そういうことか」

「上手く行くかしら」

「上手くいかせるのさ」

 僕は強気でメンバー達を押し切った。

 そしてとうとう僕たちは山を下山し、蒼と赤が入り混じる空の中、魔王城のある平原へとやってきた。幸いなことに、大量の攻城兵器を配置するだけのスペースがある。僕とカリーは力を合わせて攻城魔法を詠唱した。

 攻城魔法とは、機械兵器を召喚する魔法のことである。これを使うことでバリスタや投石機などの攻城兵器を異世界から召喚することができるのだ。非常に簡単な魔法だが普段の戦闘などでは使い道がない。だが今日に限ってはこの魔法は魔法攻略の秘密兵器となる。

 僕とカリーは大量の投石機を魔王城を多い尽くすように配置した。

 「よおし、これでオッケーだ」

 「後は打ち込むだけね」

 「ああ、皆、これが最後の戦いだ。誰も死ぬなよ」

 「おう!」

 ハッサムは元気よく声をあげた。

 「あいさ!」

 スイータは敬礼した。

 「ふんっ死ぬわけないでしょ、この私が」

 カリーはちょっと尖った返事をしてきた。

 「私、頑張ります」

 ウパは恐怖に怯えている様子だったので僕は彼女をフォローした。

 「ウパ、キミは前に出なくてもいいぞ。後方から回復で支援してくれればそれでいいから」

 「わっわかりました」

 僕はウパの肩に手を置き、そっと慰めた。

 そしていよいよ最後の戦いが始まった。


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