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9話 恋心の告白

   9



「なるほど、想いってそういう意味……ええっ!?」


 僕は思わず、目を剥いてしまった。


 唐突だ。

 あまりにも唐突な告白だった。


 しかし、柔らかに微笑んではいるものの、こちらを見るタマモの眼差しには、冗談の色はかけらもない。

 本気なのだ。


 握られた手が、熱を持ったような気がした。


「お嫌でしょうか」

「い、いや。そんなことはないけど……」


 命を助けてもらった恩もあるし、怪我も治してもらった。

 こうして話をしていても、明るい性格には好感が持てる。


 しかし、自分たちは出会ったばかりで……。


 ああいや、そうじゃないのか?


 記憶はないけれど、親しくしていた相手だという感覚は残っている。


 たとえるなら、これは……。

 幼い頃に仲良くしていた友人と再会すれば、こんな気持ちにもなるかもしれない。


 相手は幼なじみの女の子。


 だとすれば、こういうのもアリ……なのだろうか。


 いやいやいや。

 それにしたって、これはあまりに唐突過ぎるだろう。


 そんなふうに戸惑っていると、タマモがくすりとして手を離した。


「申し訳ありません、主様。再会の喜びから少し、先走ってしまったようです」

「ああ、うん。ありがとう」


 正直、ほっとした。


 自分の前世なんてものを思い出してしまって、いろいろと考えることが多い。

 ただでさえ混乱気味なのだ。


 そういう話は、もうちょっと落ち着いてからにしてほしい。


 と、胸を撫で下ろしたところで、タマモがひょいっと顔を近付けてきた。


「ただし、主様――」


 親しい友人同士の距離より、さらに一歩近く。

 視界に広がる、大きな琥珀色の瞳。


「――わたしが想いを寄せていることは、心の片隅に置いておいてくださいましね?」

「……!」


 ちょんと唇をつつかれた。


 その台詞と行動は、さっきの口付けを意識させられるのは十分過ぎた。


 反射的に、口もとを押さえてしまう。


 男女の営みのないこの世界。

 当然、異性交遊なんてものはない。


 ……思えばあれが、僕の初めてのキスだ。


「あ。意識はしていただけてるのですね。唇を捧げたのに忘れられては、乙女としては悲しすぎますので」


 赤くなって身をひいた僕を見て、タマモは満足げに笑った。


 よく見れば、彼女の頬も少し赤い。

 ただ、それ以上の喜びにその表情は輝いていた。


 少女の恋の華やかさ。

 この世界には存在しないもの。


 ……このまま見ていると、それこそ意識して変な気分になってしまいそうだ。


「本題に戻ってもいいかな?」

「もちろんですとも」


 ひとつ咳をして尋ねると、にこやかにタマモは受け入れてくれた。


「さて。先程、お話をした通り、主様は我々滅びの獣を調伏されました。気になっていらっしゃるのは、主様のお力である万魔殿(パンデモニウム)のことだと思います」

「うん。そこのところを聞きたい」

万魔殿(パンデモニウム)の柱となっているのは、主様が我々を従える際に交わされた契約です。もともと、主様は精霊使いでいらっしゃいましたから、その応用というか、発展というか……ほとんど別物ですけれど」

「精霊使い……」


 聞きなじみがない言葉だった。


 ここまで話をしてきて気付いていたことではあるのだけれど、どうやら前世とこの世界とでは存在するものとしないものがあるようだ。


 この世界に、転生という概念がないのと同じように。

 精霊使いという存在は、この世界にはいない。


 加えて言えば、さっきとっさに巫師(シャーマン)の存在が頭に浮かばなかったのも、それがこの世界では知られていないからだ。


 理由は簡単で、女神により職業(クラス)を授かるという仕組みのなかに、精霊使いも巫師(シャーマン)も存在しないためだ。


 ……なるほど。

 なんとなく読めてきた。


 たとえ創世の女神だとしても――そんな存在がいるとして――存在しないものの適性までは計れない。


 結果、僕がなりそこねたもの。


 精霊使い。

 それが、僕のかつての在り方ってことなんだろう。


 この5年間付き合ってきた勇者という在り方とは、まったく違う。


 けれど、不思議だ。

 勇者なんて偉そうなものよりも、よほどしっくりくる気がした。


 それは、ある種の確信といってもよかったかもしれない。


 ただ、その確信がなんらかのかたちを取る前に、タマモは続けた。


「我々は契約によって主様に従う存在となりました。そうして、滅びの獣の存在と力を封じられたのが万魔殿(パンデモニウム)。そこから自由に、主様は力を引き出すことが可能なのです」


 そういって、彼女が指さしたのが、そばでじっと立ち尽くしている混沌の騎士だった。


 逆鉾の君。

 滅びの獣の第一柱。


 僕が万魔殿(パンデモニウム)から引き出して、オーガを一刀両断にした力だ。


万魔殿(パンデモニウム)を保有する、偉大なる魔界の王。ゆえに、その異名は万魔の王。魔界の王となった主様は、我々とともに外敵を撃退されていました。ふふ。わたしも何度も、そのお力になったものです」


 懐かしそうに笑うタマモ。


 話自体は割と物騒な気がするのだけれど、彼女としては良い思い出なのだろう。

 実際、さっき思い出した記憶とも一致する。


「なるほど。それが、前世の僕の力なんだね」


 万魔の王に、滅びの獣。

 そして、万魔殿(パンデモニウム)


 おおよそは掴むことができただろうか。


 もっとも、話を聞いただけで思い出せたわけではないので、実感はないけれど。

 そのあたりも、おいおい思い出してくるのかもしれない。


「ありがとう。話をしてくれて。助かったよ」

「いえいえ。主様のお求めとあれば、これくらいはなんでもありません」


 ばっさばさと尻尾を振って笑うタマモに、僕は尋ねる。


「それで、これからタマモはどうするつもりなの?」


 前世で契約を交わしていたからといって、これからも付き従わないといけないなんて法もないだろう。


「というか、どう接すればいいのかな?」


 記憶もないので、過去の実感もない状態だ。

 主として接するというのもどうかと思うので尋ねてみると、タマモはニッコリした。


「それはもう。我らが主として、堂々と君臨していただければ」

「……それはちょっとハードルが高いかなー」


 少しほおが引きつった。


 万魔の王はどうだったのか知らないけれど、この僕はただの冒険者だ。


 数も一番多い中堅冒険者。

 一般人のなかの一般人と言っていい。


 君臨とかは、ちょっと重い。


「さようですか。でしたら、主様のお好きにしていただいてかまいません。わたしは、この通りに付き従わせていただきますので」

「そ、そっか。ならよかった」


 ということは、長いこと会っていなかった幼馴染くらいの感じでいいか。


 ほっと胸を撫で下ろした僕に、タマモが言う。


「それと、今後の行動についてですが、主様にお許しいただけるなら同行させていただきます。……お許しいただけないのでしたら、涙をこらえて陰からこっそり見守らせていただくかたちになりますけれど」

「うん。そんなストーカーみたいな真似しなくていいから」


 怖いよ。

 心配してくれてるのはわかるけれども。


「冗談です。主様が、そんないじわるを言う方ではないのは、知っておりますから」

「うん。僕は、タマモが一緒に来てくれたら嬉しいよ」

「わたしも、主様と一緒にいられて嬉しいです」


 タマモの尻尾がバサバサと揺れる。


 普通の狐人族とは違い、3本あるその立派な尻尾に目を奪われつつ――ふと、違和感を覚えた。


 けれど、そのとき、思わぬところから声があがって意識がそれる。


「グレン」


 聞き慣れた呼びかけ。

 振り返る。


 エステルが、むくりと身を起こしていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] きっと、これからは「思い──出した!」 とか言い出して勝ちフラグになるんやろな。 思い出すのは負けフラグをボキボキに折りまくったあれのように。 ネタですけれど。 ただ一回位、…
[一言] さーこれからしゅらばだぁ。
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